条件戦。
それは、クラスが一つ上がっただけ。
だが、空気は明らかに違う。
パドックの周囲で囁きが飛ぶ。
「未勝利上がりだってさ」
「一発屋じゃないの?」
「ここで通用するかな?」
メロヴィクトはその声を聞いていた。
前回のレースで顔を合わせた相手はいない。
ここにいる全員が“初対面”。
(ここからが、本当の勝負)
ゲート裏。
隣のウマ娘が軽く肩を回す。
無駄のない動き。
落ち着きのある動きだった。
余裕のある表情で話しかけてくる。
「条件戦は初めて?」
「……はい」
「ま、最初はそんなもんだよ」
軽く笑われる。
悪意はない。
ただ、格の違いを知っている笑み。
六畳一間。
ビクトリームが腕を組んで居た。
「どうする、我が肉体よ?」
メロヴィクトは目を閉じる。
(泥の感触。崩れない脚。溜める感覚。)
「……勝ちます」
ビクトリームは、にやりと笑った。
「よかろう……では、ここでその走りをじっくりと見てやろう。」
ゲートが開く。
今回のスタートは五分。
作戦通り、序盤は様子を見る。
全体的にペースが速い。
だが――
(……遅い)
未勝利戦で感じた“速さ”とは違う。
怖さがない。
レースも半ばに差し掛かった頃、
メロヴィクトはこれ迄に感じた事のない感覚に襲われた。
土の踏み心地が、はっきり分かる。
重心が安定している。
第3コーナー。
外から一気に上がるウマ娘がいる。
だが、焦らない。
頭の中でビクトリームの声が静かに響く。
「今はまだ溜めよ」
直線。
前には三人。
距離は二バ身。
観客席のざわめきが、
ひとつの波になって耳を打つ。
言葉までは分からない。
ただ――
期待と疑念が混ざった音。
メロヴィクトの意識が逸れる。
だがその瞬間、ビクトリームの冷たい声が耳に届く。
「焦るな、我が肉体よ。今は力を溜め、後で放つのだ」
その声を聞いて、メロヴィクトは一瞬だけペースを落とした。
焦っても仕方がない、ビクトリームの言う通りだ。
今は自分の力を蓄える時間。
レースを楽しむ余裕すら、今は彼女に必要だった。
そして、頭の中にビクトリームの指示が響く。
「今だってばよぉ〜!」
その叫びと共に、メロヴィクトの口が勝手に
ビクトリームの声色で言葉を紡ぐ……
「怒りの力を右腕に!!」
メロヴィクトは、右腕に意識を集中させた。
右腕の中に、じわじわと力が宿るのを感じる。
まるで、冷たい金属がじわじわと温かさを帯びていくような感覚だ。
「チャーグル!」
次に、左腕に意識が向く。
「憎しみの力を左腕に!!」
「チャーグル!」
「我が強さを右肩に!!!」
「チャーグル!」
「誇り高き心を左肩に!!」
「チャーグル!」
その言葉に合わせて、
体内で光のようなエネルギーが
渦を巻くのを感じる。
やがて、その力が収束し、
最後に股間へと意識を集中させる。
「我が美しさを股間の紳……淑女に!!」
メロヴィクトは顔を真っ赤にして、その言葉を呟く。
何度も繰り返してきたこの言葉だが、
相変わらず恥ずかしくてたまらない。
だが、ビクトリームはそんなことにお構いなしに続ける。
「ふふふ、恥ずかしがるな、我が肉体よ。これが貴様の力だ。」
メロヴィクトはその言葉を胸に、残りの力を存分に溜める。
全身の力が集まり、少しずつ身体が軽くなる感覚を覚える。
第4コーナ手前、これでようやく捲りに入れる――
「Vの華麗な力を頂点に!!!」
「チャーグル!」
その言葉と共に、彼女の全身にエネルギーが
爆発的に溢れ、身体中に力が駆け巡った。
瞬間的に全てを放つ覚悟が決まる。
「チャーグル・イミスドン!」
凄まじい加速を感じながらコーナへと突っ込んだメロヴィクトは、
これまたあり得ない軌道でコーナーを曲がる。
最終直線、ゴールが見えてきたその時、
まるで別人のように身体が軽く感じた。
全身の力がみなぎり、前方のウマ娘達を捉えようと脚が勝手に動く。
背後から迫るウマ娘達の気配を無視して、
ただ前を見つめ、全速力で駆け抜ける。
周囲のウマ娘たちは彼女が加速するのに気づき、
必死に食らいつこうとするが、
メロヴィクトの脚はもはや止まることなく、
前方に向かって突き進む。
自分でも驚くほどの速度で、彼女は先頭のウマ娘を
あっという間に抜き去り、ゴールの手前で一気に突き放した。
ゴールを越えた瞬間、メロヴィクトはふらつきながら減速し、
やっと止まった。
胸が激しく上下し、耳鳴りのように心臓の鼓動が響く。
全身がしびれるほどに疲れているのに、
心の中には信じられないほどの熱さが残っていた。
「私、勝ったの……?」
その問いかけに答えるものは何もないが、
周囲の歓声がその代わりをしてくれる。
観客が沸き立ち、メロヴィクトの名を呼ぶ声が耳に届く。
それでも彼女は自分が今、
何を成し遂げたのかまだ実感が湧かない。
視線を落とすと、ゴールラインが白く輝いて見えた。
ここを越えた自分が、どうしても信じられない。
未勝利戦を勝って、ようやくここまで来た。
だけど、まだ―まだ、この勝利が自分の力によるものだと、
完全には感じられない。
その瞬間、頭の中にビクトリームの顔が浮かんだ。
「ふふふ、よくやった、我が肉体。これが貴様の力だ」
ビクトリームの声が頭の中で響く。
冷徹で、
でもどこか誇らしげに感じられる……
その声にメロヴィクトの心が、ふっと温かくなった。
「力……」
今、確かに勝ったのは自分だ。
ビクトリームの言葉で成し遂げたことは確かにある。
でも、それだけじゃない。
自分の中で何かが変わった――
一歩踏み出した感覚がある。
それはもしかしたら、ビクトリームの力を借りたとしても、
自分で決めた道を歩んできた証拠なんだろう。
メロヴィクトは、
ゴールラインを越えた足元を見つめながら、心の中で呟いた。
「これで転校しないですむんだ!」
その言葉が、ただの安堵で終わらない。
どこか、
これからの道を見据えたようなそんな感覚がある。
未勝利上がりと言われても、
それに惑わされていた自分がいた。
でも、今は違う。
この勝利は、自分のものだ。
これから先も同じように戦い、勝ち進んでいくのだ。
その時、ビクトリームの声が再び響く。
「我が肉体よ、次が見えてきただろう?」
メロヴィクトはその問いかけに、微かに頷く。
「……はい、次も絶対勝ちます」
その言葉と共に、彼女の眼差しは次の目標へと向けられた。
ゴールを超えた先には、
まだ見ぬ新たなステージが待っている。
次はオープン戦だ。
未勝利戦を終え、ようやくクラスが上がった。
しかし、オープン戦はその先に続く戦いの一歩に過ぎない。
ビクトリームとの絆が深まり、
次のステップに向けた覚悟が彼女の中に芽生えた。
次のレースで必要なのは、
さらなる成長と、今まで以上に強い気持ちだ。
オープン戦は、新たな挑戦の場。
それを勝ち抜かなければ、さらに上のステージへ進めない。
それがわかっているからこそ、
メロヴィクトの瞳には確かな輝きが宿っている。
ビクトリームが静かに笑みを浮かべるのが見えた気がした。
「ふふふ、よかろう。だが、今後のレースはもっと厳しくなるぞ」
メロヴィクトはその言葉に、微かに頷いた。
「わかってます。次こそ、もっと速くなる」
その決意が勝利の証をさらに輝かせる。
メロヴィクトは胸を張り、前を向いた。
次はオープン戦だ。
その先に待っている新たな戦いに向けて、彼女は一歩を踏み出す。
ここまで読んで頂き、有り難うございました!
これから完結まで毎日投稿となります。
物語は結末まで書き終わっているので、次回もお楽しみに!
そしてもし宜しければ、感想や評価を頂けると、今後の創作活動の励みになります!
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それでは、また次回お会いしましょう!