酒カスアラサー女勇者 〜酔生夢死じゃ終われない〜   作:空想の墓場

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酒カス 5-4

「――行け!」

 

 ドルーザが命令を飛ばす。その一声で、狼型の魔物たちが一斉に獲物へ飛び掛かる。

 

 十数体がまるで一つの個であるかのように形成された円陣。その中心に居るのは、エステルとソヴァ。

 

 片方は油断なく正眼に構え、もう片方は抜き身の剣をだらりと下げていた。どちらが狩るに易いかは一目で分かる。魔物たちは本能的に後者へ狙いを定めた。

 

 しかしてそれは、ただ狩られるのを待つだけの獲物ではない。エステルの右腕がわずかにブレる。それを視認した次の瞬間、飛び掛かろうとした魔物の視界が反転した。

 

 魔物は最期を迎えるそのときまで、自分の首が刎ねられた事実に気づけなかった。どさりと、鈍い音を立てて狼の頭部が大理石の床に転がる。波状攻撃を想定して、やや後方に待機していた群れの一団が半歩後ずさった。

 

「任せたよ」

「はい」

 

 エステルは振り向かず言って、最短距離でドルーザへ駆け出す。余計な心配はもう必要ない。

 

 先ほどの一撃で、包囲に穴が開くと同時にエステルは魔物の狙いから外れていた。彼我の実力差を瞬時に見極めた魔物たちは、すでに狙いをソヴァへと切り替えていた。

 

 ソヴァもまた、無駄な言葉を続けることなく自分の役割に意識を集中させる。

 

「はあっ!」

「チッ……」

 

 魔物の間を縫って風のような速さで飛び出したエステルが、玉座でふんぞり返るドルーザに肉薄する。勢いのままに振り下ろされたロングソードは、瞬時に形成された紅い槍によって受け止められていた。

 

「うーん。やっぱりダメかあ」

「フン。この程度でやれると思われていたとは。心外だな」

 

 一拍遅れて、金属同士を打ち鳴らしたときの甲高い音が城内に響く。耳をつんざくようなその音に魔物が怯んだ隙をついて、ソヴァは群れの一匹を切り伏せた。

 

 ダンジョン攻略に加え、ミノタウロス討伐のおこぼれ、帝都に現れた魔物の討伐。そして依頼(クエスト)をこなしていったことによって得た、大量の経験値。ソヴァのレベルは、勇者として認定を受けたその日から大きく上昇している。

 

 今更この程度の魔物に苦戦する道理はなかった。だからこそ、この戦場のメインイベントは、もう一方の戦い。

 

「再生能力……。厄介だね」

「これが生物としての格というものだ!」

「えっと確か、心臓に杭を刺して食べ物を与えないまま砂漠の真ん中に2カ月放置した後海溝に沈めたら死ぬんだっけ?」

「サイコパスかお前!? 誰だって死ぬわ!」

「キミ強そうだし倒したらレベル上がっちゃうよねえ。やだなあ」

「倒せる前提で話を進めるな!」

 

 王冠ペロペロによって焼けただれていた舌はいつの間にか完治していた。この再生能力も吸血鬼を強敵たらしめる一因。

 

 一合、二合。それから一瞬のうちに数十合。剣と槍が打ち合わせられる。目にも映らぬ攻防だったが、その天秤は次第にエステルへと傾いていく。

 

 高レベルな戦いだからこそ、わずかな差の蓄積がいつしか看過できない溝を生み出す。硬質な音がひとつ響くたび、ドルーザの体には裂創がひとつ刻まれていた。

 

「この……!」

「――ふっ!」

「がっ!?」

 

 眉間にシワを寄せたドルーザが、苦し紛れに槍を横薙ぎに振るう。しかし、詰まった間合いでの大振りはかえって悪手だった。

 

 エステルはさらに一歩踏み込み、剣の柄で横薙ぎの初動を殺す。踏み込んだ足をバネに、バックステップしながらの逆袈裟斬り。ドルーザの上体に真っ赤な直線が残る。

 

 傷痕から流れ出た血が床を、壁を赤色に染める。だが、吸血鬼にとってそれ自体は大したダメージではない。細胞が蠢動し、傷口が生きているようにうごめく。

 

「んー……」

 

 グロテスクな光景が終わるころには、やがて滴っていた血も止まってしまった。エステルが口元をへの字に結んで唸る。さしもの勇者も再生能力には手を焼いているらしかった。

 

 大抵の人間であれば、これで絶望して戦意を失うものだ。ドルーザは経験則からそれを理解している。しかし、目の前の相手に常識は通用しない。というか常識があったら体内にアルコールを残したまま敵地に突入したりしない。

 

「とりあえず、再生できなくなるまで斬ってみようかな?」

「脳筋が。品性のかけらもない……!」

 

 バックステップで開いた距離を再び一足で詰め斬りかかる。斬る、血飛沫が飛ぶ、再生する――。そのサイクルの中で、ドルーザが表情を苦々しげに歪めた。

 

 ――このままでは押し負ける。ドルーザの脳裏に敗北の文字がよぎった。消耗戦に持ち込まれたくはなかったが、さらに勢いを増す剣閃がそれを許さない。

 

「くっ!?」

「お?」

「ッち、『クリムゾンブラスト』!」

「っとと」

 

 そして、幾度目かの衝突。エステルの剣を受け止めた槍から、ミシリと嫌な音が鳴る。自爆気味に魔法を放って強引に距離を取ったドルーザが横目で確認すれば、ぶつかった箇所には大きなヒビが入っていた。

 

「なるほどね。血液で作られた武器だから、血を失うほど脆くなるんだ」

「……だからなんだ? 再生能力を攻略したわけではないだろう」

「それはそうだけど。武器無くなったら流石に辛いでしょ」

「それは、どうかなッ!」

「うええ!?」

 

 ドルーザが上体をひねり、勢いよく槍を投擲する。面くらったエステルだったが、冷静に一歩横にずれることでそれを回避した。

 

 一瞬ヒヤリとしたが、それだけだ。おそらくいくらでも作り直せるのだろうが、そもそもの耐久力が下がってしまっていては解決になっていない。

 

 あとは向こうの血が枯れるまで戦いを長引かせればいい。そう思って、視線を吸血鬼に戻したとき。エステルの目には信じがたい光景が飛び込んできた。

 

「な――魔物の血を!?」

「単なる数合わせだとでも思ったか? こいつらには、こういう使い方もある!」

 

 玉座の間に転がる、おびただしい魔物の死骸。それらから溢れた血液が、ドルーザを中心に渦を巻いて集まっていた。

 

 ソヴァにとっても、もちろん、エステルにとっても。ドルーザによって呼び出された魔物は苦戦するほどの相手ではない。だから倒した。倒してしまった。

 

「これも計画のうちってことですか……!」

「汚らわしい血を飲み込まねばならないのが少々不快だが、そうも言っていられまい」

 

 鉄の匂いが玉座の間を満たしていた。集まった血液がドルーザを円柱状に包み込む。その勢いと同時に高まる魔力。

 

 しかし、エステルに特撮ヒーローのお約束なんて概念はない。悠長に第二形態を待ってやることもないと放った一撃は、巻き起こる乱流の余波に弾かれた。

 

 それどころか、お返しとばかりに魔力のこもった血の弾丸が2人に襲い掛かってきた。小さく舌打ちをしてエステルはそれを捌く。

 

「ふ、ふはは! 素晴らしい、素晴らしい力だ! 俺自身が破裂しそうなほどの魔力!」

 

 点ではなく面。弾幕が2人を圧殺せんばかりに押し寄せる。見境なしに荒れ狂う魔弾が生き残った魔物を貫き、またその死体から血を奪っていった。

 

 もはやドルーザ本人ですら制御しきれていない様子だった。あるいは、体に収まりきらなかった余剰分を吐き出しているだけなのかもしれない。

 

 これが単なる余波だとするなら、いずれ手に負えなくなることは明白だ。しかし、妨害しようにも集まる血液がそのまま壁となり本体に攻撃は通らない。

 

 なら、元を断つべきか。ソヴァが魔物の死体から立ち上っている血液に向かって剣を振るう。それは一瞬霧散したものの、砂鉄が磁石にくっつくように、たちまち一塊に戻ってドルーザへ吸い込まれていく。

 

「高まる、高ぶる! 人の世は、ここで終わる!」

 

 赤黒い塊の中心から高笑いが聞こえる。円柱状のそれは、すでに天井に届きそうなほどの高さに達していた。儀式の終わりは近い。

 

「最高にハイってやつだァーッ!」

「このままじゃマズいかも! 色々と!」

 

 ドルーザが哄笑とともに叫ぶ。よくわからないが、エステルの危機感知システムは今日イチの警報を発していた。

 

 純粋な魔力の発露が暴風を起こす。身軽なソヴァの体が一瞬浮き、慌てて剣を床に突き立てる。かろうじてその場にとどまった彼女が何とか態勢を整えて嵐の発生源を睨みつければ、その魔力は臨界に達しようとしていた。

 

「オオオオオオ!」

 

 敵味方もろともに、遮るもの全てを無差別に襲う濁流。それが間欠泉のように、ひときわ盛大に吹き出して。

 

「あっ」

 

 吹き出した先にあった天井に大きな穴を開けた。3人の間抜けな声がぴったり重なった、次の瞬間。

 

「オアーーーッ!?」

 

 本日はお日柄も良く、お祭り日和の快晴。まるで戴冠式のためにあつらえたみたいな。ジルバートは晴れ男だった。

 

 吸血鬼の2大弱点は太陽と銀。その一方がドルーザへ降り注ぐ。

 

 たまらず苦悶に満ちた絶叫を上げるドルーザ。頭から陽光を浴びてしまったばっかりに、瞬く間に全身が白く炭化しいく。エステルが「なるほど」と手を打って。

 

「確かに、高まって(ハイになって)るね」

「灰になってますけど」

 

 術者のキャパシティを遥かに超えるダメージを受けたことで、制御を失った血液が重力に従ってドロドロと溶け落ちる。文字通り血の雨が玉座の間に降りしきり、エステルたちの足元に血だまりを作った。

 

 原因はともかく、端から見れば凄惨な光景だ。荘厳な雰囲気の玉座の間が血みどろに染まっていくさまはなかなかにおぞましい……ものの。だって、その、ねえ?

 

 こんな状況では恐怖心なんて毛ほども起こらなかった。血肉飛び散るスプラッタな部屋の中、エステルとソヴァは微妙な表情で顔を見合わせる。

 

「……どうしよっか」

「どうもこうも、討伐するしかないんじゃ? このまま放置しても、魔物の被害が広がるだけですし」

「そうだけどさあ……」

 

 口ごもって、エステルが玉座の方を見やる。

 

「あああああぢぢぢぢぢ! 水、水ーーッ!?」

 

 ごろごろと芋虫のように床を転げまわりながら、血だまりに身を擦りつける吸血鬼の姿。大騒ぎしているところを見るに、存外しぶとい。思ったより元気そうだった。先ほどまでの傲慢な態度は見る影もないが。

 

「ソヴァちゃん、やる?」

「ええ? でも、なんか気が引けますし。先輩、手柄を独り占めしたいって言ってましたよね? 譲ってあげますよ」

「いやいや、やっぱりもとはと言えばソヴァちゃんの依頼から始まったんだし。ここはソヴァちゃんが」

「ここまで来るには先輩の助けが必須でしたし」

 

 先輩が、いやいやソヴァちゃんが。奇妙な押し付け合いが発生していた。無意味なキャッチボールが何往復か続いたあと、苦虫を5、6匹くらい噛み潰したみたいな表情のソヴァが「ぐう」と唸る。

 

 なんてことはない。ただのジャン負けである。ソヴァが一応警戒しながら未だうごうごしているドルーザに近づいて。

 

 近くで観察してみると、灰になった箇所がもとに戻る気配はなかった。陽光はダメージを与えるだけでなく、再生能力も無力化してしまうらしい。

 

「ちょ、待て待て! 一旦タイム! 勇者ともあろうものがこんな勝ち方でいいのか!? よ、夜になれば回復できるからそれまで――」

「そんなに待ってられますか!」

 

 帝都では今なおコイツの召喚した魔物が暴れている。術者を止めればそちらも止まるかもしれないし、止まらないならなおさらとっとと蹴りをつけて救援に戻らなくては。

 

 確かに少し釈然としない幕切れではあるが、結果的に帝都を守れたんだし、過程はこの際どうでもいいだろう。ソヴァがツッコミと同時に剣を振り上げた、そのとき。

 

 鉄臭さに混じって、ふわりと。いつしか嗅いだ覚えのある甘い香りが、ソヴァの鼻腔に入り込んできた。

 

 

 ――アダマンティアハッカ。大陸全土、特に帝国付近に多く見られる多年草であり、繁殖力が強く貧しい土地でもよく育つ植物である。

 

 ともすれば雑草と同列に扱われ、園芸が趣味の人間からは魔族よりも毛嫌いされている代物だが。

 

 葉が発する鮮烈な香りは気付け、転じて退魔の効果があるとされ、古くから生薬としても用いられてきた。

 

 それを凝縮して作られた消臭スプレーの効果はてきめんだった。帝都じゅうに満ちる甘臭い香りを押しのけて、漏れ出した清涼な香気が鼻を刺す。

 

 催涙スプレーにも近しい刺激臭を受け、ソヴァは脳天に突き抜けるような痛みと共に目を覚ました。

 

「……え? なんで私、倒れて……?」

 

 ぼやけた意識が現実に帰ってくると同時、最初に感じたのはハッカの香り。そして次に、大理石の床の固く冷たい感触だった。ソヴァはうつぶせに倒れ込んだまま、なぜかうまく回らない頭をひねって状況を整理する。

 

 倒れた記憶はない。気が付いたら、地面にうつぶせの状態で寝転がっていた。それ以上のことを思い出そうとすると、頭の奥がひどく痛んだ。

 

 ――確か、魔族が帝都に攻め込んできて、先輩が親玉を倒して……。そうだ、あの魔族はどうなった?

 

 はっ、と底冷えするような戦慄が背筋を通り過ぎた。帝都を脅かす魔族の脅威が去れば、ここまで聞こえるほどの喝采の上がっても不思議じゃない。だというのに、城内は異様なほど静かだった。

 

 ソヴァは立ち上がろうとしたが、四肢が思うように動かない。足がしびれてしまったときのように、重い肉塊が体にくっついている感覚だった。

 

「――やはり、勇者と言えどこんなものか」

 

 冷静な、しかしどこか高揚を含んだ声が響く。この場にいるはずのない、いてはならない者の声。

 

 未だ言うことを聞かない体に見切りをつけ、視線だけを声の方に向ける。そこにあったのは、倒れこむ何者かと、それを見下ろす者の足元。

 

 いや、何者かなど考えるまでもなかった。それは、散った花弁のように。ここ数日ですっかり見慣れた桜色の頭髪を地面へ放り出したエステルが、力なく倒れ伏していた。

 

「せん、ぱい?」

「……驚いたな。貴様、どうやって俺の夢から抜け出した?」

 

 ソヴァの漏らしたかすかなつぶやきを聞きつけて。ドルーザは心底不思議そうに疑問を投げかける。ニコレットのもとで受け取った魔道具のいくつかが、その役目を終え砕けていた。

 

「レジストアイテムか……? いやしかし、たかが魔道具のひとつやふたつで抵抗できるものではないはずだが」

 

 ドルーザが口元に手を当て、しばし考え込むそぶりを見せる。しかし、そのうち些末なことだと結論づけたらしい。「まあいい」と首を横に振って。

 

「抵抗難度を上げる代わりに深度を下げた代償か。内部からはともかく、外部からの刺激で簡単に目覚めてしまうのが難点だな」

「これ、は」

「鎮静のほうは効いているみたいで安心したよ」

 

 倒れるソヴァへドルーザが歩み寄る。その足取りは緩やかで、反撃など一切考慮していないふうだった。だが事実として、剣を構えるどころか立ち上がることさえできなかった。ただ屈辱とともに魔族を眺める。

 

 やがて、頭のすぐそばにやって来たドルーザがしゃがみ込み、ソヴァと視線を合わせる。瞳に嘲りを浮かべた彼は、出来の悪い子供に言い聞かせるような口ぶりで言った。

 

「対象に理想の夢を見せる――それが俺の魔法だ。そして対象は、帝都全域の人間」

「先輩に倒されたのは……」

「全部夢さ。お前たちにとって、最も都合のいい展開だろう?」

 

 甘い匂いの正体。それこそ、ドルーザの魔法の残滓であった。対象に理想の夢を見せ、夢遊病に陥った人間のコントロールを奪う。そういう魔法であり、それをポーションに込めたものが安息香の正体だった。

 

「強い精神力を持つ者には効果が薄いのが弱点だが……。俺は『実際にあったこと』を夢の中でなぞらせることで、夢を現実と誤認させた」

 

「帝都で起こった失踪事件、ケンタウロスの討伐、そして襲撃。それらは全て実際に起こったことだ。現実と異なるのは、俺を倒したという一点のみ」

 

「つまるところ、お前たちが違和感に気付き始めたときにはもう俺の術中だったというわけだ」

 

 いくら夢を見せたところで、それがあまりにも荒唐無稽では対象に夢だと悟られてしまう。相手は勇者だ。自身が夢の中にいると認識さえしてしまえば、術を破ること自体は容易い。

 

 そこでドルーザは、限りなく自然な、限りなく現実に即したシナリオで勇者2人を誘導していた。効果は十全に発揮された。そして彼は、完全にエステルを夢へと封じることに成功する。

 

 事ここに至っては、もはや彼女が目覚めることはない。ドルーザは自慢げに続ける。

 

「今頃勇者エステルは、仲間たちと祝宴を交わしている夢でも見ているはずだ。そして、本人がそれに納得し、現実だと受け入れてしまったが最後。そいつは永遠に俺の傀儡になる」

 

 素晴らしい夢から醒めたくないように。対象にとって最も理想的な夢はいつしか、現実との価値が反転する。

 

 もし、エステルが『魔族を倒すのに失敗したのではないか』と自分を疑ったのならば。おそらく解呪することはできるだろう。だが、それはあり得ないとドルーザは考えていた。

 

 なぜなら、彼を倒すことがエステルにとっての理想だからだ。わざわざ手にした成功を、栄光を、望んだ未来を。「こんなはずじゃない」と疑うやつがどこにいる?

 

 強靭な精神力で、苦境を跳ね返す人間はいる。絶望を乗り越える者がいる。

 

 しかし、この魔法はその逆。弱者でなければ――自分自身を疑い、自分自身に不安を抱く人間でなければ逃れられなかった。

 

 これがドルーザの魔法の根幹にして本質。成立してしまえば、精神力の強さはもはや問題ではない。むしろ、精神力が高いほど抜け出せなくなる。

 

 目覚めるには理想的な未来を否定し、手に入れた希望を自ら疑うほかない。そして、希望を壊せる奴なんていない。壊す意味がない。

 

 だから、どんな人間だろうと術にハマった時点で抜け出せるはずがない。

 

 だというのに。

 

「――ああ。だからか」

 

 声がする。目をむいたドルーザが振り返り、震える声で問い詰める。

 

「……バカな。なぜ目覚められた?」

「だって、世界がこんなに優しいはずないもん」

 

 ゆらりと立ち上がったエステルが、皮肉っぽく笑った。

 

「悪夢よりずっと気味悪い」

 

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