夢見のピアニスト~夢に見ただけでピアノを弾けるようになった僕が、活動休止中の天才ピアニストと動画配信を始めることになった件について   作:矢上鉋

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第二十七話 ライブ前

「篠原くん、店番お願いね。1時間後には交代が来るから」

「わかった」

 

 文化祭当日、僕はクラスの出し物の当番を任されていた。午後からはライブがあるので、順番を融通してもらった形だ。

 とは言ってもクラスのみんなにライブのことは言っていない。照れくさかったのもあるし、飯田先生が僕の担任の先生に頼んでくれて当番の問題がなくなったからだ。

 

「……昼からライブだ」

 

 思い出すのは新曲が完成してからの怒涛の練習に次ぐ練習だ。

 あと5日しかない。一週間もなかった練習時間、僕と千聖(ちさと)さんは可能な限り時間を捻出して練習に取り組んだ。お陰で何とか形になったと思うけど。

 

 「練習に加えて、打ち込みの音も考えた千聖さんは凄いよな」

 

 ドラムにベース、その音もいると千聖さんが作ってくれたのだ。

 あれだけ練習して、家に帰ってから音を作る。想像しただけでもゾッとする大変さだ。僕の忙しさなんて目じゃなかったと思う。

 「良い曲になったよ」って千聖さんは笑っていたけど。

 

「悠貴が店番か」

「あれ、武蔵。部活の出店のほうは?」

「届くはずだった食材が届かなくてな。届くの待ちで暇ができた」

「うわ、大変だね」

 

 クラスの出し物は展示や劇、お化け屋敷に脱出ゲームみたいなイベントもの。出店での食べ物系は部活動という伝統がうちの学校には残っている。

 武蔵は部活の飲食店の準備で朝からクラスにいなかったけど、トラブルで暇になってしまったらしい。

 

「あれって……おい、悠貴。この前の子なんじゃないか?」

「え、朱鷺ノ宮(ときのみや)さん……?」

 

 クラスの入口から教室の中の様子を伺う1人の女の子、間違いなく朱鷺ノ宮さんだった。

 驚いているとクラスメイトが声を掛けていた。僕を探していたらしく、クラスメイトがこっちを指差している。

 

「おーい、篠原(しのはら)。彼女来てるぞ~」

「え、うそ! 篠原くん彼女いたの!?」

「あの子、この前校門のとこ来てた子だよ!」

 

 クラスメイトがはしゃぎだした。頭が痛くなるけど、誰も悪くないから怒りようがない。

 僕だってこれが他のクラスメイトを訪ねて朱鷺女の生徒が訪ねてきたら驚くからだ。

 

「行ってこいよ。戻ってくるまで当番は俺が引き受けておく」

「……ありがとう武蔵」

「暇だったからな。1つ貸しにしとく」

「あはは、なるべく早く返すよ」

 

 当番を変わってくれた武蔵にお礼を言って、教室から出る。

 

「悠貴くん、おはようございます」

「おはよう朱鷺ノ宮さん。悪いけど、ここじゃあれだからこっちへ」

 

 聞き耳を立てている気配を遠ざけるためクラスから離れる。

 落ち着いて話せる場所、屋上に続く階段の踊り場に出る。ここなら一般客も入ってこない。

 

「ごめんね。せっかく教室へ来てくれたのにこんなとこまで」

「いえ、悠貴(ゆうき)くんに会えたので大丈夫ですよ」

「……1人で来たの?」

「お友達とです。知り合いに会ってきますって、今は別行動しているんです」

「良かった。ライブまでまだ時間あるもんね」

 

 パンフレットには各クラスの場所も載っているから、ここまで来られたんだろう。

 それでも教室まで来たのは驚いた。今日は文化祭で校舎に人が多い。そんな中を、一人で会いに来てくれたから心配してしまった。

 

 ただ、この後は友達と合流するなら安心だ。

 

「ライブ前に悠貴くんと1度会っておきたくて」

「前にって、どうして?」

「だって悠貴くんが舞台に上がるんですよ? 激励したいじゃないですか」

「あ、ありがとう」

「我が儘を言って良いのなら……私がその舞台を用意したかった」

 

 周りの喧騒がかき消してしまいそうな小さな声だったけど、確かに聞こえた。

 

 朱鷺ノ宮さんが、寂しそうに微笑む。

 まるで置いていかれた子供のようだった。

 

「なんて、嘘……ではないですね。いつか、私が用意する舞台にも出ていただけますか?」

「……出るよ必ず」

「約束ですからね。出てくれないと、泣いちゃいますから」

「うん、約束する」

 

 朱鷺ノ宮さんが用意する舞台、それがどんなものか分からないまま約束を交わす。

 分からなくてもいい。最後まで付き合うって決めたんだから、どんな舞台でも立ってみせる。

 

「良かった……時間まではお友だちと楽しんできます。悠貴くんもお忙しいですよね?」

「あ、当番変わってもらったままだった。ごめん朱鷺ノ宮さん、戻らなくちゃ」

「頑張ってください。ライブ、楽しみにしていますね」

 

 朱鷺ノ宮さんと一旦別れ、教室へ戻る。

 当番を変わってくれた武蔵に感謝しつつ、朱鷺ノ宮さんとのこと囃し立てるクラスメイトの声を適当に受け流す。

 

「なんだ戻ったのか。いま戻ったらこうなるって分かってただろうに」

「変わってもらったままなのも悪いからね。甘んじて受け入れるよ」

「相変わらずだな。なら俺はそろそろ部活の屋台に戻るかな。今サボってると午後から抜けられないからな」

 

 そう言って武蔵はニヤリと笑った。ライブのことは武蔵にだけ話している。

 きっと見に来てくれるんだろう。良いとこ見せたいけど、まだ時間があるのに段々と緊張が高まってくる。

 

 

 『イベント控室』

 

 まだあると思っていた時間は、気が付けばライブ直前まで過ぎ去っていた。

 控え室になっている教室で、千聖さんと店長、飯田先生と合流して今は出番まで待機している。

 

「悠、大丈夫?」

「……大丈夫」

「ふふっ、駄目そう」

「千聖ちゃん、思ってても言わないの!」

 

 舞台での紹介を飯田先生がやってくれる。

 もし僕がやれって言われたら、きっと倒れてしまうから大助かりだ。

 

「悠、大丈夫だよ。緊張するのって別に悪いことじゃないんだから」

「ほんと?」

「ほんとだよ。良いライブにするには緊張するのって大事だよ。緊張感を持ってるって言うと良い風に聞こえるでしょ?」

「……うん」

 

 確かにいい風に聞こえる。この緊張が良いライブをするために大事なものなんだろうか。

 

「舞台へ上がったら一番近くにいるのは私なんだから、いつもと似たようなもんじゃん。心配することないって」

「そうだね……うん、確かにその通りだ」

 

 胸の奥にすとんと落ちるようにその言葉で、少しだけ緊張がほぐれた気がした。

 初めての大舞台だけど、一番近くにいるのは千聖さんじゃないか。何も怖がることなんてないと思うと気が楽になる。

 

「篠原くんの緊張もほぐれたみたいだね。僕にもこんな頃があったよ。昔……」

「今はその話いいから。そろそろ、舞台に行く時間でしょ。ちゃんと2人のために場を温めておかないと」

「ああ、そうだったね。2人とも、私たちは先に行っておくから、時間になったら舞台へ」

「舞台袖で応援してるからね~」

 

 そう言って店長と先生は控室から出ていった。

 店長も一緒に舞台へ上がるみたいに聞こえたけど、気のせいかな。

 

「店長もMCするの?」

「店長、一昨年までここの音楽の先生だったからね」

「うそ!?」

「ほんと、あの店するから辞めちゃったの。私授業受けたことあるよ」

「……だから先生と一緒に舞台へ行ったんだ」

「そうそう、今年の3年生は知ってるはずだし」

 

 前もこんなことあったな。他にもびっくりするような秘密が出てきそうだ。

 ドッと大きな笑い声のようなものが振動と共に響いた。先生が舞台に上がっているはずだ。めちゃくちゃ盛り上げてくれてるっぽい。

 

「お~、めちゃくちゃ盛り上げてくれてるね。先生、流石」

「これ、ハードル上がったりしない?」

「大丈夫だよ。気楽にいこ」

「だったらいいんだけど」

 

 壁の時計を見上げると、舞台へ行く時間がもうすぐだった。

 一曲目は千聖さんの作った曲、そして二曲目は僕と千聖さんで作った曲をする。まだ不安が胸に残っている。

 

「あの曲、大丈夫だよね?」

「うーん、こればっかりは分かんないね」

「え……ど、ど、どうするの? 一曲目のほうが良かったなんてなったら」

「ふーん、悠は私が初めて作った曲より、自分が作った曲のほうが良いって思ってるんだ?」

「え、ちが……そういうことじゃなくて!」

 

 二曲目がこのライブで観客に受け入れられるか、それは千聖さんも分からないと答えた。

 それでも千聖さんは余裕ある笑みを浮かべたままで、駄目だったらどうしようと考える僕とは正反対だった。

 

「あの歌詞って悠と私の秘密を歌った曲だし、意味分かんなくてポカーンってされちゃうかも」

「……ヤバくない? 新曲が間に合わない時用に練習してたのに変える?」

「別の曲に変えようって言いたいんじゃないよ。私は最高のものができたって思ってるけど、やっぱり私たちの内輪感が強いからさ」

「内輪感?」

「歌詞にモロ出てるでしょ」

 

 千聖さんの歌詞の中に意味は分かるけど、どういうニュアンスなんだろうってフレーズがある。

 それは僕の音と、千聖さんの音を合わせるって意味らしいけど、初めて聞いたら確かに分からないかもしれない。

 

「歌詞もそうだけど、音もね。あの曲って私の詩に、悠の音で構成されているよね。あれ私も初めてのことだから、本当に聴いてくれる人がどう受け取るか分からないんだよね」

「……千聖さんも不安だったりする?」

「ふふっ、どうでしょう?」

 

 いつもと変わらないように見えるけど、千聖さんにとっても2曲目は不安な部分があるのかもしれない。

 

「それでも私たちの音楽をぶつけてやろうよ。きっと誰かには届くはずだから……でしょ?」

「……そうだね。ぶつけてやろう」

「その意気だよ。私たちはアーティストの端くれなんだから」

「アーティストって、千聖さんはともかく……俺も?」

「悠が覚えた不安はアーティストだからこそ抱くものだよ。作品が受け入れられるかどうかって悩みは毎回出てくるものだし……大変だけど、上手に付き合って行かないと」

「毎回……それは大変だね」

「そう、大変なんだよ。それでもやってやるんだから!」

 

 まるでそうやって悩むのが楽しいと言うように、千聖さんは笑みを浮かべる。

 もうライブの時間だ。あとは、なるようにしかならない。どうなるか分からないけど、僕と千聖さんで作った曲をみんなにぶつけてやろうと思った。

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