何があろうとも、平日である以上授業がある。そうして過ぎ去った時間。訪れた昼休憩。
下駄箱で靴を履き替えようとしていた、その時だった。
「ちょっと来いよ」
背後から声が落ちる。
振り返るより早く、肩に手が置かれた。力は強くない。だが、拒める余地もなかった。
顔を上げると、知っている顔が4つ。
俺に友達はいない。だけども、見知っている。
「話があるだけだって」
そう言って、もう一人が笑った。
笑顔のはずなのに、目は笑っていない。
腕を取られる。引きずられるほど乱暴ではない。
だからこそ、周囲から見ればただの同行にしか映らないのだろう。
廊下を進む。
部活の声が遠ざかり、蛍光灯の数が減っていく。
「ここじゃ人目につくからさ」
誰かが言った。
どこへ行くのかは、聞くまでもなかった。
奥へ奥へと進んで行き、非常口の扉が軋んだ音を立てて開いた。
日陰の冷えた空気が、肌を撫でる。
校舎の裏手。
フェンスで遮られ誰も入る事を許さない裏庭、伸びきった雑草、今では使われなくなった朽ちた小屋。
誰も気に留めない場所。だが、今だけは人がいる。
「ここでいいだろ」
そう言われて、足が止まる。
逃げ道は、すでに背後に塞がれていた。
ごく当たり前のように俺のスマホを抜き取る。
そうして背中を押された、というより叩きつけられた。
背中に壁が付く。息が詰まり、視界が一瞬揺れる。
コンクリートの冷たさが、背中越しに伝わってきた。
「……ほんと、ムカつく」
低い声だった。感情を抑える気もない、吐き捨てるような声。
「お前みたいな庶民が近づける存在じゃないんだよ」
手紙がびりびりに破かれる。
なぜ急に接触してきたのか、原因が分かった。
顔を上げる前に、髪を掴まれた。
頭皮が引き延ばされ、無理やり顔を上に向けさせられる。
「何その目」
近い。
吐息がかかる距離。
「糞みたいな顔しやがって」
指が額を強く押す。
爪が食い込み、逃げ場がない。
「ほんと、腹立つ」
頬が熱を持つ。
反射的に首が傾いた。
転倒しなかったのは、たまたまだ。
「何もしないんだ」
笑い声は無い。
「そうしていれば終わると思ってんの?助けが来るとでも思ってんの?」
胸ぐらを掴まれる。
何をされても、反応することはない。ただ無機質な目で、光の灯って無い目で見つめていた。
何処まで考えても、この裏に鳳が見える。それはもしもの話。だけども、そのもしもが間違いで無かった時が、怖い。
抗えない。それが反抗と見做され、この行為が更に過激になるのが怖い。既に実害は出ている。これ以上は何か。それは家に被害が及ぶことだ。家族に害が及ぶことだ。それが俺は怖くてたまらない。だから、何も行動を起こせない。
呆れと苛立ちが混じっていた。
「……ほんと、ムカつく」
足がもつれ、膝をつく。
「お前なんかの何が良いんだよ」
地面に蹴り落される。泥の感触が、よくわかった。
ここに居るの5人。被害者1人に加害者4人。だけども、実際に行動に移しているのは一人。他は傍観している。その顔に決意は感じられなかった。ただ、その一人が行動し続ける。
「二度と表を歩けなくしてやろうか」
強引に引っ張られる。上着を剥ぎ取られ、ボタンが引きちぎられ、下着が露わになる。
「本当抵抗しないんだ」
それは何に対する言葉なのだろうか。
「じゃいいや」
それは何に対する納得なのだろか。
最後の衣に手を掛けられる。
そこまで来ても、俺は何も感じられなかった。羞恥も、嫌悪も何もない。
ただ、傍観視点でそれを見ていた。つまらないヒューマンドラマに違いない。全てが他人事のように見える。
それが己の事だと認識で着た瞬間、俺は思ってしまった。
いい流れだと。
多人数に囲まれ、否定され、暴力を受け、辱めまでも受ける。ちゃんとしたトラウマだ。このまま引きこもりになったらどうだろうか。彼女たちは満足するだろか。転校したらどうだろうか。彼女は満足するだろうか。
うん、いい流れだ。それで終われる。
前世を思い出そう。まるでこの身で体験してきたかのように、濃厚に、濃密に、悲しい事だけを思い出そう。
そうして、自然と一筋の水が流れてきた。
「はは、今更何?」
一瞬動きが止まった。
「遅ぇよ」
ゆっくりと目を閉じる。俺ならばどうとでもなる。前世からの感性がそうさせる。あともう少し。