夢見のピアニスト~夢に見ただけでピアノを弾けるようになった僕が、活動休止中の天才ピアニストと動画配信を始めることになった件について   作:矢上鉋

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第二十五話 ライブに向けて

 千聖(ちさと)さんが初めて作った曲は『からかう男子なんか大っ嫌い』という名前の曲だ。ライブの一曲目でこれをやる。

 バイト先での練習は毎晩に及んだ。ライブまであと約十日、3日連続で千聖さんとバイト終わりに演奏を繰り返した。

 

 激情をかき鳴らすようなギターの音、ワンテンポ遅れる形で僕のキーボードのパートが追いかける。

 簡単だって言っていたけど、曲のリズムは荒々しいものだった。

 

『愛を語らないでよ、私の大事なものを奪ったその口で

 大っ嫌い 反吐が出そう

 どうしてそんなことができるの?

 あの時、泣いたんだよ』

 

 タイトル通り強い言葉から始まる歌詞で、最後まで駆け抜けるような曲だ。

 からかう男子への憤りの歌、千聖さんにもそういう経験があるんだろう。

 

 僕が思い出すのはやっぱり千聖さんと疎遠になったきっかけのことだ。

 あの時、僕の同級生だけじゃなくて千聖さんや姉さんの同級生にもからかわれた。今となっては姉さんや千聖さんとばかり遊んでいたせいだって思えるけど、当時はなんでこんなことするんだって怖かった。

 

「はー、いいね。悠の音も馴染んできてる」

「千聖さんと音を合わせる時はどうすればいいか、だんだん分かってきた気がするよ」

「あ、言ったな。まだまだこんなもんじゃないよ。本番はもっと跳ねさせないと」

「跳ねさせる?」

「今のは練習だからね。本番はもっと気合いれてかないと」

「……なるほど」

 

 去年、姉さんと好きなバンドのライブへ行った。そのライブでは知っている曲なのに、いつもと違ったように聴こえたのをよく覚えてる。

 千聖さんの跳ねさせると言ったのは、この違って聴こえた感覚のことを言っているんだろう。

 

「難しい顔しないで、けっこう順調だよ」

「そうなの?」

「もう楽譜なしでも弾けるでしょ。あとは本番にぶつかるだけ、問題はもう二曲目にするほう」

「あー、まだできなさそう?」

「……うん、躓いてる」

 

 2曲目には新曲を千聖さんはしたいらしい。せっかくの母校で、後輩も応援してくれるからって。

 その新曲はまだ完成していない。歌詞はできてるけど、リズムが纏まらないらしい。駄目だった時のために千聖さんの曲をもう一曲練習してはいるけど、明らかに一曲目に比べて身が入っていない。

 

 一週間前までに完成しなければスパッと諦める。と千聖さんは言っていたけど、逆を言えば一週間前までは諦められないってことなんだろう。

 

「時間が無いのは分かってるし、焦っちゃ駄目なのもわかってるんだけどね」

「何か手伝えることがあればいいんだけど」

「ありがと、気持ちだけもらって……」

 

 何かに気が付いたように千聖さんは難しい顔をして固まった。

 

「千聖さん、どうしたの?」

「悠、歌詞はもう見せたよね?」

「見せてもらったよ。ああでもない、こうでもないって没のリズムも一緒に聴かせてもらった」

「いいこと思い付いちゃった」

「……なんか、嫌な予感がするんだけど」

 

 にやりと口元を緩める千聖さん。

 僕はその顔を知っている。大体、ろくでもないことを言い出す時の顔だ。

 

「ねえ、悠がリズム考えてよ」

「予感が当たったよ。絶対に無理だって!」

「えー、そんなはっきり断らないでよ。ちょっと簡単に考えるだけでいいから、参考にしたいだけだから~」

「無理だって、作曲なんてやったことないよ」

「私だってやったことなかったけど、曲作ったんだよ」

「……自分から行動した人間と、無茶振りされた人間って同じにしたら駄目だと思うんだけど」

 

 やっぱりろくでもないことだった。作曲なんてできるわけない。

 いくら躓いているからって、僕みたいな素人に頼むのは流石にどうかと思う。

 

「お願い! 私を助けると思って」

「出来ないって、無理だよ」

「そんな難しく考えなくていいから、ちょっと歌詞のイメージを悠なりに音にしてほしいの。もしかしたら参考になるかもでしょ?」

「……はあ、あんまり期待しないでよ」

「ありがと悠、大好き!」

「はいはい」

 

 2曲目にする予定の新曲、その歌詞が書かれた紙に視線を向ける。僕と千聖さんが偶然の再会を果たしたことからインスピレーションを得たと言っていた。

 これ文化祭でするかもしれないんだよな。いや、今は文化祭のことは忘れよう。考えたら音なんて浮かんでこない。

 

 僕と千聖さんとの出会い。それはやっぱりピアノ、クラシックが始まりだろう。それから本当に色々あった。

 夢のことを話し、それは2人だけの秘密になった。

 楽譜を教えてもらって、なかなか覚えられない僕に特別な方法教えてくれたっけ。

 

 それからバズった曲を練習する時に、一緒にセッションもした。

 そして『ラ・カンパネラ』でのこと、悩む僕に自分の音楽を探そうと導いてくれた。

 

 ずっと支えてもらっていた。導いてくれた。その温かさを音にしたい。どんな音がいいかな。どうすればこの感謝の気持ちが伝わるだろう。

 

「……こう、かな」

 

 千聖さんの歌詞がコピーされた紙を持ちながら、右手で鍵盤を叩く。

 その最初の一音が響いた時、部屋の空気が変わった気がした。

 

 最初はクラシックのような荘厳で、ゆったりと重い始まり。指のタッチも重く、重力を乗せるように。

 だけど、すぐに音は変わる。あの偶然の出会いのドキドキ。また一緒に何かできるって思った期待感は軽やかで歌うように指が踊るように鍵盤を撫でていく。

 夢のこと、嘘をつきたくないから罪を告白するように話を切り出した不安感、受け入れられた安心感はどうしようか。あの不安は音の弱さとためらうようなタッチで、受け入れてもらえた安心感は、やり過ぎなくらいの力強い音がいい。

 

 一緒に演奏する楽しさも、手を引いてもらう高揚感も、思い出せば感情が溢れ出しそうだった。胸の奥が熱くなって、気がつけば荒く息を吸い込んでいた。ここは抑えなくていい。この感情のままで、ありのままを奏でよう。

 これまでの僕のすべてを音に込めたい。その想いに指が応えるように鍵盤を力強く、それでいて優しく溶け合うように音が紡がれていく。

 

 ――いや、これだけじゃ駄目だ。夢を、ぶっ飛ばしてやる。綺麗に纏めて終わってどうする。

 リズムが一気に激しく、荒いものへと変貌する。ここは、最初と同じ歌詞が乗る場所だ。けれど、響きがまるで違う。

 夢だけじゃない。僕の中にも音楽は息づいているって、叫ぶように音を刻んだ。

 

 感情のまま駆け抜け、気が付けば音は萎むように消えていた。あれで良かったんだろうか、よく分からないけど不思議と達成感のようなものが胸に強く残っていた。

 

「どう、だった?」

「……すごい、すごいよ悠!」

 

 わなわなと震えるように千聖さんはそう切り出した。僕のほうまで大股で詰め寄ってキーボードを挟んで向き合う。

 そのまま演奏していた右手を両手で取って、まるで祈るように持ち上げられた。

 

「もう、あれしかないって感じ! あんないい音が出てくるなんて、本当に……本当にびっくりした!」

「いやいや、冗談でしょ」

「冗談じゃないよ。さっきの……待って! 覚えてるうちに書いて! 今の悠なら楽譜に起こせるよね!?」

「……それは、大丈夫だけど」

 

 さっきの音はまだ頭に残っている。片手で弾いた未完成なものだったけど、千聖さんはとても気に入っている様子だった。

 押し付けるように渡された紙とペンを受け取って、さっきのメロディを書き留める。

 

「それをブラッシュアップして曲にしよう。えっと文化祭まであと、十日……練習時間は厳しいけど、何とか間に合わせようよ」

「え、本当にさっきので曲作っちゃうの?」

「決まってるじゃん。あれしか無いって!」

 

 指折りで数えた残りの日数に眉を顰めたのは一瞬だった。それよりもさっきの音で曲を作ろうって感じでテンションが上がってる。

 さっきのが曲になる。 適当にした訳じゃないけど、初めてした作曲が千聖さんの歌になるんだ。

 

「……とりあえず、書いたけど」

「ありがとう! 私はギターの音と、他も作るから、悠はその音をメロディを仕上げといて!」

「え、俺が!?」

「ふふっ、他に誰がいるの? きっといい曲になるよ。自分を信じて、悠」

 

 その微笑みに浮かぶ信頼が、僕に断るという選択肢を与えなかった。

 自分を信じる。やってみてもいいかもしれない。さっきの音を千聖さんの歌のために、もっと洗練させていこう。文化祭までの残り日数はもう十日しかないのだから。

 

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