亀仙人は、夜の海辺でひとり型を取っていた。
波の音が寄せては返すたび、白い髭が揺れる。老いた肉体は軋むが、その奥底には、まだ消えぬ熱があった。
有望な若者たちと出会い、次々と力を伸ばしていくのを見て、亀仙人は一度は悟ったつもりでいた。
わしの役目は、もう終わったのかもしれん。
そう思った時期もあった。
その後、あのピッコロ大魔王すら凌駕する、平和を脅かす強敵が次々と現れた。
そのたびに、己はただ見守ることしかできなかった。
かつて世界最強と謳われた自分が、何ひとつ力になれないという現実。
それは、老いよりも重く、胸に沈んでいった。
「情けない……」
自嘲の言葉が漏れる。
しかし同時に、胸の奥で小さな火がくすぶっていることにも気づいた。
「まだ、これほど悔しさを感じるとはの…」
「意外とわしも、まだ老成しておらんようじゃな……」
苦笑しながらも、その目は若者のように輝いていた。
まだ、終わっておらん。
わしの中にも、まだ燃えるものが残っておる。
老いは確かに身体を蝕む。
だが、精神の炎まではまだ奪われていなかった。
亀仙人は天才だった。
地球という限られた環境で、独自に気功波を編み出したほどの。
だが、長い平穏は彼の成長を止めていた。
安定は、時に才能を眠らせる。
しかし、サイヤ人、フリーザ、人造人間、魔人。
次々と現れる「次の世界」を目の当たりにするたび、亀仙人の中で何かが軋み、動き始めた。
亀仙人はゆっくりと構えを取り直した。
波の音が、まるで鼓動のように聞こえる。
わしにも、まだ行ける場所がある。
次の境地が、見えてきた。
その夜、亀仙人の気は、かすかにだが確かに揺らぎを変えた。
長い停滞を破る、小さなブレイクスルーだった。
力では勝てぬ。スピードでも、気の総量でも、若い戦士たちには到底及ばない。
だが、それで終わりではない。むしろ、そこからが「武」の本番だった。
磨くべきは、技の精度、勘の鋭さ、経験の深さ、精神の透明度、そして気の流れの最適化。
「最適化……そうじゃ。わしが目指すのは、力の増幅ではない。
誰かと、ぶつかるためでもない。」
無駄を極限まで削ぎ落とした、老練の武。
「ふふ、気づいてみれば、わしも随分怠けてたようじゃな…」
荒々しさはない。それは若者たちの爆発的な力とは異なる、静かで深い気配だった。
亀仙人は、夜の海風を胸いっぱいに吸い込み、静かに目を閉じた。
まだ、自分には、目指せる境地がある。
波の音が、共鳴するように響いていた。