偽皇帝の脚本家   作:束田せんたっき

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本編
真実を知らない者はただの馬鹿にすぎない。だが、真実を知っていながらそれを嘘と呼ぶ者は犯罪者である。――ベルトルト・ブレヒト


 俺は激怒した。必ず、かの邪知暴虐の王を引きずり下ろそうと決意した。そう、それは革命の立役者として夢の隠居生活を送るため……。

 

 しかし、現実はどうだ。辞表を書く手を止め、窓の外を見やる。大勢の群衆が声高に叫んでいる。「皇帝陛下万歳! 宰相閣下万歳!」と。またあのアホが俺の用意した原稿を無視して、アドリブをぶち上げてしまったのだろう。

 

「今の余があるのは、何よりも我が最高の頭脳であるヨーゼフ・ハーゲン帝国宰相の忠義によるものに他ならない!」

 

 ああ、もううんざりだ。執務室のコーヒーカップを震わせるシュプレヒコールが、胃痛を加速させる。さっさとこんな貧乏くじ誰かに押しつけてしまおう。いつ神輿が偽物とバレるかビクビクする生活なんてごめんだ。辞表を書く手に力が入る。

 

 執務室の扉を蹴り開ける音が再び俺の筆を止めた。帝国宰相の部屋にこんな無遠慮に入ってくる人物なぞ1人しかいない。うんざりして顔を上げると、先ほどまで演台で演説をしていたはずのカタリナが、頬を上気させていた。大方、演説が終わるやいなや大急ぎで駆けてきたのだろう。

 

「陛下、お言葉ですがそのような威厳に欠く行為は慎んでください。我々の立場に関わりますゆえ」

「ヨーゼフ! せっかく2人きりなのにその呼び方はやめてくれよ!」

 

 俺は身体を傾けてバカ皇帝の背後の部屋の外を覗き、誰もいないことを確認すると、後ろ手で扉を閉めた。深いため息。

 

「フリードリヒ様」

「カタリナ!」

「カタリナ……もうお前はただの田舎娘じゃないんだ。お前の演技に全てが懸かっているんだぞ。わかってんのか?」

 

 しかし、カタリナは俺の言葉を気にも留めず、俺の机の上に置いてあった辞表を取り上げた。

 

「あー!? ヨーゼフ! また勝手に宰相やめようとして! 一生ボクに仕えるって約束したじゃないか!」

「うるせえ! 俺は隠居するんだ! あとはお前1人で――」

「だめ。ヨーゼフが辞めるなら、ボクも辞める」

「は?」

 

 カタリナは破り捨てた辞表の紙吹雪の中で、きょとんとした顔で言った。

 

「だって、ヨーゼフがいなきゃボク、こんなつまんないことやりたくないもん。キミがいなくなるなら、ボクも今すぐ皇帝やめて、キミについていくよ?」

 

 カタリナが俺の首元をつかんで引き寄せた。鼻孔をくすぐる甘い匂いが、目の前の人物が美丈夫フリードリヒではないという事実を突きつけてくる。あの皇子と同じまばゆい金髪は目に毒で、開ききった青い瞳は吸い込まれるほど美しい。しかしその底は仄暗く、恐ろしい執念を感じさせる。

 

「ボクを残していなくなるなんて絶対に許さない。ボク、皇帝だよ? どんな手を使ってでも探し出すから」

「おー恐ろしいこった。いったい誰がこんなになるまで放っておいたんだか」

「キミが一番よくわかってるくせに……。あと隣国の辺境伯が娘との結婚をせっついてきたから、何とかしてね」

「当然だ。お前が本当は女だってバレたら終わりだからな。畜生」

「頼りにしてるよ。ボクのヨーゼフ?」

 

 そういって笑う彼女の姿はとても可憐で……俺は満足げに立ち去るその小さな後ろ姿を見送りながら、どうしてこんなことになったのかを考えていた。

 

 

 

 数年前、この帝国の先帝が病で崩御したのと時を同じくして、息子である皇太子フリードリヒが不審な死を遂げた。当初、死因は公表されていなかった。しかし、下っ端官吏だった俺は目撃してしまった。あれは他殺だ。しかも、先帝の弟である現皇帝ヴァルデマールの差し金だった。継承順位第一位の抹殺による帝位簒奪。そんな特大の陰謀を知った自分が消されることは自明だった。俺は金目のものを国庫から持ち去ってすぐさま帝都から逃亡した。

 

 このまま逃げおおせると思ったのも束の間、国境へ辿り着いたとき壁にぶち当たった。皇太子急死の報とともに、その殺害犯を捕まえるため検問所は固く閉ざされ、厳戒態勢が敷かれていた。お歴々は俺を皇太子暗殺の下手人に仕立て上げるつもりらしい。

 

 万事休す。路地にへたり込み、途方に暮れる俺の前を1人の少年が慌ただしく走り去った。その姿を見て、俺は目を疑った。その少年は、殺された皇太子フリードリヒと瓜二つだったのだ。棍棒を持った男たちが少年を追いかけていった。俺はその後を追った。

 

 走りながら俺はこの少年の計り知れない利用価値に戦慄していた。仮に彼を死んだはずのフリードリヒだとみなに信じ込ませることができれば、俺は皇太子を殺した大罪人から一転、次期皇帝の恩人になれる。絶体絶命の今を一発逆転するにはこの手しかねえ!

 

 少年の身のこなしは恐ろしく敏捷だった。この辺りの地理も知悉しているようで、あと一歩で男たちを撒けるところだった。しかし、運が悪かった。男たちの別働隊が逃げた先で待ち構えていた。少年を取り囲んだ男たちは、鬱憤を晴らすかのように罵った。

 

「このこそ泥が! 2度と盗めないように叩きのめしてやる!」

 

 まずい! このままでは皇太子の大切な顔が傷物になってしまう! それだけは避けなければならない。気づけば俺は両者の間に飛び出していた。

 

「ああん? なんだあてめえ?」

 

 青筋を立てている男たちを無視し、俺は一目散に未来の皇太子にひざまずく。

 

「ああ、殿下! こんなところにいらっしゃったとは!」

「殿下……?」

 

 少年が怪訝な顔をして呟いた。俺は彼の耳に口元を寄せ、小声でいった。

 

「いいから俺に合わせろ……! ……殿下、駄目ではないですか! 民の明日の糧を盗んでしまっては! さあ、そこの者たちに謝ってください!」

「ご、ごめんなさい……」

「殿下が申し訳ございません。何分、王宮での暮らしが長く、世間の事情をまだ知らぬのです」

「は、はあ……?」

 

 そうら、男たちが困惑した表情を浮かべている。俺はダメ押しで口を開いた。

 

「どうかここは、殿下に免じて許してはいただけないでしょうか?」

「でもよ、従者さん、俺たちは実際にそこの……殿下? から実害を被っているんだぜ?」

 

 俺は極端な身振りで地面にひざまずいた。自然な動作で指に少量つけた砂を目に入れ、涙を流す。

 

「大変申し訳ございません……! 殿下は、詳しいことはいえないのですが、今は追われる身! ここ3日間何も食べていないのです! 償うこともできないなんて、なんとお労しい殿下!」

 

 俺が大仰にそういうと、男は罰が悪そうに頭をかいた。

 

「そ、そうだったのか。俺も怒りすぎた。悪かったよ」

「なんと心の広い清らかな方だ! 殿下、この者の顔を覚えておくのです! 必ずや、将来この恩を返すために!」

「わ、わかったよ……」

 

 おずおずと、男たちを見つめる少年。泥にまみれてはいるが、隠しきれない美貌は健在だ。男たちは笑顔を浮かべ、最後には少年と握手をして去っていった。それにしても危なかった。信じて貰えて助かったぜ。

 

 残された少年が、俺をじっと見つめた。

 

「どうして……」

「なあ、お前、腹が立たねえか。こんな小さな子供が食うに困ってるのに、お貴族様も代議士の連中も見て見ぬふり。こんなの間違ってる。そう思わないか?」 

「そうだけど、どうしようもないよ。こんなただの孤児になにか変えられるかなんて……」

「俺の名前はヨーゼフ。お前は?」

「……カタリナ」

「そうか、カタリナ。ん? カタリナ? おま、もしかして……女か?」

「そうだけど?」

 

 小首をかしげるカタリナを前にして、俺は目を丸くした。こいつは化けるぞ。何もしてない状態でこの完成度だ。ちょっと男装させてみろ、フリードリヒ殿下の復活だ。

 

「カタリナ……皇帝の座に興味はないか?」

「……それはどういうこと?」

「さっきのでわかっただろうが、お前は殿下を演じる才能がある」

「さい、のう……」

「俺が脚本を書く。主演はお前。観客はこの国。やってみないか? 一世一代の大舞台。ただの平民のガキが、世界に皇帝だと信じ込ませるバカげた喜劇を」

 

 少女の淡いブルーの瞳が煌めく。汗ばんだ額に金髪が張り付き、それを夕日が照らし出した。ああ、やはりお前こそ……。

 カタリナが厳かにうなずいた。どちらからともなく手を差し出し、握り合う。

 

「契約成立だな」

「ヨーゼフ、ずっと一緒だからね?」

「例え舞踏会でも前線でもお供しますよ、皇太子殿下」

「約束だよ? ボクを拾った責任、ちゃんと取ってね?」

 

 その瞳の奥に宿る仄暗い光に、俺が一抹の不安を覚えたのは……まあ、気のせいだということにしておこう。

 かくして、俺とカタリナの破滅へと至る栄光のどんちゃん騒ぎが始まったのだった。

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