ウマ娘伝説:蒼焔の挑戦者   作:ネギ市場

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 第19話・凱旋門賞当日

 

 

 パリ近郊、ブローニュの森の奥。


 セーヌ河畔に広がるロンシャンレース場は、朝の光を受けて銀色に輝いていた。

 芝の香りは日本のレース場とは違い、湿り気を帯びた深い匂い。


 観客席は上品な礼服やドレスに包まれ、誰もが静かに座っている。


 だが、空気の奥には確かな熱気が渦巻いていた。

 実況席から流れる声も晴々としている。

 

 「Mesdames et messieurs, voici la championne d'Europe, Astral Regius !

 (皆様、ご覧ください、欧州の絶対王者、アストラル・レギウスです!)」

 

 フランス語の熱いアナウンスが流れると、場内の熱気が一気に上がる。
 パドックに現れたアストラル・レギウスは、静かに首を振りながら観客を見下ろす。


 その佇まいだけで、すべての期待が彼女を中心に回っていることを示していた。

 また、少数ではあるが、日本からも応援団が駆けつけていた。


 シンボリルドルフ率いる応援団が横断幕を掲げ、鉢巻きを締める。


 特に声を張り上げるわけではない。

 だが、彼らの一体感と必死の想いがパドックに居るメロヴィクトまで届いていた。

 次に、紹介されたのは――メロヴィクト。


 静かな気迫を湛えてパドックに姿を現す。


 日本の応援団が必死に声を出す。

 


 「メロヴィクト!がんばれ!」

 「絶対勝てる!」

 


 応援の声が反響し、少しずつ周囲の視線を集める。

 その時、パドックで二人の王が初めて向かい合う。


 アストラル・レギウス――

 絶対王者、揺るぎない自信を背負った欧州の覇者。


 メロヴィクト――

 日本からの挑戦者、蒼焔の意志を胸に秘めた新たな王者。

 初めての顔合わせ。


 王者と王者の視線が交わる。


 沈黙の中、世界最高峰のレースの幕が、今静かに上がった。

 

 

 パドックを後に、メロヴィクトはゲートへ向かう。

 欧州の観客は静かだが、視線は熱い。

 日本から駆けつけた応援団も、息を呑む。

 空に響くファンファーレ――

 重厚で格式ある旋律が、競馬場全体に広がる。

 


 「――これが、凱旋門賞」

 


 胸の奥で、蒼焔が小さく震える。

 ゲート前に並ぶウマ娘たち。

 アストラル・レギウスは涼やかな笑みを浮かべ、悠然と構える。

 メロヴィクトは深呼吸し、肩の力を抜く。

 六畳一間も、ビクトリームの声も、もう必要ない。

 

 スターターが旗を掲げ、静かに台の上に立つ。

 旗が振り下ろされ――ゲートが開く。

 芝の感触が足裏に伝わる。

 初めの一歩。

 世界最高峰の戦いが、ついに動き出した。

 

 

 ゲートが開く。

 芝を蹴った瞬間、音が遠のいた。


 「Très bon départ ! Blanche Soleil prend l’avantage !

 (素晴らしいスタート!1枠1番ブランシュ・ソレイユが先頭へ!)」

 

 「À l’extérieur, Fjord Queen avance également !

 (外から7枠14番フィヨルド・クイーンも前へ!)」

 

 「Le rythme est régulier… un train intermédiaire.

 (ペースは落ち着いている…ミドルペース!)」

 

 3枠5番メロヴィクトは完璧な踏み出し。

 (いい)

 押さえなくても自然と前に出られる。


 だが出ない、ここは敢えて抑える。

 


 「Numéro cinq, Melo Vict, se place idéalement !

 (3枠5番メロヴィクト、理想的な位置取り!)」

 

 「À l’intérieur, derrière Éclat !

 (内、2枠4番エクラの後ろへ!)」

 

 内、2枠4番エクラの後ろに滑り込む。

 視界は狭い。

 だが十分。

 ここで布石を打つ――

 

 「怒りの力を右腕に……チャーグル!」

 

 右腕が淡く緑色に光る。

 脚は溜まり、胸の奥は静かだ。

 

 4枠7番アストラル・レギウスは中団外目。

 包まれず、進路も自在。

 王者のポジション。

 

  「C'est pas mal, mais ce n'est que ça.

 (まぁ、悪くない。だが、それだけだ。)」

 

 心の奥、メロヴィクトの蒼焔を認めることはない。

 


 「Astral Regius est parfaitement positionnée !

 (アストラル・レギウス、完璧な位置!)」

 

 「La championne d’Europe attend son heure !

 (欧州女王、機を待つ!)」

 

 実況もまた、その目は欧州王者へと向いていた。

 

 

 

 レース序盤は落ち着いたミドルペース。

 観客席からは期待のざわめきが起きるが、まだ大きな動きはない。

 

 「Numéro deux, Northern Valkyrie avance doucement… et numéro dix, Lumière de Roi suit de près !

 (2番ノーザン・ヴァルキリーがじわりと前へ…そして10番ルミエール・ド・ロワも追走!)」

 

 ノーザン・ヴァルキリーは、落ち着いた足取りで上りを進む。

 ルミエールも、ペースを崩さず確実に脚を進めている。

 そして、3枠5番メロヴィクト――。

 


 「Numéro cinq, Melo Vict ! Toujours calme, position idéale derrière Éclat !

 (3枠5番メロヴィクト!まだ冷静、4番エクラ・ドゥ・リュンヌの直後に理想的な位置!)」

 

 脚は温存され、内ポケットに滑り込む。

 前に見えるのはエクラ、外からの圧は届かない。

 

 「憎しみの力を左腕に!!……チャーグル!」

 

 右腕に続き、左腕も淡く緑色に光る。

 ここで動けば最後に力を出せなくなる――

 だから、まだ静かに溜めるのだ。

 

 「……マグル!」

 

 坂での減速に対する為、マグルを使って少しだけ速度を上げる。

 だが、メロヴィクトの胸の奥、蒼焔が微かに震える。

 その震えを感じながらも、メロヴィクトはまだ灯さずただ力を蓄える。

 

 「Steady… pas de précipitation.

 (焦らず…慌てず行こう)」

 


 ノーザン・ヴァルキリーの声が風に混ざる。

 

 「On garde le rythme, doucement mais sûrement.

 (ペースを保って、ゆっくり確実に)」

 


 ルミエールも同じく、冷静に坂を駆け上がる。

 中団外、7番アストラル・レギウス。

 王者の脚はまだ動かず、完璧に整ったフォームで追走している。

 


 「Je reste patient… rien ne presse.

 (焦らず…慌てることはない)」

 


 レギウスの視線は、内ポケットの日本の挑戦者に向けられてもいない。

 ただ、次の瞬間に全てを決める準備をしているだけだ。

 

 

 坂の頂上まであとわずか。

 先行勢は自然に隊列を固め、後方の追い込み脚質のウマ娘も脚を温存する。

 

 「我が強さを右肩に!!!……チャーグル!」

 


 メロヴィクトは右肩を淡く緑色に光らせると、内側で呼吸を整え胸の奥で力を溜め込む。

 焦る必要はない、ここが序盤の静かな布石。

 

 「Rien ne presse pour Melo Vict… chaque pas compte !

 (メロヴィクトにはまだ焦る必要なし…一歩一歩が重要です!)」

 

 脚はまだ余力を残している。

 上り坂の苦しさは感じるが、マグルを使用した事もあり、身体の奥で蒼焔が静かに鼓動する。

 

 集団は縦長になり、前方の逃げウマ娘たちもペースを崩さない。

 視界にはまだ敵の圧は届かない。


 ここで待つこと――それが、全ての勝利への第一歩なのだ。

 

 

 上り坂を越え、ロンシャンの特徴的な下りに差し掛かる。

 観客席からは、序盤の静けさを破るざわめきが起き始めた。

 

 「Les poursuivants commencent à se déplacer… la course s’anime !

 (後方勢が動き始め…レースが動き出した!)」

 

 後方の9番シルヴァ・オーロラや12番アルカディア・ウィングが、間を縫うように外からじわりと前へ進出を開始する。

 

 「Attention au train… c’est le moment pour les audacieux !

 (ペースに注意…今が思い切りの見せ所だ!)」

 

 観客席では、早仕掛けをするウマ娘たちに一瞬ざわめきが起きる。

 歓声とため息が入り混じる。

 メロヴィクトは依然内ポケットで微動だにせず、呼吸を一定に保つ。

 胸の奥で、静かに力が蓄積されていく。

 

 「誇り高き心を左肩に!!……チャーグル!」

 「我が美しさを股間の……淑女に!!ふふっ、……チャーグル!」

 

 途中、ふと懐かしい場面が頭を過ぎる。

 だが、メロヴィクトは思いを振り切る様に、一気に残りの左肩と股間に淡く緑色に光らせ、内部のバフを静かに蓄積する。

 

 「全ては最後の直線のため!」

 

 

 「Numéro cinq, Melo Vict… patience… l’ouverture vient !

 (3枠5番メロヴィクト…焦らず…進路が開く!)」

 

 フォルスストレート。

 見た目には直線だが、微妙なカーブと坂が絡む難所。

 ここで前方の10番ルミエールや13番オルタンシア・レーヌが早めに動く。

 

 「Lumière de Roi tente une percée à l’extérieur !

 (10番ルミエール・ド・ロワが外から仕掛けにかかる!)」

 

 ルミエールの足音が響き、風切り音が増す。

 観客が息を呑む瞬間。

 しかしメロヴィクトは動かない。

 内側の狭いポケットで脚を温存しつつ、蒼焔の力を胸奥にためる。

 

 『我が肉体よ、焦らず…一瞬一瞬が重要だ!』

 


 メロヴィクトの心に、懐かしい声が響く。

 幻聴である事はわかっている。

 だが、それはメロヴィクトの蒼焔に確実に燃料を投下した。

 

 

 オープンストレッチが機能し、内側の進路が自然と開く。

 前方の隙間に風が差し込むように、メロヴィクトの視界にもチャンスが現れる。


 (ついに…進路が開いた!)

 内側のスペースを確認し、身体の奥で溜めていた力を感じる。

 ここで動けば、最後に全てを使い切れる。

 

 「……マグル・ヨーヨー!」

 

 重心を微妙に調整し、コーナリングの準備を整える。

 脚も、まだ温存。

 後方の追い込み勢も動き出す中、メロヴィクトは焦らず、静かに次の瞬間に備えている。
 

 緑の光が揺れ、胸の奥の蒼焔が小さく燃える。

 ここからが、勝負の直前。

 世界の時間がゆっくりと、しかし確実に変化していく。

 

 





 このまま連続投稿します。
 メロヴィクトの勝負の行方をお楽しみください。
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