ウマ娘 プリティーダービー ノーザンクロス   作:月想

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お世話になってます。
楽しいので続けてしまってます。
少しでも面白いと思って頂ければ幸いです。


第2話『ジュニアチャンピオン』

『エアグルーヴは熱発により、制覇を期待されていた桜花賞を回避することが分かりました。』

 

聞こえて来るのは、誰ともつかない人々が溢す"落胆"の声。

 

『アドマイヤグルーヴ厳しい!勝ったのはスティルインラブ!ティアラ二冠達成!!』

 

感じるのは、あまりに鮮明な彼女たちの"絶望"。

 

『二冠ウマ娘ドゥラメンテに骨折が判明。菊花賞参戦は絶望的と見られています。』

 

身を引き裂かれるような"悲しみ"と。

 

『タイトルホルダー後退していく!昨年覇者タイトルホルダー競走中止です!』

 

願いを砕かれ、抗うことすら許されない"悔しさ"。

 

『リバティアイランド競走中止!大丈夫でしょうか!?』

 

そして、ついには知らないはずの光景まで。

 

次々に現れる、呼吸すら忘れる程の"悪夢"。

彼女たちに重なる自分が、深い闇に捕まり沈んでいく感覚。

踠き苦しんでも離れないそれに、逆らうことも出来なくなったタイミングで。

 

「っ...!ハァっ...ハァっ...」

 

彼女はいつも目を覚ますのだ。

 

「ま、た...っ」

 

デビュー以来、レースが近いと必ず見るようになる悪夢。

起きた時にはほとんど覚えてはいないが、自身で記憶している嫌な思い出と、まったく知らない縁起でもないモノが混在していることだけは分かっている。

何より、あの叫び出したくなる悔しさと耳を覆いたくなる落胆の悲鳴は、彼女の心に深い傷を形として残していた。

 

まるで、自分ではない()()()()()()()()()舞台に立ったような体験感。

"マスカレードボール"はその幻影を払うように漆黒の長髪を振り乱し、慌てて隣のベッドを覗き見る。

 

「スゥ...スゥ...Zz」

「......よかった。」

 

同室のウマ娘が気持ち良さそうに寝息を立てているのを見て、マスカレードはほっと胸を撫で下ろす。

起こしていたらまた心配をかけてしまうところだった。

目覚まし時計を確認すると、時刻はまだ朝の5時前。

髪の真ん中に走る特徴的な白い流星をいじりながら、静かに出掛ける準備を始める。

 

「...いってきます。」

 

同室を起こさないよう小さく挨拶をし、ジャージ姿で美浦寮を後にする。

 

「......。」

 

ストレッチと準備運動を済まし、練習場ではなく学外へと向かう。

まだ目覚める前の街は静かで、空いている店などコンビニくらい。

 

しかし、マスカレードはこの静かな景色が好きだった。

いつも忙しく賑わっている商店街が、今は寝静まりこれからの喧騒に備えているというこの時間。

昼や夕方に元気な街の人を見る度、『きっと今朝はいい夢を見れたのだろう。』と思えるから。

まさに"安らぎの時間"である今を眺めていられることが、彼女にはどこか幸せで、救われるような気がしていた。

 

「フッ...!」

 

少し脚に力を込め、速度を一時的にあげる。

 

このマスカレードボールというウマ娘。

かつてドゥラメンテが所属していた、エアグルーヴの母が経営する名門スクールの卒業生である。

現在の戦績は2戦2勝。

重賞こそ出走していないが、非凡な才能の持ち主として密かに話題となっている。

 

「ハァっ...ハァっ...ふぅ。」

 

30分程走り、学園に戻ってきたマスカレード。

すぐには寮へ戻らず、軽くシャワーでも浴びようと練習場近くの更衣室へ向かう。

 

「あ...。」

 

向かう途中の丘から見下ろす練習場で、誰かが走っているのが見えた。

まだ日も昇りきっていない時間帯でも、マスカレードはそれが誰なのか分かる。

その()鹿()()()()もまた、記憶に焼き付いて離れなくなっていたから。

 

「クロワデュノール...。」

 

同じジャージ姿のノールは淀みないコーナリングでコースを一周すると、減速して置いてあった給水ボトルを持ち上げる。

それを飲もうと視線が上向きになり、ちょうど彼女を観察していたマスカレードと目が合った。

 

「あ。」

「!...。」

 

一方的に眺めていたことが気恥ずかしいのか、その場で固まるマスカレード。

対してノールは自然な笑顔を浮かべ、手を振りながら丘を駆け上がっていく。

 

「おはよう、マスカレードさん。」

「...おはよう。」 

 

同じクラスでありながらあまり話したことのない二人。

マスカレードは当然愛想がないのだが、親しき仲であれば分かる程度に、ノールもまたぎこちない挨拶となっていた。

 

「マスカレードさんも朝練?」

「...少し、走りたくなっただけ。」

「あるよね、そういう時。嫌な夢見ちゃった時とか。」

「!」

「どうかした?」

「...何でもない。」

 

もしかしてと考えて、あり得ないと口を噤む。

余計な話をしては困らせてしまうと思い言わなかったが、それ故に話題が詰まってしばし無言の時間が出来てしまう。

 

「...そうだ!マスカレードさんも、ホープフルステークス出るんだよね?」

「...知ってるの?」

「もちろん。強い娘のレースはチェックしておけって、トレーナーさんたちから言われてるからね。こないだのアイビーステークスもすごかったし。」

 

まさか自分が彼女に認知されていたとは思っておらず、内心驚くマスカレード。

けれど表情は変えずに、少し間を置いて言葉を返す。

 

「...アタシも、東スポ杯を見た。」

「見てくれてたんだ。ちょっと見られたくない姿ではあったけど...。」

「...おめでとう。」

「ありがとう!マスカレードさんも、二連勝おめでとう。私たちお揃いだね。」

 

重賞勝ちとリステッドのどこがお揃いなのかというひねくれた言葉を飲み込み、ノールをただじっと見つめるマスカレード。

比較的小柄な彼女からノールを見上げると、ちょうど昇ってきた朝日を背負っているようにも見える。

 

「ホープフル、お互いに頑張ろう!」

「...よろしく。」

 

差し出された手を握り返す。

その温かさは、何となく身近な誰かを想起させるようで、少し心が落ち着いた気がした。

 

「じゃあ、また教室で。...今度から、クラスで話しかけてもいいかな?」

「...構わない。」

「よかった。ソール先輩の話とか、差し支えない程度に聞かせてね!」

 

弾けるような笑顔を見せるノール。

普段とは違うはしゃいだ様子で、彼女はマスカレードから離れていく。

その後ろ姿はやはり見ているとどこか安らぐようで。

同時に何故か、どうしようもなく。

()()()()()()()()()()

言い知れぬ苛立ちを感じ、マスカレードは静かにその両拳を握り締めるのだった。

 

――――――――――――――――――――――――

 

「お前さ、たまにはぐっすり寝たらどうだ?」

「ふっふひ?」

 

ウマ娘たちの喧騒で賑わう食堂。

ミュージアムマイルはスクランブルエッグをつ突きつつ、向かいの友人へ呆れ顔を向ける。

カツ丼を掻き込む手を止め、ノールは逆に不思議そうな声を上げた。

 

「睡眠なら取ってるけど?」

「いやそうじゃなくて。朝練し過ぎじゃないか?」

「そうかな?」

 

東スポ杯からおよそ3週間が過ぎた。

1週間程休息を挟んだノールだったが、次走が決まって以来毎日のように朝練をするようになっていた。

 

「ミューズだってしてるじゃないか。」

「オレは毎日じゃねぇ。流石にやり過ぎだろ。」

「ちゃんとトレーナーさんには報告してるし、身体に問題はないよ。」

 

注意を続けるミュージアムマイルだが、ノールは一向に受け入れる様子はない。

そもそも自分がここまで言う義理はなく、注意すべきなのはこいつのトレーナーでは?と考え始め、やがて諦めの証として溜め息を吐く。

 

「ホープフルステークスねぇ...。」

 

GⅠ、"ホープフルステークス"。

年末に中山で行われる、ジュニア唯一の中距離芝GⅠ。

皐月賞と同じ2000mでのレースは、クラシック三冠の"試金石"としての側面を持つ。

 

GⅠ格上げ前から多くの名ウマ娘がこのレースに挑んでいる。

ここからクラシックの冠を手にしたウマ娘にはナリタタイシン、アドマイヤベガ、アグネスタキオン、エピファネイア等がおり。

更にはあの最新の三冠馬、コントレイルもまたこのレースを制覇している。

 

「もし勝ったら、本当に"王様"って感じだな。」

 

来年のクラシックを占うこのホープフルステークスを勝利したウマ娘は、翌年のクラシック戦において最有力扱い。

"ジュニア王者"と呼ばれるようになる。

同じ年にデビューした、8000人にも及ぶウマ娘たちが、皆こぞってジュニア王者打倒を目標にトレーニングを行い、クラシックへ向かう。

一時とはいえ、"最強"の称号を得ることが出来るのだ。

 

「勝つよ、私は。それくらいじゃなきゃ、憧れには到底届かない。」

「っ...。」

 

勝利宣言をする声は力強く、その瞳には一点の曇りもない。

東スポ杯以来ノールが放つようになったこの雰囲気にヒリつきながらも、ミューズは僅かに口端を吊り上げる。

 

「...ま、ほどほどに頑張れよ。オレは出ないし。」

「それだよそれ。何で出るのがホープフルじゃなくて」

()()()()()()()()()()()()()()()()なのか?愚問だよね。だって、マイルこそ最強だから!」

「ぎゃあぁっ!?!?」

 

ノールの疑問に答えたのはミューズではなく。

いつの間にか隣でサラダをぽりぽりしていたグランアレグリアであった。

音もなく現れた天敵(先輩)にホラー映画張りの悲鳴を上げるミューズ。

 

「マイルちゃんクロワちゃんおはマイル!今日も絶好のマイル日和だね!」

「今雨降ってますけど...」

「不良馬場でもマイルは最高!あたしは誰にも止められないよ!」

「無敵かこの人...。」

「無敵のグランアレグリア先輩だからね。あ、おはマイルです。」

 

相変わらずのグラン節に圧倒されっぱなしの二人。

マイルールサラダを食べ終えたグランはミューズに迫りつつ、今日も今日とて勧誘を始めた。

 

「阪神ジュベナイルフィリーズでもなくホープフルステークスでもない。マイルちゃんが選んだのは、あたしと同じ朝日杯。運命的な何かを、いえ!熱いマイル道を感じるよ!」

「こればっかりはトレーナーが悪い。損害賠償だろちくしょう。」

 

瞳をキラキラさせるグランの対処を諦め、八つ当たり先を模索するミューズ。

このままでは話が進みそうになかったので、仕方なくノールは軌道修正を謀ることに。

 

「で、何で朝日杯なの?あんなに嫌がってたマイルなのに。」

「だからトレーナーの指示なんだよ。黄菊賞を勝って2000mはこなせることが分かった。だから来年の方針立てる為に、マイルの最前線を試しておきたいんだとさ。」

「なるほど。クラシックの為のジュニアGⅠか...。」

 

不機嫌そうに答えるミューズだが、その顔に不満はないように見える。

クラシック限定戦には三冠以外にも、"NHKマイルカップ"がある。

ちょうど皐月賞と日本ダービーの間のレースであることから、片方とマイルカップをローテに組み込むウマ娘も少なくない。

皐月賞は確定として、ダービーとマイルカップ、少しでも可能性がある方を選びたいということだろう。

 

「本番はあくまでもクラシック。私のトレーナーさんと同じだね。」

「それにまあ、オレにも考えがあるしな。」

「考え?」

 

ミューズは残っていた朝食を平らげると、ノールを見つめてニヤリと笑った。

 

「お前とやるのは今じゃない。皐月がいい。ホープフルじゃ役不足なんだよ。」

「...そう。今勝負しても勝つ自信がないってことかな?」

「ふざけろビッグマウス。今年までは花持たせてやるって言ってんだ。」

 

ミューズの言葉に挑発で返すノール。

バチバチと火花を散らしながらも、二人の顔には依然として笑みが浮かんでいた。

 

「オレに負けるまで負けんなよ、クロワ。」

「君はメイクデビュー負けてるし私は気にしないよ、ミューズ。」

「お前...言い返しにくいことを...。」

「あはは、冗談だよ。お互い勝とう。勝って二人でジュニアチャンピオンってことで。」

「おう。」

 

ライバル兼友だちが拳を合わせる、まさに青春な一場面。

自身がトゥインクルシリーズを走っていた時のことを思い出し、熱くなる胸。

グランは先達として掛けるべき言葉を引き出した。

 

「ところで来年のローテなんだけど。安田記念は無理でもマイルチャンピオンシップは出るよね?!」

「話聞いてましたぁ!?!?」

「グランちゃん、それにミューズちゃんとノールちゃんも。おはマイルです。」

「クロノちゃん、おはマイル!」

 

マイル道継続のグラン。

呆れるミューズの前に救い人が現れた。

朝食にやってきたクロノジェネシスだ。

グランの同期であるクロノは自然な形で会話を開始。

ミューズたちを分離し、二人が逃げる隙を作る。

気遣いの出来る先輩に小さくお礼を言い、食器を片付けようとするが...。

 

「クロワデュノールぅぅ!!」

「またこの流れか!?」

 

いつかと同じく新たな面倒事の襲来を受けてしまう。

お盆を手に器用なダッシュを見せるのはサトノシャイニングだ。

ノールの隣に飛び込むように座ってくる。

 

「シャイニングちゃん、おはシャイニング。」

「OK!おはシャイニーング!☆じゃなーーい!もぐくほは!ほへふはー!!」

「モノ食いながら喋んな。」

 

クロワッサンをもしゃりながら何やら言っているが、内容はまったく聞き取れない。

とりあえずクロワッサンを出しただけでも、ノールにダメージを与えることには成功している。

 

「ゴクン!この前はちょーっと調子が悪かっただけ!ホントはわたしの方が強いんだから!ホープフルでおまえに勝ーーつ!!」

「あ、シャイニングちゃんも出るんだね。」

「いいえ、出ないわよ?」

「うそーーん!?!?」

 

シャイニングを包囲する形で背後と隣に着席していた、我等がサトノシスターズ。

意気揚々とリベンジを狙うシャイニングの発言を、クラウンが否定する。

 

「GⅠに出る前に、あなたはもっとレースを学ばないといけないわ。」

「テストは満点だったのに!?」

「テストとレースは関係ありません。せめて脚を残すことを覚えないと、いつまで経ってもノールには勝てないわよ?」

「え~...」 

 

意外にも勉強は出来るらしいシャイニング。

毎度のことながら、注意するクラウンはまるで教育ママのように見える。

 

「やだやだ出たい!ホープフル出たぁぁーい!!」

「はい、シャイちゃんの好きなニンジンケーキだよ?」

「やたぁー!!ダイヤお姉ちゃん好きー!!」

「ガキだな。完全に。」

「ニンジンケーキがあれば仲良くなれる、と...。」

 

シャイニングは子どものように駄々を捏ねるも、ダイヤに一瞬にして餌付けされてしまう。

ミューズは妹の小さい頃を思い出し、ノールは興味津々でノートにメモを取る。

いつもより幾ばくか穏やかな朝を過ごし、今日も彼女たちは学生としての日々を過ごすのだった。

 

――――――――――――――――――――――――

 

「ノールちゃん?そろそろ大丈夫ですか?難しいなら私も」

「だ、大丈夫です!今出ますからっ!」

 

放課後、ウマ娘たちにとっては一日の本番とも言えるトレーニング時間。

いつもは走るなりバーベルを上げるなりして動き続けている時間帯に、ノールは備え付けの更衣室で悪戦苦闘していた。

決して食べ過ぎで服のサイズが合わないわけではない。

"おかしいな?"とか、"これがこっちで"とか。

まるで何かを組み立てているような声が部室に響いている通り、今日は()()()()()()()()()()()の試着をしているのだ。

 

「い、いきます...!」

「気合い入り過ぎじゃないかな?」

「それだけ私たちにとって特別なんです。この"勝負服"は。」

 

緊張が見える声音が聞こえたかと思えば、一気に更衣室のカーテンが開かれた。

中から出てきたのは勿論ノールだが、今日はその出で立ちが今までと大きく異なる。

 

目を惹くのは真っ赤に燃えるような色合いの"陣羽織"。

金に縁取られたそれを黒ベースの着物の上に羽織り、袖下には黄色のアームカバーに黒い指貫グローブを装着。

羽織りは前結びになっており、金色の紐は同じく金色の帯に重なっている。

黒地に赤い線の走るスカート付近、太股辺りから陣羽織の赤色が途切れ、布先は切り込みが入って真っ白に変わっている。

正面から見ると印象はあまり変わらないが、

背後からだと二股に分かれた裾がちょうど"白鳥の翼"のようにも思える。

装飾の入った黒のニーソックスに、左右が白と黒基調で分かれた靴。

 

一見和風に思わせながら、総じてヒロイックかつガーリィにまとめられた衣装。

これが本日初お披露目となる、()()()()()()()()()()()()だ。

 

「ど、どうでしょうか!?」

「うん、よく似合ってるね。」

「とてもカッコいいと思いますよ、ノールちゃん。」

「そ、そうでしょうか...あはは///」

 

勝負服。

それはURAの最高峰である、GⅠグレードレースを走る為の衣装。

それぞれの信念と願いを込めた世界に一つだけ、そのウマ娘だけのユニフォーム。

故に、その意匠に"憧れ"を組み込む者も少なくはない。

 

「...うん、何となくだけど。そっくりだね。」

「はい。ノールちゃんと合わせて、()()()()()()()()()()()()。」

「に、似てますか?やっぱり...。」

 

本人の希望を元に職人がオーダーメイドする都合上、込めた想いや参考にした意匠は分かりやすく表れることが多い。

ノールがキタサンの勝負服を意識していることも、二人にはとっくにお見通しのようだ。

 

「てっきり、ノックスちゃんの勝負服を元にすると思ってました。」

「イクイノックスさんのだと、ただ色違いにしただけになりそうで...。」

「憧れが強過ぎるってことか。」

 

確かに、赤と黒になっただけのイクイノックスでは個性がないし、あまりノールに合っている感じがしない。

その点この勝負服はキタサンは勿論、どことなくクロノの勝負服も思い出すような。

言葉では言い表せないクロワデュノールらしさがあると、トレーナーは心で頷いてしまう。

 

「色々考えたんですが...色合いはクロノ先輩の、形はキタサン先輩の。私にとって、一番頼りになるお二人が常に側にいて、支えてくれてるって思える衣装にしたかったんです。不安で緊張しても、これを着ていれば自分を信じられる。お二人が応援してくれる私は、絶対に負けないって思えるかなって。...なんて言ったら、勝負服まで甘えん坊だって笑われちゃいますかね...。」

「いいえ...とても光栄で、嬉しく思いますよ。私も、きっとキタさんも。」

「えへへ...それなら、よかったです!」

 

照れ臭そうに笑うノール。

クロノはその姿を見つめながら、油断すると涙が溢れそうになるのを我慢する。

自分の歴史もまた、繋がったと実感したから。

受け継いでくれた後輩の姿が、何よりも眩しく思えて仕方なかった。

 

「...よし。動きにくかったり、特に気になることはないね?」

「はい。これならいつもより速く走れますよ!」

「よかった。じゃあ、このまま作戦会議といこう。GⅠ、ホープフルステークスのね。」

 

表情を真剣なモノに変えるノールとクロノ。

そんな二人の様子に、トレーナーの声色も自然に熱を帯びる。

 

「ノールはこれがGⅠ初挑戦になる。だが、ここはあくまで通過点。本番は来年のクラシック三冠制覇だ。だからこそ、こんなところで負けられない。勝とう。必ず勝って、最強が誰なのか分からせてやるんだ!」

「はい...!」

 

――――――――――――――――――――――――

 

「どう、ですか?」

「わぁー!よく似合ってるよ、ぼうるちゃん!」

 

一方で、勝負服の試着は別の場所でも行われていた。

 

ここは美浦寮の一室。

マスカレードボールは自身の勝負服に初めて袖を通し、同室のウマ娘にその感想を聞いていた。

 

金の意匠が眩しい黄色下地のドレスは胸元に黒、腰付近に青の模様が走り。

袖口は中世を思わせるラッフルの装飾、手には黒革手袋。

左肩の黒い片肩マントは青と金の刺繍入り。

燕尾服のように後方へ伸びたドレスの下は、白いハーフパンツ。

青色のタイツに黒基調のドレスシューズ。

そして何より目立つのは、左目周りをすっぽり覆う青黒い"片仮面"だ。

羽根を象ったそれにより、貴族然とした雰囲気は一気に"演劇の怪人"へと変貌を遂げる。

マスカレード渾身のデザインであった。

 

「でも、よかったの?ドゥラメンテさんみたいにしなくて。ぼうるちゃん、ドゥラメンテさん大好きなのに。」

「...いいんです。寄せようとすると、一緒になっちゃうから...///」

「ふふっ、そっかぁ。」

 

憧れが強過ぎるが故に、自分自身がなくなってしまう。

照れながら話すマスカレードが愛おしく思えて、同室のウマ娘は再び笑みを溢す。

 

「なんだかお揃いだね、ぼうるちゃん。」

「はい...ソールさんと、先生と、一緒です。」

 

そう言ってはにかむマスカレードが可愛くて抱き締めたい気持ちを、皺になってしまうからと何とか抑えて。

"ソールオリエンス"は、その長くふわりとした鮮やかな茶髪を撫で、右方向に流れる流星を整える。

尻尾は千切れんばかりに暴れているし、青いカバーと太陽を象った緋色のアクセサリーが付いた耳は、せわしなくピコピコ動いている。

それくらい、ソールはマスカレードのことを気に入っていた。

 

「いよいよ初めてのGⅠだね。中山、芝2000mかぁ~。」

「それもソールさんと一緒です。」

「ふふっ、もう懐かしいくらい。たくさん一緒だね、ぼうるちゃん。」

 

このソールオリエンスが制したのも、同じ条件であるGⅠレース"皐月賞"だった。

()()()()()を彷彿とさせる走りを生で見た時から、マスカレードにとって彼女もまた憧れの対象となった。

たまらずソールが遠慮がちに頭を撫でるが、マスカレードは拒むことなく気持ち良さそうに尻尾を振る。

 

トレセン学園において、マスカレードが唯一気を許せるウマ娘がソールだった。

二人は同室の先輩後輩にして同チームであり、今や"姉妹"のような関係を築いている。

 

「本番は絶対に応援に行くね?」

「...ありがとう、ございます。」

 

応援に行くという言葉にマスカレードは感謝を返すが、その僅かな表情の翳りをソールは見逃さなかった。

優しい笑みのまま、自分よりも少し小さな手を握る。

 

「ソールさん...?」

「ぼうるちゃん。だいじょうぶ?」

「っ......大丈夫、です...。」

「......そっかぁ。」

 

()()()()()()()()()()と悟り、ほんの少し悲しげな顔をして。

ソールは再び、その朝日のような暖かい笑顔でマスカレードを照らすのだった。

 

――――――――――――――――――――――――

 

「知ってるか博物館!1着以外は負けなんだぞ!!」

「知ってるしお前が言うな豆電球。」

 

中山レース場、最終開催日。

冬制服姿で騒ぐシャイニングを連れ、同じく冬制服のミューズはパドックへと向かう。

今日はGⅠ"ホープフルステークス"当日。

クロワデュノールのGⅠ初挑戦の日だ。

 

「あ!ミューズちゃんシャイニングちゃん!こっちこっち~!」

「出たな姉デュノール!!」

「キタサンブラック先輩な?お疲れ様です。」

 

仲良く二人だけで学友を応援しに来た、なんてことはなく。

今日もキタサン、ダイヤ、クラウンと、いつものメンバーでレース場にやってきたのだった。

 

「ごめんねミューズちゃん。うちのシャイちゃんが迷惑掛けたりしなかった?」

「あーいや。ただブーメランだっただけで。」

「ブーメラン?」

「はぁ。シャイニング、あなたまた何か失礼なことを言ったでしょう?」

「ノー!わたしは二番だった博物館に喝を入れただけであって」

「2着はあなたもでしょう!それにGⅠとGIIの2着は意味も違ってくるわ。」

「負けてないし!ちょーっと先にゴールされただけだしー!?」

「先にゴールされてたら負けなんじゃ...?」

「キタちゃん、シャイちゃんに正論はNGだからね?」

 

二週間前に行われたマイルGⅠ、朝日杯フューチュリティステークスにて。

このミュージアムマイルは"2着"という好成績を残した。

それをキタサンたちは称賛し、シャイニングは弄り始めたというわけだ。

 

「惜しかったよね。後もう少しで勝てたのに...。」

「負けは負けですから。それに、枠とかレース場とか、色々合わさって助けられた部分が多い。マイルじゃあの程度が限界、って判断してます。」

「そっか。じゃあ、もう迷いなく三冠路線に進めるね!」

「はい。クロワとは正面からぶつかります。」

「ほら!ほらほらほら!負けは負けって言ったほらー!!」

「ほらじゃないわよ!少しは大人なミューズを見習ってレースの分析をしなさい!じゃなきゃずっとノールには勝てないわよ?」

「ぐぬぬ!クラねーちゃんと言えどわたしが勝てないとはいったいどういうりょーけんじゃい!!」

 

レースの振り返りと雑談を交えつつ、一行は漸くパドックへ辿り着く。

吐く息が白くなる寒さでありながら、パドックは多くの人で賑わっている。

しかしその一角に、見晴らしがいいにも関わらず人が寄り付いていない箇所があった。

キタサンが不思議に思って近寄ってみると、そこには意外な"見物人"の姿があった。

 

「ソールちゃんに、()()()さん!?」

「...キタサンか。」

「お疲れさまです、キタサンせんぱい。」

 

ソールオリエンスにドゥラメンテ。

皐月賞ウマ娘と二冠ウマ娘の豪華な二人が、並んでパドックを観察している。

珍しい組み合わせに面食らうキタサンだったが、すぐに持ち直して笑顔を見せる。

 

「偶然だね!二人も誰かの応援?...もしかしてノルちゃんの?!」

「あ、えっと...私の同室の子もホープフルに出るんです。今日はその子の応援に。」

「そうなんだ!それは応援しないとね!一緒ってことは、ドゥラさんも?」

「...ああ。」

 

ドゥラメンテはキタサンの質問に答えるが、進んで言葉を発しようとはしない。

視線はずっとパドックへ向いたまま。

愛想がないようにも見えるが、それはレースに真剣なことの表れだ。

現役時と、その真面目さはまったく変わっていない。

それ程気になる娘なのだろうと、長い付き合いのキタサンは納得できた。

 

「...もしかして、マスカレードですか?」

「あれ、ぼうるちゃんのお友だち?」

「クラスメイトよ!背が一緒くらいだから覚えてる!」

「背が違う子も覚えなさい...。」

 

初対面のはずの二人が彼女たちのお目当てを見事言い当てる。

直接話したことは少ないが、その実力はクラスみんなの認めるところ。

ミューズもシャイニングも、"マスカレードであれば"と腑に落ちたようだ。

 

「ドゥラさんって、よくみんなの応援に行ってますよね!」

「先週もスターズちゃんの応援に来てましたよね。スクールの娘は、やっぱり気になりますか?」

「...ああ。グル姉がそうしてくれたように、私も出来得る限り彼女たちを見守るつもりだ。」

「じゃあ、マスカレードちゃんもスクールの出身なんです?」

「そうだ。だが...彼女には少し、()()()()()()()。」

「違う意味?」

 

キタサンとダイヤとの会話の中で、マスカレードを"特別"だと表現するドゥラメンテ。

抽象的な言葉に疑問を浮かべる二人だったが、追求しようとしたタイミングで、パドックはついにホープフルS出走ウマ娘の番となった。

 

『"続いて一番人気の登場です。2戦2勝、GII東スポ杯を制し一気に世代の主役に推された若きエース。6番、クロワデュノール!"』

 

カーテンが開き、勝負服姿のノールが現れる。

前走より引き締まった身体、自信満々な表情。

そして初お披露目の勝負服姿に、今度こそ観客たちは期待の歓声を上げた。

 

「あれが、クロワデュノールちゃん...。」

「ノルちゃんっ...あんなに立派になってっ...ぐすっ...!」

「キタちゃん、それじゃお姉ちゃんというより結婚式のお父さんみたいだよ。」

「ぐぬぬぬ!!わたしだって勝負服着たかったのにぃ...!!」

 

キタサンたちの話題も自然とノールの勝負服の話に。

感動で泣きじゃくる姉バカなキタサンを尻目に、ソールがポツリと感想を溢す。

 

「キタサンせんぱいそっくり...。」

「確かに、ああして見るとキタちゃんみたいだよね。」

「勝負服を寄せているのは分かるけれど、何となく雰囲気まで近い気がするわ。」

「...なるほど。」

 

キタサンに憧れた後輩に、鎬を削り合ったライバルたち。

彼女たちが認めるくらい、ノールの雰囲気は昔のキタサンと似通っているらしい。

それを本人が確認する間も無く、パドックは次のウマ娘に移ってしまう。

 

『"続きまして7番"』

 

「あ!あの子だ!おーい!頑張ってねー!」

「また知り合い?」

「キタちゃん、"憧れてる"って言ってくれた子を全員覚えてるみたいで。その子たちが出るレースは絶対応援に行くんだ!って張り切ってるの。」

「あの子もだ!応援してるよー!!」

「人気過ぎて、八方美人みたいね。」

「...だが、キタサンらしい。私も見習うとしよう。」

 

それこそ、かつて"トウカイテイオーがそうしてくれたように"という想いがあるのだろう。

今や誰もが認めるスターの彼女だからこそ、憧れが見守ってくれることの嬉しさを知っている。

お助け大将であるキタサンにとって、応援もまた人助けならぬ"ウマ娘助け"なのだ。

変わらぬお人好し具合に、旧知の三人は苦笑する。

 

『"最後となりました。二連勝でアイビーステークスを勝利し、ここまで無敗。4番人気、18番マスカレードボール!"』

 

あっという間に最後のバ番となった。

ついに現れたマスカレードを注視するソールとドゥラだったが、その"異常"は口に出して確認する必要もないモノだった。

 

「っ...ぁ...!」

 

「ぼうるちゃん...?」

 

「うっ...!?」

「マスカレードさん!?」

 

ステージから観客を見渡すまではよかった。

次の瞬間。

苦しむように頭を抱え、バランスを崩してその場に転んでしまったのだ。

 

ステージ外で待機しているウマ娘たちがざわつく中、すぐにノールがマスカレードを助け起こそうとする。

 

「大丈夫!?どこか怪我でも」

「っ...へいき、だからっ...」

「あ!ちょっと...!?」

 

しかし、マスカレードはそれを手で制した。

自ら立ち上がり、辛そうな面持ちのまま勝手に地下バ道へ向かって行ってしまう。

 

「ぼうるちゃん、無理だけはしないで...。」

「......無理、か。」

 

ソールが悲痛な声を上げる一方で、ドゥラは何かを察した様子。

 

パドックが騒然とする中、アナウンスはウマ娘たちにレース場へ向かうよう指示。

ノールはマスカレードへの心配を抱きつつ、自らの大舞台へと進んでいくのだった。

 

――――――――――――――――――――――――

 

       中山 芝2000m

          【GI】

      《ホープフルステークス》

 

 『"URA中央レース、中山最終日。今年を盛り上げたスターたちの競演に続き、最後は来年を飾るニュースターの誕生を見届けましょう。"』

 

年末。

夕陽が眩しい緑の芝に、18人の若ウマ娘が集った。

来年を占う、ジュニアクラスにとって初のGⅠ。

独特の緊張感を抱えながら、バ番奇数のウマ娘からゆっくりと枠入りを済ませていく。

 

「ふぅ...初めてだ、こんな感じ。」

 

6番に収まったクロワデュノールは程よい緊張感と高揚感に包まれ、妙に平坦な感情を抱いていた。

勝ちたいし、不安だし。

そういった気持ちはあるはずなのに、心の中は異様なまでに静かだった。

深く呼吸をしてみると、芝の匂いと新品の勝負服の匂いが鼻腔をくすぐる。

 

自分だけの勝負服に、キタサンもイクイノックスも挑戦していないジュニアGⅠ。

自分だけが歩んでいる道。

走っても憧れの背中はないレース。

だから気負っていないのか。

それも違う。

これはまだ知らない、未知の道のりを往くことへのワクワクとした想い。

ノールが初めて感じた、"自分への期待"だった。

 

『"17番収まって。ゲートイン完了。"』

 

「...勝とうか、私。」

 

『"スタートしました!"』

 

ゲートが特徴的な音を響かせついに開く。

ノールはタイミングを合わせ、弾むようなスタートを切った。

 

『"まずまず揃ったスタート。クロワデュノールもいいスタートを切っています。"』

 

「おわっと...!」

 

右に切り込み過ぎて軽くバランスを崩しながらも、ノールは体勢を立て直し3番手辺りでレースを進めていく。

 

「初めての中山、しかも今回はフルゲート18人...。」

「冷静に、あくまでも冷静にですよ。ノールちゃん。」

 

コース近くで観客に混じり、ノールを見守るトレーナーとクロノ。

二人の心配を煽るように、外枠のウマ娘たちが一気にノールを追い越そうとしてくる。

 

「押し潰されそうだ...!」

 

18人立ての圧迫感を感じながら、それでもノールは冷静に速度を維持。

5、6番手で第1コーナーを迎える。

 

『"ピコチャンブラックは3番手外目。クロワデュノールは中団バ群の中赤い勝負服です。"』

 

何となくキタサンにそっくりな名前のウマ娘が飛ばすのを横目に、前後左右を包まれる状態に。

 

『"1コーナーから2コーナー。13番のジュンアサヒソラがハナに立って、1バ身半のリードを取りました。"』

 

本当にここにいていいのか。

もっと前に?それともペースを落とすべき?

動向を把握し切れない人数のウマ娘を前に、様々な考えがノールに浮かぶ。

 

『"マジックサンズじわっと上がっていく。上がっていく上がっていく先団目掛けて上がっていく。あとは1番ジョバンニ。そしてバ群の中、ここに6番のクロワデュノール。前から5、6バ身圏内の中団です。"』

 

しかし、動かない。

視界に僅かに映る自分の勝負服。

それが思考を落ち着かせていた。

 

「お姉なら、クロノ先輩なら...!」

 

二人ならば、"自分を信じて走りやすいところで耐えろ"と言うはず。

 

「レースは一人でしてるわけじゃないよ、ノルちゃん。タイミングはきっと...」

 

『"外から行ったファウストラーゼン!最初の1000mは61秒4!遅い流れになりました!"』

 

中山芝の2000m。

府中より直線が短く最後に坂を越える必要がある、一筋縄ではいかないコース。

このコースの明暗を分ける要素はズバリ、"ペース"だ。

直線が短い以上、ペースが遅くなれば差し、追い込みは届かなくなり。

激しい先行争いの流れがレース中盤にまで影響を与えハイペースとなれば、逃げ、先行のウマ娘は潰れてしまう。

勝利に必要なのはレース全体を俯瞰し、ポジションと仕掛け所を適切に判断する"冷静さ"なのだ。

 

『"一気にハナまでいったファウストラーゼン!"』

 

「見えた...!」

 

「正解だ、ノール!」

 

僅かにペースが遅いと感覚で判断したノール。

最後方付近のウマ娘が一気にまくりを見せたことで、その直感を確信へと変えた。

バ群から外に出て、徐々に位置取りを押し上げていく。

 

『"外から6番クロワデュノールも上がっていく。"』

 

3番手にまで上がったノール。

前後に壁がない状態でレースは終盤へ。

4コーナーのカーブを迎えた。

 

『"出入りの激しいレースになりました4コーナーカーブ!先頭はジュンアサヒソラとファウストラーゼン!赤い勝負服クロワデュノールは3番手!外から外から仕掛けていきます!"』

 

「...!」

 

先頭の二人は余力が万全とは言えず、後続も自分を飲み込むような圧は感じない。

目の前は開けていて、身体は"まだまだ走らせろ"とばかりに力が漲っている。

 

「負ける気が、しないッ...!!」

 

『"ポテンシャルを見せつける最後の直線!"』

 

「ハァァァーーッッ!!!」

 

残り200m地点。

ノールの身体が沈み込み、一気にその身体を前へと跳ね飛ばす。

先頭は粘り後続は追い縋るが、その想いが届くことはない。

 

『"外から上がっていく6番のクロワデュノール!クロワデュノールクロワデュノール!一気に捉えた!1番ジョバンニが追うも届かない!"』

 

トレーナーとクロノは歓喜の声を上げ、同期たちはその強さに生唾を飲み込む。

先達たちは呆然とし、喜ぶことすら忘れてしまった。

 

『"クロワデュノールだ!!クロワデュノールうぅぅーー!!!"』

 

結果として2バ身を離し、ゴール板を先頭で駆け抜けるノール。

最後は流しているようにも見えた、レベルの違う走り。

 

『"デビュー三連勝でGⅠ制覇!モノが違いました!!"』

 

「私が、GⅠウマ娘...。」

 

すぐに息は整い、次にやって来たのは夢か幻ではないかという戸惑い。

頬をつねると、寒さの分、より一層痛みが増して感じた。

 

「やった...やったあぁぁ!!」

 

ウィナーズサークルへ駆け寄りながら、歓喜のガッツポーズをするノール。

乾いた空気に響く大歓声が、"ジュニアチャンピオン"の誕生を祝福していた。

 

「まだ余力がありそうな雰囲気だったわね。長距離も走れるオールラウンダーかしら...?」

「フッ。わたしが倒ーす!」

「すごい...本当に、こんなに早く...!」

「やったねキタちゃん!今日はみんなで目一杯お祝いしなきゃ!ドゥラメンテさんたちも...あれ?」

 

妹の晴れ姿に、涙すら浮かべて喜ぶ姉二人。

豪華な打ち上げをと意気込むダイヤだったが、背後にいたはずのドゥラメンテとソールオリエンスがいなくなっている。

()()()()()()()()()()()

レースの無慈悲を思い出し、ダイヤは口を噤むことにした。

 

――――――――――――――――――――――――

 

『大丈夫なのかあれ?』

『やっぱりダメだった。』

『レベルの低いところで勝ってただけだろ。』

 

「ハァっ...!ハァっ...!ぅっ...!?」

 

息も絶え絶えに座り込むマスカレード。

レース後の静かな地下バ道で踞り、込み上げる吐き気に必死に耐える。

 

「ちが、うっ...違うのにっ...!?」

 

異変はパドックからだった。

勝負服のお披露目となる、期待の舞台に立ったマスカレード。

その耳に届いたのは、観客たちの心無い誹謗中傷だった。

...()()()()()()()()()と、マスカレードは気付いていた。

 

『お、勝負服いいな。強そうだし期待出来るよ!』

『東京では負けなしだけど、中山だっていけるさ。』

『来年のダービーはあの子だと思ってんだよね!』

 

誹謗中傷なんて、あの人たちは言ってない。

笑顔で自分を見て、優しく嬉しい言葉をかけてくれていた。

それなのに、急に自分の中の景色が"一変"した。

今じゃないような、自分ですらないような光景が自分の現実と重なり、全てを悪意で塗り潰していく。

落胆と罵倒、諦めと無関心。

耐え切れない濁流に曝され、意識が飛びかける。

 

『マスカレードさん!?』

 

視界に映るウマ娘をクロワデュノールだと認識し、何とか現実へと引き戻された。

迷惑を掛けないよう差し出された手を取らず、訳が分からないままレース場へ移動。

そして始まってしまった、ホープフルステークス。

 

『脚がっ...動かない...!?』

 

身体は言うことを効かず、気付けば結果は11着。

幻の罵詈雑言に負け、本当にあった期待を裏切った自分に絶望し、這うようにしてレース場を去った。

 

「ごめ...ごめん、なさっ...ぃ...!」

 

溢れる涙が勝負服を濡らし、カラリと仮面が地へと落ちる。

素顔のまま泣きじゃくるマスカレードの肩に、()()()()()()()()()()()()

 

「ぼうるちゃん...残念、だったね...。」

「!...ソールさんっ...アタシ...アタシ...っ!」

 

後ろから宥めるように抱き締めるソール。

マスカレードの異常を察して、レース後すぐに彼女を追い掛けてきたのだった。

 

「だいじょうぶ...大丈夫だから。ぼうるちゃんは、何も悪くないよ。」

「っ...!ごめんなさい...ごめんなさいっ...!」

 

5分か、10分か。

謝るマスカレードをただ抱いて、安心させようとする。

そうして漸く、少しは落ち着きを取り戻したところで。

 

「...マスカレード。」

「!...ぁ...!?」

 

ソールの後ろに、"最も憧れる存在"がいるのに気付いた。

 

「ぃやっ...みない、で...!?」

「ぼうるちゃん落ち着いて!ドゥラメンテさんはただあなたを」

「見ないでください...アタシなんかっ...!!」

「ぼうるちゃん!?」

 

ドゥラメンテの真っ直ぐな瞳に射貫かれ、マスカレードは逃げ出した。

憧れにも、温もりにも背を向けて。

ただ一人真っ暗な道を、我武者羅に駆けて行ってしまった。

 

「...ソール。マスカレードを頼む。」

「ドゥラメンテさん...?」

 

マスカレードをソールに託し、ドゥラメンテもまた、その場を離れる。

その顔には落胆や諦めではなく、やるべきことを見出した、"決意"の色が浮かんでいた。

 

――――――――――――――――――――――――

 

「ノルちゃん!ホープフルステークス制覇、おめでとーー!!」

「「「「「「おめでとーー!!」」」」」」

 

「皆さん、ありがとうございますっ!」

 

一斉にクラッカーが鳴り、お祝いの言葉と共に中心のノールをキラキラのテープまみれにする。

クロワデュノールのGⅠ初制覇を祝う宴。

開催場所はトレセン学園の食堂だ。

本当はサトノ家の豪華過ぎるレストランも候補に上がったのだが、ノールが大変に遠慮した為、慣れ親しんだ場所での打ち上げとなった。

しかし料理の味は食堂協力の為、折り紙付き。

いつも通り最高に美味しい料理に舌鼓を打ちながら、話題はレースの回顧へと移った。

 

「インタビュー、ついもらい泣きしてしまいました。」

「ラストランなのかと疑うくらい泣くから、つい心配してしまったよ。」

「"支えてくれたトレーナーさんとぉ!先輩とぉ!おねえたちがぁ!"」

「や、やめてシャイニングちゃん!?トレーナーさんたちもその話は無しでっ!///」

 

勝利インタビューにおいて、感極まり思わず泣いてしまったノール。

まるでラストランを終えた名ウマ娘のような様子に、知人の反応は爆笑と号泣で真っ二つに別れることになった。

ちなみに同期は勿論、爆笑である。

 

「無敗でGⅠ制覇。ここまで来ると、やっぱり期待せざるを得ないわね。」

「史上では3人しかいない、"無敗の三冠ウマ娘"ですか。」

「無敗の、三冠...ノルちゃんが...。」

 

憧れのテイオーが目指したものに、妹だと思っている子が近付いている。

不思議な縁を感じながら、キタサンは誇らしいような、羨ましい気分になっていた。

 

「まだジュニアのGⅠを獲っただけですし、来年まで時間もありますから...。」

「だからこそ、君はもっと強くなれる。現時点でのトップは間違いなくクロワデュノールだ。スタミナもレースセンスもある。三冠達成は十分にあり得るよ。」

「そ、そうなんでしょうか...///」

「褒め殺しならあたしも得意ですよ!ノルちゃんは優しいし元気だし可愛いしがんばり屋で」

「お姉はちょっと黙ってて...!///」

 

明るい未来の展望にノールたちが沸き立つ中、そんな主役を鋭く睨む視線が一つ。

 

「おい、クロワ。」

「なに?ミューズ。」

()()()()()()()()()()。」

「え...?」

 

ミュージアムマイルはお祝いムードをぶち壊し、"クロワデュノールは勝てない"と宣言する。

 

「どうして、そう思うの...?」

「歴史に名を残す名ウマ娘たち。数年通して無敗なんて奴、今まで日本にはいなかった。何でか分かるか?」

「そんなの、レース条件や枠が」

()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。」

 

一見すると文章ですらない事象の羅列。

しかし、その意味を先輩である4人はすぐに察した。

 

「負けは負けだが、負けて得るものがある。"勝利への渇望"だ。負ければ負ける程に、勝ちたいという気持ちは強くなる。」

「勝ちたい気持ちなら私も...!」

「お前の願いには血が流れてない。命を賭けてでも勝ち取りたいという想いは、届かなかった絶望からしか生まれないんだよ。」

 

キタサンも、ダイヤも、クラウンも、そしてクロノも。

全員が一度は味わった、夢が潰える感覚。

しかしその敗北があったからこそ、掴めた勝利がある。

"無敗"とは輝かしい一方、敗北というバネなしにポテンシャルだけで勝ち上がる茨の道。

いつかは閉ざされる、幻の道なのだ。

 

「シンボリルドルフも、ディープインパクトも。初めてぶつかる見向きもしてなかったウマ娘に負けたんだ。」

「何が言いたいのミューズ...!」

 

ゆっくりとノールの正面に移動するミューズ。

祝うわけでもなく、むしろ挑発し貶めるような物言いに、ノールもついに不快感を露にする。

 

「なぁ、クロワ。何でオレがホープフルに出なかったか。()()()()理由を教えてやるよ。」

「もう一つ...?」

 

目と鼻の先にいる、最も親しい友人。

その表情が、今まで見たことのない"獰猛なモノ"に変化した。

 

「お前を皐月賞で潰す為だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だよ。オレは本気だぜクロワ。皐月賞は、オレが獲る。」

「ッ...!?」

 

ホープフルでの激突を避けた本当の理由。

クロワデュノールに真の強さを身に付けさせず、"裸の王様"としてクラシックへ向かわせる為の作戦。

ノールであれば必ずホープフルを勝つだろうという、友人の強さを信頼するが故の選択だった。

 

「お前は最強かもしれねぇが、絶対じゃねぇ。せいぜい4ヶ月、玉座を楽しめよ?()()()()チャンピオン。」

「ミューズ...ッ!」

 

捨て台詞を残し、ミュージアムマイルは祝いの場を去る。

壊されたのは淡い理想。

突きつけられた勝利宣言に毛を逆立てながら、ノールは離れていく友人の背中を見つめ続けるのだった。

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

   マスカレードボールのヒミツ①

 寝る時は耳カバーとアイマスクが必須。

 

 

         次回

       第3話『逸強(いっきょう)

 




初期はプリティーダービーを外す予定だったことをお知らせします。
読んで下さってありがとうございました。

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