想想戦記―想いが力になる世界で、俺は戦う―   作:berunarudo

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第136話 日々の「想い」

 目を開けた時、そこは神殿ではなかった。

 

 見覚えのある和室。

 

 整えられた机。

 窓から差し込むやわらかな光。

 静かで、どこか落ち着く空気。

 

 そこは――御生万にあった、落葉松の部屋だった。

 

「……なぜだ」

 

 落葉松が周囲を見回し、眉をひそめる。

 

「なぜ開眼が使える、ノイズ」

 

 声に、これまでとは違う揺らぎがある。

 

「お前は始点でもない。ただの人間のはずだ」

 

 その問いに、相馬さんが鼻を鳴らした。

 

「言っただろ」

 

 肩で息をしながら、それでも笑う。

 

「理屈だけじゃ解決できねぇこともあるんだよ」

 

 ノイズを見る。

 

「お前を想う気持ちが、こいつをここまで連れてきたんだ」

 

 落葉松は言葉を失う。

 

「馬鹿な……」

 

 それから周囲をもう一度見回す。

 

「それに、なぜ私の部屋なんだ」

 

 そこでノイズが一歩前に出た。

 

「……僕は、この部屋で多くの幸せをもらいました」

 

 その声は、静かだった。

 

「あなたと過ごした日々は、幸せだった」

 

 落葉松は即座に切り捨てるように言った。

 

「私はお前に興味などない」

 

 表情を強ばらせたまま。

 

「ただ暇つぶしに拾っただけだ。お前に何も思っていない」

 

「本当にそうかよ」

 

 俺は一歩前に出る。

 

 落葉松が睨んでくる。

 

「……何を言う」

 

「自分の想いを隠すやつは弱いぞ」

 

 俺がそう言うと、落葉松の眉がぴくりと動いた。

 

「隠すだと?」

 

 その声には苛立ちが混じる。

 

「私が何を隠しているというんだ」

 

「見てみろよ」

 

 その瞬間。

 

 この部屋の空気が揺れた。

 

 白い光の中に、過去の情景が浮かび上がる。

 

 幼いノイズに、本を渡す落葉松。

 戦い方を教える落葉松。

 難しい知識を楽しそうに語る落葉松。

 失敗したノイズを見て、思わず笑う落葉松。

 

 どの場面の落葉松も、今とは違った。

 

 柔らかかった。

 

 楽しそうだった。

 

 心から。

 

「興味のないやつに、そんな顔するかよ」

 

 俺は落葉松をまっすぐ見る。

 

「お前、ノイズと過ごす毎日を楽しんでたじゃねぇか」

 

 落葉松の口元がわずかに引きつる。

 

「違う……」

 

「違わない」

 

 俺は言い切る。

 

「お前、この世界をこんなふうにした後で笑えたのかよ」

 

 東京の地獄。

 

 壊れた街。

 

 泣いてる人たち。

 

 飢えてる子どもたち。

 

「お前の理想って、そんなもんだったのかよ」

 

 落葉松が顔を歪める。

 

「うるさい……」

 

 その声は、さっきまでの余裕あるものじゃなかった。

 

「うるさい!」

 

 落葉松は叫ぶ。

 

「私の理想は――」

 

 そこで言葉が詰まる。

 

「可能性に満ちた毎日で……ワクワクする日々で……」

 

 でも、その先が続かない。

 

 俺は静かに言った。

 

「もう叶ってたんだよ」

 

 落葉松の目が揺れる。

 

「……何?」

 

「お前の理想」

 

 ノイズを見る。

 

「毎日、ノイズっていう可能性にワクワクしてたんだろ」

 

 部屋が静まり返る。

 

「こいつが何を覚えるのか。どこまでいくのか。どんなふうに変わるのか」

 

 俺は落葉松を見る。

 

「お前、ずっとそれを楽しんでたんだよ」

 

 落葉松の唇が震える。

 

「そんな……馬鹿な」

 

「馬鹿じゃねぇよ」

 

 俺は一歩近づいた。

 

「そんな想いを隠すんじゃねぇ」

 

 落葉松の膝が、崩れた。

 

 畳の上に、力なく落ちる。

 

「……理想が」

 

 呆然とした声。

 

「私の理想が……もう叶っていた、だと……?」

 

 その目から、ようやく虚勢が剥がれていく。

 

「私は……理解されたかった」

 

 ぽつり、と本音が零れる。

 

「私という人間を」

 

 落葉松は両手で顔を覆う。

 

「だが、私は才能がありすぎた」

 

 声が震える。

 

「生まれた時から、誰よりもできてしまった。誰よりも強くなってしまった」

 

 苦しそうに吐き出す。

 

「だからこの世界に興味を失った」

 

 誰も追いつかない。

 誰も分からない。

 誰も同じ景色を見てくれない。

 

「だから……興味の湧いてくる世界を目指したかった」

 

 その言葉は、ずっと胸の奥に閉じ込めていた子どもの叫びみたいだった。

 

「お前を理解してくれるやつは、ちゃんと傍にいたんだよ」

 

 俺が言うと、落葉松は首を振る。

 

「そんなわけがない……」

 

 苦しそうに絞り出す。

 

「お父様は……私になんの興味もなかった」

 

「それは違うぜ」

 

 相馬さんが口を開く。

 

 落葉松が顔を上げる。

 

「国重はよくお前の自慢をしてた」

 

「……え?」

 

「俺より結界がうまい、とかな」

 

 相馬さんは笑う。

 

「よくできた息子だって、あいつ何度も言ってたぞ」

 

 落葉松の目が揺れる。

 

「嘘だ……」

 

「嘘じゃねぇよ」

 

 相馬さんの声はまっすぐだった。

 

「あいつは口下手で、不器用なだけだ」

 

 そして、静かに続ける。

 

「お前が最初から目を閉じてただけだ」

 

 落葉松が頭を抱える。

 

「違う……違う違う違う……!」

 

 自分の中で何かが崩れていく音がするみたいだった。

 

「私は……私は……!」

 

 その時。

 

 ノイズが、そっと落葉松を抱きしめた。

 

「もうやめましょう、落葉松様」

 

 落葉松の身体が震える。

 

「僕が、これからは傍にいます」

 

 ノイズの声は、どこまでも優しかった。

 

「だから……僕を見てください」

 

 抱きしめる腕に力がこもる。

 

「目を開けてください」

 

 落葉松は、ゆっくりと顔を上げた。

 

 そこにいたのは、やさしい黒い目で自分を見つめるノイズだった。

 

 責めるでもなく。

 

 恨むでもなく。

 

 ただ、まっすぐに。

 

「……ああ」

 

 落葉松の目から、ようやく涙がこぼれた。

 

「すまない、ノイズ……」

 

 声が掠れる。

 

「私は……愚かなことをした」

 

「ええ」

 

 ノイズは小さく頷く。

 

「だから、一緒に罪を償いましょう」

 

 二人はそのまま抱き合った。

 

 長かった。

 

 遠回りしすぎた。

 

 それでもようやく、二人の想いが同じ場所に立った。

 

 だが。

 

 落葉松は、苦しそうに首を振った。

 

「……ダメなんだ」

 

「落葉松様?」

 

「一度、世界に亀裂が生まれたら……もう誰にも止められない」

 

 空を裂いたあの亀裂。

 

 それはもう、個人の力で閉じられる段階を越えている。

 

「もう遅すぎたんだ」

 

 その言葉に、俺は一歩前に出た。

 

「人生に、遅いもクソもねぇよ」

 

 落葉松が俺を見る。

 

「いつだって立ち上がるチャンスはある」

 

 俺は手を差し伸べた。

 

「それを、お前が掴めるかどうかだ」

 

 落葉松はその手を見つめる。

 

 迷いがあった。

 

 恐れもあった。

 

 でも、最後にはゆっくりと、その手を取った。

 

 俺は笑う。

 

「安心しろ」

 

 握る手に力を込める。

 

「王様が導いてやるよ」

 

 少しだけ、口元を上げる。

 

 その瞬間。

 

 俺と落葉松の身体が、白い光に包まれた。

 

 現世から、二人の姿が消える。

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