酒カスアラサー女勇者 〜酔生夢死じゃ終われない〜   作:空想の墓場

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舐めてるから

「『ブレイブ、スラッシュ』!」

 

 魔力の刃が空気を切り裂き、横一文字の軌跡を残す。もはや何体目かすら分からない魔物の遺骸を見下ろして、ソヴァは額ににじんだ汗をぬぐった。

 

「ふぅ……。もう、キリがない!」

「もうちょいガンバって! 王城にニコちゃんがいるはずだから!」

 

 ヤケクソ気味に吐き捨てた言葉にエステルが反応する。ソヴァを激励しつつ、彼女もまた狼に羽が生えた見た目の魔物をヤクザキックでぶっとばしている最中だった。この際見栄えなんて気にしてられない。

 

「もうちょいって言っても……!」

 

 周囲を見渡せば、辺り一面に戦闘の残骸が散らばっている。普段の、活気あふれる帝都とは似ても似つかない。

 

 余波に巻き込まれて風穴の空いた民家。戴冠式に乗じて出店したのだろう果実売りの、木の実が倒壊した木箱に押しつぶされているさま。そして、これまで切り伏せてきた魔物たちの死屍累々。それらが血河を成し、2人の足跡のように続いていた。

 

「まあ確かに愚痴りたい気持ちも分かるよお。こんだけ倒してると、流石に経験値テーブル終わってるとはいえレベル上がっちゃいそうだし」

「私が気にしてるのはそんな事じゃありません! このままじゃジリ貧ですよ!?」

「うーん。これは元を断たないとダメそうだね。王城から明らかヤバそうなエフェクト出てるし」

「そこを押さえられれば、この侵攻も止まりそうですか!?」

「たぶんね。勘だけど」

「つまるところ、目的地は変わらないってことです、よね!」

 

 ソヴァは斜め後ろから飛び掛かって来た魔物を、振り向きざまに切り飛ばす。大きく宙を舞い地面にたたきつけられた魔物は、悲鳴じみた声を上げてその動きを停止させた。

 

 ジルバートの影武者が襲撃を受けてから十数分。2人は王城のすぐそばにいた。広場から王城までの距離、そして道中には帝都の住民と同じくらいの数の魔物に埋め尽くされていたこと加味すれば、驚異的な速度だった。

 

 魔物の数は順調に減らせている。住民の避難も、他の勇者と騎士団で何とかしてくれているはずだ。だが、その順調さが一抹の疑念を生んだ。

 

 エステルの心には得体の知れない不安が渦巻いていた。これだけ周到に用意された計画が、そう簡単に終わるはずがない。考えるほどにマイナスへと偏っていく思考を、首を振って払いのけて。

 

 ――やっぱり、お酒が切れてきたせいかな? 冗談じみた言い訳で不安を誤魔化し、眼前の問題に対処すべく意識を切り替えた。見上げた先にあるのは暗色のモヤを立ち上らせる王城。

 

「それにしても……。ニコちゃんがいるのにこんなことになってるのが妙なんだよね。広域殲滅は得意分野のはずなんだけど」

「確かに、錬金術で作った毒ガスとかばらまけばどうにでもなりそうですね」

「味方にも被害が出るしそれは流石に……。しないよね?」

 

 エステルは浮かべた苦笑を消し去って真剣につぶやく。いかに彼女がマッドとはいえ、最低限文化的な道徳心は有しているはず。それすら錬金術の材料にしていなければ、だが。

 

 とにかく、話は王城に着いてからだ。微妙な表情で顔を見合わせていた2人は、どちらからともなく正面を向いて向かい来る魔物たちに視線を戻す。

 

 そのとき、魔物の群れに混じって、見知った顔があるのを見つけた。その人物の周りだけぽっかり穴が開いたように、魔物が距離を取っている。

 

 噂をすればなんとやら。それは、ちょうどいま話題に上がっていた人物のもので。エステルが喜色に満ちた声でその名を呼ぶ。

 

「ニコちん!」

「二度とその呼び方すんなよカス」

 

 鋭い三白眼が睨む。相変わらずの白煙と刺激臭をまとったニコレットが、咥えたタバコの端を噛み潰して不機嫌そうに答えた。小さく舌打ちをした彼女は、軽く右手を挙げて。

 

「やっと来たか。待つのに飽きて一箱カラにしちまった」

「ニコレット先輩! 無事でしたか!」

「ハン。無事で悪かったな」

「何も言ってないのに……。ひねくれものだなあ」

 

 憎まれ口を叩いたニコレットだが、彼女の口の悪さはいつものこと。むしろこんな異常事態にあっては安心さえ感じさせるものだった。気にした様子もなく、お構いなしにエステルが問いかける。

 

「ニコちゃん、これって」

「分かってる。結論だけ先に言うぞ。魔族が近衛騎士団長に成り代わってた。発生してる魔物もそいつの仕業だ」

「ええ!? 中の人は!?」

「皇帝陛下サマが前もって手配してたおかげで、大体は逃げ出せた」

 

 ニコレットによると、城内を占領している魔族ははじめ全員を皆殺しにしようとしたらしい。しかし、前もって緊急時の逃走ルートが確保されていたために、中にいた貴族たちの多くは逃げ出すことに成功したという。

 

 だが、逃げ遅れたものも少なからずいるようで。助けようにも、彼女の戦闘スタイルでは彼らを巻きこんでしまう恐れがあった。そのため、市街に魔物が行かないよう押さえながら他の勇者の到着を待っていたそうだ。

 

 一通り聞き終えたエステルが安堵の溜息を吐いて言う。

 

「良かったあ。一般人を巻き込まない良心が残ってて」

「どこ心配してんだお前から先に殺すぞ」

「それにしても、よく団長が魔族って分かったね?」

「現行犯だったからな。アイツアタシの腹ブッ刺してきたし」

「え?」

「椅子から動くの面倒で人形に行かせてたからよかったものの。生身だったら死んでたわ」

 

 ニコレットがあまりにものぐさだったために命拾いしたらしい。さしものエステルも口角をひくつかせて言葉を失う。そんな適当な、ヒヤリハット報告みたいなテンションで言うことではない。

 

「まあ、それが結果的に功を奏したんだがな。アイツはアタシが死んだと思い込んでたから、こうしてフリーで動けてるわけだ」

「はあ。それはよござんしたね」

「ここはアタシに任せて先に行け。広域殲滅なら得意分野だ。ちょうど新作の魔道具も試したかったしな」

「ニコちゃん、でも……」

「なんだ? 人の心配なんてテメェらしくもねぇ」

「『俺に任せて先に行け』は死亡フラグだよ」

「どこ心配してんだパート2!」

 

 真面目ったらしい顔で言うから何事かと思えば。ここにいる魔物は雑魚ばかりだ。レベル差から鑑みて、自分にダメージを通せるやつなんてまずいない。そう言い返そうとして、ニコレットがエステルを睨みつけたとき。

 

 軽口とは裏腹な、弱く、脆い感情と。それでも立ち向かおうとする決意をその瞳に見た。

 

 ――なんだ。ちっとは酔いが醒めてるみたいじゃねえか。心配されるうざったさと、わずかに感じた熱を押し殺してニコレットは溜息を吐く。

 

「大丈夫だっつの。それより中の方が万倍やべえ」

「……終わったら宴会だから。強制参加ね」

「はいはい」

 

 言い残して、エステルは背を向ける。律儀にその場に立ち止まったソヴァが一礼して、エステルに続いた。城門の向こうに消えていく彼女たちの姿を見送りながらニコレットは薄く笑う。

 

「なんだ。やっぱり湿気てるだけだったな」

 

 それに火をつけたのが、自分ではないことに少しうらぶれた気持ちを抱きながら。彼女は内ポケットから、秘蔵の魔道具を取り出した。

 

 

 城内は静かだった。魔物がうろついている訳でもなければ、荒らされている訳でもない。外の惨状に比べれば平穏そのもので、それがかえって異様な雰囲気を醸し出していた。

 

「映像を見る限り、戴冠式は玉座の間でやってたっぽい」

「じゃあ、向こうの親玉がいるとしたら」

「たぶんそこだろうね」

 

 城内の間取りに比較的明るいエステルが先導して目的地へと向かう。歩く廊下は2人が両手を広げて横並びになっても余るほど広い。

 

 これだけの建造物を維持するにはかなりの人手が要りそうなものだが、耳を澄ましてみても人間の気配はなかった。

 

 あるいはもうすでに手遅れになってしまったのだろうか。抱える一抹の不安から、自然と2人の足取りも速くなる。

 

 長い廊下を抜け、階段を駆け上がり、まっすぐ突き進んでいく。やがて、一際大きく豪奢な細工の込められた扉に行き当たった。

 

 初めて城に入ったソヴァでさえ、この扉には何か特別な意味が込められていると分かる。それを見上げて、彼女は知らず知らずのうちに息を呑んだ。

 

 くぐればきっと、後戻りはできない。そんな予感が鎖のように足元に絡みつく。

 

「ここで待っててもいいんだよ?」

 

 へらり、と。からかい交じりの笑みを浮かべたエステルが振り返る。その言葉にムッとしたソヴァが頬を膨らませて言い返す。

 

「バカにしないでください。ここまで来て帰れませんよ」

「実は、私が手柄を独り占めにしたいだけだったりして」

「……それなら、なおのこと一人にはできませんね。元々依頼を受けたのは私ですから、手柄も私のです」

「言うじゃん。ずいぶん頼りがいが出てきたね?」

 

 こんなときでも変わらない軽口に、いつの間にか足元の鎖も緩んでいた。緊張していた自分が馬鹿らしいと、お互いに顔を見合わせ、状況にそぐわず笑いあって。

 

 再度扉へ向き直ったエステルが両腕に力を込める。見た目よりもさらに重いそれが、ずず、と床とこすれ合う低い音を立てる。ゆっくりと開いた扉の隙間から、その向こう側が露になっていく。

 

 真っ先に視界へ飛び込んできたのは、映写機で見た通りの真っ赤なカーペットだった。普段エステルが管を巻いている酒場よりも一回り、二回り広い空間の、中心を割るように敷かれた深紅の道。

 

 そして、その道筋を目で辿っていくと、終点には皇帝の座る玉座がある。しかし、今この場に本来の所有者はおらず。

 

 代わりに、異形の爪と翼、病的に白い肌を持つ人型が我が物顔でそこに鎮座していた。招かれざる客は悠然とした態度を崩さぬまま、誰に聞かせるでもなく口を開く。

 

「来たか。それにしても、なかなかの大物が釣れたな」

 

 人型がゆるりと立ち上がる。深紅に染まった瞳に、吊り上げた口角から覗く鋭い牙。

 

 吸血鬼。魔物図鑑を開けば、1ページ目に乗っているくらいには名の知れた怪物が、壇上から2人を見下していた。

 

「その目、その髪……。お前が勇者エステルか」

「そうだけど。キミは?」

「誇り高き吸血鬼にして、魔将が一。『緋煙』のドルーザ」

 

 魔将――思わず、2人は体をこわばらせる。魔族軍における最高戦力。その一人。

 

「で? その誇り高い吸血鬼さんが何の用? まさか観光じゃないよね」

「教えてやる義理もないが……。訳も分からず死ぬのもかわいそうだ」

 

 重く、のしかかるような重圧が空間を支配していた。しかし、内心の警戒を悟られぬよう、エステルは軽い調子で問いかけた。

 

 答えを期待していたわけではない。そうでもしないと息が詰まって過呼吸を起こしそうだったからだ。しかし、余裕を見せるためなのか、ドルーザを名乗る吸血鬼は聞いていないことまで語りだす。

 

「長年手を焼かされてきた共和国を攻める足掛かりにするためだ。帝国側と魔族領とで挟撃すれば、さしもの共和国とて無事ではいられまい」

「共和国も落とせてないのに、帝国はイケるって思ったんだ?」

「事実計画の9割は完遂しているじゃないか。それに、お前たちにとっての要はすでにこちらの手の中にある」

「それは……!」

 

 ドルーザは見せびらかすようにして右手を持ち上げる。手の内にあったのは、スクリーンのなかでジルバートの頭上に掲げられていたもの。帝国王家に伝わる王冠だった。

 

 王家の権威を象徴する王冠。そして、それには権威を示す以外にも重要な役割があった。ドルーザは愉悦に満ちた笑みを浮かべたまま、王冠の輪郭に舌を這わせる。

 

「これは、帝都を闇の魔力から守る結界を展開する魔道具でもあるのだろう?」

「……道理で、魔物がイキイキしてるわけだ」

「クク。これさえ押さえれば、平和ボケしている帝都を攻め落とすことなど容易い」

「……そうだね。でもね。キミはまだその王冠について知らないことがひとつある」

「何だと?」

 

 エステルは、王冠を指さして。

 

「それ銀製だよ」

「ア゛ア゛ッヅ!?」

 

 じゅう、と肉の焼ける音がして、吸血鬼はたまらず這わせていた舌を引きはがす。その拍子に空高く放り出された王冠が、固い音を立てて床に落ちた。

 

 吸血鬼にとってしてみれば、銀は極限まで熱した鉄の棒と大差ない。日の光と並ぶ明確な弱点である。そんなものに粘膜を直接押し当てれば、当然大やけどは免れないわけで。

 

「くッ……! こんな(わにゃ)をしかへるとは……! 人間はなんて卑怯(ひひょう)なんだ!?」

「舐めてるからそうなるんだよ」

「ダブルミーニングのつもりか? その程度で気圧される俺ではないぞ?」

「どんだけ勝手なのキミは」

 

 犬のように舌を出しながら責任転嫁しだしたドルーザに、エステルが呆れた調子で言う。流石にその言い分には無理がある。ラスボスみたいな風格を醸し出してたくせに、よくもまあこんな短時間で格を下げれたものだ。

 

 とはいえ、吸血鬼の放つ魔力は本物だった。彼の激情が膨れ上がるにともなって放出された魔力が、物理的な力となって城の窓にヒビを走らせる。

 

 あるいは城全体が恐怖に震えているようにさえ感じられた。激情の理由が逆ギレでなければもっと恐ろしかったのに。

 

 単純な感情の発露でこれだ。殺意と指向性を持って繰り出されれば、その威力は想像するのも恐ろしい。間抜けなしぐさに気の緩みかけていたエステルも、剣の柄を強く握りなおした。

 

「フン、罠にはめた程度でいい気にならないことだ! 誘い込まれたのはお前らとて同じこと!」

「別にはめたわけじゃ……」

「来い! 我が軍勢たちよ!」

「あー……。めんど」

 

 怒り狂った吸血鬼が勢いよく空いた右手を突き上げると、高らかに指を鳴らした。

 

 吸血鬼の右手を中心に、強烈な魔力パルスが迸る。異変をいち早く察知したエステルが気だるげにつぶやくのに少し遅れて、空間にひずみが生まれていくのが見えた。

 

 ひずみは次第に成長し、やがて木に空いたうろのように不格好な穴を空中に形成する。その向こうから、ギラギラと光る獣の瞳孔が覗き込んでいた。

 

 這い出してきた狼型の魔物の視線が得物を捉える。それらはエステルとソヴァから視線を外さないまま、取り囲む格好に陣形を整え始めた。

 

 それを見て、異様な光景に呆然としていたソヴァが我に帰り、剣を構える。同じく臨戦態勢に入ったエステルが視線だけで振り返って。

 

「ソヴァちゃん。魔物の方任せて大丈夫そう?」

「それはもちろんですが……。アレを一人で倒す気ですか?」

「ソヴァちゃんも見たでしょ? アイツ結構間抜けだからいけるって」

「……先輩。適当言ってますよね」

「……」

 

 ソヴァが問い詰めると、緩んだ笑みを困り笑いに変えたエステルが押し黙る。状況が悪くなるほどに軽口の増す彼女の癖。それはもう見飽きていた。

 

 それで流されるほどの間抜けさはもうない。玉座の間につながる扉をくぐる前、すでに決意は示した。この期に及んでただ守られるだけの存在であり続けることなど、ソヴァには我慢ならなかった。

 

「はっきり言ってください。勝算はあるんですか?」

「……はぁ。まあ、ギリ? 邪魔が入らなければ、十分勝ち目はあると思うよ」

「じゃあ、はい」

「へ?」

「『頼りがいのある勇者』に、言うことがありませんか?」

「……あはは。ホント別人みたいだね」

 

 言葉を交わしている間にも、魔物たちの視線が2人から逸れることはない。それでもなぜか、エステルの心にこびりついていた不安はいつの間にか消えていた。

 

 今度は背後を振り返らずに言う。確認するまでもないと分かったから。

 

「私があの吸血鬼を倒すから。魔物の方は任せた」

「――はい。任せてください」

 

 間延びした、いつもの口調ではなく。言い切った言葉には、力強い返事が返ってきた。

 

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