ウマ娘作品は初ですが、今年のクラシック世代が非常に熱く大好きな為、どうしてもウマ娘になったらと妄想が抑えられませんでした。
実馬をモチーフとすることから、かなり解釈が難しい部分があり、批判もあるかもしれません。
まだ試しの1話となりますが、少しでも同じ想いの方に楽しんで頂けたらと思います。
よろしくお願いします。
『ウマ娘』
彼女たちは、走るために生まれてきた。
時に数奇で、時に輝かしい歴史を持つ
別世界の名前と共に生まれ。
その魂を受け継いで走る。
それが、彼女たちの運命。
この世界に生きるウマ娘の、
未来のレース結果は。
まだ、誰にも分からない。
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12月25日(日)
中山 芝2500m
【GⅠ】《有マ記念》
『"タイトルホルダー、好スタートからの先手。
今年を彩った各バのお目見えです、正面スタンド前スタンドの影が伸びる中に各バが入って参ります。
信じて行くタイトルホルダー先頭、後続2、3バ身リード。"』
暮れの中山。
スタンド揺るがす大歓声の中、16人の精鋭が"グランプリ"という名の晴れ舞台を駆け抜けていく。
「すごいすごーい!あの人先頭だよあんなに速いよ!お姉みたいだね!」
「ははっ、そうだね。あんなに上手くやれてたかは分からないけど、何だか懐かしい感じがするなぁ。」
そのレースを見守る群衆の中に、一際興奮した様子の小さなウマ娘がいた。
黒のような深い紺色の髪を揺らし、その茜に染まった瞳を弾けるように輝かせている少女。
勿論、幼い子ども一人で観戦しているわけではなかった。
レースを走るウマ娘たちとはしゃぐ少女、その両方を眩しげに見つめる深紅の瞳。
日を浴びて茶色にも思える黒髪のウマ娘は、現役時代よりも大人びた声音で、無邪気な少女の感想に答えた。
観客の中にはレースでなく、彼女を注視し驚愕している者もいるのだが。
もう慣れっこなのだろう、彼女は少しも気にすることなく、その視線を再びレースへと戻す。
「有マ記念、その年の総決算と言える国内最高峰のG1。それを経験の少ないクラシック級で制覇したウマ娘は、いずれも名ウマ娘として歴史に名を刻んでいる。」
「どうした急に。」
「今年は三人の若武者がこの大舞台に旗を掲げた。歴戦の猛者がひしめき合ってはいるが、俺はどうしてもその内の一人が別格に思えてならない。」
「一番人気だからな。」
ちょうど左隣で男性二人の会話を耳聡く聞いていた少女は、慌てて持っていたレーシングプログラムを捲る。
出走ウマ娘の欄を食い入るように見つめていると、黒髪のウマ娘が横から"9番"のバ番を指差した。
『"タイトルホルダーがまだリードをキープ。押していくディープボンド。
外からエフフォーリア。
..."イクイノックス"が一番外から上がってきた!"』
「...!」
第4コーナー終わり。
直線に差し掛かるその最後のカーブで、数人のウマ娘が先頭を捉えるようにしてスパートをかける。
その中で、他とは段違いの手応えで速度を上げるウマ娘が一人。
彼女の示した、9番だった。
『"イクイノックスが迫ってきた!
最後の直線迎えました!"』
「「いけぇーー!!!」」
「行け...行っちゃえ、クイちゃん...!」
最終直線に入ると、観客のボルテージは最高潮。
先程の男性たちは勿論、黒髪のウマ娘も拳を握り締めて声援を送る。
『"外に回ってボルドグフーシュが追い込んでくる!
イクイノックス先頭!
イクイノックス先頭!2番手エフフォーリア!
ボルドグフーシュが来ている!そしてジェラルディーナも追い込んできた!"』
「すご、い...っ」
割れんばかりの声援と熱狂を一身に受け、9番のウマ娘は自らのウィニングロードを突き進む。
『"しかし突き抜けた!!早めに突き抜けた!!
天才ウマ娘、中山でも強し!!
イクイノックスーーーーーー!!!
イクイノックス完勝!!
完璧なレースで現役最強を証明ーー!!!"』
「最強...。...すごい...カッコいい...!私もいつか、あの人みたいに...!!」
一瞬でありながら永遠。
何一つ並ぶもののない、"無双の閃光"。
その姿が、その音が、その輝きが。
少女の心に、一生消えない光を焼き付けた瞬間だった。
――――――――――――――――――――――
『ノルちゃんはどんなウマ娘になりたい?』
『私、最強になりたい!イクイノックスさんみたいに強くて、かっこよくて!王様みたいにすごい...王者!みんなの王者になりたい!!』
朝焼けの中、一迅の風となって練習場を駆ける一人のウマ娘。
艶のある紺色の髪を後ろ手に小さく結び、右耳には星が十字に伸びたような髪飾り。
身体には身分証明にも十分な程に有名な、赤と白のジャージを着ている。
朝日によく似た色の瞳は真っ直ぐ前を見据えているが、その心は今朝見た懐かしい夢を反芻し続けていた。
レース場で見つけたポスターの前。
"愛バってどういう意味?"と、当の本人に無邪気にも聞いてしまったこと。
照れながら答えてくれた彼女が、今度は自分に目指す夢を聞き返す。
そんな"始まり"を、今もまだ覚えている。
満たされた思いのまま、そのウマ娘はゴール板を通り過ぎた。
「...いいタイムです。お疲れ様でした、ノールちゃん。」
「いえ。朝からすみません、クロノ先輩。先輩に時計係なんてさせてしまって。」
ストップウォッチを確認する葦毛のウマ娘に会釈し、少女は渡されたタオルで汗を拭う。
「気にしないでください。私たちはチームなんですから。それに、指示をしたのはトレーナーさんですし。」
「はは、それもそうですね。」
葦毛のウマ娘、"クロノジェネシス"は今度は給水用のスポーツドリンクを手渡すと、ウィンクをしながら練習場入り口付近を指差した。
「何か問題でもあったかい?」
指した方向から歩いてくる、スーツ姿の男性。
身長は成人としては高くないが、日焼けした肌とおとなしい目にまとめられた髪は、健康的かつ誠実な印象を受ける。
二人の"トレーナー"である彼は担当ウマ娘に異常があったのではないかと、生真面目に心配した声を掛ける。
「いいえ、いつもの遠慮の塊が出ただけです。」
「遠慮というか、尊敬の表れと言いますか...。」
冗談だと笑って流す、このクロノジェネシスだが。
GⅠを4勝。しかもグランプリ三連覇を成し遂げた超一流のウマ娘である。
現役時よりも白くなった髪に違和感を覚える程過去のレース映像を見ている少女からすれば、走りを見て貰えるだけでとんでもない幸運なのだ。
「それがノールの距離感なんだよ。親しき仲にもってね。どうだい?調子は。」
「はい。トレーナーさんとクロノ先輩のおかげで、漸くウマ娘らしい走りになった気がします!」
「それは良かった。メイクデビューも快勝したし、これなら次も大丈夫そうだね。」
「GII、『東京スポーツ杯ジュニアステークス』ですね。」
タイムを確認しつつ気遣いを見せるトレーナーに、次の挑戦レースを口にするクロノ。二人の言葉に、少女は笑顔で頷きを返す。
「任せてください。あの人の勝ったこのレース...。勝者として名を刻むのは、私。"クロワデュノール"です!」
青鹿毛のウマ娘、クロワデュノール。
あの日の背中に夢を見た少女は、今やトゥインクルシリーズを駆ける一人前のウマ娘へと成長した。
彼女は今、夢の修練場。
『日本ウマ娘トレーニングセンター学園』。
通称、"トレセン学園"に在籍している。
――――――――――――――――――――――
「ただいま。」
もうすっかり住み慣れた栗東寮の自室。
明かりの付いていない部屋に挨拶し、今日の授業の教科書が鞄に入っているか確認する。
それでふと気になって、脇に置いてある姿見鏡を眺めてみた。
いい加減似合っていると思いたいトレセンの制服。
大丈夫、シワはない。
髪飾りも綺麗でピカピカ。
髪は...相変わらずふんわりするというか、真っ直ぐにはならないんだよね。
跳ねてるような、曲がってるような。
色は青鹿毛のわりにほとんど黒に見える。
流星も本当にうっすらで、耳を隠せば普通の人になれそう。
この頂点から生えてるアホ毛も暴れ者だ。
どうやってもピコピコしてる。
全体的に外跳ね気味の髪のせいか、両端を結んでるわけでもないのに年々"シルエットがお姉に似てきた"って言われる。
ずっとお姉ちゃんお姉ちゃんって慕ってたから、口から体が似てきてしまったんだろうか。
「まあ、妹気質なのは変わらないか...。」
このポニーテールは子どもの時から変わらない。
お姉に結んでもらって、それ以来気に入ってしまった。
確か、お姉がテイオー先輩の真似をしていたのがルーツだとか。
髪型を変えてもいいんだけど、これは私なりのお守りみたいなものだと思ってる。
いつかお姉みたいになれたら、ってね。
「よし。」
身嗜みのチェックも完了。
次は朝のルーチンワークをこなすとしよう。
私のベッド、その隣で繭になってしまっている
「ミューズ。いい加減起きないと朝食抜きどころか遅刻だよ。」
「むにゃむにゃ...もう食べられないぜ...Zz」
なんだそのベタ過ぎる寝言は。
食べる前から満腹とはコスパのいい奴だ。
やはりこれでは起きないかと諦め、チューニングの為軽く咳払い。
本当に叩き起こしてもいいけど、それはベッドが壊れてしまうし。
彼女を起こすにはこれが一番なのだ。
「早く起きてマイルの練習しなきゃだよ!マイルおねーちゃん!☆」
「オレはマイラーじゃねぇぇ!!!!」
よし、上手くいった。
朝から驚きの声量だな。
怒号と共に跳ね起きたのは、焦げ茶の髪にキリッとした眉が特徴のイケメンウマ娘。
私の同室、"ミュージアムマイル"は寝惚けを覚ますように頭を振り、続いて不思議そうに辺りを見回す。
「妹さんならいないよ。そんなに目覚めに効くなら、今度ボイスを録音させてもらったらどう?」
「てめぇクロワ!あいつのモノマネはすんなって言っといたはずだよなぁ!?」
「起きない君の為に仕方なくやっているだけだよ、マイルお姉ちゃん。」
「マイルって呼ぶな!あとお姉ちゃん言うな!!」
お姉ちゃんの方が後なんだ...。
難儀なコンプレックスを抱える友人を不憫に思いつつ、時計を確認。
そろそろ本当に余裕がないな。
「早く行かないと私まで朝食抜きだ。急いでよ、ミューズ。」
「へいへい。すみませんね
「...君は人にやられて嫌なことはするなという道徳を知らないのか?」
「その言葉、そっくりそのまま返すぜ。」
私の嫌そうな顔に多少溜飲が下がったらしい。
ごそごそと着替え始めた様子を見て、ついため息が出てしまった。
ウマ娘らしい勝負根性?を見せたこのミュージアムマイルは、私の同期でクラスメイト。
癖っ毛のくせに肩くらいの髪を上手く流してセットしているし、私服とかオシャレだし。
レースセンスもあって勉強だって出来る。
でも、一人で起きないし部屋ではだらしない面が目立つ。
オンオフの激しい奴だというのが、半年近く過ごしてきた彼女への印象だ。
「お待たせ。んじゃ飯行こうぜ。」
「洗顔や歯磨きはもう少ししっかりした方が...まあ、いいけど。」
10分程で支度を終えたミューズと一緒に、まずは食堂に向かって出発する。
手際がいいということなんだろうけど、やっぱりちゃちゃっ!とやってバシッ!と決まるのはズルいと思う。
「クロワ、次は東スポ杯なんだろ?」
「うん。ミューズはどのレースに?東スポ杯は人数的にも抽選はないだろうし、距離も君向きだと思ってたけど。」
「オレはまだ未勝利抜けたばかりだからな。ジュニアから焦る必要もないし、1勝クラスから順番にやってく。」
「そうか。堅実だね。」
「嫌味か?」
「いや、ミューズのいいところだなって。」
彼女は
オーバーワークもしないし、休む時はきっちり休む。
オンオフが激しいのはミューズのいいところでもある。
そうなった理由は"色々見てきたから"らしいけど、あまり深く聞いたことはなかったな。
「確か次は...黄菊賞だったか。」
「黄菊賞か。距離は...2000m。中距離だね。」
「...中距離で何か問題でも?」
「いや、マイルじゃないなと。」
「ケンカなら買うぞテメェ。」
この異常なまでの"マイルへの嫌悪"が印象的過ぎたのもある。
名前故に『将来は最強マイラーね!』とか。
『マイル王に君はなる!』とか。
それはもう散々いじられてきたらしい。
メイクデビューにマイルを選んだ辺り、本当にマイルレース自体が嫌いなわけではないみたいだが。
堅実な彼女にしては、どうも距離だけは中距離以上にこだわっている気がする。
「頼むから外では特にマイルマイル言うのやめてくれ。イラつく以上にいつどこから
「マーーイーールーーちゃーーんーーっっ!!!」
「げぇっ!?」
噂をすれば影。
"マイル"という言葉は最早召喚魔法にも等しい。
ミューズの危惧を察知したかのように、反対側からすごい勢いで迫ってくるウマ娘がいる。
私はもう、毎朝の光景過ぎて驚く気も起きないけど。
「マイルちゃんおはマイルっ!今日も絶好のマイル日和だね!マイルちゃんは朝のマイルールちゃんとこなせたかな?!」
「マジで、もう...勘弁してください...。」
「グラン先輩、おはマイルです。」
「クロワちゃんもおはマイル!仲良く一緒の登校はもう二人のマイルールだね!」
この短い会話の中で7回はマイルって言ったかな?
登場するだけでミューズをグロッキーにしたこの人は"グランアレグリア"先輩。
クロノ先輩の同期で短距離、マイル、中距離の三階級GⅠで結果を残したスゴい人だ。
別名"マイルの女王"。
三度の飯よりマイルが好きなウマ娘。
つまり、ミューズの天敵である。
「マイル、いいよね。最強だよね。ミュージアムマイルちゃん...。マイルの名を持つあなたこそ、真のマイル王者になる為生まれてきたウマ娘!あたしと一緒にマイル道の頂きを目指そうよ!マイルがあたしたちを待ってるよ!」
「あの...チームはもう決まってますし。それに次走は2000mなんで」
「大丈夫!2000mは1.25マイルだから、マイルちゃんのマイル道は何も間違ってないよ!」
「頼むから間違いであってくれ...。」
ちなみに短距離の根幹距離はグラン先輩風に言うと0.75マイル。
色々とツッコミたくて仕方ないが、この人適性外のはずの1.25マイル...じゃなくて。
2000mであのアイ先輩とコントレイル先輩に肉薄してるんだよね。
無茶苦茶理論を実力で正当化する辺り、やっぱりマイルは最強ということなのかもしれない。
...いや、やっぱり意味分かんないな。
「クロワちゃんは東スポ杯だっけ?ほぼマイルだね!応援してるよ!二人にはちょっぴり運命的な何かを感じるから!」
「ちょっぴりの絡み方かこれ...。」
私もちょっぴり運命的なら覚えがある。
ジェンティルドンナ先輩とか、オルフェーヴル先輩とか。
ディーナ先輩はそれよりちょっと強め、クロノ先輩は更に強めといった感じ。
何なんだろうね、この感覚。
何となくみんな勝負服の色合いが似てる気がするけど...。
「じゃああたし、まだ済ませてないマイルールがあるから!これで二人に挨拶するマイルールはクリア!今日もお互いがんばろうね!」
「は、はい。お疲れ様です。」
嵐のように過ぎ去っていくグラン先輩を見送ること。
これも最早私のマイルールなのかもしれない。
ミューズは...少し老けたかな?
短い時間で多大な精神的ダメージを負うと、ウマ娘はこうなる。
「急ぐよミューズ。」
今日二回目のお世話だ。
仕方なく食堂まで彼女を押して行こうとしたその時。
「クーーローーワーーデュノールぅぅーーっっ!!!!」
さっきとは別の方向から、より騒がしい嵐がやって来た。
「お、おはよう。シャイニングちゃん。」
「はいおはシャイニング☆ってちがーう!!わたしは布告を宣戦しにきたんだぞ!!」
「宣戦を布告しろよ...。」
「そうともゆー!!」
相変わらず声大きいな...。
グラデーションがかった明るい茶色の髪を、姫カット風に切り揃えたウマ娘。
流星がアホ毛になってて可愛らしい容姿はお人形さんみたいなんだけど、そんな風におとなしくないのは見れば分かるよね?
黄色に光る瞳はまさにシャイニング。
この娘は"サトノシャイニング"ちゃん。
あのサトノ家のウマ娘で、私の同期。
そしてクラスメイトだ。
「わたしも出るぞ東スポ杯!!」
「あ、そうなんだ。」
「そうなんだとはなんだ驚けおののけ泣きわめけ!最強のわたしに負けてしまう可哀想なクロワデュノールよ!!」
自信満々に胸を張られるけど、そんなに嫌な感じはしない。
サトノ家ってだけでちょっと安心するし。
出来ればもうちょっと仲良くしたいんだけど、どうも目の敵にされてる感じだ。
「せっかく用意した勝負服を涙で濡らす準備をしておくんだな!!」
「GIIは勝負服着ないだろ。」
「えっ!?そうなのぉっ!?」
小さい私を世話してたお姉たちの気持ちが分かる気がする。
憎まれ口も可愛いというか...心配が勝る。
「あ!いたよクラちゃん!」
「見つけたわよシャイニング!あなたまた寝坊したでしょう!」
「げぇっ!サトノシスターズ!?お説教やだぁぁーーっ!!」
「待ちなさーーい!!」
食事がまだなら一緒にと誘おうとしたのだけど、そのタイミングで今度は保護者役のお二人が登場した。
"サトノダイヤモンド"先輩に、"サトノクラウン"先輩だ。
二人を見た瞬間に脱兎の如く逃げ去るシャイニングちゃん。
クラウン先輩がスゴい脚で追い込んでるし、すぐに捕まってしまうだろう。
「はぁ...シャイちゃんったら。ごめんね二人とも。迷惑掛けてないかな?」
「いえ、オレは別に。」
「私も大丈夫だよ、ダイヤ姉。...じゃなくて。大丈夫です、ダイヤ先輩...///」
「ふふっ。呼び方なんて気にしなくていいのに。」
もうそんなに背も変わらないのに、わざわざ背伸びしてまで、ダイヤ姉は私の頭を優しく撫でる。
「どんなに大きくなったって、ノルちゃんは可愛い妹なんだから。私にとっても、キタちゃんにとってもね。」
「でも学園でこれは恥ずかしいよ...///」
「澄ましてても根は甘えん坊ってか?」
「うるさいな!///」
よりによって一番見られたくない奴に見られた。
これでしばらく力関係は逆転するだろう。
ダイヤ姉は優し過ぎて、私には毒なのだ。
恥ずかしいやら間に合わないやらで居ても立ってもいられず、私は顔を真っ赤にして一人で食堂へと駆け出す。
「あ、ちょ!?置いてくなよなー!?」
「静かに走るんだよー?!」
入学してから、朝は大体こんな感じ。
もう少し静かに過ごしたいと思うのは贅沢なのかな...。
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「菊花賞を制覇しその後GⅠを合計7勝したウマ娘と言えば」
「はい!キタサンブラックです!」
「キタサンブラックですね。」
トレセン学園。
学園の名が付く通り、平日の日中は教育機関としての側面が強い。
通常の科目に加えトゥインクルシリーズにまつわる座学もカリキュラムとして扱われていて、ウマ娘の功績に関わる歴史もその中の1つ。
「天皇賞秋を皮切りにG1を6連勝。ついにはロンジンワールドベストレースウマ娘ランキング1位に」
「イクイノックスです!」
「イクイノックスですね。」
自分の目標とするウマ娘が授業の題材になることもあり、生徒たちからは特に人気のある科目だ。
「去年秋華賞を勝利し史上7人目のトリプルティアラを戴冠したウマ娘は?...マスカレードボールさん。」
「...リバティアイランド、です。」
「リバティアイランドですね。」
ノールもまた、この授業をお気に入りとしている一人。
元から憧れが強いタイプではあったが、細かいレース史に興味を持ったのは先輩であるクロノジェネシスの影響が大きい。
「さん、びゃくっ...!」
「ノルマはこれで達成ですね。筋肉が固くならないよう、ストレッチは入念に。水分もしっかり摂ってください。」
「はい!」
午後の授業が終わると、トレセンはトレーニングセンターとしての顔を全面に現す。
レース場を模した芝生、ダートコースを始めとし。
最新の各種トレーニング用機材が揃うジムに、プール。
果てはリラクゼーションサービスまで。
一流のウマ娘を育て上げる場所として、このトレセン学園以上のモノはこの日本に存在しない。
「あの、クロノ先輩。よかったらまた聞かせてもらえませんか?」
「勿論です。今日はどの"英雄譚"にしましょうか。」
筋力トレーニングを終えたノールのリクエストに頷き、クロノは抱えていた分厚い手帳をパラパラと捲る。
やがて1つのページを見留め、慣れた口調で歴史を語り始める。
"彼女は、天才だった。"
"その才覚は同世代随一。
クラシック三冠制覇すら想像に難くない豪脚。"
"未だ成長途中でありながらメイクデビュー、GII東京スポーツ杯ジュニアステークスを連勝。"
"誰もが、彼女こそ世代の中心だと疑わなかった。"
"そして迎えた春。天才を待っていたのは、速さも強さも、そして運さえも示せぬ惜敗だった。"
"皐月賞、日本ダービーは2着。
両レース共に大外枠を引き、善戦はしても戴冠には至らなかった。"
"最後の一冠こそは。
そう願う彼女に立ちはだかった、長距離の壁。"
"彼女は、最も憧れた背中には辿り着けない。"
"天才が味わった、初めての挫折だった。"
"だが、彼女は進んだ。憧れとは違う道を。
自らしか往けない道を。"
"憧れになれずとも。願った星になれずとも。それがいつか、誰かの道を繋ぐと信じて。"
"選んだのは、古豪ひしめくGⅠ。
天皇賞・秋。
クラシック級での制覇は史上で数える程。"
"その苦難においても、彼女にはもう、迷いはなかった。
夏を越え成長した彼女の姿に可能性を見出だしたように、当日人気は一番。
世界を相手取る強者たちに、若き天才が牙を剥いた。"
"レースは後にサウジカップ初制覇を成し遂げるウマ娘、パンサラッサが3、4コーナー中間で後続に15バ身以上の差をつける大逃げのハイペース。"
"その波乱の中であっても、彼女は冷静に中団に控え、解放の時を待った。"
"そうして至った最終直線。
残り400mを切った地点で、外から猛烈な勢いで追い込んでくるウマ娘が一人。"
"未だ10バ身以上ある差を前に、誰もが最早届かないかと目を伏せる。"
"だが、彼女は違った。
二段目のスパートが炸裂し、無限に思えた差は一瞬にして縮まる。"
"ゴール板直前。
何者も競り合わせることなく、彼女は先頭を奪取。
1バ身の差をつけ、見事GⅠウマ娘の称号を勝ち取った。"
"秋の府中に、天才の咆哮が木霊する。"
"その天才の名は、イクイノックス。"
"この一戦を皮切りに、彼女はGⅠレースを6連勝。
かつて後塵を拝したライバルたちをも打ち倒し。
二度と敗北することはなかった。"
"その唯一無二の輝きを世界に認められ、名実共に最強となったイクイノックス。"
"後世にて、稀代の天才は人々からこう呼ばれることになる。"
"無双の閃光、と。"
「...コホン。今回は天皇賞秋をメインに綴ってみましたが、どうでし」
「~~~っ!!」
おしまいの合図として手帳を閉じるクロノ。
感想をもらおうとするが、聞き手のあまりの興奮具合に聞くまでもないと笑顔を溢す。
「さいっこーでした!!やっぱりイクイノックスさんカッコいい!クロノ先輩の語りも完璧で、私泣いてしまいました!!」
「それはよかったです。雑談ついでにと始めたウマ娘列伝でしたが、ここまで気に入って頂けるとこちらも真剣になってしまいますね。」
初めて語り聞かせた時はその変貌振りに心底驚いたと、クロノは懐古する。
クールだと思っていた彼女が大興奮で次を迫ってきて、トレーニングメニューそっちのけになってしまった思い出。
それ以来、ある程度区切りが付いたタイミングならとトレーナーから許しをもらい。
二人の間の定番トークとなっているのだった。
ちなみに最近は優秀なアドバイザー二人による添削まで入ってきているが、それはまた別の話である。
「さあ。休憩にもなったでしょうし、次は部室に移動してレースの作戦を」
「あ!ノルちゃんにクロノちゃん!トレーニングはもう終わり?」
トレーニングルームを離れようとする二人に、明るく快活な声が掛けられる。
制服姿で、身の丈を遥かに越える高さに積み上げられた段ボールを抱えるウマ娘。
黒髪のウマ娘は横からひょっこりと顔を出し、何ともないとばかりに笑ってみせる。
「おね、キタ先輩!?何ですかその荷物!?」
「入り口で配達員さんが困ってて。ちょうど人を捜してたから、ついでにと思って預かって来たんだ。」
「何で人捜しのついでに荷運びしてるんですか...というか危ないよ!手伝うからね!」
器用に跳躍と共に上の方の荷物を拐うノールだが、"淑女用鉄球"だとか"プリンセス鉄アレイ"だとか、見るからに重そうな荷物はまだそのウマ娘の腕にある。
「心配しなくても大丈夫なのに。まだまだ身体は丈夫そのもの!トレーニングも欠かしてないよ!」
「だからだよ!ドリームトロフィーだってあるんだから、万が一には気をつけて欲しいの!」
姉妹というより母親を心配する娘みたいだな、と微笑ましい感想を抱きつつ。
クロノは偉大な先人へ敬意を払って挨拶する。
「お助け大将のお務め、ご苦労様です。キタさん。」
"キタサンブラック"。
菊花賞を皮切りに、シニア期に天皇賞・春、ジャパンカップを勝利。
翌年大阪杯の初代覇者となると、天皇賞・春の連覇、秋には天皇賞春秋連覇を成し遂げ、有マ記念で見事な有終の美を飾った歴史的名ウマ娘。
クロワデュノールが姉と慕う彼女こそ、キタサンブラックその人なのである。
「手伝ってくれてありがとう!クロノちゃんも、いつもノルちゃんがお世話になっちゃって。」
「いえいえっ。大切な後輩ですから。私も、毎日楽しく過ごさせてもらっています。」
「そっか。クロノちゃんが一緒なら安心だね!頑張り屋さん過ぎるところがあるから、大変かもしれないけど。これからもうちのノルちゃんをよろしくお願いしますっ!」
「ふふっ、任されました。」
「それじゃお母さんみたいだよ...というか、頑張り過ぎるとかお姉に言われたくないし。」
荷物を運び終えると、まるで家庭訪問のような雰囲気に。
先生と親みたいな会話に尻尾を振り回して抗議するノールに対し、キタサンは頭を掻いて困った顔をする。
「じゃあ似ちゃったんだね。流石!あたしの妹分!」
「もう...昔から変わらないよね。」
「ノルちゃんもね。大きくなっても、髪を結ってあげた時から何も変わらない、あたしの可愛い妹なんだから。」
「っ...それ、今朝ダイヤ姉に言われたばっかりだよ...///」
「ありゃ?...ダイヤちゃんも含めて、似た者姉妹ってことかな!」
妹分と表現していたように、二人には本当の血縁関係はない。
ただ実家がご近所さんで、幼いノールを実の妹のように可愛がってくれていたのがキタサンだったのだ。
キタサンがまだ子どもで、ノールが赤ん坊の頃からの付き合い。
ノールが初めて見たレースも、実はキタサンの制した有マ記念だったりする。
甘えていた近所のお姉さんがとんでもなくすごいウマ娘であると知って、子どもながらに尊敬の眼差しを向けるようになったとか。
そういった経緯があって、ノールにとってキタサンは姉であり、家族であり。
尊敬する先輩で、目指すべき"憧れ"なのである。
「そういえば、人捜しの途中なんでしょ?大変なら私も手伝うけど。」
「ううん、人捜しならもう解決したよ!」
「え?」
「ノールちゃんを捜していたんですか?」
「当たり!クロノちゃんも一緒でちょうどよかった!」
「私を捜してたって...」
ならSNSで連絡すればいいのに。
と、出かかった言葉を飲み込む。
恐らく顔が見たかったとか、また親みたいな答えが返って来そうだったからだ。
「実は今夜、おドウちゃんの"秋天おめでとう会"をするんだって!シュヴァルちゃんが張り切っててね?スペさんとかも来るから、せっかくだし二人も来ない?」
「え、デュース先輩の!?私が行っていいの...?」
「もちろん!クロノちゃんもどうかな?」
「素敵な会にお誘いありがとうございます。ノールちゃんと一緒に参加させて頂きます。」
「やった!じゃあ決まりだね!」
現役最強ウマ娘と話せる機会なんてなかなかないと、ノールの耳と尻尾は大喜び。
澄ました顔はしているが、年長者二人からは丸見えである。
あわよくばイクイノックスの話も聞けるかもしれない。
そんな下心もありつつ、いつになく上機嫌で一日のトレーニングを終えるノールなのであった。
――――――――――――――――――――――
『続いて3番。札幌ジュニアステークス3着、ファイアンクランツです。』
「お、いい感じじゃないか?」
「メンバー唯一の重賞入着ウマ娘だし、名門クラブ出身なんだってよ。」
「安定感はあるよなぁ。」
府中レース場、パドック。
レース前のウマ娘の状態を観客たちがチェックするお披露目の場。
現在は本日のメインレースである11R、東京スポーツ杯ジュニアステークスの参加者たちがその舞台に立っている。
3番のウマ娘がパドックを終え、続いては4番。
前日人気投票で1位を獲得している、クロワデュノールの番になる。
『"堂々一番人気の登場です。前走メイクデビューは東京芝1800mのレコード勝ち。重賞初挑戦でその才覚を発揮するのか。4番、クロワデュノール!"』
カーテンが勢いよく開き、中からクロワデュノールが現れる。
ジャージを脱ぎ捨て胸を張る慣例に習う彼女を見て、一番人気に推した観客たちは期待の歓声をあげる。
...はずだった。
「あれ?なんか...」
「大きくなった...?」
「というか、
「ふとっ...」
観客のドストレートな物言いに思わず抗議しようとするノールだったが、サイズが若干合わなくなった体操着がギシリと音を立てたのを聞いて押し黙ってしまう。
額にはうっすらと冷や汗。
見物スペースで爆笑するミュージアムマイルを蹴り飛ばしたい衝動を抑えながら、どうしてこうなったのかを回想し始めた。
『し、失礼します...。』
『やあ、ノール。さっそく今日のメニューを...』
今から一週間前。
遠慮がちにチームの部室に入ってきたノールを見て、トレーナーは読んでいた本を思わず取り落とした。
端的に言うと、ノールの
絶句のち、コンプラ的にアウトなことでもあったのかと口にしそうになるトレーナー。
クロノがそれを視線で制し、部室は静寂に包まれる。
『その...デュース先輩のお祝い会があったと思うのですが...それ以来どうも、食欲が強くなってきまして...。』
『えっと...確かメンバーには』
『おドウちゃんにスペさん、シュヴァルさんと...最後には通りがかったオグリさんまで参加してましたね。』
『それお店潰れてないかな?物理的に。』
『放心状態の店主さんに、私とシオンさんで頭を下げ続けました...。』
名バ兼大食漢代表のウマ娘勢揃い。
シュヴァルグラン主催でドウデュース主役な打ち上げならそれなりにたくさん食べられる店を予約したはずだが、流石にレジェンドが過ぎる。
ノールが釣られるのは想像に難くない。
『まあ、見ていて食欲が湧いたのは否定出来ませんが...それ以上に、バ体の成長期と重なったんだと思います。脂肪だけではとても賄えないですから。前走比+』
『言わないでくださいっ!?///』
ジュニア期に体重が大幅に増加するのはウマ娘としてよくあること。
まさに成長期で間違いない。
体重が増えればそれだけ筋肉量も増え、レースは勿論厳しい練習にも耐えられるようになる。
『喜ばしいこと、ではあるのですが...。』
『タイミングが良くないね...。』
ノールは一週間後に重賞レースを控えた状態。
急な体重の増加は身体の動きを鈍らせるし、筋肉の定着が間に合わず重しになる可能性が高い。
今からでは調整も間に合わないだろう。
『...あくまでも一案としてだが。東スポ杯を回避して別のレースに切り換えることもできる。GIIは獲れるなら獲っておきたいが、本番は来年のクラシック三冠だ。今から焦る必要も』
『嫌です...!!』
『ノール...?』
無理はせず、確実にGⅠを獲る道を提案するトレーナー。
しかし、言い切るより先にノールがそれを否定する。
『東スポ杯は私の夢の一部なんです!あの人が勝ったこのレースで、私は私の夢に挑む資格が欲しい!戦って負けるなら仕方ない...でも怪我をしたわけでもないのに逃げることなんて出来ません!』
『ノールちゃん...。』
ノールのイクイノックスへの憧れはトレーナーたちも痛い程よく理解している。
次の目標レースとして真っ先に東スポ杯を上げたのはノール自身だった。
メイクデビューから半年近く。
その間、このレースに勝つ為の練習をしてきたのだ。
到底諦められるわけがない。
足が動くなら戦えるはず。
ワガママだと分かっていても、ノールには退けない想いがあった。
『...ノール、担当契約をした時のことを覚えているかい?』
『勿論です...。』
『俺は君が一番強いと信じてる。たとえどんなことがあろうと、最後に勝つのはクロワデュノールだ。』
『トレーナーさん...じゃあ...?』
『ああ。勝とう、東スポ杯。俺の信じるクロワデュノールなら、絶対に勝てる。』
『!...はいっ!』
調子が整わない状態での東スポ杯。
しかし、勝算なしに挑むことはあり得ない。
ノールは今一度トレーナーの言葉を胸に刻み、困惑する観客に一礼してパドックを去った。
「大丈夫そうだね、キタちゃん。」
「うん。心配なんてしてないよ、ダイヤちゃん。」
ノールは気付いていなかったが、キタサンたちもまた応援に駆け付けていた。
観客の不安視する声にも負けず、彼女は胸を張っていた。
状態など、本当に強いウマ娘には関係ない。
二人はそれを知っているのだ。
「心配ないだなんて羨ましいわね...私はあの子が勝負服を着てないかどうかすら不安」
『"続いて5番』
「みなのモノぉ!おはシャイニング~~!!☆」
「え...?」
5番のウマ娘を遮り、パドックから何かが文字通り飛び出して来る。
レース前から不安を的中させてしまったクラウンは、非常にげんなりした様子で視線をその何かに向ける。
「...ほっ。勝負服は着てないわね。」
「振り回されるのに慣れちゃってるよクラちゃん!?」
『"あれは9番のサトノシャイニングですね。順番はまだ先のはずですが、レース前にテンションが上がってしまったのでしょうか?"』
「わたしが最強のサトノシャイニングだ!!誰よりも輝くわたしこそ最強!最高!最光っ!!わたしの輝きの前にひれ伏せ愚民どもーー!!」
「なんだあの子、めっちゃ面白いな。」
「なんか可愛いよね。」
「でもレース前であれは大丈夫なのか?」
「いいじゃん元気で。俺は好き。」
意外にも受け入れられているようだが、サトノ家の心労は更に深まった。
珍しく慌てるダイヤと、深過ぎるため息を吐き萎むクラウン。
長い付き合いである二人の見たことのない姿に驚きながら、キタサンは何とか場を締めようとした。
「とにかく!レース楽しみだねっ!」
「おっ!?なんだお前ら離せっ!?はぁなぁせぇ~~っ!?!?☆」
――――――――――――――――――――――
府中 芝1800m
【GII】
《東京スポーツ杯ジュニアステークス》
『"枠入りは順調。9人という少人数にはなりましたが、参戦したウマ娘はいずれも粒揃いです。"』
『"そうですね。1番人気のクロワデュノールに期待したいですが、バ体の急成長で時計も出ていない状態でのレースとなります。"』
『"整わない状態でどこまでやれるのか。万全であってもそれを超えてくる程の天才が見つかるのか。注目ですね。"』
暗く狭いゲートの中で、クロワデュノールはただじっとスタートの時を待つ。
"作戦"は思い出す必要もない程に復習済。
だから考えるのは、心に焼き付いた憧れのことだけだった。
「緊張、したのかな...?」
あの天才も、今の自分と同じように不安だったのだろうか?
それとも、勝って当然とばかりに笑っていたのだろうか?
どちらだとしてもノールは構わない。
『"最後に9番、サトノシャイニングがゲートに収まります。"』
今、彼女は確かに憧れの背中を追っている。
届く、届かないは悩むことじゃない。
眺めるだけの傍観は終わった。
夢を駆ける権利は、もうこの脚にある。
走れ。ただ全力で。
「やってみなきゃ、何も始まらない...!」
『"枠入り完了。スタートしました!"』
ついに開け放たれるゲート。
各ウマ娘が一斉にスタートを切る。
『"ポンっと7番レッドキングリー。好スタート、好ダッシュ。連れて9番サトノシャイニングも上がっていきます。内から4番クロワデュノール"。』
一気に香る芝の匂いと地を蹴る衝撃、頬を打つ風。
二度目とはいえ慣れない感覚と言い知れぬ高揚感を抑えながら、ノールはトレーナーに託された作戦を実行に移す。
『いいかい?メンバーのほとんどがメイクデビュー上がりで経験が少ないウマ娘だ。つまり、抑えが効かずに飛ばしてしまう娘が必ずいるはず。』
「わっはっはっー!!最光はわたしだあぁーー!!」
トレーナーの予想通り、サトノシャイニングがレッドキングリーと競り合いながら先頭へ突っ込んでいく。
『君はその後ろ、2、3バ身は離して追走して欲しい。飛ばす娘が複数いた場合はその娘たちより後ろ。彼女たちより僅かでも体力を温存出来る位置がいい。』
「まずは...!」
指示の通り、飛ばす二人と間を空けて3、4番手に収まるノール。
『"人数の割には縦長となりました。先頭に立ったのは9番サトノシャイニング。2バ身のリード。7番レッドキングリーは控えます。その後三番手外は2番ジーティーマン、内は4番クロワデュノール並んでいる。"』
「トレーナーさんの言った通り...!」
前後に差がある縦長の隊列では距離が短い場合、後ろにいればいる程前に届くのが難しくなる。
前情報から今回豪脚の持ち主はいないと判断していたトレーナーは、逃げ馬に追従する先行策をノールに指示していた。
『"3コーナーカーブ。時速60kmを切るスローペースとなっています。"』
いくらメイクデビュー上がりとはいえ、テンションだけで大逃げをするようなウマ娘はいなかった。
サトノシャイニングの絶妙なセンスにより、レースはスロー気味に。
更に後方勢には厳しい展開となる。
『切れ味勝負にはならない。元から今回はするつもりもない。ノール、君が勝つ為に示すのは二つだ。1800mを逃げるウマ娘に追従し、差し切る"スタミナ"と。』
「諦めない、ド"根性"ぉぉッ...!!」
『"3、4コーナー中間。スーッと外からクロワデュノールが上がってきた!二番手に4番クロワデュノール!"』
最終コーナーですらないタイミングでのスパート。
これがトレーナーの秘策だった。
体重によってスピードが出ないのであれば、優れたスタミナと勝負根性による逃げ切りを狙えばいい。
2000m、2400mに近しい消耗だとしても、耐え切ってしまえばいいだけ。
奇しくも憧れの片割れである、キタサンブラックに似た作戦だった。
『"先頭はまだサトノシャイニング!各バ一団で最終直線を迎えます!"』
「ハァァァァーーッッ!!」
「まぁけぇるかああぁぁーー!!」
レースはそのまま最終直線へ。
一団となっていたバ群から三人が突出していく。
『"先頭は依然サトノシャイニングまだ逃げている!そして外から4番クロワデュノール!襲いかかってくる!"』
レッドキングリーが冷静さを欠き遅れを取る中、ポテンシャルで未だ先頭を譲らないサトノシャイニングと外から競りかかるクロワデュノールの一騎討ちが始まった。
「私はっ...勝ちたい...ッ!!」
残り200mを切る地点。
蹴り足に力が漲りノールは一気に加速。
ついにシャイニングを抜かし先頭へ躍り出るが。
「わたしの方がかちたいんだぁぁぁー!!」
この土壇場でシャイニングが再加速。
先頭を譲らない根性を見せる。
「まだまだあぁぁぁぁッ!!」
「ぐぬぬぬぬーーっ!!」
『"先頭は僅かに4番クロワデュノール!メイクデビューを好タイムで勝ったウマ娘!"』
しかし、根性なら負けないとばかりに今度こそノールが先頭を奪取。
息をも吐かせない競り合いを続けながら、その差はついに明確なものとなった。
「いけぇぇ!!ノルちゃぁぁん!!」
「ッ!!」
『"サトノシャイニング二番手!クロワデュノール今1着でゴーーールっ!!クロワデュノール出世街道まっしぐら!!メイクデビューレコードは伊達じゃなぁぁい!!"』
ゴール板を駆け抜けた瞬間。
本当の意味で、夢の始まりを見た気がした。
「よし...!」
「やりましたね、ノールさん!」
「ま、こんくらいはな。」
「ノルちゃんやったぁ!!祭りだワッショーイ!!」
「喜んでも落ち込んでも角が立っちゃうよ...。」
「今は喜んでいいんじゃない?シャイニングもよく頑張ったわ。」
一気に湧く歓声が自分を称えるモノだと気付き、ノールは漸く勝利の実感を得る。
荒く息を吐き出しながら、吸って。
また吐いて。
呼吸を落ち着かせ、更に大きく息を吸った。
「私が!クロワデュノールですっ!!」
自らが立っている場所を、いつか見た光景に重ねて。
憧れがそうしたように、割れんばかりの声援に向かって、手を振り返した。
"夜空に輝く星のように、道標となったウマ娘たちがいた。"
"時にぶつかり、重なって。
光の道は交差し、やがて星座となった。"
"憧れを抱き、憧れへと至る物語。"
"これは未来へ夢を繋いだ彼女たちによる、
希望の英雄譚である。"
「クロワ、デュノール...。」
そしてここにまだ、輝く時を待つ星がひとつ。
大歓声を浴びるノールを、真っ直ぐに見つめる深く青い瞳。
彼女が"仮面"を脱ぎ捨てるのは、もう少し先の話となる。
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クロワデュノールのヒミツ①
英会話が得意。
次回
第2話『ジュニアチャンピオン』
いかがだったでしょうか?
実馬を独自にウマ娘化した為粗が目立つかもしれませんが、少しでも気に入って頂けたら嬉しいです。
ちょっとでも感想頂けるとありがたく思います。
読了ありがとうございました!
↓クロワデュノールイメージ画像
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