偽皇帝の脚本家   作:束田せんたっき

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嘘があまねく世界の秩序となる。――フランツ・カフカ

 翌日、俺とカタリナは辺境伯に与えられた一室で少尉の報告を聞いていた。暗殺者たちは3名で皇帝からの尖兵だった。全員少尉がお話の末、処刑したという。

 

「わかった。辺境伯には俺から全員取り逃がしたと伝える」

「ほう、その心は?」

「その方がより恐怖心を煽れる。ビビっているやつほど利用しやすい」

「ヨ、ヨーゼフって結構えげつないよね……」

 

 カタリナが頬を引きつらせて俺から距離を取るが気にしない。詐欺師に必要なのは共感であって、優しさではない。それに、拷問したクリエムヒルトの方がやることやってるだろ。

 

 そうこうしていると、突然部屋に茶髪の美少女がドアをあけ放って入ってきた。カタリナを見つけるやいなや、その胸に飛び込んでいく。

 

「殿下~♡ お会いしたかったですわ~♡」

 

 スメルジャコフ辺境伯が後に続いて入室した。下卑た笑みを浮かべている。

 この少女、まさか……。

 

「これはこれはおそろいで。お伝えすることがあったからちょうどよかった。今晩、舞踏会を開くので、みなさまにはぜひご出席していただきたい。なにせわしの最愛の娘、エヴァンジェリーナと殿下の婚約発表があるのですからなあ」

 

 こんの油狸――! 畜生! 先手を打たれた!

 

 高笑いを上げながら戸口を辺境伯が後にした。エヴァンジェリーナがべたべたとカタリナの腕やら肩やらを触っていて、少尉が今にもその手を切り捨てそうだ。カタリナも涙目になって助けを求めてくる。仕方なく俺はカタリナと令嬢の間に割って入った。

 

「エヴァンジェリーナ様、美しき愛は素晴らしいものですが、今はお2人ともまだ婚前の身。ここはどうか、自重していただけますと……」

「あら、あなたは……なんて冴えない顔の従者様ですこと。別にいいでしょう? わたくしと殿下はこれから夫婦の誓いをするのですから♡ 殿下、なんてお美しいお方♡」

 

 そういって再びカタリナの身体をまさぐり始めるエヴァンジェリーナ。どこかの狸と同じで全く人の話を聞かない。

 しびれを切らした少尉が剣の根本を光らせながら、幽鬼のように歩み寄った。ステイ! ステイだクリエムヒルト! ここでこいつをぶっ殺しても事態は悪化するだけだぞ!

 

 そんな時、なされるがままだったカタリナが、きっぱりと言い放った。

 

「辺境伯令嬢、この者のいう通りである。控えられよ」

「わ、わかりましたわ……つれないお方ね……でもそこも素敵♡」

 

 しぶしぶ踵を返して立ち去ろうとする令嬢の背中に、なぜか俺の袖を引っ張ったカタリナが続けた。

 

「それに、次ヨーゼフを冴えない顔などと侮辱したら余は許さぬぞ。肝に銘じよ」

「わかりましたわよ……ヨーゼフ……その面覚えましたわ……!」

 

 めちゃくちゃ敵意を込められた目で睨みつけられてしまったんだが。何をしてくれちゃってんのバカタリナさんは。ああ、胃痛の素がどんどん増えていく……。

 カタリナがゆさゆさと俺の腕を振ってくる。クリエムヒルトには聞こえない声量で囁いてきた。

 

「どうしようヨーゼフう。このままじゃボクが女だってバレちゃうよお。……それに、ボクはもうキミのモノなのにね」

「ああもうわかったから。考えてるからちったあ落ち着け」

 

 最後のボソッとしたつぶやきは聞かなかったことにして……そう、何気に絶体絶命の状況である。婚約なぞしてしまったら、あの令嬢のことだ。あっという間にカタリナはひん剥かれて正体を暴かれてしまうだろう。そんなことになったら破滅だ。いっそのことあの女もこちら側に引き込むか? いやしかし、リスクが高すぎる。まずもってあの強請りのアレクセイに弱みを握られるリスクはなんとしてでも避けねばならない。

 

 俺が難題を前にしてうなっていると、クリエムヒルトが眼光鋭くゆらりと立ち尽くした。

 

「どうする? あのあばずれ、始末するか?」

「暴力やめてね」

「ヨーゼフ、貴様は軟弱すぎる! 殿下はもちろん賛成ですよね?」

「ボクも反対かなー……なんて」

「承知いたしました! 流石殿下! なんと寛容であられる!」

「俺は軟弱で殿下は寛容かよ!」

 

 本質的にはクリエムヒルトと令嬢は同じなんじゃないか? カタリナに全力で尻尾を振る少尉を見て、俺はそう思わずにはいられなかった。

 本質的に同じ……。ああ、そうか。俺はカタリナを見下ろした。金のまつげに縁どられた瞳はサファイアのようで、正体を知らなければ俺も本気で皇子だと信じてしまっただろう。つまり、外見がそれっぽければ、人は勝手に本質も同一だと誤認するものだ。それは忌々しい舞踏会も決起集会も同じ……。

 

「殿下、切り抜ける一手を思いついたやもしれません」

「本当に?」

「ええ、殿下には演説をぶち上げて、舞踏会を台無しにしてもらいます」

 

 それから急ピッチで原稿を書き、それが書きあがったのが舞踏会の2時間前。その原稿をカタリナに教え込み、設定を叩き込んでいるうちに、その時は来てしまった。帝国式の正装に身を包み、大広間へと足を踏み入れると、ルーシスタイルにめかしこんだ狸爺が俺たちを出迎えた。その周囲を近隣の貴族や有力な平民が取り囲んでいる。

 

「殿下、お待ちしておりましたぞ。此度の主役」

 

 勝ちを確信し、にやつきを抑えられない辺境伯。今に見てろよ。てめえの企み、ひっくり返してやる。

 未だに文句をいっているクリエムヒルトが仁王立ちで人垣の向こうを睨みつけた。赤いドレスはなかなか様になっているが、態度で台無しである。

 

「何よりも先に私は殿下の護衛であって、このような衣服に縛られるのは到底……」

「周囲に溶け込むことも護衛には大切だぞ」

「む、確かに。たまには良いこというではないか」

 

 いつもはどんなことをいっていると思われているのだろうか……。

 それからしばらく、カタリナには人脈作りに勤しんでもらった。より多くの支持を取り付けることが不可欠だからである。そして、仕上げはエヴァンジェリーナ嬢、彼女がカタリナとの婚約を発表するために近づいたときだ。打ち合わせではダンスに申し込まれることになっているが、カタリナにはそれを華麗にかわして演説をしてもらう。

 

 しかし、ここで想定外が起こった。念には念を入れて、カタリナ直々におとなしくしていることを命じられたクリエムヒルトが、愛しの殿下に近づいてきたエヴァンジェリーナ嬢を見るやいなや、ドレスの内側に隠し持っていたナイフで襲い掛かろうとしたのである。なにやってんだてめえ!

 

 咄嗟に狂犬の手首をつかむと、殺意しか感じない目で振り返ってきた。一歩間違えれば死。しかし、ここで諦めてもどのみち計画が破綻して破滅だ。ならば、やるしかない。

 音楽が鳴り始めた。手を強引に引っ張ってホールの中心に躍り出る。

 

「離せヨーゼフ! あのあばずれ、殿下の御身に触れたぞ! 万死に値する!」

「いいから踊れ! ここで抜いたら全部おじゃんだ!」

「ええい、邪魔だ!」

 

 クリエムヒルトがスカートの下で容赦なく足を踏みまくってきた。顔を近づけて、まるで愛の言葉を囁くかのように脅迫をしてくる。

 

「貴様! このっ! 邪魔をっ……するなっ……! あの女狐の首を刎ねなければ……!」

「ねえ、俺と殿下の話覚えてる? ねえねえ?」

「黙れ! これ以上このくだらん真似を続けるなら、いくら貴様といえどもぶち殺すぞ!」

 

 ゴリッ。

 

 嫌な音がした。俺の手が、万力のような握力で締め上げられている。痛い痛い痛い! これ絶対やばいやつう! ヒビが跡になるやつう!

 

「少尉! 力を抜け! これはダンスだ! 格闘技じゃない!」

「貴様こそ足をどけろ! 重心が甘いぞ!」

 

 ブンッ! と風を切る音がして、俺の体は独楽のように回転させられた。リードしているのは俺のはずだが、暴れ馬にしがみついているも同然だ。クリエムヒルトのステップは優雅さの欠片もなく、完全に敵陣を突破する際の歩法だった。床板がミシミシと悲鳴を上げている。

 

「くっ……なんという怪力……!」

「ふん、惰弱者め。帝都の男は皆そうなのか?」

 

 俺たちは互いに鬼の形相で睨み合いながら、激しく旋回した。

 しかし、周囲の反応は違った。

 

「おお……見ろ、あの激しいステップを」

「まるで戦場を駆ける獅子のようだわ。あれが帝都の最新の流行なのかしら?」

「なんて情熱的な……2人の世界に入っておられる」

 

 違う! 俺は今、必死に猛獣の首輪を押さえているだけだ! 誰か助けてくれ!

 ふと視線を感じた先を見れば、カタリナがじっとこちらを見ていた。エヴァンジェリーナに熱烈に話しかけられているはずの彼女は、表情を一切消し無機質なサファイアの瞳で俺とクリエムヒルトが重なり合って回る様を凝視している。その冷ややかな眼差しに、背筋が凍る思いがした。

 

 ついに少尉は哀れなダンスパートナーを全力でぶん投げ、カタリナの背後という定位置に着いた。俺は幕を突き抜けて、会場外にあったウエディングケーキに激突する。これではクリエムまみれである。それにしてもあのジジイ、こんなものまで用意してやがったとは。

 

 俺がケーキの残骸から顔を上げると、ちょうどカタリナがエヴァンジェリーナの手を払い、壇上へ上がるところだった。一瞬、カタリナと目が合った。その瞳には、甘ったるい海に沈む俺以外には何も映っていない。彼女は微かに微笑むと、その細い肩を翻した。

 

 その背中は、もはや俺の知る孤児の少女ではない。

 帝国の未来を背負う、孤高の皇帝そのものだ。

 

「皆、聞け! この華やかな宴、美しい令嬢……私の心は揺れた。揺れに揺れた。これほどの幸福が他にあろうか!」

 

 おっ? 婚約発表か? そう囁き合っている聴衆の声が耳に入った。狸親父の根回しはばっちりのようだ。 辺境伯が満足そうに髭をいじくっている。

 

「だが! 余の耳には届いている! 雪降りしきる中、凍える母子の嘆きが! 陰謀に消された友の叫びが! 今日1日の食事にも困り、盗みを働かざるを得ない孤児の慟哭が!」

 

 会場全体がざわめきだした。いいぞ、動揺こそが感動への起爆剤だ。

 

「彼らが涙を流している今、私が絹のベッドで愛を語らうことなど……どうしてできようか!」

 

 はい、ここで悲痛な叫び。流石はカタリナ。俺の指示通り完璧にこなして見せている。さあここからがクライマックスだ。

 聴衆はカタリナの演技に呑まれ、静まり返っている。盤面も整った。

 カタリナは悲壮感を宿した表情で言い放った。

 

「ゆえに余は誓ったのだ! この戦が終わるまで、酒を断ち、享楽を避け、愛さえも封印すると!」

 

 なんか想像以上に演技がうまい。素人目だが舞台役者として十分食っていけるレベルだ。

 伏し目がちに辺境伯令嬢に悲し気なまなざしを送るカタリナ。

 

「エヴァンジェリーナ嬢……すまない。そなたが美しすぎるからこそ、余はそなたを穢すわけにはいかないのだ……!」 

「フリードリヒ様、なんて高潔なお方……♡」

 

 恍惚とした表情でエヴァンジェリーナが卒倒した。あれれ~? な~んか悪化しちゃってないかこれ~?

 

 キッと1点を見つめるカタリナ。その青い瞳の目線の先は、確実にクリームまみれの俺へと向かっている。おいおい、俺の台本はもうおしまいですよカタリナさん。さあ帰った帰った。

 

「ゆえに、ゆえに余は! 帝国のために! 正義のために!」

 

 カタリナは演壇の淵を手が白くなるほど強く握りしめ、クリームまみれで倒れ伏す俺を真っ直ぐに射抜くような目で見つめた。

 

「そして何より! 何より余の愛する弱き民(ヨーゼフ)のために! この地で挙兵し! 逆賊ヴァルデマールを!! 討つ!!!」

『うおおおおおおおお!!!』

 

 会場全体を揺るがすような絶叫が響き渡った。辺境伯は一瞬悔し気な表情をするも、商機を悟り、立ち上がって誰よりも大きな声で叫びだした。

 

「フリードリヒ殿下万歳! 皇太子万歳!」

 

 鬨の声は次々と伝染していく。カタリナの背後に控えるクリエムヒルトが、感涙にむせびながら剣を掲げている。

 

「殿下……! そこまでのご覚悟を……! このクリエムヒルト、地獄の果てまでお供いたします!」

 

 違う……俺はただ、ただ穏便に結婚を回避したかっただけなんだ……なのになんで……なんで即時開戦の流れになってるんだあああああ!?

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