想想戦記―想いが力になる世界で、俺は戦う―   作:berunarudo

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第110話 紡がれる「想い」

「まったく――君は実に素晴らしい」

 

 男は俺を指さしながら、腹を抱えて笑っていた。

 

「どの試練も、僕が想定した以上の結果だったよ」

 

 一拍。

 

「特に仲間の試練で天井をぶち破るなんて、そんな馬鹿は君くらいだ」

 

「ははははは!」

 

 俺はしばらく呆然としていた。

 

 こいつは何者なんだ。

 

 試練のあとにいきなり現れたかと思えば、俺のことを知っているような口ぶりで笑っている。

 

 すると男は、俺の表情を見て「ああ」と声を漏らした。

 

「そうだった」

 

「自己紹介がまだだったね」

 

 男は軽く肩をすくめる。

 

「でも残念ながら、僕には名前がないんだ」

 

「その代わり、昔呼ばれていた名称を教えよう」

 

 そして、にこりと笑った。

 

「僕は――原初の想獣《そうじゅう》さ」

 

 俺は目を見開く。

 

「……原初の想獣?」

 

 燈真から軽く聞いたことはあった。

 

 想界の始まりに関わった、特別な存在。

 

 ただ、そんなものが本当にいるなんて、正直信じていなかった。

 

 男はそんな俺の反応を見て笑う。

 

「ははは、そんな疑いの目を向けないでよ」

 

「本当さ」

 

「地球に想界石を置いたのも僕だし」

 

「四人の人間を想界師へ進化させたのも僕だ」

 

 一拍。

 

「まあ、信じてくれなくても構わないけどね」

 

 だが、男の表情はすぐに真剣なものへ変わった。

 

「本当に重要なのは、そこじゃない」

 

「この世界のことだ」

 

 空気が変わる。

 

「今、想界には王がいない」

 

「代わりに荒木燈真が代理を務めているけど、あくまで代理だ」

 

「もう各地で綻びが出始めている」

 

「抑えきれなくなった想獣もいる」

 

「きな臭いことを考え始めている連中もいる」

 

 俺は黙って聞く。

 

「だから新しい王が必要だった」

 

「本来なら君は、死後に王の器として使うつもりだった」

 

 そこで男は、少し困ったように笑った。

 

「それがまさか、地球であんな騒ぎになるなんてね」

 

「おかげで計画はずいぶん狂った」

 

 一拍。

 

「だが、不幸中の幸いでもあった」

 

「想界石は完全に乗っ取られる前に、君をこちらへ運んだ」

 

「そして僕が、荒木燈真《あらきとうま》を君のもとへ導いた」

 

「彼は君を鍛え」

 

「試練を受けさせ」

 

「君はそれを乗り越えた」

 

 男は静かに言った。

 

「結果として、間に合ったわけだ」

 

 俺は拳を握る。

 

 間に合った。

 

 その言葉が、妙に胸に残った。

 

 男は続ける。

 

「君はこのあと、地球へ戻って落葉松を止めるつもりなんだろう?」

 

 俺は迷わず頷く。

 

「当然だ」

 

「あいつの目を覚まさせてやる」

 

 男は満足そうに笑った。

 

「うん、それは僕としてもありがたい」

 

「落葉松《からまつ》が本当に神になってしまうと、僕も困るからね」

 

 だが、そこで少しだけ表情を引き締める。

 

「ただし、一つ問題がある」

 

「君が王になっても、地球では王の力を完全には使えない」

 

「そのままじゃ、落葉松には勝てない」

 

 俺は眉をひそめた。

 

「……じゃあどうすればいい」

 

「簡単だよ」

 

 男は指を一本立てる。

 

「彼を、この世界へ連れてくればいい」

 

「何?」

 

「落葉松は地球では想界石と融合し、神に近い存在になっている」

 

「でも、この世界では話が違う」

 

「彼を想界石の台座に近づければ、僕がそこに縛りつけられる」

 

「今の彼は、想界石とほぼ同等の存在だ」

 

「つまり彼を台座に縛れば、この世界で失われた想界石の代わりにもなる」

 

 俺はその言葉を頭の中で整理する。

 

 落葉松を地球から想界に連れてくる。

 

 台座に縛る。

 

 そうすれば、あいつを止められるだけじゃなく、想界の問題も解決できる。

 

「理屈は分かった」

 

 だが、疑問が残る。

 

「どうやってあいつをここまで連れてくるんだよ?」

 

 男はすぐに答えた。

 

「彼は今、半ば“もの”と同じだ」

 

「君が触れていれば、僕が想界石の機能を操作して、この世界に転移させられる」

 

 俺は息を呑む。

 

「……俺をここに連れてきた時の機能か」

 

「その通り」

 

 なるほど。

 

 やるべきことは見えた。

 

 落葉松に触れる。

 

 そのまま、想界へ引きずり込む。

 

「分かった」

 

 俺は男を見る。

 

「あんたの作戦に乗る」

 

 男は、どこか安堵したように息を吐いた。

 

「本当によかったよ」

 

「僕はもう死んでいるようなものなんだ」

 

「この世界には、ほとんど干渉できない」

 

 その目が少しだけ遠くなる。

 

「僕の理想は、両世界の調和だ」

 

「だから僕は、その理想のために君を利用する」

 

 一拍。

 

「その代わり、君は君の理想のために僕を利用すればいい」

 

「悪くない条件だろ?」

 

 俺は少し笑った。

 

「安心しろよ」

 

「俺はもう、後悔しないために生きてる」

 

「損得なんて関係ない」

 

「困ってるやつがいるなら助ける」

 

「それが俺の理想に繋がる」

 

 そう言って、拳を突き出す。

 

 男はその拳を見て、少し目を細めた。

 

「……そうか」

 

「君は、本当によく彼に似ている」

 

 その言葉の意味を聞く前に、男は静かに続けた。

 

「なおさらだ」

 

「君を王として認めよう」

 

「この力を授ける」

 

 男も拳を出す。

 

 俺たちの拳が、ぶつかった。

 

 その瞬間だった。

 

 熱が流れ込んでくる。

 

 男の拳から、膨大な力が俺の中へとなだれ込んできた。

 

「――っ!?」

 

 全身が熱い。

 

 痛みではない。

 

 内側から、何かが満ちてくる感覚。

 

 心臓が脈打つたびに、世界と自分が繋がっていくようだった。

 

「なんだ……これ……」

 

 男は微笑んだ。

 

「君ならきっと使いこなせる」

 

 そして、両手を広げる。

 

「さあ、行くんだ」

 

「荒木燈真とともに」

 

「世界を救うんだ、大地」

 

 その言葉と同時に、俺の背後に扉が現れた。

 

 帰り道。

 

 戦いの先。

 

 俺は振り返って、男を見る。

 

「ありがとよ」

 

「必ず救ってみせる」

 

 そう言って、俺は扉を開いた。

 

 その向こうへ足を踏み出す。

 

 扉が閉まる直前、男の姿が少しだけ遠く見えた。

 

 そして。

 

 完全に扉が閉まったあと。

 

 男は、誰に聞かせるでもなく呟いた。

 

「この世界に、まだ彼のような男がいるとはね」

 

 少しだけ、嬉しそうに笑う。

 

「まだまだ捨てたものじゃない」

 

 静かな空間に、その声だけが残る。

 

「君の想いは、ここまで紡がれているよ」

 

 一拍。

 

「――楽座赫柗《あかまつ》」

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