2095年4月3日。
司波達也は総代を務める妹の付き添いでリハーサル前に登校していた。
彼は目を惹くほどではないが精悍な顔立ちをしており、襟が立ち後裾の長い燕尾服のようなデザインをした白と緑の制服に隠されたその体は、見る人が見ればなかなか鍛えられたものであることが分かる。
彼は入学式が始まるまでの時間をどう過ごすのか悩んでいた。
そこで彼はベンチに腰を落け、携帯端末で読書をすることにした。
しかし、彼に向けられる蔑みの視線。それは彼がウィードだからだ。
ウィードとは二科生徒を示すもの。一科生徒から見下されているのだ。
彼は周りの目線を意識からシャットアウトし、読書に没頭した。
◆◆◆◆
入学式まであと30分といった所で、彼に声がかけられた。
「君、新入生?開場の、時間」
そこにいたのは輝かんばかりに存在感を持つ長い白髪をたなびかせた少女だった。少女の左胸に八枚花弁のエンブレムはない。当然、CADは着けていない。
「ありがとうございます。君は?」
「私も、新入生。会場に、行こうと、思って」
「そうですか。どうして声を掛けたんだ?」
「ん、私と、同じ人を見つけたから」
「そうですか。そろそろ時間ですので」
「私、も、一緒、に行く」
「分かりました。あなたのお名前は?」
「私、は、死刈、無那」
二人は講堂に向かって行った。
達也たちが講堂に着いたら、もう席の大半は埋まっていた。
二人は後ろあたりの中央に近い席に隣り合って座った。
「あのう、隣、空いてますか?」
少女の声に達也が目を向けると、肩に掛かるほどの黒髪に眼鏡を掛けた、どこかおっとりとした印象を受ける少女がそこにいた。
達也は「どうぞ」と手振りで伝える。少女は安心したように「ありがとうございます」と頭を下げた。
「やったー! 一緒に座れるね美月!」
「ひゃぁ!」
後ろからいきなり抱きついてきた少女に、美月と呼ばれた眼鏡の少女は変な声をあげていた。
その少女は美月と反対にとても活発そうであり、明るい栗色の髪とスレンダーな体つきでまさに“美少女”と呼んで差し支えない外見だった。どこか日本人離れした容姿に見えることから、ひょっとしたら外国の血が混ざっているのかもしれない。
「ええと、そちらの方は?」
「そういえば自己紹介がまだでしたね。私は柴田美月っていいます、よろしくお願いします」
「あたしは千葉エリカ! よろしくね!」
「司波達也だ。こちらこそよろしく」
「私、は、死刈、無那」
「面白い喋り方だね!」
互いに自己紹介を終え、エリカが「何だかアタシ達って似た苗字だよねぇ」などと言っているのを横目に、達也は1人考え込んでいた。
弱視なんて簡単に完治できるこの時代に眼鏡を掛けているということは…
(霊子放射過敏症というところか…それにもう1人の彼女はあの“千葉”か……。エリカなんて娘がいると聞いた憶えは無いな……?)
“個人的な諸事情”を多く抱える達也にとって、2人は警戒を持つに値する相手だった。それに流れで一緒に来てしまったが隣に座っている死刈という少女は四を連想させる要素がある。警戒するべきであった。
しかし彼はそれを表に出すこともなく、新たな友人に対するコミュニケーションと何ら変わらない会話を2人と交わす。
時間は進み、入学式が始まった。
深雪の答辞は見事なものだった。
その態度は堂々としており、際どいフレーズを言っていたりしたが、可憐な美貌でだれも気にしなかった。
入学式の後はIDカードの交付がある。
一塊でIDカードを受け取る。
「あたしE組なんだけど、みんなは?」
「私もです」
「俺もだな」
「私、はA組」
「どうする?ホームルームに行ってみる?」
「悪い。妹と待ち合わせしてるんだ」
「妹って、もしかして司波深雪さんですか?」
「えっ? それって、さっき新入生代表で答辞をしてた子よね?双子なの?」
「いや、俺は4月で、深雪は3月の早生まれだから同じ学年なんだ。それにしても柴田さん、よく俺と深雪が兄妹だって分かったね。全然似てないのに」
「そう?気配、が同じだか、らすぐに分か、った」
「気配なんて分かるんだね、死刈さん」
「うん、それが、私」
「はあ」
意図のよく分からない発言だ。問い掛けようとした所で時間切れだった。
「お兄様、お待たせ致しました」
隅の方で話していた達也たちの背後から声がかけられた。
深雪が人垣から抜け出してきたのだ。
「早かった…ね?」
振り返りながら応えたが疑問形になった。
そこには、深雪の他に同行者がいたのだ。
ウェーブの掛かった長い黒髪を少々大きなリボンで纏めた小柄な少女、童顔ながらも見る者のほとんどが美人と称する整った顔立ちをした彼女は、達也たちに対してもその微笑みを崩すことなく凛としている。
彼女に付き従う、こちらに対して不審の表情を隠さない少年よりも遥かに頼もしく見える。
彼女がこの学校の現生徒会長である
しかし、深雪の方は達也の疑問より兄と親しげにいる3人の少女が気になるようだ。
「お兄様、その方達は?」
「ああ、同じクラスの柴田美月さんと、千葉エリカさんと、深雪のクラスメイトになる死刈無那さんだ。」
「そうですか……。早速、クラスメイトと、デートですか?」
目がいっさい笑っていない淑女の笑み。
どうやらかなりストレスが溜まっているようだ。
「そんなわけない。話をしていだけだ。深雪、3人に失礼だよ?」
「……申し訳ございません、柴田さん、千葉さん、死刈さん。司波深雪です、お兄様同様、よろしくお願い致します」
「よろしくお願いします。柴田美月です」
「あたしはエリカでいいわ。あなたのこと深雪って呼ばせてもらっていい?どうぞよろしく」
「死刈無那、よろ、しく」
「はい、そう呼んでもらって構いません」
「あはは! 深雪って実は案外気さく?」
楽しげに話す深雪達を横目に、達也は真由美の方をチラリと見た。彼女はニコニコと笑みを携えて彼女達を眺めるのみで、特に口を挟もうとはしない。
「深雪。生徒会の方々との用があるんじゃないのか?まだなら時間を潰しているぞ?」
達也が気を利かせてそう言ったが、真由美は手を横に振って、
「大丈夫ですよ、今日は挨拶だけですから。先にご予定があるますから、また日を改めて」
「会長! それでは、こちらの予定が……」
真由美の言葉に、彼女に付き従っていた少年が口を挟む。しかし真由美は特に意に介した様子も無く、チラリと彼に視線を遣っただけで黙らせた。一応は引き下がったその少年だが、それでも納得していないのか達也のことをギロリと睨みつけた。