酒カスアラサー女勇者 〜酔生夢死じゃ終われない〜   作:空想の墓場

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飲まない人って片付けもしなきゃいけなくて2倍損してる気がする

 日は沈み、夜のとばりが落ちる頃合い。人々が休みにつこうとも、飲んだくれの冒険者たちにとってはこれからが本番。

 

 帝都は北部、ダンジョン周辺に設営された野営地。黄ばんだ布地のテントが並ぶ中、そこでは火を囲んで宴会に興じる者たちの姿があった。

 

「さあさあ! 私のおごりだから遠慮しないで飲んで! 今日はこの子がダンジョンを踏破した記念日なんだあ!」

「先輩……! 恥ずかしいからやめてください!」

 

 ダンジョンは脅威であると同時に、貴重な資源でもある。ダンジョン内部で得られる経験値やアイテム、その他諸々。それらを求めて各地から人が集まっていた。

 

 人が集まれば必然様々な需要が生まれるもの。帝都北部に存在するこのダンジョンも例外ではない。

 

 そして、その需要に商機ありとみた行商人たちの手によってこのキャンプ地は魔改造されていくこととなる。結果、ダンジョンタウンとでもいうべき小規模な街へと姿を変えたのだった。

 

 で。

 

 ダンジョンタウンの中心。煌々と燃えさかるキャンプファイヤーとその隣に置かれた大テーブル。野ざらしのテーブルの上には即席の料理と、それに見合わぬ品質の酒が並べられており、10数人の冒険者たちが席を共にしている。

 

 その末席でジョッキを掲げながら叫ぶ人物が一人。既にすっかり出来上がってしまったエステルを宥めようと、耳の先まで朱色に染めたソヴァが彼女の服の裾を引く。

 

 しかし、必死の抵抗虚しく、彼女の声は興奮する周囲の冒険者の大騒ぎによってかき消されてしまった。少し離れた位置に座る、赤らんだ頬の男たちが囃し立てる。

 

「うおおおお! 流石姉御! 太っ腹だぜ!」

「おいおい。女性に太っ腹はマズいだろ」

「腹斜筋で大根おろしたい!」

「もっと違くねーか?」

 

 まるで脊髄反射だけで発しているかのような会話が飛び交う。奢り、と言われてテンションが上がってしまうのは古今東西万国共通。エステルの持ち出した高級酒に目が眩んだ冒険者たちは、すっかり彼女に心酔しきっていた。

 

 相手がまともな人間だったら止められたかもしれないが、理性を失ってしまっていては手の打ちようがない。

 

 自分の力じゃこの場を収めるのは無理だと判断したソヴァは諦め交じりに首を振り、エステルの隣に着席する。すると、エステルは溢れんばかりのエールが注がれたジョッキを差し出して言う。

 

「ほら。ソヴァちゃんも一杯」

「結構です。というか、中級ダンジョンひとつ攻略したくらいで大袈裟なんですよ」

「飲めれば口実はなんでもいーの」

「口実って言っちゃってるじゃないですか」

「良いことがあった日にはお祝いに酒、悪いことがあった日も忘れるために酒!」

「結局なんでもいいんですね」

「てことで、イッキしまーす!」

 

 エステルは掲げたジョッキをひっくり返し、浴びるほどに流し込む。それを見た冒険者たちは感嘆の声を上げ、お代わりを煽った。

 

「おい、あの酒度数いくつだよ!? あんな水みてーに飲んでいいやつじゃないだろ!?」

「いいぞー! もっと行けー!」

 

 エステルが酒瓶を開けるたび、ツンと鼻をつくアルコールの匂いがあたりに充満していく。ソヴァは独特なこの香りが苦手だった。

 

 苦いような甘ったるいような、体にべったりとまとわりつく臭気。こんな腐ったバナナみたいな匂いの飲み物がおいしいとはどうしても思えない。

 

「……そんなにおいしいものなんですか?」

「お!? なになに、やっぱり興味あるんじゃん」

「まあ、全くないかと言えば、嘘になりますけど」

「今なら私がお酌してあげるよおー?

 

 エステルをはじめ冒険者たちの恍惚の表情を見ると、味が気にならないでもない。しかし、ソヴァはやはり首を横に振って、突き出されたジョッキを拒絶した。

 

「いえ。止めておきます。それに、まだ大仕事が残ってますから」

「まだなんかあったっけえ?」

「ええ。それはもう大変な。ダンジョン攻略よりもずっと手のかかる」

 

 酔っ払いの介抱という名の大仕事がね、と。続く言葉を飲み込んで近場にあった料理に手を伸ばす。干し肉を炙っただけのそれは塩抜きが適当で、喉が痛くなるほど塩辛かった。

 

 ソヴァは小さく咳き込みながら、父もやたら味の濃い料理を好んでいたことを思い出す。酒の肴にする分にはこれくらいがいいのだろうか。結局のところ、彼女に真相は分からない。

 

「そんな大変な任務があるのお? 私に手伝えること?」

「強いて言うなら、禁酒してくれると嬉しいですね」

「難度SSS級の任務だね……。遺書を用意しておかないと」

「禁酒が魔将討伐に並ぶ訳ないでしょう」

 

 無駄に深刻な面持ちで生唾を飲むエステル。思わず呆れるが、ソヴァはふと気になって彼女に尋ねる。

 

「……それにしても。なんだかんだ私に付き合ってくれますよね先輩」

「にゃ?」

「ほら。神隠しの調査も、今回のレベル上げも。最初はあんなに渋ってたのに」

「あー。それは簡単なことだよ」

 

 ソヴァの方に向き直ったエステルが柔らかな微笑を浮かべる。翠緑の瞳に射抜かれ、わずかに息が詰まった。

 

「ソヴァちゃんには期待してるからね」

「えっ――」

「早く強くなって、私の代わりに魔族を倒してもらわないと……って痛い痛い! 無言で叩かないでよお……。ちょ、マジでダメージ入ってるからあ!」

 

 ぽこぽこと可愛らしい擬音を立てつつも、人体における急所の一つである肝臓付近を的確に攻撃するソヴァ。ダンジョンの一件で彼女のレベルもしっかり上昇している。効果的に打撃を加えれば、エステルにも十分痛手を与えることができた。

 

 脇腹を押さえてうずくまるエステルに、冷ややかな視線を向けながら。

 

「全くこの人はこれだから。一瞬でもドキッとした自分が恥ずかしいです」

「ソヴァちゃん若いのに不整脈?」

「ぶっ殺しますよ?」

「ごめんなさい」

 

 エステルは流れるような動作で土下座の体勢に移行する。あまりにスピーディだったので目で追えなかったほどだ。こんなところで高ステータスの片鱗を見たくはなかった。

 

 いつも以上に口がよく回るのを見るに、どうやら予想以上に酔いが回っているらしい。いくら抵抗力に自信があるからと言って、一気飲みが体にいいはずもない。ソヴァが嘆息とともに立ち上がる。

 

「はぁ……。水を汲んできますから、少し酔いを醒ましてください」

「ええー? やだ」

「やだって。子供か」

「楽しい空気に水を差すつもり?」

「うまいこと言ったつもりですか? 私は先輩の健康を思って言ってるんですから」

「でもー……」

 

 理路整然と説教するソヴァに対し、なおもぐずぐず食い下がるエステル。どちらが年長か分からないやり取りを繰り広げていると、近くに座っていた角刈りの男が見かねて口を挟んでくる。

 

「おいアンタ。そろそろいい加減にしろよ」

「そうですそうです。言ってやってください」

「嫌がってるやつに無理矢理水飲ませるのはマナー違反だ」

「ああこれ私が注意されるんですか?」

「ノンアルハラになるぞ」

「アルハラっていつ一周しました?」

 

 意外な角度からの援軍にソヴァが戸惑っていると、論破されかけうつむいていたエステルが顔を上げて言う。

 

「飲ませない雰囲気にするのもハラスメントだから」

「いいんですよ直接的じゃなくてもハラスメントになりうる云々は。というかここぞとばかりに反論してこないでください」

「はい」

 

 またしても撃沈。一瞬で言い負かされたエステルはしおらしくうなだれる。しょぼくれた背中はとても勇者のそれとは思えない。

 

 ……まあ、こんな席でくらいいいだろう。情けないエステルの姿を憐れんだソヴァが、今回ばかりは寛大な心で見逃してやろうと思い直したところで。

 

「おーい、ちょっといいか?」

 

 暗がりのなかから1人の冒険者が現れる。彼は自分の背後を親指で示しながら。

 

「帝都から人が来てるんだが……」

「あ? んなの当たり前だろ。ダンジョンあるんだから」

「いや冒険者じゃなくて。なんでも勇者エステルと、勇者ソヴァに用があるんだってよ」

「勇者ぁ?」

 

 それを聞いた角刈りの男は鼻を鳴らし、やや小馬鹿にした口ぶりで聞き返す。

 

「こんなとこに勇者なんて大物が来ると思うか? 人違いか場所違いのどっちかだろ。ですよね姉御?」

「エステルは私だけど」

「いるんかい。……えマジでいるの?」

「ちなみにこの子がソヴァちゃん」

「確かにそう呼んでたわ。てことは本物かよ!?」

 

 ざわ、と。酒宴の喧騒とはまた別種のざわめきが広がる。がらりと変わってしまった雰囲気にエステルが頭を掻いた。

 

「んー。せっかく場があったまってきたと思ったのに」

「私はちょっと感動してますよ。本来勇者ってこういうものじゃないです?」

 

 最初に出会った勇者がエステルだっただけに忘れかけていたが、本来勇者とは世界有数の戦士のことを指す。皇帝から直接の認可を賜っている分、社会的な名声も高かった。

 

 決して、大衆酒場に入り浸りごろつきと酌み交わす人種ではない。エステルと、エステルと一緒になって馬鹿騒ぎしていたあの酒場の面々がおかしいだけ。この場にいる冒険者たちの反応こそ正常だった。

 

「あれが、最年少で魔将を討伐したっていう……」

「でもそれって何年前の話だ?」

「確か6年前じゃないか? ってことは今の年齢が」

「そこ、計算するの禁止ね〜」

 

 エステルは声のした方に素早く振り返って言う。表情も口調も穏やかだったが、有無を言わせぬ迫力があった。彼女の背後に竜を幻視した冒険者はすくみ上がり閉口する。

 

 そんな調子で周囲に圧をかけていると、来客を伝えにきた冒険者の後ろから幾人かの騎士が姿を現す。

 

 白銀の鎧に身を包んだ身なりのいい騎士だった。鎧に刻まれた大鷲の紋章と、ただ歩いているだけでも統率が取れていると感じられる練度。帝国軍は帝国軍でも、彼らは皇族に仕える王宮騎士の一員だ。勇者の2人にはそれが一目で分かった。

 

 こちらを威圧しているつもりはないのだろうが、否応にも緊張が走る。楽しい飲みの席に突然堅物の上司が現れたようなものだ。歓迎されているとは言えない空気感のなか、彼らの先頭に立つ一際精悍な顔つきの壮年が歩み出る。

 

「エステル様……と、ソヴァ様で間違いありませんか?」

「うん。そおだよお」

「……はい」

 

 相変わらず呑気な声色で返すエステルと、彼女のおまけのように呼ばれたことがやや不服なソヴァ。横目でその様子を見たエステルが苦笑した。

 

 少女のちっぽけな自尊心が傷付けられたことなど欠片も気付かず、壮年の騎士は言葉を続ける。

 

「皇子殿下より言伝を預かっております。『依頼と、関連アイテムの調査に進展あり。ついては至急帝都に戻られよ』とのことです」

「うえー、早すぎない? もうちょっとのんびりできると思ってたのになぁ」

「迎えの馬車を用意しております。準備でき次第、出立を」

「優秀すぎるのも考えものだねぇ」

 

 帝都からここに来るまで数日。ダンジョンで三日と少し。ダンジョン攻略のための準備にも二日ほどかけた。

 

 それらの時間全てを足し合わせても、三等地で出会った男たちを憲兵に突き出し、アイテムの調査を依頼してからまだ一週間しか経っていなかった。

 

 あまりにもなスピード解決。もう少しのんびりできると思ったという言葉にも一部同意できる。ソヴァからしても意外なほどの早さだった。早いことが良いのか悪いのかに関しては、二人の間で解釈の別れるところではあったのだが。

 

 冗談交じりの返答に対し、壮年の騎士はあくまで事務的に。両手を腰の後ろに回し、かかとを揃えた直立姿勢を保ったまま一息に言い切った。言伝とは言ったものの、そこには命令の意図が多分に含まれている。

 

 事実、この問答に意味はない。彼らにとって優先されるべきは皇帝の意思であり、エステルたちが何と言おうが結論はすでに決まっているからだ。ここで駄々をこねたとして、引きずってでも連行されるだけだということは容易に想像できた。

 

 年端もいかない新人勇者をだまくらかしたときの手口は使えない――。早々に悟ったエステルはわざとらしく肩をすくめてみせた。

 

「最後にもう一杯だけダメ?」

「……エステル様」

「はいはい。そんな怖い顔で睨まないでよお」

 

 そろりとジョッキに伸ばした手が無言の圧によって封じられる。さしもの彼女も国家権力にはお手上げだった。極論勇者も雇われの身。何百レベルあろうと雇い主には逆らえないというのがなんとも世知辛い。

 

 

 本当に渋々といった様子で立ち上がったエステルは、緩慢な動作で自分たちのテントがある方に体を向けた。

 

「仕方ない。荷物だけ取り行ってくるよお」

「あ。私も行きます」

「ペットは飼い主に似るって言うけど、あれは嘘だねえ。真面目過ぎて皇子殿下とは似ても似つかないや」

 

 不機嫌さを隠しもせず、体中から負のオーラをありありと立ち上らせたエステルが愚痴る。

 

 酒宴を邪魔されたことがそんなに嫌だったのか。文句を言うことはあっても、彼女がここまで悪態を吐くのは珍しい。後をつけるソヴァがその姿をしげしげと眺めていると、不意にエステルが振り返り、八つ当たりでもするかのように言い放つ。

 

「あーあ。これもソヴァちゃんのせいだよお?」

「は? なんで私なんですか」

「言霊。大仕事が残ってる、なんて言うからあ」

 

 そう言って唇を尖らせたエステルに対し、全責任を負わされたソヴァは。

 

 ――そんなこと知らねぇよ、と思うのであった。

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