想想戦記―想いが力になる世界で、俺は戦う― 作:berunarudo
第66話 振り絞る「想い」
山の空気は、冷たかった。
肺に吸い込んだ瞬間、
胸の奥がひりつく。
鳴海勝吾の修行は、最初から逃げ場がなかった。
技は禁止。
想力も、最低限。
ただ――
身体を限界まで追い込む。
走れ。
止まるな。
倒れたら、起きろ。
それだけだった。
脚が、上がらなくなる。
太ももが、言うことをきかない。
感覚が、鈍くなる。
息を吸おうとしても、
空気が肺に届かない。
喉が焼け、
胸が締めつけられる。
視界が揺れ、
次の一歩が出なかった。
膝が折れる。
地面に倒れ込んだ。
背中に伝わる、冷たい土の感触。
それだけが、はっきりしている。
――なんで、こんなことになった。
頭の奥で、言葉が浮かぶ。
思い出す。
あの夜、荒木さんが言っていた。
今回、俺たちは楽に攻め込まれた。
次も同じなら、またやられる。
だから、ばらばらで修行はしない。
始点合同だ。
黒等級である四人が、直々に指導する。
四人全員の修行が終わるまで、休みはない。
さっさと休みたきゃ、終わらせろ。
最初の担当が、鳴海勝吾《なるみしょうご》だと聞いた時、
嫌な予感しかしなかった。
肉体が動かないなら、どれだけ想いがあっても意味はないからの。
そう言って、勝吾は笑っていた。
翌朝。
空が白む前に、
俺たちは勝吾の屋敷に集められた。
「なんじゃお前ら」
勝吾が眉をひそめる。
「早朝から気色悪いのう」
横にいた召使が、そっと耳打ちした。
「当主様。昨日、修行に来いと……」
「ああ!」
勝吾は、手を叩いた。
「そうじゃったわい!」
……本当に大丈夫か。
本気で、そう思った。
勝吾が、山の方を指さす。
「あの山じゃ」
視線の先。
頂上は、見えない。
「……冗談だろ」
「本当なら二周じゃが」
勝吾は、楽しそうに笑う。
「今日は優しく一周じゃ」
全員、無言で首を振った。
地獄だった。
登っても、登っても、終わらない。
想力で身体を強化しているはずなのに、
高度が上がるにつれて、息が薄くなる。
呼吸が、追いつかない。
喉が焼ける。
肺が、悲鳴を上げる。
周りを見る。
人が、減っていた。
倒れている。
動かない。
それでも――
止まれなかった。
次は、間に合わせる。
そう、決めたからだ。
「ははははは!」
横を、誰かが抜いていく。
「俺はまだまだいけるぞ!」
天歌翔《てんかしょう》だった。
「大地じゃないか」
「疲れてる顔だな。大丈夫か?」
「……なんとか」
「俺は妹のためなら余裕さ」
笑って、先に行く。
前を見る。
烈と号が並んでいた。
「スピード落ちてきてるぞ、号」
「兄貴こそ、息荒いぞ」
競い合う背中。
――生きてる。
胸の奥が、少し熱くなる。
その熱を、
無理やり脚に流す。
頂上。
息を呑むほどの景色が、広がっていた。
だが――
「次は降りるぞ」
勝吾の一言で、現実に引き戻された。
そう聞いた俺たちは、
思わず涙を浮かべた。
それが――
感動なのか、
それとも、絶望なのか。
自分でも、分からなかった。