ウマ娘伝説:蒼焔の挑戦者   作:ネギ市場

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20話「完全V」

 

 

 「Et voici la sortie du virage… les couloirs s’ouvrent !

 (さあ、コーナー出口です…進路が開いた!)」

 

 隊列は横に広がり、オープンストレッチが機能。


 内側にわずかな隙間が生まれ、観客席からざわめきが起きる。

 

 「Numéro cinq, Melo Vict… il s’engage dans le couloir ouvert ! Et il brille ! Voilà le phénomène lumineux mystérieux dont tout le monde parle !

 (3枠5番メロヴィクト…開いた進路に飛び込む! そして、光った! これが噂の謎の発光現象だ!)」

 

 ――メロヴィクトの胸奥で、蒼焔が小刻みに揺れる。


 脚にはまだ余力が残り、体内に蓄えたチャーグルの力はすでに股間まで溜まっている。

 

 「Vの華麗な力を頂点に!!!……チャーグル!」

 

 全身を駆け巡る緑の蒼焔が爆発的にVの光を放つ。


 胸の奥、股間まで蓄積されたチャーグルの力が、ついに解放される瞬間だ。

 

 《チャーグル・イスミドン》

 

 力が全身を駆け巡る。

 足元の地面、大地その物を蹴り飛ばす。

 その力に、メロヴィクトの口角が上がる。

 

 「Melo Vict ! Regardez-le ! Il s’élance à toute vitesse, enveloppé de ce mystérieux éclat lumineux !

 (メロヴィクト!謎の光と共に急加速!)」

 

 ――メロヴィクトは一気に加速。


 9番シルヴァ・オーロラ、12番アルカディア・ウィング、16番エルドラ・ノクターンを置き去りにする。

 

 「Lumière de Roi résiste mais… voilà Melo Vict qui la dépasse !

 (10番ルミエール・ド・ロワが抵抗するも…メロヴィクトが交わした!)」

 

 外からのルミエールを軽く制し、内の隙間を使って前に迫る。


 前方にはただ一人――欧州王者アストラル・レギウス。

 

 「Et maintenant, Astral Regius… le duel final approche !

 (そして今、アストラル・レギウス…最後の決戦が迫る!)」

 

 緑の光と蒼焔が空気を切り裂き、メロヴィクトの速度は瞬く間に王者に接近する。


 残り533メートル。

 ここからが、勝負の領域だ。

 

 

 「Melo Vict réalise une remontée incroyable ! En un instant, elle rejoint Astral Regius, qui menait la course ! Est-ce là la puissance du roi du Japon !

 (メロヴィクト凄まじい追い上げ!あっという間に先頭を行くアストラル・レギウスに並び掛けてくる!これが日本の王の力なのか!)」

 

 ロンシャンレース場で、メロヴィクトの実力に驚愕すると共に大きな歓声が上がる。

 その歓声を背に受けてメロヴィクトが先頭に並びかけた瞬間、アストラル・レギウスの瞳が鋭く光る。


 胸奥で静かに揺れるプライドが、ついにその力を見せるきっかけとなった。

 

 「Un roi d’une île de l’Est ose défier le roi d’Europe… qu’il connaisse sa place !(東方の島国の王如きが、欧州の王に楯突いて来るとは……身の程を弁えろ!)」

 

 ―― 《Astra Majesté(アストラ・マジェステ)》

 


 風の流れがねじれ、空気が密度を増す。


 直線にいるすべてのウマ娘の感覚が微妙に狂い、時間がわずかに遅く感じられる。

 

 「Je ne laisserai personne me dépasser… pas aujourd’hui !

 (誰にも私を越させはしない…今日だけは!)」

 

 足元の芝が微かに震え、視界の奥の景色が歪む。


 並んだメロヴィクトの影を確認した瞬間、アストラルは全身の力を集中させ、まるで空間ごと押し返すかのような加速を見せる。

 

 「Astral Regius ne laisse personne égaler sa foulée ! Avec une vitesse phénoménale, il repousse Melo Vict qui tentait de le rejoindre ! Voilà la course d’un roi d’Europe ! Aucun rival ne peut l’atteindre, telle est la foulée du champion !

 (アストラル・レギウス、並ばせない!凄まじい脚で並び掛けて来たメロヴィクトを突き放す!これが欧州王者の走り!何者も並ぶ事のない、王者の走りだ!)」

 

 半バ身の差――観客席からは驚きの声が上がる。


 蒼焔を胸に秘めたメロヴィクトでさえ、この瞬間、王者の圧倒的存在感を感じずにはいられない。

 

 「Mais Melo Vict ne cède pas… elle reste à portée !

 (しかしメロヴィクトは諦めない…王者にまだ届く距離だ!)」

 

 アストラルの領域は、ただ速さを誇示するだけではない。


 空気そのものを支配し、追う者のリズムを狂わせる――

 それが王者の誇り、そして《レギウス・ドミニウム》の力。

 残り300メートル――

 勝負は、今、真の領域で動き出した。

 

 残り300m。

 アストラル・レギウスの《Astra Majesté》が炸裂し、風がねじれ、視界の奥が微かに歪む。


 肩を並べて走るも、メロヴィクトは愕然としていた。

 

 「――こんな……全力でも……届かない……」

 

 胸奥で蒼焔は震え、体内の光は弱まり、消えかけている。


 頭の中に、ビクトリームと出会う前の未勝利戦の日々が蘇る。


 負け続け、涙を流し、悔しさに胸を震わせていたあの頃。

 ――あの頃に比べれば、今のこの状況は……凄すぎる。

 心のどこかで「もう2着でもいい」と自分に言い聞かせようとする。
 頑張った自分を肯定し、諦める理由を探す。


 体内の蒼焔も、消えかけてしまう。


 (…2着でもいいよね…私にしては頑張った方だよ……)

 

 その時だった。

 記憶の底から、はっきりとビクトリームの声が響いた。

 

 「我が肉体よ、Vの字で待機せよ!」

 

 条件反射のように、メロヴィクトは両腕をVの形に構える。


 胸奥に眠っていた力が反応する。


 思わず口からビクトリームの声が重なった。

 

 「シン・チャーグル・イスミドン!」

 

 緑の光が全身を駆け巡り、胸奥の蒼焔が蒼炎へと変わる。


 世界が一瞬ゆっくりと動き、周囲の時間が引き伸ばされる。

 

 「ブルァァアアアッ!」

 

 無意識に出た涙と笑みが混ざった絶叫と共に、メロヴィクトは爆発的な加速を見せ、アストラル・レギウスと肩を並べる。

 

 「Melo Vict ! Regardez-la ! Elle se hisse à la hauteur d’Astral Regius, éblouissante !

 (メロヴィクト!驚異の加速でアストラル・レギウスに並びかけた!)」

 

 アストラルも驚愕し、負けじと叫ぶ。

 

 「Je ne peux pas la laisser passer !

 (絶対に抜かせはしない!)」

 

 残り50m。

 肩を並べて走るメロヴィクトとアストラル・レギウス。


 二人の全力がぶつかり合う。

 蒼焔と緑の光が空気を切り裂き、観客の歓声が渦のように広がる。

 

 「Numéro cinq et numéro sept… c’est une lutte sans merci !

 (5番と7番…容赦なき戦いだ!)」

 

 メロヴィクトの脚は悲鳴を上げる。

 心拍は跳ね、体内の力が全て消耗されるのを感じる。


 だが、胸奥に芽生えた蒼炎は揺るがない。

 諦めの縁に立ちながらも、まだ走り続ける理由がある。

 

 「Je ne peux pas abandonner… pas maintenant…

 (今、諦めるわけにはいかない…)」

 

 アストラル・レギウスもまた、王者としての誇りを胸に最後のギアを上げる。


 両者の速度は限界を超え、並ぶ瞬間――

 

 「Derniers mètres ! Le roi d’Europe et le roi venu des lointaines terres de l’Est s’affrontent sans merci ! Les trois déesses… à quel roi vont-elles accorder leur sourire ? Impossible de le savoir avant la ligne !

 (残り僅か!欧州の王と遥か東方の王が鎬を削る!3女神はどちらの王に微笑むのか?これは最後までわかりません!)」

 

 残り20m。

 観客の声は歓喜と驚嘆で揺れる。


 メロヴィクトは震える声で、自らの内に響くビクトリームの声を再び受け止めた。

 《シン・チャーグル・イスミドン》の力が再び胸奥を満たし、蒼炎が全身を駆け抜ける。


 メロヴィクトの足が弾ける。

 アストラルの領域も完全には抑えきれない。

 

 「Numéro cinq… elle prend l’avantage !

 (5番…メロヴィクトが優勢に!)」

 

 残り10m。

 半馬身差――だが二人は全力を出し切る。


 呼吸も止まるかのように、ゴールラインが迫る。

 

 「Et c’est la ligne d’arrivée… incroyable !

 (そしてゴールライン…信じられない!)」

 

 静寂。

 電光掲示板に結果が表示される。

 

 1着 ⑤メロヴィクト


 2着 ⑦アストラル・レギウス


 差はわずかにクビ。

 歓声が一斉に爆発する。

 メロヴィクトは涙をこぼしながら笑い、胸奥で燃える蒼炎を感じる。
 アストラル・レギウスも唇を引き結び、静かにその実力を認めるようにうなずく。

 

 「Incroyable… Melo Vict… elle a défié le roi d’Europe et a gagné !

 (信じられない…メロヴィクト…欧州の王に挑み、勝利した!)」

 

 ロンシャンの芝の上、二人の全力が空気を震わせたまま、静かに余韻だけを残す。

 

 

 ロンシャンの空に、再びファンファーレが鳴り響く。


 重厚で、誇り高い旋律。

 

 「La cérémonie de remise des prix va commencer !

 (これより表彰式が始まります!)」

 

 芝の中央、特設ステージへと導かれるメロヴィクト。


 歓声はまだ鳴り止まない。

 蒼焔はもう荒ぶっていない。


 だが胸の奥で、確かに燃えている。

 トレーナーは目を真っ赤にしながら、震える手で拍手を送っている。
 

 涙は止まらない。

 

 「……ありがとう……本当に……」

 

 男泣きだった。

 

 

 よくわからないまま表彰式に出ることになったメロヴィクトは、周囲で飛び交うわからない言葉に戸惑い挙動不審になっていた。

 その後ろから、静かにアストラル・レギウスが歩いてくる。


 敗者の表情ではない。

 誇り高き王の顔。

 メロヴィクトの隣に立ち、視線を向ける。

 

 「Tu as brisé mon domaine…

 (私の領域を破ったな……)」

 

 一拍置き、わずかに口角を上げる。

 

 「C’est digne d’un roi.

 (王にふさわしい。)」

 

 メロヴィクトは涙を拭いながら笑う。

 

 「……何言ってるかわからないよ。」

 

 言葉は少ない。


 だが、アストラル・レギウスだけは満足そうに去って行った。

 

 

 メロヴィクトのレースを、日本の応援団と共に観戦していたシンボリルドルフは立ち上がり、静かに拍手を送る。

 

 「世界の頂点で、あの走りか……見事だ。」

 

 隣の先輩ウマ娘たちも頷く。

 

 「あれが、新しい王。」
 

 「日本の誇りね……」

 「自慢の後輩だよ!」

 

 ルドルフは小さく笑う。

 

 「いや――世界の王だ。」

 

 

 優勝トロフィーが手渡される。


 歓声が再び爆発する。

 

 「Et la gagnante du Prix… Melo Vict !

 (そして勝者は…メロヴィクト!)」

 

 その瞬間、メロヴィクトは空を見上げる。

 未勝利戦で泣いていたあの日。


 諦めかけた今日。


 ビクトリームの声。

 すべてが、今ここに繋がっている。

 小さく、しかし確かな声で呟く。

 

 「私は……王だ。」

 

 蒼焔が、静かに揺れた。

 

 

 ロンシャンの空は澄み渡り、芝にはまだ二人の全力の跡が残っている。

 欧州の王と、日本の王。

 その激突は伝説となる。

 クビ差。

 だがその差は、歴史を塗り替えるには十分だった。

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