ウマ娘伝説:蒼焔の挑戦者   作:ネギ市場

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第8話「六畳大戦」

 

 朝。

 何時も通り目が覚めた瞬間、

 強烈な違和感があった。

 身体が硬く、妙に落ち着いている。

 いつも胸の奥で騒いでいる“誰か”の気配がない。

 メロヴィクトはゆっくりと起き上がり――

 そして気づく。

 (……あれ?)

 視界が低い?

 腕が……

 手が、思ったより大きく動く。

 口が勝手に動いた。

 

 「……ふはは」

 

 低い。

 重い。

 威厳だけはある、最近良く聞く声。

 何故か見慣れたブラウン管テレビ。

 六畳一間の精神世界で、何かに気付いたメロヴィクトが叫ぶ。

 

 「ちょっと待ってくださいそれ私の身体です!!!!」

 

 

 鏡の前に立つ。

 そこにいるのは、間違いなくメロヴィクト。

 だが表情が違う。

 口角が不敵に吊り上がる。

 何故かちょっとだけ劇画調な気もする。

 

 「ほう……悪くない器だ」

 「悪いです!!返してください!!」

 

 ビクトリームは軽く腕を回し、肩を鳴らす。

 

 「現世、なかなか狭いな」

 「六畳ですから!!」

 

 地方トレセン学園の朝は静かだ。

 その静寂を破ったのは――

 大股で廊下を歩くメロヴィクトだった。

 いや、中身は違う。

 腕の振りが大きい。

 やたらと堂々としている。

 すれ違った下級生が、ふと振り返る。

 その瞬間。

 

 ビクトリームが止まった。

 ゆっくりと振り向く。

 ……にやり。

 

 「私の名前はビクトリーム! 華麗なるビクトリーム様だ!!」

 

 六畳一間で、メロヴィクトが頭を抱える。

 

 「名乗らないでください!!」

 

 下級生が硬直する。

 ビクトリームは、

 優しい笑顔を恐怖で固まった下級生の顔に近づけた。

 

 「言ってごらん?」

 「ひ……」

 「……さぁっ!」

 「ひ、ビクトリーム? さ……」

 「てめえらを冥途に送る名前だーーーーー!!!」

 

 湧き上がる悲鳴。

 一斉に逃げる足音。

 ビクトリームが全力で追いながら叫ぶ。

 

 「よーーーーーく覚えておくんだなーーーーー!!!」

 

 校舎に反響する重低音。

 

 六畳一間でメロヴィクトが四つん這いで呟いた。

 

 「退学!!!!」

 

 

 下級生の悲鳴にビクトリームの怒号。

 そんな阿鼻叫喚な廊下に、生活指導の教官が現れる。

 

 「……メロヴィクト?」

 

 ビクトリームがその声に反応する。

 

 「然り!!」

 「廊下は走るな」

 「戦場では走るものだ!」

 「ここは廊下だ」

 

 沈黙。

 ビクトリーム、小声で返事をする。

 

 「……すまん」

 

 六畳一間から叫びが聞こえた気もする。

 だが、ビクトリームは細かいことは気にしない。

 

 「ちょっと、話聞いて!謝る方向が違います!!!!」

 

 

 放課後のグラウンド。

 五十八歳のトレーナーは、腕を組んで遠くから見ていた。

 

 「今日は……様子が違うな」

 

 ビクトリームは構える。

 空気が震える。

 

 「怒りの力を右腕に!!」

 「やめてください公共の場!!!」

 「憎しみの力を左腕に!!」

 

 何かを感じた周囲のウマ娘たちが、じりじりと距離を取る。

 ビクトリームの喉が震える。

 

 「……チャー……」

 

 止まる。

 内側から必死の制止。

 顔がひくひくと引きつる。

 怪訝な表情のトレーナーが眉をひそめる。

 

 「……寒いのか?」

 

 

 放課後、練習終わりの購買部。

 幾つものメロンパンが棚に並んでいる。

 それは、淡い緑。

 それを見た瞬間、ビクトリームの瞳が輝いた。

 

 「初めて見るメロン……」

 

 徐に、制服のポケットから取り出した財布を開ける。

 中には硬貨が数枚のみ。

 ……足りない。

 レジ前で固まる。

 後ろに列。

 沈黙。

 

 六畳一間。

 「無駄なお金は無いって、前にも言いましたよね……」

 

 ビクトリームは、

 メロンパンをレジに置き、小さく呟く。

 

 「……貸せ」

 「無理ですからっ!!」

 

 購買のおばちゃんが優しく言う。

 

 「今日はやめときな?」

 

 ビクトリームは静かに商品を戻した。

 その背中は、どこか小さい。

 

 

 精神世界。

 メロヴィクトは怒っていた。

 人生で一番怒っていた。

 

 「あなた何なんですか!!」

 「Vだ!!」

 「Vで廊下を走らないでください!!」

 「名乗るのは基本だ!!」

 「冥途に送らないでください!!」

 

 メロヴィクトの荒い息遣いだけが聞こえる。

 そんな中、ビクトリームが腕を組む。

 

 「……あやつらは、我を見て逃げた」

 「当たり前です!!」

 「だが貴様は」

 

 その声が少し低くなる。

 

 「いつも逃げられる側ではないのか?」

 

 言葉が止まる。

 六畳の壁に映る影。

 学費免除の書類。

 空に近い財布。

 ビクトリームは視線を落とした。

 

 「小さい身体で、よく戦っている」

 

 尊大ではない声。

 初めての、静かな肯定。

 

 「どこ見て言っているんですか!」

 

 

 翌日、起きると入れ替わりは終わっていた。

 現実世界で、廊下の隅にしゃがみ込むメロヴィクト。

 遠くで、まだ怯えた目がこちらを見ている気がする。

 

 「終わった……」

 

 顔を覆う。

 だが。

 胸の奥。

 何かが、静かに溜まっている。

 まだ形にはならない光。

 ビクトリームの声が、六畳の向こうから響く。

 

 「次は、冥途には送らぬ」

 「そこじゃないです」

 

 窓の外。

 朝日が、細くVの形に差していた。

 




 ここまで読んで頂き、有り難うございました!
 これから完結まで毎日投稿となります。
 物語は結末まで書き終わっているので、次回もお楽しみに!
 そしてもし宜しければ、感想や評価を頂けると、今後の創作活動の励みになります!
 お気軽にコメントをくださいね。
 それでは、また次回お会いしましょう!
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