憧れは、超えることを諦めない覚悟だって。
教えてくれたのはトレーナーさんです。
だから、私は----。
『"有マも勝ったエフフォーリアッ!!"』
もう何度目かも分からない程見返したその映像は、彼女の引退レースのものだった。
結果は3着。
有マ記念連覇、グランプリ4連覇の偉業を阻まれ、彼女は静かにトゥインクルシリーズを去った。
何度聴いても、実況は勝ったクラシック級ウマ娘のことばかり。
けど、苛立つ理由はそれじゃない。
"俺自身"だ。
自分が情けなくて腹が立つ。
彼女の最も大事な時に。
彼女が一番不安だったはずの時に、俺は側にいられなかった。
トレーナー失格だ。
それなのに、彼女は俺を責めたりしない。
だからこうして、戒めるように彼女のレースを見返すのが日課になっていた。
悲劇のように話してしまったが、彼女は今も、ドリームトロフィーを走っている。
自らの歴史を刻み続けている。
あの時のことはちょっとしたアクシデントだったと流し、前を向いている。
だけど、俺は...。
「...そろそろ来る頃だな。」
気付けば時間は放課後に差し掛かっていた。
映像を消し、ディスクを戻して。
お気に入りの小説を手に座席に座り直す。
これもまた日課。
彼女にバレない為の工作というやつだ。
5分程して、トレーナー室の扉からコンコンと軽快なノックが響く。
いつもほぼ同じ時間。
教室から真っ直ぐこちらに来ているのだろう。
「失礼します。お疲れさまです、トレーナーさん。」
「やぁ。お疲れ様、クロノ。」
やって来たのは葦毛のウマ娘。
俺の担当ウマ娘である、"クロノジェネシス"だ。
昔よりも白くなった髪以外は、ほとんどあの頃のまま。
懐かしいのか、ついこないだの話なのか。
彼女を見る度にどっち着かずの気分になっている気がする。
クロノは自然と定位置になっているもう一つの席に座ると、鞄から分厚い手帳を取り出し何かを確認し出す。
「また本を読んでいたんですか?」
「趣味だからね。クロノも本は好きだろう?」
「わ、私は少し...ジャンルが片寄っていますから。」
この小説もウマ娘の物語だから、きっとクロノも気に入るよ。
そう返しかけて、遅れて彼女の言葉の真意を悟る。
悟るも何も、既に何回も言われているのだが。
「...トレーナーさん。あの...
「捜してるよ。見つかってないだけで。」
「そう言って、ずっと部分指導や授業の補助ばかりで...。」
「...君のドリームトロフィーもある。クロノの担当でいられるだけで、俺は幸せだよ。」
「...私に、気を遣っているんですか?」
トレーナーである以上、何人ものウマ娘を担当し、立派に鍛え上げるのが常識だ。
勿論俺も、それが正しいことなのは分かっている。
分かっていても、踏み出せないのだ。
俺はクロノを最後まで支えることが出来なかった。
幼いウマ娘を庇い事故に遭って、全治一年以上の怪我を負った。
正しいことをしたから、だから仕方ない?
そんなわけがあるか。
クロノの側にいられなくなったのは事実で、トレーナーとして務めを果たせなかったことは罪だ。
そんな阿呆が、どの面を下げて新しいウマ娘を担当出来る?
ずっと支えられる保証も、自信もないというのに。
そう思ってスカウトに繰り出すこともせず、
毎回こうしてクロノに心配をかけては言い訳を重ねているのだが。
いつも以上に食い下がる彼女の顔は、今にも泣いてしまいそうに見える。
今日ばかりは言葉に詰まって、泳いだ視線が彼女の手帳に"光明"を見出だした。
「それ、今日の模擬レースの資料かい?」
「!...はいっ。今年も、興味深い子が多くてですね?」
俺が興味を持ったのが嬉しかったのか、先程までの落ち込んだ表情はすぐに消え、興奮した様子で模擬レースの参加者を解説し始める。
クロノのウマ娘好きには、毎回のことながら感心してしまう。
昔から変わらない、ウマ娘が刻む歴史への情熱。
「俺も見に行くよ。」
「っ!はいっ!ぜ、是非っ!」
楽しそうにする彼女に釣られて、見るくらいならいいかと練習場に向かう準備をする。
その気まぐれが、俺の現状を大きく変えることになるとも知らずに。
――――――――――――――――――――
練習場に到着すると、そこは既にスカウト目的でレースを観察するトレーナーや、後輩あるいは同期を偵察するウマ娘たちで賑わっていた。
「第1レースは芝1600mのマイル戦。コース形態は東京に近い。NHKマイルカップを想定したレースとすれば...」
双眼鏡を覗きながらブツブツと呟き始めるクロノ。
ああやって今回のレースを歴史と照らし合わせながら分析し、出走ウマ娘の歩様やかかり具合をチェックしているのだ。
模擬レースであってもその意欲は少しの翳りもない。
まあ、流石に銃火器みたいなカメラを構えたりはしないが。
「マイル戦か...。」
そうこうしている間に早速第1レースが始まったようだ。
マイルらしく、スピード自慢のウマ娘たちが激しい先行争いを演じる。
まだまだ荒削りではあるが、その若さ溢れる気勢は圧倒されるものがある。
久しぶりに見たのであれば尚更だ。
「接戦でしたね...!内と外、違う進路を見出だした二人がハナ差の決着!10番の末脚も見事でしたが、11番の仕掛けと勝負根性が僅かに勝った素晴らしいレースですよ...!」
「確かに。模擬レースとは思えないくらい面白かったね。」
大興奮のクロノは完全に観戦を楽しんでいるようだが、下では既に先程のウマ娘たちを巡って仁義なきスカウト合戦が始まっていた。
"行かないのか"と俺をつつかない辺り、当初の目的はやはり忘れてしまったらしい。
この調子なら今日も上手く乗り切れそうだ。
安心して、観戦気分で次のレースを待つことにする。
「トレーナーさん、このレースです。第2レース、芝1800m。興味深い子がいるんですっ。」
「興味があるのは全部じゃないのかい?」
「そ、それは...否定は出来ませんが....でも、きっとトレーナーさんも気になると思うんですっ。」
「そんなに?」
「はいっ。...あ、あの子です!」
コースに新しく姿を現したウマ娘が数人。
その中の一人をクロノが指差した。
真っ黒のようで僅かに青みがかった髪。
それを小さめのポニーテールにした、活発そうなウマ娘。
身長も体つきもよく、いかにも走りそうな雰囲気だ。
「彼女は"クロワデュノール"さん。入学時のタイムも素晴らしいのですが...何より注目すべきは、あの
「へぇ...。あのキタサンブラックの?」
クロノが興味を持つのも納得だ。
キタサンブラックと言えばGⅠレースを7勝した歴史的名ウマ娘であり、その指導を受けたとされるウマ娘には"世界最強"イクイノックスに、"皐月賞ウマ娘"ソールオリエンス等がいる。
トゥインクルシリーズにとって今やトレンドにも近いステータス。
そんな肩書きを持つウマ娘ならば、当然チェックしておきたいと思うのが普通だ。
「よし...。」
「...初めての模擬レースのはずですが、かなり落ち着いてますね。フットワークも軽く筋肉のつき方もいい。パワーとスタミナは期待出来ます。」
静かに気合いを入れた様子のクロワデュノールに、クロノのゲート前診断が下る。
状態はかなりいいらしい。
これは見逃せないなと、腰を据えてレースを見守ることにする。
「...!」
淀みなくゲートインを終え、いよいよスタート。
クロワデュノールは出遅れずポンと弾むようなダッシュを決め、先頭に躍り出る。
本人も戸惑っているように見えるが、1コーナー手前で減速し3番手辺りまで後退。
そのまま好位置を走り続け、最終直線始めから抜け出し。
4、5バ身も後続を離し見事押し切り勝ちを果たした。
「非公式ながらほぼレコードです...!道中遊ぶ素振りを見せながらこのタイムを出すなんて!」
「強いな、あの子...。」
圧勝を果たしたクロワを称賛するクロノに相槌を打つが、気になったのはレース後の彼女の顔だ。
「ハァ...ハァ...ふぅ。今のは、ちょっと...」
あれだけの完勝にも関わらず、クロワは笑顔も満足した様子も見せてはいなかった。
"勝つのが当たり前だ"と思っているようなウマ娘もいないことはないが、彼女はそんな王様チックな雰囲気には見えない。
スカウトに殺到するトレーナーたちをさらりと受け流し、何やら考えながら練習場を去っていく。
その何とも言えずどこか不思議な反応に興味を持って行かれ、後のレースのことはあまり覚えていられなかった。
――――――――――――――――――――
そして、一週間後。
「これは...どうなんだろ...?」
そのまた一週間後。
「うーん...。」
更に、一週間後。
「あれはやり過ぎてるような...。」
クロワデュノールは一週間に一回の頻度で模擬レースに参加し、必ず勝利しては毎回同じように首を傾げていた。
しかも、
その非凡さにクロノの見る目は輝きを増していき、俺は理由を知りたくてより前のめりでレースを見るようになる。
いつの間にか模擬レースではなく、クロワデュノールを見に行くようになってしまった。
そんなある意味でファンのような生活になってから、およそ一月が過ぎた頃の話だ。
「ほら、やっぱり今日からだった!」
「アイちゃんの展示って写真撮ってもいいのかな!?」
はしゃぐウマ娘ファンたちがどんどん吸い込まれていくのに気付き、そちらに設置された看板を確認する。
「"未来に繋ぐ顕彰ウマ娘展"、か。」
今はそのテーマで"ウマ娘ミュージアム"が展示を行っているらしい。
今日はトゥインクルシリーズの開催日だ。
特に予定もないということで、最近の週末はほとんどクロノのレース観戦に付き合わせてもらっていた。
と言っても、ずっと付きっきりでは彼女も迷惑だろうということで、都度別行動を取るようにしている。
今もその最中で、ちょうど暇を持て余していたところだった。
日課になりかけているガチャガチャと反対方向に舵を切り、その展示を見ていくことにする。
「これは...それぞれのファンにはたまらないだろうな。」
展示は顕彰ウマ娘に選ばれた順に戦績やプロフィール、勝負服のレプリカなどがぎっしりと並べられていた。
セントライトにシンザン、シンボリルドルフ等最強を誇った三冠ウマ娘を始め。
メジロラモーヌ、ジェンティルドンナ、そしてアーモンドアイというトリプルティアラ達成者。
更にオグリキャップ、トウカイテイオー、キタサンブラック等。
誰もに愛されたウマ娘たちが名前を連ねる。
「クロノにも教えて...って知らないわけないか。」
まさにトゥインクルシリーズを創ってきた偉人たちの共演。
クロノが見たら喜ぶだろうと考えたが、好きだからこそ彼女がこの展示を知らないわけがない。
下手に説明はせず、"展示見てるよ。"とだけの現状報告メッセージを送る。
トレーナーとしては知っていないと恥ずかしいウマ娘ばかりだが、改めておさらいするのも悪くないだろう。
一つ一つ、時間を掛けて見ていくことにした。
「トキノミノル...気のせいだよな。」
何となく見覚えがある気がするが、そんなことはあり得ないだろう。
この中で直接面識があるのはアーモンドアイだけだし。
彼女がクロノの1個上の先輩だというのは、今考えてもなかなかハードな時代だったと思う。
そのおかげでクロノも強くなれたという確信はあるが、あの強さは圧倒的と言わざるを得ない。
同期のラッキーライラックもまとめて、ドリームトロフィーでは是非リベンジを果たしたいものだ。
「お姉だお姉だ...!全然着てくれない勝負服...!いいなぁ、私もこんな感じがいいなぁ~!」
唯一の知り合いであるアーモンドアイの展示が気になって、少し視線をフライングさせる。
すると、キタサンブラックの展示前で興奮した様子のウマ娘が一人。
見えるのは後ろ姿だけだが、あの紺色の髪と尻尾には見覚えがある。
それもつい最近の記憶だ。
「~~~ッッ!!イクイノックスさんっ!カッコいい!スゴい!憧れるなぁ~!!」
二つ飛ばしに、今度はイクイノックスの展示に釘付けになるそのウマ娘。
飛ばされた9冠ウマ娘と無敗三冠ウマ娘が文句を言いたくなる程の大興奮。
"イクイノックス"はトゥインクルシリーズにおいて生涯連対率100%。
皐月賞とダービーが2着だった以外、全てのレースを勝利し世界最強を成し遂げた稀代の天才ウマ娘だ。
今はドリームトロフィーとも違う、世界ランキング覇者しか出られないリーグに参戦している為、トレセン学園を留守にしている。
そういえば、クロノは一応面識があるんだっけ?
「って、今はそうじゃないだろ...。」
キタサンブラックにイクイノックス。
ここまで符号すれば、恐らく想像している人物で間違いないだろう。
ナンパと勘違いされないよう注意を払いながら、展示に食い付いているウマ娘に声を掛けた。
「あの、ちょっといいかな?」
「!...あ、ごめんなさい。うるさかったですか...?」
「いやいや、違うんだ。君、クロワデュノールさんだよね?」
「え...どこかでお会いしましたっけ?」
キョトンとした顔の前にトレーナーバッジを差し出す。
クロワデュノールは納得したように頷いて、すぐに穏やかな表情に戻った。
「担当のウマ娘と何度か君の模擬レースを見学させてもらってたんだ。」
「なるほど!だから制服じゃなくても私だって分かったんですね。でも、スカウトして頂いた覚えがないってことは...」
「あー...いや。ちょっとこちらにも簡単にスカウト出来ない理由があってね。君の走りはスゴいよ。きっとGⅠを獲れると思う。」
「そ、そうですか?何だか照れちゃいますね...。」
知っている理由は伝えられたが、スカウト方面に話を持っていくのは困る。
他の話題を振ってみようとクロノとの会話を思い出す。
「確か、あのキタサンブラックに指導を受けているとか。」
「指導?そんな固い感じではないというか...一緒に遊んでもらってただけと言いますか。」
「遊ぶ?」
「おね...キタサン先輩はご近所さんで、子どもの頃からお世話になってて。本当のお姉ちゃんみたいな存在なんです。」
「薫陶ってそういう...他のウマ娘が聞いたら羨ましがるだろうね。」
「最初はお姉がスゴいウマ娘だって知らなかったんですよ?有マ記念で初めて走ってるのを見て、すごくビックリしたんです。」
「お姉?」
「あっ...まあ、その...それくらい身近なので、今更"尊敬してる"って言うのは恥ずかしくて...///」
スゴさはよく理解していて誇らしくはあるけど、身近過ぎて面と向かって目標だとも言えないってことか。
そうなると、技術というよりは精神的に影響を受けていそうだな。
後気になることと言えば。
「イクイノックスが好きなんだ?」
「あはは...やっぱり聞こえてましたよね。」
恥ずかしそうに頭を搔き、再び視線を展示へと向けるクロワデュノール。
その瞳はキラキラと輝いていて、まるで夜空を彩る星のようだと思った。
「ずっと憧れなんです。子どもの時にあの人のレースを見に行って、それ以来ずっと。皐月とダービーの敗北を経て秋に覚醒。負けたライバルに圧倒的なリベンジを果たし、そして二度と負けることはなかった。まさに最強。最強の王者って感じがしませんか!?」
捲し立てるような口上はどこかクロノと重なる気がして微笑ましい。
本当にイクイノックスを目標にしてトゥインクルシリーズを走るつもりなのだろう。
そういうことであれば、彼女に感じていた疑問も自然と解消される。
「だから毎回位置取りを変えてたんだ...。」
「!...スゴい...分かるんですか?」
「イクイノックスと言えば"自由自在"なその脚質が最大の強みだったからね。先週のはクラシック期の天皇賞秋イメージだったんだ。流石にパンサラッサのような逃げを打てる娘はそうそういなかったみたいだけど。」
つまるところ、彼女はイクイノックスのような戦い方が自分にも出来るのか。
それを模擬レースで試していたようだ。
毎回勝っても悩んでいたのはイクイノックス程の手応えを感じなかったからで、あくまでも模擬レースに参加していたのは試行錯誤をする為。
だとすればスカウトの嵐をスルーしていたのにも頷ける。
「頭でしっかり考えたら、後は実際に何度も試してみるタイプか。スカウト目的でないならどんな有力トレーナーから誘われても頑に受け入れない。根性があって筋を通す。トレーニングが捗るだろうな...。」
「あ、あの...トレーナーさんって、みんなそんなに分かっちゃうものなんですか?」
いけない。
勝手に色々と分析した上、全部口に出てしまっていた。
クロワも鳩が豆鉄砲を喰らったような顔になっている。
「すまない!目の前で変なことをたらたらと...癖が移ったのかな...」
「...トレーナーさん、もしよかったら」
「と、トレーナーさん!すみません、少し写真に拘り過ぎてしまって...!」
謝罪の途中で、何故か急いだ様子のクロノがやって来た。
ミュージアムはまだまだ開館しているはずだし、レースの場所取りのお願いかな?
「もしかしてクロノジェネシスさんですか!?」
「!...あ、れ?クロワデュノールさん?偶然...そうか、だから...ふぅ。よ、よかった...。」
話し掛けられて漸く気付いたのか、クロノは安心した様子ですぐに落ち着いた雰囲気を取り戻す。
カツアゲにでも遭ってると思ったのか、それとも俺がナンパしているように見えたのか。
後者でないことを祈る。
「レース何回も何回も拝見しました!グランプリ三連覇、本当にスゴいと思いますっ!握手してもらえますか!?」
「へ?は、はい...。そう言って頂けて、光栄です。」
「つまりトレーナーさんの担当ウマ娘さんって、クロノジェネシスさんってことですか!?」
「あ、ああ。」
どうやらクロノのファンでもあったらしく、興奮の矛先がこちらに向いてしまった。
流石にミュージアムの人たちに迷惑がかかってしまいそうなので、話すなら場所を変えようと提案しようとするが。
「あのっ!私にトレーニングをつけてくれませんかっ!?」
流石ウマ娘。
先手必勝、俺がクロワに"提案"をされてしまったのだった。
――――――――――――――――――――
週明けの月曜日から、早速ノールへのトレーニング指導が始まった。
「ノール、次は2000mで試してみようか?」
「はい!」
指導と言っても、今の時期に必要な基本をトレーナーとして最低限教えているだけ。
つまり、下手に俺の方針やら考えを反映するような指示は出してない。
それでも、ノールの能力には目を見張るモノがある。
スピード、パワー、スタミナ。
全てがバランスよく備わっている上に、走る中で冷静さを保っていられる胆力もある。
デビュー前のウマ娘とは思えない。
「ノールちゃん、少しフォームを変えてみた方がいいかもしれません。」
「フォーム、ですか?」
クロノも先輩として時々こうしてアドバイスをしてくれている。
ちなみに
家族からも近い呼び方をされていたらしく、本人もしっくり来たとのこと。
「どう見る?クロノは。」
「は、はい。走り方や坂路での動きを見る限り...中距離がベスト。瞬発力よりは優れたパワーとスタミナで粘り勝つタイプに見えます。ノックスちゃんよりはキタさんに近いですね。」
「だね。本人の希望的には適性外の距離や作戦も試してみるべきなんだろうけど...下手に選択肢を広げてもなぁ...。」
クロノの分析を参考に、これからのトレーニングプランを考える。
ノールの疲労度合いや成長予想も合わせると色々と悩ましい。
うんうん唸っているのが面白かったのか、クロノが俺を見てクスリと笑う。
「すっかりやる気ですね、トレーナーさん。」
「あぁ...まあ、
ノールとウマ娘ミュージアムで出会ったあの日。
場所を変え、俺にトレーニングを見て欲しい理由を聞いた。
『クロノ先輩の走り、レースの度に変わってて。それは自由自在に戦えるっていうより、私には毎回毎回
よく見ているな、と感心した。
新米トレーナーだった俺は、とにかくクロノを理解することに注力していた。
成長していくクロノが出来ること、出来ないこと。
それを判断し彼女が持つ深いレース知識に合わせて最善のプランを練る。
俺たち二人で作り上げた、俺たちの戦い方だった。
それが第三者の目から見ても分かるなんて、正直誇らしい気持ちになってしまう。
『試行錯誤して、寄り添って...最後の一年、トレーナーさんは事故でクロノ先輩とは離れてたんですよね?』
『っ...』
『...よく知ってるね。』
事故の話が出て、俺たちの表情は一気に曇る。
努めて平気そうに、もう終わった話だと言い聞かせる。
『調べて分かった時、私ビックリしたんです。最後の一年のレースでも、今までと"同じ"に思えたから。』
『同じって...』
『クロノ先輩に合わせたレースプラン、仕掛け所。デビューから繋げてきたものがちゃんとそこにあって、まるで
それはクロノが成長したから、ヘルプを頼んだトレーナーが優秀だったから。
そう否定しようとしても無理だった。
隣にいる彼女の瞳が、"そうじゃない"と告げていた。
『...私も、そんな人がトレーナーさんになってくれたらって思うんです。レースで走ってる時に、"一人じゃない、あの人と一緒に勝つんだ!"って思える人に。だから、お二人から学ばせて欲しいんです。トゥインクルシリーズを走るということを!』
そんなトラウマや後悔を引っ括めて報われるようなことを、キラキラとした目で言われて。
俺たちが断れるわけがなかった。
気付けばクロノは泣きながらノールの手を握っていて、俺も風向きが変わったような心持ちになっていた。
「まさか、初対面の相手にあそこまで分からされるなんてね。」
「ノールちゃん、本当に何回も私のレースを見てくれていたそうです。
「ははっ...気付いてたんだ。」
「ふふっ。あのディスク、戻す場所を間違えていますよ?」
「え!?そんな初歩的な理由かい!?」
そんな経緯があって、今に至る。
俺がこそこそと未練たらしくラストランを見ていたのにも気付いていたようだ。
恥ずかしいような、情けないような。
二人で笑い合いながら、ノールの練習風景を見守る。
自分の問題に向き合うのは後。
きっかけを貰えただけで今は十分だ。
切り替えて、トレーニングに集中しなければ。
「よし。手っ取り早くいこうか。」
「手っ取り早く、ですか?」
「クロノと併走してみよう。クロノ、頼めるか?」
「はいっ。勿論です。」
「いきなりクロノ先輩とですか!?」
模擬レースでいくら脚質を試したところで、同世代より抜きん出ているノールでは大して差は生まれないだろう。
だが、クロノジェネシスという"グランプリウマ娘"が相手では話は違う。
反って差がつき過ぎる可能性もあるが、試してみる価値はある。
「気後れするのは分かるけど、実力者の走りを体験するのは貴重な経験になるはずだ。君も気になるだろう?自分がどこまでやれるのか。」
「...はい。やらせてください!」
すぐに表情を引き締めたノールに頷き、二人をスタート地点に並ばせる。
1800mを合計4本。
クロノの位置に合わせてポジションを変えるよう、ノールには指示を出した。
しっかりと休憩を挟みつつ、ノールの得意な位置を探る。
「っ...もっと離さないとっ...!」
1本目、2バ身程差を付けた"逃げ"。
ゴール前に楽々かわされ3バ身差。
「全然伸びが違う...!?」
2本目、反対に3バ身後方に退がった"追込"。
差を埋められず3バ身そのままの敗北。
「届かない...!」
3本目、僅かにクロノより後方からの"差し"。
直線は競り合いを見せたがやはり2バ身差で負け。
「まだまだぁ...!」
4本目、クロノを背後に置いての"先行"。
いい粘りを見せるが、最後は末脚に敗れ2バ身差。
「ハァ...ハァ...!」
「お疲れ様、二人とも。データは取れたから今日はもう」
「もう一回!やらせてもらえませんか!?」
「え...でも大分疲労が」
「大丈夫です!クロノ先輩も、まだまだ余裕ですよね?」
「私はまだ大丈夫ですが...」
「じゃあ、お願いします!」
デビュー前には厳しい負荷だったはずなのに、ノールは"おかわり"を要求してきた。
しかも、それを
結果は、変わらない。
どこから戦っても、何度やっても負けは負け。
だからこそおかしかった。
「ハァっ...ハァっ...やっぱり、クロノ先輩はすごい...!ぜんっぜんっ敵わないや...!」
「ハァ...ハァ...流石に、これ以上は...」
「ああ。今日はここまでにしておこう。」
「今日はありがとうございました...!明日もまた併走お願いしてもいいですか!?」
「明日も...?」
「はい!勝てなかったけど、私まだまだ頑張れる気がするんです...だから、明日もお願いします!」
普通は作戦を変えれば得意不得意がどうしても出るし、疲労が溜まればタイムは当然遅くなっていく。
それなのに、今日のノールのタイムはほぼ全て
脚質上恐らく不得手な追込でも最後には差を詰めてきて、結果的なタイムは他と誤差のレベル。
更に気になるのは、何度も敗北したというのにその心が"まったく折れていない"ことだ。
普通相手が誰であろうと、ウマ娘として走り負ければ気落ちするのが当然。
ノールのように模擬レースであれど常勝ならば、余計に戦意を失ってしまうはず。
なのに、彼女は悔しがりながらも明日もまた戦うと迷いなく言ってきた。
"諦める気はない"と言ったのだ。
「とんでもない根性だな...。」
「バランスのいい能力に気を取られていましたが、ノールちゃんの本当のスゴさはそこにあるのかもしれませんね...。」
練習場を走り去るノールを見送りながら、その真の強さを噛み締めていると。
「あの!もしかして、ノルちゃんのトレーナーさんですか?」
ノールにどこか似ている、快活そうな声が背後から届いた。
――――――――――――――――――――
「お姉!?な、何で!?」
「練習場で会うのは初めてだねノルちゃん!あのちっちゃかったノルちゃんがこんなに大きくなって...あたし、感動しちゃうなぁ!一曲歌わせて頂きます!『姉妹岬』!」
「昔のことはいいから...というか歌わないでよ!?」
翌日。
時間通りやって来たノールを出迎えたのは俺とクロノだけではなかった。
"キタサンブラック"。
伝説のウマ娘であり、ノールの姉とも言える人物がジャージ姿でそこにいる。
昨晩、練習が終わった後の話だ。
俺たちがノールに指導しているのを見掛けたキタサンが、保護者(?)として挨拶をしに来てくれた。
その時の会話から"あること"を思い付いた俺が、今日練習に付き合って欲しいとキタサンを誘った。
幸いなことに快く了承をもらい、この状況になったというわけだ。
「今日はクロノではなく、
「!......キタサン先輩と...?」
俺の提案に対するノールの反応は、明らかに昨日とは違って見えた。
不安そうな表情に、俺は危惧していた彼女の"弱点"を確信する。
「クロノ以上に憧れているキタサンなら、君にとってよりいい練習になると思ってね。」
「それは...その...」
「ノルちゃん。今日はお姉ちゃんとしてじゃなく、トゥインクルシリーズを走った先輩として来たんだ。...クロワデュノールの力を、見せてもらうね。」
「っ...分かった。よろしく、お願いします。」
キタサンブラックの強者としての雰囲気に触発されたのか、弱々しかった声が僅かに力を取り戻す。
併走を受け入れたものの、ノールの瞳からは昨日まで見せていた輝きが失せてしまっているように思えた。
クロノに時計を任せ、俺は二人の走りが見易い位置まで移動する。
距離は昨日と同じ1800m。
本数は事前に指定はしていない。
つまり、
「行くよ!」
「っ...!」
軽いウォーミングアップの後、ついに併走が始まった。
キタサンブラックは勢いよくスタートを決め、ノールを離し過ぎない絶妙な距離感で先頭に立つ。
キタサンが得意の逃げだとすると、自然とノールは先行と言える位置取りになる。
彼女にとっては一番走りやすい戦い方。
「くっ...!」
結果は大敗。
昨日が嘘のような、一度も見せ場のない大差での敗北となった。
歴戦の猛者であるキタサンとデビュー前のノールで実力差があるのは当然。
しかし、それはクロノと併走した時も同じ。
昨日は実力"以上"の接戦。
今日は実力"以下"の完敗といった印象。
それからポジションを変えて何度か走ってみるが、結果は変わらず、やはりキタサンの影を踏むことすら出来ない。
「これが、お姉の...キタサンブラックの力...っ」
4本目を終えて、早くもノールの足が止まった。
クロノにあれ程負けても戦うことを止めなかった彼女の目に、あまりにも早い"諦め"の色が浮かぶ。
その姿を見て、キタサンは辛そうな視線を俺に向ける。
ここまでは予想通りだった。
『
昨日の話には続きがある。
トレーニングの参考になると考え、キタサンからノールについて色々教えてもらっていたのだが。
どの作戦で走ってもタイムに差がないことを訊ねると、キタサンは"並外れた根性があるからだ"と答えた。
イクイノックスを尊敬しながら、憧れとの差を自覚してそれでも諦めず努力し続ける根性。
それこそがノールの強みであり、弱点でもあるとキタサンは語った。
『憧れに届いたかどうか...ノルちゃんはどうしてもそこだけで評価しちゃうっていうか。"自分を認める"ってことがすごく苦手な子なんです。』
『0か100か、ということですか?』
『それ、分かりやすいかも!100点に届いてないなら0点だし、憧れが強い分、その100点を200点にも1000点にもしちゃう感じです。』
『なるほど。常に憧れが物差しになってるわけか。』
計る術が憧れしかないなら、どうやってもノールの最大値は
自分を認められない上に、憧れは絶対に超えられないという図式。
憧れを持つことは原動力になるが、その考え方のままではせっかくの夢がいずれ足枷になりかねない。
『ノルちゃんは本当にすごい子なんです。それをあの子自身にも分かってもらいたいんですけど...』
『私にも覚えがあります。どんなに偉大な先達を尊敬していても、結局歴史を創るのは自らの力。自分を信じられなければ、夢を叶えることは出来ませんから...。』
二人の言葉を聞き、今のノールにとって一番必要なモノを認識する。
怖じ気づいていた俺に、1歩踏み出すきっかけをくれた彼女に何かお返しがしたい。
その一念で考えついたのが、今日のキタサンブラックとの併走だった。
「やっぱり...お姉には...」
「じゃあ、諦めるかい?」
戦意を失ったノールに近付き、ギブアップかどうかを問う。
諦めるという言葉に、彼女の耳がピクリと反応する。
「君の憧れって、そんな程度だったんだね。」
「え...?」
「夢があるから頑張れる。努力をすればいつかきっと。そう思っているのに、いざその憧れと対峙したら"すごい、勝てるわけない"って決めつけてしまうんだろう?」
「それは...それはだって、お姉はGⅠ何個も取ってて、イクイノックスさんにも憧れられてて...一番身近で、尊敬してる人で...」
「だから勝てなくていいのかい?同じくらい強くなれたらいいなぁって、そんな気持ちでトゥインクルシリーズを走るつもりなんだね?」
「!...トレーナーさんは実際に走らないじゃないですか...だから、そんなことが言えるんじゃないですか...?」
彼女を責めたいわけじゃない。
ただ、理解させるにはほんの少し荒療治が必要だった。
流石に言い過ぎではないかと不満をぶつけてくるノール。
「ああ、そうだね。だから、俺たちトレーナーは自分のウマ娘を信じることしか出来ない。そのウマ娘が誰に憧れて、それがどれだけ偉大かなんて関係ない。"俺の担当ウマ娘は誰が何と言おうと最強だ"。そう思ってなきゃ、トレーナーなんて出来ないんだよ。」
「最強...ですか...?」
いつ如何なる時も。
あのアーモンドアイと争った時だって。
俺はずっとクロノが最強だと信じていた。
最後の有マ記念だって、もう一度やればきっとクロノが勝つ。
そんな子どもみたいな気持ちこそ、トレーナーに最も必要なモノだと俺は思う。
ウマ娘たちが自分の力を疑い不安に襲われた時、馬鹿みたいにひたすらに。
彼女たちを信じて支えるからこそ、トレーナーはトレーナー足り得る。
「ノール、君は強いんだ。確かにイクイノックスやキタサンブラックは素晴らしいウマ娘だ。でも、君が負けてるなんて俺はまったく思わない。君には夢を叶える為の才能も、努力も、運もある。俺は君に諦めない強さを教えてもらった。」
「諦めない、強さ...。」
ノールの走りは俺にとって希望だった。
またトレーナーとしてウマ娘を担当したいと思わせてくれる、強い輝き。
伝説が相手だからって、劣っているだなんて本人でも言うのは許せない。
短い付き合いだけど、これだけは分かる。
クロワデュノールは強い。
こんなところで諦めるような、弱いウマ娘なんかじゃ決してない。
「俺、思うんだ。憧れって、"いつか絶対に超えてやる"っていう覚悟を言うんじゃないかって。目指すんじゃなく、乗り越えるべき壁だと思わなきゃ、願った姿にはなれないんだよ。」
「憧れの意味なんて、考えたこともありませんでした...。」
「やっぱり、自信は持てないかい?」
俺の問い掛けに逡巡し、俯くノール。
不安なのは当然だ。
彼女の憧れはまさに頂点。
誰よりも困難な道を行くと決めたのだから。
でも、それでいい。
その不安は、どれだけ彼女が夢に真剣に向き合っているかの表れだ。
だから俺は、彼女を信じられる。
「俺は君を信じるよ。君の中にある、君だけの力を信じてる。どれだけ相手が強かろうが、君が君を疑おうが。俺は絶対に君を信じる。最後に勝つのはクロワデュノールだってね。」
「トレーナーさんっ...どうして、そこまで...」
何故そこまで言い切れるのか。
そう問われても、俺の中に明確な答えはない。
ただ、
そう信じたくなった。
この感覚を、俺はもう知っていたから。
「クロノの時と同じだ。君が走る姿に、その瞳の輝きに。"何か"を感じたんだ。言葉では上手く説明出来ないけど...これはきっと俺にとって、何より大切な感覚だ。それをもう一度感じさせてくれた君だから、俺は信じたい。」
「っ......何してるんだ...私っ!」
パシンと大きな音を立てて、ノールは自分の両頬を強く叩いた。
かなり全力で叩いたようでうっすら涙を浮かべてはいたが、その瞳はさっきまでとは別物。
俺が信じたいと思ったあの輝きが、更に勢いを増して彼女には宿っていた。
「お姉!もう一回お願い!今度は2000...ううん、2400mでっ!」
「ノルちゃん...いいよ!どーんと来いっ!!」
距離を伸ばしての再戦。
キタサンは快諾し、二人は2400mコースに移動する。
既に4回も実際のレースに等しい走りをしているからか、クロノはノールの消耗を考えて不安そうにしている。
「大丈夫。ノールが選んだ勝負の距離だ。さっきまでとは違う。」
「芝2400m...確かに一番優劣の少ない距離だとは言われていますが、距離が伸びればそれだけステイヤーであるキタさんとの差は大きくなるはずです。」
「そんなことは彼女が一番よく知っているよ。信じよう、今のノールを。」
「...はいっ。」
合図を打ち、ノールとキタサンが同時にスタートダッシュを決める。
逃げも先行も差しも追込も、全てがキタサンには通用しなかった。
その上で彼女が選んだ作戦は。
「
「キタサンと競るつもりか...!」
前でも後ろでもない、ノールが陣取ったのはキタサンの隣。
先行しようとするキタサンに並び、抜かすこともせず離すこともさせない位置取り。
はっきり言って、それはまさしく自殺行為だ。
スタミナと経験で勝るキタサンにペースを合わせれば、当然先にバテるのはノールの方。
だからこそ、先程までの彼女と明らかに違うと思えた。
「もうお姉の背中を追い掛けるだけじゃダメなんだ!私はお姉を超えたい!イクイノックスさんを超えたい!無理でも何でも、やらなくちゃ...!諦めない!絶対にっ!諦めたりするもんかぁーー!!!」
「!...受けて立つよ!さぁ来い!クロワデュノール!!」
速度を上げられ離されても、またすぐに隣に並ぶ。
それを何度も繰り返し、ノールが限界なのはこちらからでも分かった。
でも、止まらない。
彼女の足は動き続け、ついにはキタサンを抜き去ろうともする。
最終直線に入っても、差はほとんどなく。
まだまだ余裕のキタサンに、息を激しく切らすノールが肉薄し続ける。
まさに"根性"。
ただ憧れることを止めた彼女が、真に発揮した本物のド根性だった。
「ハァっ...!ハァっ...!ハァっ...!」
結果は、クビ差でキタサンブラックの勝利。
最後まで粘ったが、憧れを超えることはなかった。
「ノルちゃん大丈夫!?今お水を」
「っ...くそっ...くそぉ...!」
「ノルちゃん...?」
「悔しい...悔しいよぉ...!お姉に、勝ちたかったのにぃ...!こんなんじゃ、ダメだ...ダメなんだぁ...!!」
「...。」
本気で悔しがり涙で顔をグシャグシャにするノール。
キタサンはその様子に声を掛けるのを止め、嬉しそうな微笑みを浮かべる。
こちらを見て一礼し、足早に練習場を去って行ってしまった。
「お疲れ様、ノール。」
「トレーナーさんっ...!私、勝てませんでしたっ...悔しいですっ...今までで、一番悔しいですっ...!」
「それでいいんだ。君は今日、自分が憧れと競う舞台に立っていると自覚した。その価値があると、自分を認められたんだよ。」
「負けたのにっ...認めてるんですか...っ?」
「ああ。だから強くなれるんだ。憧れを超えて最強になれ、クロワデュノール。」
「っ...はいっ...!!」
涙を拭った彼女の瞳は、どこまでも高い空を見上げている。
少しは恩返し出来たかな。
勝手な満足感を得て、俺も一緒にしばらく空を見上げたのだった。
――――――――――――――――――――
「じゃあ、早速模擬レースを見に行こうか。」
「えっ?の、ノールちゃんをスカウトしないんですか!?」
今日の模擬レースのスケジュールを確認しクロノと大体の目星を付けるはずが、驚いた顔を向けられてしまう。
「ノールはスゴいウマ娘になる。だから、彼女には最良の選択をして欲しい。」
「......だからこそトレーナーさんが必要なのではないでしょうか...。」
昨日は偉そうに焚き付けたけど、俺よりいいトレーナーなんていくらでもいるだろう。
結局俺は"自分を信じろ"としか言えなかったし。
きっと捜せば、イクイノックスみたいな走りをさせてくれるトレーナーがいるはずなんだ。
そんなトレーナーと、彼女みたいな素晴らしいウマ娘は出会うべきだ。
「...クロノ。今まで、すまなかった。」
「ど、どうして謝るんですかっ?トレーナーさんに迷惑を掛けられた覚えはないですし、むしろもう少し頼って頂けると嬉しいと言いますかっ」
「君の気持ちを無視して、勝手に罪悪感を感じてた。ノールに言われて、気付いたよ。君はずっと、俺と一緒に戦ってくれてたんだよな。」
本当は分かってた。
俺が側にいなくても、クロノの走りは俺の考えとまったく同じ。
俺と一緒に戦おうとしてくれていたのを、気付かないはずがなかった。
だからこそ、悔しかったんだ。
それ程までに大切に想ってくれる彼女と、一緒に泣けなかったことが。
せめて怒ってくれればと彼女に期待をして、勝手な罪悪感で余計に苦しめてしまった。
「私は...私はずっとトレーナーさんと一緒だと思って走っていました...トレーナーさんならきっとこう思う、こう言うって...。」
「改めて、すまなかった...。トゥインクルシリーズを走る君を、最後まで側で支えたかったのに。それが出来ず、本当に申し訳なかった。」
「いえっ...いいえっ...私は、トレーナーさんが帰って来てくれただけで...だから、今はすごく、幸せですからっ...」
もっと早く、こうして面と向かって謝るべきだった。
彼女の顔を見て、また前に進む為に。
ハンカチを差し出し、涙を拭うクロノに微笑む。
「大丈夫。もう絶対に離れたりしない。君がドリームトロフィーで紡ぐ歴史を、最後の最後まで。ずっと側で目に焼き付けるよ。そしてその歴史を、クロノからもらったモノを。次のウマ娘たちに絶対に、余すことなく繋げてみせる。君が見せてくれた夢を、何度でも。それがクロノジェネシスのトレーナーとして、果たすべき使命だ。」
「トレーナーさんっ...はいっ...はいっ!」
これで情けない自分とはおさらばだ。
俺はもう二度と、自分の担当ウマ娘の期待を裏切らない。
トレーナーでいることを恐れず、夢を追うことを諦めない。
ノールに教えてもらった諦めない根性で、必ず彼女に匹敵するようなウマ娘を見つけてみせる。
「行こうクロノ!スカウトの時間だ!」
「お供しますっ!」
「失礼しまー...す?」
爽やかにクロノの手を引いてドアを開くと、そこには制服姿のクロワデュノールが立っていた。
「ノールちゃん!?」
「ど、どうして!?」
「どうしてって...そういえば渡してなかったなぁって思い出しまして。」
こちらの驚きが理解出来ないのか、不思議そうな顔でノールは1枚の紙を差し出してくる。
見覚えのある用紙には"トレーナー担当契約"の文字が見えた。
「私としたことが、本当は初日に提出するつもりだったんですが...。同室の子がだらしなくてですね?お世話をしてるうちに頭からすっぽり」
「じゃなくて!俺なんかでいいのか!?捜せばきっともっといいトレーナーが」
「いませんよ。他に私がトレーナーになって欲しい人なんて、いません。」
至極当然のことのように、ノールは俺に有無を言わさず契約書を押し渡す。
戸惑う俺に対し、クロノは"ほら、言った通りです。"と表情だけで勝ち誇ってくる。
「だって
「っ...はぁ。これはもう、俺の負けだね...。」
「はい。大差でトレーナーさんの完敗です。」
理屈じゃない何か。
いつの間にか繋がってしまったそれに降伏して、新しい担当ウマ娘に笑顔を向ける。
「改めまして、クロワデュノールです!夢はキタサンブラックとイクイノックスを超える、みんなが認める最強の王者になること!これからよろしくお願いしますね!トレーナーさんっ!」
俺たちの夢が、もう一度始まった瞬間だった。
君を絶対に、ダービーウマ娘にしてみせる。