それは、レースよりも速く広がった。
七夕賞での直線。
外から伸びる一条の輝き。
V字を描いた軌跡。
その数秒は切り取られ、
拡大され、
「検証」と銘打たれた動画となり、瞬く間に拡散された。
『発光走法の正体は?』
『地方所属、制度の盲点か』
『個別契約なしで中央制覇の謎』
コメントは軽い。
断定は重い。
――加工では?
――身体改造?
――トレーナーは何をしている。
光は、いつのまにか疑念の形を与えられていた。
URA地方支部の会議室は、白く乾いていた。
「中央から正式な照会が来ています」
役員は淡々としている。
「個別契約を結ばないまま中央重賞を勝利した件。管理体制の確認を、とのことです」
メロヴィクトのトレーナーは、小さくうなずいた。
「……でしょうな」
責められているわけではない。
だが、信じられているわけでもない。
短い沈黙のあと、彼は言った。
「彼女は、真面目です」
それだけだった。
会議室を出る背中は、どこか静かだった。
廊下の端に、聴取で呼ばれたメロヴィクトが立っている。
目が合う。
「気にするな。お前は胸を張って走ればいい。」
すれ違いざまにそう言い、トレーナーは歩き去った。
その背中が、いつもより遠く見えた。
寮の共有スペース。
空気が、少し違う。
「見た?」
「中央が動くらしいよ」
声は小さいが、
何故かこういう声ほど良く届く。
テーブルの上のお菓子に手を伸ばしかけて、止まる。
甘い香りが、今日は胸に落ちない。
六畳一間。
畳の匂い。
ちゃぶ台の向こうで、ビクトリームが黙っている。
「……私が光らなければ」
メロヴィクトは視線を落としたまま言う。
「違う」
即答だったが、声は強くない。
「迷惑、かけてます」
トレーナーの背中が脳裏に浮かぶ。
ビクトリームはしばらく何も言わなかった。
「光は罪ではない」
それは断言というより、願いに近かった。
中央トレセン学園、生徒会室。
大型のモニターに七夕賞の映像が映る。
再生。
停止。
巻き戻し。
画面中央で伸びる光。
それを見つめているのは、
“皇帝”と呼ばれるウマ娘のシンボリルドルフ。
ルドルフは映像を止め、軌跡を目でなぞる。
「……直線的だな」
「会長、地方所属で個別契約もない状態です。制度上は問題なくとも、世論が」
「才能を疑うのは容易い」
静かに振り向く。
「だが、理解するのは難しい」
目線は再び映像へ。
「これは偶然ではない。“意志”だ」
彼女はそう断じた。
――かつて自分も、同じ目で見られた。
強すぎるという理由で。
理解できないという理由で。
ただ、王であるというだけで。
ルドルフは、わずかに目を伏せる。
「視察を行う。悪いが準備を頼む。」
夏の陽射しが強い日だった。
地方トレセン学園のあまり手入れされていない芝は、
初夏の熱を帯びている。
黒塗りの車が止まり、空気が張りつめる。
車の後部座席からルドルフが降り立つ。
その存在だけで、周囲の温度が変わる。
「走りを見せてほしい」
予め連絡を受けて待っていたメロヴィクトはうなずき、走り出す。
力は使わない。
ただ、いつも通りの基礎練習。
だが緊張からか、足取りは重い。
フォームがわずかに崩れる。
呼吸が浅い。
ルドルフはじっと見つめている。
「なぜ抑える?」
「……え?」
「それが、君の本来の走りか?」
メロヴィクトは戸惑う。
「ちょっと、何をおっしゃっているのか……」
言葉がうまく出ない。
ルドルフは一歩近づく。
「恐れているのだな?」
胸の奥が、わずかに痛む。
「疑われぬ走りなど存在しない」
ルドルフの声は、静かだ。
「強ければ恐れられ、弱ければ切り捨てられる」
視線がまっすぐ向けられる。
「君は、なぜ走る?」
六畳一間。
ビクトリームが前に出る。
「メロ……Vのためだ!」
頭の中に響く声に、メロヴィクトが続く。
「……自分の脚で勝つためです」
緊張で挙動不審だったが、その言葉は揺れなかった。
ルドルフは周囲へ向き直る。
「彼女に不正はない」
はっきりと告げる。
「これは“領域”の発現だ」
その言葉はすぐに発信された。
だが夜。
『生徒会長が擁護』
『政治判断では?』
『中央の保身か』
炎は消えない。
光は、今度は象徴として消費される。
六畳一間。
「庇われたくなかった」
メロヴィクトはぽつりと言う。
「守られたのではない。見抜かれたのだ」
「でも……私はまだ未完成です」
沈黙。
「ならば、積み重ねるしかないだろう。」
小さな光が、かすかに灯る。
弱い。
だが、確かに自分の意思で生まれた光だった。
帰りの車中。
ルドルフは窓の外を見つめる。
「……あの光」
ほんのわずかに、目を細める。
「……懐かしい」
それを理解してくれた者は少なかった。
夏の空が、ゆっくりと流れていった。
ここまで読んで頂き、有り難うございました!
これから完結まで毎日投稿となります。
物語は結末まで書き終わっているので、次回もお楽しみに!
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それでは、また次回お会いしましょう!