ウマ娘 プリティーダービー ノーザンクロス   作:月想

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クロワ 勝負服 ↓

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第4話『ミュージアムマイル』

「有マ記念勝ちたかったぁぁーー!!何回叫んでも悔しぃぃーー!!レイちゃんに負けたぁぁーー!!あと初海外こわぁぁーいい!!たすけてミラちゃあぁーーんっ!!」

 

"切り株"に悔しさをぶつける栗毛のウマ娘を遠巻きに眺めつつ、ノールは緊張の面持ちでベンチに座っていた。

 

「場所を変えたが、個室の方がよかっただろうか?喧騒が気になるようなら生徒会室に」

「い、いえっ!ここで大丈夫ですっ!」

「...そうか。唐突千万にも時間を貰っているんだ、何か不都合があれば遠慮なく言ってくれ。」

「だ、大丈夫ですっ!!」

 

隣にはトレセン学園の頂点である"皇帝"、シンボリルドルフ。

絶妙に人通りの少ないここですら授賞式並みに緊張しているのに、個室で二人きりなんて心臓に悪すぎる。

何か失礼をしたら色々な人に迷惑が及ぶかもしれないし。

具体的にはお姉とか、クロノ先輩とか。

ありもしない想像で顔を青くするノール。

 

「叱責の類いを想像しているなら心配無用だ。同じウマ娘として、君と話がしてみたかっただけだからな。」

「それはそれで畏れ多いような...」

「温良恭倹だな、君は。先達がよく育んだ賜物か。」

 

その不安を察してか、ルドルフは嫌な話をする気はないと前置く。

謙虚なノールの姿勢も気に入ったようだ。

 

「調子はどうだ?順風満帆、百事如意ならば幸いだが。意気軒昂なのは見て取れる。気焔万丈は保てそうか?」

「え、え~っと...?」

「...すまない。クラシック三冠へ向け、調整は順調かな?」

 

四字熟語の嵐に疑問符を浮かべるノールだったが、これもルドルフの気遣いにより意図が伝わったようだ。

そもそも一文を四字熟語で埋め尽くさないで欲しいのはともかく、ノールは生真面目に自分の状態について説明する。

 

「...順調、だと思います。叩きのレースをどうするかって話はありましたけど、結局皐月賞は直行という形になりました。ダービーを考えた時に疲労が溜まるよりは、と。」

「ふむ。道理だな。全身全霊を期するなら二冠目のダービーだろう。皐月賞や菊花賞と違って、ローテーションに余裕があるわけでもない。」

「って、前哨戦も勝ってる会長さんに話すのは情けない気もしますが...」

「そんなことはないさ。簡潔明瞭なローテは怪我のリスクを減らしパフォーマンスを向上させる。考え方自体に日進月歩を感じるよ。」

「ありがとうございます。なんと言うか、会長さんに肯定してもらえると安心感が出てきますね。」

「社交辞令と疑ってくれるな。正真正銘、本心だとも。」

 

穏やかなルドルフの対応に、最初は萎縮していたノールも徐々にその緊張を解していく。

学園の頂点、その人柄を僅かに理解出来たところで、ついに会話は"本題"に入るようだ。

 

「クロワデュノール。君は無敗の三冠を目指しているそうだな。」

「!...はい。挑戦するべきだとは、思ってます。」

「"自信はそれ程ない"、という風にも聞こえるが?」

「あはは...その、正直上手く行き過ぎてる気もして。一強とか、ジュニア王者とか、みんなが褒めてくれるけど。こんなのまだまだ序盤じゃないですか。秋からシニアにかけて一気に強くなった人たちを、私はよく知ってますから。」

「...では、問おう。君の夢はなんだ?君はこのトゥインクルシリーズに何を刻みたい?」

 

ルドルフの質問は、幾度となく様々な人に尋ねられてきたモノだ。

そしてその回答はいつも同じ。

ノールは変わらぬ自らの夢を反芻し、生ける伝説へと告げた。

 

「イクイノックスさんやお姉...キタサン先輩みたいに、みんなが夢を託せる王者になりたいんです。昔から変わらない、私の夢です。」

「...憧れ、か。」

 

笑顔で語るノールに、ルドルフは内心納得しつつ。

幾分か表情を引き締めて、次なる言葉を紡いだ。

 

「イクイノックスにキタサンブラック。どちらも歴史に刻むに相応しい功績を残したウマ娘だ。それは間違いない。君のようにその背中を目指す者も多いだろう。」

「カッコいいですから、二人とも。」

「だが、それは()()()()()()?それとも、彼女たちが彼女たちであるからか?」

「え...?」

 

ルドルフの意図が理解出来ないのか、ノールは気の抜けた音しか返すことが出来ない。

 

「すまない、意地悪な質問だった。...最近よく考えるようになってね。成績を残したウマ娘だけが人々の記憶に残るのだろうか、と。」

「それは...違うと思います、けど。」

「同感だ。ならば、戦績は関係ないということになる。つまり、無敗の三冠や七冠ウマ娘という称号は意味がないわけだ。」

「そんなことはないです!...よね?」

 

極論過ぎると話すノールに対し、ルドルフはそれを肯定するように頷く。

故に分からなくなると、一言添えて。

 

「憧れられるウマ娘とは何か。そうでなければ価値はないのか。"無敗の三冠"を例に挙げてみよう。史上三人目のクラシック無敗三冠を達成したウマ娘、コントレイル。菊花賞後に勝ち切れないレースが続いた彼女に対して、世間はいったいどんな評価を下したか。」

「...」

()()()()()()()()、だ。」

「っ...酷い...。」

 

競っていたのがあのアーモンドアイやエフフォーリアだったことを考えれば、最弱などという評価が不当なのは明らかだ。

しかし、当時は偉業を成し遂げたウマ娘にまでそのような評が上がっていたのは事実。

それが如何なる意味を持つのか。

ルドルフは見逃してはいなかった。

 

「勿論、彼女は彼女自身の力で汚名返上を果たしたが。今人々が求めているのは、より新しい、()()()()()()()()()()()()()()のように思う。」

「未知、ですか...。」

「アーモンドアイが8つ目のGⅠ勝利を成し遂げた日、テイオーがわざわざ訪ねてきたんだ。"誰がなんと言っても会長が一番強くてカッコいいよ!"と告げにね。まったく、余計なお世話だと返したよ。」

「...でも私、テイオー先輩の気持ちも分かりますよ。」

「そうだろうな。だからこそ、どうしたものかと考える。ウマ娘本人と見守る人々との温度差は、トゥインクルシリーズ全体へ影響を及ぼす。人々に認められようと無理をするウマ娘も出てくるだろう。"何故私たちは走るのか"。自分なりの答えが、何より肝要となる時代が来る。」

「自分なりの...」

 

度重なる偉業達成による、功績の飽和。

後に続くノールたちにとって厳しい時代がやって来ていると、皇帝は語る。

 

「仮に君が彼女たちに並ぶ功績を上げたとして、願った姿になれるとは限らないということだ。」

「そう、ですか...。 」

「何故彼女たちに憧れたのか。何を以て夢を叶えたとするのか。功績に囚われず、答えを模索するんだ、クロワデュノール。」

 

一歩近付いたと思った背中が、また離れていくような感覚。

押し黙ってしまったノールの肩に、ポンとルドルフの手が置かれる。

 

「こんな話をしてしまってすまない。今は分からなくともいいことだった。」

「...そうかもしれません。考えても答えは出なさそうですし...まずは、皐月賞のことだけを考えます。」

「皐月賞とて、君の長い競走人生の始まりに過ぎない。今日は"功績に囚われず"という部分だけ覚えていてくれればいい。」

「はい!ありがとうございます、ルドルフ会長。私なんかの為にお話をして頂いて。でも、どうしてですか?」

 

あくまでも自分を心配しての言葉だと受け取り元気を取り戻すノール。

しかし、それはそうとルドルフが何故自分を気に掛けるのかは分からない。

疑問を素直にぶつけてみると、ルドルフは愉快そうに笑ってこう答えた。

 

「なに、ただの老婆心だ。依怙贔屓は恥ずべきだが、性分なのかもしれないな。」

「えこひいき...?」

 

自分も少々歳を取ったと自嘲しながら、未来ある若ウマ娘を見守る皇帝。

首を傾げるノールの顔が、ルドルフには懐かしい面影に重なって見えていたのだった。

 

――――――――――――――――――――

 

『"先頭は6番ダノンデサイル!ダービーウマ娘が先頭で今ゴールインッ!!"』

 

「おぉっ、勝ったな。」

「やっぱりすごいね、デサイル先輩。」

 

パソコンのモニターに表示されているレース映像。

海外GⅠ"ドバイシーマクラシック"を見届けたノールとミューズは、ベッドに潜りながらそれぞれの感想を言い合っていた。

 

「ダービーに続いて海外GⅠを獲っちゃうなんて、今の現役最強はやっぱりデサイル先輩なのかな。」

「"ベリーベリーガール"らしいしな。」

「ぷっ...なんかデサイル先輩って抜けてるとこあるよね。」

「京成杯の時覚えてるか?」

「"す、すみませーんっ!とと、トイレよろしいでしょうか!?"」

「くっふふっ...ゲート前に言うか普通。下手したら妨害行為だってのに。」

「まあ、レース中に粗相しちゃうよりは...。それで勝っちゃうんだから、本当に面白い人だなぁ。」

 

話題は今日勝利した一世代上のダービーウマ娘で持ちきり。

身近な存在の活躍は彼女たちにとっての未来予想図。

もし自分が出るとしたら。

その時の自分は、いったいどんな肩書きを背負って走ることになるのか。

ワクワクと不安、どちらとも着かない興奮が胸を高鳴らせ、少しも眠たくならない。

 

「そういえば、ふと気になったことがあるんだけど。」

「シャイニングとグラン先輩が静かなことか?確かに不気味なんだがどうせ皐月前には」

「いやそうじゃなくて。"ダービー"って、なんでそんなに大事なんだろうね?」

 

クラシック級ウマ娘の最大目標とされるGⅠ競走。

"東京優駿・日本ダービー"。

府中レース場芝2400mで行われるこの中距離競走は、全ての関係者たちにとって夢の一戦と呼ばれている。

 

"ダービートレーナーになることは、国の首相になるより難しい。"

 

そんな一文で評される程の栄誉が、このレースにはあるとされている。

 

「授業で言ってたろ?一生に一度だけとか、イギリスのダービー卿由来で世界共通の肩書きだとか。」

「でも、一度だけなら皐月賞や菊花賞だってそうだし。結局は()()()()()()()()()だよね?」

「お前...無敗三冠目指してる奴の台詞か?」

「勝ちたいのは勝ちたいけど...。」

 

呆れ声の友人にちょっと無神経だったかと反省するも、ノールの頭では2ヶ月前のルドルフとの会話が何度もループしている状態だった。

あの話の通りでいくと、ダービーウマ娘でさえ所詮は功績の1つということになる。

 

「...昔、お姉に聞いた時があってさ。"そんなに強いのに、ダービーって言うのは勝てなかったんだね"って。」

「容赦なさ過ぎるガキだな...。」

「それはまあ、反省してる...。その時にさ、苦笑いしながら"ホントに勝ちたかったなぁ~!"って、悔しそうに言うんだよ。お姉のそんな顔、それまで見たことなかった。」

「それだけの何かが、ダービーにはあるんだろうよ。」

 

いつも笑顔で頼りになる、姉にも等しい人が見せた、何かに焦がれているような表情と声。

あれが競争の世界に生きるウマ娘としての顔であることを理解できたのは、トレセン学園に入って漸くだった。

彼女の功績からしたら、ダービーの敗北なんて忘れてもいいくらいのはずなのに。

 

「まあ、実際その時になんなきゃ分からないことなんだろ。オレにとっては、全部のレースが一生に一度だって思うしな。」

「...そういえば、弥生賞はどうしたの?」

「お前、ホントに容赦ないよな。」

 

考えても分からないことばかりだと嫌気が差し、話題を強引に変えていく。

 

先月行われたGII重賞、皐月賞トライアルと呼ばれる"弥生賞"にて。

ミュージアムマイルは一番人気に推されながら、結果は4着と着内を外すこととなった。

友人としてもライバルとしても、圧勝するはずだとノールは信じていたわけで。

ちゃんとした説明がないことを未だに気にしていたのだった。

 

「宣戦布告したくせに。」

「仕方ないだろ。なんか走り辛かったんだよ。」

「調子良さそうだったくせに。」

「いやぁ、やられたねぇ。あの捲りは厄介だわ。」

「...。」

「むくれんなって。無駄にはなってねぇよ。()()()()()()()()からな。」

 

真面目に返さないミューズを睨むが、暗がりから見えるその瞳は嘘を吐いているようには見えなかった。

"叩き"としての役割はしっかり果たせたということらしい。

 

「楽しかったかよ?ジュニア王者。」

「このまま世代の王者にならせてもらうよ、ビッグマウスさん。」

 

変わらぬ戦意をぶつけ合う最中、気付けばようやっと睡魔が襲ってきたようだ。

 

様々な不安や期待の解消を待たず、眠りに落ちる二人。

皐月賞本番、二週間前。

その時は、一瞬でやって来た。

 

――――――――――――――――――――

 

『"中山11R、メインレース皐月賞のパドックです。"』

 

春の中山レース場。

普段以上に人が詰め掛けるパドック。

観衆の目的は勿論、三冠初戦GⅠ"皐月賞"に出走するウマ娘たち。

最強を目指す資格を得た栄えある者たちが、それぞれの一張羅を身に付けこの場に集った。

 

『"6番、共同通信杯を勝利し中山に返り咲いた仮面の貴公子!マスカレードボール!"』

 

「お、来た来た!」

「頭巾かわいい~!」

「勝負服とミスマッチなのが逆にいい!」

 

最初に注目を浴びたウマ娘は、マスカレードボールだった。

共同通信杯で初めて纏った頭巾が話題になったのもあるが、共同通信杯とホープフルのパフォーマンスの違いを特記する関係者も多い。

中山は苦い思い出があるが、今度はそうはなるまいと改めて確信した者もいる。

仕上がりは上々、何より隠れた顔から覗く瞳が自信を物語っていた。

 

「見ててください...ソールさん。」

 

その手の中には、昨晩部屋で渡された"髪飾り"が握られていた。

少し汚れたそれは、ソールがいつも耳付近に付けているモノと同じ。

 

『皐月賞、重バ場だったでしょ?泥で汚れちゃったけど、一緒に走ってくれた大切なモノだから...捨てられなくて。』

『...いいんですか?』

『うん。ぼうるちゃんに持ってて欲しいの。お守りになるといいんだけど...。』

 

「...お守りです。何よりも。」

 

笑顔を浮かべるマスカレードの目に、最早悪夢は映らない。

想いを馳せるのは、2年前ここで確かに見た豪脚の再来。

二つ目の憧れを胸に、マスカレードは逆襲のGⅠ制覇を誓う。

 

『"10番。主役の登場です。目指すは皐月の冠。否、無敗の三冠!ジュニアチャンピオン、クロワデュノール!"』

 

マスカレードから数人のウマ娘が紹介され、ついにノールの番がやって来た。

大袈裟な前口上に観客のテンションは最高潮。声を上げることはせずとも、その熱気が一瞬でパドックを包んでいく。

 

「大本命だ!」

「がんばれ、俺たちのクロワデュノール!」

「頼むぞクロワ!!」

 

「みんなが、私を応援してくれてる...!」

 

期待の眼差しをプレッシャーではなく、夢を背負えている証拠と受け取り、ノールは自信満々の笑顔で以て応える。

疑いようのない一強ムード。

それはノールにではなく、他のウマ娘たちに緊張を与えていた。

 

『"続いて11番。三番人気。朝日杯2着、弥生賞4着。堅実に冠争いへと駒を進めました、ミュージアムマイル!"』

 

しかし、臆することなく進み出るウマ娘が一人。

黒地に黄色のラインが入るスーツ姿。

白衣に似た形は一見すると研究員のような印象を持つが、真っ赤なインナーシャツに袖口は捲って、ネクタイも崩して結んでいたり。どこかワイルドでアウトローな雰囲気を醸し出している。

手袋を嵌め直しながら、ミューズは観客たちに鋭い眼光を向ける。

 

「すごい迫力だな...。」

「かっこいぃ...。」

 

"自分以外に勝者などあり得ない"。

それを物語るような視線に、パドックは圧倒されていた。

 

「睨むなら私だと思ってた。」

「パドックくらいは我慢してやるよ。」

 

パドックを完了し、静かに待機位置に移動するミューズ。

隣り合うノールと気さくに言葉を交わすが、その表情は笑っていない。

お互いの圧に飲まれないよう、神経を集中させる時間が続く。

 

『"続いて16番。二番人気です。きさらぎ賞を制しその才覚を見せつけました。王者を凌ぐ輝きを見せつけられるか!?サトノシャイニング!"』

 

「OKっ!世界よぉぉ!おはっ!シャイニーーングっっ!!!☆」

 

「「おはシャイニングー!」」

 

緊張感をぶっ壊すコールアンドレスポンス。

いつの間にかファンが出来たらしいシャイニングが、いつも以上にハイテンションで挨拶する。

 

「はぁぁい!ついにお披露目ぇっ!これがわたしの勝負服だぁぁーー!!どやどやどやぁぁ!!☆」

 

それもそのはず。

サトノシャイニングはこれが初めてのGⅠ参戦であり、つまり()()()()()()()なのである。

では待望の衣装について、()()()()詳細な説明をしてもらうことにしよう。

 

「身に纏うのはエコロジー感じるグリーンスーツ!金ピカでつよそーでカッチョいい肩アーマーと手甲とハイセンスブーツ!!胸に輝くダイヤマークはS部分がうるとらシャイニング!!!☆あとスカートなのはダイヤおねえちゃんのオススメでクラねーちゃんにマントは却下されましたっ!!!!以上終わり崇めろみなのしゅーー!!!!!」

 

とのことである。

全体的にスーパーヒーロー感のあるデザインだと付け足しておく。

一部の観客を除き全員が引いているが、シャイニングは気にする様子もない。

まさに唯我独尊、傲岸不遜。

 

「はぁっ...はぁっ...こ、こえだしすぎたぁ...」

「うるさい...。」

「アホだな、やっぱり。」

「大丈夫かな、シャイニングちゃん...。 」

 

 

シャイニングのあまりにシャイニングな様子に、ある意味リラックス出来た面々。

それぞれの個性を示し、波乱のパドックは終了したのだった。

 

――――――――――――――――――――

 

「ノール、パドックはどうだった?」

「えっと、シャイニングちゃんがすごくシャイニングで...ではなく!みんな、私に期待してくれてました。」

「やっぱり、すぐに叶ってしまいましたね。」

 

レース前、各ウマ娘にはトレーナー等と最終確認を行う為、個別に控え室が割り当てられる。

ノールもまた、トレーナーとクロノから最後の説明を受けている最中であった。

 

「よし、おさらいしておこう。皐月賞は中山芝2000m右回り。ゴール前には急坂があり、それを2回も越える必要がある。距離以上のスタミナとパワーが要求されるコースだ。」

「ノールちゃんの枠番は10。内も外も見られる位置ですが、マークされれば抜け出すのは至難の技でしょう。」

「マークされる以上、直線の短い中山じゃ私は先行レースをするしかない。奇を照らわずに王道の戦い方で勝つ。ですよね?」

「ああ、その通りだ。」

 

本番まで何度も頭に叩き込んだレース概要と位置取り、立ち回りのし方。

チーム全員がすらすらと情報を羅列し、最終確認を行う。

これが毎度お馴染みの、彼女たちが精神を落ち着ける手段だった。

 

「負担は2000mじゃ済まないだろうが、君ならやれると信じている。」

「勝ったホープフルと同じ舞台なのは確かです。恐れず戦っていきましょう。」

「はい!」

 

それぞれからノールに激励を済まし、ルーティンは無事完了。

時間を確認するが、まだ余裕があるようだった。

 

「他に何か話しておきたいことはあるかな?」

「...トレーナーさん、クロノ先輩。ここまで本当にありがとうございます。お二人のおかげで、前哨戦なしにいい状態で皐月賞に望めます。」

「それはノールちゃんの努力の賜物ですよ。」

「だとしても、やっぱり頑張れたのはお二人のおかげです。」

 

改まった様子で感謝を伝えるノール。

普段とは違った雰囲気を察して、トレーナーたちは続く言葉を待つ。

 

「私、以前シンボリルドルフ会長と話したことがあるんです。」

「あの皇帝と?」

「三冠を獲ったとしても夢が叶うかは分からない。例え同じ功績を上げても、お姉やイクイノックスさんのようになれるとも限らないって。」

「...厳しいお言葉ですね。」

 

聞く限りだと戦意を削いでもおかしくない発言だが、ノールは頭を振ってそれを否定する。

 

「私を心配してくれただけです。三冠は夢には直結しない、負けても諦めなくていいって。」

「...俺やクロノが言うより、納得しやすいだろうね。」

「会長さんなりの優しさですか...。」

「でも、私は勝ちたいです。」

 

長い競走生活の初め。

例え勝ったとしても、負けたとしても。

夢の成否には関係がない。

その上、その夢ですら具体的な達成条件も見えていない。

だが、それがどうした。

 

「私は応えたいんです。トレーナーさんと、クロノ先輩と、今日私を応援してくれるみんなの期待に。だから、勝ちます。勝ってみんなを笑顔にしてみせます!」

「ノール...ああ、勝ってこい!」

「祝勝会の準備は任せてください。」

「はい!じゃあ、いってきます!!」

 

未来が分からずとも、今まさに夢を託してくれる誰かがいる。

だから、今を勝とう。

夢とか称号とかは後回し。

期待に応えて、まずは今日を笑って過ごせるように。

そう胸に誓って、クロワデュノールは控え室を後にした。

 

クラシック初戦、皐月賞。

その火蓋がついに切られようとしていた。

 

――――――――――――――――――――

 

        中山  芝2000m

          【GⅠ】

           《皐月賞》

 

「いよいよだね、キタちゃん。」

「うん。ノルちゃんのクラシックが、始まるんだね。」

 

コース付近最前列。

ノールのトレーナーやクロノと共に、キタサンたちもそれぞれの応援に駆けつけていた。

ドゥラメンテにソールオリエンスまで加わり、ちょっとしたオールスター大集合状態。

特に皐月賞で実際に競ったキタサン、クラウン、ドゥラが居並ぶ様はファンからすれば号泣レベルなのだが、本人たちが気にする様子はまったくない。

 

「いつの間にか、()()()()になっちゃったね。」

「自分が走るより緊張しちゃってるかも。テイオーさんたちも、おんなじ気持ちだったのかな?」

「きっとそうなんじゃないかな。いつも心配してくれてたもん。」

「嬉しかったなぁ。...だから、あたしたちもしっかり見てないとね。」

「うん。ちゃんと見てるよ、ノルちゃん、シャイちゃん。」

 

ついこの間まで当たり前のように立っていた緑のターフ。

大歓声を一身に背負って、ライバルたちと全力で競い合った思い出の場所。

ドリームトロフィーがあるとはいえ、今はもう遠く感じるそこを、自分たちの妹分が駆け抜けようとしている。

 

自身がいないターフに立つノールたち。

いつかの先達のように見守る自分。

幾重にも重なる姿を想起し、キタサンとダイヤは繋いで来た想いを改めて実感していた。

 

「ところで、シャイちゃんは大丈夫そう?」

「無問題。ご褒美にんじんケーキ作戦は効果覿面よ!」

 

ダイヤの不安そうな表情に対して、クラウンは自信満々にサムズアップ。

にんじんケーキをご褒美にすることにより、位置取り等を指示通りに行わせる作戦。

きさらぎ賞でその効果は立証済で、今回もシャイニングにはにんじんケーキをちらつかせておいた。

こんな単純なことでよかったのかとクラウンは感動しているわけだが、結局解決はしていないので安心してはいけない。

というか、扱いがペットの犬みたいなのは倫理的にどうなんだろう。

キタサンはつい口に出しそうになったが、薮蛇なので触れないことにした。

 

「...彼女はその後どうだ?」

「ドゥラメンテさんのおかげで絶好調です。頭巾もすごく気に入ってるみたいで、寝る時まで着けてるんですよ?」

「...そうか。」

 

言葉少なでも、僅かに上がった口角が喜びを表している。

今日は他にもスクールのウマ娘が出走するはずだが、どうしてもマスカレードだけが気になってしまうようだ。

 

ドゥラメンテの贔屓を嬉しく思う一方で、ソールは自らの至らなさを悔いていた。

皐月賞ウマ娘でありながら、バ場や脚質の違いから有用なアドバイスをマスカレードに提供出来なかったのである。

せめてこれくらいはとお守りを渡しはしたが、気休めになるかどうかだろうと肩を落とす。

実際には十分過ぎる程に支えになっているのだが、この同室は自己評価が低いところまで似通ってしまうらしい。

 

「クロノ、君は他のウマ娘をどう見る?」

「そうですね...気になるのは三人、明確に恐いのは一人でしょうか。」

 

保護者としての側面が強いキタサンたちとは違い、トレーナーとクロノは発走前のウマ娘たちの状態に注目していた。

今さらと思われるかもしれないが、これは日本ダービー以降にも繋がる重要な観察だ。

調子が良い状態で好走するならば実力に当たりを付けられるし、調子が悪そうなのに好走した場合は非常に恐い存在と認識出来る。

トレーナーとして、チームメイトとして。

ノールの今後もサポートすることが、彼らの使命なのだ。

 

クロノの言葉を受け、詳細な意見を聞こうとするトレーナー。

しかし、その疑問を口にする前に、予想外のところから答えが返って来た。

 

「マイルちゃんだよね!」

「グランちゃん!?いつからそこに...」

 

グランアレグリアはいつもと変わらないハツラツとした笑顔を向け、いつの間にか背後に佇んでいた。

 

「クロノちゃん、おはマイル!ここだけ妙に間隔が空いてたから、結構簡単に来られたよ?"マイル女王通りまーす!"って!」

「そ、それは...私たちも配慮が欠けていますね。おはマイルです。でも、どうしてミューズちゃんだと思うんですか?」

「だって、()()()()()()だからね。」

 

付き合いの浅い者からすれば、また例のマイル信仰かと呆れるところだが。

クロノはそれこそグランの強さであると痛感しているし、語調の違いや瞳の真剣さにも気付いていた。

 

「...グランちゃんは、どうしてそこまでミューズちゃんを気に掛けるんですか?」

「マイルちゃんだから...って言っても、クロノちゃんにはバレちゃうか。うーん...あたしの勝手な感想なんだけど。マイルちゃん、いっつも()()()()みたいだったから。」

「迷う、ですか?」

 

"最初は勿論素敵な名前だと思ったからだけど"とも付け足し、グランはミューズ本人にも告げていない本心を語り出す。

 

「走る場所も走り方も、明確な夢を持ててないことも。全部これでいいのかなって悩んでる。悩む必要なんて、ホントはないのにね。マイルちゃんの選んだ道なら、それだけで立派な道で、正しいんだから。」

「グランちゃん...。だから、わざと勧誘するように声を掛けていたんですね?」

「そりゃあ、マイルちゃんがマイルを好きになってくれたら、嬉しい気持ち180マイルだよ?でも嫌なら嫌で、1個は分かりやすい目印があった方がいいかもって。マイルを避けるのも一つの選択でしょ?」

 

グランアレグリアは、それこそマイルールという自分の縛りを頑なに守ろうとするウマ娘だ。

だが、それを他人に強制するような者では決してない。

初めて会ったその時から、マイルの女王は強者として、若きウマ娘の迷いに気付いていたのだ。

 

「大人っぽくて誰かに相談しそうにもないし、お節介するならあたしかなって。」

「...素直にミューズちゃんに話してはどうですか?グランちゃんの気持ちを知らないのは、彼女の為にもならないような。」

「ダメダメ!あたしが言わなくても、胸を張って自分の道を選べる時がいつか来るはず。その時に、"それでいいんだよ"って念押しするくらいじゃなきゃ。」

「...なるほど。ミューズちゃんを信じることが、グランちゃんのマイルールなんですね。」

「そういうこと!」

 

天才故の感性の鋭さと、強者に相応しい気遣い。

改めてグランアレグリアというウマ娘の偉大さを感じ、舌を巻いてしまう。

内心一番先輩らしく出来ていると喜んでいた自分を、クロノは恥じた。

 

「それに、今日は迷うこともないんじゃないかな。」

「彼女が正しさを見出だしていると...?」

「というより、余裕がないよ。親友でライバルで、誰よりもそのスゴさを知ってるからこそ。マイルちゃんはクロワちゃんを倒したくてたまらなかっただろうし。考えたくても、"本能"がそれを許さない。」

「ウマ娘にとって一番強い本能...。勝利への渇望ですか。」

「"勝ちたい"って気持ちが一番なのは誰か。すぐに分かると思うよ。」

 

パドックで確認した、ミューズのギラつくような瞳。

今までの彼女からは感じたことのない迫力で、その変わり身は明らかだった。

そして、今告げられたグランの言葉で予感は確信へと変わる。

一番の強敵は、ミュージアムマイルだと。

 

「ノールちゃん...。」

 

笑顔で戦場へと向かった後輩に想いを馳せ、クロノはただ勝利を祈る。

不安を拭い切れぬまま、開戦のファンファーレが鳴り響いた。

 

『"快晴の中山。冬を越え春に集った若きウマ娘たちが、栄光の冠を目指し鎬を削ります。クラシック初戦、GⅠ皐月賞。いよいよ発走です。"』

 

実況が始まり場内が静寂に包まれる。

ファンファーレ後の静けさは、ウマ娘たちは勿論観客たちの緊張感をも高めていく。

通常通り、奇数バ番の者から順に枠入りを済ませていく。

 

『"今年の皐月賞はまさに一強ムード。ジュニア王者のクロワデュノールが無敗で戴冠となるのか、それともまだ見ぬ刺客が王を退けるのか。"』

『"ここで勝利となれば、無敗の三冠ウマ娘という偉業もかなり現実味を帯びてきます。期待したいですね。"』

 

「...。」

 

暗がりの中、ミューズは手袋の感触を確かめながら精神を集中させていた。

未だかつてない高揚感に毛が逆立つようで、そうしていなければ暴れてしまうかもしれないと思う程だった。

 

待ち望んだ皐月の舞台。

朝日杯とは違う自分の本領の距離で、ついにアイツと戦える。

緊張や不安が挟まる余地などない。

獰猛な笑顔は獲物を見定めた肉食獣の如し。

ミューズは今か今かと、狩りの始まりを待っていた。

 

「お二人の勝ったこのレースを、アタシが獲るんだ...!」

 

偶数の枠入りが始まり、マスカレードもまたスムーズに収まる。

4ヶ月前、同じ舞台で味わった挫折と屈辱。

しかし、今の彼女に恐れはない。

勝負服にはソールから預かった"お守り"を付け、その心にはドゥラに託された"想い"が宿っている。

憧れた二人のように、自身の力をここに証明する。

仮面の下の瞳には焔が揺れ、暗がりを照らしているようにも見えた。

 

「わたしこそ最光。最強なのよ...。」

 

16番。

いつもは落ち着きのないシャイニングだが、今日はらしくもなく静かだった。

そんなことは関係ないと思っているのに、どうしても頭にちらつく光景があるからだ。

 

いつも自信満々で失敗も成功の糧にするようなクラウンが、あの日は自身の不甲斐なさに涙を流していたこと。

優しくて大人で大好きなダイヤが、期待に応えられなかった自身の弱さに怒りを露にしていたこと。

彼女たちがあんな姿を見せる程の"何か"が、このクラシックレースにはある。

それが堪らなく恐く思える。

自分もそうなるのだろうか。

そうなったら、自分は彼女たちのように立ち直れるのだろうか。

本当にらしくない。

自分でも呆れる程の弱気。

シャイニングが初めて抱いた、"不安"という感情だった。

 

「いよいよだ...。」

 

そして、10番。

ノールはほぼ中心の枠で、左右から自身に向かって注がれる熱を感じていた。

誰もが自分を一番の敵だと思っている。

去来するのは様々な人々から掛けられた言葉。

純粋な期待、心配、励まし、夢。

あるいは対抗心に敵意。

自身を取り巻く全てが、この一戦に注目している。

この2分後には世界が変わって見えるだろう。

王者としての景色か、それとも...。

不安も期待も最高潮だが、不思議と悪い気持ちはしない。

今考えるべきなのは、支えてくれる人たちへの恩返し。

まずは勝つ。

悩むのはそれからでいい。

 

ノールの頭に浮かぶ、憧れた二人の背中。

右手を伸ばし、強く握り締める。

瞳に闘志を宿して、ジュニアチャンピオンは体勢を整えた。

 

『"最後のゲートインを今終えます。春の成長は、冬の序列を変えたのか。"』

 

「勝つのは私だ...!」

 

『"クラシック皐月賞スタートが切られました!ほぼ揃ったそんなスタートになりました!"』

 

出遅れた者のいない五分と五分のスタート。

交差する親友同士の瞳。

ノールは前のめりになりながら好ポジションに収まろうと前進。

隣り合うミューズはノールをしっかりと見据え、その背後を追走する形。

マスカレードは他ウマ娘を前に行かせ中段真ん中、ミューズの後ろに位置取った。

シャイニングは外枠の不利を解消する為鋭く内へ切り込むが、いつものようにハナを走らず外側中段へと控えた。

 

『"前はジュタが行っている。そこに並び掛けるのはピコチャンブラックとジーティーアダマン、やはりこの二人が行きました。クロワデュノールは前から4人目の位置。大歓声が迎える正面スタンド前です。"』

 

三者に共通するのは、クロワデュノールを逃がさずに済む、ギリギリの位置を捉えたということ。

既にマークが完成される中、ノールは予定通り好位置を走ることになった。

 

「ずっと外で疲れる...!」

「先頭は...まだ、大丈夫。」

「ちっ...邪魔だな...。」

 

第1コーナーに入り各々の位置にも変化が生じる。

前方のポジションを取ろうとするウマ娘を迎え入れる形でミューズは前に壁が出来、シャイニングとマスカレードは速度を緩めてはいないが、その位置は全体のど真ん中にまで下がっていた。

先行勢のペースが上がった証拠だった。

 

「クラシック初戦皐月賞は中山芝2000mで行われる一筋縄ではいかないレース。ホープフルと同じとは決して考えてはいけないんだ。何故だか分かるか?」

「どうした急に。」

「まず精神面が違う。クラシック三冠は誰もが夢見る目標であり、そんなレースが初めてのGⅠになるウマ娘が多い。そうなれば気負ってしまうウマ娘も増えて、なるべく前に付けようとする位置取り争いがレース全体のペースを乱してしまうんだ。」

「つまり先行脚質の子はモロに煽りを受けるんだな。」

「更に付け足すとすれば。」

「バ場も同じとは言えないね。この時期は雨も降るし、開催週半ばは芝も荒れる。パンパンの良バ場にはならない。走りやすい位置の見極めも、経験の少ない彼女たちには困難だろう。冷静さを失ったら終わり、でも位置を変えるには直線が短い。やはり中山は鬼門だよ。」

「本職の人だ...!」

「すげー...!」

「加えて今回は、ペースを分からなくする要素が更にもう一つ。」

 

観客とトレーナーが冷や汗混じりに見守る中、レースは第2コーナー終わりに差し掛かる。

 

『"クロワデュノールはここ4番手追走手応えはどうか...そしていったいったいったぁぁ!!ファウストラーゼン!!ファウストラーゼン捲りの魔術師がやっぱりいきました!前から二人目、そして先頭に!1000m通過は59秒3!"』

 

「っ!?」

 

「ノールちゃん!?」

 

トレーナーの危惧通り、ホープフルと弥生賞で見事な捲りを見せたウマ娘が、三度最後方から先頭に躍り出る。

二回も同じ舞台で成功したその作戦は、勿論競う相手のウマ娘たちにも知れ渡っているわけで。

"やらせはしない。"とばかりに無理矢理に位置取りを押し上げるウマ娘が続出。

ノールの前に突如壁が出来て、咄嗟の減速を強いられてしまった。

 

「この、くらい...!」

 

すぐに速度を上げて元の好位置を取り戻すが、その消耗は見た目以上の物。

クロワデュノール陣営に緊張が走る。

 

「あれ、下がってる...?!」

「...!」

 

すぐ背後にはミューズとシャイニングが。

中段先頭の位置に三人が固まり、第3コーナーを通り過ぎる。

 

「ぼうるちゃん...!」

「...そうだ。君のやりたいように走れ。」

 

気付けば最後方付近になっているマスカレード。

皐月賞において後方一気は至難の技。

しかし、マスカレードは敢えてこの位置を選んだ。

ソールオリエンスにドゥラメンテ。

彼女たちがしたような、圧倒的強者の走り。

自分が同じように出来ると傲るつもりはない。

だが、彼女は試してみたかったのだ。

悪夢ではなく、夢を見る自らの力を。

憧れに届き得るかどうかを、二人が勝利したこの舞台で。

 

『"第4コーナー中間地点。クロワデュノールは外に持ち出しているぞ!捲っていったファウストラーゼンが先頭!"』

 

「「「...ッ!」」」

「いっっくぞぉぉ...ッ!!」

 

そして、第4コーナーが終わり。

いよいよレースは最終直線を迎え、全てのウマ娘が全身全霊のスパートをかけ始めた。

 

『"坂の向こう側に栄光がある!早くも先頭かクロワデュノール!まだ余力がある!更に速度が上がる!!"』

 

大歓声を浴び、ノールは全力を振り絞ってついに先頭に立つ。

 

「くっ...!?」

「くそぉぉっ...!!」

 

マスカレードは一気に順位を上げようとするが、外から被さってくるウマ娘に邪魔されて抜け出ることが出来ない。

外を回されたシャイニングは粘り、根性で僅かに速度を上げるが、既にその体力は限界を迎えていた。

 

「このまま...私がっ...!!」

 

残り数百メートル。

脚はこれ以上速度を上げられないと悲鳴を上げている。

体力も2000mとは思えない程消耗した。

苦しい、辛い。

それでも、諦めない根性がある。

諦めたくない理由がある。

あとちょっとで手が届く、無敗の皐月賞ウマ娘の称号。

頑張れ、頑張れ。

きっと勝てる。

勝てるはずなんだ、後少しで。

 

()()()()()()()()()()()...?」

「っ...!?」

 

必死に願い耐え凌ぐノールの耳に、絶望の足音が響いた。

 

――――――――――――――――――――

 

『NHKマイルカップと日本ダービーを制し、変則二冠を成し遂げたキングカメハメハですが、浅屈腱炎の発症を理由にトゥインクルシリーズを引退することが判明しました。』

 

「......え?」

 

そのウマ娘には、憧れを抱く時間すら与えられなかった。

 

『日米オークスウマ娘、シーザリオは繋靱帯炎の回復が芳しくなく』

 

「まただ...。」

 

彼女が惹かれるウマ娘たちは、皆すぐにターフを去ってしまう。

 

『リオンディーズは復帰せず、シニア期を迎えることなく引退と』

 

「っ...っ...!」

 

だから、彼女にとっては勝つことよりも"走り続ける"ことの方が重要だった。

彼女が好きだったのは楽しそうにターフを駆けるウマ娘たちの姿で。

その笑顔が何より眩しく感じて、自分もそうなりたいと願った。

勝って欲しかったわけじゃない。

ただその背中を追い掛けたくて、走り続ける姿を見ていたかっただけなのに。

憧れかけた背中は、無情にもすぐに搔き消えてしまう。

 

気付いた時には、彼女は一人きりで見えない道を走り続けていた。

ウマ娘である以上、走るという本能には逆らえない。

彼女には才能があり、レースの世界はやはり彼女の生きる現実になった。

 

重要なのは勝つことじゃない。

無理をせず、無茶をせず。

少しでも長くトゥインクルシリーズを走ることが何より大事。

憧れたかったウマ娘たちのようにはなるまいと、頑なに効率と負荷の拮抗値を探った。

 

距離なんて、本当はどうでもいい。

彼女には全てのレースが特別で、だからこそどのレースも特別ではない。

夢なんて大それたモノはない。

でもそれでいい、走れるだけで自分は幸せだ。

そう思って、トレセン学園に入学した。

 

『同室の方ですか?私、クロワデュノールです!これからよろしくお願いします!』

 

そんな時、クロワデュノールに出会った。

自分とは真逆に、憧れと夢を原動力に走るウマ娘。

ノールの憧れたウマ娘たちは皆現役を好成績で全うして、笑顔で引退していった者ばかり。

羨ましいとは思ったが、妬ましいとは思わなかった。

ノールはそれに相応しい努力と情熱と実力を持っていて、見ていて応援したくなるようなウマ娘だった。

一緒に練習したり、馬鹿な話をしたり。

ノールと過ごす日々は、少しずつ彼女の考え方に影響を与えていった。

真っ暗だった道が、いつの間にか照らされるようになっていて。

一人で走っていたはずの数歩先に、クロワデュノールの背中があった。

 

ノールがジュニア王者になった時、彼女は漸く気付いたのだ。

走れるだけでいい、夢なんてない。

そんな自分が、もうとっくに()()()()()()()()()()()()ことに。

 

だから、彼女はここにいる。

皐月賞を走っている。

無敗三冠、キタサンブラック、イクイノックス。

それが何だと言うのだろう。

彼女にはこのレースこそ"夢"だった。

未来でも過去でもない、今こそが全てを犠牲にしてもいいと思える正念場。

ミュージアムマイルは自身の信念をもかなぐり捨て、本能に染まったその心を解き放つ。

 

「オレはッ!お前に勝ちたいんだよ...ッ!!」

「ぁ...!?」

 

『"外から11番!ミュージアムマイルぅっ!!"』

 

雷の如く、ミューズは先頭を走るノールに外側から肉薄していく。

脚が止まってしまったノールに対し、その脚色は衰えるどころが更に鋭さを増していく。

 

「っ...これは...」

「逃げてノルちゃん...!!」

 

観客席からは悲鳴が上がるが、一向に衰えないその刺客はついに王者を捉え、()()()()()()()()()()()()()

 

「ミューズ...!ミュージアム、マイル...ッ!!」

「終わりだクロワデュノール...!!」

 

再び重なる視線は、どちらが勝者で敗者なのかをお互いに理解させるものだった。

二人の背後からはマスカレードとシャイニングも迫っていたが、最早結果は変わらない。

 

『"外から11番ミュージアムマイル!!クロワデュノールをかわしてミュージアムマイル!ミュージアムマイル!ミュージアムマイルだあぁぁっっ!!"』

 

完全な着差を見せつけ、ミュージアムマイルが先頭でゴール板を駆け抜けた。

皐月賞を制したのは、ジュニア王者ではなかった。

大歓声と悲鳴がレース場を揺るがし、変えようのない結果がそれぞれに降り掛かる。

 

『"そしてタイムは1分57秒0!レースレコーード!!ミュージアムマイル、電光石火の末脚で王者クロワデュノールを撃破っ!!中山に轟く霹靂の一閃ーーッ!!"』

 

1着、ミュージアムマイル。

2着、クロワデュノール。

3着にバ群を割って最後に伸びを見せたマスカレードボールが入った。

サトノシャイニングは5着。

ギリギリ掲示板内という結果だった。

 

「ハァっ...ハァっ...!」

 

限界を迎えて膝を突くノール。

息を切らしながら、張り裂けそうになる胸を抑えて見開いた目を周囲に向ける。

掲示板には、自身が敗北した証が在り在りと刻まれ。

観客席には沈痛な面持ちの人々に加え、目を伏せるトレーナーたちの姿が見えた。

 

「っ...ぁ...」

 

裏切ってしまった。

背負わせてくれた全ての願いを無駄にしてしまった。

歩いていた道が一瞬で真っ暗になるような絶望感。

ノールにとって、初めての完全なる敗北。

 

飛躍の一歩となるはずだったクラシック初戦を、敗北で終えたクロワデュノール。

無敗三冠の夢はいとも簡単に、呆気なく崩れ去ってしまったのだった。

 

――――――――――――――――――――

 

 

   サトノシャイニングのヒミツ①

 

   小銭をピカピカにするのが得意。

 

 

         次回

        第5話『夢の頂点』




地味な小ネタを仕込みつつちびちびやっております。
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