ウマ娘 プリティーダービー ノーザンクロス   作:月想

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開いて頂きありがとうございます!
ダービーを描く第5話後編となります。
拙い文章ですが、楽しんで頂けたら幸いです。


第5話 後編『夢の頂点』

「ダービーだ!」

「ダービーだね!」

「ダービー!ダービー!」

 

かくして、その日はやって来た。

東京レース場内は多数のウマ娘ファンで埋め尽くされており、皆一様に"生涯一度の祭典"の名を口にしている。

東京レース場にて毎年最も観客が集まる最高のGⅠが、今日開催されるのだ。

 

「日本ダービー。"すべては、この熱き日のために。"...くぅ~!いいねやっぱり最高だね!特にこの看板のウマ娘!カッコいい!可愛い!たまんない!...って私なんですけどねっ!なになにサイン欲しい?しょぉーがないなぁ~!じゃあほらほらならんでならんで」

「はぁ...アホは放っておいて行くわよ。ミラ、アンク。」

「まぁなんていうか?私はダービーウマ娘のセンパイなわけで!今日誕生するコウハイちゃんにはしっかりと後方腕組で威厳を示さないといけないわけですよ!ポーズはこんな感じ?それとも、こんな感じかい...?(キリッ)なーんつって!いぇいピースピース!...あれ?みんな?...うわぁーん置いてかないでよぉー!?!?」

 

色めき立つのは当然観客だけでない。

ダービーを経験した、もしくはこれから経験するであろうウマ娘たちも同じだった。

彼女たちからしても、日本ダービーというレースは特別。

たとえ自身が走らないとはいえ、昂る気持ちを抑えることは出来ない。

そんな人々の熱気で、会場全体はまさに"お祭り"ムード。

誰もが瞳を輝かせ、これから行われる世紀の一戦を待ち望んでいる。

 

「へいへいらっしゃーい!らっしゃいしゃーい☆ゴルシちゃん印のおいしーおいしーすぴすぴ焼きそばだぞぉーい!」

「安いですわよー!美味しいですわよー!今ならお得なおまけ付きですわよー!」

 

室内のレストラン以外にも、場内には多数の屋台が出展しており。

威勢のいい呼び込みと秀逸なグルメが、更に観客たちの活気を増幅させている。

そんな喧騒の中に、彼女たちは身を置いていた。

 

「はぁ...。」

「キタサン?溜め息ばっかり吐いてると、幸せが逃げるって言うわよ?」

「それってジンクス?破った方がいいよね?」

停止它(ティンズィータ)。私の失言だったわ...。」

 

キタサンブラックにサトノダイヤモンド、そしてサトノクラウン。

いつも通り、保護者チームはそれぞれの応援の為現地にやって来ていたのだが。

普段は一番テンションが高いはずのキタサンが、呼吸の代わりと錯覚する程に溜め息を連発し落ち込んだ様子を見せていた。

ダイヤも釣られたように溜め息を一つ吐き出し、少しムッとした顔でキタサンの口にチョコバナナを突っ込んだ。

 

「むがっ!?ふぁいふぁふぁん!?」

「1ヶ月経っても溜め息ばっかり。いい加減やめないと、これからずっと大好きなバナナで口を塞いじゃうからね?」

「もぐもぐ...ごくん。」

「美味しかった?」

「うん...おいしいよ、ダイヤちゃん...。」

 

バナナ攻撃は有効だったようで、垂れ流しだった溜め息も一旦は止まった様子。

両手に持った次弾もとい次バナナを構えつつ、もう何度目か分からない励ましをダイヤは口にする。

 

「そうするのがノルちゃんの為だと思って突き放したんでしょ?だったら後悔なんてしないで、信じなきゃ。」

「それはそう、なんだけど…。」

「"後から思えば先輩に甘えがちだった自分に言う資格はないんじゃないか?"、だっけ?後の祭りってやつね。キタサンだけに。」

「あーどうしよう恥ずかしいしノルちゃんに知られたら絶対に軽蔑されちゃうよぉー!?」

 

ファミレスでの一件以降、ノールとはまったく話せていないキタサン。

必要なことだと思って叱責したものの、昔の自分もかなり情けない時があったと後から自覚。

偉そうにした罪悪感と嫌われたくない姉バカ心を拗らせ、今日の今日まで勝手に落ち込んでしまっているのだった。

 

「大丈夫。ノルちゃんがキタちゃんを嫌いになるわけないもの。誕生日にノックスちゃんのサインを忘れた時も、結局仲直り出来たでしょ?」

「あれは急いで貰いに行けたから許してもらえただけで...」

「妹の晴れ舞台だよ、キタちゃん。私たちはお姉ちゃんとして、どんな風に見守ってあげるべき?」

「...ノルちゃんを信じて、自信満々に応援する?」

「その通り。笑顔でいてあげなきゃ。あの子ならきっと分かってくれるから。ね?」

「...うん。ごめんね。」

「ふふっ。最近は謝ってばっかりだね。」

「あはは...ありがとう、ダイヤちゃん。」

「どういたしまして。」

 

気持ちを無事切り替えられた様子のキタサンはチョコバナナを受け取ると、あっという間に二本を完食。

笑顔を取り戻し"お返しを買って来る"と屋台の通りへと飛び出していった。

安心の溜め息が重なり、クスリと笑い合うダイヤとクラウン。

そろそろパドックに移動すべきかと時間を確認していると。

 

「姉デュノール!わたし焼きそばが食べたい!」

「焼きそばなら確かゴルシさんのところがありましたよね?」

「ごくん。ですね!」

「わたあめよ。このふわふわを堪能しないことは罪だわ。」

「でふね!もごもご!」

 

見知った顔を引き連れたキタサンがこちらに戻って来た。

隣には両手一杯に食べ物を抱えた日本総大将こと"スペシャルウィーク"に、その次のダービーウマ娘である"アドマイヤベガ"。

珍しい組み合わせの、更にその隣を見て。

我等がサトノシスターズの顔は、みるみるうちに真っ青に変化していった。

 

「シャイニング!?」

「ど、どうしたのシャイちゃん!?もうすぐパドックの時間なのに!?」

 

平然と喧騒に紛れ込んでいたのは、サトノの暴走ウマ娘。

日本ダービーに出場するはずの、サトノシャイニングだった。

それを証明するように、その身体を派手な勝負服で包んでいる。

もうとっくにレースの準備をしているべき時間。

予想外過ぎる暴走のし方に、二人はかなりの動揺を見せる。

 

「遊んでいる場合じゃないでしょ!?早く戻るわよシャイニング!」

「......」

「シャイちゃん...?」

 

見つかってしまったと慌てることもせず、彼女らしくもない沈黙を返すシャイニング。

俯く姿に何かがあったと察して、ダイヤとクラウンは顔を見合わせる。

 

「...大外って、勝てないの?」

「え...?」

「勝てないって、みんな言ってた。わたし、ダービー勝てないの?」

「シャイニング、あなた...」

 

ダービーは最も運のあるウマ娘が勝つ。

そんな格言の一因には、"枠の有利不利"があると言われている。

元々は今より出場ウマ娘数が多かった故に、枠次第で明暗が分かれてしまうという一般論だったのだが、それはフルゲート18人になってからも変わらぬ認識として残っていた。

それこそ近年ではあのイクイノックスが大外を二回連続で引き、皐月賞日本ダービー共に2着が限界だったことが記憶に新しい。

そして、今回大外18番を引いたのがサトノシャイニング。

今日のダービーで()()()()()()と言えるウマ娘は、彼女だった。

そんな話をどこかで聞いてしまったのだろう。

シャイニングは普段とは明らかに違う不安げな顔で、クラウンたちに問い掛ける。

 

「あなたらしくないわよ?枠なんてレース展開によって有利かどうかは変わってくるに決まっているじゃない。」

「そうだよシャイちゃん。走り方もみんなでたくさん考えて来たでしょう?だからきっと」

「わたし、もう負けたくない...なのに18番で、ダービーで...クラねーちゃんとダイヤお姉ちゃんでも2着だったのに...勝てないなら、やだ...こわくて、走りたくない...。」

「っ...」

 

どこまでもポジティブで自信満々な娘だと、勝手に思い込んでいた。

負けて平気なウマ娘などいるわけがないのに。

皐月賞での負けが響いていたのはクロワデュノールだけではなかった。

真面目に練習をするようになったからと、つい油断してしまっていた。

 

今頃になって思い出す。

自分たちがダービーに敗北し、不甲斐なさに涙を流している時に。

幼いシャイニングがそれを近くで見てしまっていたことを。

彼女もまた"サトノのウマ娘"であるということを失念し、メンタルにまで気を回せなかった。

押し黙ってしまうクラウンたち。

すると彼女たちの代わりに、会話を見守っていたスペシャルウィークが、一歩シャイニングに近付いた。

 

「シャイニングちゃんは、走るの好き?」

「好きだけど...。」

「私も大好き!走るのって楽しいよね!風が気持ちよくて、芝のいい匂いがして。」

「...?」

 

何の話をしているのかと怪訝な顔をするシャイニングに対し、スペは笑顔で視線を合わせて言葉を続ける。

 

「負けるのはすごく悔しくて、もしそうなったら...って不安になるの、私にも分かるよ。勝つ為に走るんだって思うのは大切なことだし。でも、だからこそ。楽しいって気持ちが一番大事なんじゃないかな?」

「勝つよりも楽しいが大事なの...?」

「うんっ。だって、ダービーだよ?一生に一度の、みんなが本気の全力で走る最高のレース!シャイニングちゃんと同じくらいすごい娘たちが、今までで一番の力で走ってくれる...。想像してみて?ダービーでしか感じられない風に、"私の方がすごい!負けないぞ!"っていうみんなの気迫。後、応援してくれる人たちの声も。それを全部身体いっぱいに受けて、思いっきり走るの。あんなに楽しいレース、他にないと思う。楽しまなきゃ損だよ!」

「でも、勝てなかったら結局...」

 

スペの熱弁に心が上向きかけるも、負けてしまったら辛いことに変わりはないと視線をクラウンたちへと僅かに向ける。

意外なことに、今度はわたあめを食べ終えたアドマイヤベガが声を発した。

 

「何を気にしているのかも、あなたたちがどういう関係なのかも知らないけれど。勝敗はあくまで自分の問題。()()()()()()()()()()()()とか、あなたが気にすることではないわ。それに...妹が楽しく走っているなら、それだけで十分幸せなはずよ。姉妹ってそういうものだと...聞いたわ。」

 

はっきりした物言いの割に遠慮がちなアヤベの言葉に、ダイヤとクラウンは今伝えるべきことを見出だしたようだ。

ダイヤが不安そうなシャイニングの頭を撫で、クラウンがその小さな身体を優しく抱き締める。

 

「クラねーちゃん...?」

「あなたの好きに走っていいわ。サトノの願いとか、私たちの気持ちとか。そんなものに縛られるのはシャイニングらしくないでしょ?」

「!...いいの?」

「いつの間にか、ちゃんとレースと向き合ってくれていたのね。気付けなくてごめんなさい。もう子ども扱いはしない。トゥインクル・シリーズを走る一人のウマ娘として、悔いの残らない走りをしてきなさい。」

「もちろん、私たちはシャイちゃんが勝つって信じてるけどね?」

「っ...ぐすっ...」

 

ポロポロと溢れる涙は昔の甘えん坊と一緒に見えて。

ゴシゴシと拭った後には、すっかり見慣れた自信満々の輝き娘が戻って来ていた。

 

「わたし走る!それで勝って、誰よりも笑って!最光なのは誰か証明してやるわ!見ててね、お姉ちゃんたち!」

闪耀(シャンヤオ)!楽しんで来なさい!」

 

輝くような笑顔でパドックへ向かっていくシャイニングを、サムズアップで見送るクラウン。

またもや妹の成長を感じることになり、ダイヤは嬉しいやら悲しいやらの相反する気持ちに苛まれる。

 

「ノルちゃんが聞いたら嫉妬しちゃうかもよ?」

「あの子にはキタちゃんとノックスちゃんがいるし。二人分には二人分をぶつけなきゃね?」

 

応援祭りに向け気合いを入れ、笑い合う二人。

 

クラウンたちと共にシャイニングの後を追うようにパドックへと向かって行った後ろ姿を、微笑みながら傍観していた者がいた。

 

「継往開来、か。繋がるのは憧れだけではないようだ。」

「カイチョー何やってるのー!ごちそうしてくれるんでしょー?!」

「ああ、今行くよ。...見せてもらうとしよう。君の覚悟を。」

 

この場にいない誰かに呟き、皇帝もまた若ウマ娘たちの大一番へと足を向ける。

自身がかつて制した舞台で、彼女たちが何を刻むかを見定める為に。

 

「というか...何してんのさ、マックイーン...。」

「こ、これはその運勢が...ではなく監視!あくまでも監視の一環ですわ!?」

 

――――――――――――――――――――

 

「作戦の振り返りは以上だ。何か質問は?」

「大丈夫です。何回も頭に叩き込んでますから。」

 

東スポ杯以来の東京競馬場控え室で、クロワデュノールたちは最終確認を行っていた。

自信満々に答えるノールを見れば分かる通り、彼女のコンディションは今までで最高。

堂々の1番人気に相応しい姿を見せつけ、パドックでも絶賛を受けた程だった。

トレーナーとの対話でメンタルも回復し、まさに万全の状態でダービーに臨むこととなる。

 

「ノールちゃん。私にはダービーの緊張を真の意味で理解することは出来ませんが、オークスでの気持ちを忘れたことは一度としてありません。悔いのない、納得のいくレースを...。あなたの歴史を刻んでください。」

「ありがとうございます、クロノ先輩。同じ舞台ですから...オークスでの、先輩の悔しかった気持ちも背負って。私が勝ちます!」

 

力強い後輩の言葉に涙が出そうなのを堪えて、クロノはお返しとして軽くノールを抱き締める。

"ありがとう"と、"いってらっしゃい"の気持ちを込めて。

 

「俺から言うことは、そうだな...俺の出来ることは全部、全力でやって来れたと思ってる。だから後は、ノールを信じる。君が勝つに決まってるって。もしもなんて、絶対に考えられないよ。」

 

いつもと変わらず、ただ信じていると伝えるトレーナー。

そんな真っ直ぐな姿に担当ウマ娘二人は微笑み、ノールは深呼吸をして改めてトレーナーの方へ向く。

 

「私、二度と忘れません。

憧れは、超えることを諦めない覚悟だって。

教えてくれたのはトレーナーさんです。

だから、私は。

私はトレーナーさんを、"ダービートレーナー"にしたいです。

あなたが私をダービーウマ娘にしたいと言ってくれたように。

私は今日、その為に走ります。

ダービーの栄冠を、必ずあなたに捧げてみせます。」

 

その堂々たる宣言に、トレーナーは彼女の未来を想起する。

数多の偉大なウマ娘たちをも超える、最強の王者となった彼女の姿を。

 

「ああ...頼んだ!」

「はいっ!」

 

トレーナーたちに背中を押され、ノールは控え室を後にする。

 

地下バ道をゆっくりと進みながら、今まで走って来たレースを回顧する。

 

メイクデビューの期待。

東スポ杯の緊張。

ホープフルの自信。

皐月賞の使命感。

 

では、このダービーは?

当て嵌まる言葉がすぐに見つからない程に混沌とした気持ちでも、不思議と落ち着いた心地となっている。

整理するわけでもなく、ただこれまであったことを反芻する。

放った言葉と、貰った言葉を何度も繰り返して。

一歩ずつ、最高の舞台へと歩みを進める。

 

「よぉ。待ってたぜ。」

「ミューズ...?」

 

ピリッとしながらもどこか楽しげな雰囲気のミュージアムマイルが合流し、歩調を合わせて更に先へと進んでいく。

 

「マシな面になって安心したよ。そうじゃなきゃ、倒し甲斐がねぇ。」

「負けたから強くなれるって、前に言ってたよね?本当かどうか、確かめてみるといいよ。」

 

ミューズの軽口は挑発ではなく、ノールの覚悟を確認する為のもの。

言葉以上に爛々と輝く瞳に再起を確信し、ミューズは抑えきれない喜びに好戦的な笑みを浮かべる。

 

「あ...マスカレードさん。」

「!...来たんだ。」

「うん。勝ちに来たよ。」

 

頭巾を脱いで仮面を装着しているマスカレードに追い付き、三人並んで光の先へ向かう。

 

「あなたたちには勝たせない。ダービーは、ダービーだけはアタシが獲る。」

「背負ってるか背負ってないかだけで勝負は決めさせねぇ。ダービーも、オレが頂く。」

 

背負ったものの為に走るマスカレードと、自身の願いの為だけに走るミューズ。

 

対象的な二人が静かに火花を散らす中、ノールはトレーナーに聞いた"勝ちたいという強い想いが最も集う場所"という話を思い出していた。

それぞれが違う内容の、でも同じくらい強い気持ちでダービーに臨んでいる。

では、自分は?

本当に負けない気持ちを持てているのか?

最後の問い掛けにも動じず、その決意をまた反芻した。

 

「わたしが最光だぁーー!!」

「びっくりした...。」

「うっせーな豆電球。ちっとは落ち着けよ。」

「落ち着いてなんかいられないでしょ!わたしが最高に最っっ光な輝きを見せる時が来たの!楽しみで楽しみで、心はもうウルトラシャイニーーング!!☆」

「ははっ。楽しそうだね、シャイニングちゃん。」

 

最後に駆け寄って来たシャイニングを迎え、4人は同時に出口付近へと差し掛かる。

もう引き返すことは出来ない。

一生に一度。

誰もが憧れる夢の頂点が、すぐそこで待っている。

 

「誰が一番強いか。ここで、決めよう。」

 

それぞれの願いと、託された想いを胸に。

若き星々は彼女たちの決戦の舞台へと、力強い一歩を踏み出した。

 

――――――――――――――――――――

 

      東京 芝2400m

        【GⅠ】

        《東京優駿》

 

『"願いの数だけ見る者を興奮させ、願いの数だけ難しい戦い。実力だけでは届かない。運と宿命。それが今日の答えかもしれません。6月1日、日本ダービー。選ばれし18人。この中に、時代を創るヒーローがいます。"』

 

曇天の下、鮮やかなターフの元に立つ18人。

それぞれの夢を抱え、自らが最も輝く星であると証明する為に。

彼女たちは今日、この舞台に集った。

 

その集中を欠かさない為に、溢れんばかりの観客たちは破裂しそうな興奮を抑え、皆揃って静寂を演出する。

レース場には実況の声だけが響いていた。

 

『"世代の一強と目されましたクロワデュノールが1番人気。皐月賞で敗れましたが、この舞台で復権はなるのか。最大の見所ですね。"』

『"こここそ獲りたいという気合いを感じる、完璧な仕上がりに映ります。"』

 

クロワデュノールは、緑の芝生に皐月賞の景色を見ていた。

初めての敗北。

全ての期待を裏切った、あの瞬間を。

 

瞳を閉じ、ゆっくりと深呼吸。

思い出すのは憧れる人たちの姿に、彼女たちが届かなかった事実。

逃げずに、ただそれを思い起こす。

不安や悔しさが溢れ出しても、グッとその場に立ち続ける。

 

やがて聴こえて来たのは、自分を信じると言ってくれたあの声だった。

嘘のように負の感情が消え、彼女にはただ一つの"願い"が残った。

その何よりも大切な"1"を離さないように握り締め、目を開く。

準備は整った。

踵を返し、視線をゲートの方へと向ける。

 

「...よかったね。ちゃんと、届いたみたい。キタちゃんの気持ち。」

「ううん、あたしじゃないよ。ノルちゃんが自分で見つけたんだ。」

 

そんな彼女の背中を見つめる二人にも、もう一切の心配はなかった。

幼かった少女はもういない。

覚悟を決めたその姿は、かつての自分に似て。

否、それ以上に強く大きく見えていた。

 

「ダービーは祭り。よっ、あんたが大将!ってね。...がんばれ、クロワデュノール。」

 

かつてのお祭り娘は大きくなった背中へ、小さな声援を送る。

 

"主役はお前だ。"

 

願うように、託すように。

そのエールはきっと、彼女の心に届いただろう。

 

『"皐月賞ウマ娘、ミュージアムマイルはいかがでしょう?"』

『"前走は素晴らしい走りを見せましたからね。今日もよく仕上げられています。"』

 

二冠の重圧も距離の壁も、今の彼女にはどうでもいい。

前走を明らかに超えるであろう親友と戦える事実に、心が燃える。

今か今かとミュージアムマイルは武者震いをして、その拳をゴキリと鳴らす。

 

「せんせー!せんせーのおともだち、すっごくつよいんでしょー?」

「うんっ。みんなが走りたくなっちゃうような、楽しくてカッコいいレースをしてくれるよ。」

 

幼い数人のウマ娘を宥め、楽しげに会話する青鹿毛の女性。

彼女には遠くからでも、ミューズが笑っていることが分かった。

 

「...楽しんで、たくさん走って、笑って。その先にはちゃんと、あなたへ続く道が出来るはず。あなたなら、きっとなれる。本当のスーパースターに。この子たちの、お星さまに。」

 

"あなたは憧れになれる。"

 

走り続けるとはつまり、背中を見せ続けること。

ミューズの真の願いを察していた彼女は、"だから連れて来たのだ"と、自慢げに子どもたちを抱き上げた。

 

『"そして巻き返しを図るマスカレードボールですが。"』

『"私は本命に推しましたが、やはりここ東京こそ彼女の本領発揮の場であると思っています。外枠ですが内枠で揉まれるよりはフットワークを活かせていいでしょう。"』

 

悪夢を見ていたのが嘘のようだ。

思い浮かぶのは凛々しく誇らしい、先達たちの栄光を掴む姿。

あらゆる悲劇にも砕けず、胸を張り。

最強で在り続けたその強き輝き。

血ではない、どこか不思議で温かなその"絆"を確かめるように、マスカレードボールは胸の前に拳を作った。

深く青い瞳が見据えるのは、ゴール板の先。

すなわち、最強の証明。

 

「これでしばらくお預けだな。三人で見るレースは。」

「揃っている必要がありますか?見るだけなら、どこでも可能です。」

「お前は...まったく素直じゃないな。」

「...彼女は、きっと喜ぶかと。お二人を誇りに思っていますから。」

「...はぁ。あの子の一番はあなたでしょ。」

 

来賓席からレース場を見下ろす三人のウマ娘。

微笑みながら見守る者、冷たいように見せて視線は一点に向いたままの者。

そして、物静かでありながら情熱的な瞳で一人を見つめ続ける者。

 

せめて無事に...。

などと、弱気に思っている者は一人もいない。

望むのは頂。

連なるというのなら、その資質を見せてみろ。

 

「お前が示せ。マスカレードボール。」

 

"最強を示してみせろ。"

 

どこかで必ず、彼女たちはそう意志を込めて自分を見ている。

その期待は、確かにマスカレードの背を押した。

 

『"憂いを孕んだ6月の空を、興奮と情熱が突き破ります。さあいよいよ出発の時!"』

 

開幕を告げる、特別なファンファーレが鳴り響く。

拍手と歓声が重なり、レースに臨むウマ娘たちの心を熱く燃え上がらせていく。

 

『"決定的な逃げウマ娘が不在ですが、展開はどうでしょう?"』

『"大外ですがサトノシャイニングが行く可能性を考えています。無理に脚を溜めるより、のびのびマイペースで走る方が彼女には合っていますからね。"』

 

"最光"は自分以外あり得ない。

絶対の自信は、いつしかただの励ましに。

そんな弱い自分に気付き、逃げ出した。

でも、あの二人はそれを優しく受け入れてくれた。

彼女たちが昔流していた涙を、サトノシャイニングは知っている。

だから、思ったのだ。

初めて、()()()()()()()()()()()と。

どうでもいいサトノの栄光とかではなく。

好きに走れと言ってくれた優しい姉たちの為に、最光の走りをしたいと。

目一杯楽しんで、元気に駆け抜けて。

二人の心を輝かせたいと思ったのだ。

 

「相変わらずね、シャイニングは。」

「ふふっ。知らない間に大きくなってるかもよ?」

 

ニコニコとはしゃぐシャイニング。

その変わらない姿に、不思議と幸せが溢れてくる。

サトノの誇りを持ちながら、今はサトノとしてではなく。

ただの"姉"として、二人はこの場に立っていた。

 

「Be confident.最光は、あなたよ。」

「シャイちゃん!やりたいようにやっちゃって!」

 

心から楽しんで走る姿が、自分たちには紛れもなく光である。

 

"自分らしく走れ。"

 

唯我独尊こそ最良だと、サムズアップを向ける。

まるで見えているかのように、シャイニングもスタンド前にサムズアップを返した。

 

『"生涯一度の夢舞台。この地に立てた全てのありがとうを心に宿して。最後に18番のサトノシャイニングがゲートイン。"』

 

順繰りにゲートインを終えていき。

最後に促され、大外枠のシャイニングが今枠入りを完了する。

 

『"東京優駿、日本ダービー。"』

 

全てのゲートにウマ娘が収まった。

係員が離れ、観客が息を飲む。

何度も何度も繰り返し、歴史を積み重ねて来た、生涯に一度の大レースの名が読み上げられる。

夢の頂点を決める為。

18人、18個の願いが、今激突する。

 

『"スタートしましたっ!!"』

 

甲高い開閉音を鳴り響かせ。

最初で最後の、"日本ダービー"が始まった。

 

「...!」

 

ノールは勢いよくゲートを飛び出すとそのまま速度を上げ、先頭集団に取り付く。

 

『"後方からファウストラーゼン。クロワデュノールは好スタート。"』

 

「っ...。」

「しゃあないか...!」

 

一方、マスカレードは外から内に割り込んで行こうとするが、隣のウマ娘に軽く接触。

ミューズはダッシュが付かず、覆い被さってくるバ群の後ろの位置となった。

 

『"外からサトノシャイニング行っているー!サトノシャイニングだサトノシャイニングだ!!"』

 

「いっっくぞぉーー!!」

 

大きく動いたのは大外18番、サトノシャイニングだった。

スタートを決めるとぐんぐんと加速しながら内に切り込み、一気に先頭へと躍り出た。

 

『"ショウヘイが2番手。外からはホウオウアートマン3番手、その内にクロワデュノール。"』

 

第1コーナー前で隊列がほぼ確定。

ノールは先頭から4番手の"先行策"を選択した。

後方に控えたりはしない。

 

『"なんとなんとサトノシャイニング、主導権を獲りました。17人を従えます。"』

 

シャイニングが先頭、マスカレードが中団前目、ミューズは隊列のど真ん中。

多少アクシデントのあったマスカレードも予定通りのポジションを取り、とりあえずの安心を得る。

 

前走控えるレースを見せていたシャイニングの爆走に多くの人々が驚くが、ノールにとってはそれも想定内。

むしろペースの指針にするように、シャイニングから付かず離れずの距離を走る。

 

『"あぁしかし向こう正面バックストレッチ前に14番ホウオウアートマンがかわしました。サトノシャイニングは抑えます。"』

 

「我慢を覚えないと、負ける...!」

 

気持ちよく先頭を走るシャイニングを、無理繰りかわしていくウマ娘がいた。

いつもなら意地でも譲らないところだが、シャイニングは今日"好きにやれ"と言われている。

シャイニングは暴走が好きなのではなく、1番になるのが好きなのだ。

勝つ為に教えてもらったことを合わせ、自分らしい戦い方を模索していく。

 

『"3番手ショウヘイ、続いて4番手ジュニア王者クロワデュノール。"』

 

「ふぅ...。」

 

第2コーナーを回って直線コース。

大逃げを打つ先頭以外、全員が息を入れ始め速度が緩まる。

ノールもまたスピードを落とし、少々安堵した。

皐月賞のようなペースにはならないと確信したからだ。

 

『"無敗のファンダム。その次にマスカレードボール、絶対の左巧者。ジョバンニがいて、内からはリラエンブレム。さらに7番皐月賞ウマ娘ミュージアムマイル。前半の1000mはちょうど1分で刻みます。"』

 

「ここで、待つ...。」

「ちっ...嫌な感じだな...。」

 

順位がまったく変わらない状況が続く。

マスカレードは前に壁が出来ることで興奮が抑えられ、体力を温存出来ている。

 

しかし、一方でミューズはこのペースに一抹の"不安"を感じていた。

ペースが速くないのは明らかで、自身のこの位置が正しいのか疑問に思ったからだ。

ミューズの勘は間違っている方に傾いていたが、だからと言って捲りは体力の消耗が激しく、直線で持たなくなるのは自明の理。

自身の適性を考えても取れない選択肢だった。

 

『"12番カラマティアノスが続いて、怪我から復帰のエリキング後方で脚を溜めている。"』

 

最終直線に賭けるしかない。

ミューズと同じ考えの者は他にも多く、結局捲りが代名詞になっている15番のウマ娘ですら、その場から動くことはなかった。

 

『"3コーナーのカーブにさしかかりますが、なんと気付けば先頭は10バ身以上の差があるぞ!逃げる逃げる!ホウオウアートマンが逃げる。"』

 

「そろそろだ...!」

「フッ...!」

 

レースは後半に入り、大差を埋めるべくついに先頭集団が動き始める。

徐々に速度を上げるシャイニングにノール。

 

『"2番手集団固まった。早めに動くのかクロワデュノール。"』

 

「アタシが...!」

 

マスカレードも勝負所を見極め5、6番手まで押し上がる。

視線の先には、東京の長く広い直線が映っていた。

 

『"ジュニア王者か世代の王者か!もう二度と先頭は譲れない!!"』

 

「させるかよっ!!」

 

クロワデュノールに実況も注目する中、それに待ったをかけるように他のウマ娘たちの全力が解放され始める。

聴こえていなくとも、やはり誰もがジュニア王者を意識していたのだ。

 

第4コーナーに入ったところで、今まで中団で耐えていたミューズもスパートを掛ける。

自身の末脚は瞬発力ではなく、持続力が売り。

体力の心配があっても今仕掛けるしか打つ手はないと判断し、勝負に出たのであった。

 

『"さあ!6月のターフを焦がす直線コースだっ!!"』

 

「わたしが最光なんだあぁぁーーっ!!」

 

ダービーはついに勝負の最終直線に突入。

2番手で我慢し続けたシャイニングが自身の持つ全てを注ぎ込み、全力の逃走を図る。

疲労し減速する大逃げウマ娘をクビ差まで捉え、先頭を奪い返さんとする。

輝く勝負根性に、"ついにサトノがダービーを制するのか"と観客が手に汗を握る。

 

「シャイニング...!」

「後少し...!シャイちゃん...!」

 

残り400m地点。

誰もいない、日に照らされ輝く緑のターフが眼前に広がる。

まだ400、たかが400。

頑張り切れば、きっとダイヤとクラウンは笑ってくれる。

自分も最高で最光な笑顔を見せられる。

シャイニングの胸に更なる炎が灯った、その時だった。

 

「え...?」

 

まるで地面を踏み抜くような炸裂音と共に、()()()()()が始まった。

 

『"駆けて駆けてクロワデュノール!400通過で先頭だぁぁ!"』

 

――――――――――――――――――――

 

『先行策、ですか...?』

『ああ。恐いのは分かる。だけど、俺を信じてくれないか?』

 

本当に、トレーナーさんはすごいや。

皐月賞と日本ダービーは違う。

中山2000mと東京2400mの、経験の少ないクラシックウマ娘の戦いで。

ダービーがあまりに有名で目標にされるからこそ、()()()()()()()()()()

東京の直線が長いなんて、みんなが知っていること。

直線に入る前に最後尾でも、末脚があれば勝てる。

だから序盤は体力を温存して、位置は後ろでいい。

 

そんなのは、大きな間違いだ。

 

『俺が警戒している末脚自慢は三人。だが、全員が2400mという距離は初だ。必ず無理はせず、慎重に体力を温存してくる。()()()()()()。』

 

ダービーという、絶対に負けられないレースだからこそ。

体力がなくて耐えられなかったなんて走りはしたくない。

少なくとも、ミューズはそう考えるだろう。

 

経験豊富なシニアウマ娘たちが中心の、ジャパンカップとは訳が違う。

皐月賞のようなハイペース戦にはなり得ない。

万が一なったとしても、それに気付くのは比較的簡単だ。

 

『恐がって後ろに下がっちゃダメだ。俺たちは王道で戦う。』

 

疑う必要なんてないに決まってる。

 

そうして、私は日本ダービーの本番を迎えた。

スタートは飛ばしポジションを取って、シャイニングちゃんの逃げを目印にした。

思った通り、ペースは緩くなり息を入れる余裕があって。

速過ぎず遅過ぎないペースは、私にとって最良の状態で。

最終直線に全てを賭けようとする後ろの娘たちより先に、3コーナーで徐々に速度を上げていく。

4コーナーを越えたら、長い直線が見えた。

景色がいいからか、遥か先にゴールがあるみたいで、少し不安にもなったけど。

 

『最後は、ノールの根性を信じるよ。それだけしか言えないけど...それだけが、大事だって思うんだ。』

 

その言葉が何度も胸に響いて、心が熱くなるのが分かる。

お姉に支えてもらって。

イクイノックスさんに憧れて。

みんなの期待に応えたいって言っていたけれど。

私は夢の為に...結局は、自分の為に走っていたことに気付いた。

それが悪いだなんて思わない。

これは私の人生なんだし。

会長さんだって、"自分の中に納得出来るモノを持たないといけない。"って言ってた。

 

だけど。

だけど、トレーナーさんはどうだった?

"憧れる"ってことを理解してなかった私に、その意味を教えてくれて。

契約しなきゃ、自分の功績にならないと分かっていただろうに。

契約した後も、ひたすら私の夢を第一に考えて、我が儘も必死に聞いてくれて。

辛そうな顔一つ見せずに、私を支えてくれた。

私をみんなの王者にしたいって、そう言ってくれた。

 

「負けたくない...」

 

それは、どうして?

 

「勝ちたい...」

 

勝ちたいのは、何で?

 

「勝ちたい...勝ちたい...!」

 

夢とか憧れとか功績とか実力とか。

いくら考えたって答えは見つからない。

目標はどこまでも高くて、私が一番強いだなんて自信は、やっぱりない。

 

でも、だけど。

私は一人じゃない。

トレーナーさんがいる。

一緒に走ってくれる、あの人がいる。

あの人が、私をダービーウマ娘にしたいって言ったんだ。

なら、迷いや不安なんていらない。

無理だろうが通してみせる。

私を信じてくれるあの人を、私は信じてる。

だから、あの人が信じる最強が、私であるなら。

 

「行け...走れ...最強は君だっ!

いけぇぇーー!!クロワデュノールぅぅっっ!!!」

 

私はそれに、全力で応えるだけだ。

 

「あなたと、勝ちますっ...!!」

 

瞬間、地面が弾けた。

残り400m地点で景色が溶けて、世界が無音になる。

感じるのは熱く燃え上がるような胸の鼓動と、一緒に走ってくれるトレーナーさんの声。

余裕があるわけじゃないのに、どこまでも走って行けそうな感覚。

 

『"先頭はクロワデュノール!内からはサトノシャイニングが来ているが2番手!!"』

 

「ぐっうぅっ...!?」

 

追い抜いたはずのシャイニングちゃんが並んで、差し返そうと迫ってくる。

東スポ杯でも見せた勝負根性は、やっぱりシャイニングちゃんの強みだ。

だからこそ、勝ちたいという気持ちが更に増す。

その気持ちを燃料にして、私は完全にシャイニングちゃんを抜き去った。

 

『"残り200を通過!ショウヘイが来ている!クロワデュノール先頭!"』

 

「ちくしょう...クロワ...っ!!」

 

後ろから聴こえる息遣いはミューズのものだろう。

必死に追い縋っても、私にはもう届かない。

文句なら、帰った後で聞くよ。

 

残り200を切って、視界には誰も映らない。

油断しかけて、再び身体に力を込め直す。

後1人、重要な娘を忘れていた。

 

『"外からマスカレードボール!!物凄い脚で上がって来る!!"』

 

「最強を、証明するっ...!!」

 

突然外側から感じる強い圧力。

マスカレードさんだとすぐに気付いた。

すごい速度で近付いて来るのが分かる。

全身全霊を、この末脚に懸けているんだ。

 

「ドゥラさんっ?...クイ、ちゃん...?」

 

「ダービーだけは譲らない...!」

「っ...!」

 

すぐ後ろに彼女がいる。

この強さ、この想い。

きっとこの娘は私と"同じ"だ。

夢があって、憧れて。

ダービーに懸ける想いは誰よりも強い。

 

でも、負けるわけにはいかない。

私だって譲れない。

私とトレーナーさんのダービーは、今日これだけなんだ。

君の想いを踏みにじってでも、私は勝つ。

最強は、譲らない。

善戦も健闘も、いらない!

君に勝ちたい...!

絶対に、勝つっ!!

 

「抜けるもんならっ...!

抜いてみろおぉぉぉーーーっっ!!!!」

「ッ!?」

 

『"クロワデュノール悲願達成なるか!?外からマスカレードボールが来ているが!!"』

 

「あぁぁぁぁぁっっっ!!!!」

「やぁぁぁぁっっ!!!!」

 

最後の気合いを全力で吐き出し、永遠にも思える100mを走り続ける。

理性なんてかなぐり捨てた無茶苦茶な走り。

マスカレードさんの咆哮が迫って、それでも諦めないど根性が私の身体を動かす。

そして。

 

『"ついに叶ったクロワデュノールーー!!やったやったぁー!!ジュニア王者から世代の頂点へ!!クロワデュノールやりましたぁー!!"』

 

私はゴール板を一番最初に駆け抜けた。

人差し指を立て、天高く掲げて見せる。

 

"私が王者だ。"

 

そう世界に刻む為の、精一杯のアピールだった。

 

「おめでとう、ございますっ...ダービー、トレーナーさんっ...」

 

「あぁ...っ...おめでとう!ダービーウマ娘...!」

 

――――――――――――――――――――

 

「ハァ...ハァ...っ」

 

息が切れ、視界は未だボヤけている。

観客の大歓声も、今の彼女には聞こえていない。

それでも、空に向かって伸ばした"1番"のジェスチャーを止めることはしない。

 

「私が、ダービーウマ娘っ...」

 

私が勝った。

その事実を、応援してくれた全ての人たちに伝えたかったから。

 

「ハァっ...ハァっ...っ?」

 

観客席を通り過ぎて気が抜けたのか、減速する中で足が縺れて転びそうになる。

そんなノールの身体を、誰かが支えた。

 

「...見えてる?」

「......マスカレードさん?」

 

視覚と聴覚が段々回復してきたようで、助けてくれたのがマスカレードだったということに気付く。

走り終えた後で僅かに頬が赤い以外は相変わらず無表情の彼女を見て、先程までのデッドヒートを思い出す。

 

「マスカレードさん、あの...」

「......おめでとう。」

「え...?」

 

てっきり、何も言わずに去ってしまうかと思っていた。

一生に一度の、絶対に負けたくないダービーに負けた。

それは悔しくて、今すぐに泣き出したい程辛いはずなのに。

マスカレードが差し出してくれたその手の意味を悟り。

漏れ出しそうな涙をグッと堪える。

 

「ありがとうっ...マスカレードさんがいなかったら、あんな走り出来なかった...!」

「...次は、必ず勝つ。ダービーウマ娘を倒して、アタシが最強を証明するから。」

 

握手を返し、マスカレードはノールから離れていく。

この握手はお互いの健闘を讃える以上に、"宣戦布告"の意味合いが強い。

ノールをダービーウマ娘と認めた上で、必ず超えてみせるという誓い。

マスカレードの想いを受け取り、ダービーすら始まりに過ぎないとノールは気を引き締めた。

 

「おめでとうございます。」

「おめでとう!」

「おめでとう、ダービーウマ娘!」

「今日のところは、完敗よ。おめでとう。」

「みんな...っ」

 

ノールを祝福したのは、マスカレードだけではない。

一緒に競った残りの16人全員が、口々におめでとうの言葉を伝える。

悔しさに瞳を濡らしている者もいた。

しかし、それでもみんなが笑顔だった。

全力を出し切り、それを超えて頂点に立ったクロワデュノールを全員が認めていた。

自分たちの世代、唯一無二のダービーウマ娘が彼女であると。

 

「クロワデュノール...!」

「シャイニングちゃん...。」

「...わたしより輝くなんて許せないっ!絶対に、ぜーったいに次はわたしが勝ーーつっ!だから......おめでと。」

「っ...うんっ!ありがとう、シャイニングちゃんっ!」

 

あのシャイニングですら、涙を拭ってノールを称賛した。

その光景を眺めてバツが悪そうにしながら、ミューズが遠慮がちに近付いて来る。

 

「やっぱ強ぇな、お前はさ。」

「誰かさんのおかげでね。」

「ハッ...1対1だ。またやろうぜ、クロワ。楽しいからな、お前と走るのは。」

「...私も、ミューズには負けたくないから。何度でも走ろう。それで絶対に、また私が勝つから。」

「...言ってくれるぜ。行けよ、ダービーウマ娘。みんなが待ってんぞ?」

「...うん!」

 

親友と戦友たちに見送られ、ノールは勝者にのみ許されたウィニングロードをゆっくりと歩いていく。

 

トレーナーさんとクロノ先輩は今頃泣いてるかもしれない。

お姉たちには、あの日のこと謝らないといけないし。

それから、それから...と。

止めどなく色々なことを考えていたが、すぐに全部吹き飛んでしまった。

それだけの"音"が、ノールに漸く届いたからだ。

 

「クロワおめでとぉぉーー!!!」

「俺たちのダービーウマ娘ーーっ!!!」

「ダービーウマ娘やったあぁぁー!!!」

「おめでとうクロワデュノールーー!!!」

 

会場全体から響く、割れんばかりの大歓声。

その全てが、今日誕生した世代の王者を祝っていた。

ノールは圧倒されて、呆然とその様子を眺めてしまう。

 

「ぁ...そっか...そう、なんだっ...」

 

あの日憧れた景色と重なるような、まさに夢のような光景。

自然と涙が溢れ出し、近付く足はその速度を上げる。

 

掴めるかどうかも分からなかった夢。

"みんなの王者になる"という、クロワデュノールの目標。

戦友たちの称賛と、観客たちの声援。

世界に認められたような、その達成感に。

ノールは気付くことになる。

 

()()()()()()って、こういうことなんだ...!」

 

目一杯手を振って、満面の笑顔でノールはウィナーズサークルへと駆けていく。

夢の叶え方。

見えもしなかったその尻尾を、ついにその手に掴んだ気がした。

 

「私が、ダービーウマ娘っ!

クロワデュノールですっ!!」

 

――――――――――――――――――――

 

「......。」

 

マスカレードは一人、地下バ道を疲れ果てた様子で戻っていく。

後一歩で届かなかったダービーウマ娘の称号。

前走も、今回も。

力は出し切れたはずなのに、それでも届かなかった事実が余計に彼女の心に影を落とす。

 

みんなに何と言おう。

どんな顔で謝ればいいのか。

仮面を外したその瞳が、うるうると涙を帯びていく。

 

「ぼうるちゃんっ!」

「!...ソールさん...」

 

そんなマスカレードの耳に届いたのは、誰よりも安心する優しい先輩の声。

先回りして待っていたソールはマスカレードの返事を待たず、真正面からその身体を抱き締める。

 

「スゴかったよ!すごく、カッコよかった...!お疲れさま、ぼうるちゃんっ...!」

「っ...ごめんなさいっ...勝てませんでしたっ...」

「次勝てばいいんだよっ!ぼうるちゃんは、すごいんだからっ!絶対に...絶対に次は勝てるからっ!」

 

自分以上にポロポロと涙を溢すソールの気持ちを汲んで、そこからマスカレードが謝罪の言葉を口にすることはなかった。

 

代わりに、一生分と思える程の涙を流した。

純粋な悔しいという気持ちだけが籠った涙は、流せば流す程に心が軽くなるような気がした。

 

「...マスカレード。」

「っ......ドゥラメンテ、さん。」

 

そんな二人を見守っていたドゥラメンテが、意を決したように声を掛ける。

その表情はやはり、普段の彼女よりも優しく柔らかいものだった。

 

「最強に、なれませんでしたっ...!」

「...ああ。」

「ドゥラメンテさんみたいになりたかったのに...出来ませんでしたっ...!」

「...ああ。」

「でも...でもぉっ...!アタシ、やっぱり...!」

()()()。」

「...!」

 

頭にポンと置かれた手。

その口から出た、親しい人たちだけが呼ぶ自分の名前。

見上げた瞳には、あの日と変わらない大きな憧れの姿が映っていた。

 

「いい、ダービーだった。私は、誇りに思う。」

「っ!...っ...~っ...!!」

 

声にならない声を上げて、マスカレードは泣いた。

その笑顔とその言葉だけで、全てが救われた気がしたからだ。

 

それだけ言って、ドゥラメンテは踵を返してマスカレードの元を去っていく。

離れていく背中に、涙で顔をグシャグシャにしながら彼女は叫んだ。

 

「必ず...ぜったい...!アタシが最強を証明しますっ!!だから、だからっ...ずっと見ていてくださいっ...!!あなたはアタシの、夢なんですっ...!!!」

 

その誓いに右手を上げて答え、今度こそドゥラメンテは二人の前から去っていった。

 

見えなくなったその姿を、心に刻むように。

マスカレードはしばらく、その場に立ち尽くした。

 

その瞳にはもう、涙は浮かんでいなかった。

 

「...行っちゃうんですね。」

「キタサンか。」

 

地下バ道入り口付近で、今度はドゥラメンテをキタサンが待っていた。

特に多くを語る必要はない二人だが、

キタサンはこのタイミングでないと話せないような、そんな不思議な感覚を覚えていたのだった。

 

「勝ち逃げはダメですよ?」

「逃げはしない。預けるだけだ。それに、いつでも最強を証明するのは私だ。」

「あたしだって負けません。まだまだ見せないといけない背中ですからっ!」

 

悔いがあるとすれば、彼女としばらく走れないことだなと心で笑い。

ドゥラメンテは生涯のライバルと軽く拳を合わせる。

 

「クロワデュノール。お前によく似ている。楽しみだ。」

「マスカレードちゃんこそ、ドゥラさんみたいでなんだかドキドキしちゃいました!」

 

互いの後輩を讃え合い、まるで自分が褒められているような気分になる二人。

 

「また走ろうっ!それで、絶対にあたしが勝つからねっ!」

「いくらでも相手になろう。だが、勝つのは私だ。」

 

好戦的な笑みはお互い様。

たとえ、彼女たち自身がいなくなったとしても。

想いは新しい世代に受け継がれ、彼女たちのレースは永遠に続いていく。

何千何万回と生まれ変わっても。

彼女たちは何度でも、また走って生きていくのだ。

 

――――――――――――――――――――

 

豪奢な飾り付けをされたホテルの一室。

相変わらず一人で過ごすには慣れないその部屋を、少々こじんまりと使って。

黒鹿毛のウマ娘は自身が持って来た高性能パソコンに映る映像を、誇らしげに見つめる。

 

『"一言では言い表せないんですけど...ここに至るまでの全てに、意味があったんだなって感じてます。トレーナーさんと出会ったこと...色々な人との出会いが繋がって、その全部が私を勝たせてくれたんだと思います。"』

 

あの小さな女の子が、こんなに立派なことを言うようになるなんて。

時が経つのは早いという、年寄り染みた考えを浮かべつつ。

一方でバ番と言い、どことなく自分よりあの大飯喰らいな"ライバル"の方に似てないかと子どもっぽい嫉妬心を抱いてしまう。

 

というかダービーに勝ってるわけだし、ある意味超えられてないだろうか?

困ったように頬を掻きつつ、この先も楽しみな後輩へさっと一言メッセージを送る。

 

ウィニングライブは何時からだっただろう?

欠伸を一つして、夜のレースに備えてもう一眠りすることにする。

朝5時近くから、いいものを見せてもらった。

満足気にベッドに飛び込む彼女の枕元には、緊張する少女と勝負服姿の彼女の二人を抱き締める、憧れの人の写真が。

 

"帰ったら、今度は全員勝負服姿で撮ろう。"

 

そう思いながら、彼女は再び眠りにつくのだった。

 

――――――――――――――――――――

 

 

   クロワデュノールのヒミツ②

 

   お母さんはイギリス生まれ。

 

 

         次回

    第6話『合宿 LEGEND U』




大好きなダービーが描けて感無量です。
感想等頂けたらものすごく励みになります。
次回は夏合宿となります。気が抜ける話にしたい...。
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