酒カスアラサー女勇者 〜酔生夢死じゃ終われない〜 作:空想の墓場
「どういうことですか」
タバコの匂いが満ちる部屋に少女らしい高い声が響く。だん、とデスクに手のひらを強く打ち付けた拍子にうずたかく積まれた書類の山が雪崩を起こした。
全く誰が片づけると思っているんだ――。元から大して整理されていないデスクの上に散乱した資料を見下ろして、ニコレット・メディスが眉間にしわを寄せる。一見散らかっているように見えても彼女にとっては最適な配置だったのだ。
それを乱されたことに無言の抗議を送るが手ごたえはない。疑問の主であるソヴァは自身が起こした惨状など気にも留めず、身を乗り出して続く言葉を催促していた。迫りくるアーモンド形の瞳にニコレットは反射的に上体を逸らす。
「近ぇよバカ。説明してやるから離れろ」
危なっかしい接近に対し、咥えたタバコを素早く右手に持ち替えて逆の手でソヴァの肩を押し返した。身近に吸う人間がいなかったのか、それとも火など気にしていられないほど別のところに関心が向いているのか。おそらく後者だろうと当たりをつける。
ニコレットがもっと良識のある人間であれば、子どもの前だし吸わないでおこうという結論に至ったかもしれない。が、悲しきかなそれらは当の昔に煙と一緒に空の彼方。彼女は手にしたタバコを再び咥えなおし、散らばった資料の底を漁る。
事際、使う人物はどこに何があるかちゃんと把握しているものらしい。それを裏付けるかのごとく雑多に置かれた物の中から迷いなく一枚のスクロールを探り当てると、待ち構えていたソヴァに投げ渡した。
「おおまかな調査報告書だ。お前らが三等地から連れてきたごろつきがいただろ」
彼らの存在は記憶に新しい。ソヴァにしてみれば忘れたくても忘れ難い相手だ。彼女の初任務の標的にして、辛酸を舐めさせられた相手。
エステルによって気絶させられた彼らはその後、身柄を憲兵に引き渡され尋問を受けることになった。無論ソヴァとエステルがダンジョンに潜っている間も調査は進められていた。
犯人らしき人物を捕らえたはいいものの、未だ『神隠し』なる失踪事件によって行方不明になった住民は未だ見つかっていない。暗数まで含めれば被害者の数はかなりのものになるはずだ。
事件の被害者を見つけることもだが、あれだけ強力なアイテムを持ち、計略立った犯行を行っていたくらいだ。余罪があることも十分考えられる。そして、その調査結果が手元のスクロールには記されていた。
「鑑定の結果、奴らには魔法による精神汚染の痕跡が見られた。『神隠し』前後の記憶はあいまいで証言も錯綜している、はっきり言って使い物にならん」
「魔法? 彼らも操られていたということでしょうか。ですが帝国法では、洗脳の魔法の使用は禁じられているはずじゃ」
「そもそも誘拐犯が律儀にルール守るかよ真面目か。……ま、仮に正常だったとして有益な情報は得られなかっただろうが」
椅子をきしませながらやや投げやりにニコレットは言う。報告書によれば、2人が捕らえた男たちは大した魔力も持たない多少荒事に慣れただけの一般人であったそうだ。
ある意味で拍子抜けであり、ある意味で危機感を煽る結果だった。帝国内において、他者を操る魔法はごく限られた条件での医療的利用を除き固く禁じられている。したがって、使用者自体ほぼいない。
ただし、それは何も倫理的に問題があるからというだけではない。単純に習得が難しいのだ。精神に干渉する魔法は例外なく、極めて高等技術であるというのが通説だった。
「単なるごろつきに精神系魔法が使える奴がいるとも思えねぇ。黒幕は別にいて、お前らが捕まえたのは下っ端だと考えるのが妥当だろうな」
大した魔力もなく、それでいてあっさりと捕まった挙句解放の要求が来ることもない。察するに、向こうにとっては切り捨ててもいい程度の下っ端なのだろうというのが、ニコレットと判官たち共通の見解だった。
つまり、彼らは実行犯でこそあれど核心に至る情報は持っていないということ。報告書に目を通し終えたソヴァが落としていた視線を上げて、もう一つの手掛かりについて問う。
「アイテムの方はどうなりました? ニコレット先輩が調べてくれたんですよね?」
「ああ」
一応の確認を入れると、簡潔な皇帝が返ってきた。エステルから「知り合いのアイテムに詳しい人に依頼する」とは聞いていたものの、誰に依頼したかまでは説明されていなかった。この部屋に来た以上、その相手とは十中八九ニコレットのことだと予測はついていたが。
エステルの話が本当だとするなら、目の前の彼女は相手は凄腕の錬金術師とのことだ。ことアイテムの精査に関して言えば、一日の長があった。
「このアタシですら初めて見るアイテムだ。最近は研究もマンネリ化してたとこだしな。息抜きがてらなかなか楽しませてもらった」
しかし、今回持ち寄られたアイテムは、そんな彼女をして全くの初見であったらしい。それにしてはどこか興奮した調子でニコレットは言う。
錬金術を生業にするものとして、ニコレットは帝国のみならず他国のアイテム、魔道具全般に精通していた。知識に裏付けされた自信もあった。
そんな人間が未知のアイテムを目の当たりにすれば、多少なりとも自尊心が傷つけられそうなものだが。彼女にとって未知のアイテムに触れるということは、プライドよりもはるかに重要な事であるらしかった。
「息抜きって……。ちゃんと調査してくださったんですか?」
「勘違いすんなよ。調査に関してはいたって真面目だ。というか、あんな面白そうなもん徹底的に解析すんなって方が無理ある。大事な試験勉強の時ほど片づけに気合が入るのと同じで、これ以上ないくらい集中できた」
「その例えもなんだかモヤモヤしますが、まあいいです」
ソヴァは釈然としない感情を抱く。彼女にとって、アイテムは依頼解決の糸口となりうる重要なものだ。それを研究の片手間に息抜きがてら調べるなど許容しがたかったが、向こうはそんな思いなど知ったこっちゃないというふうに。
与えられた調査の重要度など、ニコレットにはどうでもいいことだった。大事なのは興味を惹かれるかどうか。ソヴァからして幸運だったことと言えば、預けたアイテムがその『興味を惹くもの』に該当していたこと。
ソヴァは知る由もないが、男たちを捕縛してからたった一週間という早さで調査に進展があったのもこれが要因であった。ニコレットは自身に向けられた胡乱な目つきなど気にも留めず、研究結果をつらつらと話し出す。
「あのアイテム……『安息香』とか呼ばれてるんだったか。あれは人為的に作られた魔道具だ。天然の毒や薬じゃねぇ」
「毒や薬と、魔道具って違うんですか?」
「魔道具は素材に既存の魔法を込めて錬成したものの総称だ。例えば、薬草を煮出して作ったポーションと『
そんなことを言われても使えりゃ同じだろう、とソヴァは思う。まして効果が同じならなおさら。でも口には出さない。なぜなら忖度できる子だから。
なにより気持ちよさそうに知識をひけらかしてる人間の話を遮って、機嫌を損ね、もう教えてあげないなんてことになったら目も当てられない。そこまで子供っぽい奴なんてそうそう――。
いるはずもないが、すぐ近くに身勝手な理由で「レベルを上げたくない」などと抜かすわがままな大人がいたので警戒せざるを得なかった。
「そして、魔道具はその性質上、作成者が使えない魔法を込めることはできない。……まあ、そこだけ外注もできなくはないが」
嫌な記憶がフラッシュバックしたのか、ニコレットは露骨に表情を歪めて。
「チッ……。思い出すだけでイラついてきやがる。あのクライアント納期を何回も引き延ばした挙句なんか違うとかいう意味不明な理由で仕様変更申請しやがって。何より当たり前みたいな顔で悪びれもしねぇのが一番――」
「どおどお。落ち着いて」
突然早口で職場の愚痴を漏らし始めたのをエステルが宥める。魔導院内のことはよく知らないが、色々大変なんだなあと思ってみたり。ハッと我に帰った彼女は咳ばらいを一つした後、何事もなかったかのように情報共有を再開する。
「安息香からは魔法的な反応が検出された。鎮静成分を含む液体を素材に、何らかの魔法が掛けられているらしい。つまり、定義上は魔道具に分類されるアイテムだ、というところまでが前提条件」
魔道具に関してズブの素人である2人の理解を待つためか、一拍置いてから。
「で、だ。その魔法がどんなものか、術式を解析して抜き出してみたんだが」
「へぇ。錬金術師ってそんなことまでできるんだ」
「できねーよ。アタシだけだ」
「ああそう……」
「アレに掛けられてる魔法は未知のものだ。一応色々探してみたが、どの文献にも載っていなかった。したがって、魔族が関与している可能性が高い」
バラバラと、資料をデスク上に手放しながらニコレットは言い切った。そうは言っても彼女の発言にはまだ疑問が残る。ソヴァが「待ってください」という言葉と共に手を挙げて。
「それだけじゃ魔族が関与しているとは言い切れないと思います。ニコレット先輩やみんなが知らないだけで、実は誰かしら使っている魔法もあるんじゃないですか?」
「存外鋭いな。どうだ? そこのアル中見限って魔導院に来いよ」
「――それはダメ!」
唐突に、ソヴァの体が強く引き寄せられる。驚きながらも視線だけで背後を振り返ると、いつの間にかエステルが彼女の体を抱きしめていた。人前で羽交い締めにされて顔を赤らめたソヴァが。
「先輩!? 恥ずかしいからやめてくださ――」
「ソヴァちゃんは私のだもん! 私の代わりに魔族を倒してもらうの!」
「いつ貴女のものになりましたか!?」
情けない発言に目を丸くしたソヴァが、ツッコミつつ絡みついた腕を乱暴に振りほどく。ダンジョンタウンでも似たようなことを言っていたが、割と本気なのかもしれない。
揉める2人のやり取りに、下らない漫才を見るかのような目を向けていたニコレットが「もういいか?」と焦れて聞く。
せっかく真面目に解説してくれているのに、調査を依頼した側がふざけているのもおかしな話だ。2人は顔を見合わせて、お互い『お前のせいで怒られたじゃないか』と肘でつつき合いつつニコレットへ向き直る。
「続けるぞ。なぜ使われた魔法が分かっただけで、魔族が関わっていると言い切れるのか。ヒントだ新人。お前の口はいくつある?」
「何を言って――ああ。なるほど」
得心がいったというふうにソヴァが一人で頷く。解説の続きに先んじて言う。
「つまりは、人間の身体構造的に詠唱できない術式ということですね」
「やっぱり鋭いな。ただのクソガキじゃないらしい」
「あげないからね?」
「いらねーよバカ」
この期に及んで所有権を主張するエステル。がるる、と威嚇するようなしぐさに呆れかえったニコレットが頭痛をごまかすために頭を振る。
「だいたいお察しの通り。使用された魔法を発動させるための術式には、人間には発音不可能なルーン文字が使われていた。魔道具には作成者が使えない魔法は込められないという前提から、必然的に安息香の作成者も人間ではないと言える」
つくづく人間は魔法に向いてない種族だな、と付け足して言葉を区切る。
「魔族の魔法。そして、新人とは言え勇者を一発で昏倒させちまうような危なっかしいもんが偶然流れ込むはずがねぇ。少なくとも魔族とつながってるやつがいるか、最悪ご本人様が帝都においでなすってる可能性があるってわけだ」
一息に言い切って、室内に沈黙が満ちる。彼女の推測が当たっていたとすれば一大事どころの騒ぎではない。
帝都には勇者や騎士団のような、強力な戦闘能力を有する者が多数暮らしている。しかし、無力な住民の数はそれよりもはるかに多い。仮に街中での戦闘になれば被害は免れないのは明らかだった。
なにより向こうと違って、人間側は周囲に気を配らなければならないというのがネックだ。そういった意味でも、街中に侵入を許しているという状況は予想しうる中で最悪のシチュエーション。
「帝都には退魔の結界があるし、管理も緩くないはず。それをかいくぐってくるとなると……」
「本体が相当高位の魔族か内通者がいるか。あるいはその両方か。それを懸念して、ジルバートの野郎は信頼できる少数での調査をご所望らしい」
帝国に来て間もないソヴァですら聞いたことのある名前がニコレットの口から飛び出す。その名前は、他でもない今回の依頼主のものだった。
「ジ……。仮にも皇太子殿下を野郎呼ばわりはちょっと。すぐ隣に王宮があるんですよ?」
「聞こえるわけねぇだろ」
渋い顔のソヴァに対し、はっ、と鼻で笑って言い返す。物理的に聞こえなくとも、人づてに伝わることだってあるだろう。
というか自分が告げ口したらどうなるんだろう。ソヴァの心にちょっとした好奇心が湧き上がる。
「それにしても、信頼できる少数って」
ソヴァは部屋を見渡す。酒カス、ヤニカス、そして勇者になって1か月にも満たない新人。
――人選ミスってないか? そう思わずにはいられなかった。最初に依頼を受けたのは自分であるから、その延長で選ばれたと言えば納得できなくはない。他2人はどうなんだ。もしや皇太子殿下は人を見る目が終わっておいでなのだろうか。
「このメンバーで大丈夫なの? って顔してるねソヴァちゃん」
「…………いや、そんなことは」
「ある間じゃんそれは」
長考ののち絞り出した声色にツッコミが入る。エステルはソヴァの肩に手を置いて、安心させるように言う。
「心配しなくても大丈夫だって。ニコちゃんみたいに、二つ名がある勇者って結構レアなんだよお? 目立った功績がある人しかもらえないんだから」
「へえ。みんなにあるわけじゃないんですね」
エステルがすすす、と耳元に顔を寄せて。
「ち、な、み、に。私にもカッコいい二つ名があるんだけど……聞きたい? ねぇ聞きたい?」
「『酔生夢死』とかその辺でしょうか」
「『何も価値のある事をせず、ただ生きていたというだけの一生を終えること、くだらない一生のたとえ』!? 流石に泣くよお!? 酔生夢死で終われるわけないじゃん!」
「なんかすごくもったいないことした気がする……?」
なぜかは分からないが、ソヴァはとてつもなく損した気分に襲われていた。ただのジョークであるはずなのに。
ともかく、このメンバーで調査せよというのが依頼主の意向であるならば拒否することはできない。
自分のような人間には思いつかない、高尚なお考えが上にはあるのだろう。そうに違いない。ソヴァはそう思い込むことで自らを無理やり納得させた。
「メンバーに関してはもう何も言うことはありません。それにしても……いずれは、魔族と直接対決になることもありうるってことですよね」
改めて呟いて、ろうそくの芯に火が灯るような感じがした。
魔族との対峙。不謹慎だが、ソヴァは少し高揚していた。もとより魔族と戦う勇者の姿に憧れを抱いた彼女。こうした依頼を待っていなかったかと聞かれれば、嘘であると言わざるを得ない。
一方、他2人の勇者たちにそんなフレッシュさがあるはずもなく。ふんす、とやる気にあふれた握り拳を作るソヴァの隣で、いかにも億劫そうに目配せを交わしていた。
「その前に、ひとまずは行方不明者の捜索だな。差し当たっての依頼目標はそれだ」
ニコレットが冷静に目標を整理する。ソヴァもそれに頷いた。
黒幕の動機は不明だが、まさかなんの目的もなく失踪事件を起こすわけもあるまい。必然『神隠し』について深く探れば、その正体にも近づけるという共通の認識があった。
とはいえ、取り調べを経てもまだ分からないことばかりだ。大した新情報も無いなか、行方不明者の捜索と言われて思いつく場所は1つだけ。
「怪しい場所と言えば、やはり三等地でしょうか。犯人たちもあそこを拠点に活動しているようでしたし、行方不明者が三等地方面に向かっていたという目撃証言もあったことですし」
「妥当な推測だな。アタシはもう少し安息香とやらを調べてみる。何か黒幕につながる情報が隠れているかもしれねーし、対抗策も練っておきたい」
「じゃあ私は依頼を達成した後の宴会場を予約しておくよお」
「エステルも行方不明者の調査だな」
「そうですね。安息香や、それに準ずるアイテム、魔法がないとも限りません。不測の事態に対処するためにも2人以上の方がいいでしょうし、抵抗力の高い先輩は捨て駒にぴったりです」
「あれ、私の意見は? ってか捨て駒って言った今?」
エステルの戯言を無視して話し合いは粛々と進められる。そうして、事の重大さを理解していない1人があわあわしている間に意見はまとまった。
「そうと決まれば色々準備しておかないと。ダンジョンで使ったアイテムも補充したいし、対策アイテムも欲しいし……。ひとまず、宿屋に預けてある荷物を取ってきます」
「あっ。待ってよー」
こうしてはいられないとばかりに、ソヴァは部屋を飛び出そうとする。逸る彼女がドアに向かって身をひるがえした。その動作が室内の空気がかき回し、タバコの煙を散らす。
遅れて反応したエステルが後を追う。ドアの前までのんびり千鳥足で進んだ彼女が不意にニコレットへ振り返る。片手をひらひら振りながらだらしない笑みを浮かべて。
「じゃ、一旦解散ってことで。ニコちゃん、いきなり調査頼んでごめんねえ」
「別にいい。バカなクライアントの無茶振りに比べれば楽なもんだ。
「そお?」
「なかなか面白かったしな。そんなことより、アイツを追いかけた方がいいんじゃないか」
「え? あれ、もういない……。もう。若さが有り余っちゃって。私じゃついていくのが精いっぱい」
「そうか? 昔のお前もあんな感じだっただろ」
「からかわないでよお」
さっきまでと異なり、眉尻を下げた困った様子で。苦笑した彼女は、ニコレットにさえ伝わるか怪しい声量でつぶやいた。
「あの子は、私なんかよりずっと強いもん」