ウマ娘 プリティーダービー ノーザンクロス   作:月想

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開いて頂きありがとうございます。
今回はマスカレード中心のお話となります。



第3話『逸強(いっきょう)

「わぁ...!」

 

車窓から見える景色に、思わず感嘆の声を上げる少女。

被っていた頭巾をずらし夢中で見つめる先には、自由に緑の芝生を駆ける子どもたち。

 

いずれも、"ウマ娘"。

同い年くらいの子は遊んでいるようだが、少し年上の子については壮年のウマ娘に指示を出され、それに従って動いているように見える。

 

「ぼうるちゃん?出ていらっしゃい。一緒に先生に挨拶しましょ?」

「!......はぁぃ...。」

 

車外から母親の声が聞こえた途端、活発に動いていた尻尾が急停止。

再び頭巾を深く被り直し、少女は恐る恐る外に出ていく。

 

「大丈夫、みんな優しい人たちよ。」

「ん...。」

 

微笑む母親に応えはするものの、少女の反応は芳しくない。

手を引かれて行った先には、先程見掛けた壮年のウマ娘が待っていた。

優しく声を掛けたのだが、少女は母親の後ろにしがみついて、声を上げることもしない。

 

「すみません...この子、恥ずかしがり屋さんで。走るのは大好きなんです。まだトレーニングには早い時期だと思うんですが、いずれはこのスクールに入れてあげたくて。」

 

頭巾の少女が恐がりながらもチラチラとこちらを伺っていることに気付き、壮年のウマ娘はクスリと笑う。

少女の尻尾は正直に"興味津々です"とばかりに振るわれていた。

 

「あ!ぼうるちゃん見て!()()()よ!」

「...?」

 

突然母親に肩を揺すられ、少女は言われるままに示された方向を見る。

 

「......ほんものだ...っ!」

 

芝生の先、より整備された練習用のレースコース。

そこを走り抜ける"漆黒の風"。

スクールの生徒たちに声援を受けながら、凄まじいスピードで駆けるウマ娘。

服装は赤と白のジャージ姿だが、少女の瞳には黒い勝負服を纏ったあの勇姿が、在り在りと重なって見えていた。

 

「はい、そうなんです!この子、彼女の大ファンで!いつも真似して走ってるんですよ!」

 

壮年のウマ娘は母親の言葉に頷き、コースからこちらに来るよう、そのウマ娘に呼び掛けた。

短い返事と共に、小走りでこちらにやって来るウマ娘。

目の前に立った彼女を、少女は信じられないものを見るように、あんぐりと口を開けて見上げる。

 

「本物の"ドゥラメンテ"さんよ。頭巾を取って、ご挨拶できる?」

「ぇ...ぁ...っ」

 

少女をじっと見据えるドゥラメンテ。

母親の後ろに隠れながら、少女は少し躊躇ってしまう。

小さな勇気を振り絞り、震える手で頭巾を外そうとする。

 

「...大丈夫だ。」

「ぇ...?」

 

ドゥラメンテが目線を落とし、震える少女の手を止めた。

驚く少女の手を優しく握り、頭巾から手を離させる。

 

()()()()()。君の瞳も、心も。無理をする必要はない。」

「ぁ...」

 

言葉と共に、ドゥラメンテの瞳が自分の瞳を真っ直ぐに見つめていることに気付く。

表情は固いままだがその声音は優しく、初対面にも関わらず安心感を覚えるモノだった。

 

「っ...ぁのっ...」

 

いつの間にか震えが止まった手で、少女は勢いよく頭巾を外す。

明るくなった視界に映ったのは、少し驚いた様子のドゥラメンテ。

現実としてそこにいる憧れに対し、少女の瞳は眩しいばかりの輝きを放つ。

 

「ぁのっ...ぁたし...あたし...!ドゥラメンテさんみたいな、つよくてかっこいいウマむすめになりたいですっ...!」

 

耳と尻尾を忙しなく動かし、今にも泣き出しそうな顔で発せられた言葉。

それは挨拶や拙い感想ではなく、純粋な憧れを伝えるモノだった。

 

ドゥラメンテは僅かに目を見開く。

驚いたというより、()()()()()()()()()()瞳の揺らぎ。

 

「...名前は、何と言う?」

「ますかれー、ど...マスカレードボール、です...!」

「マスカレードボールか。...分かった。」

 

ドゥラメンテはマスカレードの名前を訊ね、噛み締めるように復唱。

やがて彼女は初めてその口元を弛め、少女の頭をぎこちなく撫でた。

 

「...君を覚えておこう。私を見てくれた、その瞳と共に。」

「~~っ!///」

 

これが彼女たちの始まり。

幼いマスカレードボールが、トゥインクルシリーズを走ることを決意した日で。

二冠ウマ娘、ドゥラメンテが新たな夢を見つけた日でもあった。

 

――――――――――――――――――――

 

「うわっ、やっぱりすごい人ですね...。」

「トレセン学園生にとっても恒例行事ですから。」

「よし。じゃあ行こうか、"初詣"。」

 

まさに新しい年を迎えたばかりの元日夜。

にんじん焼きに焼きそば、わたあめ。

様々な屋台の並ぶ参道を、ノールたちは歩いていく。

ここは府中にある"加茂神社"。

トレセン学園に程近いこの神社は、毎年年末年始に初詣の為ウマ娘と一般客で賑わいを見せる。

ほとんどがレース祈願が目的なこともあり、"ウマ娘神社"という通称が付いていたりもする。

 

「小さい時はお姉たちと一緒に来たりしてました。」

「ふふっ。昔から仲良し姉妹ですね。」

 

幼少期の思い出を懐かしむノール。

子どもながらに気に入っていた甘酒だが、当時は300円くらいだったのに、今では一杯1000円に。

物価高騰の流れは屋台にまで及んでいるらしいと、少々世知辛い感想を持ってしまう。

 

「今日は一緒じゃなくてよかったのかい?」

「いつまでもベッタリじゃいられないですよ。それに、今の私はトレーナーさんの担当ウマ娘で、クロノ先輩の後輩ですから。」

「では、今日は私がノールちゃんのお姉さんということで。」

「意地でも妹扱いなんですか私っ!?」

「ははっ、新年も変わらず仲良しだね。」

 

キタサンたちとはまた別の絆に、自身が新しい一歩を踏み出したことを実感する。

去年までとは違うアスリートとしての決意を抱きながら、漸く拝殿に辿り着いた。

三人揃って二度礼をし、二回の柏手。

両手を合わせ、いよいよ祈願となる。

願い事は事前に決めて来たはずだが、土壇場になって迷いが生じた。

ノールは眉間に皺を寄せながら、何とか願いを絞り出す。

待っていてくれた二人と共に最後の一礼。

拝殿から離れていく。

 

「何とお願いしたんですか?」

「えっと...初めは"三冠取りたいです!"ってお願いするつもりだったんですけど。それは自分の力で何とかすることだしなぁって。」

「真面目だなぁノールは。じゃあ何て?」

「"みんなが私に期待してくれますように"と。まだ新参者ですけど、お姉やイクイノックスさんみたいに、誰かの夢を背負えたら。それ以上の栄誉ってないと思うんです。...あれ?それも実力次第だから、やっぱりお願いすることじゃない...?」

 

真剣に悩むノールを見て、クロノとトレーナーは思わず笑みを溢す。

眩しいというか、純粋というか。

悪戯っぽく表情を変えて、クロノは謙虚過ぎる後輩に言い返す。

 

「そんなお願いじゃ、元日の内に叶ってしまいますね。」

「え?」

「ここにとりあえず二人、君に夢を見ている者がいるからね。」

「あ...」

「大丈夫。ノールはもう、たくさんの期待を背負って応えているんだ。」

「後は同じことを繰り返すだけです。きっと叶いますよ。」

「...はい。ありがとうございますっ!」

 

こんな些細な場面であっても二人には敵わないな、と舌を巻き。

精一杯の感謝を伝える。

 

「それにだ。」

「え?」

「そんなこともあろうかと。」

「俺がノールの"勝利祈願"を。」

「私が"健康祈願"をしておきましたから。新年もコンビネーションはばっちりですね。」

「何と言いますか...お二人には一生お世話になりっぱなしな気がします...。」

 

ちゃんと自分のお願いはしたんだろうかと不安になり、それならば!とバレないように気合いを入れる。

 

「...あ、私ちょっとお手洗いに!お二人は屋台でも見ててください!」

「場所は分かるかい?」

「大丈夫です昔から通ってるので!さぁどうぞどうぞお先に!」

「わ、分かりました。けど済んだら必ず連絡してくださいね?迎えに」

「はい!分かりました!さぁどうぞ!」

 

せめてこれくらいは気を利かせなければ...と、かなり強めに"二人きり"を演出するノール。

息を吐かせぬ速度でその場を離れ、物陰から二人の様子を窺う。

 

「トレーナーさんは朴念仁だしクロノ先輩は今の距離感で満足してそうだし。私のサポートは必須。そうこの一年で学びましたよ。」

 

はにかみながら屋台の方へ向かうクロノを見送り、小さくガッツポーズを作る。

アスリートなウマ娘と言えど、根は年頃の乙女。年長者たちのあれこれにはつい入れ込み過ぎてしまう、クロワデュノールである。

 

「さて、と。30分くらいは空けたいかな。」

 

勿論本当にトイレに行きたいということはなく、ノールは時間潰しを兼ねておみくじ販売のエリアへ向かった。

 

「あ、ウマ娘の巫女さんだ...。」

 

販売を担当する巫女さんだが、よく見ると二人ともウマ娘のようだ。

どことなく見覚えがある気がすると頭を捻るが、どうもパッとは思い出せない。

 

「救いはいかがですかぁ~?」

「シラオキさまっ...ではなく三女神さまのご利益満タン御礼の御守り!そしておみくじですよー!ハッピーカムカム!!」

 

御守りはともかくおみくじにご利益はあるのだろうか。

今完全に別の神様の名前が出ていた気がするが、これは宗教戦争の立派な火種になり得るのではないか?

そんな考えなくてもいい新たな疑問に、今度は逆向きに頭を捻る。

 

「おみくじ、一回。」

「はい!500円ですっ!」

 

値段高っ...とドン引くノールが見守る先には、長身で変わった帽子の葦毛ウマ娘が。

これまたどこかで見た後ろ姿だった。

 

「アタシがトゥインクルシリーズを去ってから幾星霜。今世界は...いや、宇宙はアタシに次ぐツナデンジャーでポッピンシャワーなサプライズスターを求めている。続く者がいつかは必ずと鰤カマに願いを託していたが...やっぱり救えんのはアタシしかいないだろ!輝けシューティングスター!!今年こそゴルシちゃんふっか」

 

何やらぶつぶつ呟くそのウマ娘がくじ引き箱を振ると、本来一つずつしか出ないはずのくじが()()()()()()()()()()

 

「"大凶"ですっ!」

「何で嬉しそうなんだよ。」

「大凶の"三連単"ですっ!!」

「順番わかんのか三連複だろこれ。」

「三本なので追加1000円ちょーだいしますっ!」

「よし。神は死んだ。」

「救いを拒むんですかぁ~!?」

 

なんだろう、あれ。

とりあえず関わらない方がいいのは確かだ。

ノールは本能的回避を選択。

葦毛のウマ娘が巫女さんに掴みかかるところまでは見たが、自分にはまったく関係ない。

チラリと見えた御守りの値段が2万円で、それと同じ物を昨年ダイヤからもらったことも気のせいに違いない。

 

「今年も物価高かぁ...。」

 

神社も色々と大変らしい。

下手に活躍出来ないと将来お姉たちが養ってくれようとしそうだし、私も頑張らなくては。

新年早々現実的かつシビアなことを考えながら、ノールは屋台の喧騒に消えていくのだった。

 

――――――――――――――――――――

 

『"続いてはジュニアクラスの表彰となります。"』

 

「っ...よし...。」

 

クロワデュノールはかつて類を見ない程に緊張した面持ちで、煌びやかな舞台へと向かっていく。

カメラのフラッシュを絶え間なく浴びるその姿は、普段は着ない黒の大人っぽいドレスに歩きにくいヒールだった。

"王者らしく、王者らしく堂々と。"

そう心の中で何度も繰り返し、何とか舞台の中心に立つ。

 

『"見事URA最優秀ジュニアクラウン賞を受賞されました、クロワデュノールさんです。"』

「お、お世話になっております...!」

 

自分を歓迎する拍手に、つい仕事初めみたいな挨拶を返してしまうノール。

報道機関やかなり地位の高い関係者が出席する、この"URA賞表彰式"だが、会場のムードは非常に暖かい。

ノールの緊張を初々しさと受け取って流してくれることに、脇に控えるトレーナーは胸を撫で下ろす。

 

『"デビューから僅か3戦、無敗でのGⅠ制覇が選定の決め手とのことです。ホープフルステークスでの他を寄せ付けない走りに私や会場の皆様も脱帽する想いでございました。まずは受賞された今のお気持ちをお願い致します。"』

「は、はい!えっと...私自身、こんなに早くGⅠウマ娘になれたことが夢のようでして。更にまさか、URA賞まで頂けるなんて...去年までの自分が聞いたら、絶対に信じないだろうなぁと...。偏に、支えてくれたトレーナーさん、先輩方、そして応援してくれた方々のおかげです。本当に、ありがとうございます!」

『"ホープフルの際も、涙ながらに感謝を伝えていらっしゃいましたね。"』

「そ、その話はしない方向でっ!?///」

 

少々笑いも挟みつつ、和やかに進む表彰式。

今年(正確にはもう去年だが)最も活躍したウマ娘を部門ごとに表彰するこのURA賞は、かつてキタサンブラックやイクイノックスも受賞した経験があるものだ。

しかし、その二人もジュニアでの選出はなかった。

憧れを超える為の第一歩。

その証を手に入れたノールは、舞い上がる気持ちを抑えて幾分か表情を引き締める。

 

『"順風満帆でクラシック三冠へ挑む形かと存じます。今まで勝利してきたレースの類似から、あのコントレイルさんを思い出す方も多いでしょう。ズバリ、今年の目標をお伺い出来ますでしょうか。"』

「...はい。私、クロワデュノールは。」

 

トレーナーにとってはこれが一番の緊張の瞬間。

隣に立つノールの背中は、いつの間にか先程より逞しく見えていた。

 

「"無敗の三冠ウマ娘"を目指します。」

 

その宣言を会場の、全国のウマ娘ファンが期待していただろう。

ドッ!とザワつく記者や関係者を前にしても、ノールの瞳に迷いはなかった。

 

『"これまでクラシック三冠においてはシンボリルドルフ、ディープインパクト、そしてコントレイルの三名だけが達成した偉業に、四人目として名を刻まれるということですね?"』

「はい。困難なことだとは分かっています。傲るつもりもありません。ただ、そのチャンスがあるなら、私は挑戦したい。それくらいの気持ちがなければ届かない人たちがいるんです。彼女たちを尊敬しているからこそ、私は挑まなくてはならない。それが、"最強"に憧れた責任だと思っています。」

 

堂々としたその発言に、感嘆の声を上げる者もいた。

ジュニアチャンピオンとしての威厳を示したノールに代わり、記者からの具体的な質問をトレーナーが捌いていく。

 

「無敗の三冠ウマ娘とは、また大きく出ましたわね。誰かさんが聞いたら"生意気だ!"などとしばらく駄々を捏ねそうですわ。」

「きっと結局は喜んでくれると思いますよ。キタちゃんの妹ですから!」

 

初々しい様子を、少し遠巻きに見守る二人のウマ娘。

一人はドレスアップしたサトノダイヤモンド。

薄い水色のドレスに葦毛が映えるもう一人は、ターフの名優こと"メジロマックイーン"だ。

 

今や伝説とまで呼べるメジロ家の令嬢は、頭に浮かんだ少し子どもっぽい親友兼ライバルを思い出し、クスリと上品に笑ってみせた。

そんな彼女に習って、ダイヤもまた自身が幼少の頃を懐かしむ。

メジロマックイーンとトウカイテイオーに憧れた、自分とキタサンブラック。

憧れの二人、そのどちらが強いかで喧嘩するような子どもが、成長して有マ記念と春の天皇賞で競い合い。

ついには、その自分たちを憧れと呼ぶ後輩たちが、今やクラシック三冠に挑もうと言うのだ。

時の流れは早いにしても、ここまで速いとは思わなかった。

 

「でも、憧れるなら私にして欲しかったなぁ...。」

「相手がご近所さんでは仕方ありませんわ。身近な程、よりギャップというのは強くなりますし。貴女に憧れるサトノのウマ娘が、今何人いることか。」

「マックイーンさんには負けちゃいますよ。今も昔も、私の一番のスターですから。」

「ふふっ、光栄ですわ。」

 

妹を心配し頼って欲しい姉心と、今もこうしてマックイーンにときめいている童心。

大人なような、子どもなような。

これが成長というものなのかと、ダイヤは少し誇らしい気持ちになる。

 

「...これからが大変ですね。」

「そうですわね。現状は彼女を頂点とする"一強"状態。()()()()()()()からこそ、非常に危険と言えますわ。」

 

にこやかな表情から一転、勝負の世界に生きる者としての顔を見せる令嬢たち。

トゥインクルシリーズの本番はここから。

世代の王者を経験した二人だからこそ、自らを律するだけでは塞げぬ"隙"があることを知っていた。

 

()()()()()()()()()()()()よ、ノルちゃん。」

「クロワデュノールさん。伝説に足る実力があるのか、拝見致しますわ。」

 

歴戦の強者にその輝き見定められているとは知らずに、若き王者は賛辞の雨に酔いしれるのだった。

 

「ところで、あちらで踊っているのはゴールドシップさんでは?」

「だから何で当たり前のようにいるんですの!?いい加減貴女も落ち着きというものを...ちょっ、お止めなさい!?(わたくし)はうまぴょいしませっ...すきだっち!?」

 

――――――――――――――――――――

 

「...!」

「っ...。」

 

トレセン学園、練習コース。

先行するマスカレードボールの2バ身程後ろに、ピッタリとソールオリエンスが張り付く。

余裕を持ってマークしているソールに対し、マスカレードは既に息を切らし始めていた。

 

振り返る必要がない程の"威圧感"。

自分を意識し、打破せんと機を見計らうその足音。

気を抜けば一瞬でかわされる。

そんな恐怖心がマスカレードの心と身体を削り取り、冷静な判断力を無くしていく。

 

「一か八か...っ!」

 

4コーナー手前でソールを突き放すべく、マスカレードは残る力を出し切りスパートをかけた。

目論見通り離れていくソールとの距離。

 

"いける、このままスピードを維持できれば。"

 

希望を抱いた若ウマ娘の耳に、地面を抉る爆発音が響いた。

 

「それじゃダメだよ、ぼうるちゃん。」

「ッ!?」

 

最終直線、気付いた時には追い越されていた。

余力を残していたソールオリエンスの豪脚が炸裂し、一瞬でその差は逆転する。

 

"これ程までに強いのか。"

 

いつか憧れたその言葉を彷彿とさせる走りに打ちのめされ、マスカレードは息も絶え絶えにゴール板近くで座り込んだ。

 

「ぼうるちゃん!?大丈夫!?」

「っ...へいき、です...。」

 

差し出された手を取らず、マスカレードは立ち上がる。

しかし、顔は下を向いたまま。

心配するトレーナーとソールに応えることもなく、更衣室の方へと向かっていってしまった。

 

「ダメなのに...こんなんじゃ...!」

 

シャワーに涙を混じらせながら、マスカレードは必死にどうするべきなのかと思い悩む。

 

ホープフルステークスの悪夢から2ヶ月。

一時は塞ぎ込んでしまったマスカレードだったが、ソールの献身的なサポートにより通常通りの生活を送れるようになっていた。

 

だが問題は、練習の内容と走りの質である。

あれ以来彼女の脚は精彩さを欠き、著しくタイムを落としている。

心因性のスランプだとトレーナーたちは結論付けたが、初動戦を一週間前に控えた今現在に至るまで、何の解決法も見つかっていないのだった。

 

「...謝らないと。」

 

シャワーを終え制服に着替えると、途端に先程の自分がいかに失礼な態度だったかを自覚する。

ソールやトレーナーは自分を想ってくれているだけなのに。

自分はいったいどこまで情けないのかと自己嫌悪しつつ、一言謝罪する為に練習場へ引き返す。

 

「...!?」

 

入り口付近で突然物陰に飛び込むマスカレード。

揺れる瞳の先には、彼女が最も強い憧れを抱くドゥラメンテの姿があった。

たまたまそこにいたというわけでなく、あろうことかマスカレードのトレーナーと何やら会話をしている様子。

 

「なんで...!?」

 

何故彼女が自分のトレーナーと?

自分は彼女に、あまりに情けない姿を見せたというのに。

彼女が自分を気にかけることなどあり得ないはずなのに。

どうして、何で。

早鐘を打ち苦しくなる呼吸。

踞りかけているマスカレードの方へ、トレーナーとの会話を終えたドゥラメンテが向かって来た。

 

「っ...!!」

「ぼうるちゃん待って!!」

 

逃げ出そうとする小さな身体を捕まえたのは、彼女を誰よりも心配する先達だった。

ソールはマスカレードを抱き締め、必死にその"誤解"を解こうとする。

 

「は、はなしてっ...離してくださいっ...!アタシ、アタシはもう...!!」

「違うの、話を聞いてぼうるちゃん!ドゥラメンテさんはあなたに失望なんてしてない!()()()()()()なの!」

「たす、け...?」

 

暴れるマスカレードに届くよう、慣れないながら精一杯声を張り上げる。

ヒトでもすぐに気付くような騒ぎ。

それをウマ娘の耳が聞き逃すわけがなかった。

 

「...マスカレード。」

「ぁっ...」

 

目の前に立つ、憧れ。

その宝石のような瞳に射貫かれて、マスカレードは身動きが取れないような感覚に陥る。

動かない彼女に目線を合わせる為、ドゥラメンテはその場に屈み込む。

 

「話を、させて欲しい。」

 

真剣な表情で紡いだのは、シンプルな言葉。

いつか見た光景と重なるようで、マスカレードは拒まず、ただ頷くことしか出来なかった。

 

――――――――――――――――――――

 

「君に渡したい物がある。」

「アタシに、ですか...?」

 

ベンチに並んで座るドゥラとマスカレード。

隣ではあるがそこそこの距離感を空けて座っており、何とも緊張感がある。

包みを差し出され、遠慮がちに受け取る。

その様子は遠巻きに見守るソールから、まるで接し方の分からない"親子"のようにも見えた。

変にハマり役な気がして、思わず苦笑いをしてしまう程だ。

 

「!...これ...。」

 

促され包みを開くマスカレード。

その中に入っていたのは、耳から目までをすっぽりと覆う、深い青色の"頭巾"だった。

 

「ど、どうして...?それにこれ、大きい...」

「君のお母様にお聞きし、素材から探して作成した。」

「作成って...ドゥラメンテさんが...!?」

「ああ。...すまない。時間がかかってしまった。私はこういったことに向かないらしい。」

 

そう言って少し息を吐くドゥラメンテの両手には、小さな絆創膏が至るところに貼られていた。

 

うんと小さな頃の話だ。

恥ずかしがり屋の自分の為、母親が手縫いで作ってくれたのがこの頭巾だった。

温かくふわふわの感触で、着けるだけで幸せな気持ちになれた思い出の品。

それをあのドゥラメンテが、自分などの為に苦労して再現してくれたと言う。

嬉しい以上の困惑が、マスカレードの胸を一杯にしていく。

 

「どうして、アタシなんかの為に...」

「...君は、ウマ娘同士が感じる"不思議な感覚"を知っているか?」

「不思議な、感覚...?」

「特定のウマ娘にのみ感じる、"運命的な何か"としか言えない、奇妙な感覚だ。私にも少し、覚えがある。」

「それが...何だって言うんですか...。」

 

ウマ娘のみが感じる、知らないはずの誰かを知っているような、何故かその相手から目が離せなくなる感覚。

それに、"これはあくまで噂レベルだが"と付け加え、ドゥラはこう続ける。

 

「中にはその感覚が強力過ぎて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()者もいるそうだ。」

「...!?」

 

それはまさに、マスカレードのことだった。

彼女を苛む悪夢の正体を、まさかドゥラメンテから聞くことになるとは。

激しく動揺する姿に、ドゥラは自らの予測を確信へと変える。

 

「...すまなかった。」

「何で、謝るんですか...?」

「君ならきっと、()()()()を見てしまったはずだ。」

「っ...それは...それは、アタシ自身の悪夢です。アタシ、ずっと応援してましたから...。」

「...そうか。」

 

初めて生で見たレースはドゥラメンテの皐月賞だった。

親に無理を言いダービーにも連れて行ってもらって、マスカレードは"最強"とは彼女のことであると理解し、憧れた。

それなのに、天は彼女が最強であることを否定した。

怪我で三冠は幻と消え、復帰し希望を見出だしかと思えばまたしても怪我。

ついに彼女はトゥインクルシリーズを去るしかなくなり。

幼いマスカレードがいくら泣こうと、いくら悔しがろうと、現実は何も変わらなかった。

あの現実こそが、彼女にとって最も憎むべき悪夢なのだ。

 

「...私や他のウマ娘たちが君に見せたモノは、きっと限りなく現実に等しい。悲しみ、怒り、絶望。それは私たちの中に確かにあったものだ。しかし、それを君が背負う必要はない。」

 

かつて実際にあった悲劇と挫折を認めながら、ドゥラメンテはそれをマスカレードには関係のないことだと言い切る。

 

"関係がないのならば、何故こんな悪夢を見るのか。"

 

そう問う気力すらないマスカレードに、ドゥラはゆっくりと頭巾を被せた。

ピッタリとあったサイズ。

そしてどこかマスコットのような愛らしさに、ドゥラは少しだけ表情を柔らかくする。

 

「......あったかい...。」

「...恐怖や不安に、逃げ出したくなる気持ちは分かる。私も、トレーナーに指摘されるまではそれを恥じていたからな。」

「ドゥラメンテさんが...?」

「ああ。そして教えてもらったんだ。恐怖や不安を受け入れ、それでも戦うという決意が、真の強さであると。」

「受け入れる、強さ...。」

「その頭巾は、それを補助する為の物だ。不安に押し潰されそうな時に着けるといい。一時的にだが、君を守ってくれるだろう。そうなるように願って作った。」

 

頭巾越しに見えるドゥラの顔は、自分が知る凛々しい彼女とはまったく違う。

どこまでも優しい、本当に愛おしいモノを見るような表情。

頭巾の温かさを感じながら、マスカレードはそれでも理解が出来なかった。

 

「何で...何でアタシなんかの為に、ここまでしてくれるんですか...?アタシは...アタシは全然すごくなんてないんです...あなたに見られる資格なんて、ないのにっ...」

「...私は、()()()()()()()()()()()()()()ことにした。」

「......え...?」

 

返ってきたのは明確な答えではなく、彼女の現実を更に悪夢へと変えるモノだった。

 

「な、なんで...!?どうして!?辞めるなんてそんなっ!?」

「...すまない、言葉が足りなかった。一時的に"留学"をすることにしたんだ。」

「りゅ、りゅう、がく...?」

 

留学という言葉を頭で反芻し、感情の波を数秒かけて何とか抑え込む。

どうやら、早とちりだったらしい。

頭巾を被っていても分かるくらいに顔を赤らめ、より縮こまってベンチに座る。

 

「学ぶべきことが出来た。私も、グル姉たちのようになりたい。」

「それって...()()()()()()、ってことですか...?」

「ああ。だが、まだ先の話だ。その準備はするが、ドリームトロフィーには忘れ物がある。最強の証明は、私の使命だ。」

「変わらないんですね...今も、昔も。」

 

悪夢に捕らわれ忘れかけていたが、ドゥラメンテたちの時が止まったわけではない。

彼女は新しいステージで最強を証明すべく走り続けているし、他のウマ娘も苦難を乗り越え今を生きている。

悲劇で終わらない強さを、憧れた彼女たちは持っている。

そんな当たり前のことすら見えなかった自分を、マスカレードは恥じた。

 

「......三冠を取れなくても。トゥインクルシリーズを走れなくなっても。それでも、あなたは諦めてなんていなかった。ずっと強くて、カッコよくて...だからアタシ、あなたが大好きで...誰よりも、憧れでっ...」

 

ドゥラメンテが引退した後も、マスカレードが彼女を忘れたことなど1度としてなかった。

トレセン学園に来て久しぶりに見た憧れは、昔と変わらずトレーニングに励んでいて。

その背中の大きさを、勝手に誇らしく思ってしまった。

当時の感動が甦り、涙が溢れてくる。

 

「...その目だ。」

「っ...?」

「私を見る、君のその瞳が教えてくれた。()()()()()()()()()()()、と。」

 

ドゥラが幼いマスカレードと出会ったのは、宝塚記念後に判明した怪我、そのリハビリの最中だった。

最強を証明するどころか、復帰すら見通しの立たない絶望の日々。

自身の存在意義すら失いかけたタイミングで、トレーナーから提案されたのは古里への帰郷。

そこで偶然出会ったのが、マスカレードボールというウマ娘だった。

 

「未だ私を最強だと疑わない瞳。憧れを語る君に、私は血脈ではない、受け継がれる"何か"を感じた。指導者への道を考えたのも、それがきっかけだった。目標を失った私に、君が意義を与えてくれたんだ。」

 

輝く瞳に映るのが自分であるならば、絶対に諦めることなど出来ない。

彼女が見ていてくれる限り、ドゥラメンテは最強で在り続ける。

だからこそ今この場に自分はいるのだと、

ドゥラはマスカレードに話す。

 

「恩返しがしたかった。遅くなってしまったが。...ありがとう、マスカレードボール。」

「!...お礼なんてっ...アタシが、アタシが言わなきゃいけないのに...っ!」

「...その頭巾は君を守るだろう。だが、外すしたからと言って、君が弱くなることはない。きっと次に見るのは悪夢ではなく、"あの日の景色"になるはずだ。」

 

泣きじゃくる頭を優しく撫でる。

マスカレードが頭巾を外すと、目の前には当然ドゥラメンテがいる。

始まりの日と同じ光景。

微笑む憧れが、変わらぬ姿でそこに在った。

 

「私が、見ている。瞳の先に、私がいる。離れていても、必ず。だから、君は何も諦めるな。」

「!...ドゥラメンテ、さんっ...ぅ...ぅうっ...うわぁぁぁんっっ...!!」

 

信じているという言葉が、マスカレードの感情を決壊させる。

子どものように泣きじゃくる少女を、ドゥラはぎこちないながらに抱き締めて、優しく慰めるのだった。

 

――――――――――――――――――――

 

 

       府中 芝1800m

          【GⅢ】

         《共同通信杯》

 

『"寒さの深まる府中。今日のメインはGⅢ共同通信杯。東スポ杯と同じ条件で行われるクラシック重賞です。URA賞ウマ娘、クロワデュノールに続くスターは現れるのか。"』

 

冬の寒さが深まる2月。

年を越しクラシック級となったウマ娘9人が、三冠路線へと進む為に重賞制覇を目指す。

その中に、マスカレードボールの姿もあった。

 

『"1番人気マスカレードボールですが、本日はパドックにて初ブリンカーを装着しての登場でした。"』

『"前走はパドック時点で調子を崩していましたし、繊細な部分があるようですね。"』

『"次に繋がる秘策となるか、注目です。"』

 

枠入り前、マスカレードはドゥラメンテにもらった頭巾の感触を確かめる。

温かく安心するそれは、本当に彼女を悪夢から守ってくれた。

少し聞き取り辛くはあったが、"面白い"だとか"可愛い"だとか、パドックで聞こえてきた声に罵倒はなかったと思う。

ジャージを拾い上げるのに苦労したのは改善の余地あり...。

 

マスカレードが今までにない安心感に包まれていると、ファンファーレが鳴り止んでついに枠入りの時間となった。

 

「...お願いします。」

「はい、お預かりしますね。」

 

2番ゲートに入ったマスカレードは頭巾を脱ぐと、係員に手渡して髪を振り乱す。

クリアになった視界に映るのは暗いゲートだけで、頭巾を着けていた時と大差がない。

 

『私が見ている。』

 

「...ドゥラメンテさん。」

 

外しても顔なんて見えないじゃないですか、と軽く文句を呟きつつ。

意識して初対面の光景を思い出す。

 

今日は同じスクールの子だっているのに、本当にあの人は応援してくれるのだろうか。

同じようなことをみんなに言っているんじゃないのか。

胸に浮かぶ疑問は後ろ向きなものばかりのくせに、マスカレードの表情は穏やかで幸せそうだった。

彼女の心は既にドゥラメンテのくれた言葉でいっぱいで、悪感情を抱く余裕などなくなっていたのだ。

 

『"リトルジャイアンツが最後です。9番ゲートに収まって...ゲートイン完了。スタートしました!"』

 

ゲートが開き目の前に輝くコースが現れる。弾むような気持ちのままに、マスカレードは勢いよく飛び出していく。

 

『"綺麗に揃ったスタートとなりました。まずは8番レッドキングリーが好スタートを切り先頭へ。内から二番手マスカレードボール。"』

 

東スポ杯で着内を確保したウマ娘が先頭を走るが、少し気合いが入り過ぎているようにも見える。

マスカレードも珍しく気分が高揚し速度が上がってしまうが、すぐに冷静になって二番手、三番手辺りのポジションへと控える。

 

「GⅢ共同通信杯。東スポ杯と同じ条件のレースではあるが、その性質は少々異なっている。」

「どうした急に。」

「歴代の勝ちウマ娘にはミスターシービー、ナリタブライアン、ジャングルポケット等ダービーを制覇した名ウマ娘が名を連ねる。どういうことか分かるか?」

「尺が長いぞ。」

「クラシック直前に行われるこのレースは、純然たる"東京巧者"が誕生し飛躍するステップとなっているんだ。そして今回、東京で一度も負けていないウマ娘が一人。」

「それが今年のダービーウマ娘候補ってことだな。」

 

観客の会話の通り、今回マスカレードボールが一番人気に推されたのはその東京コースへの適性を評価した部分が大きい。

彼女自身、府中の長く広い直線は走りやすく好きではあった。

 

「ここでいいの...?」

 

しかし、彼女はまだクラシックに上がったばかりの若ウマ娘。

2000m以上ならば位置を思い切り下げることも出来るが、1800mという微妙な距離での位置取りは難解。

ペースによって最適な位置が大きく変化する為、判断に迷いが生じてしまう。

 

『"4番手サトノカルナバル、1バ身差の5番手がネブラディスクです。先頭集団は3人、3番手マスカレードボールは前後に差を作って残り1200の標識を過ぎました。"』

 

結果として先頭集団に取りついたものの、前2人のペースが速いと判断し空間を作る形に。

それ以上に後方集団との差が付く位置取りとなった。

実際、最初の1000mは59.9秒。

ハイペースと言う程ではないが、前2人が飛ばし過ぎているのは確かだった。

結果として、マスカレードの位置はスロー寄りの先行策。

不安はあっても、それ以上のセンスが彼女にはあるという証明だった。

 

『"残り600m順位の変動ありません。4コーナーカーブ、外からネブラディスクが動いた、内からカラマティアノスも来る。"』

 

前2人がバテ始め、マスカレードは3番手は変わらないながらも先頭との差を無理なく詰めていく。

後続も漸く位置を変化させ、勝負はいよいよ大詰めを迎えた。

 

『"さあ直線の攻防です、ここでの瞬発力がクラシックへと繋がっていく!まだ先頭はレッドキングリー!"』

 

「ここから...!」

 

最終直線に入り、粘る前2人は風前の灯火。

後続のスパートを感じながら、マスカレードもまた先頭の奪取を目論み加速しようとする。

 

「っ...!?」

 

だが、()()()()

足が重い、前に出ていかない。

普通なら体力の限界だと思ってしまうが、他ならぬマスカレード自身が余力を残している実感がある。

なら、何故止まってしまいそうなのか。

 

『"ドゥラメンテ届かない!先頭は1番リアルスティール!"』

 

「何でっ...!?」

 

何故よりによって今なのか。

自分の世界が、"悪夢"に染まっていく。

その内容はドゥラメンテが敗北したレースの再現。

しかも、同じ共同通信杯の記憶だった。

気持ちの昂りから位置取りに苦労し、末脚があっても結局押し切られてしまったレース。

自分の未熟さへの怒り、負けたことによる虚脱感。

それらがマスカレードにリアルな重圧を与え、足の動きを阻害しているのだ。

 

「ちが、う...違う...!」

 

ドゥラメンテがマスカレードの邪魔をすることなどあり得ない。

彼女は"背負う必要はない"と言ってくれた。

ただ自分を信じ、見ていると約束してくれた。

だからこの光景はきっと、本来はドゥラメンテの"想い"なのだ。

マスカレードの勝利を願う気持ちが、背中を押す気持ちが。

()()()()()()()()()()だけ。

背負う必要がないのに、何故こんな悪夢を見るのか。

答えは簡単だった。

 

「アタシだ...!アタシが、勝手に背負ってただけなんだ...!」 

 

"体調には注意すること。"

"怪我をするような無理はするな。"

"負けても止まるな、諦めるな。"

"栄誉よりも大切なものがある。"

 

思い返せば、それらは全部自分への"忠告"だった。

彼女たちの背中を見て進むであろう自分を心配してくれた、先達たちの思い遣りに違いない。

それを勝手に自分に当て嵌め、絶望して。

結局自分から彼女たちの悲劇を"演じていただけ"に過ぎなかったのだと、マスカレードは気付く。

 

今だってそうだ。

 

"ドゥラメンテさんの勝てなかったレースを、お前なんかが勝てるものか。"

 

そう隣で囁いているのは、他でもないマスカレード自身だった。

 

「アタシは信じる...!アタシじゃない、アタシを見てくれたあの目を...!アタシの憧れを、信じるだけだ...!」

 

悪夢がひび割れ、緑のターフと歓声が帰って来る。

自身を否定する自らの幻影を振り払い、瞳の先に映った景色は。

 

『...君を覚えておこう。私を見てくれた、その瞳と共に。』

『~~っ!///』

 

色褪せることのない、夢の始まりだった。

 

「最強は、アタシだッ...!!」

 

『"外からマスカレードボール!マスカレードボール先頭!"』

 

もう何の柵もマスカレードにはなかった。

動かなかったはずの脚が地を砕かんばかりに蹴り上げ、身体が風を切り裂くように前に出る。

一気に先頭へ躍り出るマスカレードボール。

 

『"内からカラマティアノス競りかかる!残り200mを切ってもう2人のマッチレースだ!"』

 

インを突いたウマ娘が唯一マスカレードと並び、その勝負根性を見せてくる。

しかし、彼女のことなどマスカレードは見ていない。

目の前には阻むものがいない芝生と、何より幸せだった思い出が見える。

それが彼女の魂に火を付けて、更なる加速を生み出す。

 

「ハァァ......ッッ!!!!」

 

『"カラマティアノス!マスカレードボール!マスカレードボール!マスカレードボールぅぅ!!競り勝った2番マスカレードボール!重賞初制覇ですっ!!"』

 

ゴール板を最初に走り抜けて尚、彼女の身体には力が漲っていた。

もう悲嘆の声も、非難の声も聴こえない。

聴こえてくるのは、自身の勝利を祝う大観衆の歓声だけだ。

 

「...思い出したい景色が、増えちゃいました。」

 

レースに悔しさ、不安、怒りは付き物だ。

きっと、この先も悩んで苦しむことがたくさんある。

だから、しっかりと目に焼き付けなくてはならない。

いつでも思い出せるように。

決して忘れないように。

その思い出たちが、きっと弱い自分を強く変えてくれる、"仮面"になっていくはずだから。

 

マスカレードボールは歓声に向かってお辞儀を返す。

どこかで見ているはずの憧れに、届くようにと。

長く深い、感謝の礼だった。

 

「見たいモノは見られたのか?」

「...ええ。彼女になら、託せます。」

 

観客席の上部。

トレセン学園の関係者が集まる場所で、勝利した彼女を見つめるドゥラメンテともう一人。

"エアグルーヴ"は満足そうな妹分に優しく笑った後、すぐにいつもの険しい表情を取り戻してしまう。

 

「しかし、いきなり裁縫を教えてくれと言われた時は何事かと思ったぞ。何も自分でやる必要はないとも思ったが...よほど気に入っているのだな、彼女を。ドゥラにしては珍しい。」

「...キタサンやクラウンたちに影響されたのかもしれません。それに、私はグル姉の真似をしているだけです。」

「私はお前程優しくはなかったよ。」

 

想いは血を超え、エアグルーヴからドゥラメンテ。ドゥラメンテからマスカレードボールに繋がった。

継ぐ者の新たな門出を見守って、彼女たちは人知れずレース場を去っていくのだった。

 

――――――――――――――――――――

 

「やっぱり、マスカレードさんはすごい。」

「ゴール板手前の手応え...ヤバかったな。」

 

トレセン学園、食堂にある大画面モニター前にて。

クロワデュノールとミュージアムマイルは、おやつ片手に共同通信杯を観戦していた。

 

現地にはキタサンやサトノ家もおり一緒の観戦も考えたが、クラシック世代の中心である彼女たちが向かうと"直々に偵察"などとマスコミが騒ぐ為、仕方なくテレビ中継に頼ることにしたのだった。

 

『ここで、先週きさらぎ賞を制したサトノシャイニングさんのインタビューを見てみましょう。』

 

『"わたしこそ最光ッ!勝つのは最も輝いてるこのわたしだぁ!というか勝ったぞ!!髪を洗っていい感じに整えて大人しく待っているがいい!クロワデュノールよぉー!!"』

 

「デートでもするのか?」

「しないよ!?えっと...たぶん"頚を洗って待ってろ"って言いたかったんだと思う。」

「あぁ、いつもの布告を宣戦な。」

「結構面白がってるよね、君...。」

 

これでマスカレードボールも、サトノシャイニングも無事に重賞ウマ娘となった。

知り合いが勝利するのは嬉しい反面、緊張感も増していく。

とりわけ、今隣にいるミュージアムマイルからはそれこそ宣戦布告をされているわけで、接し方をどうしたものかとノールは悩んでいるのだが。

 

「何でミューズは普通に出来るのかな...。」

「何だ?家出でもして欲しかったか?」

「布告を宣戦するならせめてレース直前とかにしてってこと!気まずいんだから!」

「宣戦を布告な?」

「分かってるよ合わせただけでしょ!?」

 

祝勝会の雰囲気をぶち壊した直後、当たり前のように

 

『明日は7時に起こしてくれ。よろしく。』

 

と部屋で言われた時の意味不明感は異常だった。

オンオフの激しさをそんなところにも出すんじゃない。

 

それ以降、またいつも通りいい友人としての関係に戻っているのだが。

一回ちゃんと怒った方がいいのか、触れない方がいいのか。

ノールの気苦労は嵩む一方である。

 

『しかしシャイニングに続きマスカレードまで。クロワデュノールが倒したウマ娘たちが続々と才能を開花させていますね。』

『まさに"一強"の雰囲気。リベンジがあり得るのか、それとも未対戦の中に天敵がいるのか。ジュニアチャンピオンを中心に、クラシックが非常に楽しみになってきましたね。』

 

テレビのキャスターや有識者の会話に、否が応でも周囲の視線がノールに集まる。

ミューズのことと合わせて居心地の悪さを感じ、その場を離れようとした時だった。

 

「歓談中すまない。君がクロワデュノールだな?」

「はい私がクロワデュノール、で...!?」 

 

突然背中から声を掛けられ振り返ると、不自然に野次ウマ娘たちの山が二つに分けられ、通り道が作り出されていて。

ウマ娘たちの目は、ノールよりむしろその()()()()()()()()()()に向けられていた。

ノール自身、その予想外過ぎる人物に驚いて、返事をしながら飛び上がってしまう。

 

「か、かいちょー!?」

「...フフッ。新進気鋭とは、人の呼び方まで似通うものなのか。」

 

無敗の三冠ウマ娘にして、

トレセン学園、生徒会会長。

 

"シンボリルドルフ"。

 

歴史に名を刻む本物の逸強が、ノールの眼前に立っていた。

 

「クロワデュノール。君と少し、話をしたい。」

 

――――――――――――――――――――

 

   ミュージアムマイルのヒミツ①

      実は料理が得意。

 

 

         次回

    第4話『ミュージアムマイル』




ここまで読んで頂いた方、ありがとうございます。
次回はいよいよ皐月賞の予定です。
チマチマと続けていきたいと思っていますので、感想等頂けたら嬉しいです。

マスカレードボール イメージ画像↓

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