ウマ娘伝説:蒼焔の挑戦者   作:ネギ市場

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第13話「王者の風」

 

 天皇賞(秋)を制覇したその夜。

 六畳一間の精神世界は、やけに明るかった。

 畳の縁まで白く発光している。
 

 空間の中央で、金色の光をまとった影が両腕を広げた。

 

 「フハハハハ! 王とは孤高! 王とは至高! 王とは――メロンだ!」

 

 畳に正座したままのメロヴィクトが真顔で言う。

 

 「ちょっと何言ってるかわからないです」

 「理解力が足りぬ!」

 「語彙が足りてないのはそっちですぅ!」

 

 ビクトリームはくるりと回転し、指を天に突き立てる。

 

 「勝利とは甘美! 甘美とは糖度! 糖度とはメロン! ゆえに王はメロン!」

 「三段論法が雑!!」

 

 六畳一間の天井に、うっすらと巨大なV字の光が浮かび上がる。

 それは、確実に大きくなっていた。

 

 寮の住人が寝静まった深夜二時。

 寮のメロヴィクトの部屋。


 部屋の主の静かな寝息。

 

 次の瞬間――

 

 ふわり、と体が光る。

 ぱちり。

 瞳が開く。

 だが、何時もと違い顔が濃い。

 ゆっくりと上体を起こし、闇の中で宣言する。

 

 「我、降臨!」

 

 ベッドの上に仁王立ちし、カーテンをばっと開く。

 

 「世界よ! 王の目覚めを祝――」

 

 壁の向こうから怒号。

 

 「うるさい!!」

 「す、すまぬ!!」

 

 謝罪はするが、しかしテンションは下がらない。

 

 「祝賀だ。祝賀が必要だ。王の胃袋を満たす祝賀が。」

 

 翌日。

 学園の事務所に併設された口座管理課。

 

 「今月分のグッズ販売のロイヤリティが振り込まれておりますので、こちら確認後サインを」

 「は、はい……」

 

 ウマホを開く。

 画面を見た瞬間、メロヴィクトの思考が止まった。

 ゼロ。

 ゼロ。

 ゼロ。

 ゼロ。

 ゼロ……。

 

 「え、え、え……こんな……ゼロが……多い……」

 

 指で数える。

 

 「いち、じゅう、ひゃく、せん、まん……え? え?」

 

 六畳一間、精神世界。

 ビクトリームが背後から覗き込む。

 

 「王の数字だ。」

 「桁が怖い!!」

 

 祝勝記念タオル。


 V字ライト。


 緑の応援うちわ。


 限定フィギュア(Vポーズ)。

 地方所属のはずの彼女に、異常な売上。

 ビクトリームは腕を組む。

 

 「メロンだ。メロンを買え。」

 「語彙が戻らない!」

 

 メロヴィクトは拳を握りしめ、ビクトリームに語りかける。

 

 「……お祝いに一個! 八百屋さんでカットされた500円の、あのお高い奴買います!」

 

 ビクトリームがゆっくり振り向く。

 

 「王が……カットで満足だと……?」

 「半玉ですらないですからね!? 四分の一ですよ!?」

 「王の器が豆腐!」

 

 その夜。

 再びの光。

 一瞬の浮遊感。

 メロヴィクトの意識は、六畳へ叩き落とされた。

 テレビが点く。

 精神世界に設置された、なぜかあるブラウン管テレビ。

 画面には、現実の自分の体。

 

 「やだやだやだやだ待って待って待って!」

 

 現世側のビクトリームは、ウマホを掲げて高らかに宣言する。

 

 「王の祝賀は盛大に!」

 

 検索履歴が高速で増える。

 “高級メロン 箱”
 

 “糖度18以上 保証”


 “農園直送 即日配送”
 

 “業務用 50玉”

 

 「やめてえええええええ!!」

 

 ポチッ。

 ポチッ。

 ポチポチポチポチポチ……

 決済完了音。

 

 「送料? 王に送料はない!」

 「あります!!ありますから!!」

 

 メロヴィクトは六畳で頭を抱える。

 

 「私の生活費ぃぃぃぃぃ!!」

 

 翌朝。

 寮の前にトラックが止まっていた。

 

 「配達でーす!」

 

 段ボール、山。

 寮母、無言。

 メロヴィクト(六畳)、絶叫。

 

 「なにこれぇぇぇぇぇぇぇ!!?」

 

 頭の中に響く絶叫を無視して、ビクトリームが箱を抱きしめる。

 

 「芳醇!! 芳醇の極み!!」

 

 冷蔵庫、緑。

 机の下、緑。

 ベッドの横、緑。

 クローゼット、緑。

 

 「保存とかどうするんですか!? 絶対腐りますよこれ!?」

 「案ずるな、王の胃袋がある!」

 「限界ありますよ!!」

 

 メロヴィクトは六畳一間で転げ回る。

 

 「家計簿がああああああああ!!」

 

 そして暴走は止まらない。

 ビクトリームはメロンに満足すると、学園へ出陣した。

 

 「王の凱旋だ!」

 

 校門でVのポーズ。

 その時、偶々通りかかった下級生と目が合う。

 

 「ひっ……!」

 

 その姿にニヤリとその口角を上げたビクトリームが叫ぶ。

 

 「私の名前はビクトリーム! 華麗なるビクトリーム様だ!!」

 「また出た!」

 

 ビクトリームの名乗りに、引き攣った顔で下級生が叫ぶ。

 

 「やめてぇぇぇぇ!!」

 

 勿論、メロヴィクトも叫ぶ。

 

 「言ってごらん?」

 「び、ビクトリーム……さま?」

 「そうだ、てめえらを冥途に送る名前だーーーーーー!!!」

 「「ひぃぃぃぃっ!!」」

 

 悲鳴を上げて逃げ惑う下級生達。

 それを楽しそうに追いかけ回す。

 六畳一間の世界で1人、メロヴィクトはテレビに叫ぶ。

 

 「私の社会的立場がぁぁぁぁ!!」

 

 

 さらに場所は変わって近所の公園。

 そこでは、子供達がはしゃぎながらボール遊びをしている。

 ビクトリームはすぐにそこへ向かう。

 

 「未来の民よ! 王を称えよ!」

 「誰?」

 「変な人だ!」

 「へんしつしゃ?」

 「悪者?」

 「「「悪者は退治する!」」」

 

 石が飛ぶ。

 カンッ!

 

 「オフゥっ!」

 

 「なにしてるんですかぁぁぁ!!」

 「やめて、私の股間の淑女を虐めないで!」

 「淑女じゃない! ややこしいから!!」

 

 さらに石。

 

 「オフゥゥゥゥ!!」

 

 六畳一間で、四つん這いになったメロヴィクトがボヤく。

 

 「もう無理……中央王者、終わりました……」

 

 ブラウン管テレビの中で、ビクトリームはなおも叫ぶ。

 

 「王は倒れぬ! 王は甘い! 王はメ……オフゥっ!だから、私の股間の淑女を虐めるなぁぁあっ!」

 

 六畳の天井に浮かぶ巨大なV。

 以前より、明らかに大きい。

 メロヴィクトは涙目で見上げる。

 

 「成長方向、間違ってませんか……?」

 

 王者の風は、完全に暴風域に入っていた。

 

 

 地方トレセン学園寮の食堂。

 夜の蛍光灯は少し白すぎて、壁をやけに平坦に見せていた。


 けれど今日は、その白さすら明るく感じる。

 天井から吊るされた模造紙の横断幕。

 

 『祝・天皇賞(秋)制覇!』

 

 金色の折り紙が不揃いに貼られ、端はわずかに曲がっている。


 飾り付けのセンスは決して洗練されていない。

 だが、そこにあるのは紛れもない気持ちだった。

 

 扉の前で、メロヴィクトは一度だけ深呼吸をした。

 開ける。

 ――破裂音。

 クラッカーの紙吹雪が舞った。

 

 「「「おめでとーーーっ!!」」」

 

 食堂いっぱいの拍手。

 一瞬、何が起きたのかわからない顔で立ち尽くす。

 

 六畳一間の精神世界。

 ビクトリームが腕を組む。

 

 「当然だ。王の凱旋だ。」

 「今日くらい静かにしてください……」

 「主役、前! ほら!」

 

 押されるようにして中央の席へ。

 机の上には、唐揚げ、カレー、大皿サラダ、ゼリー。
 

 そして、場違いなほど存在感のある段ボールの山。

 嫌な予感しかしない。

 誰かが箱を開ける。

 

 「……え、メロン?」

 「また!?」

 「何玉あるのこれ!?」

 

 甘い匂いが一気に広がる。

 メロヴィクトは遠い目をした。

 

 「……色々ありまして」

 「王の祝宴だ。」

 (生活費なんですそれは!!)

 

 乾杯の音頭は、いつもお世話になりっぱなしの先輩だった。

 

 「私ね? 正直、中央のGⅠなんて別世界だと思ってた」

 

 食堂が少し静まる。

 

 「でもテレビで見ててさ……最後の直線、叫んだ」

 「私も」

 「私なんて、ちょっと泣いたし」

 「うん、アレは泣けるよ」

 

 照れくさそうな笑い。

 メロヴィクトの胸の奥が、少し熱くなる。

 

 「……そんな」

 

 先輩は続ける。

 

 「やっぱり悔しかったんだよ。私たち、ここに来る前はさ、自分の脚に自信あったんだよ。でも中央の試験で落ちた。行かなかったんじゃなくて――行けなかった。」

 

 言葉は柔らかいが、重みがある。

 

 「でも今日は違うの。とても誇らしい気分だよ?」

 

 その視線がまっすぐ向く。

 

 「ありがとう、メロヴィクトちゃん。私達の分も夢、叶えてくれて!」

 「……先輩」

 

 一瞬、何も言えなくなる。

 その後、涙で震える声で何とか行った乾杯を合図に、祝勝会が始まった。

 

 持ち寄った料理を食べ、レースの話などをしながら

 みんなと賑やかに過ごす。

 そんな楽しい時間を過ごすメロヴィクトの視線の端に、見慣れない姿が映る。

 壁際。

 腕を組んで静かに立っている、五十八歳のトレーナー。

 寮の食堂にいるはずのない人物。

 メロヴィクトは目を細めた。

 

 「……あれ、この寮って男性立ち入り禁止ですよね?」

 

 からかうように声を掛ける。

 トレーナーはわずかに眉を上げる。

 

 「そうだ」

 「じゃあなんでいるんですか?」

 

 食堂の空気が、少しだけいたずらっぽく揺れる。

 彼は小さく息をついた。

 

 「今回は特別許可だ」

 「特別?」

 「寮生全員で学園に掛け合ったらしい」

 

 一瞬、視線を逸らす。

 

 「“トレーナーが主役のウマ娘の隣にいない祝賀会なんて、変だ!”だとよ」

 

 食堂のあちこちから小さな笑い。

 

 「理事長室に直談判だ。俺は知らなかった」

 「えっ」

 「気づいたら承認が下りていたよ……断る理由もなかった」

 

 照れ隠しのようにひとつだけ咳払いをしたトレーナーが、笑いながら話す。

 

 「俺は呼ばれただけだ」

 

 メロヴィクトは、周囲を見回す。

 さっきまで笑っていた先輩たちが、知らん顔で料理を取り分けている。

 胸の奥が、少しだけ柔らかくなる。

 

 ビクトリームが低く言う。

 

 「民の総意か」

 (ちょっと黙ってください今いいとこなんです)

 

 メロンが切られる。

 包丁が入る音。

 ぱかり、と開く。

 鮮やかな緑。

 

 「うわ、甘っ」

 「すご……」

 

 フォークが伸びる。

 皆で笑いながら食べる。

 あれほど頭を抱えたメロンが、今はただの祝福の味になっていた。

 トレーナーも一切れ口に運ぶ。

 

 「……うまいな」

 「でしょう?」

 

 思わず誇らしげになる。

 

 「お前が買ったんだろ?」

 「半分は事故です」

 

 「事故ではない。必然だ。」

 (必然で今月の生活費が消えました)

 

 みんなで写真を撮る。

 V字ライトを振る下級生。

 横断幕の前で全員並ぶ。

 地方の、少し古びた寮を食堂。

 勝利の大きさには見合わない集まりかも知れない。

 だがそこにある笑顔は、何よりも眩しかった。

 やがて、祝宴は終わりを告げ片付けが始まる。

 皿の音。水の音。

 人が少なくなる。

 

 メロヴィクトは、横断幕を見上げた。

 

 『祝・天皇賞(秋)制覇!』

 

 その文字が、どこか現実離れしている。

 近付く足音。

 トレーナーが隣に立つ。

 

 「騒がしいな」

 「すみません」

 「いい祝勝会だな?」

 「はい、私には過ぎたモノです。」

 

 短い沈黙。

 

 「次も勝てるか?」

 

 問いは低い。

 

 「当然だ」

 

 頭の中にビクトリームの声が響く。

 

 「……わかりません。でも!」

 

 視線を上げる。

 

 「また、ここで祝ってほしいです」

 

 トレーナーは、ほんのわずかに笑った。

 

 「なら走れ」

 

 それだけ。

 だが十分だった。

 

 

 食堂に残るのは

 メロヴィクトだけになる。

 窓の外は、地方の静かな夜。

 メロヴィクトは、少し曲がった横断幕の端を直した。

 ビクトリームが言う。

 

 「王は孤高だ」

 

 少しの間。

 

 「だが、歓声は悪くない」

 

 メロヴィクトは小さく笑い、ビクトリームに向けて言う。

 

 「でしょう?」

 

 天井に浮かぶV字は、以前より穏やかに光っている。

 王としてではなく。

 一人のウマ娘として。

 またここに戻ってきたい。

 その思いが、確かに芽生えていた。

 夜は静かに、更なるレースへと続いていく。

 次にこの横断幕が掲げられるとき、
彼女はもう少しだけ強くなっているはずだ。

 

 

 午後九時二十三分。

 地方トレセン学園。

 月明かりの差し込む誰も居ないグラウンドに、まだ一人だけ残っている影があった。

 メロヴィクトは黙々と周回を重ねている。

 祝勝会の余韻はもうない。


 既に横断幕も片付けられ、食堂は静まり返っている。

 あるのは、息と足音だけ。

 

 六畳一間の精神世界。

 ビクトリームが腕を組む。

 

 「王は凱旋後も走る。よい心掛けだ」

 「フォーム修正です。最後の加速、まだ粗いので」

 

 汗が顎から落ちる。

 その瞬間――

 

 

 同時刻。

 中央トレセン学園・資料閲覧室。

 午後九時二十三分。

 アグネスデジタルのウマホ画面に表示されているのは、まさにそのレース映像だった。

 

 「……ここ」

 

 4コーナー出口。

 停止。

 拡大。

 

 「溜めが、ほんの一拍遅い……」

 

 目がきらきらしている。

 

 「地方所属でこの上がり3F……尊い……」

 

 だがペンは冷静に動く。

 《終盤加速優秀》
 《だが中央の多頭数包囲なら危険》

 

 「完成Vじゃない……まだ伸びる……」

 

 両手で頬を押さえる。

 

 「成長過程をリアタイ……徳積み……」

 

 しかしすぐに首を振る。

 

 「でも中央は甘くない」

 

 画面のタイム表示は、午後九時二十三分。

 彼女が分析しているその瞬間、地方では本人が同じ課題を走り直している。

 

 

 同時刻。

 中央トレセン学園近くの河川敷。

 午後九時二十三分。

 ジャングルポケットは、動画を止めたまま空を見ていた。

 

 「地方の星だぁ?」

 

 ニヤリ……口角が上がる。

 もう一度再生。

 直線の伸び。

 

 「……確かに速ぇ」

 

 認める。

 無意識に拳を鳴らす。

 

 「だがなぁ?」

 

 風が吹き抜ける。

 

 「王様ってのは、名乗った瞬間から狙われる」

 

 動画を閉じる。

 

 「一度勝ったくらいで王様ヅラか?」

 

 地面を蹴る。

 

 「中央、舐めんなよ?」

 

 走り出す。

 砂利を踏みしめる音が夜に響く。

 午後九時二十四分。

 地方のトラックで、メロヴィクトがラスト一本を加速する。

 同じ時間、別の場所で。

 中央の牙が研がれていた。

 

 

 さらに同時刻。

 中央トレセン学園・女子寮。

 午後九時二十四分。

 マンハッタンカフェは静かにカップを持ち上げていた。

 湯気がゆらりと揺れる。

 

 「……風向きが変わりました」

 

 目を閉じる。

 

 「彼女の周囲に、強い意志が集まり始めています」

 

 遠く、地方。

 照明の落ちたトラック。

 孤独な周回。

 

 「強い光は強い影を生む」

 

 カップを置く。

 

 「次は、試される」

 

 その言葉が落ちた瞬間。

 地方トレセン学園グラウンド。

 午後九時二十五分。

 メロヴィクトがラストスパートを終え、息を切らして立ち止まる。

 肩で呼吸をしながら、空を見上げる。

 

 六畳一間。

 ビクトリームが低く言う。

 

 「王は孤高だ」

 「……でも」

 

 荒い呼吸の中、小さく返す。

 

 「孤立はしません」

 

 夜風が吹く。

 同じ夜。

 同じ時間。

 中央では、観測し、
闘志を燃やし、
気配を読む者たちがいる。

 メロヴィクトはまだ知らない。

 今この瞬間から。

 追う側ではなく。

 追われる側になったことを。

 

 午後九時二十六分。

 中央と地方の夜は、同じ速度で進んでいた。

 そして物語もまた、同時に動き始めていた。

 

 

 夜は、祝福よりも静かだった。

 地方トレセン学園の寮。


 消灯後の廊下は、物音ひとつない。

 メロヴィクトは布団の中で目を開けていた。

 目を閉じれば、歓声が蘇る。


 横断幕。

 拍手。

 メロンの甘い匂い。

 ――おめでとう。

 胸が、じわりと温かくなる。

 だが同時に。

 背中に、風が当たる感覚が消えない。

 押してくれる風ではない。

 ――見られている。

 理由のない確信があった。

 ゆっくりと、意識が沈む。

 

 六畳一間の精神世界。

 今日はやけに静かだ。

 ビクトリームは、腕を組んだまま立っている。


 何時もの騒がしさはない。

 メロヴィクトが、ぽつりと口を開く。

 

 「……私、勝ちましたよね?」

 

 「うむ。」

 

 それは事実だ。

 

 「でも……なんか……怖いです。」

 

 六畳の空気が、わずかに揺れる。

 天井に、淡いV字の光。

 ビクトリームの声は低い。

 

 「それが王者の風だ。」

 

 メロヴィクトは顔を上げる。

 

 「追う風は背を押す。」

 

 光が強くなる。

 

 「追われる風は、体を削る。」

 

 一瞬の沈黙。

 

 「削る……ですか?」

 「貴様はもう“挑戦者”ではない。」

 

 一歩、近づく。

 

 「無作為に狩られる側ではなく、狩られる“価値”を持った者だ。」

 

 言葉が、重い。

 メロヴィクトの喉が鳴る。

 

 「次は、我が力だけでは足りぬ。」

 

 それは初めて聞く響きだった。

 

 「え……?」

 「貴様が“王”になるのだ。」

 

 六畳の床が、わずかに震える。

 

 「……まだ、借りてます。」 

 

 勝利も。
 肩書きも。
 力も。

 

 「ならば鍛えよ。」

 

 ビクトリームの瞳が、鋭く光る。

 

 「中央は、貴様を狩りに来る。」

 

 その言葉が落ちた瞬間――

 世界が切り替わる。

 

 

 同じ夜。

 中央トレセン学園。

 寮の一室。

 アグネスデジタルは、画面を見つめていた。

 

 レース登録一覧。

 

 更新ボタンを押す。

 表示された文字。

 ジャパンカップ……息が止まる。

 

 「……来ましたね。」

 

 指先が震える。

 

 「同世代交差……尊……」

 

 深呼吸。

 目が、観測者のそれに変わる。

 

 「いや、冷静にいきます。」

 

 登録予定馬一覧。

 地方所属――メロヴィクト。

 

 「未完成で、あの脚。」

 

 小さく笑う。

 

 「完成する前に当たれるなんて……徳が高すぎる……」

 

 だが、次の瞬間。

 エントリーボタンに触れる。

 

 「観測だけじゃ、終われません。」

 

 《エントリー完了》

 軽い電子音が鳴る。

 

 

 ほぼ同時刻。

 中央トレセン近くの河川敷。

 ジャングルポケットは立ったまま、同じ画面を見ていた。

 

 「ジャパンカップ、か。」

 

 歯を見せる。

 

 「王様狩りだ。」

 

 指が迷いなく動く。

 

 「地方の王は、中央で潰す。」

 

 《エントリー完了》

 拳を鳴らす。

 

 「待ってろよ、地方の王様!」

 

 

 さらに同時刻。

 静かな部屋。

 マンハッタンカフェは、カップを置いた。

 画面に表示された同じレース名。

 

 「……静かな嵐になりますね。」

 

 誰もいない空間へ語りかける。

 

 「風がぶつかります。」

 

 ゆっくりと、登録。

 

 《エントリー完了》

 

 湯気が揺らぐ。

 

 「試されるのは……彼女だけではない。」

 

 

 朝。

 地方トレセン学園。

 メロヴィクトのウマホが震える。

 通知。

 《ジャパンカップ 出走予定馬更新》

 指が止まる。

 開く。

 名前が並ぶ。

 ジャングルポケット。
 

 アグネスデジタル。


 マンハッタンカフェ。

 緊張で喉が乾く。

 

 六畳一間。

 ビクトリームが、静かに笑う。

 

 「来たな。」

 

 メロヴィクトは、画面から目を逸らさない。

 怖い。

 だが。

 足が震えない。

 

 「……逃げません。」

 

 小さく呟く。

 六畳のV字が、強く光る。

 ビクトリームが低く言う。

 

 「王者の風は、祝福ではない。」

 

 中央の空。

 地方の空。

 同じ青の下で、風が動く。

 

 「それは、挑戦の匂いだ。」

 

 メロヴィクトは、走り出した。

 物語は、ここから加速する。

 





 王者の意志が、今、動き出す。
 積み上げた努力、交わした誓い――
 すべては、この瞬間のために。
 勝利の鼓動が、胸を震わせる。
 その一歩が、世界を揺るがす。
 ――次回
 第14話「王の威厳」

 唐突に次回予告してみました。
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