令和三銃士の快進撃が続く限り、この小説は終わりません。
たぶん。
「はぁ~っ...あっち...」
「もう十分夏だよねぇ...」
茹だるような暑さと焼き尽くすような日差しに辟易としながら、二人のウマ娘が栗東寮から学園に向け歩いていく。
夏服姿でも耐え切れない35℃という灼熱地獄
に、ついスカートをパタパタとはためかせ始めた黒鹿毛のウマ娘。
それを冷静に青鹿毛のウマ娘が制し、二人同時に溜め息を吐く。
「物価も気温もどこまで高くなるんだろうねぇ...」
「社会問題と合わせんな、じじくさい...。」
何とも覇気のないやり取りの二人だが、外から見るとそうでもないらしい。
彼女たちを見つけた他の生徒たちは皆揃って色めき立ち、口々に同じ台詞を口ずさむ。
「"皐月賞ウマ娘"に"ダービーウマ娘"のツーショットよ...!?」
「お二人は同室同士なんだって...!」
「きゃー...!クラシックウマ娘部屋~...!」
トレセン学園においても、二人が手にした称号は非常に格別な物だった。
一躍
その知名度は今まさに鰻上り状態で、どこ行く時にも注目を集めてしまうようになっていた。
試しに青鹿毛のウマ娘がデビュー前の年少ウマ娘へ苦笑いながらに手を振ってみると、それだけで黄色い声援が返って来た。
「...人気者だなぁ、クロワ。世代の頂点様はよ。」
「何回言うのさ、それ。大体ミューズだって同じでしょ?」
「...あぁ、まぁ。いい加減飽きて欲しいとは思ってるよ...。」
「やっぱり...。」
ダービーから3週間近くが経過した6月下旬。
クラシックの冠を分け合ったクロワデュノールとミュージアムマイルは、共に有名故の気苦労に悩まされていた。
二人揃って通学すれば"ウィニングラン"。
食事をしているだけで"祝賀会"。
併走などしようものなら"頂上決戦"と。
最早煽っているようにしか聞こえない注目のされ方に、流石の二人も精神的に疲れが出てきてしまっていた。
「勝った次の日、ひたすらメッセ見てニヤニヤしたくせによ。」
「うるさいな!?///だってイクイノックスさんからのメッセージだよ!?"おめでとう"だよ!?半日かかっても何て返せばいいのか分からないくらい嬉しかったんだからしょうがないでしょ!?」
「"ありがとうございます!"でいいだろどこで悩んでんだ面倒なファンだな。大体、そんな好きなら普段からメッセ送ればいいだろ...。」
「そんなの畏れ多いでしょうが!あの人は何というか、クールなのがいいっていうか大人な雰囲気がカッコよくてなんかこうスゴいのっ!気軽な感じで接するのは絶対違うからっ!お姉と違って!!」
「どさくさに憧れの憧れを下げんなバカ。」
日本ダービー後に憧れの世界最強ウマ娘"イクイノックス"からおめでとうメッセージを貰ったノール。
それはもう文字通り飛び上がって喜んだわけだが、またしても親友にイジる口実を与えてしまったのだった。
しかし、実は今回ばかりはノールにも"逆転のカウンター"が存在している。
「...自分だって、急に
「ぶっ!?」
「こほん。..."うーん...写真に書いてもらった方がよかったかな...?"」
「おまっ!?///」
ダービー直後のことだった。
殺風景だった部屋の机に、ミューズが唐突にシーザリオのサイン色紙を飾り始めたのだ。
今まで憧れやら好きな先輩談義にはまったく参加してこなかった親友の急変に、何事かとザワつくノールだったが。
ミューズのトレーナーから断片的に事情を聴取。
これは仕返しに使えると確信し、静かに反撃の時を待っていたのだった。
「わざわざ二つ分、スペース空けてたけど。何?次はキンカメ先輩とリオン先輩にでも書いてもらうのかな?」
「な、何でそれを...!?じゃなくて違うし!?お前と一緒にすんな!?///」
「私はイクイノックスさんのを3枚並べる計画なの!アルティメットなのっ!」
「嘘つけ!こないだマスカレードに"ソール先輩ってサインOKな人...?"とか不安げに聞いてただろうが!さっさと大好きなお姉ちゃんにサインもらってこいよ"尊敬してるの!"ってなぁ!」
「出来るわけないでしょそんな恥ずかしいことっ!!///」
結果的には見事な相討ち。
お互いに憧れというか、ただのファンみたいな嗜好を暴露し合い多大なダメージを負う泥仕合。
恥ずかしさで顔が真っ赤になり、ただでさえ暑い気温と合わせて二人の頭をクラクラとさせてくる。
「はぁ...やめよう...暑いしお互いに得がないよ、この争い...。」
「そうだな...さっさと用済ませてかき氷でも食おうぜ...。」
無益な争いに終止符を打ち、二人は再び学園内の目的地へと歩を進めていく。
実は放課後に学園を二人揃って歩くというのは、意外にも珍しい状況だったりする。
お互い別チームであるし、どうせ寮で会うからとわざわざ連れ立って行動したりはしないからだ。
その二人が並んで向かうとなれば、そこには当然"特別な事情"があるわけで。
目的地も必然的に
「あれ?マスカレードさん?」
「!...。」
学園一スペシャルな部屋、"理事長室"。
そこに繋がる廊下で、見知った顔が正面から歩いて来た。
クラスメイトで同期のマスカレードボール。
皐月賞3着、ダービー2着の実力派ウマ娘だ。
ノールたちをばっちり視界に入れている為、見えていないということはないはずだが。
その表情は固まったままで、軽い挨拶すら返す様子がない。
「よお。もしかして、お前も呼び出されたのか?」
「...さぁ。」
「どんな用事だったんだよ?」
「...教える必要はない。」
ほぼほぼ同じ要件だと察したからこその質問だったのだが、マスカレードはミューズと話す気がないようだ。
「...相っ変わらず愛想のないヤツだな。そこら辺、あの豆電球の方が遥かにマシだぜ。」
「!...」
「ちょ、ミューズ...!?」
勘に障ったのか、少し苛立った様子でミューズはマスカレードへ悪口を呟いた。
聞こえないように配慮などしていない為、当然それは本人の耳に届いてしまう。
通り過ぎようとした足を止めて振り返り、先程より僅かに眉根を寄せた顔をミューズに向ける。
「...あのうるさいのと比べないで。」
「愛想の良さでは比べるまでもねぇな。」
「...馴れ合うつもりはない。」
「馴れ合いじゃなく最低限のコミュニケーションだろうが。」
口論、というよりは些か口の回り方に差があるようだが。
真正面から睨み合うミューズとマスカレード。
この場合ダシにされている某輝き娘が一番可哀想なのだが、それをツッコむ余裕はノールにはなかった。
「ストーーップ!!」
「あ?」
「...」
向かい合う二人の間に無理矢理割って入り、物理的に一触即発の雰囲気を消そうとする。
何せ二人はクラスメイト。
実は学級委員長のノールには、この喧嘩を仲裁する義務があるのである。
「暑いからってそんなにイライラしない!マスカレードさんだって色々忙しいんだから、話してる時間がない時もあるよ!」
「え。何でオレが一方的に悪い扱いなの?」
「ごめんねマスカレードさん!ミューズも本当は優しいんだけど最近ストレスが多くて口が悪くなってただけなの!許してあげてお願い!」
「いや聞けよクロワ!?」
こういう場合はまず、より身近な方を下げてもう片方の怒りを白けさせるべし。
とある先輩委員長から習った処世術を駆使し場を収めるノール。
不満たらたらのミューズとは反対に、マスカレードは気まずそうに押し黙る。
何を言うか迷ったように口を開いては閉じ、やがて顔を逸らしてその場から立ち去ろうとする。
立ち去ろうとして、またしても振り返った。
「...悪い話ではなかった。入れば、分かる。」
「...そっか。教えてくれてありがとう!」
二言だけ残し、今度こそ立ち去るマスカレード。
そんな素直じゃない彼女の意図を理解し、ノールはその背中に感謝の言葉を返す。
「アイツ...あれで説明したつもりなのかよ?」
「あはは...。まあ、本当に入れば分かるんだろうし。それに...」
「あ?それに、何だよ?」
ダービーの日、マスカレードと握手した右掌を見つめるノール。
キタサンから"マスカレードはドゥラメンテに憧れている"という話を聞いてから、彼女はかのライバルに複雑な感情を抱いてた。
「今は本当に余裕がないんだと思う。どうしたらいいか分からなくて...たぶん、私とミューズとは特に話辛いんじゃないかな。」
「...ったく。落ち込んでんならそういう面しとけよな。」
憧れのように勝つことが出来ず、それを後一歩のところで阻止した張本人が揃って登場。
勿論、負けたのは自身の責任だとマスカレードは分かっている。
だが、分かっていても辛いものは辛い。
それを解さないノールたちではなかった。
「下手に心配するのもライバルに対して失礼だよ。今はそっとしておこう。」
「だな。悪かったよ、確かに突っ掛かるとこじゃなかった。」
「謝るなら今度、マスカレードさんにね。」
「へいへい。」
一悶着が済み、暑さに参っていた心も多少シャキッとしたようだ。
普段通りの雰囲気に戻った二人は姿勢を正し、ついにやって来た理事長室の扉をノックした。
「失礼します!クロワデュノールとミュージアムマイル、入ります!」
――――――――――――――――――――――
「......っ...」
「---------。」
照りつける太陽の下、マスカレードは
鋭い眼光に見上げるような長身。
ごくりと生唾を飲み込み、冷や汗がタラリと頬を伝う。
その様子はまさに"蛇に睨まれた蛙"。
アタシはカエルじゃない!と精一杯のプライドで目を逸らさずにはいるが、所詮はチワワの威嚇。
ドーベルマンの威圧感には暖簾に腕押しである。
「----お前が、マスカレードボール...か?」
「......そう、です...」
「------。」
漸く口を開いた漆黒のウマ娘、"シンボリクリスエス"。
移動用の車から降りた位置に立ち塞がるようにして佇んでいた彼女は、言わずと知れた名ウマ娘だ。
クラシックでシニア級GⅠである天皇賞秋と有マ記念を制覇。
翌年、その2つのGⅠを両方連覇してみせた生粋の仕事人。
そんなすごい先輩が、どうしてこんなところで立ち尽くしているのだろうか。
車は素早くいなくなってしまったし、クリスエスは何も言わないし。
コミュ力に不安があるマスカレードでは、ただ見つめ返すしか出来ることがなかったのだ。
「あ、あのぉ~...?」
すっかり萎縮したマスカレードが不憫に思えたのか、隣にいたノールが助け船を出そうとする。
しかし、クリスエスはやはりマスカレードから目を離さず、またしても言葉を発しなくなってしまった。
ギラギラと輝く太陽、潮風と青い海原。
そして最後に、お化けでも出てきそうな古びた宿がポツンと一軒。
こんな辺鄙な場所に、何故ノールたちがいるのか。
それを説明するにはついこの間、3日前まで時間を遡る必要がある。
『待望ッ!待っていたぞ!若きスターたちよ!』
ノールたちが理事長室に呼び出されたあの日。
予想通りというか当たり前というか、待っていたのは威勢良く扇子を見せるトレセン学園理事長"秋川やよい"。
『お疲れ様です。クロワデュノールさん、ミュージアムマイルさん。』
そして緑のお姉さんこと、理事長秘書である"駿川たづな"だった。
二人とも相変わらずの笑顔に帽子がよく似合っている。
ノールたちにとっても親しみ深く、いい意味で緊張は解されたようだ。
『改めて、皐月賞と日本ダービー制覇おめでとうございます。お二人共、素晴らしい走りでしたよ。』
『俊逸ッ!これからが非常に楽しみなレースぶりだったぞ!!』
『あ、ありがとうございます!』
『どうも。...でも、それだけで呼び出したりはしないですよね?』
二人の賛辞にそれぞれ感謝を返すが、ミューズは早々に本題に移るよう促す。
『要請ッ!君たちは今夏、
『特別、』
『合宿...?』
仲良く疑問符を浮かべる二人。
合宿と言えば、7月~8月下旬までトレセン学園を上げての大規模な合宿を毎年実施している。
わざわざ要請されなくても基本は全員参加のはずなのだが。
『私から説明させて頂きますね。』
やよいが目配せをすると、微笑みを絶やさずにたずなが詳細説明を始めた。
曰く、クラシック級ウマ娘の更なる成長を計る為、一週間の特別な合宿を計画しているらしい。
対象は現時点で
身体に掛かる負荷と、後述する人数を絞らなくてはならない理由からこういった条件になっているそうだ。
今年は試用運転で、成果が出れば毎年の本格運用を考えているとのこと。
ここまで聞いて気になるのは何が"特別"なのかという部分だろう。
この合宿の一番の魅力。
それは
『学園が選りすぐった
『!』
『先輩に!?それって例えば誰ですっ!?』
思ってもいない話に即食いつくノール。
ミューズもまた、その破格の扱いに目を開いて驚いている。
追加の説明を聞くに、先輩ウマ娘は複数人参加し、クラシックウマ娘のトレーニングに協力。
一週間ながら他グループの干渉もなく共同生活を送り、フィジカル、メンタル共にサポートをしてくれると言う。
『すごい!今まで繋がりのなかったすごい先輩たちにも色々教えてもらえるってことですよね!?』
『ありがたいっちゃありがたいが...成果ってのはどう判断するんです?』
『成果については最終日にグループ対抗で"トライアスロンリレー"をして頂く予定です。』
『トライアスロンって...』
そんなので成果になるのかと言いたげなミューズに、たづなが説明を続ける。
あくまでも今回重きを置くのは先輩ウマ娘との交流。
要するに"絆を育むこと"である。
ウマ娘同士の絆が如何にして成長に繋がるのか、それを確かめることが真の目的だそうだ。
『題して、"燃えろ友情トレーニング!絆で繋げ!真夏のトライアスロンリレー!"です。』
『期待ッ!この合宿を利用し、更なる飛躍を果たさんことを!』
『はい!私行きます!絶対行きますっ!!』
『即答かよ...。』
先輩というワードに非常に弱いノールが即参加を決めて。
渋っていたミューズもトレーナー陣が既に了承済であると聞き、結局は特別合宿への参加を受け入れたのだった。
「-------。」
「......ごくり...」
そんな事情があり、先に参加を決めていたマスカレードと仲良く(?)人里離れた海沿いの地域にやって来たのだが。
その結果がこの不毛なにらめっこだったわけだ。
恐らくクリスエスがそのサポート役の先輩ウマ娘なのだろうが、何故こんなにも喋らないのか。
困り果てて、思わずノールが電話でキタサンに泣きつこうとした時だった。
「Follow me. -------案内する。」
「え...は、はぃ...」
漸く手短な言葉を発し、歩き出すクリスエス。
その視線を見るに、案内するつもりなのはマスカレードだけのようだ。
珍しく不安そうに助けて欲しそうな瞳を一瞬ノールに向け、マスカレードはおずおずとその大きな背中に付いていく。
「が、頑張れ...マスカレードさん。」
寡黙過ぎるだけで会長と同じシンボリの人だし、悪い人じゃないはず。
自分じゃなくてよかったなどとはまったく思っていないが、ちょっと安心したように息を吐くノール。
だが、そうなると自分とミューズにもそれぞれ"案内役"が存在するはず。
他に人影もないし、どうしたものかと困り果てる。
「私たちはどうすればいいんだろうね?...ミューズ?ねぇ聞いてる?...ねぇってば」
先程から一言も喋らない友人に声を掛けるが、返事一つ返さない。
ムッとしながらクリスエスの無口が移ったのかと文句を言う為に振り返る。
そして、絶句した。
同じように驚愕するミューズの前方に、あのウマ娘が。
その衣装、佇まいは豪華絢爛そのもの。
黄金に輝くその威光はどこまでも圧倒的で、暴力的。
史上最も傍若無人な三冠ウマ娘。
あの凱旋門賞ですら容易く踏み越えかけた、歴代最強とすら呼ばれる伝説の暴君。
「"オルフェーヴル"、先輩...!?」
押し黙りながらもその眼差しはクリスエスと同じか、それ以上の圧力でノールたちの動きを止めてしまう。
これが三冠ウマ娘の迫力なのか?
何故、オルフェ程のウマ娘が特別合宿に?
動揺しながら頭を必死に働かせる。
そして、漸く気づいた。
オルフェーヴルが、あの暴君が。
「......看板?」
そう。
目の前にいたのはオルフェーヴル本人ではなく、
よく考えたらこの場に勝負服なのはおかしいし、見るからにすごく平面である。
こんなところに看板があるわけないという決めつけで、つい勘違いをしてしまった。
恥ずかしい、恥ずかしい。
そう思って近付いた時だった。
「"痴れ者が。赦しも得ず、余の威光に触れんとするか。"」
「しゃ、喋った!?というかごめんなさいっ!?」
突然、看板が喋り出した。
反射的にノールは謝るが、見た目はやっぱり看板そのもの。
でも台詞も声もそれっぽいし、更に混乱して目が回る思いだ。
「......」
しかし、ここで沈黙していたミューズが動いた。
生唾を飲み込みながら、恐る恐る"看板の裏側"へと足を進めていく。
「...あ。」
「お...。」
正体見たり。
看板の裏手に、小賢しく縮こまって"隠れていた者"がいたのだ。
変わった帽子に葦毛、服装はトレセンのジャージ一式。
学園の生徒なら知らない者がいない程の奇人、もとい有名人。
葦毛のウマ娘は呆然とするミューズと無言でしばらく見つめ合った後、ゆっくりと看板をミューズの方に向け直す。
「"王命である。何か余興でもせよ。"」
「......いやゴルシ先輩ですよね?」
「..."次はない。余興をせよ。"」
「そのやたらクオリティ高いモノマネやめてください。」
「ノリわりぃ新米だぜ炊きたてふっくらか...?(小声)チッ..."疾く失せよ。ゴルシ、ゴルシはおらぬか!"」
「うっほほーい!呼ばれて飛び出て立ち上がれ僕の120億!みんなのゴルシちゃんならここにいるぞぉーい!!」
真顔のミューズに耐えかねたのか、子ども向け寸劇よろしくわざわざ一人二役を演じ、ついに"黄金の不沈艦"がその姿を現す。
"ゴールドシップ"。
現役時代はGⅠ6勝を誇る好成績ながら、その凄まじい気性難からある意味伝説となったウマ娘である。
トゥインクル・シリーズ引退後も学園での奇行は留まることを知らず、未だに新入生の間では"要注意人物"として語り継がれているとか。
「はっ!?オルフェおめぇ...!?退屈拗らせて干からびたウツボみてーにペラペラじゃねーか!?むごい...!ひどすぎるわ...!やったのはオマエか新米!おめー婿入り前のカサゴ心もわかんねぇのかよ!!」
「もうヤダ意味わかんないこの人ぉ!?」
さっきまで物真似に使用していた看板をさぞ大事そうに抱き、大袈裟な演技を始めるゴルシ。
最初からフルスロットルの変人っぷりに、ミューズは既にグロッキーな模様。
「えーてすてす。564サーチャー起動。Awakening.ピピッ...ビビッ!グリーンチャンネルは来年からぱかチューブで独占配信、収益は全て金星の"泊まって金色ステーション"に送られ探査ロケットの壁紙に使用されます。...やべっ、広告受信しちまった。はよプレミアムにしねーと国が滅びちまうぜ。やれやれ。え?皐月賞ってなんで5月にやんないのだって?真実はmaybe、ジ○リに聞くしかないようだ。行くぞ備蓄米!真実がアタシらをソーランソーランしとるけぇ!!」
「やだやだやっぱりオレかよぉ!?助けて代わってくれクロワあぁぁー!?!?」
「ぜっっっったいにやだ...!!」
意味不明としか言えない発言の後、ガッチリと掴んだのはミューズの肩。
どうやらゴルシがミューズの案内役で間違いないらしい。
ちなみに、あれだけ大事にしていた看板は脇に雑に抱えられて鯖折り状態となっている。
これは暴君も激おこ案件である。
「ピスゴル最新刊、好評発売中。買わねーヤツは阪神のダートに埋めて綺麗な桜咲かせてやっから、今のうちにタイワンガザミ狩っとけよ?」
「何でオレばっかりぃぃ~!?!?」
「ごめんミューズ...!でも私ツッコミ切れる自信がないのっ...!」
断末魔を上げて高速で連れて行かれる様子はまるでホラー映画。
見えなくなって尚聞こえる親友の叫びにホロリと涙を流し。
「...ふぅ。助かった。」
直ぐ様けろっとする我等が主人公。
別に死ぬわけじゃないし大丈夫だろとは思っていない。きっと。
額に滲む汗を拭い、改めて周囲を確認する。
やはりというか当然というか、360°人の気配はない。
今度はちゃんと看板も見当たらないし。
「...こうなると来ない方が安心するな、流石に。」
前の二人、いや直前の一人を見るに迎えの担当者がまともである可能性はかなり薄い。
流石にゴルシ以上の変ウマ娘は思い付かないが、シンプルにめちゃくちゃ怖い先輩が来るかもしれない。
ノールが"いっそ誰も来ないで。"と祈りたくなるのも仕方がないことだ。
「...体調不良ってことにして帰ったらバレな」
「たぁ~~のぉ~~もぉ~~!!!!」
「!?」
帰ろう。
そう思って逃げようとしたノールの耳に届く、道場破りみたいな叫びとオープニングに使われてそうなファンファーレ(音源)。
"ここら辺道場あるんだ?"という謎の逃避をしながら、声のする方を見上げて主を探す。
「いっっくよーー!!」
「わっ!?眩しくてよく見えないっ!?」
見上げた位置にある崖のような場所にウマ娘がいることは分かるが、ギラギラの太陽のせいで誰だかはまったく分からない。
謎の黒い影は、気合いを入れて崖から真っ直ぐに飛び降りると見事に着地。
こちらに向かってすごい速さで走り込んで来る。
「ろったったったっらびらび☆ってね!」
「も、もしかして...!?」
走るだけかと思えばバク転やら、やたらアクロバティックな動作で迫って来るウマ娘。
僅かに聞こえる声といい、揺れるポニーテールといい。
見覚えがあるというレベル以上に、ノールはそのウマ娘を知っている気がした。
「最後はやっぱり、ボクと言えば~!」
「す、すごい...!本物だ!本物の
いよいよ間近になった所で、そのウマ娘は特徴的なステップを踏んで、横向きでノールの真正面までやって来た。
「じゃーーん!どうどう?主役は最後にやって来る!ボクのパフォーマンス、一番すごくて派手だったでしょ?」
「は、はい!すごくカッコよかったです!!」
「えへん!トーゼン!ワガハイは"トウカイテイオー"様だぞよ!でもぉ、もーーっと褒めてもいいよ!」
「すごい!!本物だ!!本物の、トウカイテイオーさんだぁ!!」
自慢気に胸を張るポニーテールのウマ娘。
その名を"トウカイテイオー"。
あのシンボリルドルフに憧れ、トゥインクル・シリーズを奇跡と共に走り抜けた歴史的名ウマ娘だ。
何を隠そう、キタサンブラックが最も憧れたスターこそ、このテイオーなのである。
当然彼女の話はノールが子どもの頃から耳にタコが出来る程に聞かされており、気分は教科書に載っている偉人に会ったようなもの。
先程までの不安を消し飛ばすくらいの感動がノールを襲っていた。
「って、流石にオーバー過ぎない?学園ですれ違ったりはしてるでしょ?」
「でも、こうしてお話出来たのが嬉しくて...!私、お姉から何度も何度もテイオーさんの話を聞いて、レースもたくさん見て!子どもの頃からのスターで、ヒーローなんです!お会いできて、本当に光栄ですっ!!」
「......ははっ。ホントにそっくりなんだね。」
「え?」
『私はテイオーさんのようになりたいんですっ!!』
昔、そうキラキラとした瞳でテイオーへの憧れを語った、小さなウマ娘がいた。
その面影に不思議なくらい重なるノールを見て、テイオーはどこか納得したように微笑む。
しかしすぐにその表情を悪戯っぽい笑顔に変え、ビシッ!と人指し指を突き付けた。
「無敗三冠なんて百年早ーい!!生意気なコーハイをぎったんぎたんにしごく為に、ボクは今日ここへ来たんだからね!」
「うっ!?...ご、ごめんなさい...。」
それなりに気にしていた一冠目での挑戦失敗。
メディアですら特には触れず気を遣ってくれていたからか、意外にも突かれることのなかった引け目。
それを怪我さえなければ達成していたはずのテイオーに言われるのは、ノールとしてはこれ以上ないくらい痛いことだった。
「...なーんて!冗談だよジョーダン。レースに絶対はない。キミの友だち強かったし。それにキミは、ちゃんとみんなの期待に応えてダービーを勝ったんだから。スゴいことだよ、それって。」
「て、テイオーさん...!」
分かりやすいくらいに落ち込むノールを見て意地悪する気が失せたのか、一転して優しく労り始めるテイオー。
ノールもジェットコースターな感情を抑え切れず、今にも泣き出しそうだ。
「ダービーウマ娘、おめでと。改めてよろしくね?ノルちゃん!」
「っ...あ"り"がと"ぉ、ござい"ま"す"っ...!!」
あのスターが自分を祝福し、その上愛称で名前を呼んでくれた。
あまりの喜びについにダムは決壊して、ノールは涙を滝のように流す。
大袈裟だなぁと苦笑いのテイオーをよそに、限界ファンの号泣はしばらく続く。
その涙が枯れるまで、合宿への案内はお預けとなるのであった。
――――――――――――――――――――――
「どう?そろそろ落ち着いた?」
「は、はい...すみませんお恥ずかしいところを...///」
ノールが泣き止むのを待ってから宿に荷物を置き、漸く残りのメンバーが待つ練習場所に向かう二人。
取り乱したことを反省する後輩に楽しげな表情を浮かべ、テイオーはふむふむと何度か頷いて見せる。
「テイオーさん?どうしました?」
「カイチョーが気にするのも分かるなぁって。キタちゃんにそっくりだもん、キミ。」
「そうですか?そんなに似てるかなぁ...?」
気になったのか、自分の顔をぐにぐにといじるノール。
外見の話ではないんだけど、と言うことも出来たが、テイオーは指摘しないことにした。
そこを
「あの、テイオーさん。他の先輩って、どんな方がいるんですか?」
「フッフッフッ。誰だと思う~?」
「じゃ、じゃああの!イ」
「当たり前だけどクイちゃんはまだ海外だからね?」
「デスヨネー...」
「うわ露骨にガッカリしないでよ!?現金だなぁ、もう...。」
軽く雑談しながら歩いていると、先程よりはっきり大きく海が見えた。
テイオーに促されるままに砂浜までやって来ると、トレセン学園ジャージを着た3つの人影が視界に入った。
「おっ。やっと来た。...おーーい!!おっせェぞテイオーーー!!!」
その内の1人が大声でこちらに呼び掛けて来た。
離れていても聞こえる音はかなり大きく、活発な人物であることが分かる。
ごめーん!と謝るテイオーに合わせ小走りで駆け寄ると、いよいよチームメンバーが明らかになった。
3人の視線は興味津々とばかりにノールに突き刺さり、まず大声を出していた金色の瞳のウマ娘が自己紹介を始めた。
「お前が今年のダービーウマ娘か!俺はジャングルポケットってんだ。ヨロシクな、コーハイ!」
拳を突き出し笑うその姿は、以前記録で見たスチールとまったく同じ。
"ジャングルポケット"はノールと同じくダービーを制覇したウマ娘であり、あの覇王をクラシック世代で打ち倒した東京の王者である。
またしても現れた大物に目をパチクリさせるが、驚きはそれだけでは終わらない。
「はろはろー!クロワちゃんはじめまして。アイネスフウジンなの!今回はお料理係も担当するから、ご飯のことは任せてね。」
そう言ってサンバイザーの鍔を掴みポーズを決めるのは、これまたダービーウマ娘の"アイネスフウジン"。
メジロライアンの猛追を振り切り逃げ切った圧巻のダービーは、今も尚語られる名レースである。
そして最後の1人だが。
「スペ先輩まで!?」
「直接会うのは久しぶりだね。見てたよ、ダービー!おめでとう、ノールちゃん。私も食事係がんばるね!」
スペシャルウィークについては、わざわざ説明するまでもないだろう。
労いの言葉と共に、我らが日本総大将が最後の挨拶を終える。
何故アイスキャンディーを2本同時に食べているのかについては説明して欲しいが、他の面子と比べても豪華なゲストであるのは間違いない。
改めて居並ぶメンバーを見れば、これがどういった意図の人選なのかは火を見るより明らかだ。
「みんな、ダービーウマ娘...。」
「そうっ。
チームのテーマは、ずばり"日本ダービー"。
個々に合わせたメンバーと聞いてどう選ぶのかと疑問に思っていたノールだが、答えは単純明快。
これ以上ない人選と言える。
「えっと...クロワデュノールです!何と言いますか、こんなにすごい先輩方と合宿出来て、本当に光栄です。若輩者ですが、よろしくお願いします!」
かなり固い挨拶ではあるが、その誠実さはメンバーに上手く伝わったようだ。
自然に笑顔と拍手が返され、はじめましての顔合わせが終了した。
「うっし。んじゃ、さっさと決めるとしようぜ。
「へ...?」
コキリと拳を鳴らし、ポッケが突然開戦の狼煙を上げた。
唖然とするノールを不思議そうに見ながら、ポッケは軽い柔軟体操を始める。
「誰が一番強いか決めるって、どうして...?」
「だって気になんだろ。こんな強くておもしれー連中が集まってんだ。最強目指すんならとりあえずぶっちぎっとかねェとな。」
「ポッケちゃんってば、さっきからそればっかりなの。」
「ほら、トライアスロンのポジション決めとかよ?強ぇ順で決めてけば楽だろ?」
「今テキトーに考えたよね、絶対。」
「でふね。」
すっかりやる気のポッケと否定しない先輩たちに、レースをするのは避けられないと悟るノール。
戸惑いながら、それならばと自分の言うべき台詞を口にする。
「私は一番最後でいいので。先輩たちと競うなんておこがましいっていうか」
「あ...?」
ぞくりと肌が粟立つ。
遠慮のつもりの発言が気に食わなかったのか、ポッケが笑みの消えた顔でノールを睨み付けた。
「強ぇ弱ぇにセンパイもコーハイもねェだろ。」
「あの、でも皆さん本当にすごい方で」
「...あーあ。来て損したぜ。どんなヤツかと思ってみれば、ただの腰抜けかよ。」
「腰、抜け...」
和やかムードから一転し、ポッケはノールを腰抜けと揶揄する。
流石にショックそうにするノールだが、問題なのは次の発言だった。
「こんな腰抜けがダービーウマ娘だなんてよ?よっぽど
「っ...!」
ポッケの罵倒はノールだけではなく、その同期にも及んだ。
想いをぶつけ、全力で競い合ったライバルたち。
最後にはノールを讃えてくれた、この世代でよかったと思わせてくれた戦友たち。
その光景を否定することは、たとえ歴史的ウマ娘であっても許せない。
温厚なノールでも、絶対に譲れない一線があった。
「...取り消してください。」
「あ?」
「私のことはいいです...でも、友だちを。私の強いライバルたちをバカにするのだけは許せません。だから、取り消してください。」
「......。」
ノールの雰囲気が変わったことに気付き、ポッケは内心でガッツポーズ。
見守っていた残りの3人はやれやれと言わんばかりの苦笑いを浮かべた。
「はっ。取り消して欲しけりゃ、力ずくで来いよ。弱ぇヤツの遠吠えじゃねェってんならな。」
「受けて立ちます。私が勝ったら、謝ってもらいますから。」
「上等。やれるもんならやってみろ、コーハイ。」
バチバチとぶつかる視線。
当初の最強決定戦は変更となり、ポッケとノールは用意されていたスタートラインに並び立つ。
「コースはこの砂浜、1000m直線1本勝負なの!」
「ダートより足を取られて走りにくいから、無理してケガしないよーにねー!」
「二人ともがんばってくださ~い!」
初めて踏み締める砂の感触を確かめながら、スタート態勢を取るノール。
ポッケは特に気負う様子は見せずに静かに開幕を待っていた。
「位置について~。よーい...どんっ!!」
「「ッ!!」」
スターターピストルの音が響き、二人がほぼ同時に砂浜を蹴り上げた。
ゲート無しでも抜群のスタートを見せたのはノール。
対するポッケは僅かに後ろからのレースとなった。
「もらった...!」
1000mと言えど、ウマ娘にとっては一瞬の距離。
2000m以上の中距離戦を主戦場とするノールには短過ぎる距離だ。
だからこそ、スタートさえ決めてしまえば体力の心配は不要。
後はただ全力で走り切ればいい。
コーナーもなく減速要因がないこのコースでは、スタートこそ勝負の分かれ目。
この位置取りの差は決して埋まらない。
慣れない砂浜であっても、譲らない根性だけは誰にも負けないのだから。
勝ちのイメージを強め、ノールはこのまま逃げ切ってみせると更に速度を上げていく。
「いい逃げっぷりなの。」
「逃げというか、先行というか。」
「...まあ、でも。
500mを切り、依然リードを保つノール。
このまま押し切れると安心しかけた時だ。
視界の端で、砂浜が"炸裂"した。
「おらおらおらぁぁぁ!!いっっくぜぇぇぇ!!!」
「っ!?」
後方から一気に追い上げるポッケ。
みるみるうちに位置を上げ、ついには容易くノールに並び掛ける。
あれだけあったリードが一瞬で消え、戦っている相手がどれだけ凄まじい怪物なのかを痛感する。
普通なら心が折れ、敗北が決定する瞬間。
しかし、ノールは違った。
「まだ、まだぁぁぁっっ!!」
「!...はっ!いいなぁやっぱ!強ぇヤツと走んのはよぉ!!」
食らい付き、意地でも先頭を譲らない。
その根性が堪らなく気に入ったのか、ポッケは演技も忘れて闘争心を更に燃え上がらせる。
「ハァァァァァっっ!!!」
「うおぉぉぉぉっっ!!!」
横並びで駆け抜けていく二人。
200m、100m...30、20と競り合い。
そして最後の10m。
ついに二人の間に差が付き、そのまま僅かに片方が先着した。
「はい!ポッケの勝ち~!」
「っしゃあぁぁ!!」
「くっそぉぉ...!!」
勝利したのはジャングルポケット。
クロワデュノールは最後の最後で差し切られてしまったのだった。
喜び叫ぶポッケに対し、打ちひしがれて悔しがるノール。
ライバルたちの誇りを賭けた戦いに負けて、
情けなさと罪悪感で心が潰れる思いだった。
「...ナイスラン。いい根性だったぜ。」
「え...?」
俯く彼女に差し出されたのはポッケの右手だった。
さっきまでとは違う、穏やかで優しい笑顔。
戸惑うノールだったが、自然とその手を握り立ち上がる。
ポッケは気まずそうに頭を掻いた後、両手を重ねて"謝罪"のジェスチャーを見せた。
「悪かったな。お前のダチ、貶すようなこと言っちまってよ。」
「え、えっと...」
「ポッケちゃんは
「挑、発...?」
「すっごく分かりやすかったけど。ノルちゃんってばスナオ~。」
「ですね!」
「...あ、あぁ...なるほどぉ...///」
自分に本気を出させる為の挑発。
漸くそれに気付いたことで、今までのことが途端に恥ずかしくなって来たようだ。
赤面し焦って、さっきまでの態度を謝ろうとするノール。
それを制して、ポッケは再び表情を引き締めた。
「でもよ。もう二度と、自分を下げるみてェな言葉は口にすんな。」
「私、また...」
「俺たちは、"ヘッド"なんだよ。」
「ヘッド...?」
「俺たちは勝ってダービーウマ娘になった。他のヤツらの夢を踏み潰して、世代のテッペンになったんだ。」
ポッケの言葉に思い出すのは、レース前に聞いたマスカレードたちの覚悟。
一番夢の集まる場所で自分だけが夢を叶えたという事実。
ダービーウマ娘とは誇りである。
それはきっと、破れたライバルたちにとっては自分以上にそうなのではないか?
「こっから先...お前のダチの中によ。もしかしたら、走りたくても走れねェってヤツが出てくるかもしれねェ。」
「っ...」
「そん時にさ、そいつらの想い背負って走れんのは、俺たちしかいねェんだ。ダービーウマ娘だからよ。」
確かな実体験から来る言葉は重く、ノールはもしもを想像してしまう。
トゥインクル・シリーズに絶対はない。
それはウマ娘の安全ですら保証されていないという意味でもある。
誰かが走ることすら失い、レースから去らないといけない時。
自分が走り勝つことで、その誰かの気持ちも背負えるかもしれない。
"私はアイツの同期なんだ。"と誇りに思って、また笑ってくれるかもしれない。
何故なら自分は世代の頂点、ダービーウマ娘だから。
その自分を自分で卑下するのは、即ち世代自体を侮辱すること。
ポッケが憎まれ役を買ってまで教えてくれようとしたことを悟り、ノールは猛省した。
「スゲー人をスゲーと思う気持ち、俺にも分かっけどよ。レースになったら話は別だ。どんな強ぇヤツだろうがスゲーヤツだろうが、全力で戦え。ぶっ潰せ。お前が退いたら、全員負けんぞ。」
「...はい!」
ポンと拳で押された胸にその言葉を刻み、ダービーウマ娘になったことを改めて自覚する。
誇らしく重いその称号を噛み締めながら、ここにいる先達たちは皆それを背負って来たのだと本当の意味で理解した。
「ありがとうございます、ポッケ先輩。ダービーウマ娘になったこと、その意味を。私、絶対に忘れません。」
「おう。改めてよろしくな、クロワ。」
笑顔で拳を合わせる二人。
如何にも青春なその絵面は、太陽の下ではより熱く燃えるようにも見えた。
「あーあ。ノリが少年漫画みたいなんだよね、ポッケは。」
「文句があんならお前がやれテイオー。リーダーなんだからよ。」
「えー。でもボク嫌われたくないし。」
「いや別に嫌われてねェだろが!...ねェよな?なぁ?!」
「そろそろお昼の時間ですね!」
「今日はアイネスお姉ちゃん特製焼きそば!腕によりを掛けた自信作なの!」
シリアスにもコミカルにも舵を切れる先輩たちに舌を巻きつつ、ノールはこれからの合宿に想いを馳せる。
この短い一週間。
何よりもかけがえのない時間になると、開幕早々確信を深めるのであった。
――――――――――――――――――――――
日もすっかり暮れた1日目の夜。
各チームは練習を終え、一日の疲れを癒す時間を迎えていた。
宿こそどのチームも一緒ではあるが、そこで過ごすかどうかは自由。
チームによっては外で食事を済ませるどころか、完全に野宿を選択する変わり者もいるとかいないとか。
とにもかくにも、メンバーが親睦を深めるには最適なタイミングである。
「はぁ...。」
ところが、気を休めることもコミュニケーションを取ることもせず。
都会と違う星が輝く空の下、砂浜でただ一人ポツンと座るウマ娘がいた。
マスカレードボールは膝を抱いて縮こまり、見るからに"落ち込んでます"といった哀愁漂う姿を見せている。
「こんなんじゃ、ダメなのに...。」
ただでさえ基本的にナイーブなのはそうなのだが、今回はちゃんと落ち込む理由があった。
昼の練習でのこと。
ビクビクしながらクリスエスに付いて行ったマスカレード。
ご存知の通りクリスエスは雰囲気で勘違いされるタイプであり、ちゃんと話してみればすごく優しいウマ娘であった。
他の先輩メンバーも非常に優しく親切で、ホッと一息吐けたとこまではよかった。
問題は練習の内容である。
勿論、練習メニューや指導には何も間違いはない。
マスカレードにとって問題だったのは、あまりにも優秀な先輩たちであったことである。
スピード、パワー、スタミナ。
あらゆる面でマスカレードを凌駕する歴戦のウマ娘たち。
経験の差も圧倒的なので、敵わないのは当たり前のことなのだが。
「最強に、ならなきゃ...。」
憧れに宣言した、最強の証明。
ダービーという目標を失った以上、それを果たすには文字通り"誰よりも強くなる"という方法しかないと、マスカレードは考えていた。
先輩たちがスゴいのは分かる。
だからこそこの合宿に志願したのだから。
だが、ドゥラメンテだったならば、きっとこの"負け"を良しとはしないだろう。
届かない現状を認めず、最後には必ずや食らい付いてみせるはずだ。
「アタシ、弱いままだ...。」
それなのに、自分は届かないことを当然だと分かってしまっている。
諦める気持ちの方が強い、そんな弱い自分が許せない。
やるせない気持ちを抱え居ても立ってもいられなくて。
マスカレードは一人、こんなところまで逃げて来てしまったのである。
「あ。いたいた、捜したよ。」
「!...何か、用事ですか?」
暗がりに溶けそうな背中でも、まだ見つけ出すのは難しくなかったようだ。
マスカレードが振り返ると、そこには今日知り合ったばかりのチームリーダーの姿があった。
「用がないと来ちゃダメだった?」
「...そんなことは、ない...ですけど...」
「じゃあ隣座るね。ん~...初日から疲れた疲れた。こういうのは初めてだけど、やっぱりみんなで練習するのっていいよね。」
「......」
気まずそうにしながら、マスカレードは横目でチラチラと隣のウマ娘の様子を窺う。
オレンジ色にも見える鮮やかな鹿毛、穏やかでいて確かな自信を感じさせる瞳。
自然体で星空を眺めながら、プクゥと風船ガムを膨らませている。
彼女の名は"バブルガムフェロー"。
史上初めて、クラシック世代で秋の天皇賞を制覇したウマ娘である。
「...落ち込んでる?」
「落ち込んでないです...」
「じゃあ、ガム食べる?」
「いらないです...」
「まあそう言わずに。もしかして苦手だった?それとも、ごはんの前におやつ食べるとお腹いっぱいになっちゃうタイプ?」
「......」
「はい、どうぞ。」
噛んでいるモノと同じ風船ガムを手渡され、渋々口に含んで咀嚼する。
このバブルというウマ娘、どうにもマスカレードには掴み切れないところがあった。
無理強いしたり厳しさを見せることはないが、いつの間にか懐に入られて、気付いたら言うことを聞いてしまっている感覚。
優しいのに逆らえないというか。
"先生"みたいな人、というのが一番しっくり来る表現だとマスカレードは思った。
「ガム、膨らませられる?」
「...」
「舌にこう、ガムを纏わせて...」
「やり方くらい分かります...」
何故膨らませなければいけないかと疑問に思いつつ、バブルのペースに乗せられて風船に挑戦する。
プクプクと膨らむガム。
どんなもんだと無駄に力んだのがまずかったのか、ガムは更に大きく膨らんでいき。
「ぶぇっ!?」
バチン!と見事な音を立てて破裂した。
顔にベッタリ張り付いたガムに驚き、マスカレードは今までの人生で一番変な声を上げてしまう。
「わっわっ!?」
「ぷっ...あはは!いいね、見事に弾けた。」
慌てる姿が面白かったのか、声を上げて笑うバブル。
漸くガムを剥がしたマスカレードが、そんな先輩に心底からの非難の目を向ける。
「ごめんごめん。可愛かったから、つい。」
「...///」
恥ずかしさと怒りで顔を赤くし、マスカレードは1個分バブルから距離を取る。
だが直ぐ様1個分近くに寄られてしまう。
どうやら逃げることは叶わないようだ。
「そのガムにはね、"できるパワー"が込められてるんだよ。」
「できる、パワー...?」
「そう。噛めば噛むほど、君の中のできるパワーが強くなって、何でもできるようになるんだよ。」
「...子ども扱いは、やめてください。」
そういうわけじゃないんだけど、と返して、バブルは困ったような笑顔を浮かべる。
「気に障ったなら謝るよ。私なりのおまじないなんだけど...ダメだな。色々聞いてたから、スクールの子みたいに接しちゃう。」
「?...色々?」
「私、結構仲良しなんだよ?エアグルーヴとは。」
「エアグルーヴさん...?」
明らかに食い付きが違う反応に諦めがついたようで、バブルはマスカレードを気に掛ける理由を説明し始めた。
「白状するとね、この合宿に参加したのは彼女に頼まれたからでもあるんだ。」
「!...どうして、エアグルーヴさんが...」
「彼女って結構世話焼きじゃない?色々気にしてるんだよ、君のこと。ドゥラメンテさんがいない今、ティアラを走った自分やアルヴさんより私の方が相談しやすいんじゃないかって。」
「っ...エアグルーヴさん...。」
どこまで行っても助けようとしてくれる優しさに胸が温かくなる心地がするが、一方で相変わらず迷惑を掛けてしまっているという情けなさがすぐに襲って来る。
そうしてまた俯くマスカレードへ、バブルは目線を合わせて言葉を続ける。
「春に失ったものをどう取り返したらいいのか、分からないんだよね?」
「......はい...」
「分かるよ。私もそうだったし。だったらさ、
「え...?」
「みんな気持ちは同じってこと。」
バブルが後ろを指すと、ガサガサと茂みが揺れた。
観念したのか、ゆっくりと上側に出てきたのは黒いウマ耳。
そこから特徴的な帽子が見えて、隠れていた誰かが遠慮がちにその姿を現した。
「あ、あのねっ?ライスはその、ごはんが出来たから、マスカレードちゃんを呼ばなくちゃ!って思って...それでね...?」
慌てる漆黒のウマ娘、"ライスシャワー"の様子に毒気を抜かれ。
マスカレードたちは一先ず、チームメンバーのところに戻ることとなった。
「"秋のローテーション"について、ですか?」
「うん。一番分かりやすいのはどのGⅠを目指すのか決めることかなって。みんなはどうやって選んだの?」
「うーん...私は三冠を走り切ることしか考えてなかったと言いますか...適性も長距離に向いてましたし。」
白米と缶詰めの夕食を食べ終えた後。
改めてミーティングを開始する一同。
まずは菊花賞ウマ娘である、"ナリタトップロード"が所感を述べる。
「それに、オペラオーちゃんやアヤベさんとの約束もありましたから。」
「ふむふむ。適性にライバル。トップロードらしい、王道の理由だね。」
「そう言われると、何だか照れちゃいますね!ライスちゃんはどうして菊花賞へ?」
「ふぇ!?ら、ライスは...長い方がいいってお兄さ、じゃなくて!トレーナーさんに言われてたのと...やっぱり、ブルボンさんがいたから、かな...?」
菊花賞後も春天であのメジロマックイーンを打倒しているように、ライスシャワーは生粋のステイヤーだ。
トップロードの回答と合わせれば、やはり"適性"の壁は考慮すべきなようだ。
「どうかな?走りたいライバルはいる?」
「それは...」
そう言われて真っ先に浮かぶ二人がいた。
いずれ必ずリベンジを果たすつもりではいる。
だが...。
「3000mを走れるかは、分かりません。ソールさんに聞きました。"中距離と長距離では世界がまったく違う"って。」
「うん。クラシック三冠制覇が困難な理由の、最たるところだね。」
同じクラシック三冠でありながら、皐月賞とは実に1000mの差があるのが菊花賞だ。
2000m、2400mと違い試せるレースもほぼ存在せず、クラシック戦線を走って来たウマ娘ならばほとんどが未知の道のりとなる三冠最終戦。
皐月やダービーで好成績のウマ娘が惨敗する事象も少なくない。
自己分析的にも他己分析的にも、マスカレードの持ち味がスタミナでないことは確か。
菊花賞に行っても勝てるかどうか、
「ごめんなさいマスカレードちゃん。参考になることも言えなくて。」
「そんなこと、ないです。お二人のお話を聞いて、あくまでもそこからどう繋げるかが大事なんだって、気付けました。」
「それなら、すごくよかったです!」
菊花賞を走るならば、そのまた先のローテーションまで考える必要がある。
つまり、ステイヤーとして走れる見込みがあるかどうかが判断基準ということだ。
先程も言ったように、マスカレードにはその自信はない。
菊花賞に出る選択肢は消してしまっていいのだろう。
そうなると、必然的に候補に上がって来るレースがひとつ。
「菊花賞がダメなら、やっぱり選択肢は1つかな。」
「I recommend it. 東京、2000m。-----天皇賞、秋。」
"天皇賞・秋"。
府中の芝2000mで行われる、秋シニア三冠と呼ばれる権威あるGⅠレースの一冠目。
かつてクリスエスとバブルが制したレースでもある。
「私も、オススメはそっちかな。東京は君に合ってるみたいだし。...それとこれは所感だけど。
「!...壊れる...。」
脳裏に過るのは、ドゥラメンテやリバティアイランドの故障の瞬間。
同じスクールだからと言ってそんなところまで似るとは思えない。
...と、普通なら考えるが。
マスカレードはその不思議な縁を実体験として感じている。
バブルの考えは痛い程に納得出来るものだった。
「だから、負担の大きい長距離は避けて欲しいっていうのが本音だよ。その点、秋の天皇賞は距離もコースも走りやすい。ローテとしては最適じゃないかな?」
「それはそう、ですが...」
マスカレード自身も、それこそ彼女のトレーナーも秋天が第一候補で間違いない。
だが、それでも煮え切らない理由があった。
「...自信がないんだよね。ダービーを負けた自分が、シニアのウマ娘たちに勝てるわけがないって。」
「......そう、ですよ。強くなりたくても、最強になりたくても。アタシは負けたんです。弱いんです...それが、どう自信を持てって言うんですか?」
今度は取り繕うことはしなかった。
初めて吐露されたマスカレードの本心に静まり返る一同。
だがそれは決して、言ってやれる言葉がないからではなかった。
「...分かるよ。分かるんだよ、その気持ち。私たち、みんな。」
「でも、皆さんは」
「私も、不安でした。みんなの期待を裏切って、また負けたらどうしよう。私は勝てないんじゃないかって...夏合宿の時なんか、練習が出来ないくらい悩んでしまって。」
「ライスもね?誰にも期待されてなくて...いつも不安で、怖くて。お兄さまがいなかったら、また逃げちゃってたと思うな。」
「Defeat cannot be reversed. 私は、負けた。しかし、戦わなければ。勝利は、ない。」
口々に伝えられる、今のマスカレードと重なる過去の数々。
ダービーを惜敗した3人の言葉は、不思議な程に彼女の心に溶け込んでいく。
「私なんか、ダービーに出ることすら出来なかった。出来る根拠なんて、誰だって最初は持てないよ。...でもさ、叶えたい夢が君にはあるんでしょ?」
「...はい。」
「最強っていう高みに行くなら、弱い自分も受け入れて、それでも切り込んで行かなくちゃ。楽しみなよ、チャレンジを。君には立ち向かえる力も、どこまでも走れる脚もあるんだからさ。」
言われて気付く。
憧れのドゥラメンテが走ることすら出来なかったクラシックの秋を、自分は悩みながらも走ることが出来る。
それはきっととても幸せなことで、だからこそドゥラメンテは自分に未来を見てくれたのではないかと。
最強の証明という命題に焦り、何より大切なことを忘れていたと。
「...アタシ、走ってみたいです。ドゥラメンテさんが走れなかった分まで、たくさんのレースを。今は弱くても、たくさん走って...そして、いつか...いつか必ず、最強になりたいです。」
再び吐き出される素直な気持ち。
だが、今度の言葉はその場にいる全員を笑顔にするモノだった。
それでいいと笑い、お互いに頷き合う先達たち。
「ナイスチャレンジ!できるパワー、ちゃんと注入出来てよかった!」
「...ごめんなさい。アタシ、色々な人に心配してもらってばかりで。」
「私もみんなに助けられっぱなしです!」
「ライスも!」
「Me too.」
「私もそう。いいんだよ、いっぱい甘えて。そうやって助けてもらったから、助けたいって思える。一人になんかなりたくないし、させたくない。そうやって一緒に、ずっとみんなで走っていたい。それがウマ娘なんだから。」
誰もマスカレードを責めたりはしない。
周りに助けられて来た経験なら誰にも負けないという自信が、彼女たちにはある。
それがトゥインクル・シリーズを走るということだから。
今のマスカレードに必要なのは、まさに彼女たちのような、かつて悩み苦しんだ先輩の言葉だったのだ。
どうしようもない状況で、優しく手を差し伸べてくれた人たち。
言うべき台詞はただ1つだろう。
「ありがとう、ございます。...先輩方。」
「どういたしまして、後輩!」
――――――――――――――――――――――
「もう嫌だ付き合ってられるかぁぁ!!オレは帰るぜちくしょぉぉ!!」
ノールとマスカレードが非常に手厚いケアを受けているので勘違いしやすいが、どのチームも皆順風満帆というわけではない。
ここに最たる例が1つ。
普段のクールさの欠片もない、酷く取り乱した様子で死亡フラグを叫ぶのはミュージアムマイルだ。
彼女が合宿に来て、実は既に2日程経過しているのだが。
ミューズの心情を理解してもらう為にも、まずはこの2日間に起こった出来事を搔い摘まんで説明しようと思う。
『お宝がそんな簡単に見つかるわけねーだろ!退却なんて選択肢はねぇ!進め!ただひたすらに!おめぇは今日からカンガルーだ!!袋から飛びだせ!!ポケットにビスケット仕込んでよぉ!!』
例の葦毛に無理矢理連れ去られた後。
絶望後、他の先輩がきっと助けてくれると新たな希望を見出だしたミューズ。
しかし、待っていたのは相変わらずのゴルシペースであった。
昼夜問わず山越え海越え、やれカササギがなんとか。
やれキツツキがコッケコーだとか。
頭も体も疲れるなんてレベルではない。
誰も彼女を止めようとしなかったのだ。
何故、どうして?
普通の人ならおかしいって分かりますよね?
そうやって言うことすら許されなかった。
というか、言う気力が失せたのだ。
ゴルシ以外にはサポートの先輩ウマ娘は二人しかおらず、話を聞くに後一人はバックレたオルフェーヴル本人だったらしい。
"興が乗らぬ。"と言われて仕方なくパネルを代わりに用意したらしい。
普通にショックだった。
では、残りの二人はどうなのか?
『あぁっ!自然の中でも麗しく鮮烈なボクっ!キミもこの輝きを未来に語り継ぐがいいよ!博物館だけにっ!はーっはっはっはっはっはっはっ!!』
察してください。
ただでさえ意味不明な言動と行動で無茶苦茶なあの葦毛に加えて、まさかの"世紀末覇王"降臨である。
ゴルシに比べ会話は出来るのに、いちいちスケールが合わないところがより厄介だった。
理事長たちはいったい自分にどんな恨みがあると言うのだろう。
この時点でミューズはツッコむのを止めた。
諦めた。
そのままの調子で貴重な時間はあっという間に通り過ぎ。
ついには我慢の限界を迎えてしまったというわけだ。
ちなみに、この間彼女たちは野宿を強いられている。
宿にはちゃんと部屋があるのに。
「ハンモックもう嫌だ...ベッドが恋しいよぉ~...」
さながらゾンビのように這う這うの体で獣道を歩くミューズ。
夜に単独行動は非常に危険なのだが、それ程までに限界だったことをどうか分かって欲しい。
「ひっ!?」
ボロボロのミューズの耳に届く、"何か"が茂みを揺らす音。
気付けば辺りはまさに野生の王国。
どんな猛獣が出てきてもおかしくない状況に、流石の皐月賞ウマ娘も可愛い悲鳴を上げる。
ガサガサと揺れ続け、突然ピタリと動きが止まる。
"やばい。死んだ。"
化け物が飛び掛かってくる前触れだと悟り、走ウマ娘灯を見るミューズ。
「あら?まだお休みになっていなかったのですね。...こんばんは、ミューズさん。」
「!?......ぴ、ピサ...せんぱい...?」
しかし、顔を見せたのは得体の知れない化け物などではなく。
真っ白な髪に優しい笑顔を浮かべたウマ娘。
チームリーダーである、"ヴィクトワールピサ"であった。
「こ、こんなとこで何やってんです...?」
「あぁ、それがですね?この子が、ケガをしてしまったらしくて。」
そう話すピサの胸には、彼女の髪以上に真っ白な毛並みのウサギが抱かれていた。
よく見ると足に小さな布が綺麗に巻かれている。
ミューズはあの色合いに見覚えがあった。
ピサが持っていたハンカチだろう。
「さぁ、行ってください。ケガが治るまでは、なるべくおうちから出ないようにしてくださいね?」
優しくウサギを下ろすと、ウサギはまるで返事をするように一鳴き。
名残惜しそうにまた別の茂みへ飛び込んで行った。
「天使だ...」
微笑みながら手を振るピサを眺め、天使と形容するミューズ。
何ともありきたりな表現だが、それがここ数日での彼女の素直な評価だった。
優しく、気配りもでき、穏やかで。
奇人変人に囲まれたミューズにとって、彼女はまさに救いの天使。
2日間どうにか我慢出来たのはピサのおかげであると言っても差し支えないだろう。
「それで、ミューズさんはなぜこちらに?お散歩でしょうか?」
「...いや、その...オレ、もう帰ろうと思って。」
「まあ!そんな...何か、あったのですか?」
「あったというか...」
"何かしかなかったでしょうがっ!?"
とはとても言えない。
悲しげに心配する表情は演技には見えず、何故か一方的に自分が悪いような気さえしてくる。
「...分かりました。無理に引き留めはしません。ですが、どうか。行ってしまわれる前に、少しでも私に。ミューズさんのお話を、聞かせて頂けませんか?」
勿論、"はい。"としか言えなかった。
これが光属性というヤツなのだろうか。
この光の前では、たとえ暴君であっても受け入れてしまうだろうと、ミューズは思った。
「なるほど...。気付いてあげられず、申し訳ありません。」
「いや、ピサ先輩は悪くないって言うか...」
開けた丘に腰掛け、ミューズはこの2日間の愚痴を思う存分吐き出した。
練習になってないとか、ココナッツは飽きただとか、ハンモックより布団がいいとか。
話を否定しない、聞き上手のピサに引き出される形で、気付けば1時間近く語ってしまっていた。
「でも、何で悪ふざけを止めてくれなかったんですか?ピサ先輩なら、真面目に練習しようって言ってくれると思ってたのに...」
「それは...重ねて、ごめんなさい。」
言うまでもないが、ヴィクトワールピサといえば皐月賞に有マ記念、そしてドバイWCを制した名ウマ娘である。
その彼女が合宿で遊び呆けることを是とするはずがないとミューズは思っていた。
...何?その遊び呆けてるヤツがGⅠを6も7も勝ってる?
だから言い出せなかったんでしょ察しろよ!と、わざわざツッコませないで頂きたい。
あんなの(畏怖)と一緒にするなと大体のウマ娘は思っている。
「でも、ですね?私にはお二人が、
「ふざけてなかったら何なんです!?恐いですよ逆に!?」
鋭いツッコミを笑顔で受け流し、ピサはゆっくりとこの2日間の観察結果を語り始める。
観察していたのは勿論、"ミュージアムマイル"というウマ娘である。
「お二人も気付いていたのでしょう。ミューズさんの中の、変化を。」
「変化って...」
「皐月賞と日本ダービーを終えて、
「...!」
図星を突かれて動揺するミューズに対し微笑みを崩さず、ピサは続けて所感を述べていく。
「何か、劇的に走る理由に変化が訪れて。その喜びが新鮮で、嬉しくて。早く次をと、焦ってしまってはいませんか?...その為に、無理をしても構わないと。そう思ってはいませんか?」
「...ホントは神さまかなんかですか?ピサ先輩って。」
こんな短い期間でここまで理解されてしまっては、ぐうの音も出ない。
確かに、ミューズは変わった。
ノールたちとのレースは楽しく、かつて憧れてはいけないと思っていたスターたちとの折り合いも付いた。
彼女は今、走りたくて堪らない。
走る喜びに、
その為なら、傷ついても構わないと。
自身の無理をしない信条すら、いつしか無下にし始めていたのだ。
「その願い自体は素晴らしいと思います。あなたもまた、"繋ぎたい"のですね。大切なライバルたちとの絆を。そして、志半ばで引退した、大好きなスターたちの想いを、新しい世代に。あなた自身の脚で、成し遂げたいのでしょう。」
「...ダービーでは、見せられませんでしたから。あの子たちに、カッコいい背中ってヤツを。」
彼女の焦りとはつまり、憧れにならなければならないという使命感だった。
自分は必ず走り続ける。
もしそんな自分の背中を見て、夢を抱いてくれる者がいたのならば。
その期待を裏切りたくない。
叶うならば、子どもの頃願ったずっと輝き続ける星になりたい。
忘れかけていた、かつては否定した夢を、ミューズは取り戻していたのだ。
「だからこそ、です。自分を追い詰め過ぎず、息を吐くことを思い出して欲しい。この合宿はフィジカル面よりも、メンタル面を意識した作りになっていますから。ゴルシさんも、オペラオーさんも。歴史を紡いできたウマ娘です。今のあなたに、思うところがあったのではないでしょうか。」
「......マジ、ですか...。」
どう見ても好き勝手やってるようにしか見えなかったが、ピサの言葉は否定しようがないくらいにミューズの心へ突き刺さっていた。
もしかしたら、本当に息抜きをさせたいだけだったのかもしれない。
そう考えると少しだけ、気持ちが軽くなるような心地がした。
「特に、あなたのご友人たちは背負うことを厭わない方々のようですから。気負い過ぎないことを忘れないで欲しいんです。周りを気遣える、優しいあなたには。」
「アイツらの為にもなる、ってことですか...」
憧れ憧れと、夢一辺倒のライバルばかり。
それを危険視していた自分が、いつの間にか同じ穴の狢になるところだった。
"憧れ"という燃えるような気持ちを実感出来たからこそ、今は一歩引いて見ることが肝要。
不思議な程腑に落ちてしまい、ミューズは溜め息を吐いてその場で横になった。
「はぁ~...もう考えるのやめた!サボりだって言うならサボってやる!どうせ合宿本番じゃないんだし、トライアスロンだってこなせれば文句ないっすよね!」
開き直り子どものようにいじけるミューズ。
その姿を嬉しそうに見つめ、ピサはやはりそのすべてを肯定する。
「それがいいと思います。ミューズさんがしっかりリラックス出来るよう、私たちがサポートしますから。」
「ははっ。上手く乗せられちまった気がしますけど…もうちょっと我慢してみますよ。」
ピサの説得で合宿残留を決意するミューズ。
するとちょうどいいタイミングで、ガサゴソと草を割ってゴルシとオペラオーが現れた。
「寝る間も惜しんで宝探したぁ水くせぇヤツらだ...使えよ、高性能ゴルゴルレーダー。5割引で6400円(税抜)。ベリベリお得だろ?」
「はーっはっはっはっ!今にも眠りそうなボク!月より星より美しい!愛らしくて思わ...すぴーZz」
「ゴルシ先輩、オペラオー先輩...。」
ツッコミ所を全スルーし、神妙な面持ちのミューズに、二人は(片方寝ぼけているが)何かを察してキリリとした笑顔を向ける。
「少しはマシな面するよーになったじゃねーか。カワハギみてーにベリッと一皮向けたか?精米済?たまには玄米の良さも思い出してやれよ...?」
「オレ、先輩たちがそこまでオレのこと考えてくれてるって知らなくて...すみませんでした!」
細かい所は無視して、ケジメとして謝罪。
ふざけていても(ふざけてない)先輩は先輩なのだ。
きっと深い考えがあるに違いない。
そう信じて、改めて尊敬の意味を込めた視線を送る。
二人は一瞬キョトンとした表情を見せた後、目配せの押し付け合いの後、同時に高笑いを始めた。
「はーっはっはっはっはっはっはっはっ!!ボクの崇高な考えを理解するとは流石期待のホープ!ボクの波動を存分に受け、キミもまた覇道を歩むがいい!"はどう"だけにっ!!」
「オメーもついにアタシの領域まで上がって来たようだな。これには流石のオルフェも"嬉しい余"と拍手喝采...てあれ?オルフェどこ置いて来た?サメの餌に使ったバカデケェ段ボールと間違えたか?」
「これ絶対違いますよねっ!?やっぱ好き勝手してただけじゃんかっ!?もうやだおうちかえるぅぅっっ!!」
「ふふっ。照れているだけですよ。きっと。」
どうやらやっぱり。
ミューズの受難はしばらく続いてしまうようだ。
――――――――――――――――――――――
ざわ...ざわざわっ...ざわっ...。
「...ゴクリ。」
「倍プッシュです...!」
「「「「...!?」」」」
一同に電流走る...!
意外!
それはスペシャルウィークの
ニンジン倍賭けッ!!
もう後がないはずの日本総大将、
ここでまさかの捨て身ッ!
和室を包む、ざわざわとした粟立つような空気、不快感。
普段彼女たちが味わうことのない、
暗く淀んだスポーツマンシップなど介在しようのない弱肉強食ッ!
しかし、嗤う。
嗤う蛇、否。
ウマ娘がいるッ!
「にひひ。じゃあ~ボクも倍プッシュね!」
「「「!?」」」
受けて立つとばかりに、
帝王もニンジン倍賭けッ!
他の者の動揺をよそに、交差する二人の視線。
そして嗤う。心から。
互いをこれ以上ないエサだと見下し!
額の"1"を、
「じゃあ、あたしも倍プッシュなの!」
更に勝負に出たのは風神!
やはりというかとりあえずの倍プッシュ!!
益々笑みを深める総大将と帝王ッ!
面白いのはお前たちの方だぞッ!!
「あ~...なんか、スゲーやな予感がすっけど。ま、俺も倍プッシュしとくわ。」
腑に落ちない顔で空気を読むジャングルの王ッ!
流石はヘッド!
こんなところでも光るコミュ力ッ!!
「え、え~っと...」
「なぁに~?ノルちゃんビビってるの~?」
「ここまで来たら逃げることは許されないの!」
「ニンジンケーキ!ニンジンスープ!ニンジンハンバーグ!」
「はぇーよ...調理すんな頭ん中で。」
そうなると自然に集まる視線。
青き星を襲う、"お前も張れ"という先輩からの圧力!
出し渋る北十字!負けるのが恐いのか!
それ程までにニンジンが大事なのかッ!
否ッッ!!
「じゃあ、あの...全賭けで。」
「「「!?」」」
「ほらな...。」
倍プッシュどころかニンジン全賭け!
負ければ敗北ッ!奈落の底ッ!
だがそれは、負ければの話ッ!!
彼女には今、敗北の可能性はゼロッ!!
この場を支配していたのは彼女だった!!
何故ならッ!!
「皆さんのカード、
「「「な、なんだってぇぇぇぇ!?!?」」」
ノールのカードは2。
他は全員が1。
開示時点で、ノールだけは確実に負けない状況であったのだ。
泣きじゃくるスペシャルウィーク。
茫然とするトウカイテイオー。
敗者は全てを失い、勝者は大量のニンジンを得る。
それが仁義なき戦い。
それが"インディアンポーカー"であるッ!!
「というわけで、これ明日の料理によろしくお願いしますね。」
「任されたの!」
「結局こうなんならやっぱ茶番だよな。」
「いーじゃん、楽しかったし。スペちゃんのとこのニンジンおいしいよ?」
「ですです!!」
なんてレクリエーションに興じるくらいには、チームダービーの合宿は順調だった。
合宿も既に3日目の夜。
すっかり仲良しの先輩たちにサポートしてもらいながら、ノールは充実した日々を過ごしていた。
「お。何見てんだ?」
「イクイノックスさんのドバイシーマを。」
「あぁ、あれか!スゲー強くてワクワクするよな!んじゃ俺も、フジさんのやべーレース見せてやるよ。」
「ホントですか!?」
「私も私も!スズカさんのレース見せたいです!」
「えー!みんな何言ってるのさ!一番強くてカッコよくてスゴいのはカイチョーに決まってるでしょー!」
「もうっ、そろそろ消灯なの!夜更かしする悪い子は朝ごはん抜きにしちゃうからね!」
波長の合う優しい先輩たちと笑い合い、楽しく過ごす。
きっと明日も幸せに違いない。
そう期待を膨らませ、この日もノールはふかふかの布団で眠りについた。
この合宿がまだ、
――――――――――――――――――――――
「......っ...?」
ザザーン!という何度も聞こえるすごい音と、瞼の上からも眩しい光に無理矢理目を覚まさせられる。
「な、なぁに...?」
表情を険しくしながら、嫌々体を起こしてみる。
とにかく、眩しい。
ついでに潮臭い。
夏で海の近くだと室内でもこんな感じなのか。
今日も暑くなりそうだなぁ。
と、そこまで思って。
漸く頭が働き出す。
「......え?」
"外"だ。
宿じゃない。外だ。間違いなく。
海めっちゃ近い。
バリバリの直射日光。
というかここ、砂浜だ。
砂浜に布団が敷いてある。
あれかな?寝ながら干せる的な?
「は...?」
いや、いや...。
じゃなくて。
あそこで寝てるの、たぶん絶対ミューズだよね?
何であっちはハンモックなんだ?
扱いの差なのか?
...なんだ扱いって。
え、え...。
「よゥよゥよゥ!!」
「っ!?」
背後から突然聴こえた声。
飛び上がって振り返ると、そこにはいかにもジャングル探検してそうな衣装の、眼鏡を掛けたウマ娘さんがいた。
流石に歳上だと思う。
「本能、解放してるかァーーーッ!!!」
「......え?」
どうしよう。
まず会話が出来るか怪しい。
本能?
...というかこの人、どこかで見覚えが。
「ようこそ、三銃士の諸君ッ!よく来たな、このッ!
「......え。」
トレセン島。
...え?本当に?
困惑する私の視界に、海から何かが砂浜に上がったのが見えた。
エアークッションだろうか?
器用に何故か、布団が乗っているように見える。
「むにゃむにゃ...もう、食べられません...ソールさん...Zz」
マスカレードさんだった。
あの頭巾、寝てる時も着けてるんだ...。
違う、そうじゃない。
ギギギ...と音を立てて、改めて周囲を見渡す。
視界半分が海。
もう半分が見上げるような木々。
得体の知れない生き物の鳴き声に、熟睡してるクラスメイト。
頬をつねっても消えないこの景色。
この、現実。
「Are U readyィ!?」
「えぇぇぇぇぇぇぇーーっっ!?!?!?」
助けて。トレーナーさん。
――――――――――――――――――――
マスカレードボールのヒミツ②
お姉ちゃんが時々様子を見に来る
次回 第7話
『脱出せよ!? スキルアップアイランド!』
気付いたら凄まじい長さに...。
読んでいただき、本当にありがとうございます!