偽皇帝の脚本家   作:束田せんたっき

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自分の顔が歪んでいるからといって、鏡を責めるな。――ニコライ・ゴーゴリ

 数時間後。帝国軍から接収したこの町の最も立派な司令官室。

 俺たちは巨大な大陸地図を囲んで、重苦しい軍議を開いていた。いや、重苦しい顔をしているのは徹夜明けのように目の下に隈を作った俺だけで、他の連中はそれぞれ好き勝手な表情を浮かべている。

 

「いやはや、フリードリヒ殿下はまことに大人気ですなあ。死してなお、これほどまでに大陸各地の諸侯から愛され、求め護られるとは。帝国臣民の忠誠心には感服いたしますぞ」

 

 ふかふかの椅子にふんぞり返り、最高級の葉巻をくゆらせながらスメルジャコフ辺境伯が嫌味ったらしく笑う。くそったれのルーシ人が。対岸の火事だと思って完全にエンタメとして楽しんでやがるなこの狸爺。

 

「笑い事じゃありませんよ、閣下。俺たちのスニェーク丘での大勝と、臨時帝都建設の噂が変な形で引火したんです。帝国軍とまともにやりあう前に、こんな有象無象の偽物どもと正統性争いをする羽目になるとは……」

 

 俺は痛む胃を押さえながら、地図の上に置かれた3つの駒を指差した。

 

「北部の貴族連合。西部の自由都市コルベス。そして南部の雄、ミュンドゥング公爵。……この3陣営が、それぞれ自前の『フリードリヒ殿下』をでっち上げて独立を宣言しました」

「言語道断!」

 

 バンッ! と大佐が机を叩き割りそうな勢いで立ち上がった。

 

「どこの馬の骨とも知れぬ痴れ者どもが、殿下の御名を騙るなど万死に値する! 総司令官! 今すぐ我が軍5千を3つに分け、全方面へ同時に進軍させろ! 三日三晩で奴らの首を刎ねて、殿下の御前に並べてくれるわ!」

「落ち着け猪武者。5千の兵を分散させて勝てるほど戦争は甘くない。それに、武力で叩き潰すだけでは『どちらが本物だったのか』という火種が残る。力ではなく、奴らが明確に『偽物』であると周囲の諸侯に知らしめ、社会的に息の根を止める必要があるんだ」

 

 俺がなだめると、クリエムヒルトは不満げに鼻を鳴らして席についた。

 上座では、カタリナが退屈そうに自分の爪を眺めている。他の偽物になど欠片も興味がない、「ボクこそが唯一の真実だ」という絶対的な自信。その態度が、また周囲の兵士たちの狂信を煽っているのだが、本人は気にも留めていない。

 

「ボクの総司令官。それで、どの偽物からお片付けするんだい?」

「……まずは、各陣営が担いでいる神輿のスペックを確認しましょう」

 

 俺は手元の報告書の束をめくり、最もふざけた情報が書かれた紙を1枚引き抜いた。

 

「まずは北部。大義名分を欲しがった田舎の弱小貴族どもが担ぎ上げた偽物ですが……大佐、こいつの特徴をもう一度いってくれ」

「うむ。報告によれば『見事な金髪と立派な髭を蓄えた大柄で威風堂々たる御方』とのことだ」

 

 俺は深呼吸をしてから、机を力いっぱい叩いた。

 

「だから絶対ただのオッサンじゃねえか! 殿下は享年15歳の美少年だぞ!? なんだよ立派な髭って! なんでそんな適当な設定でいけると思ったんだ北部のバカどもは!」

 

 俺の悲鳴に近いツッコミに、大佐は真面目腐った顔で首を傾げた。

 

「だが、彼奴らは『過酷な逃避行と戦火の苦労で成長が早まったのだ』と主張しているそうだぞ」

「無理があるだろ! 半年でどんだけ老けるんだよ! ……はぁ、まあいい。敵がバカなのはこちらにとっては好都合だ」

 

 俺は気を取り直し、深呼吸をしてから地図の北部エリアに無造作に置かれた木駒を指で弾き飛ばした。

 

「こいつらにまともな軍を向ける必要はない。使うのは剣ではなく、紙とインク、そして辺境伯から頂いたあの寄付金だ」

「ほう? 金で北部の諸侯を買収するおつもりか?」

 

 葉巻の煙を吐き出しながら、辺境伯が興味深そうに目を細める。

 

「いいえ、もっと安上がりで悪辣な手段です。……北部の村々や街に、本物の殿下の美しく若々しい肖像画を大量に刷ってばら撒きます。連中の領民に気付かせるんですよ。『うちの領主が担いでる殿下、ただのむさいオッサンじゃね?』ってな」

「なるほど」

「大義名分を失えば、ただでさえ貧しい北部の弱小貴族どもは内ゲバを起こして自滅する。盤面から勝手に降りてくれるわけです」

 

 俺がドヤ顔で言い切ると、大佐が勢いよく身を乗り出してきた。

 

「待て、ヨーゼフ! 確かに理にかなっているが、やつらはすでに我が陣営に対し、『どちらが真の皇帝か、公正なる一騎打ちで決着をつけよう』と果し状を送ってきているのだ! これを無視してコソコソと絵を配るなど、殿下の名誉に関わる!」

 

 マジかよあのオッサン、どんだけ脳筋なんだ。

 いくらカタリナがスリ上がりで身のこなしが軽いとはいえ、屈強な大男とまともに剣で打ち合ったら普通に大怪我をする。絶対に避けなければならない。

 

「……なら、受けて立とうじゃないか。向こうの要求通り、両軍の代表による一騎打ちだ。ただし、戦場はこちらで指定させてもらう。そして、決闘の前に北部の陣営へ真の皇太子からの慈悲として、最高級の軍馬を一頭贈ってやれ」

 

 俺の言葉に、クリエムヒルトが眉をひそめた。

 

「敵に塩を送るような真似をしてどうする? まさか毒でも盛るつもりか?」

「いや、ただの馬じゃない。……閣下、いただいた寄付金の中から、少しばかり経費を使わせてもらいますよ。腕の立つ裏の顔役に頼んで、急ぎで探してきてほしいものがある」

「ふむ、何をご所望かな?」

 

 葉巻の煙を吐き出しながら、辺境伯が面白そうに目を細める。俺はとびきり悪い笑顔を浮かべて、意味不明な注文を口にした。

 

「元サーカス団の調教師と、彼が仕込んだ特別な馬。それから……人間には聞こえない音が出る犬笛を1つ」

「……は? 犬笛だと?」

「ヨーゼフ、貴様まさか神聖な武人の決闘をサーカスの見世物にするつもりか!?」

 

 大佐が呆れたように声を荒げるが、俺は取り合わない。

 

「武人の誇りなんてものは、本物の武人にだけ向けろ。殿下の名を騙る不届き者にくれてやる情けはない」

 

 上座のカタリナが、面白そうな玩具を見つけた子供のように身を乗り出してきた。

 

「ねえ、ボクの総司令官。ボクは一騎打ちの舞台で何をすればいいんだい? 剣の腕じゃ、大人の男には勝てないよ?」

「殿下はただ、マントを翻して悠然と立ち、敵に向かって剣を抜いて構えるだけでいいのです。あとの奇跡は、俺が観客席から起こしてやりますから」

 

 これで一滴の血も流さず、北部の雑魚をサクッと抹殺する。

 俺は怪訝な顔をする大佐たちを置き去りにして、早々に次の議題を取り上げた。

 

「……次は西部だ」

 

 俺は地図の左側、豊かな商業都市が密集するエリアを指した。

 

「自由都市コルベスの商人連合。こいつらの殿下はどうなっている?」

「はっ。報告によれば『見栄えが良く、平和と繁栄を説く弁舌に優れた輝くような青年』とのことだ」

 

 クリエムヒルトの真面目な報告に、俺は鼻で笑った。

 

「要するに、ツラの良い三文芝居の役者を金で雇っただけだ。商人どもにとって、皇太子は金を稼ぐための道具にすぎない。わざわざ血を流す戦争なんて真っ平ごめんだろうよ」

「では、どうするのだ? こちらも金を積んで役者を買い取るか?」

「放置でいい。連中が一番恐れるのはブランドの失墜だ。いずれやっこさんの方から、民衆に自分たちの偽物の正統性をアピールするために、何か派手なパフォーマンスを仕掛けてくるはずだ。……俺たちはその時を待って、盤面ごとひっくり返せばいい」

 

 相手が動くのを待つ。それまでは無駄な体力は使わない。

 俺は地図の南を睨みつけた。

 

「問題は……南部だ」

 

 南部を治めるのは帝国貴族の領袖、ミュンドゥング公爵だ。クリエムヒルトも辺境伯も、その名が持つ重みを嫌というほど理解している。

 

「公爵は、かつて殿下の剣術指南役を務めた男だ。そんな輩が担ぎ出してきた偽物……北部のオッサンや西部の役者とは格が違う。間違いなく、殿下の剣の型や幼少期の記憶を徹底的に調べ上げて仕込まれた精巧な贋作だぞ」

「……うむ。公爵が相手となれば、小細工は通じまい」

 

 腕を組み、クリエムヒルトが珍しく慎重な顔つきで唸った。

 

「ああ。真っ向から正統性を問われれば、厄介なことになる。だからこそ、やつらが動く前に先手を打つ。……俺は今日から3日間、司令官室に引きこもる」

 

 俺は二人に振り向き、重々しく告げた。

 

「最高級の紙と、帝国公文書の書式サンプル、それから帝都の役所が使っている隠語のリストを集めてこい。……公爵が『孤児を買い取って偽物に仕立て上げた』という決定的な証拠(・・・・・・)を、俺が探し出してやる」

 

 俺の言葉に、クリエムヒルトが感銘を受けたように目を輝かせた。

 

「おお! 公爵の陰謀を暴く証拠を総司令官自らが見つけ出すというのだな! 流石は殿下の腹心!」

 

 違うわ、バカ。クリエムヒルトの純粋な目が痛い。「一から偽造してやる」っていってんだよ。かつての底辺官吏としての、地味で陰湿な事務スキルの見せ所だ。

 俺の言葉の真意を正確に理解した辺境伯が呆れたように、そして心底愉快そうに口元を歪めた。

 

「これは恐れ入った……! 歴史ある南部の公爵の裏帳簿を、まさかこの部屋の中で見つけ出すおつもりか! くくくっ、ハーゲン殿、貴殿こそ真の悪党だ!」

 

 辺境伯の皮肉に、クリエムヒルトが怪訝な顔をするが俺は無視した。

 バレてはいけない。カタリナという少女の過去も、これから俺が作る書類が完全なでっちあげであることも。

 

「ボクのヨーゼフは世界一だからね。公爵の作った傀儡なんかに負けるはずがないよ」

 

 上座のカタリナが、我が事のように誇らしげに胸を張る。だが、俺の心境は最悪だった。

 

「……誰か、追加の胃薬を持ってきてくれ。それと眠気覚ましの濃いコーヒーもだ」

 

 こうして、前代未聞の「偽フリードリヒ決定戦」の方針が確定した。

 さようなら、俺の休暇。こんにちは、くそったれの仕事……。

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