酒カスアラサー女勇者 〜酔生夢死じゃ終われない〜   作:空想の墓場

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ヤニカスアラサー女勇者

 そうして2人は舞い戻り、帝都は一等地。

 

 無駄に豪奢な馬車から飛び降りたエステルは、大きく背伸びをして固まった肢体をほぐす。体中の関節から空気の破裂する音がして、足先から頭頂部へと血液が流れ出すのを感じていた。

 

「お゛あ゛ー……」

 

 なんだかんだダンジョンから帝都に帰ってくるまで数日を要した。皇子殿下が用意してくれたらしい馬車の乗り心地は素晴らしかったものの、それでも座りっぱなしは腰に来る。

 

 仮にも乙女としてあるまじきうめき声を漏らすエステルに対し、彼女に続いて馬車から顔をのぞかせたソヴァが顔をしかめた。

 

「……おっさんみたいな声出さないでください」

「いや、ソヴァちゃんもじきに分かるよお。肉体が劣化していくこの感じ」

 

 ひらひらと手を振って年寄りじみたことを言うエステル。ソヴァは嘆かわしさに頭を抱えた。

 

 今はこんなでもソヴァにとってはかつて憧れだった人物である。帝国が他国に誇る勇者として、姿勢くらいはしゃんとしてほしいと思わずにはいられなかった。

 

 せめて外面だけでも取り繕ってくれれば――。見た目は、まあ、悪くないんだし?

 

 口の中だけで呟いたぼやきが、誰かに聞こえることはなく。悩みの種たる張本人はほろ酔いの緩んだ表情で、眼前に屹立する王城を見上げていた。

 

 意匠の凝らされた白磁の壁面が光を反射し、目が痛むほどに眩しい。圧倒されつつぼんやり眺めていると、御者台の上から若い騎士が声をかけてくる。

 

「研究院にてニコレット様がお待ちです。詳細はあの方よりお聞きください」

「おーけーおーけー。相変わらず引きこもってるね、良いことだ」

「良いことなんですかそれは?」

 

 彼は端的にそう伝えると、再び馬を駆って2人のもとを去った。ようやくお目付け役がいなくなったとでも言わんばかりに、エステルは懐から酒瓶を取り出して。

 

 すぐさまソヴァに取り上げられた。エステルが悲痛な叫びを上げる。

 

「ああっ、何するの!」

「何するのはこっちのセリフですよ!? 今から人に会うんですからお酒はダメです!」

「大丈夫だって知り合いだし。向こうも分かってるから」

「関係ありません!」

「むー……」

 

 勇者としてしっかりしてほしいと考えたそばからすぐこれだ。不満げにむくれるエステルを一瞥し、ソヴァはこめかみを押さえる。何がむー、だ。いい歳して。

 

 鈍痛を発する頭を振り改めて顔を上げる。彼女たちは現在、皇帝がおわす王城の庭先にいた。

 

 庭先と言っても当然、民家のそれとは規模が文字通り桁違いで。肝心の城に入るにはもう数分歩かなければならないほど離れている。もとは小市民であるソヴァは機能性に関して、ここでの生活に不便はないのかと素朴な疑問を抱いた。

 

「はぁ。それじゃあ行こっか。研究院はこっちだよお」

「え? ああ……」

「もしかして、お城の方だと思った? ざんねん。今日は違うんだあ」

「別に期待なんて……」

 

 していなかったと言えば嘘になる。言葉を濁すソヴァに、エステルは口角を吊り上げた。

 

「ちなみに私は入ったことあるよお? 羨ましい?」

「ああ。じゃあそんなに大したことないんですね」

「なんか思ってた反応と違うけどまあいいや」

 

 あからさまに舐められてはいるものの、一旦気を取り直して。ソヴァの期待に反して今回の目的地は王城ではない。エステルが指し示した先。正面に見える王城から間隔は開き、その右方に色褪せた建築物が存在していた。

 

 研究院。王城ほどではないにしろ一般的な民家よりははるかに巨大なそれは、魔導や魔道具に関する研究を専門に扱う学者たちの集う研究施設の通称であった。ソヴァはどこか得心がいったように手を打ち合わせる。

 

「なるほど。帝国の魔道技術は列強のなかでも群を抜いていると聞きますが……。これだけ力を入れているなら当然ですね」

「なんでも王城ができるより先に完成したとかなんとか。いやあ、帝国の人は努力家だねえ」

「全く。誰かにも見習って欲しいくらいです」

藪をつついてドラゴンを出す(やぶどら)だったかなあ」

 

 軽口を叩き合いながら研究院へと歩みを進める。古めかしい門を開き立ち入ると、質実剛健たる出で立ちが姿を現した。

 

 調度品などの飾り気はなく、代わりにとでもいうべきか壁面には魔力を制御するための法陣が刻まれている。実利に重きを置いた建築様式は王城と対照的で、ソヴァの目にはむしろ好ましく映った。

 

 勝手知ったる様子で迷いなく廊下を進むエステル。いくつものドアと研究室を通り過ぎ、二階のとある一室の前で彼女は足を止めた。エステルはドアを数度ノックした後、大声で叫ぶ。

 

「ニーコーちゃん! あーけーて!」

 

 まるで幼児が友達を遊びに誘うときのようなその声は、静かな研究院にあってよく響いた。あるいは建物の隅から隅まで届いたかもしれない。

 

 間髪入れず、ドン、とドアに何かが強くぶつかる音が聞こえた。次いでぶつかった何かが床に転がる音。おそらく、ドアに向かって固い物体を力任せに投げつけたらしい。エステルは背後のソヴァへ振り返って。

 

「入っても良いって」

「そうは聞こえませんでしたけど。むしろなんか威嚇されてませんか?」

「ニコちゃんツンデレだから」

「ツンデレというかブチギレというか」

 

 わざわざ神経を逆撫でする必要があったのだろうか。少なくとも歓迎されているとは思えなかったが、依頼の詳細を聞くためには結局部屋に入らなければならない。これで心証が悪化したらアンタのせいだぞと横目でエステルを睨みつつ、ソヴァはドアに手を掛ける。

 

 ダンジョンタウンで出会った壮年の騎士はエステルを主体として話を進めていたが、エステルはあくまで協力者。今回依頼(クエスト)を受けたのは他でもないソヴァである。

 

 したがって、扉を開けるのも彼女である方が自然だった。部屋の中にいる人物はすでにちょっと不機嫌そうだが仕方ない。

 

「失礼しま……うわっ!?」

 

 ソヴァが扉を開けた瞬間、その隙間から白煙があふれ出した。同時に彼女の鼻腔を刺激臭が襲う。

 

 異常な臭気に身の危険を感じた彼女はその場から飛びのき、剣の柄に手を構えた臨戦態勢をとった。わずかに感じる頭痛と点滅する視界に顔をしかめながら、エステルへ声高に警告する。

 

眩暈(スタン)のバッドステータス……!? まさかすでに敵が!? 先輩! 急いで対処しないと――」

「あー、こほっ。これは大丈夫なやつだから。いやだいじょばないんだけど、とにかく大丈夫」

「は? ……ちょっ、先輩! 危険です!」

 

 エステルは軽く鼻をつまんで煙を手で払いのけると、呑気に言ってのけた。今なお隙間から漏れ出し続けるそれは、吸い込んだものに眩暈を引き起こす劇物。毒ガスか、少なくともそれに類するものだ。大丈夫なやつのはずがない。

 

 ソヴァがその真意を問いただすよりも先に、エステルは彼女の背を押して扉の先へ進ませようとしてくる。慌ててその場にとどまろうとするが、ステータス差のせいでズルズル押し込まれていた。

 

 もしかすると、例のアイテムを使った集団がすでに侵入しているのではないか。そんな嫌な想像が脳裏をよぎった。背中を押されたままでは戦えないので、あえて一歩踏み出すことで体勢を立て直したソヴァは、警戒しつつも改めて扉を開く。

 

 扉を開けた先。白煙に満ちる部屋のなか、整理の行き届いていないデスクが真っ先に目に入ってくる。何らかの資料らしい羊皮紙やら書物やら用途不明の魔道具やらが山積みになっており、それらは今にも崩れそうで崩れない絶妙なバランスを保っていた。

 

 そして、雑多な荷物の向こう側に置かれたウッドチェアに白衣の女が腰掛けていた。長い茶髪を無造作に後頭部で束ねた彼女が口に咥える葉巻から、尋常ではない量の煙と先ほどよりも強力なバッドステータスの気配が発せられている。

 

 見るからに不健康そうなその女が、開け放たれた扉に三白眼を向ける。彼女は苛立たし気にデスクを指先で叩きつつ口を開いた。

 

「エステルテメェ、久しぶりにしちゃ随分な――」

「先輩! 下がってください!」

「ああ? んだこのクソガキ」

 

 茶髪の女の言葉が終わるより早く、ソヴァは抜剣し鋭く彼女を睨みつける。この毒ガスの発生源である以上、自分たちを害さんとする敵である可能性が拭えなかったからだ。

 

 しかし、茶髪の女は抜き身の剣を向けられているにも関わらず不快そうに顔をしかめたのみで、手はポケットに突っ込んだまま。エステルを一瞥すると、ソヴァに気だるげな視線を向けた。ひょろりと縦長の女がやや小柄なソヴァを見下す格好になる。

 

「……おいガキ。人様に刃物突き付けるたあどういう了見だオイ。アレか、オマエの国ではそれが初対面の挨拶か? こんにちは、初めまして、死ね。んなわけあるかよクソが」

「よく喋りますね。遺言のつもりですか?」

「よーっし。テメェの墓碑には今の言葉をそのまま刻んでやる」

 

 女の額に青筋が走る。厄介な野良犬を追い払うようだった声色に明確な怒気が混じりはじめ、濁った瞳には敵意が宿る。

 

 ソヴァもまた魔力をさらに高めていた。相手がどう行動しても一息に首を刎ね飛ばすことができるよう、一挙手一投足に集中を注いでいたそのとき。

 

「ちょいちょいちょい! ソヴァちゃん、この人は仲間! みかーた! 犯罪者一歩手前だけどまだギリ善良な市民だから!」

「へ?」

「テメェが先に死ぬか?」

 

 フォローになっているかどうか怪しい擁護とともに、エステルがソヴァを引き留める。女の怒りはただ向かう矛先が変わっただけでおさまってはいないが、ひとまず一触即発の雰囲気は脱しはした。

 

 エステルの言葉に魔力を霧散させたソヴァが正面の女の顔をまじまじと見つめる。釣り目がちな三白眼の下には深いクマが刻まれており、見る人に強い威圧感を与える顔立ち。純朴な眼差しを浴びた女が居心地悪そうに。

 

「おい。いつまで見てんだ。これ以上は金とんぞ」

「先輩。やっぱりこの人堅気じゃないですよ。顔も口調も怖すぎますもん」

「アア!?」

「ぷっ……」

「笑うなカス」

 

 じっくり丁寧に。女の顔をしっかり観察したうえでソヴァは再度敵認定を下した。だってこんなガラの悪い錬金術師がいるわけないもん。なんとなくインテリのイメージを抱いていた彼女はそう結論付ける。

 

 ますます不機嫌さを増した様子の女が舌打ちをする。その拍子に口元からあふれ出した白煙が宙に溶けてゆく。

 

「チッ……。おいエステル。なんだこの失礼なガキは。お前の隠し子か?」

「まだそんな年じゃないよお。ほら、今回の依頼を受けてる新人ちゃん」

「ああ、通りで」

 

 見たことないわけだと、どこか得心いったふうに女は頷く。そして沈黙。女は顎をしゃくってエステルに無言の指示を飛ばす。

 

「ん」

「あ、私がする流れ?」

 

 自分の紹介は任せる、ということらしかった。彼女の意図を汲み取ったエステルが頼まれたとばかりに意気揚々と。

 

「それじゃあ改めて。この人はニコレット・メディス。魔導の発展した帝国にも片手で数えるくらいしかいない錬金術師で――」

「おお……!」

「――裏社会のドン、メディス組の組長でもある」

「適当吹き込んでんじゃねえ酔っ払い」

「ちなみに勇者の一人でもある」

「それ言うの今じゃなきゃダメか?」

 

 面倒くさがりの代償は、悪辣な印象操作。人選を間違えてしまったばかりにとんでもない悪評を振りまかれてしまった。

 

 ニコレットなる人物は仕方なく訂正しようとするも、まっすぐな少女はエステルの嘘をすっかり信じ切っていた。割と本気のまなざしで彼女を見つめるソヴァが、「はわわ」と口元に手を当てて。

 

「まさか皇帝と暴力団につながりがあったなんて……! なるほど、蛇の道は蛇、外道には外道、悪党には悪党をぶつけるということなんですね!」

「誰が蛇で外道で悪党じゃコラ。チッ……。オイ、ちゃんと訂正しとけよ」

 

 勝手に納得したうえに勝手に悪人カテゴリーにぶち込まれたニコレットが遺憾の意を示す。こいつらとのやり取りの中で、一生分の舌打ちを使い果たしてしまうかもしれないとさえ思った。

 

 ――こんな簡単に信じさせちゃうなんて。もしかしてニコちゃんの方にも問題あるんじゃない? そう思わなくもないエステルだったが、流石に口にするのははばかられた。「ごめんごめん」と小さく舌を出し、過ぎたイタズラに反省の色を見せる。

 

「嘘嘘。冗談だよお」

「3つありましたが、どれが冗談です? やっぱり錬金術師と勇者のとこですか?」

「なんとびっくり、その2つが本当なんだよねえ」

「ええー……?」

 

 ソヴァが失望を露にする。こんな奴が勇者だなんて納得できない、という考えがありありと浮かんでいた。

 

 それもそのはず。幼いころから憧れてきた職に就き、いざ出会った先輩方は酒カスとヤクザ顔。民を守り導く理想の勇者像とは似ても似つかない。うなだれたソヴァの背中からは、隠し切れない落胆がにじんでいた。

 

「勇者ってみんなこうなんですか……? もっと気高くてカッコいいものだと思ってたのに……」

「結局傭兵の凄い版みたいなもんだしねぇ。そういうのは法国の聖騎士の方が近いかも」

「今からでも転職ってできますかね?」

「うーん。代わりの人見つけてもらわないと」

「そんなバイトみたいなシステムなんですか勇者って」

 

 あからさまにやる気をなくした様子のソヴァ。見かねたエステルが必死にフォローする。

 

「ニコちゃんって結構凄い人なんだよ? 特に魔道具の錬成が専門なんだけど。数百個の魔道具を作成しただけじゃなくて、それを広めて平民の生活水準を100年分底上げしたなんて言われてるくらいだから」

「数百個……!? 私も知らずに使っていたりするんでしょうか?」

「ニコちゃんの魔道具は錬金術の枠組みを越えて、産業や工業、生産業に運送業……。とにかく、帝国のほぼすべての分野に影響を与えた」

 

 エステルがとうとうとニコレットの来歴を語る。最後に、人差し指を立てた彼女がもったいぶった調子で言った。

 

「停滞した技術革新に新たな風を巻き起こした――人呼んで『清風』の勇者!」

「この部屋の空気は淀んでますけどね。人間排気ガス工場みたいなこの人が『清風』って」

 

 溜めて放った決め台詞は不発に終わる。ソヴァが周囲を見渡せば、入ってからずっととどまることを知らない白煙が室内を満たしていた。

 

 当初毒ガスと勘違いしたほどに、本能が警鐘を鳴らすレベルの臭気を放つそれが体にまとわりつく。あるいはこれも魔道具の一種なのだろうか。ソヴァは腕を大きく振って煙を払いながら、発生源たる人物に質問する。

 

「あの、ニコレット先輩? ずっと咥えてる、煙の凄いそれって何なんですか?さっきから眩暈(スタン)継続(スリップ)ダメージがヤバいんですが」

「これか? ただのタバコだよ。見りゃ分かんだろ」

「こんな濃霧くらい煙モクモクなタバコが『ただの』な訳ありませんよね」

「レベルが上がるとニコチンの効きが悪くなってな」

「貴女もですか」

 

 ニコレットはまとめて咥えた数本のから一本をつまんでそれを見せびらかす。それはどこか、とっておきのおもちゃを自慢するふうでもあった。

 

「アタシが個人的に錬成した、言わば『錬金タバコ』だ。アイテムの効果を数倍に高める秘術が施されてる」

「なんでそんな凄そうな技術をタバコなんかに」

「一般人が吸い込めば即昏倒レベルの副流煙を発生させるぞ」

「テロリスト? ほぼ兵器じゃないですか」

「はっ。本気で国家転覆するつもりなら匂いも色もつけねぇし、もっと即効性を持たせるだろうな」

「先輩。やっぱこの人ここで拘束しときません?」

 

 ニコレットを指さしながら振り返って言う。犬歯をむき出しにして獰猛に笑う彼女の姿は、人相の悪さも相まって完全に悪役のそれだった。

 

 胡乱な視線を向けられたエステルが苦笑する。ソヴァはどうも、勇者に対して過剰な期待を寄せている節がある。ロクデナシの自覚がある彼女にとって、疑念の一部は自分にも向けられている気がしていた。

 

 ダンジョンでもそれっぽいことをちょっと言ってみたりもしたが。ただ真面目であればいいというものでもない。かといって、エステル自身同じ年齢だったとしたらそれを理解しろと言われても無理だっただろう。

 

 ソヴァは気まずそうに頬を掻くエステルを一瞥すると、改まって口を開く。こんなトンチキな会話をするためはるばる帝都までトンボ帰りしてきたわけではないのだ。

 

「そんなことはともかく……。今日は例の依頼に進展があったって聞いて来たんです。あのアイテムについて何か分かったんですか?」

「ああ、そのことだったな」

 

 ソヴァに指摘され、今思い出したとばかりにニコレットが指を鳴らす。彼女は椅子に深く座り直すと咥えたタバコを一際大きく吸い込み、ため息交じりに煙を吐き出した。面倒臭い――口にこそ出していないが、長い長い吐息が言葉以上に心情を物語っている。

 

「端的に、結論から言うぞ。帝国内に魔族が潜り込んでる可能性がある。それも相当高位のな」

 

 さも当然であるかのごとく。まるで、太陽が東から登ることを説明するかのように。ニコレットは事務的かつ淡々とした口調で、とんでもないことを言ってのけた。

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