想想戦記―想いが力になる世界で、俺は戦う―   作:berunarudo

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第116話 くくられる「想い」

「私は外を見張っておく」

 

 ハワードが腕を組みながら言う。

 

「彼女とはどうにも馬が合いそうにないからな」

 

「助かる」

 

 俺は短く返し、そのまま建物の中へ入った。

 

 そこは廃ビルだった。

 

 外観はボロボロなのに、中には電気が通っている。

 

 薄暗い廊下に、白い蛍光灯だけが不気味に灯っていた。

 

 俺はGPS――いや、ハワードの言うところの“ジャスティスサーチ”を見ながら進んでいく。

 

「……ここだな」

 

 反応は、この先。

 

 だが。

 

 どこにも人の気配はない。

 

 そう思った瞬間だった。

 

 鋭い気配。

 

 俺は考えるより先に刀を抜き、振り向いた。

 

 ――カンッ!

 

 甲高い金属音が響く。

 

 目の前には、忍者のような男がいた。

 

 刀をこちらへ向けている。

 

 あと一瞬遅れていたら、首を飛ばされていた。

 

「何者だ、あんた」

 

 俺が睨むと、男は肩をすくめた。

 

「驚きだよ」

 

「まさか防がれるとは」

 

 一拍。

 

「こうも何度も防がれると、さすがに心が折れそうですね」

 

 口調は軽い。

 

 だが、殺気は本物だった。

 

「僕の名前はノクターン」

 

「まあ、どうせすぐ忘れますよ」

 

 そう言って、また刀を構える。

 

 空気が張り詰める。

 

 戦いが始まる――

 

 そう思った時だった。

 

「やめなさい、ノクターン」

 

 女の声。

 

「彼は仲間よ」

 

 その声に、ノクターンの動きが止まる。

 

 奥から一人の女が姿を現した。

 

 その顔を見た瞬間、俺は思わず声を漏らした。

 

「……姉さん?」

 

 鳴海怜《なるみれい》。

 

 俺の姉だった。

 

 怜は薄く笑う。

 

「久しぶりね、号」

 

 ノクターンが振り返る。

 

「どういうことです、フォルテ?」

 

 怜は平然と答えた。

 

「彼は想界師よ」

 

「……なぜ想界師が生きている」

 

 ノクターンの目が細くなる。

 

「みな、捕らえられたはずだろう」

 

「それは私にも分からないわ」

 

 怜は肩をすくめた。

 

「でも、あの落葉松《からまつ》がやらかすとは思えないから、何かあったんでしょうね」

 

 俺は刀を握ったまま聞く。

 

「説明してくれ、姉さん」

 

 怜は少しだけ考えるように目を細めたあと、口を開いた。

 

「複雑なのよ」

 

「でも、まあ話してあげる」

 

 そうして怜は語り始めた。

 

 天舞愛華《てんまいあいか》に雇われたこと。

 

 ファズエットに“フォルテ”として潜入していたこと。

 

 その中でクレッシェという少女と出会ったこと。

 

 そして、その少女を助けたいと思ったこと。

 

「御生万では、愛華の力もあってクレッシェを救えた」

 

「でも、そのあと落葉松が全部ひっくり返した」

 

 一拍。

 

「みんなが封じ込められる直前、愛華は事態を悟ったの」

 

「それで私とクレッシェを、東京の天舞家の屋敷に転移させた」

 

「だから私は、ここで生き延びていたってわけ」

 

 俺は息を呑む。

 

「そんなことが……」

 

 だが、すぐに別の疑問が浮かんだ。

 

「なら、なんでノクターンまでここにいるんだ」

 

 俺が睨むと、今度はノクターン本人が答えた。

 

「簡単ですよ」

 

「ファズエットのメンバーには結界が使われていなかった」

 

 一拍。

 

「僕は、落葉松と一緒にいるノイズ様を救うためにここまで来た」

 

「そしたらフォルテがいた」

 

「だから拠点を借りつつ、護衛もしていたんです」

 

「護衛?」

 

 俺は眉をひそめる。

 

「姉さんはスパイだったんだぞ」

 

「お前らにとっては裏切り者だろ」

 

 ノクターンは、なぜか小さく笑った。

 

「ははは」

 

「そんなこと、どうでもいい」

 

「僕はただ、ノイズ様のために動いているだけです」

 

 その目だけは本気だった。

 

「そのノイズ様が、落葉松に捕らわれているのは間違いない」

 

「それを救うためなら、僕は何だって使う」

 

 そして刀を少し下げ、静かに言う。

 

「君だって、世界を取り戻したいんだろう?」

 

「僕も君も、今は戦力が足りない」

 

「なら、手を取り合うべきじゃないのかい?」

 

 理屈は分かる。

 

 分かるが――

 

 頭の中によぎるのは、御生万でのことだった。

 

 こいつらは、兄貴を殺そうとした。

 

 俺たちを殺そうとした。

 

 本当に信じていいのか。

 

 そう思っていると、ノクターンが淡々と言った。

 

「別に、僕は君を信じるつもりはない」

 

 一拍。

 

「だが、君を殺すメリットもない」

 

「逆に聞こう」

 

「今、僕たちを殺すメリットが君にあるのかい?」

 

 俺は言葉に詰まった。

 

「それは……」

 

「ないだろう?」

 

 ノクターンは続ける。

 

「なら簡単だ」

 

「全部終わったあとで、僕を殺しに来ればいい」

 

「まあ、簡単に殺されるつもりはないけどね」

 

 軽い口調だった。

 

 だが、その言葉には妙な誠実さがあった。

 

 俺はしばらく黙ったあと、刀を納める。

 

「……分かった」

 

「停戦だ」

 

 ノクターンも刀を納めた。

 

「話が分かって助かるよ」

 

 怜がほっとしたように言う。

 

「ようやく終わったのね」

 

 そして俺を見た。

 

「それで?」

 

「作戦もなしに私に会いに来たわけじゃないんでしょう?」

 

「ああ」

 

 俺は頷く。

 

「荒木家にある転移の門を使う」

 

「その周りにいる想獣を片付けるには、戦力が必要だった」

 

 怜は少し考えたあとで言った。

 

「……分かったわ」

 

「ただし、条件がある」

 

「条件?」

 

「クレッシェは今、和田京吉《わだきょうきち》という男に狙われている」

 

 その名前に、俺はすぐ反応した。

 

「想世教の教祖か」

 

「ええ」

 

 怜は頷く。

 

「クレッシェが想獣を殺しまくったせいで、怒りを買ったのよ」

 

「彼を倒せたら、協力してあげる」

 

 なるほど。

 

 簡単な話ではない。

 

 だが、逃げる理由もない。

 

「その条件、飲む」

 

 俺は即答した。

 

「どのみち、そいつとはどこかでぶつかる運命だった」

 

 怜は少しだけ笑う。

 

「そう」

 

「彼の拠点は分かってるわ」

 

「新宿よ」

 

「……分かった」

 

 俺は踵を返す。

 

「また会おう、姉さん」

 

 そう言って部屋を出ていく。

 

 後ろでノクターンの声がした。

 

「本当に和田に勝てると思ってるのかい?」

 

 怜は、静かに答えた。

 

「……あの子は強いわよ」

 

 その時だった。

 

「お母さんー」

 

 奥から、クレッシェの声が聞こえる。

 

「ごはんまだー?」

 

 怜はやれやれとため息をついた。

 

「もうすぐできるわ」

 

 そう言ってキッチンへ向かう。

 

 ノクターンは、その背中を見ながら小さく呟いた。

 

「まあ」

 

「僕はノイズ様が救えれば、なんでもいいか」

 

 外へ出ると、ハワードがすぐに聞いてきた。

 

「どうだった、ゴー!」

 

 俺は答える。

 

「協力はしてくれそうだ」

 

「だけど条件がある」

 

「和田京吉を倒せってさ」

 

 ハワードの顔が引き締まる。

 

「……それは、ずいぶんきつい条件だな」

 

「和田はかなり強いぞ」

 

「分かってる」

 

 俺は空を見上げた。

 

「でも、やるしかない」

 

 少しの沈黙。

 

 そして、ハワードがふっと笑う。

 

「仕方がない」

 

「私も協力しよう」

 

 俺は思わずハワードを見る。

 

「助かる」

 

「当然だろう」

 

 ハワードは胸を張った。

 

「正義とは常に、困難な道を選ぶものだからな!」

 

 相変わらずだ。

 

 だが、今はそれが頼もしかった。

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