夢見のピアニスト~夢に見ただけでピアノを弾けるようになった僕が、活動休止中の天才ピアニストと動画配信を始めることになった件について   作:矢上鉋

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第十四話 昼休憩の作戦会議

 朱鷺ノ宮(ときのみや)さんと一緒に動画を投稿して数日後、平日の昼休み。

 

 誰にも見られずに確認したいことがあって、今日は一人で昼ご飯を食べている。

 お弁当を人通りの少ない校舎の裏に持っていき、スマホで『My etude』のチャンネルを開く。

 

 ――登録者数283人。

 

 あの日、朱鷺ノ宮さんと投稿ボタンを押してからまだ3日しか経っていない。この数が多いか少ないかは分からないけど、僕が思っていた以上の登録者数だ。

 

 ・昔、この曲を練習した時のことを思い出します。私は貴方ほど上手く弾けなかったけど、懐かしい気持ちで耳を傾けています。

 ・上手い!

 ・Thank you to the algorithm. I am incredibly lucky to have come across your sound. Your piano is totally sick.

 ・やはりショパンの曲はいい。次は子犬のワルツを頼む。

 

 再生数は573回。好意的なコメントばかりで思わずニヤけてしまいそうになる。

 今までも聴いた人に褒められたけど、コメントに残して褒められると違った喜びがある。

 

 中には英語のコメントもあった。翻訳のボタンに指が伸びるけど、文末の言葉に止まってしまう。

 sickって確か『病気』って意味だったはず。感謝から始まって病気で締めるなんて、高度な皮肉かもしれない。わざわざ翻訳して傷つくのはやめておこう。

 英語のコメントをスルーして、ひとつ下のコメントに目を向けた。

 

「子犬のワルツか、どんな曲だろう」

 

 コメントに触発されて、子犬のワルツを調べて動画を探す。

 ショパンって作曲家の名前は僕も知っている。世界中の人に愛されている作曲家なんだろう。多くの人が『子犬のワルツ』を弾いた動画が検索結果にヒットする。

 

「……あー、聴いたことあるな」

 

 曲名だけではピンと来なかったけど、聴いてみたら知っている曲だった。

 ただ、夢で見たことが無い曲だ。でも短い曲だし、楽譜の特訓がてらチャレンジしてみても良いかもしれない。

 

「昼から授業が無ければ家で練習するんだけどな」

 

  校舎の壁に背を預けると、ピアノに触れたくて指がウズウズしてくる。

 こんな感覚は小学生の時、楽しみにしていたゲームを買ってもらって以来だ。

 

 そろそろ教室に戻るか。そう思ってスマホを仕舞おうとした瞬間――着信が入った。

 

 ――朱鷺ノ宮(ときのみや) 静流(しずる)

 

 急な電話に胸が跳ねた。さっきまで『My etude』を見ていたからだろうか。

 周りに人がいないのを確認して、通話ボタンを押す。

 

「……朱鷺ノ宮さん?」

「悠貴くん、今大丈夫でしょうか? そちらもお昼の休憩時間ですよね」

「大丈夫だけど……急にどうしたの?」

「『My etude』を見てたんじゃありませんか?」

「え、なんで分かったの?」

 

 思わず周りを見回したが、誰の姿もない。あっちも学校だから当然だけど、だったら何故分かったんだろう。

 その答えは、すぐに朱鷺ノ宮さんの口から返ってきた。

 

「私も同じことをしていたので、悠貴くんも一緒で嬉しいです」

「朱鷺ノ宮さんも?」

「気になっちゃいますよね」

「……実は毎日確認してる」

「私もです」

 

 朱鷺ノ宮さんも僕と同じことをしていたから、あんなことを言ったのか。

 同じことを考えてたのが嬉しくて、僕と朱鷺ノ宮さんは笑い合っていた。

 

「思っていたよりも登録者数伸びてる感じがするよ」

「私はもっと伸びてもいいと思っていますけど、初動としては上出来ですね」

「あとは朱鷺ノ宮さんが『Shizuru』のアカウントで宣伝して更にチャンネルを伸ばすんだよね」

「ええ、もう少し動画を上げてからですが」

 

 『Shizuru』のSNSのフォロワーは100万人を超える。

 想像しただけで、ちょっと怖くなってくるのは僕が小市民だからだろうか。

 

「そこから入ってきた視聴者を登録者にするために、クラシックだけでは届かないと私は考えています」

「クラシックだけだと、届かない?」

「以前、説明した内容は作戦の全てではないんです」

「まだ何かあるってこと?」

「バズっている曲の演奏動画を投稿します。これが作戦の第二段階です」

「あー、そういうの聴きたいって人は結構いるかも」

 

 僕もクラシックの演奏動画ばかり見ていたはずなのに、気づけばゲームの曲や流行ってる歌のピアノ演奏を再生していた覚えがある。

 好きな曲や知っている曲だけで惹かれるものがあるんだよな。

 

「ええ、それを狙っています。ショート動画とも相性が良いでしょうから」

「サビとかだけ演奏したみたいな動画多いよね」

「キャッチーな曲が多いですからね。あの短い動画時間でも訴求力があります。クラシックも優れていると思いますが、あの形式には現代の曲のほうが適していると思うんです」

 

 曲の系統に関わらず、演奏してみた系の動画は昔から根強い人気があるのは僕でも知っている。

 流行りの曲を演奏したショート動画を投稿すれば登録者数を大きく増やせるという朱鷺ノ宮さんの狙いは、すごく説得力があるものだった。

 

「ですから悠貴くんにはバズっている曲を演奏してほしいんです」

「バズってる曲だと、アレとか……いや、ちょっと前のアノ曲のほうがピアノ的にやりやすそうだけど」

「私のほうでピックアップしたのがあるので、その中から選んでいただければ」

「あ、選んでくれてるんだ。助かるよ」

「楽譜のデータを送ります。どれからでも構わないので、気に入ったものから練習を始めてくれると嬉しいです」

 

 練習を始めてくれると嬉しいです? あれ、今そう言ったよな。

 もしかして楽譜をもらってすぐに本番って訳じゃないのか。

 

「……データ送ってくれるんだ。練習しておけばいいんだよね」

「いきなり楽譜をお渡しして本番というのは流石に大変ですから。予め練習する時間が必要ですよね。悠貴くんはいつもどれくらい時間を取るんですか?」

「え、あー曲による、かな。クラシック以外って殆ど経験無いしちょっと分からないかも」

「そうですよね。しかもクラシックではない曲ですし、やはりストックを先に準備させてもらったのは正解でしたね」

 

 最初の収録、夢で見た曲をぶっつけ本番で弾いたんです――とは口が裂けても言えなかった。

 とりあえず曲によるなんて安直な言い訳をしてしまった。でも朱鷺ノ宮さんは納得してくれたようで事なきを得る。

 

「そのためのストックだったんだ」

「はい、やはりコンスタントに投稿しなくてはいけません。いくら良い動画を投稿しても、投稿の間隔が空くチャンネルは伸びにくいですから」

「確かに更新が止まってるとこは登録しようってならないね」

 

 今ある僕たちのストックを例えば3日に1回投稿する形だと、1ヶ月以上は持つという計算になる。

 その間に夢で見る曲も増えるだろうし、楽譜はまだ不安な面もあるけど練習すれば何とか形にできると思う。

 

「『My etude』にある動画は今のところ二本だけです。頻繁に投稿する必要はありませんが、始めたばかりですし間隔を空けずに投稿したいですね」

「3日に1回とか? その間隔ならストックで一ヶ月持つし、練習する時間も取れるね」

「良いバランスだと思います。ショート動画もストックをいくつか用意して、それから私のアカウントで宣伝する。きっと多くの人が悠貴くんのピアノを聴きに来ますよ」

「……多くの人、まだ想像できないな」

「きっとそうなります。貴方のピアノはそれだけの価値があるのですから」

 

 本当にそうなるだろうかって、つい考えてしまう。

 だけど、これまでも僕のピアノを聴いてくれた色んな人が価値を認めてくれた。さっき見た動画のコメントだってそうだ。

 

 そして公園で朱鷺ノ宮さんと過ごした時間。あの時、僕は最後まで付き合うよと宣言した。だからこそ、朱鷺ノ宮さんの言葉を信じようと思っていた。

 痛みから逃れるために弾いたのが嘘のようだ。自分でも驚くような変化だけど、今はピアノに向き合うのが楽しくなっていた。

 

「……練習頑張るよ」

「はい、データの方は送っておきます。後で確認してくださいね」

「ありがとう」

「それと、今回はデータで楽譜を送りますけど……」

「けど?」

「紙の楽譜も用意してあるんです。そちらは必要ないでしょうか?」

 

 紙の楽譜っていうと、千聖さんがプレゼントしてくれた本みたいな感じかな? 正直、データよりも僕はあっちのほうがいい。

 あれで勉強を始めたってのが強いかもだけど、どうもデータの楽譜を見ながらというのがしっくり来ないからだ。

 

「あ、用意してくれてるなら欲しいかも。紙のほうが練習しやすいんだ」

「ですよね! やはり楽譜は紙のほうが良いですよね」

 

 それは今日一番の力強い声だった。

 朱鷺ノ宮さんってデータよりも紙の楽譜のほうが好きなんだと一発で分かる機嫌の良い声色だった。

 

「譜面台には、やっぱり五線紙の楽譜がいちばん落ち着きますよね!」

「そ、そうだね」

「悠貴くんも私と同じで嬉しいです。また、次に会う時にお渡ししますね」

「助かるよ。先にデータのほうで練習を始めておくけど、紙の楽譜のほうが練習捗ると思うから」

 

 共通点を見つけてはしゃぐ姿に少しだけ驚きはしたものの、朱鷺ノ宮さんらしいと笑みがこぼれる。

 周りに誰もいなくて良かった。顔が少しだけ火照って、きっと赤くなっていただろうから。手で扇いで落ち着こうとすると、昼休みの終わりを知らせる予鈴が響いた。

 

「ごめん。昼休憩がもう終わりで……教室に戻らないと」

「こちらも直に終わってしまう時間です。楽しい話をしているとあっという間ですね。今日は急にお電話してすみませんでした」

「色々話せて楽しかったよ」

「私も楽しかったです。また連絡しますね」

 

 教室に戻らなくちゃいけないのに、通話を切るのは名残惜しい。

 今度会う時は今日送ってくれるデータの曲を朱鷺ノ宮さんに聴かせてあげられるといいな。

 

 そういえば、クラシック以外ってどんな曲が好きなんだろう。

 同じ曲だったらいいなって考えながら、僕は教室へと戻っていった。

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