想想戦記―想いが力になる世界で、俺は戦う―   作:berunarudo

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七章 新世界編
第112話 一筋の「想い」


 小さな足音が、静寂の中に響いていた。

 

「お母さん……どこ?」

 

 震えた声。

 

「おなか……すいたよ……」

 

 少年は、暗闇の中を一人で歩いていた。

 

 建物は崩れ落ちている。

 

 道路はひび割れ、信号機はねじ曲がり、車は無残に横転していた。

 

 空を見上げれば、そこにはありえない光景が広がっている。

 

 島が浮いていた。

 

 巨大な岩塊と建造物が、空中に張りつくように浮かび、太陽の光を遮っている。

 

 そのせいで、東京は昼だというのに薄暗い。

 

 風は冷たく、街は死んだように静かだった。

 

「こっち」

 

 不意に声がした。

 

「こっちだよ」

 

 少年は顔を上げる。

 

「……お母さん?」

 

 声のする方へ、よたよたと走った。

 

 地面には深い亀裂が走っている。

 

 今にも崩れそうだった。

 

 街路樹は枯れ、草も死んでいる。

 

 どこにも生命の気配はない。

 

 それでも、声は確かに聞こえる。

 

「こっち」

 

「もっと奥」

 

 辿り着いたのは、細い路地裏だった。

 

 表通りよりもさらに暗い。

 

 湿った空気。

 

 冷たい壁。

 

 少年は立ち止まる。

 

「……あれ?」

 

 誰もいない。

 

 でも、声は聞こえる。

 

「こっちこっち」

 

 少年はまた一歩進む。

 

 ゆっくり。

 

 ゆっくりと。

 

 それでも何も見えない。

 

 怖くなって、振り返ろうとした瞬間だった。

 

 ――いた。

 

 異形の怪物。

 

 人の形をしているようで、していない。

 

 皮膚はただれ、目は濁り、口は耳元まで裂けていた。

 

 ぶちぶち、と肉の裂けるような音を立てながら、その口がさらに開く。

 

 そこから垂れる唾液が、地面を溶かしていた。

 

「いただぎま~ず」

 

 怪物が跳ぶ。

 

 少年は腰を抜かした。

 

 動けない。

 

 逃げられない。

 

 死ぬ。

 

 そう思った刹那――

 

 焦げた匂いが、鼻をくすぐった。

 

「……え?」

 

 少年が目を開く。

 

 そこには、一人の男が立っていた。

 

 刀を持った男だった。

 

 怪物の体から煙が上がっている。

 

 全身が黒く焦げ、次の瞬間には、灰のように崩れて消えた。

 

「大丈夫か」

 

 男は静かに刀を鞘へ納めた。

 

「もう大丈夫だ」

 

 一拍。

 

「俺が来た」

 

 その声は低く、落ち着いていた。

 

「俺の名前は鳴海号《なるみごう》」

 

「想界師だ」

 

 少年はその顔を見上げる。

 

 無愛想だ。

 

 怖そうにも見える。

 

 でも、不思議と安心できた。

 

 少年はほっとしたように目を閉じ、そのまま倒れ込んだ。

 

「おい、号」

 

 呆れた声が響く。

 

「ビビらせてんじゃねえか」

 

 号は倒れた少年を抱えながら、淡々と返す。

 

「間に合ったんだからいいだろ、ビリー」

 

 リボルバーから声がする。

 

「よくねえよ」

 

「まったく、どうなってんだよ東京は」

 

 一拍。

 

「交通網は全部壊れてる」

 

「街はめちゃくちゃ」

 

「想獣はうじゃうじゃ」

 

「それだけじゃねえ」

 

 ビリーの声に苛立ちが混じる。

 

「ここに来るまでに、普通の人間が式想持って暴れてやがった」

 

「とんだ世紀末だぞ」

 

 号は周囲を見回した。

 

 崩壊したビル群。

 

 割れた道路。

 

 空に浮かぶ大地。

 

 歪んだ結界の気配。

 

「だからこそ、やつを止める」

 

 ビリーが言う。

 

「そうだな」

 

 号は短く答えた。

 

「急がないと、東京以外にも被害が及ぶ」

 

 歩き出しながら続ける。

 

「あくまで憶測だが、東京を守る大結界が逆利用されてる」

 

「本来外敵を防ぐものが、今は逆に、この街を閉じ込める檻になってる」

 

 一拍。

 

「荒木家が管理していた御沁の神殿……」

 

「そこ一帯ごと、空に浮いてやがる」

 

 ビリーが低く唸る。

 

「落葉松は、そこにいるってわけか」

 

「だろうな」

 

 号は空を見上げた。

 

 巨大な影。

 

 浮遊する土地。

 

 あの中心に、落葉松がいる。

 

「だが、周囲には黒等級クラスの想獣がうじゃうじゃいる」

 

「簡単には近づけねえ」

 

 ビリーが言う。

 

「空に昇る手段もなしか」

 

「困ったもんだよ」

 

 号は小さくため息をついた。

 

「落ち込むなよ、号」

 

 ビリーが言う。

 

「絶対、何か策はある」

 

「……そうだな」

 

 号は少年を抱え直した。

 

「とりあえず、この子を安全な場所に連れていく」

 

 そのまま崩壊した東京を進んでいく。

 

 だが、どこへ行っても地獄だった。

 

 暴れる想獣。

 

 力に溺れた人間。

 

 焼け跡。

 

 死体。

 

 悲鳴。

 

「くそ……」

 

 号は眉をひそめる。

 

「きりがない」

 

 子供を抱えたまま戦うには限界がある。

 

 その時だった。

 

「おい、兄ちゃん」

 

 前から、下品な声が飛んできた。

 

「食料置いていきな」

 

「殺されたくなかったらな」

 

 チンピラだった。

 

 数人いる。

 

 目つきは荒れ、手にはバールや包丁。

 

 号は止まらない。

 

「どけ」

 

 低い声。

 

「邪魔だ」

 

 刀が一閃した。

 

 チンピラたちがまとめて吹き飛ぶ。

 

「ぐはぁっ!?」

 

「な、なんだこいつ!」

 

「つええ!」

 

 一人が叫ぶ。

 

「やべえぞ、兄貴呼べ!」

 

 奥から足音が響く。

 

 次の瞬間、大男が姿を現した。

 

「俺様の子分を痛めつけるとは、いい度胸じゃねえか」

 

 大男が首を鳴らす。

 

「命はねえと思えよ、ガキ」

 

 その体が膨らみ始めた。

 

 筋肉が肥大化する。

 

 骨がきしむ。

 

 服が悲鳴を上げる。

 

「このマッスルパワーは誰にも止められねえ!」

 

 叫んだ瞬間だった。

 

 ――飛び蹴り。

 

 大男の顔面に直撃した。

 

「ぶべぇっ!?」

 

 大男が吹っ飛ぶ。

 

「兄貴ーー!?」

 

 チンピラたちが叫ぶ。

 

 土煙の中から、一人の男が現れた。

 

「お前、何者だ……!」

 

 号が目を細める。

 

 男はびしっとポーズを決めた。

 

「悪を滅ぼす正義の味方――」

 

 一拍。

 

「ジャスティスマン!!」

 

 両腕を曲げ、胸筋と脇腹を強調する。

 

 全身ぴっちぴちの服。

 

 無駄にひらひらするマント。

 

 完璧に変なやつだった。

 

 号が思わず呟く。

 

「……変態だ」

 

 だが、ビリーは違った。

 

「かっけええええ!!」

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