偽皇帝の脚本家   作:束田せんたっき

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いかなる虚偽も、そのためにさらに別の虚偽を捏造することなくしては主張できない。――ゴットホルト・エフライム・レッシング

 北部のハゲたオッサンが泥に沈み、西部の三文役者が失禁して逃亡した数日後。

 ついに、この「偽皇太子騒動」の真打が動いた。

 

 帝国の重鎮、ミュンドゥング公爵。

 かつてのフリードリヒ殿下の剣術指南役であり、教育係でもあった男だ。彼は「中立派の諸侯を招いた公開の調停会議」を提案してきた。お互い、連れて行けるのは最低限の護衛だけである。場所は両陣営の境界に位置する古城、ヴァールシャイン城だ。

 

「……ようやく、この重い荷物を手放せるわけだ」

 

 俺は馬車の座席で、懐の重みを確認した。三日三晩、血を吐く思いで偽造した『公爵による孤児売買の証拠書類』と『裏帳簿』の束。

 これがあれば、どんなに公爵の担ぐ偽物が精巧でも関係ない。書類の上で「やつは偽物である」と証明してしまえば、この世界においてはそれが真実になる。

 

「ヨーゼフ、顔色が悪いよ? やっと今日でボクの偽物がみんな叩き潰されるっていうのに」

 

 向かいに座るカタリナが、楽しそうに俺を覗き込んできた。

 相変わらずこいつは元気だ。西部のルーシルーレットを経て、彼女を包む狂気のカリスマはさらに研ぎ澄まされている。もはや黙って座っているだけで、周囲の空気が張り詰めるほどの覇気だ。

 

「……お前のせいだ。さあ行くぞ。クイズは答えられるやつだけ答えろ。他は俺がなんとか誤魔化す」

 

 俺はそういって、スメルジャコフ辺境伯から帰ってきた手紙を読んだ。キチガイ沙汰になったときのために、救援の準備を頼んでいたのである。まさかとは思うが、念のためだ。

 

『ご安心を。愉快な者どもが待機しておりますぞ』

 

 ……全然安心できねえ。

 

 

 

 古城の謁見の間を重苦しい沈黙が支配していた。左右には審判役を務める中立派の貴族たちが並び、正面にはミュンドゥング公爵が威圧感を持って座っている。そして、その隣には一人の青年がいた。

 

 隣でクリエムヒルトが息を呑むのが分かった。そこにいたのは、北部のオッサンや西部の役者とは比較にならないほど、本物のフリードリヒ殿下に酷似した青年だった。

 顔立ち、背格好、そして何よりその立ち居振る舞い。公爵の徹底した教育の賜物だろう、彼はかつての殿下そのものの気品を完全にトレースしていた。

 

「久しいな、殿下。……いや、どちらをそう呼ぶべきか」

 

 公爵の低く重々しい声が響く。彼はまず自分たちの側に立つ青年へ、ある問いを投げかけた。

 

「我が教え子よ。かつて我ら2人のみが知ると誓った、御身の初陣の際の合言葉を言ってみよ」

「……『双頭の鷲は死なず。民の守護者よ来たれ』。公爵、あの日、私の震える肩を叩いてくれたあなたの手の温もりを忘れたことはありません」

 

 暗誦するかのような淀みのない回答に中立派の諸侯たちがざわつき始める。

 

「間違いない、あれぞ本物の殿下だ」「かつての思い出まで語るとは……」

 

 公爵は勝ち誇ったように俺とカタリナを睨みつけた。

 

「さて。こちらの『殿下』は完璧に記憶しておられる。対して貴様らはどうかな? さあ、偽物よ。御身が10歳の生誕祭の夜、先帝陛下が秘密の庭園で御身にだけ手渡した『誓いの品』はなんだ? 本物ならば絶対に忘れるはずがあるまい!」

 

 絶体絶命のクイズ問題。

 当然だ。裏路地でスリをしていたカタリナが先帝からの誕生日プレゼントなど知るはずがない。俺は即座に話を逸らすために口を開きかけた。しかし、カタリナは鼻で笑った。

 

「……あんなもの、とっくに暖炉の火に投げ捨てたよ」

「な、何ィッ!? 先帝陛下より賜った金の懐中時計を捨てただと!?」

 

 公爵が驚愕に目を見開く。カタリナは悪びれる様子もなく傲慢にいい放った。

 

「古いガラクタなんて邪魔なだけさ。皇帝にはヨーゼ……民を慈しむための空いた両手だけあればいい」

 

 完全に間違えている上に証拠隠滅を堂々と宣言しやがった! マジでホントにお前さァ! 俺たちは詐欺師として処刑! 歴史の教科書にちっちゃく「カタリナの乱」って書かれてしまいだ! いや、このままじゃ「ハーゲンの乱」にもなりかねんぞ! 後世の何も知らんガキどもからマヌケとして笑われ続けるなんて嫌すぎる!

 胃痛に襲われて俺が青ざめた次の瞬間、聞きなじみのある雄叫びが謁見の間に響いた。

 

「おおおおおっ!」

 

 隣でクリエムヒルトが大粒の涙を流し、その場に膝をついたのだ。

 

「聞いたか、中立派の諸侯たちよ! 殿下は……殿下は、凄惨なる逃避行の果てに、ただの少年としての甘い思い出を自らの手で灰にされたのだ! 過去の未練すら焼き尽くし、絶対的な覇王として立つためのなんという崇高な御覚悟……っ!」

「え?」

「真の皇帝とはァッ! 血筋や思い出に縋る軟弱者ではァないッ! 全てを灰にしてでも前に進む我らがフリードリヒ殿下のことだァァァッ!」

 

 大佐の熱狂的な大声と、カタリナの放つすさまじいカリスマ。

 その2つが合わさった異常な空間の中で、中立派の諸侯たちが「な、なるほど……ただの記憶よりも、あの覇気こそが本物の証……」と狂気の論理に呑まれ始めた。

 いやいやいや! そんな簡単に騙されるなよお前ら! 貴族の矜持はないのか!? こいつ絶対答えを知らなくて適当に燃やしたっていっただけだぞ!

 

 しかし、この理不尽すぎる空気に誰よりも耐えられなかった者が1人いた。公爵の隣に立つ精巧な偽物の青年である。

 

「ふ、ふざけるなあああっ!」

 

 青年は突如として頭を抱え、半狂乱で叫び出した。

 

「俺はっ! 俺は公爵に何度も何度も杖で殴られながら、その時計の裏の彫刻の模様まで1ヶ月かけて暗記させられたんだぞ!? なのに捨てた燃やしたで許されるなら、俺のあの日々は、あの痛みはなんだったんだ! 俺だってあんな時計、燃やしてやりたかったあああ!」

「ばっ、貴様、何を血迷ったことを言っている! 黙れ!」

 

 公爵が蒼白になって青年を怒鳴りつける。しかし、真面目にクイズを勉強してきた偽物はカタリナのごり押しでの正解という不条理さに完全に心を折られ、泣き崩れてしまった。

 彼女はゆっくりと立ち上がり、青年にかかりきりになっている公爵の目の前まで悠然と歩を進めた。

 

「ええい、使えんやつめ! ……お、オホン! 諸侯よ、今のは殿下の錯乱だ! そもそも記憶や感情などという曖昧なものは政治の場では無意味無価値!」

 

 自らの人形がボロを出したことに焦った公爵は、強引に話題をねじ曲げた。彼は懐から分厚い羊皮紙の束を取り出し、卓上に見事な手首のスナップを利かせて1枚の書類をターンッ! と叩きつける。

 

「私の『手番』だ! まずは『旧皇室属領からの徴税記録』を場に提示。さらに『中立派諸侯の支持署名』をイベントとしてプレイする! これにより、盤面における我が陣営の『影響力』は完全に上回った! さあ、ここは我々らしく政治のルールで決着をつけようではないか、若造!」

「……は?」

 

 俺は奥歯には挟めていた胃薬の錠剤をかみ砕いた。なんだその無駄に洗練された無駄のない無駄な手首の動きは。あと『手番』ってなんだよ。ここは神聖な調停の場だぞ。自分のクイズ大会が破綻したからって、なんでこのジジイ、政治の証拠提示を賭場のカードゲームみたいにやって誤魔化してんだよ! 頭おかしいのか!?

 だが、売られた喧嘩は買うしかない。俺も徹夜で仕上げた偽造書類の束から1枚を引き抜いた。

 

「ならこっちのターンだ! 『南部の税収ごまかしの裏帳簿』を提示! あんたの影響力を相殺する!」

「甘いぞハーゲン! 『緊急動議』を発動! 買収済みの証人に、その裏帳簿は偽造だと証言させる!」

「くっ、なら『さらに買収し返した証人』で相殺!」

 

 ターンッ! ターンッ! と、俺と公爵の間で、帝国の命運を賭けた高度な偽造書類の応酬がハイスピードで繰り広げられる。中立派の諸侯たちは、俺たちの凄まじい手さばきと、卓上を飛び交う政治カードの応酬に圧倒され、ゴクリと唾を飲み込んでいた。

 

「フハハハ! 素晴らしい知略だなヨーゼフ・ハーゲン! だが、これで終わりだ! 私は最強の『切り札』を召喚する! かつて本物の殿下から密かに託された、帝室の血筋を示す『双頭の鷲の指輪』だぁぁっ!」

 

 公爵は己のコートの懐から切り札を天高く掲げ――顔を引きつらせた。

 

「……な、なんだこれは?」

 

 彼が握りしめていたのは輝く指輪ではない。四つ折りにされた、一枚の薄汚れた羊皮紙だった。公爵が呆然とそれを開くと、そこには見慣れた帝都の役所の書式で、こう書かれていた。

 

『金髪の孤児一名、50金にて譲渡する。――ミュンドゥング公爵』

 

「ば、バカな!? なぜ私の懐から、このような身に覚えのない売買記録が……!?」

 

 俺は開いた口が塞がらなかった。いつの間にかカタリナが退屈そうにあくびをしながら、本物の指輪を左手でコロコロと弄っている。

 ……そうか! さっき公爵が青年にぶち切れていたあのどさくさに紛れたんだ! 青年が錯乱して公爵の注意が逸れた隙に、堂々と公爵の懐から石をスリ取り、代わりに俺のポケットからくすねた偽造領収書をねじ込みやがったのか! なんつー神業だよ!? というか、いつの間に俺のポケットからあの書類を抜き取っていたんだ!?

 

「……手札にないカードを使おうとするから自滅するんだよ」

 

 カタリナは公爵の手元にあった書類の束をまとめてひったくると、近くで燃える暖炉の火の中へ無造作に放り投げた。

 

「ああっ!? 私のデッキがぁぁぁっ!」

「はい、ゲームセット。ボクらの勝ちだね」

 

 盤面ごと燃やされた公爵が、膝から崩れ落ちる。彼が手塩にかけて育てた精巧なマリオネットは、すでに白目を剥いて気絶していた。

 予想斜め上の展開だが……乗るしかねえ! このビッグチャンスに!

 

「自分の懐から罪の証拠を取り出すとは殊勝な心がけだな。公爵!」

 

 俺はすかさず立ち上がり、残った偽造書類をドンッ! と机に叩きつけた。ずっと俺のターンッ!

 

「中立派の諸侯の皆様! やつが今、自ら提示したその書類こそが真実だ! 公爵、貴様は己の権力のために、あろうことか殿下の御名を利用し、帝国を欺こうとした大罪人だ!」

「ち、ちがう! 私はこんな書類など知らない! ふ、ふざけるな! これは罠だ!」

「嘘をつくなァ! 観念しろ三下がァ!」

 

 だからお前の負けだ公爵! バーカバーカ!

 

 中立派の諸侯たちが、公爵に向かって次々と剣を抜き始めた。

 カタリナのスリが敵の盤面を破壊し、俺の口八丁がトドメを刺したのだ。公爵は力なく椅子に崩れ落ちた。今や、その政治生命は完全に断たれた。しかし公爵は深くため息をつくと、静かに顔を上げた。その表情に影が落ちる。

 

「できればこのカードは切りたくなかったが、かくなる上は仕方あるまい。恨むならハーゲンを恨め。衛兵、鏖殺せよッ!」

 

 やっべ、追い詰めすぎた!

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