偽皇帝の脚本家   作:束田せんたっき

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歴史は繰り返す。一度目は悲劇として、二度目は喜劇として。――カール・マルクス

 ここは帝国軍の陣が張られていた町であり、かつ俺とカタリナが出会った場所でもある。ノリノリの大佐がなんと手勢3千で占領してしまったのだ。眼前には捕縛された敵兵がざっと2千。かなりの数に逃げられたとはいえ……10分の1に減ってるじゃねえか! 殺しすぎだ!

 捕虜たちはみな一様に憎悪の表情を向けてくる。あんな卑劣な戦術で戦友が殺されたのだ。当然である。これでは兵士として転用することができない。

 だから俺は追い払うだけのつもりだったんだ! 血まみれの大佐を睨みつけるが、彼女は誇らしげに胸を張るばかりである。俺はため息をついて、演台に上がった。

 

「諸君! 諸君はまことに精強、手強いツワモノたちであった!」

「ふざけるな!」「卑怯者が!」「恥を知れ恥を!」

「静かにしろ! ぶち殺すぞ!」

 

 口々に罵ってくる捕虜たちをクリエムヒルトが一喝して黙らせた。うん、とてもありがたいんだけど捕虜を殺しちゃったら戦争犯罪だからやめてね。

 まずは彼らの憎悪を別のやつらになすりつける。

 

「しかし! 忠義を捧げる相手を見誤ってしまったことは最大の不幸といわざるを得ない! 諸君の司令官を見ろ! 背後を突かれた瞬間、自分だけ馬に乗って真っ先に逃げ出し、お前たち歩兵を雪原に置き去りにしたではないか! 我々が卑怯なのではない! 諸君は、僭称者ヴァルデマールとあの無能な司令官に捨て駒にされたのだ!」

 

 ここで俺は大佐に手を上げて合図をした。クリエムヒルトは手はず通りに血塗れの剣を構え、捕虜ににじり寄った。

 

「殿下に刃向かった逆賊どもめ、全員ここで斬首刑にしてやる!」

 

 多分本心なんだろうなー。抑えろよ、勢い余って殺すなよマジで。

 捕虜たちがにわかにざわめきだした。誰だって命は惜しい。そして、それを救ってくれたものは救世主に見えるものだ。それが例え、敵の大将だとしても。

 

「やめよ、大佐。彼らもまた、余の愛する帝国の民。偽りの皇帝である叔父上に騙されていたに過ぎない。……よく生きて余の元へ辿り着いたな、誇り高き戦士たちよ」

 

 計算され尽くした位置にカタリナが現れる。捕虜から見ると、逆光の中に天使が舞い降りたかのように見えるだろう。そして、我が最高傑作は大仰な身振りで腕を広げた。

 

「今はただ、その腹を満たし、身を休めよ」

 

 一斉に辺境伯の部下が捕虜たちに敵軍から奪い取ったパンと温かいスープを配り始めた。傷ついた彼らはがむしゃらに貪っている。仕上げだな。

 

「ヴァルデマール帝はお前たちを雪の地獄へ送ったが、真の皇帝はお前たちに命と温かい食事を与えた。どちらに従うべきか、自分の胃袋に聞いてみろ」

 

 もはや、捕虜たちの目に憎悪はない。彼らはみな、カタリナを地上の王であるかのように恍惚とした顔で見つめている。あれ? 少しやり過ぎたか?

 すでに辺境伯から借り受けた兵士は戦勝の熱狂にあてられてカタリナを崇拝している。捕虜もそこに加わるとしたら……熱狂的な信者の兵士がおよそ5千。味方のうちは心強いが、こいつらの暴力が俺に向かったとしたら目も当てられない結末になるだろう。

 ますます詰みかけてないかこれ? 俺もどちらに従うべきか自分の胃袋に聞いてみるべきだったかもしれない。

 演壇から降りると、辺境伯が手を叩きながら近づいてきた。上機嫌にほくそ笑んでいる。

 

「とんだ悪党だな、ハーゲン殿は」

「褒め言葉として受け取っておきます」

「さて、そんな総司令官殿はどう考える? 殿下の威光に導かれ2万7千人の我が領民もついてきてしまったが、よもや今後の戦に連れて行くわけにもあるまいて」

 

 そんな面倒ごともあったのかよ。さては体よく戦争で処理しようとした役立たずがそっくりそのまま生き残ったから、勝手に連れてきたな狸爺。

 もう今はただ酒でも飲んで眠ってしまいたい気分だった俺は、投げやりに答えた。

 

「この町の民にしてしまえばよろしいでしょう。幸い、金は帝国軍からの略奪品があります。臨時帝都と宣言してしまえば、殿下と志を同じくする人々も集まって多分なんやかんや良い感じになるかと」

「素晴らしい! 早速殿下には臨時帝都の宣言と義勇兵募集の布告をしていただかねば!」

 

 ああもう、勝手にしてくれ。略奪品が尽きた後の難民の食い扶持が重くのしかかっていたが、そんなことを考えられる元気はない。俺は臨時帝都宣言の騒ぎから背を向けて、自分に割り当てられている部屋へと帰っていった。備蓄から拝借してきた酒を注いで、久しぶりに一息つく。ここ最近はずっとカタリナにかかりきりだったし、この3日間は討伐軍の迎撃準備でてんてこ舞いだった。

 

 酒を一気に呷り、ふかふかのソファーに身を沈める。心地よい。緊張の糸が切れ、俺は微睡みの中で意識を手放した。

 

 

 

 ……ん? なんか風を感じるぞ? それにほのかに甘い匂いも。しかも後頭部の感覚がない。なんというか柔らかい……。

 薄目を開けると、至近距離にフリードリヒの亡霊の整った顔が現れた。体勢を崩した俺はイスから転げ落ちる。

 

「ぎゃー!? 殿下のお化けー!?」

「お化けとは何さ。キミが生き返らせたくせに」

 

 痛む背中をさすって見上げると、カタリナが腕を組んで頬を膨らませていた。どうやら、いつの間にか寝入っていたところをカタリナに膝枕されていたらしい。

 

「おい、勝手に入ってくんなよ。つか起こせ」

「何いってるんだい? ボクとヨーゼフの仲じゃないか。そんなことより、何かボクにいうべきことがあるんじゃないかい?」

 

 いうべきことォ? 期待に満ちあふれたカタリナを見ながら、俺は彼女の隣に座り直した。

 寝起きで回らない頭を必死に動かす。あの演壇での大立ち回りの後なのだ。役者が舞台裏に引っ込んで、脚本家になんて声をかけてほしいかといえば、1つしかないだろう。

 

「……あー、その。素晴らしい演説だったぞ、カタリナ。見事にあの2千の捕虜の心を掌握したな。流石はカタリナだ」

 

 おもねるように拍手をしてやると、カタリナは花が咲いたような、それでいてどこか怖気が走る笑みを浮かべた。

 

「フフッ。当然だよ。ボクが、キミの台本通りに、完璧に、演じきったんだから。キミの総司令官としての初陣、絶対に泥を塗るわけにはいかないからね」

 

 そう言って、カタリナは俺の顔を覗き込むように身を乗り出してきた。さっきまでずっと俯いて膝枕していたせいで、乱れた黄金の髪がさらりと肩からこぼれ落ちる。至近距離で見つめられると、フリードリヒの顔面のよさと、その奥にあるカタリナという少女の重すぎる執着が混ざり合って変な汗が出てくる。

 

「ボクはキミのためなら、なんだってする。皇帝でも、神様にだってなってあげる。……だからキミは、一生ボクのそばで、ボクのためだけの存在でいてね。ボクのヨーゼフ」

 

 甘い声。だが、その実態は呪いの首輪だ。

 俺は引きつった笑みを浮かべながら、手元のグラスを口に運んだ。エールを流し込んで、この居心地の悪い沈黙と胃痛をどうにか誤魔化そうとした、その時だった。

 

「ヨーゼフ! 邪魔するぞ! ……む、殿下もいらっしゃったとは!」

 

 バンッ! と遠慮のかけらもない音を立てて部屋の扉が開け放たれた。入ってきたのは、まだ軍服に返り血をつけたままのクリエムヒルトだ。俺は即座にカタリナと距離を取った。

 カタリナが舌打ちでもしそうなほど露骨に不機嫌な顔になり、室内の温度が急激に下がった気がするが、大佐はそんな空気を一切読まずにずかずかと踏み込んでくる。

 

「なんだ大佐。俺は今から寝るところなんだ。軍の再編なら辺境伯のところに……」

「それどころではない! たった今、各地に放っていた斥候から緊急の報せが届いたのだ!」

 

 大佐のただならぬ剣幕に、俺はグラスを置いて姿勢を正した。

 まさか、帝都の叔父上がもう次の討伐軍を差し向けてきたのか? だとしたら早すぎる。いくらなんでも準備が追いつかないぞ。

 

「報告しろ。敵の規模は?」

「敵ではない。いや、敵なのだが……その、なんだ。我が軍のスニェーク丘での大勝と、臨時帝都建設の噂が帝国中に広まった結果……」

「結果、どうしたってんだよ」

「各地で反乱軍が立ち上がった! 南部のミュンドゥング公爵が『我が陣営にこそ真のフリードリヒ殿下がいらっしゃる!』と宣言! さらに西部の自由都市コルベスも『奇跡の生還を果たしたフリードリヒ殿下』を擁立し、挙兵したとのことだ! 北部でも『死の淵から蘇りしフリードリヒ殿下』が弱小諸侯の支持を得て勢力を拡大しているらしい!」

 

 ……は?

 

「ぶふっ!」

 

 俺は口に含んだばかりのエールを、大佐の顔面に向かって盛大に噴き出した。

 

「な、何をする貴様!」

「待て待て待て! どんだけフリードリヒが湧いてんだよ!? なんだよ『我が陣営にこそ真のフリードリヒ殿下がいらっしゃる』って! ここにいるのが本物だろうが!」

「私に怒鳴られても困る! だが、事実として奴らは殿下の御旗を掲げておるのだ!」

 

 頭がクラクラしてきた。

 俺たちがハッタリで大勝利を収めてしまったせいで、「死んだはずの皇太子」というブランドの価値が爆上がりしてしまったのだ。結果として、「あの神輿、俺たちも使えるんじゃね?」と考えた各地の野心しか取り柄のないクソ野郎どもが、こぞって自前のフリードリヒをでっち上げて挙兵しやがったというわけか。

 

「……ふざけやがって。節操がなさすぎるだろ。ちなみに、北部の連中が担いでるやつの特徴は?」

「報告によれば『見事な金髪と立派な髭を蓄えた威風堂々たる御方』とのことだ」

「絶対ただの金髪のオッサンじゃねえか! フリードリヒ殿下は享年15歳だぞ!? 設定が甘すぎる!」

 

 終わった。帝国とまともにやり合う前に、有象無象の偽物の皇太子どもと「どっちが本物か」を争う泥沼のバトルロワイアルが始まってしまった。

 痛む胃を押さえながらうずくまる俺の耳に、カタリナの氷のように冷たい声が届いた。

 

「……不愉快だね。ボクという本物を差し置いて、安っぽい偽物がぞろぞろと湧いて出るなんて」

 

 お前も大概安っぽいスリの孤児だったけどな、とは口が裂けてもいえない。

 

「大佐。とりあえず、その斥候が集めてきた各陣営の詳しい報告書を全部俺のところに持ってきてくれ。あと胃薬も」

 

 やってやろうじゃねえか。他人の手柄を横取りすることしか能がないカスどもが。お望み通りみんなまとめて叩き潰してやる。

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