夢見のピアニスト~夢に見ただけでピアノを弾けるようになった僕が、活動休止中の天才ピアニストと動画配信を始めることになった件について   作:矢上鉋

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第二十三話 身近な依頼主

 ライブすることが決まってから数日、朱鷺ノ宮(ときのみや)さんとの収録の日がやってきた。

 

「実は、知り合いとライブすることになって……」

「ライブ、ですか?」

 

 ライブの話を切り出すと、朱鷺ノ宮さんはきょとんとした顔を浮かべた。

 

「……でしたら、こちらの時間が少し取りづらくなりそうですね」

「そうなんだ。ごめんね」

 

 ライブに向けての練習時間が必要で、こっちの収録をライブが終わるまでは休ませてほしい。

 そんなのただの言い訳で、少しだけ朱鷺ノ宮さんから距離を取りたかった。

 

「いえ、まだストックには余裕があります。それに、そろそろショート動画の方も本格的に上げていく予定でしたから。収録を多少お休みしても、投稿頻度には問題ありませんよ」

「ありがとう。助かるよ」

 

 ライブを理由に収録を休むことへの罪悪感が胸を締め付ける。

 

「そのライブはどこでするんですか?」

「学校の文化祭でするんだ。知り合いのとこへ話が来たみたいで、俺にも声が掛かって」

 

 詳しく聞いていないけど、千聖さんは翔高のOBだからその繋がりで声が掛かったんだと思う。

 勢いに任せてしまったけど、学校でライブってヤバいよな。まだ二週間先なのに緊張してくる。

 

「見に行ってもいいでしょうか?」

「え、うちの学校に来るの?」

「悠貴くんの学校の文化祭、確か一般に解放していましたよね?」

「うん、2日目は一般解放だね」

 

 朱鷺ノ宮さん、ライブに来るつもりだ。クラシックとはジャンルが違うものだから興味ないと思っていた。

 

「えっと、クラシックじゃないけど大丈夫?」

「悠貴くんが弾くなら聴いてみたいじゃないですか」

「……ライブの時間が分かったら連絡するよ」

「楽しみにしていますね」

 

 流石にここまで言われて来ないでとは言えない。

 しばらく収録から離れて千聖さんと自分の音楽のために練習する時間が確保できるならそれで良しと考えよう。

 

「今日、これからそのライブの練習ですか?」

「こっちの収録も終わったからね。このあと、千聖さん……ライブを一緒にする人と約束してるんだ」

「……そう、ですか。頑張ってくださいね。私も編集作業頑張りますから」

 

 いつもの笑顔なはずなのに、その声がほんの少し硬く感じた。

 

「うん、ありがとう。また次の収録で」

「えぇ、また」

 

 一瞬、朱鷺ノ宮さんの表情に少しだけ影が差したように見えた。

 それでも、僕はそれを無視して逃げるように場をあとにした。あまりこの場に長くいたくなかった。

 

 収録場所のビルを出て、千聖(ちさと)さんとの待ち合わせ場所へと向かう。

 なんとなく、ホッとしたような気がする。朱鷺ノ宮さんには悪いと思うけど、今日の収録は正直しんどかった。夢の操り人形、そんなイメージが頭から離れなかった。

 

「……千聖さんはまだ来てないな」

 

 この街での定番の待ち合わせ場所だけあって、週末ともなれば人がごった返している。

 雑踏の中、ポツンと1人取り残されたようだった。なんとなく広場の時計を見上げると、待ち合わせまでまだ少し時間があった。

 

「熱ッ!?」

「ふふっ、予想通りの反応」

 

 頬に触れた温かい感触で、思わず声を上げてしまう。

 飛び上がるように振り返ると、そこには予想通り千聖さんがいた。

 

「……千聖さん、何それ?」

「コーヒーそこで買ってきたの。飲むでしょ」

「あ、ありがとう」

 

 カフェチェーンのロゴがシンプルに付いたカップを手渡される。

 受け取った両手に温かい感触がじんわり広がる。そういえば、あのカフェのカウンターからこの広場はよく見える。

 休日だし、座れるとこないと思って選択肢から外していた。

 

「新作試してみたかったからね。今回のはイマイチかも」

「あー、俺まだ飲んでないや」

「私はイマイチってだけで優里香は好きそう。悠も気にいるんじゃない?」

「そう? なら今度試してみる。今は千聖さんがくれたコレあるし」

 

 季節の新商品、ちょっと高いけど気になる。

 今度姉さんと来てみようかな。いつものお礼にバイト代でご馳走するのも良いかもしれない。

 

「悠、ちょっとバイト先に寄ってもいい?」

「バイト先? それは大丈夫だけど」

「よし決まりね。じゃあ、行こっか。ここ人多すぎて落ち着かないから」

 

 今日はただ練習するとしか聞いていない。

 場所がレンタルスタジオか千聖さんの家を使うことが多かったけど、今日は別の場所だったりするんだろうか。

 

「おつかれ~店長、悠と一緒に来たよ」

「千聖ちゃんに篠原(しのはら)くん。よく来てくれたわね」

「店長、お疲れ様です」

 

 事務所に繋がる裏口から僕たちは店に入った。事務所には店長がいて、軽く挨拶をすませる。

 バイトは休みだけど、特に僕たちに驚いているような感じはなかった。

 

「悠もOKだって店長」

「え、何の話?」

「篠原くんが分かってないみたいだけど、ちゃんと話したの?」

「話したよー。悠、この前のライブに出るって話、あれ店長が持ってきてくれたの」

「き、聞いてないけど……」

「また千聖ちゃんは、大変ね篠原くん」

 

 文化祭でライブする話は聞いたけど、それが店長からの話だったなんて1ミリも聞いていない。

 そもそも、店長が僕の学校のライブの話を持ってくることに違和感がある。楽器店の店長が学校の文化祭とどう繋がるんだろうか。

 

「去年もあったでしょ。第1体育館でPTAとか、地元の有志の催し物。そこであったでしょ店長たちのライブ」

「え、あった? 俺、去年は自分のクラスの担当で忙しかったから……」

 

 うちの高校の文化祭では学生たちの催し物は第2体育館、その他のPTAやボランティアの人たちの催し物は第1体育館でするのが通例となっている。

 

 ただ、去年はクラスの出し物が忙しくて他はあまり回れなかった。だから、自分のクラス以外がどんなことしていたかあまり知らないんだよな。

 

「悠、去年は1年生だったもんね。そっか、知らないってこともありえるか」

「毎年翔高の文化祭でライブしてるの。ほら、私の旦那があれだから」

「旦那?」

「数学の飯田(いいだ)先生、店長の旦那さんだよ」

「え!? うそ、全然知らなかった」

 

 数学の飯田先生、今年は違うけど去年は僕のクラスの数学を受け持ってくれていた先生だ。

 あの先生と店長って夫婦だったんだ。同じ名前なのに、まったく気が付かなかった。

 

「飯田って別に珍しい名前じゃないものね。言ってなかったし、無理もないわ」

「そうだったんですか。あ、いつもお世話になってます」

「篠原くん礼儀正しいわね。気にしなくていいのよ」

「そうそう、私も全然気にしてなかったし」

「千聖ちゃんは気にしなさ過ぎだったけどね」

 

 世間が狭いって本当なんだって、驚きより感心が勝ってる感じだ。

 

「あれ、でも飯田先生って」

「そうなの。もういい歳なのに、無理しちゃって腰をね」

「なるほど、それで」

「毎年、夫婦でライブしてたんだけどね。私1人じゃちょっとあれだから、代わりに翔高と縁のある2人にお願いしようと思って」

 

 つい最近のことだからよく覚えている。

 飯田先生、部活の顧問中に腰を痛めたらしい。廊下で見かけた時に杖を突いて歩いているのを見かけた。

 

「毎年私と旦那で星野楽器店って、この店の名前で出ていたから2人に代役をお願いしようと思ってね。もう枠は申し込んじゃってたし」

「良い機会だと思うでしょ悠?」

「そうだね。店長、俺頑張ります」

「悪いわね2人とも、あれにはキツく言っておくから」

 

 もともと出る予定だった人の代打でライブ。まるでアニメみたいな流れだ。

 

「アニメみたいだよね。代打でライブなんて」

「あ、俺も同じこと思ってた」

「お、気が合うじゃ~ん」

 

 隣の千聖さんに肘で小突かれる。あの日、僕からの相談がなくても誘ってくれるつもりだったのかもしれない。

 

 今は自分の音楽を探すためにライブへ出るのを決めたけど、あの悩みがなければ僕はどうしていただろう。

 

「上のレッスン室、ライブの練習に使ってくれていいからね」

「ってことだから、しばらくはバイト先で練習だよ悠」

「音楽教室に使ってるとこですか? ありがとうございます」

「お礼を言うのはこっちのほうよ。ありがとうね2人とも」

 

 上の階にはレッスン教室用の部屋がある。

 そこでは色んな楽器の教室が開かれている。僕たちもそこでライブのための練習をさせてもらえるみたいだ。

 

「ここでの練習、機材も貸し出すわよ。特にこだわり無いならうちの使ってくれていいから」

「え、いいんですか? 助かります!」

「あの子、毎回持ち運ぶのは大変だもんね。店長にお願いしたの」

「だから今日は手ぶらで良いって言ってたんだ。」

「キーボードは持ち運び大変なんだから、借りられるならそのほうが良いよ」

 

 キーボードを譲ってくれた千聖さんを前に、他の借りられるのを喜ぶのは無神経かと思ったけど、特に気にした様子はない。

 

 「そういうとこが悠のいいところだけどね」と笑って、むしろお店のものを借りることを勧めてくれる。

 

「そうよ篠原くん。自分の愛用を持ち運んで練習できるのは、ギターとかベースくらいなものよ。ドラムとかキーボードは持ち運ぶの大変なんだから借りられる時は借りればいいの」

「あ、ありがとうございます」

「ま、ギターの特権ってやつだよね」

「色んな種類のキーボードに触っておくのもいい経験になるから、遠慮なんてしなくていいんだからね篠原くん」

「はい、お言葉に甘えさせてもらいます」

 

 キーボード持ち運ぶの大変だもんな。ギターはコンパクトだからそこまで大変じゃなさそうだ。

 キーボードはリュック型のカバンで持ち運んでいるけど、やっぱり重たいもんな。

 

「バイト終わりにも練習できるから、楽でいいよね」

「あー、移動時間が減るの助かるね」

「できるだけ協力するから、何かあれば言ってね」

 

 ライブが、いよいよ現実味を帯びてきていた。

 文化祭は2週間後の土日の2日間で行われる。あと2週間、これがライブの準備に向けて短い準備期間なのは僕でも理解できた。

 

 それでも精一杯やろう。誘ってくれた千聖さんのため、話をくれた店長のため、そして――自分の音楽を見つけるために精一杯頑張ろう。

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