朝。
何時も通り目が覚めた瞬間、
強烈な違和感があった。
身体が硬く、妙に落ち着いている。
いつも胸の奥で騒いでいる“誰か”の気配がない。
メロヴィクトはゆっくりと起き上がり――
そして気づく。
(……あれ?)
視界が低い?
腕が……
手が、思ったより大きく動く。
口が勝手に動いた。
「……ふはは」
低い。
重い。
威厳だけはある、最近良く聞く声。
何故か見慣れたブラウン管テレビ。
六畳一間の精神世界で、何かに気付いたメロヴィクトが叫ぶ。
「ちょっと待ってくださいそれ私の身体です!!!!」
鏡の前に立つ。
そこにいるのは、間違いなくメロヴィクト。
だが表情が違う。
口角が不敵に吊り上がる。
何故かちょっとだけ劇画調な気もする。
「ほう……悪くない器だ」
「悪いです!!返してください!!」
ビクトリームは軽く腕を回し、肩を鳴らす。
「現世、なかなか狭いな」
「六畳ですから!!」
地方トレセン学園の朝は静かだ。
その静寂を破ったのは――
大股で廊下を歩くメロヴィクトだった。
いや、中身は違う。
腕の振りが大きい。
やたらと堂々としている。
すれ違った下級生が、ふと振り返る。
その瞬間。
ビクトリームが止まった。
ゆっくりと振り向く。
……にやり。
「私の名前はビクトリーム! 華麗なるビクトリーム様だ!!」
六畳一間で、メロヴィクトが頭を抱える。
「名乗らないでください!!」
下級生が硬直する。
ビクトリームは、
優しい笑顔を恐怖で固まった下級生の顔に近づけた。
「言ってごらん?」
「ひ……」
「……さぁっ!」
「ひ、ビクトリーム? さ……」
「てめえらを冥途に送る名前だーーーーー!!!」
湧き上がる悲鳴。
一斉に逃げる足音。
ビクトリームが全力で追いながら叫ぶ。
「よーーーーーく覚えておくんだなーーーーー!!!」
校舎に反響する重低音。
六畳一間でメロヴィクトが四つん這いで呟いた。
「退学!!!!」
下級生の悲鳴にビクトリームの怒号。
そんな阿鼻叫喚な廊下に、生活指導の教官が現れる。
「……メロヴィクト?」
ビクトリームがその声に反応する。
「然り!!」
「廊下は走るな」
「戦場では走るものだ!」
「ここは廊下だ」
沈黙。
ビクトリーム、小声で返事をする。
「……すまん」
六畳一間から叫びが聞こえた気もする。
だが、ビクトリームは細かいことは気にしない。
「ちょっと、話聞いて!謝る方向が違います!!!!」
放課後のグラウンド。
五十八歳のトレーナーは、腕を組んで遠くから見ていた。
「今日は……様子が違うな」
ビクトリームは構える。
空気が震える。
「怒りの力を右腕に!!」
「やめてください公共の場!!!」
「憎しみの力を左腕に!!」
何かを感じた周囲のウマ娘たちが、じりじりと距離を取る。
ビクトリームの喉が震える。
「……チャー……」
止まる。
内側から必死の制止。
顔がひくひくと引きつる。
怪訝な表情のトレーナーが眉をひそめる。
「……寒いのか?」
放課後、練習終わりの購買部。
幾つものメロンパンが棚に並んでいる。
それは、淡い緑。
それを見た瞬間、ビクトリームの瞳が輝いた。
「初めて見るメロン……」
徐に、制服のポケットから取り出した財布を開ける。
中には硬貨が数枚のみ。
……足りない。
レジ前で固まる。
後ろに列。
沈黙。
六畳一間。
「無駄なお金は無いって、前にも言いましたよね……」
ビクトリームは、
メロンパンをレジに置き、小さく呟く。
「……貸せ」
「無理ですからっ!!」
購買のおばちゃんが優しく言う。
「今日はやめときな?」
ビクトリームは静かに商品を戻した。
その背中は、どこか小さい。
精神世界。
メロヴィクトは怒っていた。
人生で一番怒っていた。
「あなた何なんですか!!」
「Vだ!!」
「Vで廊下を走らないでください!!」
「名乗るのは基本だ!!」
「冥途に送らないでください!!」
メロヴィクトの荒い息遣いだけが聞こえる。
そんな中、ビクトリームが腕を組む。
「……あやつらは、我を見て逃げた」
「当たり前です!!」
「だが貴様は」
その声が少し低くなる。
「いつも逃げられる側ではないのか?」
言葉が止まる。
六畳の壁に映る影。
学費免除の書類。
空に近い財布。
ビクトリームは視線を落とした。
「小さい身体で、よく戦っている」
尊大ではない声。
初めての、静かな肯定。
「どこ見て言っているんですか!」
翌日、起きると入れ替わりは終わっていた。
現実世界で、廊下の隅にしゃがみ込むメロヴィクト。
遠くで、まだ怯えた目がこちらを見ている気がする。
「終わった……」
顔を覆う。
だが。
胸の奥。
何かが、静かに溜まっている。
まだ形にはならない光。
ビクトリームの声が、六畳の向こうから響く。
「次は、冥途には送らぬ」
「そこじゃないです」
窓の外。
朝日が、細くVの形に差していた。
ここまで読んで頂き、有り難うございました!
これから完結まで毎日投稿となります。
物語は結末まで書き終わっているので、次回もお楽しみに!
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それでは、また次回お会いしましょう!