想想戦記―想いが力になる世界で、俺は戦う― 作:berunarudo
第37話 燻る「想い」
夏休みが始まった。
けれど――
俺の生活は、何も変わらなかった。
朝。
まだ人の少ない道場に、一人で立つ。
畳の匂い。
差し込む朝の光。
静まり返った空間の中で、拳を握る。
ゆっくりと息を吸う。
そして――
放つ。
拳が空気を裂く。
想力が腕を伝い、前方へ押し出される。
戻す。
もう一度。
同じ動作を、何度も繰り返す。
単純な鍛錬。
だが、今の俺にはそれしかなかった。
拳を振るたびに、体の奥で何かが燻る。
転神町の光景が、
ふと、頭をよぎった。
崩れた建物。
響く悲鳴。
逃げる背中。
届かなかった声。
――力が、足りなかった。
拳が、止まる。
「……」
道場の空気が、やけに静かに感じた。
荒木さんほど、強ければ。
あの人みたいに、
迷いなく前に出られたら。
きっと。
もっと多くの人に、手が届いた。
「ずいぶんと辛気臭い顔してるじゃん」
「ダメだよ、そんな顔してると」
後ろから、軽い声が飛んできた。
振り向くと、道場の入口に吉沢が立っていた。
いつものように、どこか気だるそうな姿だ。
「……力が足りないって、思ってる」
俺は、正直に言った。
「もっと強ければ」
「救えた人が、いた」
吉沢は、少しだけ眉を動かした。
そして、肩をすくめる。
「そりゃ、そうさ」
あっさりとした返事だった。
否定もしない。
慰めもしない。
「荒木さんほど強かったら」
「できたことも、増えるだろうね」
胸の奥が、少しだけ痛む。
分かっている。
それでも――
「だから」
拳を握り直す。
「俺は、もっと強くなりたい!」
後悔しないために。
次は、立ち止まらないために。
吉沢は、ふっと笑った。
「言われなくても」
「そのつもりだったよ」
「え?」
俺が顔を上げると、吉沢は空を見上げながら言った。
「もうすぐ」
「始点総会議だ」
聞き慣れない言葉だった。
「……始点、総会議って」
俺が問うと、
吉沢は歩き出しながら話し始めた。
道場の外。
砂利道を踏む音が、小さく響く。
「想界師の始まりになった」
「四人がいる」
「彼らを先祖に持つ」
「四つの名家が集まる会議だ」
一拍。
「百年に一度の大厄災に備える」
「対策会議となっているのだよ」
想界師の頂点に近い存在。
そんな連中が、集まる場所。
「今回は」
「前より早い」
「転神町の一件で」
「危険度が上がったからね」
歩くたび、砂利が鳴る。
「でもね」
「ただ話し合うだけじゃないのが面白い点だよ」
吉沢は、そこで立ち止まった。
少しだけ、口角を上げる。
「名家は」
「いつの時代も、競ってきた」
「強さを」
「証明するためにね」
そして、ゆっくりと言った。
「御前試合だ」
試合。
その言葉が、胸に落ちる。
「各家が」
「三名の代表を出して戦う」
「勝った家は」
「次の総会議まで、かなり融通が利く」
思い出す。
転神町での出来事。
荒木さんが、
あれだけ強引に動けた理由。
「前回は」
「荒木家が勝った」
「だから」
「荒木さんは、好きに暴れられた」
一拍。
「今回は違う」
吉沢の声が、少し低くなる。
「連勝はさせたくないのだろう」
「全員、本気で潰しに来る」
胸が、ざわつく。
「でも荒木家は」
「人手が足りないのさ」
「まともな戦力は」
「荒木さんと、僕と号くらいだ」
そこで、吉沢の視線が俺に向いた。
「だから」
「君にも出てもらう」
逃げる理由は、なかった。
むしろ――
これは、望んでいた機会だ。
「……分かった」
答えると、吉沢は満足そうに頷いた。
「じゃあ」
「また、地獄の特訓スタートだよ」
数日後。
道場の空気は、以前とは比べものにならないほど張り詰めていた。
反対側で、号が刀を振っている。
刃が走るたび、
空気の中で雷が微かに弾けた。
バチ、と音が鳴る。
その隣で、
荒木さんが腕を組んで見ていた。
「違う」
短い声。
「それじゃ」
「まだ、足りねぇ」
号が歯を食いしばる。
汗が畳に落ちた。
俺は、拳を構える。
フィストキャノン。
フィストブラスト。
まだ、完璧じゃない。
力の流れも。
タイミングも。
それでも。
拳を出すたび、
前より、迷いは減っていた。
汗が、落ちる。
息が、荒れる。
それでも――
止まらない。
御前試合まで。
時間は、もう残されていなかった。