想想戦記―想いが力になる世界で、俺は戦う―   作:berunarudo

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第117話 彷徨う「想い」

 俺たちは新宿に向かった。

 

 かつてのきらびやかな街並みは、もうどこにもなかった。

 

 荒れ果てた街。

 

 割れたビル。

 

 崩れた道路。

 

 看板は落ち、ネオンは死に、空気には腐ったような臭いが混ざっている。

 

 そのうえ、あちこちに想獣がたむろしていた。

 

 屋上に。

 

 電柱に。

 

 交差点に。

 

 まるで、この街そのものが巣になったみたいだ。

 

「いくら俺たちでも、これ全部を相手にするのは無理だな」

 

 俺が小さく呟くと、ビリーが答える。

 

「ごろつきすらいねえとはな」

 

 今回はハワードを表立って連れてきていない。

 

 あいつがいると目立ちすぎる。

 

 だから、ピンチになったら呼ぶことにした。

 

 今は少し離れた場所から、様子を見ているらしい。

 

 俺は路地裏に身を潜めた。

 

 静かだ。

 

 だが、どこから何が出てきてもおかしくない。

 

 そう思っていると、足音が近づいてきた。

 

「おお、迷える子羊たちよ」

 

 柔らかな声だった。

 

「神よ、どうか彼らを救いたまえ」

 

 出てきたのは、神父のような服装をした男だった。

 

 俺は警戒しつつ問いかける。

 

「……何者だ、お前」

 

 男は穏やかに微笑んだ。

 

「私は想世教の神父です」

 

「ここまで救いを求めてきたのですね」

 

 一拍。

 

「もう大丈夫ですよ」

 

「私たちが、救ってあげます」

 

 救い。

 

 その言葉にすがりたい顔をした人間なら、今の東京にはいくらでもいるだろう。

 

 俺は少し怯えたふりをして言った。

 

「助かる……」

 

「あんたらの噂を聞いていてな」

 

「なんとか、ごろつきから逃げてきたんだ」

 

 神父は悲しそうに目を伏せた。

 

「それは、お気の毒に」

 

「なら、教会へ行きましょうか」

 

 そう言って歩き出す。

 

 俺はその後ろをついていった。

 

「……どこにあるんだ」

 

 聞くと、神父は前方を指差した。

 

「あそこですよ」

 

 視線の先。

 

 そこにあったのは、新宿でもひときわ高いビルだった。

 

 教会、というよりは要塞に近い。

 

 周囲には想獣が近づかない。

 

 まるで、ここだけ別の空気に守られているみたいだった。

 

「さあ、ここにいれば大丈夫です」

 

 中に入る。

 

 すると、想像していたよりずっと多くの人がいた。

 

 信者らしき者たち。

 

 避難してきた生存者たち。

 

 子供も、老人もいる。

 

 食料も水も配られているらしい。

 

 俺は目立たないように周囲を見回しながら、生存者たちから情報を拾っていった。

 

「ここは安全だ」

 

「和田様が守ってくださる」

 

「神は我らを見捨てなかった」

 

 そんな声ばかりだ。

 

 だが。

 

 本当にそうなのか。

 

 疑問を抱えたまま様子を見ていると、突然、怒鳴り声が響いた。

 

「もうこんなところにいられるか!」

 

 一人の男が叫んでいた。

 

「怪物どもが神なわけあるか!」

 

「あんなの悪魔だ!」

 

 周囲の信者たちがざわつく。

 

「なんということを……」

 

「神に聞かれたら殺されますぞ」

 

「崇めなさい」

 

「うるせえ!」

 

 男はそのまま出口へ向かって走った。

 

 俺は反射的にそちらを見る。

 

 次の瞬間だった。

 

 ビルの扉が開いた、その瞬間。

 

 ――影。

 

 空から鳥型の想獣が急降下する。

 

 速すぎた。

 

 男は悲鳴を上げる暇もなかった。

 

 ばくり、と。

 

 そのまま喰われた。

 

 血が散る。

 

 悲鳴が上がる。

 

 生存者が震える。

 

 だが、信者たちは違った。

 

 目を閉じ、祈っている。

 

 鳥の想獣はゆっくりとこちらを向いた。

 

 その時。

 

 エレベーターの扉が開く。

 

 一人の男が姿を現した。

 

「皆さん、大丈夫ですか」

 

 落ち着いた声だった。

 

「もう安心してください」

 

 男――和田京吉《わだきょうきち》は、そのまま鳥型想獣へ歩み寄る。

 

 俺は息を呑んだ。

 

 危ない。

 

 そう思ったのに、和田はまったく怯えない。

 

「神よ」

 

 和田は静かに手を合わせる。

 

「どうか怒りを鎮めてください」

 

「どうか」

 

「どうか」

 

 その瞬間。

 

 鳥型想獣の目の色が、一瞬だけ変わった。

 

 そして。

 

 何事もなかったかのように、空へ飛び去っていく。

 

 ざわめきが、歓声へ変わる。

 

「おお……!」

 

「和田様……!」

 

「神が……神が……!」

 

 和田は振り返り、穏やかに言う。

 

「もう大丈夫ですぞ、皆様」

 

「わしが必ずお守りします」

 

 拍手が鳴り響いた。

 

 誰もが、救われたような顔をしていた。

 

 和田はさらに言う。

 

「さあさあ」

 

「もうすぐ晩ご飯の時間です」

 

「今日は温かいスープですよ」

 

「どうぞ、お食べください」

 

 信者たちがスープを配り始める。

 

 生存者たちも受け取っている。

 

 その光景だけを見れば、悪い男には見えなかった。

 

 むしろ、町を守ろうとしている人間に見える。

 

 だが。

 

 姉さんは言っていた。

 

 こいつはクレッシェを殺そうとしている、と。

 

 けれど姉さんは、ファズエット側の人間でもある。

 

 どちらを信じるべきだ。

 

 悩んでいると、不意に声をかけられた。

 

「悩まれているご様子ですね」

 

 俺は顔を上げる。

 

 目の前に、和田が立っていた。

 

「私でよければ、いくらでも話を聞きますよ」

 

 穏やかな笑み。

 

 敵意は感じない。

 

 それが逆に不気味だった。

 

 俺は少し迷った末、口を開く。

 

「……俺は」

 

「何を信じればいいのか、分からなくなってしまった」

 

 和田は、ほほほ、と小さく笑った。

 

「それは当然のことですよ」

 

「人は生きていると、何が本当で何が嘘かなんて分からなくなるものです」

 

 一拍。

 

「だからこそ、信じるべきは己ですよ」

 

「自分の心に聞くことです」

 

 その言葉は、どこか優しかった。

 

「たくさん悩むことで、人は成長していくのです」

 

 そして和田は微笑む。

 

「ほほほ」

 

「答えが出る時を、楽しみにしていますよ」

 

 そう言って去っていく。

 

 俺はその背中を見つめたまま、動けなかった。

 

 余計に分からなくなった。

 

 こいつは本当に敵なのか。

 

 悪いどころか、むしろ町を救おうとしているようにすら見える。

 

 それでも。

 

 姉さんは、こいつを倒せと言った。

 

 俺は拳を握る。

 

「……どっちなんだよ」

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