六畳一間の、いつもの世界。
畳の匂い。
小さなちゃぶ台。
そして、その上に積み重なった無数のスケッチ。
白を基調にしたセーラー風勝負服。
淡いミントのライン。
控えめな胸元のリボン。
走ったときだけふわりと揺れるプリーツ。
清楚で、まっすぐで、少しだけ背伸びをした一着。
「……これが、私の案です」
メロヴィクトは真剣な顔で呟いた。
その瞬間。
六畳一間の空間が、轟音と共に震えた。
「甘いぞォォォォォォ!!」
天井が揺れ、壁が軋む(精神的に)。
現れたのは誇り高きVの化身、ビクトリーム。
腕を組み、胸を張り、鼻で笑う。
「清楚? 可憐? そんなものは地方の未勝利戦までだ! 真に勝つ者は、己を誇示するのだ!」
ばさり、ともう一冊のスケッチブックが叩きつけられる。
そこに描かれていたのは――
白銀のV字レオタード。
腹部どころか腰骨まで大胆に露出。
背中は深く抉られ、肩には謎の小マント。
布面積より理念が多い。
「私の名前はビクトリーム! 華麗なるビクトリーム様だ!! 言ってごらん?」
「言いません」
即答。
「……これ、着るんですか?」
「当然だ」
「私、まだGⅠ出たこともないんですよ?」
「だからこそだ!!」
「重賞を一つ二つ勝っただけの身分でこれ着たら、完全に浮きます!! って言いますか、こんなの普通に痴女扱いです!!」
ばんっ!
ちゃぶ台が震える。
現実のメロヴィクトは、中央の重賞を一つ制したばかり。
GⅠはまだ遠い。
海外など、想像すらしていない。
それなのに――この布面積。
「だが偉大なる私を表現せずして何を表現する!」
「私の人生です!!」
言い争いは長引いた。
セーラーの前身頃にV字切り込みが入れられ、
レオタードに無理やりプリーツが増設され、
最終的に誕生したのは、
「軍服風Vセーラー改・超覚醒型」
という理解不能な怪物だった。
「……もう、だめです」
机に突っ伏すメロヴィクト。
静かになった六畳一間で、彼女は天井を見つめる。
――あの人。
未勝利戦で何度も跳ね返され、泣くまいと唇を噛んでいたあの日。
何も言わず隣に座って、そっとメロンを差し出してくれた先輩ウマ娘。
GⅠには出たことがない。
けれど地方重賞を勝ち続けている、確かな実力者。
そして何より。
服飾デザインの話になると本気で目を輝かせる人。
「……先輩に、相談してみようかな」
ぽつりと呟く。
精神世界でビクトリームが腕を組む。
「ほう。第三者か」
「私の知人二人の意見として、出します」
「二人?」
「“清楚案派”と“自己主張派”です」
ビクトリームはふん、と鼻を鳴らす。
「この私を知人扱いとは不敬だが……まあ良い。特別に我慢してやらん事も無い」
「じゃあ、恨みっこ無しですからね?」
「我が肉体こそ、新しき我がVのデザインに心震えるが良い」
翌日。
地方トレセン学園の空き教室。
先輩ウマ娘は、受け取ったスケッチブックを丁寧に開いた。
ページをめくるたび色の重なりや線の迷いを、真剣な目で追っていく。
「へえ……ちゃんと描き込んでる」
セーラー基調の清楚案。
その横に添えられたV字強調の大胆ラフ。
先輩は少し笑った。
「……意見、割れてるの?」
「はい。知人二人の意見で……」
精神世界でビクトリームが腕を組む。
(我を“知人二人”の一人としたか……まあ良い)
先輩はしばらく黙っていた。
そして、優しく言う。
「清楚なの、すごくあなたらしい」
メロヴィクトの耳がぴくりと動く。
「でもね、こっちの“強気な自己主張”も……あなたの中にあるんでしょ?」
言葉が、胸に落ちる。
「勝負服ってね、今の自分だけじゃなくて、“なりたい自分”も込めていいの」
なりたい自分。
まだGⅠも知らない。
世界も知らない。
でも――
今より少し強くなった自分。
もう一段、前に出られる自分。
それは、確かに心の奥にある。
「任せてもらっていい?」
真剣な瞳。
「あなたの原案をベースに、両方の良さを残す。 ちゃんとレースで着られる形にしてあげる」
メロヴィクトは、迷わなかった。
「お願いします」
精神世界。
ビクトリームは腕を組んだまま、小さく頷く。
「我のVを忘れるなよ?」
「だから控えめにです!」
先輩はもちろん、その存在を知らない。
ただ一人の後輩の未来を想い、楽しそうにペンを走らせている。
この時のメロヴィクトはまだ知らない。
この一着がやがて彼女を中央へ、そしてもっと遠くへ導く可能性を秘めていることを。
今はただ。
“重賞を勝ったばかりのウマ娘”として。
新しい勝負服に、胸を少しだけ高鳴らせているだけだった。
あれから数日後。
地方トレセン学園の空き教室に、再びメロヴィクトは呼ばれた。
机の上に置かれた一冊のスケッチブック。
先輩ウマ娘は、いつもの柔らかい笑顔ではなく、
少しだけ緊張した面持ちでそれを差し出す。
「できたよ」
ページをめくる。
そこに描かれていたのは――白を基調にした勝負服。
セーラーの面影は、もはや“構造”として溶け込んでいる。
襟は軍装風にアレンジされ、胸元はすっきりと詰まっているのに、
ジャケットは肋骨下で止まり自然にくびれが際立つ。
腹部には、細い金のV字ライン。
主張しすぎない。
けれど、確かにそこにある。
スカートは前が軽く短く後ろがわずかに長い。
走れば流線が生まれる設計。
「……」
メロヴィクトは言葉を失った。
ビクトリームも黙る。
「清楚さは残した。でもね」
先輩はページを指でなぞる。
「このVライン。あなたの“もう一人の意見”、ちゃんと生かしてる」
メロヴィクトの胸がどくんと鳴る。
(……私の、Vだ)
小さく、しかし確実に刻まれた象徴。
「どうかな?」
「……すごいです!」
素直な声だった。
精神世界で、ビクトリームが腕を組む。
「ふむ……七十点」
「高いですね」
「残り三十点は我の監修だ」
案の定、ビクトリームによる最終調整が始まった。
金ラインを0.5ミリ太くしようとして却下され。
マントを長くしようとして却下され。
胸元に巨大Vブローチを付けようとして全力で阻止される。
「世界はVを求めている!!」
「まだ地方です!!」
最終的に落ち着いたのは、
・金ラインは現状維持
・マントは極小
・ブローチは小さなV刻印のみ
先輩は不思議そうに首を傾げていたが、メロヴィクトは満足していた。
これは、自分の服だ。
朝日が差し込むトレセン学園の寮。
何時もの様に自室で目を覚ましたメロヴィクトは、
昨日の練習の余韻を身体に残しつつも、心はすでに覚醒していた。
今日は地方GⅡ
――連勝を狙う大事なレースだ。
テーブルには、先輩ウマ娘に仕上げてもらった勝負服のスケッチ。
軍服風Vセーラー
――清楚と自己主張の両方を取り入れた特製デザイン。
まだGⅠ未出走のメロヴィクトにとって、
実際に着られるのはゼッケン付き体操服だけだ。
だが、スケッチを見るだけで胸の奥が高鳴る。
「これ……いつか、着られる日が来るんだな」
レース場に着くと、地元のテレビ局が取材の準備をしていた。
中央の重賞を勝った“地方の星”として注目される自分。
――胸の奥が軽く跳ねる。
ゲート前。
湿ったダートがシューズを引き締め、心拍と呼吸が完全に同期する。
今日、解禁されたスキル
――マグル・ヨーヨー。
発動すれば脚の回転が滑らかに連動し、瞬間的に加速を増幅する。
「行くよ……!」
ゲートが開く。
土が舞い、風が額を打つ。
序盤はインコースを意識して前へ。
湿った馬場の抵抗を感じ取りながら、脚の回転を微調整する。
中盤。
ライバルたちが横並びで微妙な位置取りを争う。
ここで重要なのは、外側を回すか内側を縫うかの判断。
メロヴィクトは迷わず内側を選択。
脚裏の感触、
土の沈み込み、
風向き
――全てが瞬時に脳を駆け巡る。
残り400m。
最終コーナーへ。
ここでマグル・ヨーヨーを発動。
身体全体がスムーズに連動し瞬発力が増す。
肩越しにライバルの姿を確認しながら、
脚の回転と地面の反発を完全に同期させる。
「まだ、負けられない……!」
残り200m。
心拍が荒くなるが、マグル・ヨーヨーの効果で
脚の回転は乱れずリズムは正確そのもの。
視覚的な軍服風Vセーラーのイメージはまだスケッチ上だけだが、
心の中では既に力を与えてくれる。
残り100m。
ライバルを肩越しに抜く。
「ここで……!」
脚を最大限に回転させ、身体全体で地面を押し出す。
マグル・ヨーヨーが与えた加速が推進力に変わる。
そして――ゴール。
歓声が耳を打ち、地元テレビがカメラを向ける。
GⅡ初制覇達成。
地方の星として、メロヴィクトは確かに輝いた。
膝をつき、息を荒くしながら空を見上げる。
「……やった……でも、まだここから……!」
取材陣の質問に笑顔で答え、雑誌のカメラにも手を振る。
「私、まだGⅠは経験ないのに……こんなに注目されて……!」
浮かれるメロヴィクトに、応援に駆け付けた先輩が控え室で笑顔で話す。
「楽しむのも大事よ。次はもっと強くなれる」
精神世界では、ビクトリームが鼻を鳴らす。
「我のVを忘れるなよ?」
「だから控えめにします!」
メロヴィクトの目には、次の大きな目標
――GⅠでの勝負服デビューがはっきりと映っていた。
地方での連勝は、ほんの序章にすぎない。
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これから完結まで毎日投稿となります。
物語は結末まで書き終わっているので、次回もお楽しみに!
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それでは、また次回お会いしましょう!