酒カスアラサー女勇者 〜酔生夢死じゃ終われない〜   作:空想の墓場

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「これからどうしよ」

 ほの明るい洞窟の最深部に存在する、やや開けた空間。さらにその最奥に置かれた人の身の丈の数倍はあろうかという青銅色の扉は、続く道を固く閉ざしていた。

 

 侵入者を拒絶するその様は、それだけで威勢を削がれるほど厳めしい。しかし、今この瞬間扉を見上げる2人組に限って言えば、両者ともに見かけの威圧感など気にする性質ではなかった。

 

「ミストバット。レベルだけで言うなら、ここのボスは正直そんなに強くない。でも、このダンジョンは帝都でも指折りの『初見殺し』で有名なんだあ」

 

 やや間延びした、呂律の回っていない喋りが洞窟内に反響する。突如として始まったエステルのダンジョン講義に耳を傾けていたソヴァがぴしりと挙手して反論する。

 

「異議あり! レベル差さえあれば小細工など強引に突破できるのでは?」

「相変わらずレベル至上主義だねえソヴァちゃんは。そう簡単にいかないから初見殺しなんだよお」

 

 脳筋じみた疑義にエステルは苦笑しながら答える。確かに、圧倒的なレベル差があれば大抵の状態異常はレジスト出来るし、技術で劣っていてもステータスでごり押しが可能な場面は多い。

 

 しかし、それだけで勝負が決まるわけではないということもまた事実。特に、ソヴァがいずれ対峙しなくてはならない相手にその戦法は通用しにくいものだった。

 

「ソヴァちゃんも勇者になったからには、いつか魔族と戦うことになると思う。そうなったとき、魔族にステータスで競り勝つのちょーっと厳しいかなあ」

「それは……。理解しているつもりです。仮に同レベルだとしても、基礎ステータスや成長率は向こうに分があると」

「そうそう。それに、人間は媒体なしじゃ魔法を使えないのに、魔族は息をするみたいに魔法を使う」

 

 持って生まれた種族としてのスペック差。人間と魔族の間には、いかんともしがたい溝があった。人間基準で優秀な戦士も、魔族基準なら掃いて捨てるほどいる雑兵に過ぎない。

 

 それでもなお、現在に至るまで人間が絶滅せず一定の地位を築けた理由は、数の多さともう一つ。

 

「力で劣る分、工夫して自分の有利な状況に持ち込むの。私たちは勇者なんて呼ばれてるけど、どっちかと言えば暗殺者(アサシン)寄りだと思って」

「ええー……」

「この大陸で一番卑怯な奴が英雄王だ!」

「ああ……。私の英雄像がドンドン崩れていく……」

 

 理想と現実のギャップに軽く絶望しながらも話はきちんと聞いている。憧れていた勇者とはかけ離れてはいるものの、一応は先輩の言うことだ。実際納得せざるを得ない部分もある。

 

「ってことで今回、ソヴァちゃんにはアドリブ力を鍛える特訓をしてもらいます! いえーい」

「はあ」

「情報を揃えるのも戦略の一つなんだけど……。今回は事前情報はなしで。実際に戦う中でボスの弱点を見つけてねえ」

 

 どんどんぱふぱふー、と。やたらめったら囃し立てるエステルにソヴァは冷めた視線を向けて。

 

「戦いの中で弱点を見つけるなんて、これまで何回もやってきました。別に今に始まったことじゃありません」

「おー? 強気だねえ。でも、今回もそううまくいくかなあ?」

 

 やや意地の悪い笑みを張り付けたエステルが挑発するかのごとく、もったいぶった口調で続ける。

 

「魔族の中には触れただけ、聞いただけでほぼゲームオーバーなんて魔法を使うやつもいるんだよお? そんな奴が出てきたらどうするのお?」

「……ちなみに、先輩はどうするんです?」

「気合でレジストする」

「ゴリ押しじゃん」

 

 エステルが「うぇへへー」と照れと誤魔化しの入り混じった笑い声を発して頬を掻く。結局のところ彼女とて、全ての魔法に完璧な対応ができるわけではない。

 

 それでも、魔族との戦いに対応力が求められることに違いはない。帝都周辺にはいくつかのダンジョンがある中で、わざわざここに来たのもこれが理由であった。

 

「まあまあ。最後にはモノを言うのはレベルだとしても、それに頼らない方法も知ってて欲しいんだよね」

「なーんか納得いきませんが……。分かりました。要するに、厄介な相手も1人で対処して見せろってことですよね」

「それで合ってるよお。よっぽど危なくならなきゃ助けてあげられないからねえ」

「言われなくても最初から1人でやるつもりでしたよ。どうせ誰かさんは? 経験値いらないからとか言ってサボるだろうと思ってましたし」

「誰のことだろうなあ」

 

 白々しくヘタクソな口笛を吹くエステル。素知らぬ顔をした彼女の隣で、ソヴァはもはや呆れるでもなく粛々と準備を進めていた。

 

 流れる魔力は淀みなく、戦闘に支障をきたすほどの傷もない。ここに来るまで苦戦するほどの相手は居なかった。とはいえ、油断は禁物だ。

 

 ソヴァが青銅色の扉に触れる。その巨大さからは想像もつかない軽さの手ごたえが返ってきて、拍子抜けするほどにあっさりと扉は動いた。

 

「ちなみに。ボス部屋には私も一緒についてくけど、魔物よけのアイテムを使ってるからお気になさらず~」

「ちゃっかりしてるなこの人」

 

 まもなく強敵と対峙しようという人間に向けた物言いとは思えない、のんびりした口調でエステルは言う。実際戦うのはソヴァなので、彼女にとっては文字通り他人事だった。

 

 そんなエステルをジト目で睨みつつ、ソヴァが扉を押し開く。門と地面が擦れ合い巻き上がった土煙が晴れていくにつれ、内部が露になる。ボス部屋内は閉塞的だった洞窟から一変して開けて、四方に50メートルはあろうかというドーム状の空間が存在していた。

 

 そのドーム状の中心に赤黒い霧が滞留している。皮膚に突き刺さる魔力と敵愾心から、あれこそこのダンジョンのボスであるとソヴァは直感した。

 

 霧は絶え間なく形を変化させ、やがて蝙蝠の輪郭を作る。切り離された霧の一部が、実体を伴ったモンスターへと変貌した。登場こそ異様なものの、外見上はこれまで倒してきた蝙蝠型モンスターと大差ない。ソヴァが鼻白んで言う。

 

「脅かすからどんなものかと思えば、ただ少し大きいだけのバットじゃないですか」

 

 言葉では軽んじているものの、ソヴァの構えに隙は無い。相手を正眼に捉え、忠告通り警戒を怠らない様子を見たエステルは満足げに頷いた。

 

 一瞬の間を置いて、ミストバットが飛び掛かってくる。その動作は俊敏だが、ソヴァにとって脅威になるほどではない。余裕を持って突進を回避し、返す刀で斬り捨てた、はずだった。

 

「ぐっ……?」

 

 やや遅れてソヴァの脇腹に衝撃が走る。目測を誤ったかと、痛む場所を左手で押さえながら考察するがそうではなかった。先ほどの1体を処理している間にも、滞留する霧から2体目、3体目のミストバットが生み出されていたのだった。

 

「なるほど。最初から複数体いたんですね」

 

 まんまと不意打ちを食らったことに多少の憤りを覚えつつ分析する。

 

 確かに数の暴力は厄介だが、当初エステルが言っていたように1体1体は大して強くない。後続が生み出されるよりも早くそれらを処理してしまえばいいと踏んだソヴァは短期決戦を目論む。

 

「何体いたところで、レベルが足りなきゃ問題じゃない――!」

 

 猛烈な勢いでもって霧に飛び込む。輪郭が見えた端から斬っていくが、勢いは止まらない。そのうちに処理しきれなかった個体に背後から突進され、たたらを踏む。振り向きざまにそれを切り伏せたあと、苛立ち交じりに吐き捨てる。

 

「ああもう! 鬱陶しい!」

「なはは~。いや、人が苦戦してるのってなんでこんなに面白いんだろね?」

 

 呑気な声が耳に入ってきて、ちらりと横目で流し見る。その視線の先には、扉付近の壁に背中を預け悠々と観戦しているエステルの姿があった。どこから取り出したのか、右手には酒瓶、左手に一口サイズのカップを持ちながら。

 

「そこだー! やれやれー!」

「あんの酔っ払い、後で絶対泣かす……!」

 

 また一体、ミストバットを斬り捨てる。剣に込められた殺意のせいか、それは他の個体よりも見事な切り口をさらして青白い粒子へ帰った。

 

 人の苦戦を肴に一杯やりだしたアル中はまた別の機会に激詰めするとして、今はそんなことをしている暇はない。短期決戦を狙ったはいいものの、処理速度よりも生成速度の方が上回っているのが現状だった。

 

 小さく舌打ちしつつ改めて敵を分析する。ダンジョンを攻略するにあたって、帝都で軽くだが予習をしてきていた。それによれば、ダンジョンボスは大きく2種類に分けられる。

 

 すなわち、「強力な個」と「巨大な群れ」。ミストバットは間違いなく後者だろうとソヴァはあたりをつける。

 

「それにしたって、こんな大量に出てくるなんて書いてませんでしたよ!? まさか現地に行かずに書いたんじゃ……?」

 

 編纂者に文句の一つもいいたくなる。エアプが攻略記事を書くな。だが、文句を言ったところで現状が変わるわけでもない。

 

「どこかにボスがいるはず。それを見つけないことには……」

 

 群れをつくるからには、それを統率する指揮官がいるのが常。霧と、そこから眷属を生成する大本がどこかに隠れているはずだった。

 

 ただ、それが分かったところで肝心の本体を見つけられなければ意味がない。知ったかぶりで大言壮語を吐く人間と同じだ。

 

 そうこうしている間にも霧の周囲にはバットが続々と補充されている。それらを1体づつ注視してはみたものの、ソヴァにはヒヨコの雌雄を見分けることだってできないのだ。蝙蝠の顔の違いなんてなおさら分かるわけもない。

 

「もっと相手の気持ちになって考えてみなよお。ソヴァちゃんならどこに隠れる?」

「隠れません! 正面から立ち向かいます」

「わあ素敵」

 

 本体さえ無事であれば無尽蔵に眷属を生み出せるとするのなら、本体はとにかく生き残ることに注力するはずだ。だとすれば、群れの中で最も安全な位置に身を隠すのが道理。

 

 だが、正々堂々を信条とするソヴァには隠れ場所など不要。いくら想像力を働かせようとも、隠れ場所は見当もつかなかった。

 

「ボス、指揮官、リーダー……?」

 

 それでもなお、なんとか本体を見つけようと思考を巡らせるうち、ふとエステルの言葉が思い出される。

 

『誰かを導くには、臆病じゃなきゃいけないんだ。カッコ悪いかもだけどね』

「一番、臆病なヤツ……」

 

 最も警戒心が高く、臆病で逃げ足の速い。とにかく生き残ることに特化した個体こそ、本体なのではないか。そんな思い付きがよぎる。

 

 ソヴァは走り回る足を止め、代わって剣を握る手に力を込める。自らを取り囲む脅威から視線は逸らさないまま、深く息を吐いた。

 

 これから行おうとしている行為は、継戦能力の放棄に等しい。仮にこの方法が失敗に終わればそのままズルズルとジリ貧に陥り、物量差で押し切られてしまうだろう。しかし、何も手を打たなくてもそれは同じこと。

 

 彼女は静かにつぶやき、自分に言い聞かせる。

 

「怖がりが、勇者になんてなれるものか」

 

 ソヴァ・キリオスは普通の街娘だった。

 

 共和国の辺境で生まれたソヴァは、農業を営む実家の手伝いをしながら幼少期を過ごしてきた。

 

 何の変哲もない街に生まれた、多少運動が得意なくらいで他に変わったところのない少女。そして、その平穏が唐突に終わりを迎えたときも。彼女の反応はいたって普通のものだった。

 

 深刻な表情の両親に背中を押され、逃げ出した街外れ。穏やかな街並みが吹き荒れる炎と悲鳴の嵐に変わっていく光景を、恐怖に身を震わせながら呆然と見つめることしかできなかった。

 

「……ふぅ」

 

 長い呼吸を経て、ソヴァの魔力が爆発的に高まる。目の前の戦士から明らかな脅威を感じ取ったミストバットたちが警戒を露にして距離を保つ。

 

「いつまで隠れているつもりですか――」

 

 魔族から逃げることにも疲れ果て、棒になった足がくずおれる。刈り取った麦を詰めこんだ麻袋の山に身を隠し、息を殺す中で見た英雄の背中。桜色の髪を振り乱して戦う彼女は、魔族だけでなく、ソヴァの恐怖心すら切り捨てて見せた。

 

 やがて戦火は収まり、朝日が昇る。されどその戦火は、ソヴァの胸の中に小さな種火を灯した。

 

 自分も物をも恐れない英雄になりたい。幼い少女はそんなありふれた夢を抱く。しかし、そのときの彼女には何もなかった。能力も才能も、家柄も寄る辺も仲間も先立つものも。

 

  それでも、この世界にはたった一つ。全人類に平等で、最も分かりやすく明瞭に、英雄へとたどり着ける指標があった。

 

『――そうだ。レベルを上げればいいんだ』

 

 最初で最後の一振りを、彼女は握りしめた。

 

「『ヴァリアントスラッシュ』!」

 

 臨界に達した魔力が解き放たれ、愚直な一撃が繰り出される。逆袈裟に振るわれた剣閃はやがて広い空間内を埋め尽くすほどの奔流となり、光に飲み込まれたミストバットを組織の一片すら残さず消滅させる。

 

 しかしソヴァが消し飛ばしたそれらも、本体にとっては代わりの利く消耗品でしかない。眷属を身代わりにし、斬撃をすんでのところで逃れた個体が洞窟内の天井付近まで高度を上げる。

 

 群れの中でひときわ小さな体躯のそれは、地上を睥睨する。今の一撃で眷属の多数は失われたが、ここから仕切り直せば何の問題もない。

 

「見つけた」

 

 さらにその上方から声が聞こえた。光に染まる視界の中、ソヴァは最も素早く回避行動をとった個体を捉えていた。天井を蹴り、勢い任せの大上段に構える。

 

「『ブレイブ、スラッシュ』!」

 

 振り下ろされた剣がミストバットの正中を捉え、それを容易に両断した。同時に、ソヴァの体を淡い光が包む。

 

「これからどうしよ」

 

 重力に身を任せ、脱力した体勢のまま自由落下するソヴァ。本体を捉えたはいいものの、それに夢中で終わったあとのことを考えていなかった。

 

 渾身の一撃に加え、ダメ押しに放った一発。それが良くなかった。念願のレベルアップの感慨に浸る暇もなく、次第に地面が近づいてくるのをぼんやりと眺める。

 

「――っと」

「ぅあ」

「ソヴァちゃん軽すぎない? ちゃんと食べてる?」

「先輩は飲みすぎですね。臭いので下ろしてくれます?」

「受け止めてあげたのにそれはひどくない!?」

 

 地面に激突する寸前、柔らかな感触に抱きとめられた。瞬間鼻腔を貫いたアルコール臭には顔をしかめずにはいられなかったが、腕の中から逃れようにも体に力が入らない。

 

 ショックを受けた表情で固まるエステルに向かって、ソヴァは問いかける。

 

「先輩?」

「んー?」

「どうでしたか?」

「終わったあとのことを考えられたら120点だったけど」

 

 これからのことを考えるのは苦手だった。何も持っていなかった少女は、目の前の幸福をつかみ取ることだけで手いっぱいだったから。

 

 だから高く飛び上がったその後に、また別の困難があるなんて思ってもみなかった。

 

 しかし、これからのことには彼女がいる。もし空で足を滑らせても抱きとめてくれる彼女。自分は今まで通り、ひたすら前へと進めばいい。

 

「よく頑張ったね。やるじゃん。いえーい」

「……いえーい」

 

 ソヴァは苦笑を浮かべながら、喜びを口に出してみる。この道が正しかったのか、確かめるすべはないけれど。あの日の桜色が笑ってくれる、それだけで。

 

 全て報われたと思ってしまうのは、我ながら単純すぎないかと思った。

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