元男、女に惚れられる……なんで?   作:庭顔宅

11 / 17
第十話

 その声に、前兆は無かった。

 

「何をしているの」

 

 俺にとって唐突であったように、彼女たちにとっても同じだったのだろう。目に見えて動きが止まった。

 

「ねぇ」

 

 空気が、目に見えて揺れた。

 

 背後から落ちたその声は高く、だが張り詰めていて、感情を隠す余裕がなかった。

 

「答えてよ」

 

 その一言一言に圧を感じる。

 

 声だけで分かる存在感。校舎の影に浮かぶ、桃色の髪。

 

 息が少し荒い。頬が赤いのは、怒りか、それとも走ってきたのか。肩が僅かに上下していた。

 

「答えて」

 

 睨みつけるその目は鋭く、学園で見た事のある笑顔とはまるで違う。

 静かな叫びだった。

 

 沈黙が落ちる。

 

 その沈黙の中で、彼女たちは互いの顔を見た。そして一人が答えた。

 

「ちょっと話してただけだし」

 

「へえ」

 

 短い相槌。

 

 桃色の彼女は一歩、こちらに近づいた。

 足音は静かだった。だが、その一歩だけで、場の主導権が完全に移ったのがわかった。

 

「まだ話すことある?」

 

 感情を削ぎ落としたような声。

 責めるでも、問い詰めるでもない。ただ事実を並べる口調。

 

「いこ」

 

 このような状況であるというのに、否定はなかった。

 

 一人の、その声を皮切りに4人はこの場を去ってゆく。

 誰一人として俺を見ない。まるで存在しない者のように扱い、足音を遠ざけていった。

 

 校舎裏に、静寂が戻る。

 

 風の音だけが残った。

 

 桃色の彼女は、ようやくこちらを見た。

 

「……大丈夫?」

 

 声が、少しだけ震えている。

 

 駆け寄ってきて、ためらいもなくシャツの裾で濡れた頬を拭った。

 

 その距離で、ようやく気づく。つい数週間前のパーティで一度だけ声を交わした顔。

 

 何故、が続く。疑問が湧く。

 どうしてここに、なぜ、俺を。

 

 次々と浮かぶ何故の中で、最後に残った一つが、口からこぼれた。

 

「何故、なぜ邪魔をした」

 

 今度は声が出せた。

 

 今、怒りをぶつけている。それもまがいな矛先。理解している、これは筋違いだ。

 

 それでも、抑えることができなかった。

 

「お前が来なければ、もう少しで終わってた」

 

 思い出す。

 

「あのクソったれ自己中が勝手に解決して、時間が後を片付ける。自然と普通に戻れたって言うのに」

 

 あの声だ。反省も、負い目も、何もない。

 あの目だ。終わっていない目だ。

 今日で終わるはずの事が、彼女のせいで終わらなくなった。間違いなく続ける。エスカレートしてしまう。対処しなくては。鳳の存在を考慮しなくては。どうする?どうする?どうすれば穏便に解決する?

 

「それでも間違っている!!」

 

 叫び声に、加速し続けていた思考が引き戻される。

 

「虐められる事を見逃すなんて、間違ってる!!」

 

 独りよがりの偽善者が、そんな言葉を吐き捨てかけて、飲み込んだ。

 

 深呼吸。

 

 これ以上は無駄に無駄を重ねるだけ。これは感情論だ。目の前の存在は敵じゃない。冷静になろう。

 

「あれは鳳に属する。そして俺は目を付けられている」

 

「対抗できる手段を持ってる?」

 

「ない。でも、友達がいる」

 

「なら、あいつらを口止めさせて元の生活に戻りな」

 

「なんでそんな悲しいことを言うの」

 

「なぜ関わる。利点はない。欠点しかない」

 

「目の前に!!泣いている女の子が居たから!!」

 

 彼女は泣いていた。

 

「絶対、絶対!見逃さない!今度は私が助ける!!」

 

 いったい何をそうさせるのだろうか。理解が出来なかった。

 

 色々な感情が溢れてきて、入り混じり、飲み込まれ。かえって冷静になれた。

 

 ボタンの無くなったシャツで、この身を包む。泥に汚れた上着を羽織り、ボタンを締める。

 だけども、誤魔化せる見た目にはならなかった。胸元を緩め解放する。不自然に隠すぐらいなら、堂々としている方がいい。

 

 立ち上がる最中、地面に落ちた制服のリボンをポケットに突っ込んだ。 

 

 地面を見る。

 びりびりに裂かれた、手紙の残骸。それをかき集める。もはや価値はない。だけども、だからこそごみ箱に捨てよう。

 

「手伝うよ」

 

「必要ない。手が汚れるだけ」

 

 そう言ったけれど、彼女は気にも止めずに拾い始めた。ほぼ空白で埋まった手紙。本当に無意味だ。

 

「ありがとう」

 

 受け取り、握りつぶし、ポケットの中に入れた。

 

「どこに行くの?」

 

「保健室、早退させてもらうよ」

 

「私も行く」

 

「次の授業が始まるよ」

 

「別にいいよ」

 

「ならば私も同じことを言うよ。必要ない」

 

「それでも行く」

 

 彼女は一歩近づいて、途中で止まった。

 

 躊躇。

 分からないという迷い。

 

 その沈黙の中で、二人きりなのだと、ようやく理解した。

 

 チャイムが鳴る。

 

 そのような中で、俺たちは静かに歩き続けていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。