地方オープン戦、初勝利。
ゴール板を抜けた瞬間、
メロヴィクトの胸に初めて「勝った」という実感が宿った。
そんな体験を思い出しながらその日の練習を終えて寮に戻ると、
先輩ウマ娘が笑いながら大きな箱を差し出す。
「オープン戦勝利おめでと。はい、これ」
箱を開けると、丸く艶のある果実。
淡い緑と黄色が混ざった、
どこか素朴な“メロン”。
「……メロン……!」
メロヴィクトの目が輝く。
六畳一間の精神世界で、ビクトリームが飛び上がる。
「メロォォォォン!!ヒャッホイ!ブルァアアア!!」
勝手に小躍りを始めるビクトリーム。
六畳の中央でくるくる回転しながら、
「勝利の実り!光の果実!Vの源泉!!」
「ちょ、落ち着いてください!」
メロヴィクトは赤くなりながらも、果実を抱きしめる。
先輩が若干引くくらいお礼を言い、
別れて自室に戻ったメロヴィクトは、
ちゃぶ台に置いた箱を眺めながら呟く。
「……食べるの、もったいないですね」
六畳一間でビクトリームが腕を組む。
「ふむ……ならば決めよう。三日後――地方重賞の朝に食す」
「……重賞の、朝」
その響きだけで、胸が少し震えた。
「最高の溜めで、最高のVを描くのだ」
「はい……!」
その夜、二人はメロンを眺めながら遅くまで作戦会議をした。
チャーグルの溜める位置。
直線の角度。
解放タイミング。
重賞で勝つ未来を、疑いもしなかった。
約束通り、レース当日の朝。
メロヴィクトは丁寧に果実を切る。
香りはやさしい。
甘さは控えめ。
どこか青い風味。
「……前に食べた時は何故か記憶が飛んでわからなかったけど、メロンって美味しいですね?」
六畳一間でビクトリームが両手を広げる。
「うむ!少々物足りぬが、良きメロンだ!!」
「これで今日のレースもバッチリですね?」
「うむ」
疑う理由などなかった。
これが、勝利の果実なのだから。
重賞だけあって、
地方レース場には普段より多くの人が詰めかけており、
レースに参加するウマ娘達も、何処か普段とは違って見えた。
そんな普段と違う熱気に気圧されたメロヴィクトだったが、
何とか気持ちを落ち着けてゲートへと向かった。
スタートは良い。
「怒りの力を右腕に!チャーグル!」
「誇り高き心を左肩に!チャーグル!」
溜まる。
だが――
(……あれ?)
胸の奥の“圧”が、いつもより軽い。
ビクトリームが頭の中で静かに呟く。
「ふむ、溜まりはある……だが……」
「何ですか?」
「……密度が薄い」
心臓が跳ねる。
(え? え? 何で?)
足は動く、光も出ている。
でも、“重み”がない。
第3コーナーを抜けて、後方からの捲り体勢になる。
「我が強さを右肩に!チャーグル!」
光が揺らぐ。
(違う……いつもと違う……)
焦りがにじむ。
(溜まってるよね? 足りてるよね?)
ビクトリームが
「やや伸びが鈍ったか?」
と、呟く。
だが本人の中では、もっと深刻だ。
(怖い……)
これまで、ビクトリームの力が背中を押してくれた。
今日は、その光が少し遠い。
「落ち着け。まだ溜めは残っている」
ビクトリームの声も、わずかに硬い。
(どうして? 朝、ちゃんとメロン食べたのに……)
疑問が胸を締める。
焦りが判断を鈍らせる。
いつもなら冷静に刻むチャーグルを、焦る心のままに刻む。
「誇り高き心を左肩に!!」
「チャーグル!」
光が鈍い。
「我が美しさを股間の紳……淑女に!!」
「……チャーグル……」
普段なら言いたくないこの呪文も、
今のメロヴィクトには気にならない。
股間の光が弱々しく点滅する。
「Vの華麗な力を頂点に!!!」
「チャーグル!」
光が立ち上がる。
だが――
Vが浅い。
角度が甘い。
完璧な二本線にならない。
(足りない……それでも!)
「チャーグル・イミスドン! ブルァアアアア!!」
叫ぶ。
伸びる。
だが、追い付けない。
届かない。
ゴール。
初めての事態に混乱するメロヴィクトが見上げた掲示板には、
メロヴィクトの番号が表示される。
それは――2番目だった。
ベンチに座る。
手が震えている。
(どうして?)
メロンは食べた。
溜めもした。
作戦も完璧だった。
なのに。
六畳一間で、ビクトリームが静かに立っている。
「……今日のVは、未完成だった」
「私の、せいですか?」
長い沈黙。
「走るのは常に貴様だ」
その声は、いつもより柔らかい。
「光は貸せる。だが脚は貸せぬ」
メロヴィクトは俯く。
(私は……まだ、借りてるだけなの?)
六畳の床に、薄いVの残光が揺れる。
完全ではない。
だが、消えてはいない。
「次は……自分のVを描きたいです」
ビクトリームが小さく笑う。
「ならば、鍛えよ」
メロヴィクトは頷く。
「鍛えます。今度こそ勝つ為に!」
外では夕日が傾き始めていた。
その光は、今度こそ本物だった。
敗北の余韻を抱えたまま、
メロヴィクトは1人寮へ戻る道を歩いていた。
空は橙色。
足取りは重い。
(何が足りなかったんだろう……)
人通りも少なく、辺りは静かだ。
ビクトリームもあれから黙っている。
ふと、角の八百屋の前で足が止まる。
店先に積まれた丸い果実。
淡い緑と黄色の縞。
――今朝、食べたのと同じ。
思わず近づく。
「すみません、これ……メロン、ですよね?」
店主の人の良さそうなおじさんが笑う。
「ははは、違う違う。そりゃ**真桑瓜(まくわうり)**だ」
「……え?」
「昔はメロンって呼ぶ人もいたけどな。今はウリだよ、ウリ。さっぱりしてうまいぞ」
その言葉に、頭が真っ白になる。
(ウリ……?)
今朝、三日前からあれほど大事にしていた果実。
勝利の源だと信じていたもの。
六畳一間の世界でビクトリームが固まる。
「……ウリ……?」
「メロンじゃ、ない……?」
店主は悪気なく続ける。
「まあ、似たもんだ。昔はどっちもメロンって言ってたしな」
似たもん。
でも、違う。
メロヴィクトは小さく息を吸う。
胸の奥で、何かが繋がる。
(足りなかったのは……)
溜まりの“密度”。
Vの“角度”。
最後の一押し。
ビクトリームが低く唸る。
「……なるほど」
怒っていない。
悔しがってもいない。
ただ、歯を食い縛り
ピクピクと何かに無言で耐えていた。
「光はあった。だけど、足りなかった理由……」
メロヴィクトは果実を見つめる。
これは、間違いじゃない。
田舎では、これもメロンだった。
あの先輩も、きっと善意だった。
誰も悪くない。
でも。
「……次は、勝って本物を食べます」
声は震えていない。
ビクトリームがゆっくりと腕を組む。
「うむ」
夕日が、二人の影を長く伸ばす。
八百屋を後にしながら、メロヴィクトは小さく笑う。
「でも……おいしかったです」
ビクトリームが頷く。
「うむ。あれはあれで、良き実りだ」
足を止めない。
敗北は、原因を得た。
そして原因は、言い訳ではない。
今度は、知っている。
“何が足りなかったのか”を。
六畳一間の中央。
未完成のVが、ほんの少しだけ、鋭くなった。
――次こそ、完成させる。
夕焼けの中、
メロヴィクトは前を向いて歩き出した。
ここまで読んで頂き、有り難うございました!
これから完結まで毎日投稿となります。
物語は結末まで書き終わっているので、次回もお楽しみに!
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それでは、また次回お会いしましょう!