公爵を打ち破り、邪魔な偽物を全員下した俺たちはついに臨時帝都から首都へと西進を始めた。カタリナの逸話はもはや帝国全土に轟いており、俺たちは各地で歓待されながら進軍した。出発時は元々の兵士と使えそうな難民を合わせて1万5千ほどだったが、道中で北部や西部の諸侯が加わったことで合計で4万の軍勢に成長した。
てっきりヴァルデマールは即座に帝国軍を寄越してくるものと思っていたが、不気味なほど道程は平和だった。特に大きな障害もなく順調に進撃していく。暗雲が垂れ込めたのは、帝都まで残すところ半分というときだった。斥候がある事実を伝えに来た。
ミュンドゥング公爵領の南部軍2万と皇帝軍1万が、帝都への要衝であるフェーゲフォイアー大平原で陣を構えている。
これを聞いたとき俺は理解が追いつかなかった。
なんで偽物を担ぎ上げて反旗を翻した南部の連中と叔父上が組んでるんだよ。そもそも、公爵はクリエムヒルトに背中をぶっ刺されて死んだはずだ。最近はネクロマンサーが巷の流行なのか?
俺は平原を見渡せる本陣で、腕を組んでいるクリエムヒルトにいった。
「ちょっと待て、状況が色々とおかしくないか? まず公爵はこの間俺たちで倒しただろ」
「ああ、だが軍を率いているのはミュンドゥング公爵の長男、グレゴール・フォン・ミュンドゥング少将だ。どうやら今回の反乱は父親の独断専行とし、自ら司令官を買って出たらしい」
「いやいやいや、それでよく叔父上も納得したな。どんだけ人材がいないんだよ。仮にも反乱軍の最大勢力だっただろ、公爵」
辺境伯が葉巻の吸い口を切った。ごてごてに装飾された悪趣味としかいえない成金ライターで火をつける。
「それほど我らが殿下は帝国軍人たちに恐れられているということ。帝都の老人たちはハーゲン殿の名前を聞いて震え上がってますぞ。良かったですな」
全然良くねえよ! できれば俺は地味なポジションで甘い汁だけを吸っていたいのに、どうして矢面に立たされているんだよ畜生!
俺の正面に座っていたカタリナが、無邪気な笑みを浮かべる。楽しげに目を細めた。
「帝都では無敵将軍クリエムヒルトと並び称されているんだってね、卑劣参謀ヨーゼフ?」
それは称されているのか? クリエムヒルトと比べてだいぶバカにされているだろ。
俺とカタリナの視線を見た辺境伯が意味深長な笑みを浮かべた。
「娘との婚約を断られたときはこの世の終わりかと思いましたが、最近そそっかしい者どもが流布している噂を聞いて納得いたしましたよ。ご安心ください殿下。殿下のご趣味はお邪魔いたしませんから、御心が向きましたらぜひともエヴァンジェリーナとの仲もご再考ください」
「ああそうするよ。だから『色々と』便宜を頼んだよ、辺境伯」
「仰せのままに」
一瞬、辺境伯が何をいっているのかわからなかったが、俺は最悪な勘違いをされていることに気づいた。俺たちはそういう関係じゃねえ!
しかし、どうすることもできない。否定したら物理的に首が飛ぶ。俺は涙を呑んだ。
「とにかく軍議だ軍議。クリエムヒルト、敵軍の配置はどうなっている?」
「報告によると敵は凹形陣を敷いているとのことだ。両翼には砲兵を配備し、その前に壕を掘っている」
そういって地図を指し示すクリエムヒルト。Vの字型に軍を配置し両翼を厚くする形だ。グレゴールはこの中央で指示を飛ばしているのだろう。大佐が意気揚々と味方の駒を動かして、中央の敵軍の駒を弾き飛ばした。
「この陣形は中央が薄く脆弱だ。よって、私が全軍を率いて突撃し、中央を突破し殲滅する作戦を提案する」
「なんでわざわざ罠に突っ込もうとするんだよ! 明らかに大佐対策の陣形だろこれは! 突撃なんかしてみろ、塹壕と柵に足をとられたところを左右から撃たれて終わりだ!」
「撃たれる前に走り抜けばいいだろう? 貴様は何をいっているんだ?」
「それができるのはお前ぐらいだろうよ!」
俺は頭を掻きむしってから、軍帽を目深に被り直したクリエムヒルトにいった。
「……大佐、お前敵の少将について何か知っていることはないか? 士官学校とかで一緒だったんだろ?」
「ふむ、個人的な付き合いはないが噂は聞いたことがある。曰く、軍事学の天才だと」
「天才?」
「ああ、やつは士官学校で常に主席だった。勤勉で実直、その指揮能力とミュンドゥング流剣術を修めた個の武力もさることながら、最も優れていたのは周到な敵情分析に裏打ちされた作戦立案能力だ」
まるで冷静なクリエムヒルトみたいなやつだな。……それって最強じゃね?
「つまり公爵ジュニアは俺たちの過去の戦いを分析してあの陣形にしたということか?」
「確実にそうだ。少将は貴様が関わったことのある全ての戦闘……スニェーク丘、ヴィントミューレ平原、ヴァールシャイン城のデータを参照し、あの陣形が適切だと踏んだのであろう」
カタリナが頬杖をついて期待のまなざしで俺を見つめた。金髪が風でそよぎ、額が露わになる。俺はあの夜を振り払うように目を背けた。
「どうする? 総司令官? 今度のお邪魔虫は骨がありそうだ」
「このまま天才様のチェスに付き合っても詰むだけです。だから俺はこの勝負を降ります」
煙をゆっくりと吐きだした辺境伯が手元の駒をチップのように弄んだ。
「なるほど。少将の仕掛けた特大の賭け。敵のハンドはおそらく強力。それに対し、ハーゲン殿は降参を選ぶか。ではどこに賭けるというのですかな? 降りたまま掛け金を得ることは叶いませんぞ」
「俺は一か八かの博打なんか嫌いですが、確実に勝てるイカサマは大好きです。だからやつの胴元の叔父上を引っ張り出してこのふざけた対局をやめさせます」
「その心は?」
ちらりとカタリナを見やり、俺はフェーゲフォイアー大平原の先、帝都を指さした。そこには漆黒のキングが置いてある。
「甥の暗殺未遂まで起こして帝位に即いたのがヴァルデマールです。その猜疑心は帝国中の誰よりも強い。もしも、裏切った公爵の息子と殿下が平原に対峙したままいつまでも膠着しているだけでも気が気じゃない。そこに少将が俺たちと内通して帝都に反旗を翻す密約を交わしたという確たる証拠が、やつの耳に入ったとすれば……」
「フハハハ! 陛下は伏せられたカードが黒か白かを確かめずにはいられないでしょうなあ! 半狂乱になって少将を捕縛しにかかるに違いない! 此度は離間とは、本当にハーゲン殿の脚本は観客を飽きさせませんな!」
「察しが良くて助かります。幸い、公爵家の人間の手紙は今すぐにでも『発見』できます。早速、閣下の手の者を使って帝都の特務機関にリークしていただきたい。1週間も待てばあの陣も勝手に自壊するでしょう」
「お安いご用ですな」
俺はその場でさらさらと少将が俺たちと通じている確固たる証拠を一筆書いた。公爵の偽造書類を作ったときに、グレゴール・フォン・ミュンドゥングの筆跡も確認済みだ。真似するなど造作もない。
帳簿から顔を上げた大佐が眉間にしわを寄せていった。
「私は反対だ。正々堂々打破してこそ殿下の威光も知れ渡るというもの。最後は殿下に決めていただこうではないか」
「うん? 聞いてなかったけどボクはヨーゼフの作戦で良いと思うよ?」
「殿下……! そこまで我らをご信任してくださるとは……! このクリエムヒルト・ライデンシャフト、命に代えてもハーゲン総司令官の卑劣極まりない作戦を完遂し、少将の首級を御前に持ち帰って参ります!」
うん、もうお前は大人しくしててくれるなら何でも良いよ。ホント。
かくして1週間後。動きのないカタリナ軍の様子を冷徹な目で見つめていた男がいた。短く刈り揃えられた髪に、父親に似た鋭い眼光。帝国軍少将、グレゴール・フォン・ミュンドゥングである。
彼の狙いは反乱軍の徹底的な遅滞であった。偽フリードリヒのカリスマは一時的な熱狂によるハリボテだ。ずっと足止めを食らわせていればいずれ綻ぶ。唯一の不確定要素である大佐も、陣の奥深くに誘いこめば、十字砲火で仕留められる。非の打ち所がない万全の作戦だった。
そんな彼の元に、2千の近衛兵を引き連れた帝都の勅使が訪れた。南部軍と皇帝軍の将校が居並ぶ中、帝国軍本陣でグレゴールに伝えられたのは彼の予想の埒外のことだった。
「グレゴール・フォン・ミュンドゥング少将、貴様を国家反逆罪の疑いで逮捕する」
少将の明晰な頭脳はその言葉を聞いた瞬間に正解を導き出した。あの男、元下級官吏にして皇太子殺害犯、偽フリードリヒを擁立しヴァルデマール帝に逆らった反逆者であり、自分の父親を殺した男。詐欺師ヨーゼフ・ハーゲン。やつの十八番である詐欺で、嘘八百を皇帝に吹き込んだに違いなかった。そしてもはや自分には弁解の余地が残されておらず、整えたこの盤面も遅かれ早かれ崩壊することを悟った。
古参の家臣が勅使に食ってかかった。
「お待ちいただきたい! 我らは忠誠を尽くして逆臣と戦っている最中なのですぞ! それを国家反逆罪などと……!」
「特務機関は貴様らがハーゲンと密かに通じているという証拠をつかんだ。ミュンドゥングを総司令官から解任し、今後公爵軍は我々皇帝軍の指揮下に入る」
公爵領の人々からすれば到底承服できるものではなかった。両者の間に険悪なムードが流れ、そしてそれは少将の捕縛を家臣が阻んだときに爆発した。
「少将を連行させるな! 守り抜くのだ!」
「やはり裏切っていたか! 者ども、謀反者ミュンドゥングをつかまえろ!」
本陣で起こった抗争は瞬く間に軍全体に波及していく。南部軍2万と皇帝軍1万2千の内輪もめだ。その様子を双眼鏡を通して見ていた俺は口角を吊り上げ、隣にいたクリエムヒルトにいった。
「計画通り、叔父上と少将は仲間割れをした。俺たちは高みの見物と洒落込むぞ。そうすりゃあとは勝手に……ってあれ?」
いつの間にか暴走しないように見張っていた大佐がいなくなっていた。自軍の先頭を見ると、馬に乗った軍帽の女が何やら叫んでいる。まさか……。
「総司令官の企み通り、敵は今、内部分裂している! この隙に乗じて一気に攻め込むぞ! それこそが殿下の御心である! 者ども、かかれ――ッ!」
『おおおおおおっ!!』
クリエムヒルトに率いられて4万の軍勢が敵軍に突撃していく。しかし、ただの寄せ集めであるカタリナ軍は衝突するやいなや指揮が崩壊し、闇雲に殺し合うという目も当てられない惨状になってしまった。眼下の大平原で繰り広げられているのは戦争なぞという生やさしいものではない。カタリナ軍対南部軍対皇帝軍の終わりが見えない乱痴気騒ぎである。
あのバカッ! どうして毎度毎度やりたい放題しやがんだよ! 殿下の御心ォ? んなもんねえよ! だってただのスリだもん!
俺は兵士たちが根こそぎ出払い、カタリナしかいなくなった本陣に戻るとぶちまけた。
「なんで誰も護衛がいないんだ!? 辺境伯はどうした!? ああもう本当にマジでふざけてる……カタリナ、大佐に今すぐ戦闘をやめさせろ!」
足を組んでいたカタリナが、白魚のような指で俺の背後を指さした。
「それは構わないけど、なんか向かってきてるよ?」
振り向くと、僅かな手勢を連れて一心不乱にこちらに駆けてくるグレゴールの姿が視界に飛び込んできた。その顔から余裕は消え失せ、憤怒の形相で手綱を握りしめている。
「ヨーゼフ・ハーゲン! 貴様だけはッ! 貴様だけは必ず殺すッ!」
それを見た瞬間、俺はカタリナを担ぎ上げて馬に飛び乗った。全力で戦場から逃亡する。今、本陣はもぬけの殻だ。なんで肝心なときにいないんだよあの間抜けはあああああ!
「なんであんな恨み買ってるんだよ! 俺なんかしたか!?」
胸の中のカタリナがケラケラと笑った。揺れる馬上で背中を押しつけてくる。
「父親殺しに、メンツ潰し、取り柄の戦術もぼろぼろ。充分じゃないかな?」
「そうかな……そうかもねクソが!」
「ねえヨーゼフ? 勢いでキミはボクを誘拐したわけだけど、ここからどうするつもり? ボクとしてはこのまま駆け落ちるのも吝かではないよ?」
「寝言は寝ていえ! そもそも俺のタイプはお前みたいなちんちくりんじゃなくて――いってえ!?」
向かい合わせになるように座り直したカタリナが、無機質な目でデコピンをし続けた。俺はたまらず口を開く。
「悪かったって! だから今だけはやめてくれ! ブチギレ少将に追いかけられてるんだぞ俺たち!?」
「じゃあボクのこと褒めてよ。褒めろ」
「痛っ!? ああはいはいわかりました! えーと……演技がうまい! スリもうまい! よっ帝国一の山師! ちょっ、痛いって!?」
「……ヨーゼフのバカ」
「なんていったら良いんだよ! ……顔が良い! 良い匂いがする! 一緒にいて安心する! かわいい! かわいいぞカタリナァ!」
「えへ、えへへ。そんなに褒めないでくれよ」
お前が要求してきたんだろ! やっぱりこいつ頭おかしい!
にへらとだらしなく笑ったカタリナは、俺の懐をまさぐってリボルバーを取り出した。それは偽フリードリヒ2世から貰ったものだ。カタリナは俺にしがみつき、頬と手で俺の耳を覆った。銃で追っ手に素早く狙いをつけ、ぶっ放す。
「ヨーゼフ! 1人落ちたよ!」
「やるなあお前! いやそうじゃなくて、俺は良いから自分の耳を守れよ!」
「何だって!? よく聞こえない!」
「畜生!」
次々とカタリナはリボルバーで少将の部下を撃墜していき、ついに残すところは少将だけになった。しかし、ここで馬のスタミナが切れてしまう。俺はカタリナと戦場を一望できる崖の上に駆け上がった。追いついた少将がレイピアを抜き放つ。
「さあ剣を抜けッ! もう軍事的勝利なぞどうでもいい! 私から全てを奪った貴様だけは絶対に殺すッ!」
血走った目で斬りかかる少将を転がって避ける。剣術のキレは公爵を遙かに凌駕していた。あんなのと正面から打ち合ったら速攻で殺される!
「やなこった! こちとらただの文官なんでね! それよりこんなところで遊んでて良いのか? 戦争中だぞ?」
「問答無用!」
「やばいマジで死ぬううううう!」
高速で繰り出される剣術になすすべはなく、徐々に俺は崖際に追い詰められていった。足下の石が落ちていく。刀身が鈍く光った。少将が瞳孔をかっぴらいて俺を睨みつける。
「最期に聞きたいことがある。我が父の死に様はどうだった」
リボルバーをカタリナが構えるのが少将の肩越しに見えた。俺はなるべく時間を稼げるようにいった。
「立派な最期だった。クリエムヒルトとの壮絶な打ち合いの末、僅差で力に勝る彼女に胸を刺された。血を吐きながら、最期はお前のことを案じていたよ……」
「そうか、感謝しよう。……とでもいうと思ったかゴミめらがあああああ!」
少将が回し蹴りでカタリナの手からリボルバーを弾き飛ばし、そのまま俺にレイピアを突き出してきた。俺はギリギリでそれを避けると、少将の胸ぐらをつかんだ。そこはレイピアの唯一の死角だ。しかし、理由はそれだけじゃない。
「おいお前、殿下に何してんだよ?」
「どの口が。詐欺師どもめ、私の背を撃とうとしたのは貴様らだろう?」
「良いか? お前が蹴ったのはただの人間じゃねえ。皇帝だ」
「まだそれをいうか。そのような戯れ言はもう――」
「戦場を見ろ」
少将の瞳に映ったのは、この世の地獄だった。逃げ惑う者。死体を漁る者。傷ついてなお殺し合う者。痛みに呻く者。……縦横無尽に駆け回り殺戮の限りを尽くす者。
「勝負は決した。これ以上の戦闘は不要だ。だが、お前は指揮官という責任を放り出し、ただの私怨で俺を殺そうとした」
「何をいうか! 元はといえば貴様が――!」
「殿下ならこの地獄を止められる。停戦の指示を出せ。何が最善か、軍事学の天才ならわかるだろ」
「おのれ、ヨーゼフ・ハーゲン……!」
噛みきった唇から血を流した少将がレイピアを地面に放り投げた。俺はゆっくりと胸ぐらをから手を離した。少将は震える手で笛を取り出すと、それを吹いた。甲高い音が戦場に鳴り響き、南部軍の動きが止まる。
カタリナが少将の前に歩み出ると、よろよろと少将は跪いた。剣を掲げ、声を張り上げる。
「全軍、戦闘を中止せよ! 繰り返す! 戦闘中止! 勝負はここに決した! もう血を流す必要はない! これより戦闘を行った者はみな余の反逆者と見なす!」
キルレート1位のクリエムヒルトが涙を流しながら平伏し、カタリナ軍も戦いをやめた。残された帝国軍は急展開に動揺して動けずにいる。
「余を王と認めぬ者は去れ! しかし、共に戦おうという者がいれば、余はその出自を問わず受け入れよう!」
少将が絞り出すように叫んだ。
「これより、ミュンドゥング家はフリードリヒ殿下に味方する! 私の決定に不服の者は今のうちに立ち去れ!」
形勢逆転を悟った皇帝軍と南部軍の一部が蜘蛛の子を散らすように逃げていった。屈辱に肩を震わせる少将の前に、カタリナが剣をかざす。
「グレゴール・フォン・ミュンドゥング、その忠義しかと受け取った。共に帝都を、名誉を取り戻しに行くぞ!」
「ありがたき幸せ……!」
一連の小芝居が終わり、両軍が引き上げ始めたので戻ろうとしている俺の背に声がかけられた。
「ヨーゼフ・ハーゲン。ちょっといいか?」
振り向くと、レイピアを鞘に納めた少将が歩み寄ってきた。その眼光は鋭いままだったが、殺意は消えていた。
「恨みに囚われて大切な兵の命を無駄に散らすところだった。一生の不覚だが、貴様の言葉で気づけた。ゆえに……感謝しよう。勘違いするなよ。貴様を認めたわけではない。貴様の舞台に付き合うことが大局のためになると判断しただけだ」
「そうかよ」
手を差し出されたので握手すると、全力で握り込んできた。あだだだだ、俺の手がァ!?
「何しやがる!」
「思うところは様々あるが……これであいこだ。よろしく頼むぞ。殿下も」
カタリナが鷹揚にうなずいた。俺は痛む手を振りながら睨みつけた。
「次、殿下を蹴ってみろ。今度は容赦しねえぞ」
「望むところだ」
そういって爽やかな笑みを浮かべると、南部軍の撤収をしにグレゴールは崖を後にした。ポケットに手を突っ込んで立ち去ろうとする俺にカタリナが抱きついた。
「かっこよかったよヨーゼフ。『俺の女に手を出すな』だなんて、そんな情熱的な」
「んなこたァ一言もいってねえよ! まだ耳聞こえてねえんじゃねえか!?」
「そうかもね。だからもっと歩み寄ってくれたまえ」
「あーあー聞こえなーい……って痛ってえな蹴るんじゃねえよ!」
手の甲のあざがちらりと見え、俺はいささかカタリナに肩入れしすぎていることを痛感した。……これじゃあ詐欺師失格だな。