元男、女に惚れられる……なんで?   作:庭顔宅

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第九話

 何があろうとも、平日である以上授業がある。そうして過ぎ去った時間。訪れた昼休憩。

 

 下駄箱で靴を履き替えようとしていた、その時だった。

 

「ちょっと来いよ」

 

 背後から声が落ちる。

 振り返るより早く、肩に手が置かれた。力は強くない。だが、拒める余地もなかった。

 

 顔を上げると、知っている顔が4つ。

 俺に友達はいない。だけども、見知っている。

 

「話があるだけだって」

 

 そう言って、もう一人が笑った。

 笑顔のはずなのに、目は笑っていない。

 

 腕を取られる。引きずられるほど乱暴ではない。

 だからこそ、周囲から見ればただの同行にしか映らないのだろう。

 

 廊下を進む。

 

 部活の声が遠ざかり、蛍光灯の数が減っていく。

 

「ここじゃ人目につくからさ」

 

 誰かが言った。

 

 どこへ行くのかは、聞くまでもなかった。

 

 奥へ奥へと進んで行き、非常口の扉が軋んだ音を立てて開いた。

 

 日陰の冷えた空気が、肌を撫でる。

 

 校舎の裏手。

 フェンスで遮られ誰も入る事を許さない裏庭、伸びきった雑草、今では使われなくなった朽ちた小屋。

 

 誰も気に留めない場所。だが、今だけは人がいる。

 

「ここでいいだろ」

 

 そう言われて、足が止まる。

 逃げ道は、すでに背後に塞がれていた。

 

 ごく当たり前のように俺のスマホを抜き取る。

 

 そうして背中を押された、というより叩きつけられた。

 背中に壁が付く。息が詰まり、視界が一瞬揺れる。 

 コンクリートの冷たさが、背中越しに伝わってきた。

 

「……ほんと、ムカつく」

 

 低い声だった。感情を抑える気もない、吐き捨てるような声。

 

 「お前みたいな庶民が近づける存在じゃないんだよ」

 

 手紙がびりびりに破かれる。

 

 なぜ急に接触してきたのか、原因が分かった。

 

 顔を上げる前に、髪を掴まれた。

 頭皮が引き延ばされ、無理やり顔を上に向けさせられる。

 

「何その目」

 

 近い。

 吐息がかかる距離。

 

「糞みたいな顔しやがって」

 

 指が額を強く押す。

 爪が食い込み、逃げ場がない。

 

「ほんと、腹立つ」

 

 頬が熱を持つ。

 反射的に首が傾いた。

 転倒しなかったのは、たまたまだ。

 

「何もしないんだ」

 

 笑い声は無い。

 

「そうしていれば終わると思ってんの?助けが来るとでも思ってんの?」

 

 胸ぐらを掴まれる。

 

 何をされても、反応することはない。ただ無機質な目で、光の灯って無い目で見つめていた。

 

 何処まで考えても、この裏に鳳が見える。それはもしもの話。だけども、そのもしもが間違いで無かった時が、怖い。

 抗えない。それが反抗と見做され、この行為が更に過激になるのが怖い。既に実害は出ている。これ以上は何か。それは家に被害が及ぶことだ。家族に害が及ぶことだ。それが俺は怖くてたまらない。だから、何も行動を起こせない。

 

 呆れと苛立ちが混じっていた。

 

「……ほんと、ムカつく」

 

 足がもつれ、膝をつく。

 

「お前なんかの何が良いんだよ」

 

 地面に蹴り落される。泥の感触が、よくわかった。

 

 ここに居るの5人。被害者1人に加害者4人。だけども、実際に行動に移しているのは一人。他は傍観している。その顔に決意は感じられなかった。ただ、その一人が行動し続ける。

 

「二度と表を歩けなくしてやろうか」

 

 強引に引っ張られる。上着を剥ぎ取られ、ボタンが引きちぎられ、下着が露わになる。

 

「本当抵抗しないんだ」

 

 それは何に対する言葉なのだろうか。

 

「じゃいいや」

 

 それは何に対する納得なのだろか。

 

 最後の衣に手を掛けられる。

 

 そこまで来ても、俺は何も感じられなかった。羞恥も、嫌悪も何もない。

 ただ、傍観視点でそれを見ていた。つまらないヒューマンドラマに違いない。全てが他人事のように見える。

 

 それが己の事だと認識で着た瞬間、俺は思ってしまった。

 

 いい流れだと。

 

 多人数に囲まれ、否定され、暴力を受け、辱めまでも受ける。ちゃんとしたトラウマだ。このまま引きこもりになったらどうだろうか。彼女たちは満足するだろか。転校したらどうだろうか。彼女は満足するだろうか。

 

 うん、いい流れだ。それで終われる。

 

  前世を思い出そう。まるでこの身で体験してきたかのように、濃厚に、濃密に、悲しい事だけを思い出そう。

 

 そうして、自然と一筋の水が流れてきた。

 

「はは、今更何?」

 

 一瞬動きが止まった。

 

「遅ぇよ」

 

 ゆっくりと目を閉じる。俺ならばどうとでもなる。前世からの感性がそうさせる。あともう少し。 

 

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