夢見のピアニスト~夢に見ただけでピアノを弾けるようになった僕が、活動休止中の天才ピアニストと動画配信を始めることになった件について   作:矢上鉋

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第二十八話 クラシック&ロックンロール

「「「千聖(ちさと)せんぱ~い!」」」

 

 舞台に上がると同時に黄色い声が上がった。3年の女子の先輩が千聖さんに手を振って声を上げている。

 

 けっこうな人数で固まってペンライトまで持っている。今の3年生は千聖さんが通ってた頃は1年生だったから、顔なじみにも混ざっていそうだ。

 千聖さんがその方向に手を振り返す。女子グループから黄色い歓声が上がって、体育館に響いた。

 

「こんにちは、今日は飯田先生の代役でライブすることになった星野楽器店のバイトその1でーす」

「えっと、星野楽器店のバイトその2です」

 

 先生からマイクを受け取った千聖さんが観客に向かって話し始める。

 急にマイクを向けられたけど、千聖さんの自己紹介に習って答えておく。

 

「知ってくれている人もいるっぽいけど、普段はシンガーソングライターとして活動してる『水無瀬(みなせ) 千聖(ちさと)』です。今日は星野楽器店のバイトとして先生の代役を務めさせてもらいまーす」

 

 こういうのマイクパフォーマンスっていうのかな。慣れた感じなのが、千聖さんが何度もライブを重ねてきたのを伺わせる。

 その背中をキーボードの前から見るのは、すごく不思議な感じがした。知っているのに知らないような、そんな感覚だった。

 

「千聖先輩の曲じゃないのー!?」

 

 観客の誰かがそんな声を投げかけてきた。

 代役だから千聖さん自身の曲をしないと思われたんだろう。

 

「もちろん私の曲だよ。1曲目は『からかう男子なんか大っ嫌い』で、2曲目はなんと……新曲でーす!」

 

 『きゃああああ!』って、もはや悲鳴のような歓喜の声が上がる。

 すごい人気だ。想像以上の光景、シンガーソングライターとして千聖さんの姿がそこにあった。

 

「その新曲、バイトその2と一緒に作ったんだよね。私にとって今までにない挑戦的な曲になってるけど、みんなに聴いて欲しい」

 

 観客へのメッセージを伝え終わった千聖さんがマイクをスタンドに置いた。

 開始の合図だ。千聖さんのギターの音が鳴り、続けて僕がキーボードの音を合わせる。

 

 練習通りの入り、上手くいった。

 鍵盤に落としていた視線を上げて千聖さんを向くとマイクに顔を寄せて、歌いだそうとしていた。

 

『愛を語らないでよ 私の大事なものを奪ったその口で

 大っ嫌い 反吐が出そう

 どうしてそんなことができるの?

 あの時 泣いたんだよ』

 

 千聖さんが初めて作った曲、それが僕と千聖さんが通った体育館に響いていく。

 その歌声に合わせてさっきの女子グループがペンライトを振っている。千聖さんの髪色のイメージ、黄色の光が体育館を彩るように光を放つ。

 

『放課後の教室 呼び出された夕暮れ

 君は言った 付き合って下さい

 

 何の冗談 私忘れてないから

 からかったこと 泣かされたこと

 

 あのやるせなさは胸にずっと残ってる

 そんな貴方が 私に愛を語るの?』

 

 練習の時よりも声が力強い。ライブの千聖さんってこんな風に歌うんだ。

 どんな顔して歌ってるのかな。ここからじゃ見えないけど、ギターの音を聞いていればなんとなく分かった。きっと、いつものように笑っている。

 

 それに応えるように、僕の指も練習の時よりも軽く踊るように鍵盤を叩いていた。

 

『愛を語らないでよ 私の大事なものを奪ったその口で

 大っ嫌い 反吐が出そう 

 どうしてそんなことができるの?

 あの時 泣いたんだよ』

 

 初めてのライブなのに、千聖さんの音を聞いていると安心感があった。

 ここから見える背中が頼もしくて、僕はただその頼もしさに音を預ける。さっきの緊張が信じられないくらい心地良い、そのまま一曲目が終わるまで僕はこの感覚に身を任せていた。

 

「……次は、2曲目だね。実は私、学校でライブするの初めてなんだ。高校時代の唯一の未練と言ってもいいかも」

 

 一曲目を終えた余韻のあと、千聖さんがマイクを握って観客に語りかけた。

 当時を懐かしむような、少しだけ感傷の混じった声だった。

 

「私が高校3年の文化祭ね。ライブに出るはずだったの。でもあの時、流行ってた病気で喉やっちゃってね。今でこそ笑い話だけど、当時は落ち込んだな……だから、今日はリベンジできてすごく嬉しい」

 

 ペンライトが激しく揺れている。あれって喜びを表しているんだろうか。

 よく見ると泣いている人もいて、このライブが観客に受け入れられているんだってわかる。

 

「この機会をくれた飯田先生には本当に感謝してる。体育館いっぱいに人が集まってくれて、本当に幸せで胸がいっぱい」

 

 また歓声があがった。

 こんなに大勢がいる空間で、千聖さんはその中心で輝いていた。

 

「……次が最後だね。『クラシック&ロックンロール』私たちのライブを飾る最後の曲、みんなにも届いてくれると嬉しいな」

 

 曲名を告げた千聖さんが僕のほうへ視線を向ける。

 今度は一曲目と違って、僕の音から始まる。その合図の視線に、僕はゆっくり頷いて鍵盤に指を落とす。

 

 ちょっとだけ、音が浮足立っている。練習通りとは違う音、だけど始めたからには止められない。

 このままいくしかない。鍵盤に落としていた視線を上げると、千聖さんがこっちを向いて優しく笑っていた。

 そのままギターの音を掻き鳴らす。こっちも練習の時とは違って、激しく更に僕を煽り立てるような音だった。

 

 「もっと来てよ」千聖さんのギターがそう言っているような気がした。

 「煽ったのはそっちだからね」僕もキーボードの音で応える。練習通りじゃないけど、2人の音が最初からそういうものだったかのように混ざり合っていく。

 体育館全体を僕と千聖さんの音で支配して、歌の始まりに向けて空気を最高潮のものへと押し上げていく。

 

『偶然の再会 回りだした時計の針が

 僕らを繋いでいく クラシック&ロックンロール』

 

 そして、正面を向いた千聖さんが歌い出す。

 僕と千聖さんの偶然の再会が歌になって響いていく。2つの音――クラシックとロックの2つの音が1つに融合している。

 

『夢から覚めた君 まるで別人みたい

 遠くて 神秘的で

 

 クラシックがお好き?

 ロックンロールはお嫌い?

 

 自分の音楽ってなんだろうね?

 いつか逢いましょう そこへ辿り着くから』

 

 どうしてこんな指が忙しい曲にしたんだって、自分で作った音なのに文句が出そうになる。

 だけど、楽しかった。指がもつれそうになるのに、音が走っているのに、楽しくて仕方ない。

 

 鍵盤から目を離したら間違えてしまうかもしれない。それでも僕は顔を上げて、千聖さんの背中を追いかけるように視線を向けた。体育館全体に響く歌声は力強く、それでいて優しい。まるで千聖さん自身が音になって響いているようだった。

 

 ここからラストスパートだ。絡まりそうな指を必死に動かし最後のリズムを刻むと、普段より強い千聖さんの歌声が乗っかってきた。

 

『繋いで離さない 時計の針は止まらないから

 僕らで紡いでいく クラシック&ロックンロール』

 

 たった10分ほどの時間、それだけなのに腕が死ぬほど重い。もう限界、そんな感覚が全身を覆う。

 

 それと同時に2曲目が終わった。安心したような、もっと弾いていたかったような、さっきまで限界だったのにそんなことが頭に浮かぶ。

 

 手を上げようとすると微かに震えた。本当に限界だったようだ。もう一曲なんて、とてもできそうにない。

 

「……みんな、どうだったかな? 2曲目の『クラシック&ロックンロール』、これ今までの私の曲とはテイストが違ったと思う」

 

 僕のほうはもう限界ギリギリって感じなのに、千聖さんのほうはまだ余裕があるように観客に語りかけていた。

 あの細い身体のどこにそんな体力があるんだろう。これも経験の差ってやつなのかな。

 

 「良かった? ありがとう。この曲は悠と、あ……バイトその2くんね。この子と一緒に作った曲だから、みんなに喜んでもらえたみたいですごく嬉しい」

 

 曲が終わって緊張が解けたのか、僕の名前を呼んでしまっている。別に隠している訳じゃないからいいのに。

 余裕ができて観客のほうをよく見ると、知った顔が何人もいる。

 

 姉さんにお母さん、武蔵もクラスメイトの何人かと一緒に見てくれている。視線が合うとグッて指を立てて合図を送ってくれて、僕もそれに応えて手を振った。

 

 そして朱鷺ノ宮(ときのみや)さんの姿も見つけた。大きな拍手の中、まるで1人ポツンとそこにいるようだった。

 横には友達らしき人もいるのに、何故か僕には朱鷺ノ宮さんが一人きりのように見える。

 

「ほら、その2くん。そろそろ引っ込まないと、次あるから」

「あ、うん。ごめん千聖さん」

 

 いつのまにか近くに来ていた千聖さんに促されるまま、僕らは舞台袖に引っ込んだ。

 飯田先生が入れ替わりで舞台に出て、次の進行に向けてアナウンスを始めた。

 

 控室へ一旦戻るために外へ出ると風がひんやりと頬を撫でた。それでも熱気は冷めず、まだライブの達成感は胸に強く残っている。

 それなのに、さっきの朱鷺ノ宮さんの姿だけが、どうしても頭から離れなかった。

 

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