『"大外回したが届かないかソールオリエンス!"』
『"ソールオリエンスは伸びて来ないっ!"』
また、負けちゃった。
有マから3戦続けて、着外。
ダービーも菊花賞も、みんなの期待に応えられなくて。
今はもう、誰も期待してくれなくなっちゃった。
「っ...」
もう、ダメなのかな?
キタちゃんせんぱいみたいには、なれないのかな...?
「っ...っ...」
ポロポロと勝手に溢れる涙も、もう何回目だろう。
そうやって泣いているだけの自分が嫌い。
でも、どうしようもないの。
私が一番、よく分かっているから。
私には、もう...。
『アタシだよ。ソール、ちょいといいかい?』
「!」
急に聞こえたノック音に驚いて、慌てて顔についた涙を拭う。
声の主は見なくても分かる。
この美浦寮のウマ娘なら、全員が知っている人だ。
鼻をすすり精一杯取り繕って、部屋のドアを急いで開く。
「遅くにわるっ...アンタ、大丈夫かい?」
「へ、へいきですよ!どうしたんですか?ヒシアマさん。」
私の顔を心配そうに覗き込む"ヒシアマゾン"さん。
寮長であるヒシアマさんがわざわざ訪ねて来るなんて、どんな用事だろう?
普通に振る舞おうとする私に合わせてくれたのか、ヒシアマさんは一呼吸置いて用件を話し始めた。
「今度また新入生が入るだろ?部屋割りの都合にはなるんだけどね、アンタの部屋にも入れていいかって話さ。」
「新入生、ですか...?」
私のベッドの隣にある、手付かずの机やベッドに視線を動かす。
トレセン学園の寮は二人一部屋が基本。
私みたいに一人部屋になることはあるものの、大体が新入生や編入生が入る用の予備扱い。
なので、使っているスペースは入学してからずっと一人分にしてある。
「もちろん、大歓迎ですよ!」
「よかった。まあ、アンタならそう言うと思ってたけどね。」
実はずっとタスティちゃんとレッちゃんが羨ましかったから、二人部屋になるのは結構嬉しかったり。
楽しみだなぁ。
どんな子なんだろ?
「でも、同い年の子じゃなくて大丈夫ですか?歳上だと接し辛いとか...」
「あぁ、まあ...。実は、ちょいと人見知りするタイプみたいでね。むしろ同期じゃトラブルになりそうで。」
「そんなにですか?」
「アタシが思うに、この寮の中じゃソールが一番適任なんだよ。クセがなくて穏やかで、面倒見もいいときた。」
「えへへ。照れちゃいますよ。」
「多少苦労はすると思うけど、頼まれてくれるかい?」
考えれば考える程気が滅入る中、他のことに気を取られるのはむしろいいかもしれない。
その子がどんな子なのかも気になる。
打算的でも、私の答えはすぐに決まった。
「はいっ。私に任せてください!」
今思えば、それが私の"分岐点"だったのかもしれない。
「よいっしょ。よいしょっ。」
翌日、私のスペースを含めた部屋の掃除を始めた。
埃は積もってないか、床に汚れが付いてないか。
匂いは変じゃないかとか、飾っている物の中に嫌われるような物はないかとか。
細かいところにまで気を配って、まだ見ぬ同室ちゃんを思い時間が過ぎる。
嫌なことを考えず、楽しい想像だけを重ねて。
久しぶりに幸せな時間だったと思う。
そうして、ついに念願の同室ちゃんがやって来る日になった。
『......ぁ...ぁの...』
「んん...?」
一際眠くなる休日のお昼過ぎ。
今、扉の方から何かを小突く音がした気がする。
それに、すごく小さな誰かの声も聞こえたかもしれない。
もしかしてと思って、試しにドアノブに手を掛ける。
「ぴっ!?」
「ぴ...?」
出てきた私に合わせるように、すごい速さでドアの影に隠れる誰か。
鳴き声のあるウマ娘は初めて見たなぁ~とほんわかしながら、ゆっくりとその子に近付いていく。
「はじめまして。あなたが、今日来る同室ちゃんですか?」
「っ...は、はぃ...ぁの...。...?」
真っ黒な長い髪、中心には白く目立つ流星。
不安そうにこちらを覗き込む瞳が、私を見た瞬間。
「そ、ソールオリエンスさん...っ!?」
「え...うん。知ってくれてるの?」
「も、もちろんです!皐月賞、すごかった、ですっ!」
無邪気なその称賛が、酷く心に突き刺さる気がして。
「ありがとう。でも...最近は全然ダメだから...。」
「そんなこと、ないです!あの末脚は、真似しようとして出来るものじゃありません!きっとまた勝てます!アタシ、ずっと信じてますっ!」
その偽りのない言葉に、どうしようもなく
「......優しいんだね、あなた。」
「い、いえ...偉そうなこと、言ってしまいました...///」
「...お名前を聞いてもいい?」
「あ...マスカレードボール、ですっ。」
「マスカレードボールちゃん...じゃあ、"ぼうるちゃん"だね!」
「!...ぼうる...」
これが私とぼうるちゃんの出会い。
私に未来をくれた、大好きで、大切な。
たった一人の可愛い後輩との出会いだった。
「これからよろしくね、ぼうるちゃん!」
――――――――――――――――――――
『ッ...!』
身体が、上手く動かない。
直前の雨でぐちゃぐちゃのバ場は、日本の重馬場とは比べ物にならない程走りにくい。
その不快感に集中力を削がれて、気付けば私はまだ序盤にも関わらず先頭に立ってしまっていた。
ただでさえ不利な大外枠から、スローペースの関係ない先頭という位置取り。
体力の消耗は計り知れない。
『それなら、お姉みたいにっ...!』
諦めるわけにはいかない。
こうなったらと覚悟を決めて、お姉の逃げ切り勝ちを思い出してイメージを固める。
やってみせる。
不本意な展開に、不本意な戦い方。
それでも、私は。
『終わりね、クロワデュノール。』
気持ちとは裏腹に、身体から力がどんどん抜けていく。
スピードが落ちて、呼吸が乱れて。
競っていたウマ娘たちがどんどん私を追い越していった。
夢であって欲しいと思った。
でも、現実だった。
遥か先で、ダリズさんが先頭でゴールするのが見えて。
視界が傾いて、そのまま闇へと落ちてしまう。
「ぅっ!?」
毎回ここで、目が覚める。
あまりに鮮明な夢、というより"記憶"。
額に浮かんだ脂汗を拭って、大きくため息を吐く。
「おい、大丈夫か?」
「ミューズ...早起きなんて珍しいね...。」
「お前が寝坊してんだよ...。大丈夫かよ、マジで。」
言われて時計を確認すれば、いつもより1時間も遅れた時刻が表示されていた。
授業やら食事は間に合うが、しようと思っていた軽い朝練は諦めるしかない。
「ごめん...ちょっと、シャワー浴びてくるね。」
「ああ...。」
心配するミューズの言葉に答えられず、逃げるようにしてシャワー室に向かう。
"凱旋門賞"から、二週間程が経過した。
前哨戦を勝って浮かれていた私を待っていたのは、"14着惨敗"という到底褒められない結果だった。
このシャワーだけでも思い出してしまう。
あの雨と、それによる極悪のバ場。
皐月賞とは比べ物にならない絶望感。
あれはもう、
そう思わざるを得なかった。
「ちょっとはスッキリしたか?」
「うん...ごめんね、帰って来てからこんなんで...。」
シャワーから戻ると、部屋にはまだミューズが待っていてくれた。
フランス遠征以降、基本的に朝は毎日こういう感じだ。
同室がこれでは気が滅入ってしまうだろうに、ミューズはずっと私を慮ってくれている。
「気にすんなって言っても無理だろうけどよ。あのレースはどうしようもなかった。お前が弱いわけじゃない、日本のウマ娘にはキツい展開と条件だった。」
「うん...分かってるんだけど…。」
「凱旋門賞だから、勝たなくちゃいけなかったわけじゃない。勝たなくちゃいけないのはどのレースも同じだ。つまり、これから先も期待に応えられない機会はたくさんある。一々この世の終わりみたいな顔すんな。
大切なのは今と未来だろ。無理矢理にでも振り切れ。オレの知ってるお前なら、出来んだろ。」
「ミューズ...。」
真剣なその言葉と想いは間違いなく正しいと、頭では分かっている。
でも、心がついていかない。
...いや、違う。
ミューズが言っていたのはそういうことだ。
負ける度にやる気を失うなんて、それこそトゥインクル・シリーズを走る資格がない。
辛くても、失望しても。
すぐに次を見て進んで行くべきだ。
これ以上、うじうじするのは止めよう。
「...食堂行こう。なんか、お腹空いちゃった!」
「...だな。オレも今日は、朝からガッツリの気分だわ。」
無理矢理だけど、それがきっと大事なんだ。
笑顔を作って声を張る。
制服に着替え、戻って来た日常の通りにミューズと並んで食堂へ向かった。
「そういえば、セントライト記念おめでとう。今度は負けなかったね。」
「今更だなマジで。...まあ、これでも皐月賞ウマ娘だからな。」
「そうそう。叩きだからって負けてもらっちゃ困るよ。」
「恨み節と受け取っていいな?」
ミューズは私がフランスに行っている間に、秋戦線の叩きとしてGII"セントライト記念"に出走。
ダントツの一番人気で勝利していた。
「いよいよ秋天だね。」
「おう。勝ってGⅠ二つ目。
すぐに追いついてやるよ、お前に。」
「はは...クラシックで勝ったら、ホントにイクイノックスさんみたいだね。」
皐月賞、ダービー2着惜敗からの、覚醒の天皇賞(秋)。
憧れたあの人の、"最強"の始まり。
自分のライバルが似たような道を往くかもしれない。
自ら
「...マスカレードさんは、調子どうなんだろ?」
「相変わらず無愛想だが、まあ悪くないんじゃないか?アイツはぶっつけでも動けるしな。」
天皇賞(秋)に挑むのはミューズだけじゃない。
ダービーの後、お姉から聞いた話を思い出す。
最後の猛追の時、マスカレードさんの雰囲気が知っているウマ娘に
一人は彼女が憧れているドゥラメンテさん。
そして、もう一人は。
「...人の心配してる場合かよ。」
「何さ?急に冷たい...。」
「ダチとして言うぞ?お前も、オレも。もう
「っ...それくらい分かってるって。」
密かに仲良くなりたいソール先輩や、そういえば話したことがないデサイル先輩。
すごいすごいと喜んで見ていたレースの勝者たちが、今や対等なライバルなのだ。
クラシック世代とはいえ、最早その扱いは無いに等しい。
対シニアウマ娘となる緊張感を、私はまだ知らない。
「だから、秋天は
「...うん。ありがとう、ミューズ。ちゃんと応援は行くから、安心して?」
「分かってんのかそれ...。」
ミューズが私を心配してくれてるのはよく分かった。
確かに私は次走も決まってないし、このまま観客気分でいてはいけない。
"当事者意識は必要だ"ということを、私の親友は教えてくれてるんだ。
「というか、結局今年は走んのか?」
「うーん。走れる状態に持っていけるなら、やっぱり有マ記念かな。」
「ほーん。んじゃ、有マで白黒着けるか。」
「2500m走れるの?」
「感覚的には。というか、中山は結構走りやすくてよ。」
「なんかレイラ先輩みたいだね、それ。」
「おうよ。有マを勝てば流石にグラン先輩もだな、」
「あ。」
「あ?」
油断大敵。言霊は決してバカには出来ない。
最近めっきり出番が減ったからといって忘れてはならないのだ。
土煙を上げてこちらに向かって来る1つの影。
あれは何だ!?ダチョウか!?チーターか!?真っ赤なスーパーカーか!?
答えは簡単。
「マーーイーールーーちゃーんーっっ!!!」
「げぇっマイル女王ー!?」
やって来たのは我らがマイル女王、グランアレグリア先輩。
久しぶりのご登場ながら相変わらずの元気ハツラツかつマイラーである。
「グラン先輩、おはマイルです。」
「クロワちゃんおはマイル!聞いたよマイルちゃん!今回は1.25マイルで行くんだね!?」
「秋天です、秋天って言ってください。」
「いつもの1マイル感覚で行くと最後は誤魔化し切れなくなるから気をつけてね!我ながらいけると思ったんだけどなぁ~...。」
「それで三冠相手に勝ちかけるとか何なんだこの人...こわぁ...。」
こうしてグラン先輩に絡まれるミューズを見ていると、自分が日本に帰って来たことを強く実感出来る。
これがマイルールの効果なのかもしれない。
大丈夫、大丈夫。
また次、頑張ればいいだけだ。
密かに二人に感謝しつつ、グラン先輩からの秋天こぼれ話に耳を傾ける。
非常に感覚寄りではあるが、何だか勉強になった気がする。
やっぱりマイルは最強だなぁと、徐々に感化されてしまう私なのであった。
――――――――――――――――――――
「フッ...!」
「まだまだっ...!」
トレセン学園芝コースで併走する、二人のウマ娘。
外を走り先行するソールオリエンスを、内からマスカレードボールが追走する形。
互いに譲らず、追い抜きかけたかと思えば離し、離したかと思えば追い付く。
互角の速度と気迫を以て、二人は同時にゴール板を通過した。
「ハァっ...ハァっ...お疲れさま、ぼうるちゃん。」
「ふぅっ...お疲れ様です、ソールさん。」
トレーナーから渡されたボトルとタオルを受け取り、一息吐く二人。
互いにピークを合わせた全力のトレーニングを同時に行うのは、実はこれが初めてである。
というのも、今秋ついに二人は同じレースに
東京芝2000mのGⅠ、"天皇賞(秋)"。
ソールにとっては憧れのキタサンが制したレースであり、マスカレードは最も得意な舞台設定でのGⅠとなる。
「ぼうるちゃん、また速くなったね!」
「抜かしたかったけど、出来ませんでした。やっぱり、ソールさんはすごいです。」
そう話すマスカレードの表情には、僅かな悔しさが滲んでいた。
春よりも更に逞しくなったその姿を嬉しく思いながら、
「...大丈夫?ぼうるちゃん。無理、してない?」
「大丈夫です。このくらいで疲れてられませんから。...焦ってないかと言われると、微妙ですけど。」
直近でトレーニング量を増やすことをトレーナーに進言したマスカレード。
その理由は先日行われた、クラシック最終戦"菊花賞"にあった。
マスカレードが選ばなかったそのレースを勝利したのは、"エネルジコ"という名のウマ娘。
マスカレードと同じスクール出身の、
適性ではないと言われた荒れバ場の長距離戦を、持てる才覚と努力で捩じ伏せたその強さ。
レース後、
「菊花賞の、エネちゃんの走り...あれは"壊れても構わない、絶対に勝つ"っていう決意が篭っていました...。それだけの覚悟で、彼女は最強を証明しようとしたんです。」
「でも、怪我したら結局は」
「分かっています。でも...そうまでして、彼女はドゥラメンテさんたちに連なろうとした。負けたくないんです。ワガママでも、アタシが一番でいたいんです...。」
「ぼうるちゃん...。」
以前バブルガムフェローに指摘された、ドゥラメンテたち共通の弱点。
壊れることも厭わないリミッターを是とはしないものの、それでも負けたくないという気持ちを素直に話すマスカレード。
その感情はソールにもよく分かる。
故に、それ以上掛ける言葉が見つからなくなってしまった。
「...それに、ソールさんと初めて一緒に走れるレースですから。全力を、尽くしたいんです。」
「っ...」
一緒のレースに出ることが出来て嬉しいと笑うマスカレードを見て、一瞬表情を曇らせるソール。
しかしすぐに笑い返すと、その頭を優しく撫でてガッツポーズをとってみせた。
「負けないよ?」
「はいっ。アタシも、負けませんっ。」
「生意気なこーはいちゃんめ~!」
「ははっ!くく、くすぐったいですよ~!」
笑顔でじゃれ合う二人。
しかしマスカレードは気付かなかった。
彼女たちのトレーナーが、今にも泣き出しそうな表情でその様子を見守っていることに。
――――――――――――――――――――
「...っ...そーるさん...?」
まだ日も出ていない早朝。
前日の疲労を考え今日は朝練をしない予定のマスカレードだったが、ふと目が覚めてしまった。
寝惚け眼に映る隣のベッドには、寝付きがいいはずのソールの姿がない。
いつもならスヤスヤと寝息を立てているはずなのだが。
朝練にしても早い時間。
もし狙ってこのタイミングでトレーニングをしているのだとしたら、それはまるで
「...そんなわけないか。」
きっと、起こしたくないからと気を遣ってくれたんだ。
自分みたいに偶々目が覚めて、走りたくなったのかもしれない。
それならと、マスカレードは起き上がり寝間着のまま部屋を出た。
秋と言えど早朝はかなり冷え込む。
帰って来た時に喜んでもらえるよう、ホットミルクでも用意しておこう。
なかなかない"恩返し"のチャンスに、ワクワクとした気持ちを抑えられないマスカレード。
小走りでキッチンへと向かおうとした時だった。
「今は平気か?」
「あはは...ごめんね、タスティちゃん。」
「!...?」
廊下の先、ロビーの方から誰かの話し声が聞こえる。
まだ姿は見えないが、誰なのかは声と互いの呼び名で分かる。
大きくなる胸騒ぎに突き動かされ、ゆっくりとその声の方に近付いていく。
「水を持って来る。それから医務室に連絡して」
「大丈夫だから、本当に。」
「そんなわけがないだろう!私が分からないと思うのか!?」
「っ...タスティちゃん...」
物陰から覗き込むと、僅かに月明かりに照らされた二人の姿が見えた。
一人は予想通り、探していたソールだ。
ジャージ姿でソファーに腰掛けている。
もう一人もまた知っている人物。
凛々しい緑の瞳に、特徴的なサイドテール。
音符の付いた耳飾りは何度もレース映像で目にしていた。
ソールの同期にして、世代の頂点であるダービーウマ娘。
"タスティエーラ"で間違いなかった。
声を荒げる姿はマスカレードの知る冷静な彼女とは正反対で、酷く等身大に見えていた。
「ごめんね。でも、私は...」
「そんな状態でレースなど無理だ!今は回避してしっかりと休養を」
「それはダメっ!」
「ソール...!」
何なんだ、この会話は。
どうして二人ともこんなに必死に、感情を爆発させて言い合っているのか。
"そんな状態?" "大丈夫?"
何でそういう言葉が出てくる?
それでは、まるで。
まるで...。
頭が導き出す答えを必死に心が否定しようとする。
しかし、現実はそんなマスカレードの気持ちなど慮ったりはしてくれない。
「
「!...そう、か......そうだったか...。」
"最後"とは何を指すのか。
タスティにとって、それは最早意味を聞くまでもない、忌々しくも身近な言葉となっていた。
ソールの胸中を察し、返す言葉を失う。
しかし、
「どういう、意味ですか...?」
「っ!?...ぼうるちゃん...どうして...?」
「最後って...ど、どういう意味、ですか...?」
「ぼうるちゃん、私...その...」
「違い、ますよね...?
「......」
「違うって...違うって言ってくださいよソールさんっ...!!」
絶対に当たって欲しくない予想。
それを否定して欲しくてマスカレードはソールに縋り付くが、いくら待っても望んだ答えは返って来ない。
それが何よりの肯定であると分かっていても、マスカレードは声を出さずにはいられなかった。
「ソールさん...!ねぇソールさんっ!?」
「...落ち着け、マスカレード。」
「タスティさんはいいんですか!?だって、だって...!!」
「分かっている...!私だって問い質したいに決まっている!だが...だがな...!
「っ!?...っ...でも...でもぉ...!」
マスカレードをソールから引き離すタスティだが、その顔もまた苦悩と悔しさで満ちていた。
未だ俯いたままのソールと心を納得させられないマスカレードを見て、深呼吸。
タスティは当事者から傍観者へ、自身の立ち位置を変える決意をした。
「...ソール、部屋に戻って彼女に説明しろ。」
「それは...」
「大切な後輩なんだろう?お前の、自慢の。ならちゃんと伝えるんだ。」
「...うん。分かった。」
「マスカレード。辛くても、まずは聞いてやってくれ。君がソールを大切に思ってくれているのなら。」
「っ......はぃ...」
二人の場所で、二人の時間で話せばいい。
友人として詳細を知りたい気持ちを抑え、
ぎこちなく部屋に戻っていくその背中を見送る。
言い知れぬ喪失感を呑み込もうとして、タスティエーラは深いため息を吐き出した。
「やはり慣れることはないな...これは。」
――――――――――――――――――――
「ぼうるちゃんに負けないように、朝練しようとしたんだけどね。寮の前で、倒れちゃって。タスティちゃんには迷惑掛けちゃったなぁ~...。」
「......どこか、悪いんですか...?」
部屋に戻って数分。
無言の時間が続き、漸くソールが口を開いた。
"倒れた"というワードにまた動揺しそうになるマスカレードだったが、気遣ってくれたタスティのことを思い話を聞くことに専念する。
「...クラシックの、有マ記念の辺りからかな。背中にね、
「違和、感...?」
「分かりやすい怪我ではないけど...走りにくいくらいの痛みはある、かな。」
「じゃあ...今までずっと、そのままレースを...?」
「...うん。」
「っ!な、何で休まなかったんですか!?そんなの走っていいわけないじゃないですか!?」
「だって、
「い、嫌ってそんな...!?」
身体に異常があれば医者に罹り必要に応じて休養を取るのが常識。
アスリートのウマ娘であれば尚のこと。
下手すれば命にも関わる事項だ、トレーナーが止めないわけがない。
きっと今まで誰にも気付かれないように振る舞っていたのだろう。
それだけの苦行をただ"嫌だったから"で済ますのかと、マスカレードは怒りすら滲ませて声を上げようとする。
「これからって時だったから。ダービーも、菊花賞も勝てなくて。それでも、シニアも頑張ろうって。"私もキタちゃんせんぱいみたいになれる"って...信じたかった。」
「っ...それでもっ...!」
「うん。現実はそんなに甘くなかったね。」
「違いますよ...!怪我さえなければきっと勝てますっ!なのに、何でっ...?」
誰かに憧れ必死に夢を掴もうとする気持ちは、マスカレードには痛い程よく分かる。
自身がドゥラメンテに憧れるのと同じ、いやそれ以上にソールのキタサンへの想いは強い。
でもだからこそ、何故治療に専念しなかったのかと問い詰めてしまう。
例え一年や二年休むことになっても、きっとソールなら返り咲けるとマスカレードは思う。
あの皐月賞で感じた力は、それ程に鮮烈なモノだったから。
そんな彼女の気持ちが嬉しいのか、ソールは少し微笑んで"それにね?"と言葉を続ける。
「ワガママだなぁって、自分でも呆れちゃうんだけど。...離れたく、なかったんだ。」
「え...?」
「
ぼうるちゃんと。」
「!...アタシの、せい...」
「私のワガママだって言ったでしょ?私は私の夢と、ぼうるちゃんの側にいることを天秤に掛けて...一緒がいいなぁって、そう思っただけだよ。」
そんなのは、ダメだ。
最初の理由だけならまだいい。
でも、それは許してはいけないことだ。
ソールの夢は、"キタサンブラックのようなスターになる"という夢は、そんな理由で決して無下にしていいモノではない。
罪悪感なんて言葉では片付けられない感情を抑え切れず、マスカレードは子どものように叫んでしまう。
「アタシなんかっ...アタシなんかほっといてくださいよっ!?あなたの夢は軽くなんかないのにっ...!本当のソールさんは強くて、すごくてっ!休めば、きっと...!だからっ!」
「ごめんね、ぼうるちゃん。」
溢れる涙で顔をぐちゃぐちゃにするマスカレードを、優しくソールが抱き締める。
いつも慰めてくれるのと同じ、母親のような温かさ。
でも、違う。
今間違ってるのはソールさんの方だ。
こんなの、絶対に認めちゃいけない。
そう思っているはずなのに、マスカレードはソールを拒絶することが出来なかった。
自分を抱き締める彼女の表情が、どこまでも穏やかであることに気付いたから。
「あなたが思っている以上に、私はぼうるちゃんが大好きなの。だから、もういいの。あなたになら、託せるから。」
「ぅっ...なんでっ...どうしてっ...アタシなんか...何も出来てない、弱いだけのウマ娘なのにっ...特別なんかじゃ、ないのにっ...!」
期待に応えられず、ちっとも最強じゃない。
そんな自分を、どうしてそこまで大切に思ってくれるのか。
どうして、夢を託せるとまで言ってくれるのか。
心の底に未だ眠っていた劣等感をも吐き出しながら、マスカレードは問い掛け続ける。
「ぼうるちゃんはね。私の夢なんだよ?」
「あたしが、ゆめ...?」
そんなマスカレードにソールが語るのは、打ち明けたことのない胸の内。
小さくとも確かな希望への、
「心も身体もボロボロで、どうしたらいいか分からなくて...。
そんな時に、あなたが私の前に現れたの。
嬉しかったなぁ...ダメダメな私を、キラキラした瞳で見てくれた。
私が...私がキタサンせんぱいに憧れた時のこと、思い出しちゃうくらいだった。」
「そん、なのっ...当たり前ですよっ...」
「"この子の目には、まだ私は輝いて見えてるんだな。"って。そう思ったら、力が出てきて。救われたんだよ、あなたに。」
"私もいつか、あの人みたいに!"
そう願ったいつかの自分と、同じ瞳が自分を見つめている以上。
ソールオリエンスは諦めてはならない。
どれだけ辛くて、苦しくても。
最後までその背中を見せなくてはいけないと、奮い立つ想いがあった。
たったそれだけのことでも、彼女にとっては何よりの"救い"だったのだ。
「宝塚記念、惜しかったでしょ?あれだって、"ぼうるちゃんが見ててくれてる!"って思ったから、痛くても頑張れたの。」
「ちがっ...ちがい、ますっ...それはソールさんが、すごいからっ...!」
「ずっと助けられてたのは、私の方。
あなたはね。
きっと神さまが私にくれた、
"おくりもの"だったんだよ。」
「そんなのアタシの方がっ...!」
抱いていた腕を離し、真っ直ぐにマスカレードを見つめるソール。
僅かに離れたその距離を、もう縮める気はないと言うように。
胸の前で震える拳を握り締め、もう一方の手でそれを膝元へ下ろす。
いつの間にか溢れていた涙を拭い鼻を啜るが、その表情はずっと微笑んだまま。
「でも...もう、大丈夫っ。あなたは、本当に強くなった。一人でも、きっと走っていける。」
「いや、ですっ...!ずっと!ずっと一緒にいてくださいっ!!ソールさんがいなかったらあたしっ...アタシはっ...!!」
「...自信を...自分を、信じてあげて?
あなたがあなたであるだけで、それが何より特別なの。
ぼうるちゃんだから、私は全部託せるの。
あなたが、
「う、うぅっ...!!」
その言葉に、その優しさに。
何度救われたことだろう。
ずっと伝えてくれていたはずの想いに、どうしてここまで気付かなかったのだろう。
"あなたはすごい"という称賛と励ましに、彼女がどれ程の願いを注いでくれていたのか。
今になって分かった自分が情けなくて。
でも、嬉しくて。
大好きな先輩が、自分を強いと言ってくれる。
それだけで、どうしてこんなにも自分を信じたくなるのだろうか。
「だからね...?」
「うぅっ...うぅぅっ...!!」
「勝って、ぼうるちゃんっ...最後に、一番近くで...!あなたが勝つところが見たいよっ...!」
「っ!...っ...ぃっ...は、いっっ...!!」
ボヤける視界でも尚輝く、朝日のような笑顔。
その日没を最早止めることは出来ないと悟り、涙を拭うこともせずマスカレードは頷き続ける。
これ程までに勝ちたいと願ったことはない。
夢よりも、誇りよりも。
ただソールの願いを叶えたい。
彼女の夢を背負える自分になれたと、最後に確かに証明したい。
不安も焦燥も関係ない。
ただ勝利を、最愛の先達に手向けたい。
そんな一途な覚悟が、まさに今一人のウマ娘を変えた。
覚醒の夜明けは、涙と共に。
惜別の時は刻一刻と迫っていた。
――――――――――――――――――――
そして、その時は瞬く間にやって来た。
夏が終わり、再び熱きレースの舞台となった府中レース場。
秋の乾いた風が吹き荒ぶ中、11月のターフに14人のウマ娘たちが集結する。
「......。」
ダービーの時も通った地下バ道。
必勝を誓い、破れて。
涙ながらに新たな誓いを立てた場所。
今日からは。今日だけは。
絶対に負けられない。
例え相手が誰であろうと、この脚で全て捩じ伏せてみせる。
未だかつてない闘志を漲らせ、マスカレードは静かに戦場へと歩を進める。
「よっ。やっと来たな。」
「...何か用?」
道の途中で待っていたのは、同じくクラシック世代の身でこのレースに挑むミューズだった。
無視してもどうせついて来るのだろうと諦め、素直に言葉を交わす。
ミューズはマスカレードをじっと見つめると、その表情を一際真剣なものに変化させた。
「久しぶりのレースだから心配してたんだが...オレがバカだったよ。お前、
マスカレードの変わり身、今纏っている圧力はこれまでと比べ物にならない。
本能的に感じる力に身震いする心地でも、ミューズは目を反らすことはしない。
「...今日だけは、絶対に負けられない。あなたにも...誰にも。」
「...全力で受けて立つ。勝つのは、オレだ。」
静かに、しかし熱くぶつかる視線。
並々ならぬ決意を感じ取りながら、それでも勝利を譲る気はない。
これ以上言葉は不要と押し黙り、二人は並んでターフへとまた一歩踏み出していく。
「あれが今のクラシック世代か...。」
二人の更に後方。
緑の勝負服はタスティエーラだ。
後輩とは思えないそのオーラに感じ入るところがあったのか、自身の手を開いては閉じて、精神を落ち着かせようとしている。
「よしっ...がんばるぞっ!」
「...随分嬉しそうだな、ソール。」
タスティとは反対に、笑顔で弾むような足取りで進むのはソールオリエンス。
これがラストランだというのに、落ち込んだ様子はまったく見せていない。
幾度となく競ったライバルの姿を不思議に思い、タスティは思わず声を掛ける。
「だって今日は、ぼうるちゃんが勝つ日なんだからっ!」
ハツラツとした迷いのない返答。
彼女が本当にターフを去るという現実を、嫌でも理解出来てしまった答えだった。
「...もう、
「タスティちゃん?」
「...お前も、リバティも。そうやって終わりを受け入れてしまう。ずっと走っていたかったというのは、私のワガママなんだろうか...。」
夢を賭け激しく競い合ったライバルたち。
それが立て続けに引退を決め、目の前から去っていく。
いずれも志半ば。
何故こうも現実は残酷なのかと嘆かずにはいられなかった。
そんなライバルの気持ちを察し、ソールはタスティの手を握り微笑みかける。
「終わりじゃないよ。夢はね、ちゃんと繋がっていくから。私はそう、信じてる。」
「...そうか。託したんだな、お前の全部を。」
「...うんっ。」
諦めたというわけじゃない。
ただ、託しただけだとソールは語る。
ライバルの選択を尊重し、納得して。
"それでも"と覚悟を決め、タスティはその手を強く握り返す。
「私はまだ、私の脚で私の夢を駆けていたい。例え限界だとしても...最後まで諦めずに戦い続ける。お前の後輩に、
「ぁ...」
「私は、お前たちと競ったダービーウマ娘だからな。」
そう胸を張るタスティの姿は、あの何より悔しかったダービーの時と変わっていなくて。
握っていた手は自然に離れ、拳にギリギリと力が漲る。
今日この時まで忘れていた感覚。
自身の内に眠っていたこの感情を呼び覚ましてくれた最高のライバルに感謝して、ソールはその瞳に僅かな炎を灯した。
「うん...私も、負けない。タスティちゃんだから、勝ちたい。勝ちたいよ、あなたに。」
拳を合わせ、皐月賞ウマ娘とダービーウマ娘はそれぞれの歩幅で晴れ舞台へと向かう。
泣いても笑っても、これが最後。
最高のライバルとの競演を惜しみながら、それでもその脚は止まらない。
宿命に終止符を打つ決戦の舞台。
緑のターフが、ついに彼女たちの眼前に姿を現した。
――――――――――――――――――――
東京 芝2000m 良
【GⅠ】
《天皇賞(秋)》
『"秋シニア三冠初戦、天皇賞(秋)。実力者揃う東京で1番人気に推されたのは若きクラシックウマ娘、マスカレードボールです。以前もクラシックながら絶大な期待を背負い、最強への道を歩んだウマ娘がおりました。同じ黒い髪を靡かせ、彼女もまた覇の道を往くのか。"』
本バ場入場を終えた出走ウマ娘たち。
観客の視線は当然のように1番人気であるマスカレードに注がれた。
東京で重賞勝ちをしていて、ダービーを外枠から惜敗。
"世界最強"と謳われる、かのウマ娘に不思議と重なる符号は、否応でも期待を高めてしまっていた。
「イクイノックス、さん...。」
「ノルちゃんも感じた?マスカレードちゃんのあの雰囲気は...やっぱり」
「...何の話?マスカレードさんは、マスカレードさんだよ。」
「ノルちゃん...?」
その群衆の中に、クロワデュノールやキタサンブラックたちの姿もあった。
トレーナーとクロノを伴って来たノールはミューズの応援をするはずが、今やマスカレードに釘付けとなっている。
キタサンは以前感じた所感を語ろうとするが、どういうわけかノールはそれを聞く気がないようだ。
妹の異変に気付きながらいまいち踏み込むことも出来ず、困ったキタサンは隣のサトノクラウンに視線を送る。
「エイラ...。」
「心配なの?」
「ベストパフォーマンスではないわね。それでも、私は信じるわ。」
「そっか...私も、応援しないと。」
「ソールはなかなか良さそうだったじゃない。"ベストターンドアウト"も取って、復活に期待出来るわ。」
「そう、なんだけど。」
懸念点は他にもある。
タスティの状態を冷静に分析しながら、それでも勝利を信じるクラウン。
それに対しキタサンは、可愛い後輩であるソールに言い知れぬ胸騒ぎを覚えていた。
「なぁに?そっちこそ心配なの?」
「あれは、何て言うか...覚悟してる顔に思えたから。」
「覚悟って...」
「
「...勘違い、だと思いたいわね。」
「ソールちゃん...。」
自身に憧れ、トゥインクル・シリーズを走ってきた後輩たちの迎える区切り。
自分の時とはまったく違う悔しさと寂しさを抱えて、先達二人はかつて死闘を繰り広げた舞台に想いを馳せる。
「宝塚記念を勝利し勢いに乗る"メイショウタバル"さん。この秋3戦で引退を発表している古豪"ジャスティンパレス"さん。同世代の皐月賞、ダービーウマ娘であるソールオリエンスさんにタスティエーラさん。その他のメンバーも磐石で、クラシック世代トップクラスの二人がどこまで戦えるのか。そのまま世代間の物差しに出来る一戦ですよ。」
一方で、観察者として純粋にレースを楽しみにしている者もいた。
ターフに集った実力者たちにカメラを向け、興奮した様子でパシャリと1枚。
クロノは所感を述べながら、嬉しそうに撮影した写真をチェックしている。
そんな相変わらずな彼女の様子に笑いながら、心に染み付いた"失敗"の余韻を無視して。
トレーナーは今から始まるレースを糧にしようと気合いを入れ直す。
「よし。次に繋げる為にも、しっかり見て研究しよう。帰ったら映像で再確認だな、ノール。」
「......。」
「ノール?」
「え?あ、すみません...見てます、大丈夫です。」
努めて明るく話し掛けたのだが、ノールはやはり心ここにあらずの様子。
彼女の視線が未だずっとマスカレードを捉えていることに気付き、トレーナーの中にも不安が芽吹く。
話を聞こうとした彼の声は、レース開始のファンファーレに掻き消されてしまった。
『"開幕のファンファーレを終え、続々とウマ娘たちがゲートインしていきます。"』
レース開始時間を迎え、それぞれの想いを背負ったウマ娘たちが順調に枠入りを完了させていく。
しかしその中で、あるウマ娘だけがゲート前で立ち止まってしまった。
『"おっとマスカレードボール、ゲート入りを嫌がっているようです。"』
1番人気のトラブルにざわつく観客たち。
係員がマスカレードに入るよう話し掛けるが、彼女は一向にその場から動こうとはしない。
「始まったら、それで最後だ...。」
自分がゲートに収まり、レースが始まってしまったら。
自分とソールの、最初で最後のレースが終わってしまう。
ソールが、いなくなってしまう。
トゥインクル・シリーズを引退し、治療に専念するなら無理に学園で生活する必要はない。
ずっと一緒だったのに、もう別れるしかないなんて。
必ず勝つと誓ったことも本心なら、離れたくない気持ちも本物。
土壇場で迷いが生まれ、あと1歩が踏み出せない。
「......ソールさん...。」
そんな彼女の瞳に、最後のレースに臨むソールの姿が映った。
真剣に、ただゲートの先のターフを見つめている。
そこには一切の悲観も後悔もない。
目の前のレースを全力で走るという、彼女のウマ娘としての矜持が見て取れた。
「...分かりました。」
その姿を見ただけで、マスカレードは迷いを断ち切る。
自分がどうとか、そんなのは今考えることではないから。
ソールがこのレースを望み、自分の勝利を願うと言うなら。
自分はただ、その願いを叶えるだけ。
彼女に捧げる、手向けとなる勝利。
それだけに集中し、漸くマスカレードは7番の枠に収まった。
待たされていたウマ娘たちも平静を保ち、残りの者も素早くゲートへ自らを収めていく。
『"全バ枠入り完了。さあ、秋の盾を獲りに!"』
幾度もドラマを生んできたこの秋の府中で、今年も切なくも熱い一戦が誕生しようとしていた。
飛躍、証明、復活、有終。
それぞれの負けられない想いを握り締め。
『"天皇賞、いざスタートです!"』
その火蓋は今、切って落とされるのだった。
――――――――――――――――――――
『"揃ったスタートになりました。さあ、何が行く。2コーナーに向かっての先行争いは、やはりメイショウタバルが行くか。"』
外から一気に先頭を奪取したのは、青とピンクの勝負服を着たメイショウタバル。
宝塚以来となるレースでも、得意の逃げでレース展開を掴み取りに行った。
二番手には8番のホウオウビスケッツ。
東京芝2000mはスタート地点から最初のコーナーまで130mしかない為、内外の優劣が着きやすい傾向にある。
運良く中枠になったマスカレードはスムーズにスタートを切り、中段真ん中辺りに位置取ることが出来た。
ミューズは後方から4番手辺り。
第1コーナーで決まった隊列のまま、ウマ娘たちは第2コーナーも回って過ぎていく。
『"紅葉が始まった向こう正面。さあ、ここを先頭で駆け抜けていくのはメイショウタバルです。二番手ホウオウビスケッツ。ちょっと抑えて抑えてコスモキュランダ。外からは10番のエコロヴァルツです。その後ろに3番のジャスティンパレス。引退まであと3つ。"』
周りを見れば、いずれもGⅠで戦い続ける歴戦の猛者ばかり。
悲願を望むのは皆同じ。
普通なら萎縮してしまうウマ娘が多い中、マスカレードたちは冷静に現在のポジションをキープする。
『"外からクイーンズウォーク。その前にいるのがダービーウマ娘タスティエーラ。その後ろ、7番のマスカレードボールはここです。バ群のちょうど中団あたり。同門ソールオリエンスが内にいます。"』
「っ...」
動向が気になるタスティエーラの背中を見つつ走っていると、いつの間にかすぐ隣にはソールの姿があった。
ここ最近では最後方追走が多かったはずだが、今日は中段差しの位置。
事情を知っているマスカレードからすると、僅かにだがその走りには既に疲労が見える気がした。
辛いのだろうか、痛いのだろうか。
考えるだけで胸が苦しくとも、もう止まるわけにはいかない。
ソールもまた、マスカレードには目もくれず前方のウマ娘たちを観察していた。
諦めてなどいない。
以前までは応援するしなかった、戦うソールオリエンスの覇気を目の当たりにして。
マスカレードもまた甘えようとする自分に渇を入れる。
『"外からはミュージアムマイル、今年の皐月賞ウマ娘。そして間にセイウンハーデス、久しぶりのGⅠです。それから2番のアーバンシック。そして後方二番手にブレイディベーグ。最後方からシランケド末脚勝負です。"』
GⅠウマ娘たちの視線を背中に受けながら、冷静に仕掛け所を見極めるミューズ。
皐月賞とダービーで培った感覚を活かし、するするとマスカレードたちの外まで位置を押し上げる。
長い向こう正面の直線も終わり、バ群は第3コーナーに差し掛かる。
『"まもなく1000mを迎えます。大きな逃げにはなりませんでしたメイショウタバル。さあ、1000m通過は62秒!スローペースに落とし込んだ!"』
「言われた通り...ゆっくり、です...!」
余力を残すドスローのペースで逃げるタバル。
その体内時計は非常に正確な物だったが、今回はあまりに
ここまで遅いとなれば、通常のスロー展開とは違い全員に余力があり過ぎてしまう。
最後方が不利なのは確かだが、こうなると中段に位置取ったウマ娘たちの実力勝負に。
先頭にいた分消耗したタバルを、番手にいたウマ娘たちが早速追い抜こうと競りかかってくる。
迫るホウオウビスケッツにエコロヴァルツ、内からコスモキュランダ。
3、4コーナー中間地点を通過して、タバルのリードはもうほとんどなくなってしまう。
『"さあ、マスカレードボールも前を見ながらまだバ群の中団あたり。4コーナーから、直線コースの攻防に入ってくる。西日に向かって、秋の盾に向かって!先頭メイショウタバルか!ここから早めにタスティエーラ!"』
「今度こそ、決めてみせるっ...!!」
「ぐぅっ...!!」
4コーナーを回り、勝負は東京の長い最終直線へ。
先頭で身を削りながら、それでも持ち前のスタミナで耐えるメイショウタバル。
それを外から捉えに行ったのがタスティエーラだった。
去年の天皇賞(秋)では先輩ダービーウマ娘の後塵を拝したが、彼女もまた府中で勝利したダービーウマ娘。
再びこの思い出の舞台で勝鬨を上げようと、早くも勝負に出たのだった。
『'残り400!早めにタスティエーラが先頭に変わった!タスティエーラ先頭、残り300mほど!二番手は内メイショウタバル!"』
逃げ粘ろうとするタバルを追い抜き、先頭に躍り出るタスティ。
ソールも最内の絶好ポジションからスパートをかける。
一斉に勝負に出るウマ娘たち。
マスカレードもまた、離れてしまったタスティを捉えるべく脚に力を込めるが。
「ぁ...!?」
しかし、見えてしまった。
視界の端、内ラチの近く。
他のウマ娘に蓋をされ、速度を上げられず。
痛みが限界を超えて、苦悶の表情で減速してしまう、ソールの姿が。
大好きな先輩が、本当に"終わり"を迎える瞬間を、マスカレードは視認してしまった。
『私もね、キタちゃんせんぱいみたいなみんなのスターになりたいの!』
『いつか一緒に走ろうね!二人ですごいレースをして、たくさんの人たちを笑顔にしよう!』
「ぁ...あぁっ...!」
マスカレードの脳裏に浮かぶ、ソールの優しく温かな笑顔。
それはいつも、彼女の夢と共にあった。
その夢が、今まさに潰えてしまう。
何でだ、何でなんだ。
どうしてソールさんなんだ。
どうしてあんなに優しい人が、こんなに辛い思いをしなくちゃいけないんだ。
神様がいるなら、私じゃなくてソールさんを。
あの人こそ勝たせて欲しい。
お願いだから、ソールさんの笑顔をまた見せて。
こんなの、嫌だ。
頑張って、頑張ってソールさん...!
そう心で叫んでも、現実は何も変わってはくれない。
仮面に隠してはいられない、ソールへの愛情で視界は曇り。
脚は最早前に出ていかない。
覚悟も誓いも忘れかけた、その瞬間。
「いけっ...行って...!いけえぇぇぇー!!マスカレードボールぅぅぅーーーっっ!!!」
「ッ...!!」
耳に届いたのは、今まで聞いたことのないくらい大きく必死で。
何よりも心に響く、ソールからの、魂のエールだった。
追い越していく視界の隅。
汗で濡れ痛みに歪めた表情を変え、いつものように微笑むソール。
声にならず口だけで"がんばれ"と言ったのを最後に、いよいよ彼女の姿すら見えなくなった。
振り返ることは許されない。
本当の意味で、マスカレードは託された。
最後の最後まで、自身よりちっぽけな自分を気に掛けて。
ソールオリエンスのトゥインクル・シリーズは、今終わったのだ。
"何が助けられたのは私の方だ。"
"そうやってずっと、いつもいつもアタシを助けて、癒してくれて。"
"まだまだいっぱい、お返ししたいことがたくさんあったのに。"
"一人で勝手に満足なんてしないでくださいよ。"
"優しいのに頑固で、穏やかなのに意地っ張りで。"
"本当に、本当にソールさんは...っ"
"だから...そんなあなただから...私はっ"
「大好きですっ...ソールさぁぁぁんっっ!!!」
『"外からはマスカレードボール!さらにその外からクイーンズウォーク!先頭はここでマスカレードボールだ!"』
「くぅっ...!?」
沸き上がる力。
マスカレードの心には、最早しがらみも劣等感もありはしない。
あるのはただ、ソールオリエンスというウマ娘がくれた思い出だけ。
その全てが燃料となり、彼女の脚は過去を超える豪脚となった。
ぐんぐんと位置を上げ、ついに先頭のタスティエーラを捉える。
『"マスカレードボール先頭!マスカレードボール先頭!"』
「負ける、わけには...っ!」
「アタシがっ!!勝ぁぁぁつっっ!!!!」
前回は屈したダービーウマ娘の背中。
それを力強く抜き去り、目の前には緑のターフだけが広がる。
隣には、誰もいない。
それでも、マスカレードは止まらない。
最強を証明する為。
大切な人の夢と願いを背負い、また笑い合う為に。
どこまでも加速し続けていく。
「これがこいつの...!?」
『後ろからミュージアムマイルが突っ込んでくる!"』
ミューズもジワジワと速度を上げ詰め寄るが、マスカレードの影すら踏むことが出来ない。
『"しかし、勝ったのはマスカレードボールぅぅ!!"』
ゴール板を真っ先に駆け抜けたのは、
マスカレードボール。
秋の府中に、最強を継ぐ寵児の叫びが木霊する。
傷つきながらも進み続けた少女は、二度に渡る惜別すら糧にして。
ついにその才覚を、大輪の花として咲かせたのであった。
『"クラシック世代やりました!皐月とダービーの無念を晴らし、秋の盾を制したのはマスカレードボール!!東京巧者ここに極まれり!!"』
――――――――――――――――――――
『ありがとう、ございましたっ...!!』
ウイニングライブの楽曲、
"NEXT FRONTIER"を歌い終えるウマ娘たち。
マスカレードはセンターで、観客の大歓声と美しいペンライトの海に包まれる。
その様子を舞台袖で眺めているソールの顔は、溢れる程の幸福に満ちていた。
「ホントは、一緒に立っていたかったけど...。」
ソールの着順は最下位の14着。
バックダンサーとして出演することは出来たが、体の状態から辞退した。
だが、それでいいのだ。
マスカレードがああしてセンターを飾る姿を、彼女はずっと夢に見てきた。
これで漸く、世間もマスカレードのスゴさが分かっただろう。
もう彼女が自身を無くし、悪夢に苛まれてしまうこともない。
「一人でも、あなたは大丈夫。
おめでとう、ぼうるちゃんっ。」
そう一言残し、去ってしまおうとするソール。
その腕を、後ろから誰かの手が掴んだ。
「待ちなさい、ソール。」
「と、トレーナーさん!?びっくりしたぁ...。」
「どこに行くの?」
「...私、もう帰ろうかと。今会ったら私...また泣いちゃいますから。」
ソールを止めたのは、彼女とマスカレードの担当トレーナーだった。
キリリと光るメガネと青い瞳は、女性でありながら凛々しい印象を受ける。
困ったように笑うソールの言葉を聞いても、トレーナーは彼女の手を離そうとしない。
「なら、泣けばいいじゃない。」
「え?」
「後は頼んだわよ。」
「はい。お任せください。」
「タスティちゃん!?いつからそこにっ」
物でも渡すように手を動かされ、握った先にはタスティエーラがいた。
さっきまでステージにいたはずだが、いつの間に戻っていたのだろう。
わけが分からないと慌てるソールに、"静かに"というジェスチャーをして。
舞台の方を見るように促した。
『あのっ...どうか、一つだけ。アタシの
ウイニングライブも済みそのまま終演となるはずが、主演から出たのは終わりの挨拶ではなく予想外の"お願い"であった。
観客は驚きつつも、レスポンスでそのワガママとは何かを問い返す。
『実は、今日...アタシの大切な人が、トゥインクル・シリーズを引退してしまいます。』
マスカレードの言葉に騒然とする観客たち。
その物言いだけで、会場に集まるコアなウマ娘ファンは誰を指しているのかを察してしまう。
『アタシが今日勝てたのも、ここまで走って来られたのも。全部その人のおかげなんです。だから...だからどうか!
深く頭を下げるマスカレード。
彼女の誠意ある懇願は、当然観客たちの心を打ち。
会場全体が今一度大歓声を上げた。
「じゃ、上手くやれよ?」
「ぁ...ありがとう。」
「悔いのないようにね?」
「ありがとう、ございますっ。」
会場の了承を得られたことを確認し、先ほどまでウイニングライブを一緒にしていたミューズとジャスティンパレスが袖に下がっていく。
「さ、行くぞ。」
「ぇ...でもっ」
「でもじゃない。あの子が、お前を待っているんだ。」
「っ...」
入れ替わるように、タスティがソールをエスコートして舞台の中心に上がらせる。
勝負服のままの彼女は、レースでの疲労から歩くことも辛そうに見えた。
その姿は、説明しなくとも引退するのがソールであると観客に知らしめる。
中には涙を流し崩れ落ちる者もいた。
ソール自身は気付いていなかったが、今も尚彼女の復活を信じるファンは確かにいたのだ。
「ぼうるちゃん...これは...?」
タスティはマスカレードの前にソールを連れてくると、何も言わず一礼して再び袖に戻っていった。
広い舞台に二人きりとなり、困惑した様子でソールはマスカレードにその真意を尋ねる。
『ごめんなさい。急に、びっくりしましたよね?引退の話も、勝手にしちゃって。』
「ふふっ。トレーナーさんがいいって言ったんでしょ?なら、しょうがないかな。」
いつものように会話する二人。
当たり前なそのやり取りが、少しだけ緊張を解してくれた気がした。
『...ソールさんは、言ってくれましたよね?アタシは、あなたの夢なんだって。』
「...うん。そうだよ。」
『だったら...
「え...?」
『アタシだって、ソールさんだから憧れてるんです。優しくて、強くて。あなたはダメなんかじゃない。だからそれを、帰って来て証明してください。』
「...ぼうるちゃん、私は」
『諦めないでくださいっ!!』
会場に響くマスカレードの叫び。
それが駄々だとしても、彼女はもう譲る気はなかった。
託されたのも分かる。
気持ちにも区切りを付けたのだろう。
だが、そんなのは知らない。
そちらの願いを叶えて勝ったのだから、これくらいのワガママを言う権利はあるはずだ。
『また、走れますっ!アタシも...みんなも、待ってますからっ...!』
「ソーールーー!!」
「っ...?」
「帰って来てよソーールーー!!」
「このままさよならなんて嫌だよーー!!」
「あ...」
マスカレードに重ねて、会場のファンたちが口々にソールへの想いを言葉にする。
今日だって、彼女を応援する為に来たファンがいる。
別のウマ娘のファンであっても、皐月賞のあの末脚を忘れた者など一人もいない。
至るところから溢れる声は、全てソールの引退を惜しむモノだった。
マスカレードは彼女をこの場に連れ出すことで、彼女が既に誰かの"スター"であると伝えたかったのだ。
「っ...私...みんなにもう、期待されてないって...っ」
『そんなの、悪い夢です。みんな、ソールさんが大好きなんですよ?』
「っ...ぅっ...」
涙を流し顔を隠す彼女に、会場からまた温かな声援が送られる。
ワガママの1つを叶えたマスカレードは、本当に自分の為だけのワガママを実行する為、最後の準備に取り掛かる。
『...本当に、本当にあなたにはずっと助けられて来ました。
苦しくて、辛くて。
そんな時、あなたがいたからアタシは救われました。
だから今日、その感謝だけでも。
アタシに伝えさせてください。』
「ぼうる、ちゃんっ...!」
『大好きなアタシの、最高の先輩へ。
今までの全部を込めて歌います。
聴いてください。"ギフト"。』
その曲名を聞き、会場のペンライトが一斉に淡い暖色へと変わる。
キラキラと輝く光の海は、全て舞台に立つ二人の為に。
観客の後押しを受けて、マスカレードは今までの思い出一つ一つを歌に乗せていく。
『忘れられない 君がくれたもの 優しさが 希望が アタシを導いてくれた♪』
初めて会ったあの時。
不安でいっぱいだった自分を、笑顔で迎え入れてくれて。
教えてないのに、お母さんと同じ呼び方をしてくれた。
憧れていた人が、憧れ以上の人だったのが、たまらなく嬉しかった。
『応えたいその期待 眩い未来が待ってるから
悩みも悔しさも 糧にして行くんだ♪』
アタシの夢も、笑わずに聞いてくれて。
いつも応援して、支えてくれた。
悔しくて、悲しい時。
一緒になって泣いてくれた。
こんなに優しい人に出会えて、幸せだと思った。
『食いしばった昨日も 強く抱きしめた今日も さぁ全部全全部巻き込んで 飛び出すから♪』
レースに出る時、いつも心にはソールさんがいた。
頑張る時も、楽しい時も、悲しい時も、嬉しい時も。
いつだって一緒だったから。
だからアタシは、怖がらずに今走れてる。
夢を駆けていられるんだ。
『独りじゃないから 溢れた言葉が まだまだ絶えないから ありったけを抱き込んで♪』
あぁ、足りない。
こんなんじゃ全然足りないんです。
いくらありがとうと言っても足りない。
ソールさんがアタシを救ってくれた。
絶対に独りで泣かせないあなたの温かさに、何度感謝したら気が済むんだろう。
きっと、一生でも足りない。
絶対そうだ。
『色ある世界で 広がる世界で 果てしなく続いたダイアリー 繋げ 今♪』
アタシの世界には、絶対にあなたが必要です。
だから、いなくなるなんて言わないで。
あなたの夢はアタシが繋ぐから。
だから、その先にあなたもいてください。
『拙い足跡だって それでも残る 近道じゃなくても 綺麗な道じゃなくても良い♪』
ずっと、そうやってアタシに言ってくれましたよね?
だからアタシは今日、勝てたんです。
『重ねてきた証 諦めなかった証
どんな暗闇にいたって on your side♪』
今度はアタシの番です。
あなたの重ねてきた努力を、アタシは知ってます。
心折れそうな絶望の中で、決して諦めなかったあなたの強さを知ってます。
もしあなたがアタシのように悪夢に囚われるなら、絶対にアタシが救ってみせます。
『そう アタシは 味方♪』
あなたがしてくれたように、アタシだってずっとあなたを信じてます。
『独りじゃないから 集めた言葉じゃ まだまだ足りないから 想いの丈詰め込んで♪』
届け、届いて。
あなたは独りじゃありません。
足りなくても、拙くても。
アタシの全部をこの声に込めて歌います。
『色ある世界を 広がる世界を 贈ろう
アタシのストーリー 繋げ 今♪』
だから、ずっと見ていてくださいね。
これから続くアタシの物語は、ソールさんと一緒の物語なんですから。
『繋ぐから~♪』
一緒に繋いでください。
アタシたちの、物語を。
これからも、ずっと!
「ぼうるちゃぁぁんっ...!!」
『わっ!?』
歌い終えたと同時に巻き起こる大歓声。
周りの目など気にせず、感動のままにマスカレードを抱き締めるソール。
互いに涙でぐちゃぐちゃの顔でも、笑い合えたその瞬間が何より幸せに思えた。
鳴り止まない歓声に、マイクから漏れる二人の涙声。
その音がしばらく止むことはなかった。
「君が提案したんだろう?」
「...まあ、勝ったんですから。これくらいする権利はあるでしょ。」
舞台袖で会話するタスティとミューズ。
二人とも配慮が出来るタイプだからか、互いに顔を見ることはしない。
「優しいんだな、君は。」
「オレっつーか...アイツなら、こうしたんじゃないかって思って。」
お人好しが移ってしまったと自嘲するミューズ。
会場のどこかにいる親友に想いを馳せて、再び視線を舞台へと向かわせる。
「うぅっ...!ゾール"ぢゃあ"ぁ"ぁ"ん"っ!!」
「もう、涙と鼻水でボロボロよ?ハンカチで少しは」
「ずびぃぃーー!!」
「...ちゃんと洗って返してね?」
「っ...素晴らしいっ...素晴らしかったですっ...これは間違いなく、歴史に紡がれるべきレースとライブでしたっ...」
「あぁ...それに、結果としてあのメンバーてクラシック世代がワンツー。"最強世代"と言ってもいいかもしれない。」
観客に交じり、それぞれの感想を胸にライブを見守ったキタサンたち。
トレーナーの言葉はノールの反応を見る為の物だったが、今も彼女は押し黙ったままだった。
「マスカレードさん...マスカレード、ボール...。」
ノール自身も分からない、戦っていないのに負けたような、あまりに強い"悔しい"という感情。
文字通り血が滲む程に拳を握り締め、ノールはマスカレードの名を口にする。
彼女の中で、何かが
――――――――――――――――――――
ソールオリエンスのひみつ①
マッサージはヒシアマゾンお墨付きの腕前
「ジャパンカップはただのGⅠではありませんのよ?
世界を相手に日本の意地と力を示す、
強者たちの集い。
あなた、それをお分かりになって?」
次回
第10話『世界最強』
読了ありがとうございます。
いつの間にか前後半に分けていい長さになってました。
すみません...。
ご感想など頂けたら嬉しいです。
では、また次回で。