朝靄の残るトレセンのグラウンドを、
メロヴィクトは黙々と走っていた。
地方所属とはいえ、
レースに勝ち続けるためには日々の積み重ねしかない。
息は上がり、脚も重い。
それでも止まらない。
――その時だった。
『我が肉体よ、緊急事態だ! Vの体勢で待機せよ!』
唐突に頭の中へ響く尊大な声。
メロヴィクトはつんのめりそうになりながら減速した。
「え、えっと……トレーニング中なんですけど……?」
周囲に人はいない。
だが、彼女の脳内ではビクトリームがふんぞり返っていた。
『……メロン。マイスイートハートが足りないんだってばよぉ〜!』
「メロン……?」
嫌な予感しかしない。
『最近力を使い過ぎてメロン食べんと力が出ないんだってばよ〜〜!』
どこかしおれた様子で胸を張るビクトリーム。
その視線がゆっくりと下へ向かう。
『見ろ! 私の股間の紳士もすっかりシオシオだぁ!』
「へ、変なもの見せないで下さい!」
メロヴィクトは、顔を真っ赤にして両手で頭を押さえた。
もちろん他人には何も見えない。
ただ彼女だけの地獄である。
『股間の紳士の光が弱っているってばよぉ〜……』
「えぇ……でも、それじゃレースに勝てないんじゃ……?」
『当然だ! メロンがなければ我が光は最大出力にならん!』
断言だった。
根拠は皆無である。
しかしその日の練習は、確かにどこか噛み合わなかった。
心のどこかで「メロン不足」という謎ワードがちらつくせいだ。
――結局、メロヴィクトは折れた。
午後。
近くの商店街。
「ど、どこかに50円くらいで売ってませんでしょうか……」
果物屋の前で、彼女は本気で祈っていた。
そこに鎮座する高級マスクメロン。
完璧な網目。
艶。
王者の風格。
『ほれ、これだ! 我が肉体よ、私にこれを献上するのだ!』
値札を見る。
桁が違う。
「む、無理です! 今月の生活費が吹き飛んでも買えません!」
『高すぎる!? これじゃ私の紳士も萎え萎えだってばよぉ〜!』
股間を押さえて滂沱の涙で崩れ落ちるビクトリーム。
周囲の主婦が怪訝な目でメロヴィクトを見ている。
彼女は小声で「すみませんすみません」と呟きながら撤退した。
――代用品作戦。
最初はピーマンだった。
緑。
つやつや。
多分丸い。
いけるのでは?
脳内のビクトリームは一瞬うっとりした顔をした。
『そうそうそう、この何時もと違うツヤツヤな深い緑色、とぉ〜ってもジューシーな見た目じゃないのよぉ……』
生のピーマンを食べたことは無いが、
メロヴィクトが意を決して齧る。
次の瞬間。
『んでわ……ブルァァアー! メロンじゃねえっ! 違う! 我はメロンが食べたいんだぁぁぁあー!!』
「頭の中で大声で叫ばないで!あと苦い!生ピーマン苦い!」
鼓膜がないのに痛い。
メロヴィクトは鼓膜と味覚にダメージを受けて涙ぐむ。
次はブロッコリー。
丸い。緑。
『これは見るからにメロンじゃねぇ! 我はフルーツを所望しているのだ!』
キャベツ。
『断面の水分量が違う!』
キュウリ。
『細い!最早色だけじゃねぇのよぉ!』
メロヴィクトの財布は守られたが、精神は削られていく。
ビクトリームもブチ切れ寸前で血管を浮かべプルプルしている。
そんな2人の最後の砦は駄菓子屋だった。
棚の隅に、ぷるんと光る小さなカップ。
安っぽい袋入りの商品をバラして小売りして居ますと
そう言わんばかりのそのフォルム。
貼られた値札は……10円。
「こ、これ……」
商品にはメロン味の文字。
彼女は両手で掲げた。
「これ、メロン味です! 色も緑だし!」
『これがメロン!? 我が肉体よ、これはどう考えてもゼリーであろう!』
しかしメロヴィクトは押し切った。
封を切って無理やり口へ。
ぷるん。
甘い。
人工的なメロン香。
訪れる沈黙。
『……』
「ど、どうですか?」
ビクトリームは目を閉じた。
『……まさか、これがメロンに近い……!?』
「ですよね!?」
『……安い割に、やるではないか、◯ん子ちゃんよ!』
股間の紳士(脳内)が微妙に発光した。
勝った。
メロヴィクトは勝った。
その後出走したレースは、
ヒャッホイしたビクトリームの暴走で終わった。
スタート。
なんかいい感じ。
差し。
「ブルァァア!」
ゴール。
観客がわあっと沸く。
ビクトリームは誇らしげだった。
『やはりメロンこそ至高の存在だってばよぉ〜!』
「ゼリーですけどね」
帰り道。
メロヴィクトはふと思いついた。
「そうだ、レースの賞金でメロンを買いましょうよ!」
ビクトリームの肩が跳ねた。
『ぬぅわぁにぃぃぃっ? 次のレースで勝てば、メロンが手に入るだとぉ? 我が肉体よ、貴様は既に二回程レースに勝っておるではないか? ひょっとして、実はもう買えるのではないのか?』
計算する。
地方未勝利と条件戦の賞金。
消耗品にかかるお金。
食費。
遠征費。
レース登録費。
「……あれ?」
足りない。
「これじゃ、メロンどころか……」
ビクトリームの額に血管が浮いた。
『何だってこんな安いんだってばよぉ〜! 地方レースの賞金じゃ、私のベリーメロンが買えないじゃないのよぉ〜!』
地団駄。
脳内で六畳一間が揺れる。
その瞬間、
メロヴィクトの目がきらりと光った。
「じゃあ、中央のレースに出るとか?」
『……ほう?』
「賞金が高いらしい中央レースなら、メロンが買える筈です!」
沈黙。
そして……にやり。
『そうだ。次こそ中央のレースで勝ち、ベリーメロンを手に入れるのだ!』
夕焼けが二人を照らす。
『これで次回のレースは勝てるな! メロンも手に入るし、私の力も完全だ!』
「でも、中央のレースに勝つにはもっと強くならないと……」
『心配するな、我が肉体よ。メロンを食べれば、どんなレースでも勝てる!』
メロヴィクトは真顔になった。
「いや、そのメロンを買う為に中央で勝たないといけないんですけど……」
沈黙。
ビクトリーム、固まる。
そして小さく咳払い。
『……つまり、強くなれということだな』
「最初からそう言ってください」
こうして二人の目標は決まった。
中央で勝つ。
ベリーメロンを買う。
股間の紳士を完全復活させる。
志は低いのか高いのか分からない。
だが確かに、メロヴィクトの瞳には新たな光が宿っていた。
それが王道なのかどうかはさておき――
彼女たちの挑戦は、まだ始まったばかりである。
ここまで読んで頂き、有り難うございました!
これから完結まで毎日投稿となります。
物語は結末まで書き終わっているので、次回もお楽しみに!
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それでは、また次回お会いしましょう!