想想戦記―想いが力になる世界で、俺は戦う― 作:berunarudo
ここはどこだ。
目を開けた瞬間、落葉松は息を呑んだ。
目の前に広がっていたのは、どこまでも続く大自然だった。
青く澄んだ空。
深い緑。
遠くで流れる水の音。
風が草原を揺らし、木々がざわめいている。
壊れた東京とは、あまりにも違った。
「……美しい場所だな」
思わず、そう漏れる。
その隣で、大地が笑った。
「だろ」
落葉松はゆっくりと起き上がり、周囲を見渡す。
「ここはどこなんだ」
そう問うと、大地はあっさり答えた。
「想界だよ」
落葉松の目がわずかに細くなる。
「想界……」
「知ってるだろ。頭いいんだから」
大地が肩をすくめる。
「地球の裏に存在する、表裏一体の世界」
落葉松は小さく頷いた。
「話には聞いていた」
そして、改めてこの世界を見る。
確かに感じる。
現世とは違う法則。
魂に近い空気。
世界そのものが、どこか剥き出しになっている感覚。
「そうそう、そこだ」
大地は前を向いたまま話す。
「俺はあの時、お前と戦って殺されかけた」
落葉松は黙って聞く。
「その時、想界石が俺を助けるためにここへ送った」
「……逃げたわけではなかったのか」
落葉松がぽつりと呟くと、大地は即答した。
「俺は逃げないよ」
その言葉に、落葉松は少しだけ目を伏せた。
大地は続ける。
「この世界の想界石は、とある事情でなくなっちまった」
風が吹く。
大地の髪が揺れる。
「そのせいで、この世界は荒れてる」
遠くの空を見上げる。
「しかも、その影響はいずれ地球にまで及ぶ」
落葉松は、そこでようやく大地の意図を理解した。
「……だから想界石が必要だと」
「そういうこと」
大地は振り返る。
「お前の目なら、もう分かってるだろ」
落葉松は静かに言った。
「私を、想界石の代わりに使うわけか」
「使うって言い方はちょっとあれだけどな」
大地は苦笑する。
「まあ、そういうことだ」
そして真面目な顔になる。
「そうすれば、想界と地球はまた繋がる。バランスが保てる」
落葉松はその意味を考える。
管理者になるということ。
この世界の礎になるということ。
もう自由には戻れないということ。
「……そうすれば」
落葉松がゆっくりと言う。
「君は地球でも、その力を使える」
大地は拳を軽く握った。
「そうだ」
宿る白い力を見つめる。
「この力、俺にもまだ分からないことだらけだ」
けれど、確信はあった。
「でも、分かることが一つだけある」
落葉松が見る。
大地はまっすぐ言った。
「奇跡を起こせる力だ」
しばし沈黙が落ちた。
それから大地は、落葉松をまっすぐ見た。
「お前に一つ、チャンスをやる」
落葉松の目が揺れる。
「この世界で想界石として役目を果たせ」
その言葉は、命令じゃなかった。
託す言葉だった。
「そして、この世界を理想の世界にしろ」
大地は軽く笑う。
「みんなが楽しめる理想の世界だぞ」
そのあと、少しだけ目を細める。
「あんな東京にはするなよ」
落葉松は何も言えなかった。
やがて、低い声で問う。
「……なぜ殺さない」
大地は黙る。
落葉松は続けた。
「私を殺せば、君の思うままだろう」
この世界の管理も。
現世の安定も。
全部、もっと簡単だったはずだ。
それなのに。
大地は首を横に振った。
「それは、俺の理想じゃない」
迷いのない声だった。
「誰だって、一度くらいチャンスがあっても罰は当たらねぇよ」
落葉松は、その言葉を静かに受け止める。
大地は空を見上げた。
「俺が死んで、ここで王として生きるまで」
少し笑う。
「その間の管理、頼むわ」
落葉松は思わず顔を上げた。
「待て」
「ん?」
「ノイズに……伝えてくれ」
声が少しだけ震える。
「本当の名を」
大地が眉を上げる。
「本当の名?」
落葉松は小さく頷いた。
「……――だ」
大地は一瞬きょとんとして、それから吹き出した。
「ははは」
楽しそうに笑う。
「それは自分で伝えろよ」
「何を――」
言い返そうとした、その時だった。
大地の身体が、白い光に包まれ始める。
「おい、大地」
「じゃあな」
軽く手を振る。
「ちゃんとやれよ、落葉松」
「待て。私はもうこの世界から出られないんだぞ」
だが、大地の姿はもう薄れ始めている。
「どうやって伝えろというんだ」
そう呟いた時だった。
「落葉松様」
後ろから、聞き慣れた声がした。
落葉松がはっと顔を上げる。
そこに立っていたのは、ノイズだった。
黒い目をやわらかく細めて、いつものように微笑んでいる。
「……なぜ君がここにいる」
落葉松が呆然と問うと、ノイズはにこりと笑った。
「ここで彼に見張ってろ、と言われました」
その答えに、落葉松は小さく笑ってしまう。
「……大地」
空を見上げる。
「ありがとう」
その声には、これまでになかった穏やかさがあった。
ノイズが一歩近づく。
「何か、僕に伝えることがあるのではありませんか?」
落葉松はノイズを見る。
今度こそ、もう目を逸らさなかった。
「……ああ」
静かに頷く。
「君に伝えなければならない」
その声は真剣だった。
「それが、私のせめてもの罪滅ぼしだ」
ノイズは黙って待つ。
落葉松はゆっくりと口を開いた。
「君の本当の名は――」
一拍。
「詩音《しおん》だ」
その名が告げられた瞬間、風が優しく吹いた。
詩音は目を見開く。
それは、ずっと失っていた自分の名前。
奪われたまま、もう戻らないと思っていたもの。
けれど今、確かに返された。
「……詩音《しおん》」
自分でその名をなぞるように呟く。
その瞳が、少しだけ潤んだ。
落葉松《からまつ》はそんな詩音《しおん》を見ながら、小さく息を吐いた。
ここから先は、償いだ。
けれど同時に、ようやく始まるのかもしれなかった。
失われたものの先にある、本当の意味での理想が。