酒カスアラサー女勇者 〜酔生夢死じゃ終われない〜 作:空想の墓場
「で」
「にゃ?」
「なんでついてくるんですか」
――帝都アルカリア。二等地。商業区。
帝都は大別して貴族の住む一等地と、平民が暮らす二等地に分かれる。同心円状に広がった区画分けの外周部分が二等地であり、一等地はその内側。そして、我らが皇帝陛下のおわす王宮はそれらすべての中心にある。
とはいえ、二等地だからと言って一等地に比べ環境が劣っているということではない。むしろ帝都で最もにぎわっている場所こそここ。
石畳が続く道の両端を、色とりどりの布を屋根代わりに敷く露店に挟まれた商業区の中心。商人たちが我先にと客を呼びこむ姿はある種の迫力があった。彼らもまた、今日を生き抜く戦士である。
ソヴァは溢れんばかりの人混みを避け、威勢のいい声を張り上げる野菜売りの横を通り過ぎ、宿屋の角を曲がる。が、どうしても後ろからついてくる人影を撒くことができなかった。
そこで流石にプッツン来た。彼女は往来のど真ん中で立ち止まり振り返る。目の前には、なんでそんなことを聞くんだとばかりにとぼけた表情を浮かべたエステル。
「なんでって。レベル上げるのはヤダけど、任務に協力しないとは言ってないもん」
「言ってないもん、じゃないですよ! 協力要請はこちらから取り下げたはずですが?」
「まあまあ。勇者同士協力しようよお」
「どの口が!?」
ついさっきまで協力を渋っていたのはどちらだったか。あまりにもあっけらかんと言うので、ソヴァは一瞬自分の記憶を疑ってしまった。
「貴女の助けなんていりません! この程度の
「ホントに大丈夫ー? おねーさん心配だなあ」
「私のことより、自分の心配をした方がいいんじゃないですか? 足元だっておぼつかないくせに」
「あははー。それは言えてる」
何がおかしいのかケタケタ笑うエステル。いや笑いごとじゃねえよ、と。ソヴァの心ににまたしても怒りがこみ上げるが、拳を握り締めてぐっとこらえた。ここは人通りが多いし。ぶっ飛ばすにしても人目につかない場所の方がいい。
エステルは胸元から小瓶を取り出す。ポン、という軽い音とともに封が切られ、同時にアルコールの匂いが風に乗ってソヴァの鼻腔へ運ばれてきた。彼女は不快そうに顔を歪める。
「協力するのなら、任務中は禁酒してください! ……またネクタルですか?」
「ううん。これは
「それも伝説級のバフアイテムだし……。そんなんしか持ってないんですか?」
「いや、抵抗力のステータスが高すぎてさ。このくらい強力なアイテムじゃないと酔えないんだよお」
「とにかくしまってください。そのバフに何の意味があるんです? 大魔族と戦うわけでもあるまいし」
「ちぇ。ソヴァちゃんのケチ」
「これ常識! ケチとかじゃないから!」
絶叫して、ここが往来であることを思い出す。道行く人々に不審なものを見る目を向けてられていることに気付いたソヴァは、しょんぼりした様子で小瓶に蓋をするエステルの手を引いて、足早にその場を過ぎ去った。
「もう! どこが協力ですか!? 貴女の相手をしてたら日が暮れちゃいます! 私一人で調査しますから、そこで見ててください!」
「知らない人に声かけられる? 人見知りしない?」
「ぶっ殺……。違う、相手にしない相手にしない……!」
出かけた言葉をなんとか飲み込んで、自分に言い聞かせる。ソヴァ・キリオス。お前は勇者だ。誇り高く高潔で、万人の規範となる存在なんだ。そんな汚い言葉を使っちゃいけない――。ひとしきりの自己暗示を済ませ、ようやく調査を開始する。
さて、まずはどうすべきか。ソヴァにとってはこれが初任務。もちろんこれまで数えきれないほどの
そもそも依頼主からしてスケールが違い過ぎるしな、と。しばらく悩んだ末、やはりこれまでやってきた通り住民への聞き込みから始めることにした。勇者として認定を受けるのだって、こうした積み重ねの連続だった。今更他のやり方など考えられない。
とはいっても、神隠しは今や帝都全域で噂になっている大事件だ。情報を持っていない人の方が少ない。意外と一発で核心に迫れてしまったりするんじゃないかという期待を胸に、手ごろな人物にあたりをつける。目星をつけたのは、果物売りの婦人。
「すみません。神隠し事件について何か知りませんか?」
「アンタ誰だい? 見ない顔だね、冷やかしなら帰ってくんな」
……。
「なるほど。想定より神隠し事件の知名度は低いと」
「低いのはソヴァちゃんの知名度なんじゃ」
「ううう、うるさいですね。ちょっと緊張しただけです。次はうまく聞き出します」
耳の先まで真っ赤に染め上げたソヴァが虚勢を張る。からかうつもりで野次を飛ばしていたエステルもこれには心配が勝った。
いやまあ、流石に彼女の言う通りちょっと緊張しただけだろう。きっと次はうまくやってくれる、そう信じて送り出したのに。
「神隠しについて? あーどうだったかな。なんか買ってくれたら思い出すかもなー?」
「なら、ひとまずこの列にあるものを全部ください。これなら――」
「あーあーあーキャンセル! キャンセルでお願いしまーす! ソヴァちゃん、物忘れがそんなんで直るわけないでしょお!? 買わせる口実だよお!」
「神隠しか……。くくく、バレてしまっては仕方ないな。そう! 我こそ事件の黒幕である!」
「そうですか。斬ります。『ブレイブ――」
「ストーップ!! こんなあっさり自白する黒幕いないから! この子はそういう年頃なだけ!」
「神隠しには帝室の陰謀が渦巻いているんだ……! お前たちはまだこのことに気付いていないのか!?」
「そんな……!? それは本当ですか!?」
「依頼主は誰だったっけ? 内輪揉めを公に調査させるはずないじゃん」
そして、数時間後。
路上に死体のような格好で倒れ伏すエステルの姿があった。疲労困憊な彼女の頭部付近に立ち、腕組みしながら何かを考え込むそぶりを見せていたソヴァから。
「これだけ聞いたのに収穫なし……。よほど綿密に情報統制されているみたいですね。仕方ありません、またイチから洗い直しましょう」
「ソヴァちゃん、ちょ、ちょっと待って!」
聞き捨てならない言葉が飛び出し、エステルは慌てて立ち上がる。今にも次の目的地へ走り出そうとしていたソヴァの肩を捕まえて、「どうどう」と落ち着かせた。
「一応聞くけどさ、ソヴァちゃんって
「む。やっぱり馬鹿にしてますね? もちろんあるに決まってるじゃないですか」
「いやいや! 馬鹿になんてしてないって! ちなみに、どんな種類の
「……そういえば。討伐依頼ばかりで、聞き込みといっても被害状況やターゲットの特徴を聞くくらいしかしたことありませんでしたね」
「そっかー」
なら仕方ないかと、エステルは一人得心する。今回の依頼はソヴァがこれまで受けてきたものとは毛色が違う。
「一旦分かってることを整理しよ? ソヴァちゃんは神隠しについてどれくらい知ってる?」
「私も噂になっていること以上のことは、あまり。つい1月ほど前から起こっている、連続失踪事件ですよね」
「うんうん。それで?」
「狙われているのは主に平民ですが、それ以外被害者に共通点はなく、性別も年代もバラバラ。現場付近に争った形跡はなく、まるで忽然と消えたかのような状況から『神隠し』と、そう呼ばれるようになったとしか」
「それだけ分かってれば十分だよお。よく調べたねえ」
「いえ、そんな。勇者として当たり前のことをしただけです」
「うーんお耳に大激痛!」
わざとらしく耳を押さえるエステル。それをガン無視してソヴァはさらに記憶の最奥を探る。ややあって、彼女は「あ」と小さく声を漏らした。
「事件と関係があるかは分かりませんが、現場付近を調査した憲兵の報告によれば、なにやら甘い香りが残されていたそうです」
「ふーん……? 匂いで人を操る魔物は何種類かいるよね。アルラウネとか、サキュバスとか」
「帝都に魔物が潜んでいると? だとしたら事件どころの騒ぎじゃ……」
「あくまで可能性の話だよお。せっかちさんだなあ」
やれやれとばかりに肩をすくめる動作がなんかムカつくが、言っていること自体は間違っていない。酔っ払いに諭される屈辱に釈然としない思いを抱きながら、ソヴァは思考を組み立てる。ほんのちょっと勢いが余ってしまうだけで、元来彼女は聡明だ。
「その甘い香りとやらの正体が分かれば、主犯が誰なのかも浮かび上がってきそうな気がしますね」
「だねー。じゃあどうしようか」
「香りが残っていた……。被害者が消えたとされる現場付近で調査してみましょう」
「うんうん」
何が起こったか明確な討伐依頼と、そもそも何が起こっているのか分からない事件の調査ではまるっきり勝手が違う。ソヴァはこれまでと全く違った考え方を強要されていた。
「新人に任せるにしては込み入ってるなあー……。皇子殿下サマはとことんスパルタでいらっしゃる」
エステルは小声で悪態を吐く。嫌な奴の顔を思い出してしまったとばかりに頭を振って浮かんだイメージを払いのけた。もしかすると、ソヴァが自分に協力を求めに来るところまで彼の手のひらの上なのではないかとさえ思えてしまう。
一方のソヴァは、どこか不服そうな表情をしつつも調査の糸口が掴めたことで活気を取り戻していた。逸る気持ちを隠しもせずにエステルを急かす。
「なんだかうまく誘導された気もしますが……。とりあえず、神隠しがあった現場に向かいましょう。場所は頭に入っています」
「着いたら後は任せてよ。飲み二ケーションで鍛えた私の会話術を見せてあげる」
「それ、本当に役に立つんですか?」
「もちろん。どんな自白剤も酒には勝てないからね」
「くっ……。私のレベルがもっと高ければスマートに聞きこめたのに……」
「レベル上げてもコミュ力のステータスは変わらないよお?」
目的地へと一直線に、淀みなく歩みを進めるソヴァ。対するエステルはおぼつかない足取りで右へ左へゆらゆら。同じ場所に向かっていても実際歩いた距離には倍近い差がついていた。
こんな調子で大丈夫かと、ソヴァは数歩後ろにいる酔っ払いに胡乱な目を向ける。つい先ほど魔物の存在を示唆したのは他でもない彼女のはず。戦闘になったとして使い物になるのかこいつは。
万が一がないとも限らない――。静かに、体内を巡る魔力に意識を傾けたところで。
「ところで、ソヴァちゃんはなんでそんなレベルにこだわるの? 酒場に来た時もレベル上げのチャンスがどうとか言ってたよね」
と、空気の読めない問いかけに集中を乱された。彼女の緊張感を知ってか知らずか、不意に投げかけられた疑問。
雑談の発端ともとれるそれに一度は高めた魔力を霧散させつつ肩越しに振り返る。その表情にはルーティンを邪魔されたことへの不満が浮かんでいた。
「むしろレベルを上げたがらない人なんていないと思いますけど。……目の前の変人は別として」
「なんかさらっとディスられたことない?」
「幻聴じゃないですか? 飲み過ぎですよ」
「あれえー……?」
あくまでシラを切り通す。このくらいの意趣返しはしてやらないとやってられられなかった。やや納得いかなそうに唸っていたエステルだが、「まあいっか」と水に、いや酒に流して。
「それもそっか。変な事聞いちゃったね」
「そうですよ。今のご時世、レベルなんていくらあっても足りないくらいですから」
魔族との対立は日ごとに激しさを増している。今こうして帝都の事件を調査している間にも、最前線では戦士たちが血を流しているかもしれないのだ。
勇者として経験を積んだあとは、いずれ自分も前線に向かいたいというのがソヴァの願いであった。そのためにもレベリングは彼女にとっての必須事項であり、何よりも優先されるべき事項。
戦闘においてレベルの高いほうが必勝、というわけではない。だが、勝敗を決定づけるうえで最も大きなファクターであることもまた事実。
「でも、ほら。実際今日だって、レベルがいくらあっても解決できない問題だったわけだし。ね?」
どこかおずおずとした様子でエステルが切り出す。その言葉に反論は出なかった。自分の調査方法が優れていたとはお世辞にも言えないことを、ソヴァは自覚している。
レベル外の強さ。その重要性に気付かないほど彼女は愚鈍ではない。
そして、他の方法にすがれるほど器用でもなかった。
「それしかなかったんです。私が勇者になる方法は」
「それって――」
「着きましたよ。ここが神隠しがあったという現場です」
困惑の声を遮ってソヴァは告げる。賑わいを見せていた商業区からやや離れた場所には、閑静な居住区が広がっていた。
色褪せた木造の民家が密集して立ち並ぶ、道幅の狭い路地。初めて訪れたならあるいは、別の街に迷い込んでしまったのかとさえ錯覚するだろう。整然と区画整理された帝都は、見方によって全く異なる姿を覗かせる。
「こんなところから人が消えたら、すぐ分かりそうなもんだけどねえ」
「争った形跡もなければ、騒ぎを耳にした人もいない。それが神隠しと呼ばれるようになった所以ですから」
エステルの疑念にはソヴァが答える。周囲にこれだけの民家があるというのに、誰にも気づかれることなく何人もの人間が消えているというのもおかしな話だった。
「ひとまず、事件について何か知っている人がいないかを調べてみましょう」
「ここは私が行くよお。少なくとも、ソヴァちゃんよりは顔も知られてるし」
「仮にも帝都の勇者ですからね。まあ、信頼は得やすいか」
「仮じゃなくて本物なんだけど」
ずいぶんな言いぐさに抗議を送る。立ち振る舞いが勇者のそれとは思えないんだから(仮)で十分なんですよと、2人が言い争っていると。
「あのー……。もしかして、勇者エステル様ですか?」
民家の陰からこわごわとやって来た一人の男性が会話に割って入る。エステルは勝ち誇った笑みを浮かべて。
「あーっ、気づかれちゃった! オーラが隠しきれてなかったかあ! やっぱ新人ちゃんとは知名度が違うよ知名度が」
「やっぱりそうでしたか! アルコールの匂いがするピンクがいたのでもしかしたらと思ったんです!」
「そういう認知のされ方なの私って」
ある意味オーラと呼べなくもないが、いまいち格好のつかない覚えられ方にショックを受けた様子のエステル。なまじ煽ったぶん余計にダサい。
彼女は隣で笑いをこらえるソヴァに鋭い視線を送った後、軽く咳ばらいをして体裁を立て直す。身なりからして男はここの住人らしかった。
一軒一軒戸を叩いて聞きまわる予定だったが、その手間が省けたとばかりに。エステルは人好きのする笑みを浮かべて尋ねる。
「ちょうどよかった。私たち、このあたりで起こった神隠しについて調べてるんだあ。何か知ってたりしないかなあ?」
「おお! 自分が貴女に話しかけたのもまさにそのことについてなんです!」
「へ? ホント?」
嬉しそうな反応を見せる男に、かえって呆気に取られてしまった。ぽかんとするエステルにお構いなく、男は声を低くして続ける。
「実は、うつろな目をした住人が三等地に向かっていくのを見たんですよ。初めはそんなに気にしてなかったんです。でも、今朝の号外でまた行方不明が出たって言うじゃないですか。よくよく見てみたらびっくり。行方不明になったってやつと、自分が見たやつの特徴が完全に一致してたんです」
その言葉にエステルは目を丸くした。久々に耳にする三等地という単語もそうだが、それ以上に。これほどの情報が突然転がり込んでくること自体、彼女にとって予想外だった。
男はエステルに向かって両手を合わせ、懇願するような姿勢な姿勢で言う。
「自分みたいな臆病者じゃ、三等地に向かう勇気が出なくて。そこにたまたま貴女がたが来てくださったという次第なんです。どうか調べてみてくれませんか。自分や周りに神隠しが起こったらと思うと不安で」
長丁場になりそうだと予感していただけに肩透かしを食らった気分だった。つい似たような表情になってしまった2人の勇者は顔を見合わせ互いに頷き合う。
思いがけず手に入ってしまった情報を握り締めて2人は向かう。帝都のもう一つの姿、三等地――俗に、貧民街と呼ばれる場所に。