偽皇帝プロデュース作戦の第一歩として、ひとまず俺は持っていた宝剣を元手にカタリナを風呂に入れ、服装を徹底的に整えた。馬子にも衣装とはこのことで、見てくれだけなら十分皇太子として通用するレベルだ。
それから、俺は持ちうる限りのフリードリヒに関する知識をカタリナに叩き込んだ。趣味嗜好や有名なエピソードはもちろんのこと、皇帝としての作法や口調など、成りすますなら必須のものは余すことなく教えた。この演技の出来に自分たちの命が懸かっているのだ。俺も必死である。
「良いか? 騙すときは相手を内心で徹底的に虚仮にしろ。油断するわけじゃない。とにかく徹底的にバカにするんだ。そうすりゃ演技に迷いがなくなる」
「でも、それじゃあ皇帝として従ってくれなくなるんじゃない?」
「それが甘いっつってんだ。こっちがどう思っていようが、ちゃんと演じてれば相手は勝手に都合良く解釈してくれる」
育成を始めてから1週間が経ち、そろそろ帝国を脱出するタイムリミットが迫っていた。しかし、まだカタリナの完成度には不安が残る。そこでカタリナにフードを被せて、検問を回避できる道はないのかと2人で偵察していると、妙な軍人に捕まってしまった。鋭い目をした女性が、俺に威圧的な声をかけた。
「む、そこの2人、こそこそと何をやっている?」
「……べ、別に怪しい者ではございませんよ」
「近頃、大逆を犯した逆臣は知っているな? きっと出国を企んでいるから、国境付近の町で不審な者は拘束せよとの通達があったのだ」
まずいまずいまずい。もうそこまで話が回っていたか。ここで俺が逆臣ヨーゼフ・ハーゲンだと暴かれたら一巻の終わりだ。冷や汗を垂らしながら頭を回し、次いでなんとか舌を回す。
「そうですか、それは大変だ。私はヨーゼフといいまして、こいつは弟のフリッツです。私たちは流れの劇作家でして、パトロンを探して旅をしている最中です」
「なるほど、しかしさぞ仕立ての良い服だな。その金はいったいどこから?」
「前お仕えしたお方がとても太っ腹な方でして。ところで、軍人さんはなんとお呼びすれば?」
「クリエムヒルト・ライデンシャフト少尉だ。単に少尉と呼べ。まあ、その必要もなくなるがな……あまり私を舐めるなよ? ヨーゼフ・ハーゲン」
少尉が俺たちの肩に手をかけた。すさまじい握力だ。逃げられそうもない。しかし、俺はいたって冷静に口を開けた。
「流石は少尉。しかし、拘束するのは今一度待っていただきたい。もし仮にですよ、もし仮に……この隣の方がフリードリヒ皇太子殿下だったとしたら?」
「何? 殿下はもう……」
「先ほどは嘘をついてしまい申し訳ございません。しかし、こちらとしても1度試す必要があるのです。あなたが殿下の護衛にふさわしい頭脳と肉体を持っているのかどうか」
「ほう、大きく出たな。逆賊が」
眉間にしわを寄せて、不敵に口角を上げるクリエムヒルト。現段階では半信半疑といったところか。しかし、半信半疑に持ち込んだだけで上々だ。あえて最初に簡単な嘘を見破らせ、本命の嘘を通す。単純なテクニックだ。
「論より証拠です。殿下、お願いします」
カタリナが淡い青の瞳を俺に向け、俺がうなずいた。合図を受け、カタリナがフードに手をかける。
フードが落ち、黄金の髪が露わになる。その瞬間、カタリナの背筋がスッと伸び、纏う空気が一変した。さっきまでの怯えていた少女はどこにもいない。そこにいたのは、紛れもなく支配者だった。
「……面を上げよ、ライデンシャフト少尉。余の顔を忘れたとは言わせんぞ?」
冷徹で、しかしどこか甘美な響きを持つ美声。俺でさえ一瞬、心臓が跳ねた。その瞳には生まれながらの支配者としての驕りが見えた。完璧だ。完璧すぎる。こいつ、天性の役者か?
「なっ……貴様、何を……!」
気圧された少尉が、反射的に剣に手をかける。カタリナの演技だけでは押し切れないか。俺は間髪入れずに、少尉の手を押しとどめた。
「狼藉はやめていただこう。先帝から賜ったご恩をお忘れか?」
「それはどういう意味だ……!?」
「先帝から託されたのだ。息子を頼むと」
少尉の手が剣から離れ、胸に押し当てられた。片膝で跪き、カタリナに頭を垂れる。
「その凜々しい瞳、まさか本物……! ご、ご無礼をどうかお許しください! このクリエムヒルト・ライデンシャフト、全身全霊をもって殿下を護衛させていただきたく存じます!」
な、なんとかなった……。おそらくカタリナだけに任せていたら駄目だったな。
最敬礼をしている少尉を無理矢理直らせる。このままじゃ目立って敵わない。
「先ほどは失礼した。貴殿は見上げた男だな、ハーゲン殿」
「よしてくれ、今はただのヨーゼフだ」
「承知した。ヨーゼフ、次はどうするつもりだ? 帝国に留まってもいつか捕まってしまうだろう?」
「国境の検問所を突破し、ルーシで再起を図る」
「うむ、善は急げだ。殿下……フリッツ、ヨーゼフ。今すぐ発ちましょうぞ!」
「いや、まだ心の準備がぐえっ!」
1人大盛り上がりのクリエムヒルトは俺とカタリナの首根っこをつかんで颯爽と路地裏を出ると、検問所に駆け出してしまった。すれ違う人々からじろじろと見られるカタリナ。まずい、ちょっと殿下らしく鍛えすぎたか?
当然、検問所で止められる俺たち。しかし、クリエムヒルトは大見得を切って言い放った。
「控えおろう! この方をなんと心得る! 先帝唯一のむぐっ!?」
慌てて脳筋軍人の口を塞いだ。不服そうな目で俺を訴える少尉。小声で文句を垂らす。
「なぜ邪魔をする。この方の威光があればこの者らもひれ伏すだろう」
「事態はそんな単純じゃない。死んだはずのフリードリヒが検問所に現れたなんて話が上層部に伝われば、確実に追っ手を差し向けられる。一旦俺の話に合わせてくれ」
兵士たちに向き合うと、俺は口火を切った。
「我々はとある高貴なお方からの密命を帯びた特使です。この金髪の方はその方のご落胤で、隣国のルーシに逃がすよう命を受けています。この気品……おわかりでしょう?」
そういって俺はフードの下のカタリナをチラリと見せる。狼狽える兵士たち。そこに、上司の大尉が現れた。初老の男性で、明らかに困った顔をしている。
「これはこれは特使殿。しかし、困りましたな。帝都からの指令がありまして、いくら特使といえどもここから先を通すことはできません。1度私の上司に指示を仰がねば。1日ほどお待ちいただきたい」
「我々の密命は急を要します。もはや一刻も待ってはいられないのです」
「しかし……」
どう切り抜けようかと考えていると、カタリナが俺に目配せをし、しなだれかかってきた。
「うっ、眩暈が……ヨーゼフ、早く薬を……」
こいつは演技派だな。この弱っているカタリナを見て、最も反応するであろう人物といえば……。
「貴様ァ! 殿下……このお方が苦しんでいるのが見えぬのかァ!」
それと同時に粉々にレンガを握りつぶすクリエムヒルト。すかさず俺はクリエムヒルトの後ろから畳みかける。
「万が一にも、このお方の病状が悪化し取り返しのつかないことになってしまえば……大尉、あなたの首は保障しかねますよ。それでも指示を待ちますか?」
大尉は顔面蒼白になって震え上がり、あっさりと通してくれた。いやあほんと、振りかざすなら権力と暴力に限る。
かくして俺たちは最強のパスポートによって亡命を果たしたのだった。色々と終わっている国、ルーシへと。