想想戦記―想いが力になる世界で、俺は戦う― 作:berunarudo
吉沢さんの特訓は、相変わらず鬼だった。
朝から始まった鍛錬は、昼を過ぎても終わらない。
道場の空気は熱を帯び、畳にはいくつもの汗の跡が残っていた。
どれだけ息が上がっても、
どれだけ腕が震えても、
終わりは来ない。
「まだ動ける」
そう言われるたび、
身体の奥から、何かを引きずり出される。
限界を越えた先に、まだ力が残っている。
それを無理やり掴み取らされるような感覚だった。
拳を構える。
放つ。
戻す。
もう何度目かも、分からない。
視界の端が、滲む。
呼吸が荒い。
腕が、鉛みたいに重い。
それでも、止まれなかった。
――あのとき。
もし、俺に力があったら。
あの夜、
救えなかった人は、
本当は、いなかったのかもしれない。
だから。
もっと、強くならなきゃいけない。
その想いだけが、
身体を動かしていた。
特訓は、基礎だけじゃなかった。
ある日、吉沢さんは、俺の拳を見て言った。
「君の攻撃は、分かりやすい」
少しだけ、意外だった。
「拳しか使えない」
「だから、想力は必ずそこに集まる」
一拍。
「でもね」
「君の技は、読めない」
俺は、首を傾げる。
「どれが来るか」
「分からないんだ」
吉沢さんは、俺の拳を指さした。
「十通りあれば」
「相手は、十通りを警戒しなきゃならない」
「同じ構えから」
「全部、別の結果になる」
言われてみれば、
確かにそうだった。
俺の技は、拳から始まる。
だが、その先は決まっていない。
「本来、技っていうのは」
「もっと縛られてる」
吉沢さんは、軽く笑う。
「僕なんて」
「衝撃を強めるか、抑えるか」
「それくらいだ」
「でも君は違う」
拳を見る目が、少し変わる。
「自由なんだよ」
「想い次第で、なんでもできる」
一拍。
「だから」
「もっと、自分らしくやってみな」
「物事はね」
「まっすぐ進むだけじゃない」
その日から。
俺は、自分の拳と向き合った。
両腕に、想力を集める。
腕の中で、圧力が膨らんでいく。
いつもより、重い。
拳が、膨らんだような感覚。
それを、後ろへ向ける。
圧縮した力を、一気に噴き出す。
身体が、前に跳ねた。
視界が、一瞬で前へ流れる。
その勢いのまま、拳を突き出す。
空気が、裂けた。
「……今のはいい」
吉沢さんが、小さく頷く。
別の日。
地面に、拳を向ける。
溜めた想力を、下へ叩き込む。
次の瞬間。
地面の中で、何かが弾けた。
足元から、
いくつもの衝撃が突き上がる。
地面が、震える。
さらに。
拳を放つ。
でも、離さない。
見えない糸で繋がれたまま、
軌道を、無理やりねじ曲げる。
「……無茶だね」
吉沢さんが、呆れた声を出す。
別の日。
上空に向けて、拳を放つ。
一度、見失ったそれが、
やがて落ちてくる。
数を増やしながら。
流星のように。
最後は。
拳に、限界まで想力を込める。
放たない。
解放する。
衝撃が、身体を叩いた。
視界が、白くなる。
耳鳴りが、遠くで響く。
「……それ以上は、今日はやめとこう」
吉沢さんの声が、少し遠く聞こえた。
特訓最終日。
夜だった。
昼の熱気は消え、
静かな風が道場の外を通り抜けていく。
地面に座り込み、
空を見上げる。
星が、静かに瞬いていた。
「今の君は」
「前と違う」
吉沢さんが言う。
「縛られていない」
「実に、自由だ」
少し、間を置いて。
「正直」
「憧れるよ」
思わず、笑った。
「俺なんかに?」
「よっぽど強いのに」
吉沢さんは、首を振る。
「僕の強さは」
「もう、限界だ」
静かな声だった。
「どれだけ鍛えても」
「これ以上は、伸びない」
「それを」
「一番分かってるのは、僕自身だ」
夜風が、通り抜ける。
「想界師は本来」
「限界なんて、作っちゃいけない」
「でもね」
「経験を重ねると」
「嫌でも、見えてしまうんだ」
「それを」
「無視して進めるのが、強者だ」
一拍。
「残念だけど」
「僕は、突き進めなかった」
「荒木さんみたいには、なれない」
その声には、
かつて同じ高みを目指し、
己の才能の底が見えてしまった瞬間の、
乾いた砂のような諦念が混じっていた。
俺は、星を見た。
遠くて、眩しい。
「俺からすれば」
「あんたに勝てる気は、しない」
正直な気持ちだった。
「でも」
「転神町で、分かったことがある」
拳を、軽く握る。
「一人でダメなら」
「二人でやればいい」
「二人でダメなら」
「三人だ」
視線を、隣へ向ける。
「あんたは」
「俺の仲間だろ」
星が、瞬いた。
「一緒に」
「超えようぜ」
「限界」
しばらく、沈黙。
やがて。
「……今日の夜空は」
吉沢さんが、言った。
「僕には」
「少し、眩しすぎるな」
目隠しの奥。
見えないはずの瞳の裏が、
なぜか、濡れている気がした。
翌朝。
「よし」
荒木さんが、刀を担ぐ。
「お前ら」
にやりと笑う。
「いざ、京都だ」
御前試合が、待っていた。