想想戦記―想いが力になる世界で、俺は戦う― 作:berunarudo
「何を言っているんだ、ノイズ」
落葉松は、まるで理解できないものを見るように眉をひそめた。
「だからこそ、もっと理想の世界を作るんじゃないか」
空の亀裂の下で、なお平然としている。
「そのためにも、やつらの力を抑えろ。ノイズ」
ノイズは一歩前に出た。
肩が震えている。
怒りか、悲しみか、それとも別の何かか。
もう見分けがつかないほど、感情が入り混じっていた。
「落葉松様……」
声はかすれていた。
「あなたが僕に語ってくれた夢は……誰もが可能性を持てる世界だったはずだ」
神殿の床を強く踏みしめる。
「この世界のどこに、可能性が溢れているんですか」
ノイズの目に映るのは、崩壊した東京だった。
「可能性どころか、希望もない」
その言葉は、痛いほど真っ直ぐだった。
「今の東京は、消えていった夕陽町と何も変わらない」
母を失った町。
救いを求めても、誰にも届かなかった町。
「みんな、救いの手を求めてる」
ノイズの声が震える。
「あなたは……僕を救ってくれたはずだ」
あの日、自分を深淵から引き上げてくれた人。
その人だけは、違うと思っていた。
「それなのに」
唇を噛む。
「なんで、みんなを救わないんですか」
落葉松は、しばらく黙っていた。
そして――
ふっと、笑った。
「……ははは」
小さく。
やがてそれは大きな笑いへと変わっていく。
「あはははははは!!」
狂ったような笑い声が、神殿に響く。
「そうか、ノイズ」
落葉松の目が細められる。
「お前も毒されたか」
その声音には、失望すらなかった。
ただ、つまらなそうな響きだけがあった。
「いいだろう」
落葉松は軽く手を広げる。
「夕陽町の真実を教えてやる」
俺の背筋に、冷たいものが走った。
ノイズの肩がぴくりと揺れる。
「あのウイルスは、私が研究していたものだ」
空気が凍る。
誰も、すぐにはその意味を飲み込めなかった。
だが落葉松は、楽しむように続けた。
「その力を調べるために、ばらまいた」
あまりにも軽い口調だった。
「実験は成功だったよ」
笑う。
「いや、正確には成功しすぎた、かな」
目を細める。
「広がりがあまりにも早すぎた」
その一言で、全身の血が逆流するみたいだった。
「だから、私が想界連合に情報を流した」
まるで自分は後始末までしたと言いたげな顔で。
「そして天舞を送り込み、夕陽町ごと消し去った」
ノイズの呼吸が止まったように見えた。
落葉松は、そんなノイズを見て笑う。
「どうだ、ノイズ」
残酷なほど優しい声だった。
「お前が慕った男は、お前からすべてを奪った男なんだよ」
「あはははははは!!」
その笑い声を聞いた瞬間、胸の奥で何かが切れた。
「落葉松――!!」
俺は怒りに焼かれる。
全身の血が熱くなる。
あいつは、ノイズの想いを踏みにじった。
救われたと思っていた気持ちまで、玩具みたいに壊した。
信じていた相手に、そこまで言えるのか。
「お前……!」
俺の身体から、赤いオーラが噴き上がる。
怒り。
純粋な怒り。
俺はふらつく足を無理やり立たせる。
「落葉松……お前だけは」
拳を握る。
「俺が殴り飛ばしてやる!!」
踏み出そうとした、その時だった。
ノイズが――笑った。
俺は思わず足を止める。
落葉松も、初めてそこで表情を変えた。
「……何がおかしい?」
ノイズはうつむいたまま、肩を震わせていた。
笑っているのか、泣いているのか、もう分からない。
「知っていましたよ」
ぽつり、と落ちる声。
「……落葉松様」
落葉松の目が揺れる。
「何だと?」
「あなたがしたことは」
ノイズは、ゆっくり顔を上げた。
「全部」
その顔に浮かんでいたのは、怒りではなかった。
絶望でもない。
もっと深く、もっとやっかいなものだった。
「知っていました」
落葉松の眉がわずかに寄る。
「なぜだ」
初めて、ほんの少しだけ動揺が見えた。
「なぜ知っていて、私を殺さなかった」
一歩、ノイズに近づく。
「なぜ慕った?」
声が荒くなる。
「なぜ、まだそんな目をしている!!」
ノイズは静かに答えた。
「簡単ですよ」
その声は驚くほど穏やかだった。
「僕は、あなたからすべてをもらった」
あの日、名前をもらった。
生きる理由をもらった。
戦い方をもらった。
未来をもらった。
たとえ、その始まりが最悪だったとしても。
「知った時は、憎かった」
拳を握る。
「殺してやりたいと思った」
息を吸う。
「でも――」
そこで、ノイズは小さく笑った。
「それ以上に、あなたに生きる希望をもらったんです」
その言葉に、落葉松が言葉を失う。
「僕は……」
ノイズの声が震える。
「あなたのことが、好きだった」
俺たちは誰も口を挟めなかった。
それは、あまりに真っ直ぐで。
あまりに壊れていて。
あまりに痛かった。
「あの日」
ノイズの目に、夕陽町の炎が映っているようだった。
「あなたに救われた、あの日から」
落葉松が、珍しく戸惑った顔を見せる。
「……何を言っている、ノイズ」
声がわずかに揺れる。
「私は、お前から奪ったんだぞ」
「ええ」
ノイズは頷いた。
「それでも」
一歩前に出る。
「僕は、あなたを愛してしまった」
その言葉が、神殿の空気を変えた。
愛。
執着。
感謝。
憎しみ。
怒り。
全部が混ざり、限界まで膨れ上がっている。
ノイズの目が光る。
「開眼――」
黒でも白でもない。
もっと透明で、もっと切実な光。
「想奏残響《そうそうざんきょう》」
世界が、光に包まれた。
暗い神殿が消えていく。
まばゆいほどの輝きが広がる。